説明

イリジウムめっき液およびイリジウムめっき方法

【課題】 高い陰極電流密度で高い陰極電流効率を長く安定に維持でき、良好な皮膜が得られる実用的で安定なイリジウムめっき液及びイリジウムめっき方法を提供する。
【解決手段】 ハロゲンを含む可溶性イリジウム塩およびアルコール類を含有し、好ましくは硫酸塩、硝酸塩、およびハロゲン化水素酸塩のうち少なくとも1種を含むイリジウムめっき液、およびアノードとカソードの間に隔膜を備えためっき槽中で上記アルコール類添加、またはアルコール類および硫酸塩、硝酸塩、およびハロゲン化水素酸塩を添加したイリジウムめっき液によりイリジウム被膜を形成する電解めっき方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はイリジウムめっき液およびイリジウムめっき方法に関し、詳しくは、高い電流効率が安定に維持でき、良好なメッキ被膜が得られるイリジウムめっき液およびイリジウムめっき方法に関する。
【背景技術】
【0002】
防錆膜形成、保護膜形成、金属光沢付与、電導性付与などのために、金属をはじめとして多くの物品に電気めっき(めっきと略称する)が施されている。最近は、電子部品の配線形成にもめっきが利用されている。特に電子部品等には金めっきや白金めっきのように高価なめっき素材が用いられている場合も多い。このような環境の中で、イリジウムめっき皮膜は高硬度で耐熱性、耐食性が優れているため、工業的な利用価値は非常に高く実用化に向けた研究開発が続けられている。イリジウムは、高い硬度を有するとともに、高濃度の強酸や王水、ハロゲン類に対しても優れた耐腐食性を示す金属であるが、加工の困難性のためその用途は一部の硬化剤や触媒等に限られていた。しかし、近年のめっき技術の発展に伴い、イリジウムめっきを装飾品のみならず電子部品の配線や防食材等に利用する技術が開発されている。イリジウムめっき浴としては、イリジウム化合物としてヘキサクロロイリジウム(III)酸塩、ヘキサクロロイリジウム(IV)酸塩のような塩化イリジウム酸塩、臭化イリジウム酸塩、硫酸イリジウム酸塩などの可溶性イリジウム塩を用いたものが知られており、例えば、可溶性イリジウム塩とカルボン酸塩等を含有するめっき液、可溶性イリジウム塩と無機酸と界面活性剤を含有するめっき液、可溶性イリジウム塩とスルファミン酸又は硫酸を含有するめっき液等が報告されている(特許文献1、2、3)。これらの報告によれば、緻密で均一な被膜を持つイリジウムめっきができるようになり、陰極電流効率もかなり良好になってきた。特許文献1では、ハロゲンイオンとイリジウムの錯体にカルボン酸類を添加したイリジウムメッキ液により安定で高い電流効率と早いメッキ速度を実現している。また、特許文献2では、可溶性イリジウム塩化物に無機酸と界面活性剤を加えたメッキ液により、平滑で緻密な被膜形成を実現できるとしている。
【0003】
【特許文献1】特開平6−316786号公報
【特許文献2】特開2004−52014号公報
【特許文献3】USP 3,639,219
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述のようにイリジウムめっきは可能ではあるが、これまでは工業的に利用できるような長時間のめっきにおいても高い陰極電流効率を維持することは難しかった。本発明においては、高い陰極電流密度でも高陰極電流効率を維持でき、良好な皮膜が得られる実用的で安定したイリジウムめっき液及びイリジウムめっき方法の提供を課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するため、本発明者らは以下の手段を見出した。
(1)ハロゲンを含む可溶性イリジウム塩およびアルコール類を含有するイリジウムめっき液。
(2)硫酸塩、硝酸塩、およびハロゲン化水素酸塩のうち少なくとも1種を含む(1)に記載のイリジウムめっき液。
(3)アノードとカソードの間に隔膜を備えためっき槽中で(1)または(2)に記載のイリジウムめっき液によりイリジウム被膜を形成するめっき方法。
【発明の効果】
【0006】
本発明のイリジウムめっき液及びイリジウムめっき方法によれば、比較的高い陰極電流密度でのめっきが可能であり、しかも、陰極電流効率は90%以上を長く維持することが出来、早いめっき速度でも安定で良好なめっき皮膜が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明のイリジウムめっき液はハロゲンを含む可溶性イリジウム塩を含有する。ハロゲンを含む可溶性イリジウム塩としては、塩化イリジウム(III)酸塩、塩化イリジウム(IV)酸塩、臭化イリジウム(III)酸塩、臭化イリジウム(IV)酸塩等のハロゲン化イリジウム酸塩を用いることができる。これらの中でも臭化イリジウム(III)酸塩が好ましい。塩基イオンは特に限定されないが、通常は入手し易いナトリウム、カリウム、リチウム、マグネシウム、カルシウムなどのアルカリ金属やアルカリ土類金属のイオンあるいはアンモニウムイオンなどを用いればよい。具体的なイリジウム塩としては、ヘキサクロロイリジウム(III)酸カリウム、ヘキサクロロイリジウム(IV)酸カリウム、ヘキサクロロイリジウム(III)酸ナトリウム、ヘキサクロロイリジウム(IV)酸ナトリウム、ヘキサクロロイリジウム(III)酸アンモニウム、ヘキサクロロイリジウム(IV)酸アンモニウム、ヘキサブロモイリジウム(III)酸カリウム、ヘキサブロモイリジウム(IV)酸カリウム、ヘキサブロモイリジウム(III)酸ナトリウム、ヘキサブロモイリジウム(IV)酸ナトリウムなどが挙げられる。なお、ハロゲン化イリジウム酸塩はイリジウム酸塩そのものをめっき液に添加してもよいし、臭化イリジウムや塩化イリジウムのようなハロゲン化イリジウムと水酸化ナトリウムや水酸化カリウムをめっき液に添加してpHを調整して作成もよい。ハロゲンを含む可溶性イリジウム塩のめっき液中の含有量としては、金属イリジウムとして0.5〜30g/lが好ましく、さらに好ましくは1〜20g/lである。金属イリジウム濃度が上記未満であるとめっき速度が遅くなり、上記範囲を超えると、イリジウムイオンが飽和に達し実用的には無駄になる。めっき中にイリジウムは消費され減少していくので消費量に応じてイリジウム塩を添加してその濃度を保ってやればよい。
【0008】
本発明のイリジウムめっき液は上記成分以外にアルコール類の中から選ばれる1種類以上の化合物を含有する。アルコール類としてはどのようなアルコールを用いても良いが、水溶性で複雑な官能機を含まない通常の1価および多価アルコールが好適である。1価アルコールとしてエタノール、ブタノール、2価アルコールとしてエチレングリコール、プロピレングリコール、1,4−ブタンジオール、3価アルコールとしてグリセリン、6価アルコールとしてイノシット、その他の多価アルコールである糖類としてはグルコースが特に好適である。低沸点のエタノール、プロパノール、特にメタノールはめっき条件によっては蒸発し易いので大量の補充が必要となる点で実用的ではない。しかし、アルコール分子に占めるヒドロキシ基の比率が低すぎるものは好ましくない。例えば、糖類と違ってポリエチレングリコールのように高分子量の化合物でヒドロキシル基の含有比率が比較的少ない化合物は実用的ではない。めっき液中のアルコールの濃度は、0.0005〜0.5mol/lが好ましく、さらに好ましくは0.001〜0.05mol/lである。アルコールの濃度が低すぎると添加効果がほとんど現れず高陰極電流効率を持続できず、上記範囲を超えると陰極電流効率が低下しイリジウムの析出が妨げられる傾向がある。
【0009】
本発明のイリジウムめっき液は、上記の必須成分に加え、硫酸塩、硝酸塩、ハロゲン化水素酸塩のうちの1種以上を含むことが好ましい。硫酸塩としては硫酸ナトリウム、硫酸カリウム等、硝酸塩としては硝酸ナトリウム、硝酸カリウム等、ハロゲン化水素酸塩としては塩化ナトリウム、塩化カリウム、臭化ナトリウム、臭化カリウム等が挙げられる。めっき液中の硫酸塩、硝酸塩、ハロゲン化水素酸塩の濃度は0.01〜6mol/lが好ましく、さらに好ましくは0.1〜2mol/lである。濃度が上記未満だとめっき液の導電性が低下し、上記範囲を超えると過飽和となり易く実用的でない。
【0010】
本発明のイリジウムめっき方法は、めっき槽中にアノード側とカソード側を隔てる隔膜を用いることが好ましい。隔膜としては、イオン透過性であるが固体や気体は遮断するような材質の膜がよい。例えば、ガラスフィルター、素焼き板、イオン交換膜、合成繊維(ポリプロピレン等)等、あるいは通常の電気分解に使用される隔膜を用いればよい。隔膜を用いることにより、アノード側で発生した気体や固体がカソード側に移動し生成したイリジウム皮膜中に混入し、被膜の緻密性を疎外したりボイドを発生させたりすることがなくなる。
【0011】
本発明のイリジウムめっきは通常の電解めっきと同様の操作によりめっきをすることができる。本発明のイリジウムめっき液は、pH1.0〜8.0での使用が可能であるが、実用的にはpH2.0〜7.0が好ましい。pHが低すぎると陰極電流効率が低下し、pHが高すぎるとめっき液が分解しやすくなる。また、本発明のイリジウムめっき液は、常圧では液温50〜99℃であれば十分使用が可能であるが、70〜95℃とすることが好ましい。めっき温度が低いとイリジウム被膜がほとんど析出せず、99℃以上だと水の蒸発が激しくなり実用に適していない。特に、上述したように比較的低沸点のアルコールは蒸発し易く高温条件では使用しにくい。本発明のイリジウムめっき法は、陰極電流密度を0.01〜3.0A/dmの範囲でのめっきが好ましく、さらに好ましくは0.1〜1.0A/dmとすればよい。陰極電流密度が上記範囲より低いと析出速度が極端に遅く、上記範囲より高いと水素の発生により陰極電流効率が低下したり、めっき被膜が緻密でなくなることがある。なお、ピット防止用に通常電気めっきに用いられる陰イオン界面活性剤等(ポリオキシエチレンアルキルエーテル等)を用いることも好ましい態様である。
【実施例】
【0012】
以下に実施例および比較例を用いて本発明を具体的に説明する。但し、本発明は以下の実施例に限られるものではない。
(実施例1)
蒸留水中に、臭化イリジウムを金属イリジウムとして10g/l、エチレングリコールを0.008mol/l、硫酸ナトリウムを0.5mol/l、臭化ナトリウムを0.5mol/l含有するイリジウムめっき液を調整した。このイリジウムめっき液に水酸化ナトリウムを加えてpH5に調整した。液温は85℃とした。めっき槽にはアノード側とカソード側を隔てる隔膜としてポリプロピレン製袋を設置した。ニッケル板に金ストライクめっきをしたものを試料として浸漬し、陰極電流密度0.5A/dmで20分間めっきをした。その後、めっきに使ったイリジウムめっき液のpH調整をせずに再び同じ条件(液温85℃、陰極電流密度0.5A/dm、20分間)でめっきを繰返し、合計4回、80分間めっきを実施した。その際の陰極電流効率を図1に示した。図から判るように3回目のめっき(60分間)までは陰極電流効率はほぼ100%であった。なお、得られた60分間までのめっき試料(3個目まで)のめっき皮膜は、外観が平滑で光沢があり、密着性も良好であった。
【0013】
(実施例2)
実施例1と同様の組成と条件で、めっきの途中イリジウムとエチレングリコールを補充して濃度を一定に保ち、さらにイリジウムめっき液のpH調整も行いながら金属イリジウムとして10g/lを消費するまで合計503分間めっきを実施した。その後においても、初期の陰極電流効率(ほぼ100%)を維持していた。その際のめっき被膜の状態も良好であった。
【0014】
(実施例3〜15)
実施例1のめっき液のアルコール類、陰極電流密度、めっき時間などを表1に示すように変更した以外は実施例1と同様にして本発明のイリジウムめっきをした。表1にその結果の陰極電流効率およびめっき被膜の厚さを示した。なお、これらの実施例の試料のめっき皮膜の外観は平滑で光沢があり、密着性も良好であった。
【0015】
【表1】

【0016】
(比較例1)
臭化イリジウムを金属イリジウムとして10g/l、マロン酸を0.02mol/l、ホウ酸を40g/l含有するイリジウムめっき液を調整した。このイリジウムめっき液を水酸化ナトリウムを用いてpH5に調整した。液温は85℃とし、ニッケル板に金ストライクめっきをしたものを試料として浸漬し、陰極電流密度0.5A/dmで20分間めっきをした。その後、めっきに使ったイリジウムめっき液のpH調整をせずに再び同じ条件(液温85℃、陰極電流密度0.5A/dm、20分)でめっきをもう1回行った。陰極電流効率の変化を図1に示した。
【0017】
(比較例2)
臭化イリジウムを金属イリジウムとして10g/l、硫酸ナトリウムを0.5mol/l、臭化ナトリウムを0.5mol/l含有するイリジウムめっき液を調整した。このイリジウムめっき液を水酸化ナトリウムを用いてpH5に調整した。液温は85℃とし、ニッケル板に金ストライクめっきをしたものを試料として浸漬し、陰極電流密度0.5A/dmで20分間めっきをした。その後、めっきに使ったイリジウムめっき液のpH調整をせずに再び同じ条件(液温85℃、陰極電流密度0.5A/dm、20分)でめっきをもう1回行った。陰極電流効率の変化を図1に示した。
【0018】
図1から判るように、アルコールを添加しためっき液(実施例1)に対し、アルコールの代りにカルボン酸を添加しためっき液(比較例1)、および何も添加しなかっためっき液(比較例2)によるめっきにおいては陰極電流効率の低下が早く、2回目のめっきでも陰極電流効率は50%以下となり、実施例1のように長時間のめっきには耐えられなかった。
【産業上の利用可能性】
【0019】
本発明のイリジウムめっき液及びイリジウムめっき方法によれば、めっき速度を早めるための比較的高い陰極電流密度での作業が可能であり、しかも、陰極電流効率は90%以上を長く維持することが出来、安定で良好なめっき皮膜が得られ、高い実用性がある。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】図1は実施例1、比較例1および比較例2の陰極電流効率を表す。
【符号の説明】
【0021】
1 :実施例1の結果
2 :比較例1の結果
3 :比較例2の結果

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハロゲンを含む可溶性イリジウム塩およびアルコール類を含有するイリジウムめっき液。
【請求項2】
硫酸塩、硝酸塩、およびハロゲン化水素酸塩のうち少なくとも1種を含む請求項1に記載のイリジウムめっき液。
【請求項3】
アノードとカソードの間に隔膜を備えためっき槽中で請求項1または2に記載のイリジウムめっき液によりイリジウム被膜を形成するめっき方法。

【図1】
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