説明

インクジェット用のインク、インクカートリッジ、及びインクジェット記録方法

【課題】 インクジェット方式における吐出特性が改善されたインク、該インクを用いたインクカートリッジ及びインクジェット記録方法を提供すること。
【解決手段】 樹脂A、樹脂B及び顔料を含有する、インクジェット用のインクにおいて、前記顔料が、前記樹脂Bにより分散されてなるハロゲン化金属フタロシアニン顔料であり、前記樹脂Aがカルボキシ基を有するランダム共重合体であり、前記樹脂Bがカルボキシ基を有するブロック共重合体であり、かつ、前記樹脂Aの酸価が前記樹脂Bの酸価よりも低く、さらに、pKaが4.3以下である官能基及びpKaが5.0以上6.6以下である官能基を有する多塩基酸を含有することを特徴とするインク。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グリーンインクとしても好適なインクジェット用のインク、前記インクを用いたインクカートリッジ、及びインクジェット記録方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、インクジェット記録方法に用いるインクの色材としては、得られる画像の堅牢性に優れることから、顔料が広く使用されるようになっている。しかし、染料に比べて顔料は発色性が劣る傾向がある。顔料を含有するインクによって豊かな色彩を有する画像を得るために、減法混色の基本色であるシアン、マゼンタ、イエローの他に、レッド、グリーン、ブルーなどのいわゆる特色インクが使用されるようになっている。このうち、グリーンインクに用いる顔料としては、ハロゲン化金属フタロシアニン顔料が知られている(特許文献1及び2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2001−354886号公報
【特許文献2】特開2007−246890号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、インクジェット記録方法に用いるインクの色材としてハロゲン化金属フタロシアニン顔料を使用すると、十分な吐出特性が得られない場合があることがわかった。近年ではインクジェット記録方法により得られる画像が高精細であることがこれまで以上に強く要求されているが、吐出特性の低下が画質に与える影響は極めて大きいため、その改善が必要である。
【0005】
したがって、本発明の目的は、インクジェット方式における吐出特性が改善されたインク、該インクを用いたインクカートリッジ及びインクジェット記録方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の目的は、以下の本発明によって達成される。すなわち、本発明にかかるインクは、樹脂A、樹脂B及び顔料を含有する、インクジェット用のインクにおいて、前記顔料が、前記樹脂Bにより分散されてなるハロゲン化金属フタロシアニン顔料であり、前記樹脂Aがカルボキシ基を有するランダム共重合体であり、前記樹脂Bがカルボキシ基を有するブロック共重合体であり、かつ、前記樹脂Aの酸価が前記樹脂Bの酸価よりも低く、さらに、pKaが4.3以下である官能基及びpKaが5.0以上6.6以下である官能基を有する多塩基酸を含有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、インクジェット方式における吐出特性が改善されたインク、該インクを用いたインクカートリッジ及びインクジェット記録方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下に、発明を実施するための形態を挙げて本発明をさらに詳細に説明する。なお、本発明におけるpH、pKaなどの各種の物性は25℃における値である。
【0009】
先ず、本発明者らは、グリーンインクの色材として好適なハロゲン化金属フタロシアニン顔料を含有するインクジェット用のインクにおいて、この顔料に起因して特有に生じる吐出特性の低下という技術課題についての検討を行った。
【0010】
シアンの色相を有する一般的な金属フタロシアニン顔料とは異なり、グリーンの色相を有する金属フタロシアニン顔料は、そのフタロシアニン骨格の芳香環にハロゲン原子が置換している。このため、ハロゲン化金属フタロシアニン顔料粒子の表面特性は、単純な親水−疎水の関係では説明できない特有の性質を示す。そして、一般的な顔料であれば十分に分散させる能力を有する分散樹脂を用いても、ハロゲン化金属フタロシアニン顔料の粒子表面には吸着しづらく、分散状態が不安定になりやすいという傾向がある。吐出の際に強いせん断力の働くインクジェット記録方法に上記顔料を含有するインクを用いると、その粒子表面からの分散樹脂の脱離が起こりやすくなる。このようなインクに吐出のためのエネルギーが付与されると、その一部は分散樹脂の脱離に消費されるため、その分インクを吐出させるために使うことができるエネルギーが減る。結果として、吐出速度が低下したり、脱離した樹脂に起因する析出物が発生したりするなどして、吐出特性が低下することがわかった。
【0011】
そこで、本発明者らは、ハロゲン化金属フタロシアニン顔料の粒子表面に分散樹脂を十分に吸着させるための検討を行った。その結果、カルボキシ基を有するブロック共重合体(樹脂B)により上記顔料を分散させ、さらにカルボキシ基を有するランダム共重合体(樹脂A)をインクに添加し、かつ、前記樹脂Aの酸価を前記樹脂Bの酸価よりも低くするのが有効であることを見出した。
【0012】
一般に、高酸価の樹脂よりも、低酸価の樹脂のほうが疎水性ユニットの割合が多いため、顔料粒子の表面に吸着しやすい。したがって、酸価の関係だけを考慮すれば、酸価が相対的に低い樹脂Aのほうが、顔料粒子の表面との疎水性相互作用がより強く、顔料に吸着しやすい。しかし、顔料粒子の表面への樹脂の吸着のしやすさは、樹脂の酸価よりもその形態のほうが支配的である。すなわち、酸価が相対的に高くても樹脂Bの形態がブロック共重合体であることで、ランダム共重合体である樹脂Aよりも顔料粒子の表面に吸着しやすくなる。
【0013】
ここで、インク中において、上記樹脂Bの他に樹脂Aが存在する場合、酸価が相対的に低い樹脂Aは疎水性相互作用により顔料粒子の表面に近づこうとする。しかし、上述の通り、ブロック共重合体の顔料粒子の表面への吸着力はランダム共重合体よりも強いため、顔料を分散させているブロック共重合体と置き換わることはない。むしろ、酸価が相対的に低い樹脂Aが顔料粒子の表面に近づこうとすることは、顔料粒子の表面に吸着しているブロック共重合体を顔料により強く押し付けるような見かけ上の力として作用するようになる。すると、一般的な金属フタロシアニン顔料よりも樹脂が吸着しづらいハロゲン化金属フタロシアニン顔料であっても、顔料粒子の表面に吸着しているブロック共重合体の脱離が抑制され、吐出特性が良化する。
【0014】
しかし、本発明者らの検討の結果、インクのpHや使用する水溶性有機溶剤などによっては、インク中で上記ランダム共重合体がミセルを形成し、顔料に上記ブロック共重合体をより強く押し付ける作用が低下する場合があることがわかった。つまり、上記のブロック共重合体及びランダム共重合体を併用するだけであると、吐出特性を良化する効果が発揮されない場合があることになる。
【0015】
そこで本発明者らは、上記ランダム共重合体のミセル化を抑制する手段としてpKa(酸解離定数)に着目した。ランダム共重合体が形成しているミセルの内部には疎水性部分が集まっており、その内部に存在するカルボキシ基は電離せず、酸型(−COOH)の状態で存在する。このミセルを破壊し、ランダム共重合体を溶解状態にさせるためには、このミセル内部のカルボン酸を電離させる、つまり酸型のカルボキシ基を中和する必要がある。酸型のカルボキシ基のpKaはポリアクリル酸のpKa(4.5)と同等と推定される。したがって、酸型のカルボキシ基を電離させるためには、インク中で電離していて、かつ、これより弱い酸、つまりpKaが高い酸性基を有する化合物をインクに含有させることが有効であると考えた。
【0016】
本発明者らはpKaが異なる種々の化合物について検討を行った。その結果、pKaが4.3以下である官能基と5.0以上6.6以下である官能基を有する多塩基酸が、ミセルを形成しているランダム共重合体の酸型のカルボキシ基を電離させるのに有効であることを見出した。すなわち、pKaが5.0以上6.6以下という、ポリアクリル酸よりも高pKaの官能基(弱い酸)だけではなく、pKaが4.3以下という、ポリアクリル酸と同等以下の低pKaの官能基(強い酸)も必要であることになる。しかも、これら2種類の酸性の官能基の両方がひとつの分子中に存在することも必要である。一方、pKaが4.3以下である官能基のみを有する塩基酸と、pKaが5.0以上6.6以下である官能基のみを有する塩基酸と、の両方の化合物をインクに含有させても、上記の酸型のカルボキシ基を電離させることはできなかった。
【0017】
本発明者らは、pKaが4.3以下である官能基と5.0以上6.6以下である官能基を有する多塩基酸を用いることで、ミセルを形成しているランダム共重合体の酸型のカルボキシ基を中和することができる理由を以下のように推測している。先ず、2種類の酸性の官能基を有する化合物がミセルの内部に侵入するためには、該化合物が十分な溶解性を持つ必要があり、このためにpKaがある程度低い酸性の官能基を有する必要がある。また、上記の酸型のカルボキシ基を電離させるためには、pKaがある程度高い酸性の官能基を有する必要がある。ここで、pKaが高い側の酸性の官能基に、そのpKaの上限(6.6以下)がある理由としては、あまりにpKaが高すぎると、当該化合物がインク中で電離した状態として存在する確率が低くなる。この場合、多塩基酸により上記の酸型のカルボキシ基を中和することができない。
【0018】
これまでに述べてきたように、本発明においては、pKaが4.3以下である官能基と5.0以上6.6以下である官能基を有する多塩基酸を用いることを要する。このような多塩基酸を用いることで、インクのpHや使用する水溶性有機溶剤などの影響により形成された上記ランダム共重合体のミセルが破壊される。すると、上記のランダム共重合体によって、顔料からのブロック共重合体の脱離が抑制される作用が、インクのpHや使用する水溶性有機溶剤などの条件によらずに発揮され、インクの吐出特性を向上することができるのである。
【0019】
<インク>
以下、本発明のインクを構成する成分などについて説明する。
【0020】
(ハロゲン化金属フタロシアニン顔料)
本発明のインクには、色材としてハロゲン化金属フタロシアニン顔料(以下、顔料と呼ぶことがある)を含有させる。インク中のハロゲン化金属フタロシアニン顔料の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、1.0質量%以上20.0質量%以下、さらには2.0質量%以上8.0質量%以下であることが好ましい。
【0021】
ハロゲン化金属フタロシアニン顔料は、フタロシアニン骨格の外側に位置する4つの芳香環に結合している合計16個の水素原子の少なくとも一部がハロゲン原子で置換され、フタロシアニン骨格の中央部の2個の水素原子が金属原子で置換された構造を有する。ハロゲン原子としては、塩素、臭素、ヨウ素などが挙げられ、複数種のハロゲン原子が置換していてもよい。本発明においては、ハロゲン原子として、塩素及び臭素の少なくとも一方が置換しているものが好ましく、さらには塩素及び臭素の両方が置換しているものがより好ましい。フタロシアニン骨格の4つの芳香環へのハロゲン原子の置換数としては、16個の水素原子のうち、8個以上、さらには12個以上、特には14個以上であることが好ましい。このようにハロゲン化度が高いハロゲン化金属フタロシアニン顔料は、グリーンインクとして好ましい色相を有するため特に好適である。また、フタロシアニン骨格の中心金属としては、銅、亜鉛、アルミニウムなどが挙げられ、本発明においては、銅や亜鉛が特に好ましい。表1に、金属フタロシアニン顔料の具体例を挙げる。勿論、本発明はこれらに限られるものではない。
【0022】
【表1】

【0023】
(樹脂)
本発明のインクには、インクに添加する樹脂としてカルボキシ基を有するランダム共重合体(樹脂A)と、上記で説明した顔料を分散させるための分散樹脂としてカルボキシ基を有するブロック共重合体(樹脂B)と、を含有させる。
【0024】
ここで、ランダム共重合体とブロック共重合体の特徴について説明する。ランダム共重合体は、2種以上の単量体に由来するユニットから構成され、各ユニットが不規則に配列された構造を有する。ブロック共重合体も2種以上の単量体に由来するユニットから構成されるが、同種ないしは同様の性質を有する単量体に由来する複数のユニットが連なってブロックを形成し、複数のブロックが配列された構造を有する。インクジェット用のインクに一般的に用いられるブロック共重合体は、以下のような構成を有する共重合体である。例えば、疎水性ブロック(Aブロック)及びイオン性の親水性ブロック(Bブロック)を有するABブロック構造や、ABブロック構造に、さらに非イオン性の親水性ブロック(Cブロック)が加わったABCブロック構造が挙げられる。
【0025】
〔カルボキシ基を有するランダム共重合体(樹脂A)〕
本発明のインクに含有させる、カルボキシ基を有するランダム共重合体(樹脂A)について説明する。樹脂Aは、後述するカルボキシ基を有するブロック共重合体(樹脂B)の酸価よりも低酸価であることを要する。本発明においては、この樹脂Aはインクに添加する樹脂として用いるものであるが、顔料の分散に主として寄与するのが樹脂Bであれば、樹脂Aのごく一部が顔料の分散に寄与することを除外するものではない。なお、上述の通り、ブロック共重合体の顔料粒子の表面への吸着力はランダム共重合体よりも強いため、顔料を分散させているブロック共重合体と置き換わることは通常は生じない。
【0026】
上述の通り、ランダム共重合体は疎水性部分や親水性部分がブロックとして存在しないという点で後述するブロック共重合体とは構造上の相違があるものの、ブロック共重合体と同様に疎水性部分と親水性部分をそれぞれ有する。したがって、ランダム共重合体も疎水性ユニットと親水性ユニットとから構成される。本発明で使用するランダム共重合体はカルボキシ基を有するものであるので、親水性ユニットとしてカルボキシ基を有するユニットを少なくとも含んで構成されれば、疎水性ユニットはどのようなものであってもよい。また、本発明においては、ランダム共重合体を構成する酸性ユニットのすべてがカルボキシ基を有するユニットであることが特に好ましい。なお、本発明のインクに使用するランダム共重合体は、各種のイオン重合法やラジカル重合法などの常法により合成することができる。本発明においては、樹脂Aの重量平均分子量が2,000以上20,000以下、さらには3,000以上10,000以下であることが好ましい。
【0027】
〔樹脂B:カルボキシ基を有するブロック共重合体〕
本発明のインクに含有させる、カルボキシ基を有するブロック共重合体(樹脂B)について説明する。先にも述べた通り、樹脂Aの酸価は樹脂Bの酸価よりも低いことを要する。本発明においては、樹脂Bは顔料を分散させるための分散樹脂として用いるので、ブロック共重合体は複数の疎水性ユニットで構成される疎水性部分と複数の親水性ユニットで構成される親水性部分を有する。本発明で使用するブロック共重合体もカルボキシ基を有するものであるので、親水性ユニットとしてカルボキシ基を有するユニットを少なくとも含んで構成されれば、疎水性ユニットはどのようなものであってもよい。なお、本発明のインクに使用するブロック共重合体は、アニオン又はカチオンリビング重合法、グループトランスファー重合法、原子移動ラジカル重合法、可逆的付加開裂連鎖移動重合法などの常法により合成することができる。本発明においては、樹脂Bの重量平均分子量が2,000以上20,000以下であることが好ましい。
【0028】
〔各樹脂を構成するユニットとなる単量体〕
本発明のインクに含有させる樹脂Aや樹脂Bとしては、以下に挙げるような親水性ユニット及び疎水性ユニットを構成ユニットとして少なくとも有するものであることが好ましい。具体的には、樹脂A及び樹脂Bの酸価の関係を満たすように、各樹脂にカルボキシ基を有する単量体に由来するユニット必要量を持たせれば、それ以外は以下に挙げるような群から適宜に選択した単量体に由来するユニットを使用することができる。なお、以下の記載における(メタ)アクリルとは、アクリル及びメタクリルを示すものとする。
【0029】
重合により親水性ユニットとなる単量体としては、例えば、(メタ)アクリル酸、イタコン酸、マレイン酸、フマル酸などのカルボキシ基を有する単量体、(メタ)アクリル酸−2−ホスホン酸エチルなどのホスホン酸基を有する単量体、4−スチレンスルホン酸、2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸などのスルホン酸基を有する単量体、これらの酸性単量体の無水物や塩などのアニオン性単量体、(メタ)アクリル酸2−ヒドロキシエチル、(メタ)アクリル酸3−ヒドロキシプロピルなどのヒドロキシ基を有する単量体、(モノ、ジ、トリ、テトラ、ポリ)エチレングリコールモノ(メタ)アクリレートなどのエチレンオキサイド基を有する単量体、(メタ)アクリルアミド、N−メチロール(メタ)アクリルアミド、N−ビニルホルムアミド、N−ビニルアセトアミド、N−ビニルピロリドンなどのアミド基を有する単量体が挙げられる。なお、アニオン性単量体の塩を構成するカチオンとしては、リチウム、ナトリウム、カリウム、アンモニウム、有機アンモニウムなどのイオンが挙げられる。
【0030】
重合により疎水性ユニットとなる単量体としては、スチレン、α−メチルスチレン、4−クロロメチルスチレン、4−tert−ブチルスチレン、(メタ)アクリル酸ベンジル、(メタ)アクリル酸ナフチル、ビニルナフタレンなどの芳香環を有する単量体、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸(イソ)プロピル、(メタ)アクリル酸(n−、iso−、sec−、tert−)ブチル、(メタ)アクリル酸2−エチルヘキシル、マレイン酸ジメチル、イタコン酸ジメチル、フマル酸ジメチルなどの脂肪族基を有する単量体が挙げられる。
【0031】
〔各樹脂の好適な酸価とその関係〕
本発明においては、樹脂Aの酸価が樹脂Bの酸価よりも低いことが必要である。この関係を満たせば各樹脂の酸価はどのようにしてもよい。本発明においては、樹脂Aの酸価が100mgKOH/g以上180mgKOH/g以下、樹脂Bの酸価が140mgKOH/g以上250mgKOH/g以下であることがより好ましい。なお、樹脂の酸価とは、樹脂1g中に含まれる酸性基を中和するのに必要な水酸化カリウムの量(mg)のことである。本発明においては、樹脂Aや樹脂Bが水溶性を有することが好ましい。本発明において樹脂が水溶性であることとは、該樹脂を酸価と当量のアルカリで中和した場合に粒径を有さないものであることとする。このような条件を満たす樹脂を、本明細書においては水溶性の樹脂として記載する。
【0032】
本発明者らの検討の結果、インクの吐出特性をより向上するためには、樹脂Aと樹脂Bの酸価の関係を以下のようにするのが好適であることがわかった。すなわち、樹脂A(インクに添加するランダム共重合体)の酸価が、樹脂B(顔料を分散させるブロック共重合体)の酸価に対する比率で、0.60以上0.85以下であることが好ましい。つまり、(樹脂Aの酸価/樹脂Bの酸価)の値が0.60以上0.85以下であることが好ましい。上記比率が0.60未満であると、析出物を十分なレベルで抑制することができず、吐出特性をより向上する効果が得られない場合がある。一方、上記比率が0.85を超えると、インクを連続して吐出させた際などに、吐出速度がやや低下しやすく、吐出特性をより向上する効果が得られない場合がある。
【0033】
〔各樹脂の好適な含有量とその関係〕
本発明においては、インク中の樹脂Aの含有量(質量%)が、インク全質量を基準として、0.1質量%以上5.0質量%以下であることが好ましい。また、インク中の樹脂Bの含有量(質量%)が、インク全質量を基準として、0.1質量%以上5.0質量%以下であることが好ましい。
【0034】
本発明者らの検討の結果、インクの吐出特性をより向上するためには、樹脂Aと樹脂Bの含有量の関係を以下のようにするのが好適であることがわかった。すなわち、インク中の、樹脂Aの含有量(質量%)が、樹脂Bの含有量(質量%)に対する質量比率で、0.05倍以上1.50倍以下であることが好ましい。つまり、(樹脂Aの含有量/樹脂Bの含有量)の値が0.05以上1.50以下であることが好ましい。なお、この場合の樹脂A及び樹脂Bの含有量はインク全質量を基準とした値である。上記質量比率が0.05未満であると、吐出特性をより向上する効果が十分に得られない場合がある。一方、上記質量比率が高くなると樹脂A(ランダム共重合体)が相対的に多くなるため、質量比率が1.50を超えると、析出物の発生をより効果的に抑制することができず、吐出特性をより向上する効果が得られない場合がある。
【0035】
〔分散樹脂と添加する樹脂の分析〕
本発明のインク中の、ハロゲン化金属フタロシアニン顔料を分散している樹脂の種類は、以下に述べる方法によって知ることができる。先ず、インクを20,000rpmで2時間遠心分離することで、沈降分として顔料を含む成分と、上澄み分である水溶性の成分とに分ける。そして、顔料を含む成分中に存在する樹脂の分析を下記のようにして行う。遠心分離により分離された顔料を含む成分を再度、水に分散して、これに塩酸などを加えて酸析を行う。析出物を遠心分離やろ過などにより分離して、固形物を得る。この固形物について、テトラヒドロフランなどの有機溶剤でソックスレー抽出を行い、樹脂を得る。そして、得られた樹脂をNMRなどにより分析する。具体的には、単量体に特有のピークを確認することにより共重合体の組成を分析することができる。また、ブロック共重合体であれば明確なピークが見られるのに対して、ランダム共重合体ではブロードなピークとなるため、樹脂の形態もNMRにより分析することができる。このような方法により、顔料の分散樹脂の種類を知ることができる。また、最初の遠心分離後に得られた水溶性の成分中に存在する樹脂についても、上記と同様にして分析することで、インク中に添加する樹脂の種類を知ることができる。
【0036】
(多塩基酸)
本発明のインクには、その分子構造中に、pKaが4.3以下である官能基及びpKaが5.0以上6.6以下である官能基を有する多塩基酸を含有させる。インクに上記の多塩基酸が少なくとも含まれていれば、本発明の効果を損なわない限り、それ以外の塩基酸もインクに含まれていてもよい。なお、pKaが低い方の官能基のpKaは1.5以上であることが好ましい。
【0037】
多塩基酸とは、複数のプロトンを与える酸(ブレンステッド酸)のことである。多塩基酸はその構造に複数の酸性の官能基を持つため、複数のpKaを有する。本発明で規定する「pKa」は、酸の強さを定量的に表すための指標のひとつであって、酸解離定数や酸性度定数とも呼ばれるものである。酸から水素イオンが放出される解離反応を考えて、負の常用対数pKaによって表す。pKaが小さいほど強い酸であることを示す。本発明においては、pKaは25℃(常温)における値とする。
【0038】
上記のpKaの要件を満足し、本発明において好適に用いることができる多塩基酸の具体例と、そのpKa及び分子量を表2に示す。勿論、本発明はこれらに限られるものではない。なお、本発明においては、多塩基酸のpKaの値は、「『化学便覧 基礎編 改定5版』、丸善株式会社、2004年、II−340〜343頁」の記載を参照した。本発明においては、多塩基酸をランダム共重合体のミセルの内部に侵入させやすくするため、分子量が300以下の多塩基酸を用いることがより好ましい。なお、多塩基酸の分子量は100以上であることが好ましい。
【0039】
【表2】

【0040】
本発明においては、インク中の上記多塩基酸の含有量(質量%)が、インク全質量を基準として、0.0010質量%以上0.500質量%以下であることが好ましい。
【0041】
また、本発明者らは、上記多塩基酸によりランダム共重合体のミセル化を抑制するという観点から、これらの比率が適切な関係にあれば、吐出特性をより向上する効果が得られるのではないかと考え、検討を行った。その結果、多塩基酸のpKaが5.0以上6.6以下である官能基量y(mmol/kg)が、ランダム共重合体(樹脂A)のカルボキシ基量x(mmol/kg)に対する比率(y/x)で、0.013以上1.000以下であることが好ましいことがわかった。この比率が0.013未満であると、ランダム共重合体の酸型のカルボキシ基を電離させる作用がやや低下しやすく、吐出特性をより向上する効果が得られない場合がある。一方、この比率が1.000を超えると、塩析作用により析出物が発生しやすくなり、吐出特性をより向上する効果が得られない場合がある。
【0042】
なお、上記の比率(y/x)の値は以下のようにして算出することができる。yの値は、ランダム共重合体(樹脂A)の酸価(mgKOH/g)及びインク中の含有量(質量%)、水酸化カリウムの分子量(56.11)を利用し、mmol/kgの単位で求める。xの値は、多塩基酸の分子量、インク中の含有量(質量%)、pKaが5.0以上6.6以下である官能基の数を利用し、mmol/kgの単位で求める。この計算の際に必要となる、インクに含まれているランダム共重合体の酸価とその含有量の値は、先に述べた樹脂の分析方法により知ることができる。また、インクに含まれている多塩基酸の種類とその含有量の値は、先に述べた樹脂の分析方法の際に得られる、沈降分(顔料と分散樹脂)を除いた液体成分について、液体クロマトグラフィーなどによりその構造と量を分析することにより知ることができる。
【0043】
(水性媒体)
本発明のインクには、水、又は、水及び水溶性有機溶剤の混合溶媒である水性媒体を含有させることができる。水としては脱イオン水を用いることが好ましい。インク中の水の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、40.0質量%以上90.0質量%以下であることが好ましい。また、水溶性有機溶剤としては、アルコール類、グリコール類、グリコールエーテル類、含窒素化合物類などのインクジェット用のインクに使用可能なものをいずれも用いることができ、1種又は2種以上をインクに含有させることができる。インク中の水溶性有機溶剤の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、3.0質量%以上50.0質量%以下、さらには3.0質量%以上40.0質量%以下であることが好ましい。
【0044】
(その他の成分)
本発明のインクには、上記成分以外にも必要に応じて、トリメチロールエタン、トリメチロールプロパンなどの常温で固体の有機化合物や、尿素、エチレン尿素などの含窒素化合物を含有させてもよい。また、上記の成分の他に、さらに必要に応じて、界面活性剤、pH調整剤、消泡剤、防錆剤、防腐剤、防カビ剤、酸化防止剤、還元防止剤、蒸発促進剤、キレート化剤などの種々の添加剤をインクに含有させてもよい。特に、インク中の液体成分を速やかに記録媒体に浸透させるために、適量の界面活性剤をインクに含有させることが好ましい。
【0045】
(インクのpH)
本発明のインクは中性〜アルカリ性に調整されていることが好ましい。このようにすれば、ブロック共重合体、ランダム共重合体、多塩基酸の水性媒体への溶解性を向上させ、インクの長期保存性をより一層高めることができる。このため、インクのpHは7.0以上であることが好ましい。ただし、インクジェット記録装置を構成する種々の部材を腐食させる場合があるため、インクのpHは10.0以下であることが好ましい。
【0046】
(インクの調製方法)
本発明のインクは常法にしたがって調製することができるが、ブロック共重合体(樹脂B)によりハロゲン化金属フタロシアニン顔料が分散されている必要があるため、以下のような手順で調製することが好ましい。先ず、顔料の分散樹脂であるブロック共重合体(樹脂B)と水を含む混合物に顔料を添加し、撹拌した後、分散処理を行い、必要に応じて遠心分離処理を行って顔料分散液を得る。次に、上記で得られた顔料分散液と、水性媒体(水や水溶性有機溶剤)、インクに添加するランダム共重合体(樹脂A)、必要に応じてその他の成分など加え、撹拌して、インクとする。
【0047】
<インクカートリッジ>
本発明のインクカートリッジは、インクを収容するインク収容部を備えてなり、前記インク収容部に、上記で説明した本発明のインクが収容されてなるものである。インクカートリッジの構造としては、インク収容部が、液体のインクを収容するインク収容室、及び負圧によりその内部にインクを保持する負圧発生部材を収容する負圧発生部材収容室で構成されるものが挙げられる。または、液体のインクを収容するインク収容室を持たず、収容量の全量を負圧発生部材により保持する構成のインク収容部であるインクカートリッジであってもよい。さらには、インク収容部と記録ヘッドとを有するように構成された形態のインクカートリッジとしてもよい。
【0048】
<インクジェット記録方法>
本発明のインクジェット記録方法は、インクジェット方式の記録ヘッドにより上記で説明した本発明のインクを吐出して、記録媒体に画像を記録する方法である。インクを吐出する方式としては、インクに力学的エネルギーを付与する方式やインクに熱エネルギーを付与する方式が挙げられ、本発明においては、熱エネルギーを利用するインクジェット記録方法を採用することが特に好ましい。本発明のインクを用いること以外、インクジェット記録方法の工程は公知のものとすればよい。なお、本発明においては、記録媒体としては、普通紙やインク受容層を有する記録媒体などの、インク吸収能を有する紙などを用いることが好ましい。
【0049】
本発明のインクは、別のインクと組み合わせて、インクセットとしても用いることができる。別インクの色相は、シアン、マゼンタ、イエロー、ブラック、レッド、グリーン、及びブルーなどのインクから1種又は2種以上を選択することができる。また、インクセットを構成するインクとして、上記のインクと互いに同じ色相を有し、顔料の含有量がそれぞれ異なる複数のインクを用いてもよい。
【実施例】
【0050】
以下、実施例、参考例及び比較例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は、その要旨を超えない限り、下記実施例により限定されるものではない。なお、成分量に関して「部」及び「%」と記載しているものは特に断らない限り質量基準である。
【0051】
<樹脂の合成>
各単量体を用いて常法により表3の上段に示すユニットの組成(質量)比を有する水溶性の樹脂を合成した。得られた樹脂について、ゲルパーミエーションクロマトグラフィーによりその重量平均分子量を、また、電位差滴定によりその酸価を測定した結果を表3の下段に示す。
【0052】
【表3】

【0053】
<顔料分散液の調製>
表4の上段に示す各成分(単位:部)の混合物をバッチ式縦型サンドミル(アイメックス製)に入れ、0.3mm径のジルコニアビーズ85.0部を充填し、水冷しながら3時間分散した。なお、各樹脂は、その酸価と当量の水酸化カリウムを用いて中和したものを固形分として使用した。その後、遠心分離を行うことで粗大粒子を含む非分散物を除去した。さらに、適量のイオン交換水を用いて希釈した後、ポアサイズが3.0μmであるミクロフィルター(富士フイルム製)にて加圧ろ過を行い、顔料及び樹脂の含有量(単位:%)が表4の下段に示す値である各顔料分散液を得た。
【0054】
【表4】

【0055】
<インクの調製>
表5〜7の上段に示す各成分(単位:%)を混合し、十分撹拌した後、ポアサイズが2.5μmであるミクロフィルター(ポール製)にて加圧ろ過を行い、各インクを調製した。なお、樹脂を含む水溶液としては、上記で合成した樹脂をその酸価と当量の水酸化カリウムで中和した、樹脂(固形分)の含有量が10.0%である水溶液を用いた。また、アセチレノールE100は川研ファインケミカル製のノニオン性界面活性剤である。表5〜7の下段には、樹脂A(インクに添加する樹脂)及び樹脂B(分散樹脂)の酸価や含有量など、各インクの主特性を示したが、多塩基酸の官能基量とは多塩基酸のpKaが5.0以上6.6以下である官能基量のことである。
【0056】
【表5】

【0057】
【表6】

【0058】
【表7】

【0059】
<評価>
(吐出速度)
上記で得られたインクについて、以下のようにして吐出速度の評価を行った。インクジェット方式の記録ヘッドに一定の駆動電圧を印加することにより吐出口から吐出されるインクの状態を、インクの吐出方向に直交する方向(横方向)からCCDカメラで撮影し、吐出速度を算出した。具体的には、ストロボの発光間隔と撮影間隔とを同期させ、ごく短い間隔でストロボを発光させた。この間に、吐出のための駆動電圧を印加し、その時点から所定の時間が経過した時点で、記録ヘッドの吐出口が設けられた面と吐出されたインク滴の重心との距離(μm)を撮影データから求め、この距離とストロボの発光間隔(μ秒)から吐出速度を算出した。吐出速度の測定は3個の吐出口について行い、その平均を測定値とした。対照例として、ハロゲン化されていない金属フタロシアニン顔料を含有するため、吐出特性の低下が生じない参考例1のインクを用い、該インクの吐出速度を100とした場合の、各インクの吐出速度を相対値として求め、この相対値により吐出速度の評価を行った。吐出速度の評価基準は以下の通りである。評価結果を表8に示す。本発明においては、下記の評価基準でD以下が許容できないレベル、C以上が許容できるレベルとした。
A:相対値が95以上であった
B:相対値が90以上95未満であった
C:相対値が80以上90未満であった
D:相対値が70以上80未満であった
E:相対値が60以上70未満であった
F:相対値が60未満であった。
【0060】
(析出物)
上記で得られたインクについて、以下のようにして析出物の評価を行った。インクジェット方式の記録ヘッドを用い、吐出口列の中心付近の80個の吐出口から、駆動周波数を2kHzとして、1つの吐出口あたり2,000万滴のインクを吐出させた。その後、記録ヘッドの吐出口を光学顕微鏡で観察し、発生した析出物の状態により評価を行った。析出物の評価基準は以下の通りである。評価結果を表8に示す。本発明においては、下記の評価基準でD以下が許容できないレベル、C以上が許容できるレベルとした。
A:全ての吐出口において析出物が発生していなかった
B:5%未満の吐出口において析出物が発生していた
C:5%以上20%未満の吐出口において析出物が発生していた
D:20%以上50%未満の吐出口において析出物が発生していた
E:50%以上の吐出口において析出物が発生していた。
【0061】
【表8】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
樹脂A、樹脂B及び顔料を含有する、インクジェット用のインクにおいて、
前記顔料が、前記樹脂Bにより分散されてなるハロゲン化金属フタロシアニン顔料であり、
前記樹脂Aがカルボキシ基を有するランダム共重合体であり、前記樹脂Bがカルボキシ基を有するブロック共重合体であり、かつ、前記樹脂Aの酸価が前記樹脂Bの酸価よりも低く、
さらに、pKaが4.3以下である官能基及びpKaが5.0以上6.6以下である官能基を有する多塩基酸を含有することを特徴とするインク。
【請求項2】
前記樹脂Aの酸価が、前記樹脂Bの酸価に対する比率で、0.60以上0.85以下である請求項1に記載のインク。
【請求項3】
前記インク中の、前記樹脂Aの含有量(質量%)が、前記樹脂Bの含有量(質量%)に対する質量比率で、0.05倍以上1.50倍以下である請求項1又は2に記載のインク。
【請求項4】
前記多塩基酸のpKaが5.0以上6.6以下である官能基量(mmol/kg)が、前記樹脂Aのカルボキシ基量(mmol/kg)に対する比率で、0.013以上1.000以下である請求項1乃至3のいずれか1項に記載のインク。
【請求項5】
前記多塩基酸の分子量が、300以下である請求項1乃至4のいずれか1項に記載のインク。
【請求項6】
インクを収容するインク収容部を有するインクカートリッジであって、前記インク収容部に収容されたインクが、請求項1乃至5のいずれか1項に記載のインクであることを特徴とするインクカートリッジ。
【請求項7】
インクをインクジェット方式で吐出して記録媒体に画像を記録するインクジェット記録方法であって、前記インクが、請求項1乃至5のいずれか1項に記載のインクであることを特徴とするインクジェット記録方法。


【公開番号】特開2012−122060(P2012−122060A)
【公開日】平成24年6月28日(2012.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−242516(P2011−242516)
【出願日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】