説明

インクジェット用インク

【課題】従来のインクジェット用インクではカバーしきれなかったポリエチレン樹脂表面に対する密着性を更に向上化することのできるインクジェット用インクの提供を目的とするものである。
【解決手段】スチレンアクリル樹脂を含有するインクジェット用インクに、塩素化ポリオレフィン樹脂、エポキシ樹脂およびジメチルシリコンオイルを加えることにより、上記の課題が解決されることを見出し、本発明の完成に至った。すなわち、本発明に係るインクジェット用インクは、ケトン系溶剤および油性染料を含有するインクジェットプリンタ用のインクであって、更にスチレンアクリル樹脂、塩素化ポリオレフィン樹脂、ジメチルシリコンオイルおよびエポキシ樹脂を含んで成ることを特徴とするものであり、図2に示すように、ポリエチレン製キャップの表面に形成された印字はティッシュペーパー擦り試験後でも密着性が高く、印字塗膜の剥離は観察されなかった。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インクジェットプリンタに使用されるインクに係り、詳しくは、ポリプロピレン(PP)やポリエチレン(PE)等に代表されるポリオレフィン樹脂の表面に対して密着性に優れた印刷を行うことのできるインクジェット用インクに関する。
【背景技術】
【0002】
ポリオレフィン樹脂は表面の活性が極めて乏しく、インクジェットインクによる印刷の高い密着性を得ることが非常に困難な材料として知られている。このような密着性の改善には、ポリオレフィン樹脂の表面に対してコロナ放電処理、プラズマ処理、酸処理等の表面改質処理を施し、表面における密着性を改質してインクの付着力を向上させる試みが行われている。
しかしながら、インクジェット用インクによるマーキング(印刷、印字)に関して、前記した各処理は、操作の煩雑さや装置コストの高騰化が大きな負担になっている。また、前記の各処理は、必ずしも効果が十分でなく、インクによる密着性の向上化が求められている。
【0003】
また、前記のような放電処理やプラズマ処理をポリオレフィン樹脂の表面に施しても、非対象物の形状に関して、例えば回転体での処理においては、回転むらによる反対面での処理が十分に行き渡らないような状況等が発生し、十分な処理が均一にできなかったりして密着のムラを生じるようなこともある。あるいは、マーキングを行なう環境に表面処理機を設置できないところも多く、そのような場合は他所にて表面処理を施すことが考えられる。しかしながら、処理後の経過時間によっては、改質の効果が一部消失してしまい、密着性の低下が発生するおそれがある。但し、このような表面の改質処理が十分でなかったとしても、更に良好な密着性が得られると、表面改質のバラツキによるトラブルも少なくなる。殊に、ポリエチレン樹脂についても更に密着性の良いインクジェット用インクが求められている。
【0004】
このようなプラスチック表面へのマーキングに使用するインクジェット用インクとしては、フェノール樹脂、ニトロセルロース樹脂、スチレンマレイン酸樹脂、ブチラール樹脂等を含み、ケトン系溶剤を溶剤の主成分として用いたものが知られている。しかしながら、このインクジェット用インクであっても、ポリオレフィン樹脂表面への密着性は不十分である。
そこで、ポリオレフィン樹脂表面への密着性を改善しようとしたインクとして、塩素化ポリプロピレン樹脂およびウレタン樹脂を使用したインクが特許文献1に開示されている。しかしながら、このインクはラミネート用のグラビアインクであり、インクジェット用インクとしての適性については明記されていない。当然ながら、このグラビアインクの組成はインクジェット用インクに適した組成となっていない。
一方で、インクジェット用インクとして、塩素化ポリオレフィン樹脂およびイミノ基含有染料を含有するインクが特許文献2に開示されている。このインクでは、塩素化ポリオレフィン樹脂から生じる塩素イオンのインヒビターとして、イミノ基含有染料が必須となっている。また、このインクは、マーキングされた印字塗膜が、これと接した他の材質表面に転写しやすいという難点がある。
他方で、前記したような印字塗膜の転写し易さを改善するために、エポキシ樹脂およびシリコンアクリル樹脂を併用したインクが特許文献3に開示されている。特許文献3には、ポリプロピレンフィルムへの密着性について良好であることが示されているが、ポリオレフィン樹脂としては、ポリプロピレン樹脂と同様によく用いられるポリエチレン樹脂があり、このポリエチレン樹脂表面への密着性については、尚いっそうの向上化が必要とされる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平1−261476号公報
【特許文献2】特開平10−195356号公報
【特許文献3】特開平11−181345号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記したように、ポリオレフィン系材料表面でのインク塗膜の密着性、材料表面での非転写性、耐摩擦性についての更なる向上化、および、ポリオレフィン材料のなかでもポリプロピレンより更にインクの密着性が得られにくいポリエチレン材料に対する密着性の向上化が求められている。
本発明は、上記した従来の問題点に鑑みてなされたものであって、従来のインクジェット用インクではカバーしきれなかったポリエチレン樹脂表面に対する密着性を更に向上化することのできるインクジェット用インクの提供を目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記の課題について鋭意研究した結果、スチレンアクリル樹脂を含有するインクジェット用インクに、塩素化ポリオレフィン樹脂、エポキシ樹脂およびジメチルシリコンオイルを加えることにより、上記の課題が解決されることを見出し、本発明の完成に至ったのである。
【0008】
すなわち、本発明に係るインクジェット用インクは、ケトン系溶剤および油性染料を含有するインクジェットプリンタ用のインクであって、更にスチレンアクリル樹脂、塩素化ポリオレフィン樹脂、ジメチルシリコンオイルおよびエポキシ樹脂を含んで成ることを特徴とするものである。
【0009】
また、前記のインクにおいて、スチレンアクリル樹脂として、重量平均分子量が4000以上35000以下、且つ、酸価が50以上200以下の樹脂を用いたものである。
【0010】
そして、前記した各インクにおいて、塩素化ポリオレフィン樹脂として、塩素含有量が30重量%以上50重量%以下の樹脂を用いたものである。
【0011】
更に、前記した各インクにおいて、エポキシ樹脂として、エポキシ当量が175以上200以下の樹脂を用いたものである。
【0012】
また、前記した各インクにおいて、更に電導度調整剤を含有するものである。
【0013】
そして、前記した各インクにおいて、インク全体に対し、スチレンアクリル樹脂8〜15%、塩素化ポリオレフィン樹脂2〜7%、エポキシ樹脂0.5〜3.0%、ジメチルシリコンオイル0.1〜1.5%を含有しているものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係るインクジェット用インクによれば、ケトン系溶剤、油性染料、スチレンアクリル樹脂、塩素化ポリオレフィン樹脂、液状エポキシ樹脂およびジメチルシリコンオイルを含んでいるので、これらの成分の相互作用により、表面活性が極めて乏しいといわれるポリエチレン材料の表面であっても、印刷することができる。しかも、ポリエチレン材料表面に対する密着性が高く非常に強い定着性を備えている。
【0015】
また、スチレンアクリル樹脂として、重量平均分子量が4000以上35000以下、且つ、酸価が50以上200以下の樹脂を用いたものでは、材料表面にマーキングされた印字の塗膜強度および密着性をより高くすることができる。
【0016】
そして、塩素化ポリオレフィン樹脂として、塩素含有量が30重量%以上50重量%以下の樹脂を用いたものでは、ケトン系溶剤への溶解性およびポリオレフィン樹脂材料への密着性をより高くすることができる。
【0017】
更に、エポキシ樹脂として、エポキシ当量が175以上200以下の樹脂を用いたものは、常温で液状のエポキシ樹脂であるから、溶剤への溶解性およびプリントにおけるインクの連続吐出特性を高くすることができる。
【0018】
また、更に電導度調整剤を含有するものでは、荷電量制御による連続吐出型のインクジェットプリンタ用のインクとして好適に用いることができる。
【0019】
そして、インク全体に対し、スチレンアクリル樹脂8〜15%、塩素化ポリオレフィン樹脂2〜7%、エポキシ樹脂0.5〜3.0%、ジメチルシリコンオイル0.1〜1.5%を含有しているものは、ポリオレフィン樹脂材料表面に対する密着性の高い最適な配合バランスを有するインクとして提供される。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の実施例1または比較例8に係るインクを用いて表面に文字が印字されたポリエチレン製キャップの表面状態を示す写真の図である。
【図2】前記実施例1のインクを用いて文字が印字されたポリエチレン製キャップの表面にティッシュペーパー擦り試験を行なった後の表面状態を示す写真の図である。
【図3】本発明の実施例1に係るインクを用いて文字が印字されたガラス板の表面に対しテープ剥離試験を行なった後の表面状態を示す写真の図である。
【図4】前記比較例8のインクを用いて文字が印字されたポリエチレン製キャップの表面に対しティッシュペーパー擦り試験を行なった後の表面状態を示す写真の図である。
【図5】比較例9に係るインクを用いて文字が印字されたガラス板の表面に対しテープ剥離試験を行なった後の表面状態を示す写真の図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施形態を説明するが、以下に述べる実施形態は本発明を具体化した一例に過ぎず、本発明の技術的範囲を限定するものでない。
[ケトン系溶剤]:
本発明のインクジェット用インクは、ケトン系溶剤を溶剤の主成分として用いる。ケトン系溶剤としては、例えばアセトン、メチルエチルケトン(MEK)、メチルイソブチルケトン(MIBK)、シクロヘキサノン等が挙げられる。
好ましい溶剤の組成としては、メチルエチルケトンを主成分とし、シクロヘキサノンを1〜5重量%程度混合したものが、染料に対する溶解性、インクの乾燥性、各樹脂に対する溶解性の観点から好ましい。特に、これらの溶剤は連続吐出方式のインクジェットプリンタにおいて、インク液滴へ導電性を付与し得る溶媒として好ましく使用できる。
【0022】
[油性染料]:
本発明で用いる油性染料としては、前記したケトン系溶剤に溶解し得るものであれば特に限定されない。かかるものとしては、例えばカラーインデックスナンバーで、ソルベントエロー2、14、16,19,21,34,48,56,79,88,89、93,95,98,133,137,147、ソルベントオレンジ 5,6,45,60,63、ソルベントレッド1,3,7,8,9,18,23,24,27,49,83、100,111,122、125,130,132,135,195,202,212、ソルベントブルー2,3,4、5,7,18,25,26,35,36,37,38,43,44,45,47、48,51,58,59,59:1,63,64、67,68,69、70,78,7983,94,97,98,99,100,101,102,104,105,111,112,122,124,128,129,132,136,137,138,139,143、ソルベントグリーン5,7,14,15,20,35,66,122,125,131、ソルベントブラック 1,3,6,22、27,28,29、ソルベントヴァイオレット13、ソルベントブラウン1,53等が挙げられ、これらを単独ないし2種以上混合して用いることができる。
また、塩基性の油性染料を用いることも可能である。このような塩基性の油性染料としては、例えばC.I.Basic Violet3、C.I.Basic Red1、8、C.I.Basic Black2等が挙げられる。
【0023】
[スチレンアクリル樹脂]:
本発明で用いるスチレンアクリル樹脂は、アクリル樹脂成分にスチレン基が導入されており、後述の塩素化ポリオレフィン樹脂との相溶性を有している。このスチレンアクリル樹脂を含まないインクは、PPにいくぶん付着するがPEには付着しない。すなわち、スチレンアクリル樹脂を含むインクは適度な塗膜形成と高い塗膜硬度を得ることができ、プリンタでの吐出性能および塗膜強度の観点から、重量平均分子量4000〜35000のスチレンアクリル樹脂が好ましい。また、インクにおける再溶解性およびポリオレフィン樹脂材料表面での密着性から、酸価が50〜200、より好ましくは65〜85の範囲のスチレンアクリル樹脂が好ましい。本発明でいう酸価は、値試料1g中に含まれる酸性成分を中和するのに要する水酸化カリウムのmg数で表される。
【0024】
[塩素化ポリオレフィン樹脂]:
本発明で用いる塩素化ポリオレフィン樹脂としては、例えば塩素化ポリエチレン、塩素化ポリプロピレン、または、これらをエチレン性不飽和結合を有するアクリルポリマー、アクリルアミドあるいは、イソシアネート等で変性した塩素化ポリオレフィン化合物等が挙げられる。これらの塩素化ポリオレフィン樹脂を含まないインクはPP、PEのいずれにも付着しない。かかる塩素化ポリオレフィン樹脂としては、好ましくは塩素含有量が30〜50重量%であり、且つ、重量平均分子量が1000〜35000のもの、より好ましくは3000〜30000の範囲内のものがよい。かかる塩素化ポリオレフィン樹脂について、塩素含有量は、溶剤への溶解性、特にMEKへの溶解性とポリオレフィン樹脂材料への密着性の観点から適宜選択される。また、分子量は、吐出の安定性と密着性の観点から適宜選択される。すなわち、この塩素化ポリオレフィン樹脂は、ポリオレフィン樹脂材料に対する密着性に大きく寄与する成分であるといえる。
【0025】
[エポキシ樹脂]:
本発明で用いるエポキシ樹脂としては、常温で液状のエポキシ樹脂(以下、液状エポキシ樹脂と称する)に限らず常温で固体のエポキシ樹脂も使用可能である。かかるエポキシ樹脂としては、例えばビスフェノールAのジグリシジルエーテル、アリルグリシジルエーテル、フェニルグリシジルエーテル等が挙げられる。これらのエポキシ樹脂は、塩素化ポリオレフィン樹脂が分解して発生する塩素の中和剤となり、経時による安定性を保つ。すなわち、発生した塩素を放置すると、印字塗膜が脆くなったり接触部品の腐食を招いたりする。そのほか、エポキシ基の持つ接着性向上化への寄与と印字物表面における柔軟性とを有し、密着性の高い塗膜形成に効力を発揮する。従って、これらの効果を達成するために、エポキシ樹脂は、塩素化ポリオレフィン樹脂20〜50重量部に対して5〜30重量部を配合することが好ましい。エポキシ樹脂の配合量が5重量部未満では、塩素化ポリオレフィン樹脂由来の塩素補足の効果が十分に得られず、ポリオレフィン材料表面に対する密着性も不足する。一方、エポキシ樹脂の配合量が30重量部を超えると、プリンタにおける吐出の安定性が悪くなり、長時間での好ましい連続印字性能が得られにくくなる。尚、液状エポキシ樹脂は、インク中の樹脂の再溶解性やプリンタでの連続吐出特性等に関し、常温で固体のエポキシ樹脂と比べて優れている。
【0026】
[ジメチルシリコンオイル]:
本発明で用いるジメチルシリコンオイルとしては、例えば、オクタメチルトリシロキサン、デカメチルテトラシロキサン、オクタメチルシクロテトラシロキサン、デカメチルシクロペンタシロキサン等を挙げることができ、これらの中から、単独でまたは複数を組み合わせて使用することができる。これらのジメチルシリコンオイルは、インクの乾燥塗膜の表層における耐摩擦性や耐ブロッキング性を向上させ、またテープ剥離試験などで評価される密着性を確認する際のセロハンテープの剥離性をも付与し、総体的な密着性の向上化を図ることができる。また、ジメチルシリコンオイルは、スチレンアクリル樹脂、塩素化ポリオレフィン樹脂、液状エポキシ樹脂との適度な相溶性を有し、ポリオレフィン樹脂への密着性に関しても、特にそのうちのポリエチレン樹脂に対して良好な密着特性を発揮する。かかるジメチルシリコンオイルは、ジメチルポリシロキサンの構造の一部を変性させたものから成る。この変性は、耐スリップ性、耐ブロッキング性のための変性タイプが好ましく、この一部にオクタメチルポリシロキサンを含有するものが、ポリエチレン樹脂への密着性および耐摩擦性での適正に寄与する。
このジメチルシリコンオイルとしては、例えば下記の化学式(1)で表される化合物を挙げることができる。
HO−Si(R)2−O−[Si(R)2 −O]n −Si(R)2−OH ・・・ (1)
(式(1)中、Rはメチル基または水素元素であり、nは10〜5000の整数である)。
【0027】
更に、本発明のインクジェット用インクには、電導度調整剤を配合したり、必要に応じて界面活性剤、紫外線吸収剤、酸化防止剤、分散剤等の添加剤を配合したりすることができる。
[電導度調整剤]:
本発明で用い得る電導度調整剤としては、例えばチオシアン酸ナトリウム、チオシアン酸カリウム、チオシアン酸アンモニウム、硝酸リチウム、テトラブチルアンモニウムヘキサフルオロフォスフェート、テトラフェニルホウ素4級アンモニウム塩等を挙げることができる。但し、テトラブチルアンモニウムヘキサフルオロフォスフェートが溶解性、樹脂との相溶性、印字後の皮膜特性より好ましい。
また、ポリオレフィン樹脂等を対象とするインクとして、テープ剥離、耐摩擦性の点で、前記インク組成における密着性、耐摩擦性の効果を低減させることなく、荷電量制御方式のインクとして適度な導電率が得られる。かかる電導度調整剤の添加量はインク全体中の0.1〜2重量%とすることが、好ましい導電特性と経済性を確保する上で望ましい。
【0028】
本発明の係るインクジェット用インクは、各成分を攪拌混合した後、0.25〜3μm孔径のフィルタにて濾過して得られる。このインクジェット用インクは、粘度が2〜7mPa・s(20℃)、表面張力が20〜35mN/mの範囲内であることが望ましい。前記のインク粘度が2mPa・sより低いと、被印刷体でのインキのドットの形成が不良となるうえ、印字濃度が薄くなる。一方、インク粘度が7mPa・sよりも高いと、インク滴の吐出不良や印字後の乾燥不良の問題が生じるおそれがある。
【0029】
本発明のインクジェット用インクは、従来公知のインクジェットプリンタで使用することができる。このようなインクジェットプリンタとしては、例えば電磁バルブの開閉によるバルブ方式、荷電量制御方式、インクオンディマンド方式、発熱素子によりインクを噴出させる方式等のプリンタが挙げられる。因みに、高速における可変情報印字においては、溶剤乾燥性の速い溶剤を用いる連続吐出型のインクジェット方式(荷電量制御方式)が適している。上記した各種のインクジェットプリンタから吐出されて印字されたインクは常温で十分に早く乾燥し得るが、温風を加えることにより、更に乾燥時間の短縮化を図ることが可能である。
【0030】
尚、本発明のインクジェット用インクは、例えば、金属、木材、紙、ガラス、プラスチック等の種々の材料に対して用いることができる。特に、ポリオレフィン系樹脂等の基材材料、表面を樹脂でコーティングした紙、ポリプロピレンラミネート紙、表面処理ないし未処理のポリエチレン樹脂表面等に対しても用いることができる。
本発明のインクジェット用インクは、従来のインクジェット用インクと比較して、ポリプロピレン樹脂およびポリエチレン樹脂等といったポリオレフィン基材の表面に対して、密着性に富んだ印字被膜を形成することができる。その密着性は、セロハンテープによる剥離、指腹による摩擦、擦れによる剥離等のテストに対しても、剥落のない強固な印字被膜を形成するという高い性能であった。
【実施例】
【0031】
以下、本発明を実施例および比較例によって更に詳しく説明する。尚、以下の実施例および比較例における「部」、「%」は重量を基準とするものである。また、本発明でいうエポキシ当量(WPE)は、1g当量のエポキシ基を含む樹脂のグラム数で表される。
[実施例1]
メチルエチルケトン72.9部とシクロヘキサノン4部とを混ぜ合わせた混合溶剤に、スチレン−α−メチルスチレン3元共重合体であるスチレンアクリル樹脂(分子量=14500、酸価=75、ペレット)12部、塩素化ポリプロピレン(重量平均分子量=約30000、塩素含有量=41%、ペレット)4部を常温下で溶解させた。この樹脂溶液に油性染料(ソルベントブラック3、粉末)4部を溶解させたのち、液状エポキシ樹脂(ビスフェノールA型、エポキシ当量=184)1.4部を添加し、更に電導度調整剤(テトラブチルアンモニウムヘキサフルオロフォスフェート、粉末)1.2部を加えて溶解させた。その後、一部変性のジメチルポリシロキサンであるジメチルシリコンオイル98重量%にオクタメチルポリシロキサン2重量%を加えたもの0.5部を加えて混合し、インクの黒色溶液を得た。この黒色溶液を0.8μmの孔径のフィルタでろ過してインクジェット用インクを得た。
【0032】
[実施例2]〜[実施例8]
実施例2〜8は、油性染料として、solvent black3の他に、blue4、red8、black28を用い、溶剤として、MEKに加えてシクロヘキサノン、MIBK、アセトンまたはシクロヘキサンを用い、樹脂として、重量平均分子量、酸価、塩素含有量またはエポキシ当量の異なる、スチレン−αメチルスチレン3元共重合体、塩素化ポリプロピレン樹脂および液状エポキシ樹脂を用い、電導度調整剤として、テトラブチルアンモニウムヘキサフルオロフォスフェートの他に、テトラフェニルホウ素4級アンモニウム塩を用いるとともに、各成分の配合割合を適宜調整したこと以外、実施例1と同様に調製してそれぞれのインクジェット用インクを得た。
【0033】
実施例1〜8で得られた各インクジェット用インクを、連続吐出式のインクジェットプリンタ(紀州技研工業社製の型式CCS3000)に用いて、ポリプロピレンフィルム、ポリエチレンフィルム、またはポリオレフィン樹脂からなるその他の各種材料(例えば、ペットボトル用のポリエチレン製キャップ)に所定のパターン(例えば、賞味期限などを表した英数字)を印字し、密着性をはじめとする各種の物性を確認した。
【0034】
上記の実施例1〜8で調製したインクジェット用インキの処方と各種物性を下記の表1に示す。
尚、表1中に示した物性項目のうち、
「粘度(mPa・s)」は、東機産業社製の粘度測定器RE−80Lを使用して20℃で測定した。
「導電率(mS/cm)」は、堀場製作所社製の導電率計ES−51を使用して20℃で測定した。
「乾燥性」は、ポリオレフィン樹脂材料の表面に印字した後2秒経過したときに印字部分を指で触りインキが指に付着するか否かを、0.5を最良とし0.5刻みで悪化する6段階で評価した。
「連続印字性」は、荷電量制御方式のインクジェットプリンタを用い、所定の文字を1万回、8時間かけて連続印字し、吐出安定性(印字乱れがないか等)を確認した(○か×)。
【0035】
「テープ剥離」試験は、ポリプロピレンフィルム、ポリエチレンフィルムまたはガラス板の表面に、インクジェットプリンタでインクを吐出して印字塗膜を形成した後、印字部分に粘着テープ(例えばセロハンテープ)を貼り付けて覆い、その後粘着テープを剥離して、印字塗膜の剥離の有無を確認し、下記の基準で密着性を評価した。
<評価>
表中で、◎印:良好、○印:一部剥離するが識別に問題なし、△印:一部剥離し部分的に問題あり、×印:剥離が多く不良である。
【0036】
「学振式動摩擦」試験は、JISで用いられる学振型摩擦堅牢度試験機の摺動子でポリ オレフィンフィルム表面の印字部分に700gの加重をかけながら摺動子を10往復摺 動させた後に、印字塗膜の剥離の有無を確認し、上記したテープ剥離のときと同様の評 価基準で密着性を評価した。
「綿棒(wet)」の試験は、ポリオレフィンフィルム表面の印字部分を、水を含ませた綿棒で10回擦った後に、印字塗膜の剥離の有無を確認し、上記したテープ剥離のときと同様の評価基準で密着性を評価した。
「綿棒(dry)」の試験は、ポリオレフィンフィルム表面の印字部分を、乾いた綿棒を用いて10回擦った後に、綿棒(wet)の試験と同様に評価した。
「ティッシュペーパー擦り」試験は、ポリオレフィンフィルムの表面、またはペットボトル用のポリエチレン製キャップの外周面に印字し、キャップ外周面の印字部分をテッシュペーパーで10回擦った後に、印字塗膜の剥離の有無を確認し、上記したテープ剥離のときと同様の評価基準で密着性を評価した。ペットボトル用のポリエチレン製キャップは、その外周面にプラズマ処理を施して表面を活性化させたものと、何ら処理を施さない未処理のものをそれぞれ試験に供した。
「耐転写性」試験は、インクジェットプリンタにてポリプロピレンフィルムまたはポリエチレンフィルムに印字した後、そのフィルムを重ね合わせて50kgf/cm2 の力で加圧し、60℃で48時間放置した後、重ねたフィルムへの印字塗膜の転写の有無を調べ、上記したテープ剥離のときと同様の評価基準で密着性を評価した。
「冷凍庫保管」試験は、インクジェット用インクを噴きつけて形成された印字部分に粘着テープを貼り付けて、−5℃の冷凍庫内に24時間保管した後に、粘着テープを剥離して、印字塗膜の剥離の有無を確認し、上記したテープ剥離のときと同様の評価基準で密着性を評価した。
前記した各物性項目に関して、後出の表2、表3に記載した同じ項目は前記と同様に評価した。
【0037】
【表1】

【0038】
上記した実施例1〜8のインクジェット用インクは、粘度および導電率のいずれもが所定の範囲内に収まっており、吐出後のインクの乾燥性や高速吐出による連続印字テストも良好であるから、連続吐出型のインクジェットプリンタに好適に用いることができる。また、これらのインクを用いてポリプロピレン樹脂材料、ポリエチレン樹脂材料、またはガラス板に印字された印字塗膜は、耐剥離性、耐摩擦性、耐転写性、密閉状態での保存安定性が優れており、ポリオレフィン樹脂表面やガラス表面に対する密着性が高く、定着性に富んでいた。なかでも、実施例1のインクは他のインクよりも幾分優れていた。
【0039】
[比較例1]〜[比較例9]
比較例1〜9は、実施例1と比べて、スチレンアクリル樹脂を含有しない配合(比較例1,3〜9)、塩素化ポリプロピレン樹脂を含有しない配合(比較例1〜3,7)、液状エポキシ樹脂を含有しない配合(比較例1,3〜7)、シリコン系添加剤を含有しない配合(比較例1,3〜6)、電導度調整剤としてチオシアン酸アンモニウムまたは硝酸リチウムに替えた配合(比較例1〜6,9)により、各成分の配合割合を適宜調整したこと以外、実施例1と同様に調製してそれぞれのインクジェット用インクを得た。
【0040】
比較例1〜9で得られた各インクジェット用インクを、連続吐出式のインクジェットプリンタに適用して、ポリプロピレンフィルム、ポリエチレンフィルム、またはペットボトル用のポリエチレン製キャップに所定のパターンを印字し、密着性をはじめとする各種の物性を確認した。比較例1〜9に係るインクジェット用インキの配合と各種物性を下記の表2に示す。
【0041】
【表2】

【0042】
表2に示すように、比較例1〜9のインクジェット用インクを総括すると、塩素化ポリオレフィン樹脂を含有しないもの(比較例1〜3,7)は密着性が不合格であり、スチレンアクリル樹脂を使用していないもの(比較例1,3〜9)では、密着性および経時による保存安定性に関して不合格であった。エポキシ樹脂の配合がないもの(比較例1,3〜7)は印字塗膜の密着性が低く、特にガラスに対する密着性は悪かった。また、シクロヘキサノンの配合割合が大きなもの(比較例3,5,6,8)では、印字皮膜の乾燥速度が遅くなって、密着性が低下し、耐転写性が不合格となった。
そして、比較例4〜6,8,9のインクは、PP樹脂に対してはまずまずの密着性を示したが、PE樹脂に対する密着性はPP樹脂の場合と比べて劣っていた。比較例4のインクは、酸化チタンを用いているために導電性が得られにくいことから粘度調整および導電率調整を行なったが、連続吐出型インクジェットプリンタでの使用は不適である。比較例4〜6,9のインクは経時による安定性が不足していた。
【0043】
[実施例9]〜[実施例16]
続いて、実施例1〜8のなかで最も好ましく代表的な配合である実施例1に関し、用いた成分の配合量を適宜変えて、より適切な配合パターンを模索した。すなわち、実施例1と同様に均一に混合溶解した後、孔径0.8μmのフィルタで濾過して、実施例9〜16に対応するインクジェット用インクをそれぞれ調製した。尚、実施例15では、実施例1とは種類の異なるジメチルシリコンオイル50重量%と、2−プロパノール50重量%とを混合したものを用いた。上記のように調製した実施例9〜16に係るインクジェット用インキの配合と各種物性を下記の表3に示す。
尚、表3の物性で、「保存安定性」は、インクジェットインキを密閉状態にして、40℃の高温槽(高温)で1ケ月保存した後の粘度と、−5℃の冷凍庫(低温)で1ケ月保存した後の粘度をそれぞれ測定した。粘度増加率は次式で算出した。
粘度増加率(%)=放置後粘度/初期粘度:
評価で、○印は粘度増加率がいずれも5%未満である場合を示している。×印は上記以外の場合を示している。
【0044】
【表3】

【0045】
表3に示したように、実施例9のインクは、塩素化ポリプロピレン樹脂の塩素含有量が26%といくぶん低目であるため、ケトン系溶剤への溶解性が低く、また経時による安定性も不足していた。実施例10のインクは、エポキシ樹脂の配合量が1.9重量部と比較的多かったため、印字塗膜の強度が弱く、いくぶん剥離しやすかった。実施例11のインクは、塩素ポリプロピレン樹脂の塩素含有量が26%といくぶん低目であるため、ケトン系溶剤への溶解性が低く、経時による安定性も不足していた。実施例12のインクは、エポキシ樹脂がエポキシ当量=199であって固体に近い液状物であり、且つ、配合量が1.9重量部と比較的多いため、印字塗膜の強度が弱くやや剥離しやすかった。
【0046】
そして、実施例13のインクは、エポキシ樹脂がエポキシ当量=199であって固体に近い液状物であるが、配合量が1.4重量部と比較的少ないため、印字塗膜の強度は比較的高く密着性はまずまずであったが、経時による安定性が不足している。実施例14のインクは、ジメチルシリコンオイルの配合量が多かったために、印字塗膜の強度が弱く、経時による安定性が不足している。実施例15のインクは、他の実施例の場合とは種類の異なるジメチルシリコンオイルを用いているが、テープ剥離性と被転写性が幾分劣っている。実施例16のインクは、他の実施例の場合と比べて、ホウ素系電導度調整剤の配合量が多いが、印字塗膜の強度が弱く、経時による安定性が不足していた。すなわち、これら実施例9〜16のうち、実施例1のインクジェット用インクの性能を超えるものは見当たらなかった。
【0047】
ここで、連続吐出型インクジェットプリンタで実施例1または比較例8のインクを未処理のポリエチレン製キャップの外周面に吐出して英数字を印字した状態の写真を図1に示す。実施例1および比較例8のいずれのインクによっても、一応、ポリエチレン製キャップの外周面に明確な文字が印字されている。
そこで、既述したテッシュペーパー擦り試験により、キャップ外周面の印字部分をテッシュペーパーで10回擦った後に、印字塗膜の剥離の有無を確認した。
テッシュペーパー擦り試験の結果は、実施例1のインクを用いたものは、図2の写真に示すように、図1の写真と比べてほとんど変わりがなく、印字塗膜の密着性が高いことがわかる。これに対し、比較例8のインクを用いたものでは、図4の写真に示すように、ほとんどの部分の印字塗膜が剥離して文字が不明となっており、印字塗膜の密着性が著しく低いことがわかる。これでは、ポリエチレン材料に対するマーキング用インクとして工業的に使用することはできない。
【0048】
一方、連続吐出型インクジェットプリンタで実施例1のインクをガラス板の表面に吐出して印字塗膜を形成した後、印字部分に粘着テープを貼り付け、その後粘着テープを剥がすテープ剥離試験を行なった。このときの状態を図3の写真に示す。図3の写真から明らかなように、粘着テープを剥がしたときも実施例1の印字塗膜は剥離することなく、ガラス板の表面にしっかりと密着しており鮮明な文字を呈している。
これに対し、前記と同様に、比較例9のインクをテープ剥離試験に供して、粘着テープを剥がしたときの状態を図5の写真に示す。図5の写真から明らかなように、比較例9の印字塗膜は粘着テープを剥がしたときにその一部がガラス板の表面から剥離したため、印字の文字が不鮮明になっている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ケトン系溶剤および油性染料を含有するインクジェットプリンタ用のインクであって、更にスチレンアクリル樹脂、塩素化ポリオレフィン樹脂、ジメチルシリコンオイルおよびエポキシ樹脂を含んで成ることを特徴とするインクジェット用インク。
【請求項2】
スチレンアクリル樹脂は、重量平均分子量が4000以上35000以下、且つ、酸価が50以上200以下の樹脂である請求項1に記載のインクジェット用インク。
【請求項3】
塩素化ポリオレフィン樹脂は、塩素含有量が30重量%以上50重量%以下の樹脂である請求項1または請求項2に記載のインクジェット用インク。
【請求項4】
エポキシ樹脂は、エポキシ当量が175以上200以下の樹脂である請求項1から請求項3までのいずれか一項に記載のインクジェット用インク。
【請求項5】
電導度調整剤を含有する請求項1から請求項4までのいずれか一項に記載のインクジェット用インク。
【請求項6】
インク全体に対し、スチレンアクリル樹脂8〜15%、塩素化ポリオレフィン樹脂2〜7%、エポキシ樹脂0.5〜3.0%、ジメチルシリコンオイル0.1〜1.5%を含有していることを特徴とする請求項1から請求項5までのいずれか一項に記載のインクジェット用インク。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2012−72236(P2012−72236A)
【公開日】平成24年4月12日(2012.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−216997(P2010−216997)
【出願日】平成22年9月28日(2010.9.28)
【出願人】(391040870)紀州技研工業株式会社 (20)
【Fターム(参考)】