説明

イノシトールを成分とする食用組成物または医薬組成物

【課題】生体内におけるプラズマローゲン量を有意に増加させることができる、食品または医薬品として使用可能な組成物を提供する。
【解決手段】本発明に係る、体内のプラズマローゲン量を増加させるための組成物は、イノシトールを含有する。上記組成物は、食用組成物または医薬組成物であることが好ましく、当該組成物を経口投与することによって、体内、特に血漿および肝臓内、のプラズマローゲン量を有意に増加させることが可能となる。したがって、コレステロールの酸化によって発症するアテローム性動脈硬化症を効率良く防ぐことができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イノシトールを含有する組成物に関し、より詳細には、生体内のプラズマローゲン量を増加させることによって、アテローム性動脈硬化症を処置するための組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ゲノム研究の成果としてテーラーメード医療が求められている。しかし、疾病に最適な医薬品が開発する事ができたとしても、それらの多くはオーファンドラッグとなり、経済的な意味で現実的とは言い難く、むしろゲノム研究の成果は病気の予防に向かうべきであると考えるほうが自然である。すなわち遺伝子診断で生活習慣病に罹患する可能性、リスクを予測し、リスクの高い人は病気にかかりにくい生活習慣を身につける事が大切である。そしてそのためには、開発コストが高く、疾病罹患後を対象とする医薬品よりも、健康の維持や病気予防の目的を備えた保健機能を有する食品の方が期待は高い。
【0003】
コレステロールの酸化を防止する効果を有することが知られているプラズマローゲンは、動物の脳や心臓に比較的多く存在するリン脂質のサブクラスであり、sn−1位にビニルエーテル結合をもつ抗酸化性脂質である。プラズマローゲンは、リポタンパク質に取り込まれて非常に効率良くコレステロールの酸化を防止するため、アテローム性動脈硬化症の予防作用が期待できる。さらに、プラズマローゲンの抗酸化性により、各種ガンの予防、糖尿病の発症予防および糖尿病合併症の予防と治療に有効性が期待できる。また、脂質やたんぱく質などの体成分の過酸化が関係する、老化に伴う各種障害の予防にも効果が期待できる。
【0004】
体内におけるプラズマローゲンの合成を促進させる方法としては、その前駆体であるアルキルアシル型リン脂質(プラズマローゲンはアルケニルアシル型)の投与が知られている(例えば、非特許文献1参照のこと)。
【0005】
しかしながら、実際は、この合成方法では生体内におけるプラズマローゲン量を有意に増加させることはできないことが示されている(非特許文献2を参照のこと)。その理由としては、アルキルアシル型リン脂質はプラズマローゲンの合成中間体のため、ここまでの合成経路が欠損した患者には有効であるが、正常なヒトには、何らかの代謝制御がかかりプラズマローゲンが増えないと推定されている。
【0006】
また、この合成方法以外に、プラズマローゲンを多く含む牛脳リン脂質分画を直接投与することにより、血漿と肝臓内のプラズマローゲン濃度を増加させることが知られている(例えば、非特許文献1を参照のこと)。
【非特許文献1】Nagan, N & Zoeller, RA (2001) Plasmalogens: biosynthesis and functions. Progress in Lipid Research 40, 199-229.
【非特許文献2】Das, A.K., Holmes, R.D., Wilson, G.N., and Hajra, A.K. (1992) Dietary Ether Lipid Incorporation into Tissue Plasmalogens of Humans and Rodents, Lipids 27, 401-405.
【非特許文献3】Megumi Nishimukai, Takuya Wakisaka, Hiroshi Hara: Dietary plasmalogen was absorbed and largely increased plasmalogen levels of blood plasma in rats. Lipids 38(12), 1227-1235(2003).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、非特許文献3に開示されている牛脳リン脂質分画を直接投与する方法では、投与したプラズマローゲンの吸収率が極めて低い(0.5%以下)という問題がある。また、牛脳はBSE(Bovine Spongiform Encephalopathy:牛海綿状脳症)の危険性があることから、食品や医薬品素材として使用することが困難である。
【0008】
すなわち現状では、生体内のプラズマローゲン量を有意に増加させる方法は確立されていない。
【0009】
そこで、本発明は、上記の問題を解決するためになされたものであって、その目的は、生体内におけるプラズマローゲン量を有意に増加させることができる、食品または医薬品として使用可能な組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本願発明者らは、上記の問題点に鑑みて鋭意検討した結果、準ビタミンでありながら、これまで目立った生理作用が知られていないイノシトールに、生体内のプラズマローゲン量を有意に増加させる作用があることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0011】
すなわち、本発明に係る、生体内のプラズマローゲン量を増加させるための組成物は、イノシトールを含有することを特徴としている。
【0012】
本発明に係る組成物は、肝臓内または血漿内のプラズマローゲン量を増加させる組成物であることが好ましい。
【0013】
本発明に係る組成物は、食用組成物または医薬組成物であることが好ましい。
【0014】
また、本発明に係る生体内のプラズマローゲン量を増加させるためのキットは、イノシトールを含有することを特徴としている。
【0015】
本発明に係るキットは、肝臓内または血漿内のプラズマローゲン量を増加させる組成物であることが好ましい。
【0016】
また、本発明に係る、生体内のプラズマローゲン量を増加させるための方法は、イノシトールを含有する組成物を経口投与する工程を含むことを特徴としている。
【0017】
また、本発明に係る、コレステロールの酸化を防ぐための組成物は、イノシトールを含有することを特徴としている。
【0018】
本発明に係る組成物は、血漿リポタンパク質に存在するコレステロールの酸化を防ぐ組成物であることが好ましい。
【0019】
本発明に係る組成物は、食用組成物または医薬組成物であることが好ましい。
【0020】
また、本発明に係る、コレステロールの酸化を防ぐためのキットは、イノシトールを含有することを特徴としている。
【0021】
本発明に係るキットは、血漿リポタンパク質に存在するコレステロールの酸化を防ぐキットであることが好ましい。
【0022】
また、本発明に係る、コレステロールの酸化を防ぐための方法は、イノシトールを含有する組成物を経口投与する工程を含むことを特徴としている。
【0023】
また、本発明に係るアテローム性動脈硬化症を処置するための組成物は、イノシトールを含有することを特徴としている。
【0024】
本発明に係る組成物は、食用組成物または医薬組成物であることが好ましい。
【0025】
また、本発明に係るアテローム性動脈硬化症を処置するためのキットは、イノシトールを含有することを特徴としている。
【0026】
また、本発明に係る、アテローム性動脈硬化症を処置するための方法は、イノシトールを含有する組成物を経口投与する工程を含むことを特徴としている。
【発明の効果】
【0027】
本発明を用いれば、生体内のプラズマローゲン量を有意に増加させる食品および医薬組成物を容易に取得することができる。
【0028】
また、本発明を用いれば、体内のプラズマローゲン量、特に血漿および肝臓内のプラズマローゲン量を容易に増加させることができる。
【0029】
また、本発明を用いれば、コレステロールの酸化を防ぐための食品および医薬組成物を容易に取得することができる。
【0030】
また、本発明を用いれば、コレステロールの酸化を容易に防ぐことができる。
【0031】
また、本発明を用いれば、アテローム性動脈硬化症を処置するための食品および医薬組成物を容易に取得することができる。
【0032】
また、本発明を用いれば、アテローム性動脈硬化症を容易に処置することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0033】
〔1〕イノシトール
イノシトールは、シクロヘキサン6価アルコールの総称であり、米糠中にフィチン酸のカルシウム、マグネシウム混合塩(フィチン)の形で多量に存在し、水溶性のビタミン様物質である。
【0034】
イノシトールは、生体内でグルコース6リン酸から合成することが可能であるが、その合成には限界があり、オレンジ、すいか、メロン、グレープフルーツ、桃、グリンピース、サツマイモ、キャベツ、小麦胚芽、サトウダイコンなどから摂ることができることが知られている。
【0035】
本願発明者らは、このイノシトールに生体内のプラズマローゲン量を有意に増加させるという、これまでにない効果を見出し、本発明を完成するに至った。
【0036】
すなわち、本発明は、上述したような本願発明者らの独自の新知見に基づいて完成されたものであり、従来の技術水準からは容易にはなし得なかった画期的な発明である。
【0037】
〔2〕イノシトールの利用
(1)組成物
本発明は、イノシトールを含有する、生体内のプラズマローゲン量を増加させるための組成物を提供する。また、本発明は、イノシトールを含有する、コレステロールの酸化を防ぐための組成物を提供する。さらに、本発明は、イノシトールを含有する、アテローム性動脈硬化症を処置するための組成物を提供する。本明細書中で使用される「含有」とは、食用組成物(すなわち、食品、飲料、または飼料)中にイノシトールが含まれるという態様をいう。また、本明細書中で使用される場合、用語「処置」は、症状の軽減または排除が意図され、予防的(発症前)または治療的(発症後)に行われ得るもののいずれもが包含される。
【0038】
一般に組成物は、物質A単独を含有する組成物、物質Aと物質Bとを含有する単一の組成物、または物質A単独を含有する組成物と物質B単独を含有する組成物のいずれかであり得る。これらの組成物は、物質Aおよび物質B以外に他の成分(例えば、薬学的に受容可能なキャリア)を含有してもよい。本発明に係る組成物は、物質Aとしてイノシトールを含有することを特徴としているので、イノシトールを含有する組成物を他の成分(物質B)を含有する組成物と併用する場合は、これらを全体として一組成物として認識し得ないが、この場合は、後述する「キット」の範疇に入り得、組成物としてではなくキットとして提供され得ることを当業者は容易に理解する。
【0039】
なお、本発明においては、イノシトールからなるものについても「組成物」の範疇に入る。
【0040】
本明細書中において使用される場合、「薬学的に受容可能なキャリア」は、組成物を受容した個体において有害な抗体の産生をそれ自体は誘導しない任意のキャリアが意図される。適切なキャリアとしては、代表的には、タンパク質、多糖類、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリマーアミノ酸、アミノ酸コポリマーおよび不活性ウイルス粒子のような、大きな、穏やかに代謝される高分子である。このようなキャリアは当業者に周知である。また、薬学的に受容可能な賦形剤については、当該分野において公知であり、例えば、REMINGTON‘S PHARMACEUTICAL SCIENCES(Merck Pub.Co., N.J.1991)に十分に記載されている。薬学的に受容可能なキャリアは、塩(例えば、無機酸塩(例えば、塩酸塩、臭化水素酸塩、リン酸塩、硫酸塩など);および有機酸塩(例えば、酢酸塩、プロピオン酸塩、マロン酸塩、安息香酸塩など))を含み得る。
【0041】
さらに、本発明に係る組成物は、水、生理食塩水、グリセロール、またはエタノールのような1つ以上の成分をさらに含み得る。さらに、湿潤剤または乳化剤、pH緩衝化物質、安定化剤、抗酸化剤などのような補助物質が、本発明に係る組成物中に存在し得る。
【0042】
本発明に係る組成物は、液体溶液もしくは懸濁液、または注射のための液体ビヒクル中の溶液もしくは懸濁液のために適切な固体形態、あるいは局所的に塗布されるクリームとして調製され得る。また、本発明に係る組成物は、経口投与に好ましい錠剤、カプセルなどの形態として調製され得る。また、この場合、例えばデンプン、乳糖、白糖、マンニット、カルボキシメチルセルロース、コーンスターチを含み得る。
【0043】
さらに、本発明に係る組成物には、プラズマローゲンの合成を協同的に促進する可能性のあるリン脂質の前駆体コリン、さらにその前駆体であるベタイン、または、イノシトールの吸収を促進する可能性のある、オリゴ糖などを含み得る。
【0044】
特に、本発明に係る組成物は、後述するように経口投与という簡易な送達形態によってプラズマローゲン量を増加させることが可能である。しかしながら、本発明に係る組成物の送達形態はこれに限定されるものではなく、一般的な注射(皮下、皮内、腹腔内、管腔内、胃内、腸内、静脈内または筋肉内)によって行われてもよい。また、坐剤または塗布の様式で送達されてもよい。
【0045】
(1−1)食用組成物
本発明は、生体内のプラズマローゲン量を増加させるための食用組成物を提供する。また、本発明は、コレステロールの酸化を防ぐための食用組成物を提供する。さらに、本発明は、アテローム性動脈硬化症を処置するための食用組成物を提供する。具体的には、本発明は、イノシトールを含有、添加および/または希釈してなる食用組成物(すなわち、食品、飲料または飼料)を提供する。本発明に係る食用組成物は、イノシトールの生理作用によって生体内のプラズマローゲン量の増加、特に血漿および肝臓内におけるプラズマローゲン量の増加に極めて有用である。
【0046】
なお本発明において、「含有」とは、食用組成物(すなわち、食品、飲料、または飼料)中にイノシトールが含まれるという態様を、「添加」とは、食用組成物の原料に、イノシトールを添加するという態様を、「希釈」とはイノシトールを、食用組成物の原料で希釈するという態様をいう。
【0047】
本発明に係る食用組成物の製造法は特に限定されるものではなく、調理、加工および一般に用いられている食品または飲料の製造法による製造を挙げることができ、製造された食品または飲料に本発明に係るイノシトールが含有、添加および/または希釈されていればよい。
【0048】
本発明に係る食用組成物としては特に限定はないが、公知のイノシトール含有食品と同様の食品が挙げられることを当業者は容易に理解する。具体的には、本発明に係る食用組成物としては、菓子類、乳製品(例えば、ヨーグルト)、健康食品(例えば、カプセル、タブレット、粉末)、飲料(例えば、清涼飲料、乳飲料、野菜飲料など)、ドリンク剤などが挙げられるがこれらに限定されない。菓子類は、携行利便性の観点から好ましく、乳製品は、菓子類と比較すると1回当たりの摂取量が多く、毎日摂取しやすいという観点からより好ましい。
【0049】
本発明に係る食用組成物におけるイノシトールの含有量は特に限定されず、その官能と作用発現の観点から適宜選択できる。
【0050】
本発明に係る食品、飲料または飼料としては、イノシトールが含有、添加および/または希釈されており、その生理作用を発現させるための有効量が含有されていれば特にその形状が限定されることはなく、タブレット状、顆粒状、カプセル状などの経口的に摂取可能な形状物も包含する。なお、本発明に係る食品、飲料または飼料は、当該生理作用と食物繊維機能とを有する健康食品素材として極めて有用である。
【0051】
(1−2)医薬組成物
本発明は、イノシトールを含有する、生体内のプラズマローゲン量を増加させるための医薬組成物を提供する。また、本発明は、イノシトールを含有する、コレステロールの酸化を防ぐための医薬組成物を提供する。さらに、本発明は、イノシトールを含有する、アテローム性動脈硬化症を処置するための医薬組成物を提供する。
【0052】
本発明に係る医薬組成物中に使用される医薬用担体は、医薬組成物の投与形態および剤型に応じて選択することができる。本明細書中で使用される場合、用語「医薬組成物」は、上述した食用組成物として提供される組成物以外の形態を有する組成物が意図される。
【0053】
経口剤の場合、例えばデンプン、乳糖、白糖、マンニット、カルボキシメチルセルロース、コーンスターチ、無機塩などが医薬用担体として利用される。また経口剤を調製する際、更に結合剤、崩壊剤、界面活性剤、潤滑剤、流動性促進剤、矯味剤、着色剤、香料などを配合してもよい。
【0054】
非経口剤の場合、当該分野において公知の方法に従って、本発明の有効成分を希釈剤としての注射用蒸留水、生理食塩水、ブドウ糖水溶液、注射用植物油、ゴマ油、ラッカセイ油、大豆油、トウモロコシ油、プロピレングリコール、ポリエチレングリコールなどに溶解または懸濁させ、所望により殺菌剤、安定剤、等張化剤、無痛化剤などを加えることにより調製することができる。
【0055】
なお、本発明に係る医薬組成物は、経口投与という簡易な投与方法によって有意な効果を奏するものであるから、非経口剤よりも経口剤の形態で提供されることが好ましい。
【0056】
本発明に係る医薬組成物は、製薬分野における公知の方法により製造することができる。本発明に係る医薬組成物におけるイノシトールの含有量は、投与形態、投与方法などを考慮し、当該医薬組成物を用いて後述の投与量範囲でイノシトールを投与できるような量であれば特に限定されない。
【0057】
本発明に係る医薬組成物の投与量は、その製剤形態、投与方法、使用目的および当該医薬の投与対象である患者の年齢、体重、症状によって適宜設定され一定ではない。一般には、製剤中に含有される有効成分の投与量で、好ましくは成人1日当り100〜250mg/kg体重である。もちろん投与量は、種々の条件によって変動するので、上記投与量より少ない量で十分な場合もあるし、あるいは範囲を超えて必要な場合もある。投与は、所望の投与量範囲内において、1日内において単回で、または数回に分けて行ってもよい。また、本発明に係る医薬組成物はそのまま経口投与するほか、任意の飲食品に添加して日常的に摂取させることもできる。
【0058】
(2)キット
本発明はまた、イノシトールを備える、生体内のプラズマローゲン量を増加させるためのキットを提供する。また、本発明は、イノシトールを備える、コレステロールの酸化を防ぐためのキットを提供する。さらに、本発明は、イノシトールを備える、アテローム性動脈硬化症を処置するためのキットを提供する。なお、本明細書中において使用される場合、用語「キット」は、特定の材料を内包する容器(例えば、ボトル、プレート、チューブ、ディッシュなど)を備えた包装が意図される。好ましくは該材料を使用するための指示書を備える。本明細書中においてキットの局面において使用される場合、「備える」は、キットを構成する個々の容器のいずれかの中に内包されている状態が意図される。また、本発明に係るキットは、複数の異なる組成物を1つに梱包した包装であり得、ここで、組成物の形態は上述したような形態であり得、溶液形態の場合は容器中に内包されていてもよい。本発明に係るキットは、物質Aおよび物質Bを同一の容器に混合して備えても別々の容器に備えてもよい。「指示書」は、紙またはその他の媒体に書かれていても印刷されていてもよく、あるいは磁気テープ、コンピューター読み取り可能ディスクまたはテープ、CD−ROM(Compact Disk Read Only Memory)などのような電子媒体に付されてもよい。本発明に係るキットはまた、希釈剤、溶媒、洗浄液またはその他の試薬を内包した容器を備え得る。
【0059】
本発明に係るキットにおけるイノシトールおよびその他の物質の使用方法は、上述した組成物の使用形態に準じればよいことを、本明細書を読んだ当業者は容易に理解する。
【0060】
(3)生体内のプラズマローゲン量を増加させる方法
本発明はさらに、生体内のプラズマローゲン量を増加させるための方法を提供する。また、本発明は、コレステロールの酸化を防ぐための方法を提供する。さらに、本発明は、アテローム性動脈硬化症を処置するための方法を提供する。具体的には、本発明に係る方法は、イノシトールを含有する組成物を経口投与する工程を包含する。
【0061】
本発明に係る方法におけるイノシトールおよびその他の物質の適用は、上述した組成物の使用形態に準じればよいことを、本明細書を読んだ当業者は容易に理解する。
【0062】
なお、本明細書中に記載された学術文献および特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。
【0063】
本発明は、以下の実施例によってさらに詳細に説明されるが、これに限定されるべきではない。
【実施例】
【0064】
〔実施例1〕
本発明者らは、イノシトール投与動物実験を用いて、プラズマローゲン量の増加を検証した。
【0065】
10週令のWistar系雄ラットをステンレスケージに個別に入れて飼育し、飼料および水(水道水)を自由に摂取させた。毎朝同一時刻に体重および摂食量を計測した。動物個体の状態は、脱毛および/または下痢などを指標にして判定した。試験飼料は毎日、飲水は3日毎に交換した。なお、飼育室を、室温23±1℃、湿度60%前後、明暗周期を12時間(明期8:00〜20:00、暗期20:00〜8:00)に設定した。
【0066】
AIN93G標準精製飼料(基本食)で3日間飼育した後、2.5質量%または5質量%で市販のイノシトール(和光純薬等で入手可)を添加したAIN93G標準精製飼料(試験飼料群)または対照群としての無添加標準飼料(コントロール群)を、各群8匹ずつに自由に摂取させた。
【0067】
基本食およびイノシトールを添加したAIN93G標準精製飼料(試験食)の各組成を下記の表1に示す。
【0068】
【表1】

【0069】
また、イノシトールの体内吸収の影響を除いた、イノシトール腹腔内投与群も設けた。イノシトール腹腔内投与群では、AIN93G標準精製飼料(基本食)を与えたラットにイノシトール1.2g/kg体重を毎日腹腔内に投与した。
【0070】
試験飼料群、コントロール群、イノシトール腹腔内投与群を10日間飼育した後、ペントバルビタール麻酔下において腹部大動脈血、肝臓、脳などの組織を採取した。また、盲腸の両端を縫合糸で結紮して、内容物を含む盲腸を摘出した。
【0071】
採取した腹部大動脈血(10mL)は、3000rpmで10分間遠心分離し、血球成分と血漿を分け、血球成分(2mL)にクロロホルム:メタノール=2:1の混合液(7.5mL)を加えて脂質を抽出した。生理用食塩水で洗浄したクロロホルム・メタノール抽出液0.5mLに、ヨウ素溶液(3.75×10−4N ヨウ素/3% ヨウ化カリウム)0.5mLを添加した。また、血漿は血球と同様にして、総脂質を抽出した後にヨウ素溶液を添加した。
【0072】
ヨウ素溶液を用いたヨード法では、メタノール溶液中のヨウ素は、ビニルエーテルの二重結合に選択的に結合し、通常の二重結合および遊離のアルデヒドには結合しない。これにより、ヨードアセタールおよびヨウ化水素が定量的に生じ、ヨードのもつ355nm吸光度が消失する。この特性を利用することによって、コントロール群における355nm吸光度、試験飼料群、イノシトール腹腔内投与群の355nm吸光度を測定し、355nm吸光度の減少より、各組織のプラズマローゲン量を定量した。
【0073】
採取した肝臓組織(1g)と、脳組織(1g)と、盲腸組織(1g)とは、ホモジネイト後、上記と同様、クロロホルム:メタノール=2:1の混合液(7.5mL)を加えて脂質を抽出し、生理用食塩水で洗浄した脂質抽出液0.5mLにヨウ素溶液0.5mLを添加して、355nm吸光度によりプラズマローゲン量を定量した。また、盲腸の内容物全量は、脱イオン水にて希釈後、上記と同様、希釈内容物0.5mLに対して、クロロホルム:メタノール=2:1の混合液0.5mLを加えて脂質を抽出し、生理用食塩水で洗浄した脂質抽出液0.5mLにヨウ素溶液0.5mLを添加して、355nm吸光度によりプラズマローゲン量を定量した。
【0074】
なお、統計解析には、One−way ANOVAを行い、P値が0.05以下の場合にDuncan’s Multiple Range Testを用いて平均値間の有意差を判定した。
【0075】
図1乃至図6に結果を示す。図1は、各群における腹部大動脈血中の血球に含まれるプラズマローゲン濃度(μmol/mL)を示したグラフである。図2は、各群における腹部大動脈血中の血漿に含まれるプラズマローゲン濃度(nmol/mL)を示したグラフである。図3は、各群における肝臓組織に含まれるプラズマローゲン濃度(μmol/g)を示したグラフである。また、図4は、各群における肝臓組織に含まれるプラズマローゲンの総量(μmol)を示したグラフである。図5は、各群における脳組織に含まれるプラズマローゲン濃度(μmol/g)を示したグラフである。図6は、各群における盲腸の内容物に含まれるプラズマローゲン濃度(μmol/g)を示したグラフである。なお、各群はいずれも初期体重、最終体重に差は見られず、また、増加量にも差は見られなかった。また、飼育期間中に摂食量にも差は見られなかった。
【0076】
図1および図5に示すように、血球中および脳組織中のプラズマローゲン濃度には変動が見られなかったが、図2に示すように、血漿に含まれるプラズマローゲン濃度は、イノシトールを2.5質量%添加した試料飼育群において増加が示された。血漿中のプラズマローゲンは主にリポたんぱく質中のリン脂質に存在すると考えられた。
【0077】
さらに、図3および図4に示すように、肝臓組織中においては、プラズマローゲン濃度(μmol/g)およびプラズマローゲンの総量(μmol)に顕著な増加が見られた。
【0078】
肝臓中のリン脂質は、リポたんぱく質合成の原料となるが、そこに存在するプラズマローゲンの増加は、図2に示す血漿中のプラズマローゲンが増加した結果と符合する。他方、図6に示す盲腸の内容物のプラズマローゲン量に変動がなかったことから、増加したプラズマローゲンは、体内で合成されたものであり、腸内細菌に由来するものではないと考えることができる。
【0079】
すなわち、本発明によれば、イノシトールを経口投与することにより、生体内、具体的には血漿および肝臓内、におけるプラズマローゲン量を有意に増加させることができることが示された。
【0080】
〔実施例2〕
次に、本発明者らは、イノシトールをヒトに投与してプラズマローゲン量の増加を検証した。
【0081】
20名の被験者(男女各10人)に、イノシトールを2週間経口摂取させ、摂取前後で血液を採取して、イノシトール摂取の効果を判定した。
【0082】
被験者は、男性ならばウエスト(腹周囲径)85cm以上、女性ならばウエスト90cm以上であり、下記表のような背景をもつ。
【0083】
【表2】

【0084】
なお、表2中のメタボリックシンドローム(内蔵肥満症候群)の判断基準は、
・TG(トリグリセリド) ≧150mg/dl and/or HDL <40mg/dl
・収縮期血圧 ≧130mmHg and/or 拡張期血圧 ≧85mmHg
・空腹時血糖 ≧110mg/dl
の上記3項目のうちの2項目に該当する場合を「メタボリックシンドロームを発症している(メタボリックシンドロームの該当者)」と判断した。
【0085】
上記のような背景をもつ被験者に対して、イノシトール単独の粉末2.5g(13.9mmol)を分包したものを渡し、1週目は1日2回(計5g/1日)摂取してもらい、2週目は1日4回(計5g/1日)摂取してもらった。尚、この摂取回数を指定した以外には、被験者に対して、摂取間隔や、摂取時間(例えば、食前や食後)については特に制限しなかった。
【0086】
なお、被験者らには、イノシトールを摂取する以外は、通常の生活をしてもらった。
【0087】
摂取開始前および摂取終了後(2週間後)に採血し、下記の各測定項目を測定した。
【0088】
〔血漿中のプラズマローゲン量〕
血中のプラズマローゲンにはコリン型とエタノールアミン型があり、これらは肝臓で合成されてリポタンパク質成分として血中に分泌される。生合成経路として、コリン型はエタノールアミン型から合成される。本実施例では、血清プラズマローゲンのリン脂質クラスに当たる、コリン型プラズマローゲンとエタノールアミン型プラズマローゲンとを分別定量し、CP(コリン型プラズマローゲン)量、EP(エタノールアミン型プラズマローゲン)量、および、CP+EP(総プラズマローゲン)量を求めた。
【0089】
血中プラズマローゲン定量(EPとCP分別定量)は、まず、実施例1にて説明した方法と同じ方法で、クロロホルム:メタノール(1:2)を用いて総血漿より脂質を抽出した。そして、非特許文献4(Maeba R, Ueta N: Determination of choline and ethanolamine plasmalogens in human plasma by HPLC using radioactive triiodide (1-) ion (125I3-). Anal Biochem. 2004; 331:169-76.)に記載のメタノール存在下ヨウ素125試薬(iodine-125 reagent)(組成は下記の表3に示す)を調整し、この試薬を用いてプラズマローゲンをヨウ素化した。
【0090】
【表3】

【0091】
続いて、ヨウ素化したプラズマローゲンを、Diolカラムを用いたHPLC(移動相 アセトニトリル/メタノール)により、EPとCPとに分離して、各分画の125Iをγカウンターにより測定することにより定量した。
【0092】
プラズマローゲン量として、上記した項目以外に、血中のリン脂質(PL)量を求め、CP/PL値及びEP/PL値を求めた。
【0093】
〔血中の小粒子LDL(sdLDL:small dense LDL)量〕
小粒子LDLは、通常のLDLよりも粒子サイズが小さく(<25.5nm)、比重が重い(1.040<d<1.063)LDLのことであり、超悪玉コレステロールとも呼ばれ、動脈硬化惹起性が強いと言われている。
【0094】
上記の測定項目の他に、悪玉コレステロールに関連するLDL−コレステロール(LDL−C)、アポリポプロテインB(apo B)、総コレステロール(TC)についても測定した。
【0095】
また、拡張期血圧、空腹時血糖、ウエストについても測定した。
【0096】
下記の表4に測定結果を示す。
【0097】
【表4】

【0098】
測定結果から、プラズマローゲン関連項目(CP、CP+EP、CP/PL、EP/PL、(CP+EP)/PL)および拡張期血圧が、イノシトール摂取により有意(p<0.05*、<0.01**)に増加したことが示された。一方、いわゆる悪玉コレステロール関連項目(sdLDL、LDL−C、apo B、TC)は、有意に低下したことが示された。また、空腹時血糖とウエストが低下する傾向がみられた。最も変動幅が大きかった項目は、プラズマローゲン関連項目の10〜25%の増加、sdLDLの22%の減少で、次いでLDL−Cの7.5%の減少、血糖の7.3%の減少であった。
【0099】
また、具体的なデータは示さないが、各項目間での相関性と、イノシトール摂取による相関性の変動について検討した結果、摂取前相関から、sdLDLと有意な正相関を示す項目は血圧(拡張期、収縮期とも)、TG、BMIで、有意な負相関を示す項目はHDL(apo A−I、HDL−C)とリン脂質中に占めるプラズマローゲンの割合(CP+EP)/PL、EP/PL)であることが示された。なお、イノシトール摂取後の相関係数が摂取前の値と比較して高くなる項目はみられなかった。
【0100】
また、摂取前相関から、総プラズマローゲンと有意な正相関を示す項目はHDL(apo A−I、HDL−C)のみで、有意な負相関を示す項目はウエストとhsCRPであった。そして、イノシトール摂取により総プラズマローゲンとの相関係数が高くなった項目は、ヒト血清C−反応性蛋白(hsCRP)、PL、悪玉コレステロール関連(TC、LDL−C、apo B)であった。
【0101】
ここで、hsCRPとは炎症マーカーである。動脈硬化は、血管性炎症(傷害)という側面をもつことから、hsCRPの慢性的な増加は心筋梗塞のリスクファクターとなる。
【0102】
以上のような、ほとんどが高脂血症であり、かつ半数以上がメタボリックシンドロームと診断される被験者20名を対象に行った今回の結果より、イノシトールの経口摂取は、血中の悪玉コレステロール、特に超悪玉コレステロールとよばれるsdLDLを減少させ、内因性抗酸化リン脂質であるプラズマローゲンを増加させることが示された。また、血糖降下作用も認められた。
【0103】
また、各測定項目間での相関性(摂取前)の検討から、健康状態のプラスファクターとしてHDLとプラズマローゲンが増加することが、マイナスファクターとして肥満(BMI)、ウエスト(内臓脂肪蓄積)、血圧、TG(中性脂肪)、sdLDL、hsCRPが減少することが示された。
【0104】
実施例1および実施例2から、本発明により、経口投与すれば、血漿および肝臓内におけるプラズマローゲンを増加させることができる、イノシトールを含有する食用組成物または医薬組成物を提供することができることが示された。
【0105】
また、以上のことから、本発明の組成物を投与することによってプラズマローゲンを増加させることができるため、プラズマローゲンの抗酸化性を利用して、コレステロールの酸化を防止できる可能性が示唆された。さらに、コレステロールの酸化を防止できることから、コレステロールの酸化に起因するアテローム性動脈硬化症を、本発明の組成物の投与により処置できる可能性が示唆された。
【0106】
これにより、近年増加する心血管疾患を予防し、医療の削減につながることが期待できる。
【産業上の利用可能性】
【0107】
本発明に係る組成物は、イノシトールを含有させることによって、生体内のプラズマローゲン量を増加させることができる。プラズマローゲンはコレステロールの酸化を防ぐことから、アテローム性動脈硬化症を予防することが示唆される。また、アテローム性動脈硬化症以外にも、体内の酸化傷害に起因する多種の疾病の予防と治療を目的とした食品、および医薬品の開発に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0108】
【図1】腹部大動脈血中の血球における、イノシトールの添加に伴うプラズマローゲン濃度の変化を示したグラフである。
【図2】腹部大動脈血中の血漿における、イノシトールの添加に伴うプラズマローゲン濃度の変化を示したグラフである。
【図3】肝臓組織における、イノシトールの添加に伴うプラズマローゲン濃度の変化を示したグラフである。
【図4】肝臓組織における、イノシトールの添加に伴うプラズマローゲン総量の変化を示したグラフである。
【図5】脳組織における、イノシトールの添加に伴うプラズマローゲン濃度の変化を示したグラフである。
【図6】盲腸の内容物における、イノシトールの添加に伴うプラズマローゲン濃度の変化を示したグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イノシトールを含有する、生体内のプラズマローゲン量を増加させるための組成物。
【請求項2】
肝臓および/または血漿中のプラズマローゲン量を増加させる請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
食用組成物または医薬組成物であることを特徴とする請求項1または2に記載の組成物。
【請求項4】
イノシトールを含有する、生体内のプラズマローゲン量を増加させるためのキット。
【請求項5】
肝臓および/または血漿中のプラズマローゲン量を増加させるための請求項4に記載のキット。
【請求項6】
イノシトールを含有する、コレステロールの酸化を防ぐための組成物。
【請求項7】
血漿リポタンパク質に存在するコレステロールの酸化を防ぐことを特徴とする請求項6に記載の組成物。
【請求項8】
食用組成物または医薬組成物であることを特徴とする請求項6または7に記載の組成物。
【請求項9】
イノシトールを含有する、コレステロールの酸化を防ぐためのキット。
【請求項10】
イノシトールを含有する、アテローム性動脈硬化症を処置するための組成物。
【請求項11】
食用組成物または医薬組成物であることを特徴とする請求項10に記載の組成物。
【請求項12】
イノシトールを含有する、アテローム性動脈硬化症を処置するためのキット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−51132(P2007−51132A)
【公開日】平成19年3月1日(2007.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−194408(P2006−194408)
【出願日】平成18年7月14日(2006.7.14)
【出願人】(000241968)北海道糖業株式会社 (9)
【出願人】(504173471)国立大学法人 北海道大学 (971)
【Fターム(参考)】