説明

インダクタンス素子

【課題】高いインダクタンスを維持しつつ、透磁率の周波数依存性が改善されたインダクタンス素子を提供する。
【解決手段】磁性体に高周波磁界を印加して用いるインダクタンス素子であって、前記磁性体は磁化容易面を有する六方晶フェライトの磁化容易面が面方向に配向した磁性体であり、前記高周波磁界は前記面方向のうちの一方向に印加されるとともに、前記面方向のうち、前記高周波磁界の印加方向とは異なる方向から静磁界を印加して用いることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ノイズ除去素子、インダクタその他の各種インダクタンス素子に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、携帯電話や無線LAN、パソコンなどの信号の高周波化に伴い、装置内部で使用される素子もまた高周波で使用可能なものが要求されている。このような要求に対し、電子部品に用いられる磁性材料として、高い周波数まで透磁率を維持することが可能な六方晶フェライトが検討されている。また、六方晶フェライトは磁化容易面を有する磁気異方性を有するため、成形時に磁場配向処理を施すことでバルク状態にて特定方向に更に高い透磁率を発現させることが可能である。例えば特許文献1には配向処理を行うことでZ型フェライトの透磁率が向上する旨の記述がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特公昭35−11280号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1に記載されたZ型フェライトでは、高い透磁率は得られるものの、透磁率を高い周波数まで維持することが出来ない。すなわち、高周波まで使用可能とされているZ型フェライト等の六方晶フェライトであっても、透磁率の周波数依存性を改善することは困難であり、さらに高い周波数まで高インダクタンスを必要とするような素子には適用することができなかった。よって、本発明はこの点を解決することを目的とする
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明のインダクタンス素子は、磁性体に高周波磁界を印加して用いるインダクタンス素子であって、前記磁性体は磁化容易面を有する六方晶フェライトの磁化容易面が面方向に配向した磁性体であり、前記高周波磁界は前記面方向のうちの一方向に印加されるとともに、前記面方向のうち、前記高周波磁界の印加方向とは異なる方向から静磁界を印加して用いることを特徴とする。かかる構成によれば磁性体の透磁率の周波数依存性を改善し、より高い周波数まで使用可能なインダクタンス素子を提供することができる。
【0006】
また、前記インダクタンス素子において、前記高周波磁界の印加方向と前記静磁界の印加方向とが垂直であることが好ましい。かかる構成によれば、透磁率の周波数依存性のいっそうの改善効果が期待できる。
【0007】
さらに、前記インダクタンス素子において、前記静磁界は、前記磁性体の磁化が飽和磁化の85%以上となる大きさで印加されることが好ましい。ここでの飽和磁化は39.8kA/m(500Oe)の静磁界を印加したときの磁化である。かかる構成によれば、透磁率の周波数依存性のいっそうの改善効果が期待できる。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、高いインダクタンスを維持しつつ、透磁率の周波数依存性が改善されたインダクタンス素子を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明に係る一実施形態のインダクタンス素子を示す図である。
【図2】インダクタンス素子の透磁率の周波数依存性を示す図である。
【図3】本発明に係るインダクタンスに用いる六方晶フェライトの磁化曲線を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施形態を図面を参照しつつ具体的に説明するが、本発明はこれらの実施形態によって限定されるものではない。図1(a)はインダクタンス素子に用いる磁性体の配向状態を示す模式図であり、図1(b)は、かかる磁性体を用いて構成した、磁性体に高周波磁界を印加して用いるインダクタンス素子を示す斜視図である。平板状(直方体状)の磁性体1は磁化容易面を有する六方晶フェライトの磁化容易面が面方向に配向した磁性体である。図1(a)に示す磁性体1では、六方晶フェライトの結晶粒の磁化容易面(c面ともいう)が平板の面方向に沿うように配向している。磁化容易面を有する六方晶フェライトは、100MHzから10GHzまでの周波数範囲で特に優れた特性を示すソフトフェライトであり、例えばZ型フェライト、Y型フェライト、W型フェライトである。このうちZ型フェライトは透磁率の絶対値が高く、高インダクタンスを得るうえで好適である。また、磁性体1を構成する六方晶フェライトは、Z型フェライト等の単相の他、これらの混相、さらに異相を含むものでよい。六方晶フェライトは、多結晶、単結晶を問わず、また、焼結体、薄膜などの形態も問わないが、十分なインダクタンスを確保する観点からは焼結体または単結晶が好ましく、量産性の観点からは多結晶である焼結体がより好ましい。
【0011】
図1(a)では結晶粒2は六角形の平板で示されていて、六角形の面がc面であり、平板状の結晶粒の側面を見た状態は線で表されている。磁化容易面を有する六方晶フェライトの磁化容易面が面方向に配向した磁性体は、例えば次のようにして得られる。すなわち、粉末冶金的手法における成形の際に、回転磁界を印加すれば、結晶粒のc面が磁界印加方向(磁界印加面)に平行になるように配向した六方晶フェライトが得られる(以下、かかる処理を面配向ともいう)。これらの配向は完全である必要はなく、c面の向きがランダムな状態、すなわち等方性である場合に比べて、c面が面配向している傾向が見られる状態であればよい。結晶粒の磁化容易面が配向しているかは、X線回折によって確認できる。すなわち、インダクタンス部品のコイルの巻回軸方向に平行ないずれかの面でX線回折を行い、そのX線回折パターンにおいて、直方体状の磁性体の、コイル巻回軸に平行な面でX線回折を行い、Z型フェライトおよびY型フェライトであれば指数(110)の面からのピーク強度に対するc面からのピーク強度の比が、等方性である場合に比べて大きいことで確認できる。ここでc面からのピークとしてZ型であれば(0018)、Y型であれば(0015)からのピークを使用すればよい。等方性である場合のX線回折パターンは、例えば前記X線回折を行った六方晶フェライトを粉末にしてX線回折を行って得ればよい。
【0012】
磁化容易面を有する六方晶フェライトでは磁化容易面であるc面方向の透磁率が高くなるため、焼結体であれば、成形時に磁界を印加した方向、すなわちコイルの巻回軸に平行な方向の透磁率が高くなる。
【0013】
図1(b)に示したインダクタンス素子は、磁性体1と、磁性体1の内部に磁束を発生させるように、巻回軸が図中y軸方向となるように巻回されたコイル3を備える。この場合、磁性体1は直方体形状であり、開磁路が構成されることになる。図1(b)に示すように、コイル3によって、高周波磁界は、六方晶フェライトの磁化容易面が配向した面方向のうちの一方向(y方向)に印加される。本発明に係るインダクタンス部品においては、さらに、六方晶フェライトの磁化容易面が配向した面方向のうち、高周波磁界の印加方向とは異なる方向から静磁界を印加して用いる。かかる構成によって、透磁率の周波数依存性が著しく改善される。かかる効果は、磁化容易面が配向した面方向において、高周波磁界の印加方向とは異なる方向から静磁界を印加して用いれば得られるが、図1(b)に示すように、高周波磁界の印加方向と静磁界の印加方向とが垂直になるようにすることが、透磁率の周波数依存性の改善の観点からより好ましい。図1(b)では高周波磁界の印加方向がy方向、静磁界の印加方向がx方向である。本発明に係るインダクタンス素子の構成は、静磁界の印加方向が高周波磁界の印加方向とは異なる点で、従来からの直流重畳とは異なる。
【0014】
上述の静磁界は、例えば永久磁石をインダクタンス素子の片側、または両側に配置して、インダクタンス素子に印加する。高周波磁界印加のためのコイルとは別に、該コイルと巻回軸が直交するようなコイルをさらに設けて、該コイルに直流電流を流すことによって静磁界を印加してもよい。また、本発明に係るインダクタンス素子以外の、モータ、スピーカ等の電子部品に使用される永久磁石を兼用して本発明に係るインダクタンス素子を形成した複合電子部品を構成すれば、静磁界印加に必要な構成を小型化できる。
【0015】
印加する静磁界は、磁性体の磁化が飽和磁化の85%以上となる大きさで印加することで、透磁率の周波数依存性の改善効果が顕著になる。すなわち磁化曲線において印加磁界に対して磁化の増加が鈍化する、ほぼ飽和した状態で磁性体を用いることで、そうでない場合に比べて透磁率の周波数依存性の改善効果が顕著になる。具体的にはZ型フェライトであれば、5以上の透磁率を6.5GHzまで維持することが可能であり、従来のZ型フェライトの限界を超えた使用形態が可能となる。透磁率の周波数依存性において、透磁率の虚数部が最大となる周波数をfr(GHz)、前記frを10で除した周波数における透磁率実数部をμ’lfとしたとき、50GHz以上のfr・(μ’lf−1)、さらには60GHz以上のfr・(μ’lf−1)が実現可能となる。かかる水準は従来の構成では得られない、または想定できない水準である。かかる特性を備えることによって、透磁率が低下するために適用できなかった、または透磁率は低下しないが透磁率の絶対値が低くて適用できなかった用途にインダクタンス素子を適用することが可能となる。fr・(μ’lf−1)は、より好ましくは70GHz以上、さらに好ましくは80GHz以上である。特にfrを80GHz以上とすれば、従来の概念では想定されなかった高周波まで高透磁率を利用したコイル部品が提供可能である。例えば、従来の構成を前提とした場合では、該周波数帯域は、Z型フェライトでは透磁率が大きく減少してしまい、高インダクタンスが得られない帯域であり、本発明に係る構成は、かかる帯域で高インダクタンスを有するインダクタンス素子を提供することが可能となる。例えば、本発明に係る構成は、使用帯域、特にコイルを流れる信号等の周波数が1GHz以上、さらには2GHz以上、特に3GHz以上の領域にかかるコイル部品用途に好適である。なお、透磁率は初透磁率であり、比透磁率で表される。また、μ’lf−1は磁化率に相当し、fr・(μ’lf−1)はいわゆるスネーク積に相当するものである。なお、透磁率実数部は、fr近傍では周波数に対する透磁率実数部の変動が大きいため、frを10で除した周波数における値を用いている。
【0016】
インダクタンス素子は、磁性体に高周波磁界を印加して用いるものであれば、これを特に限定するものではないが、例えば、チョークコイル、インダクタ、トランス、アンテナ等である。また、コイルは六方晶フェライトに導線を直接巻回して設けても良いし、ボビンに巻回して構成してもよい。後者の場合は、該ボビンとコアとなる六方晶フェライトとを組み合わせることでインダクタンス素子を構成する。また、六方晶フェライトの表面に印刷やスパッタ等電極パターンを形成し、該電極パターンによってコイルを構成してもよい。コイルの巻き数も特に限定するものではなく、1ターンでもよいし、複数ターンでもよい。また、六方晶フェライトの形状は、特に限定するものではなく、例えば、直方体、円柱、平板等の形状を用いることができる。
【0017】
本発明に用いる六方晶フェライトは、ソフトフェライトの製造に適用される通常の粉末冶金的方法によって製造することができる。通常の粉末冶金的方法とは以下のとおりである。例えば素原料を湿式のボールミルにて混合し、電気炉などを用いて仮焼することにより仮焼粉を得る。また得られた仮焼粉を湿式のボールミルなどを用いて粉砕し、得られた粉砕粉をプレス機により成形し、例えば電気炉などを用いて焼成を行い、六方晶フェライト焼結体を得る。成形を磁界中で行うことによって配向した六方晶フェライトが得られる。磁界の印加方法は、上述のように回転磁界などを用いればよい。また、成形は、乾粉状の粉末を用いる乾式成形で行うことも可能であるが、配向性を上げるためには、六方晶フェライト粉末を水などの媒体と混合して得られたスラリーを用いる湿式成形で行うことが好ましい。
【実施例】
【0018】
12Fe・3BaO・2CoOの割合となるよう、Fe、BaCO及びCoOを秤量し、湿式ボールミルにて16時間混合した。混合後、酸素雰囲気中1340℃で仮焼した。仮焼後の仮焼粉をボールミルにて粉砕し、湿式スラリーを作製した。作製したZ型フェライト粉を含有するスラリーを回転磁場中で湿式成形した。得られた成形体を酸素雰囲気中1300℃で焼結した。上記により得られたZ型フェライトの面配向材の焼結体は、5mm×5mmの正方形の板面および0.3mmの厚さを持つ板状へと加工した。加工を行う際、以下に述べる配向方向との方位関係が成り立つようにした。
【0019】
面配向材は各結晶のc軸が特定方向に揃った配向状態となっており、該方向に垂直な面をc面配向面と呼ぶ。面配向材から上記の板状試料を切り出す場合、板面(5mm×5mmの面)の直交する2辺に沿った方向がいずれもc面配向面内の方向となるように切り出した。
【0020】
加工後の板状焼結体を図1(b)のように用いてコイル部品を構成した場合の特性を評価するため、キーコム社製高周波透磁率測定機を用いて0.1GHz〜16GHzまでの複素透磁率を評価した。なお、六方晶フェライトが、その磁化容易面がコイルの巻回軸に平行な板面方向に配向していることをX線回折によって確認した。上記キーコム社製高周波透磁率測定機はコイルによって磁性体を一方向の高周波磁界によって磁化させた場合の透磁率を測定できる。このとき前述した板状試料の板面の直交する2辺の内、一方の方向の透磁率を測定した。コイルの巻き数は1ターンとした。また本装置は上記板面における高周波透磁率が評価できるだけでなく、板面内において透磁率の評価方向と直交する方向に静磁界を印加することができる。印加できる磁界はヘルムホルツコイルを利用し0〜5.6kA/mまで、永久磁石を用いた治具により20.7〜31.8kA/mまでである。
【0021】
上記のように印加磁界を変化させて評価した面配向材の透磁率実数部、虚数部を図2(a)、(b)にそれぞれ示した。図より静磁界を印加したNo2は静磁界を印加しないNo1に比べて、透磁率実数部が高周波側まで伸び、虚数部が最大となる周波数frも高周波側にシフトしていることがわかる。すなわち静磁界を印加することによって透磁率の周波数依存性が改善されていることがわかる。また、No2では、4GHzでの透磁率実数部は5以下であったのに対して、20.7kA/m以上の磁界を印加したNo3〜5は、5GHzでは、透磁率実数部は8以上が得られた。また、No3〜5は、6.5GHzの帯域まで透磁率の実数部が5以上であり、優れた高周波特性を示すことが分かった。特にNo4および5は7.0GHzの帯域まで透磁率の実数部が5以上であり、このうちNo5は7.5GHzの帯域まで透磁率の実数部が5以上となっている。またNo3〜5についてはfrも6.5GHzを超えることが分かった。これら評価したμ’lfとfrの値、また(μ’lf−1)×frの値を表1に示した。No1の(μ’lf−1)×frは46.4GHzであったのに対して、No2の(μ’lf−1)×frは50GHz以上に向上している。さらに、No3〜5の(μ’lf−1)×frはいずれも80GHz以上の高い値を示すことが分かった。
【0022】
図3に上記評価に用いた磁性板をVSM(振動試料型磁力計)を用いて評価した結果を示す。評価に際して印加磁界は上記の透磁率測定時の静磁界と同じ方向に印加した。39.8kA/m(500Oe)の静磁界を印加したときの磁化を飽和磁化Msと定義し、飽和磁化Msに対する、各印加磁界における磁化Mの比M/Msを指標として、表1に併せて示した。図3より、M/Msが85%以上となる、14.4kA/m(180Oe)以上の磁界を印加することで、磁化曲線が飽和に近づくことがわかる。表1にも示すように、M/Msが85%以上となる磁界を印加したNo3〜5の周波数特性が特に優れていることがわかる。
【0023】
また比較例として上記の面配向材から切り出し方向を変えて試料を作製した。本試料をNo6とする。No6は面配向材から上記の板状試料を切り出す場合、板面の側面(5mm×0.3mmの面)が配向面と平行になるように切り出した。本試料の板面(5mm×5mmの面)内の配向面と垂直方向に31kA/mの静磁界を印加し、配向面と平行方向に高周波磁界を印加して評価した。また上記と同方向に静磁界を印加して磁化をVSMにて評価した。これらの結果を表1に纏めて示す。No5に比べてfrも低く、(μ’lf−1)×frは約50GHzと低い値であった。この時の磁化は飽和磁化の35%であった。
【0024】
【表1】

【符号の説明】
【0025】
1:磁性体
2:結晶粒
3:コイル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁性体に高周波磁界を印加して用いるインダクタンス素子であって、
前記磁性体は磁化容易面を有する六方晶フェライトの磁化容易面が面方向に配向した磁性体であり、
前記高周波磁界は前記面方向のうちの一方向に印加されるとともに、
前記面方向のうち、前記高周波磁界の印加方向とは異なる方向から静磁界を印加して用いることを特徴とするインダクタンス素子。
【請求項2】
前記高周波磁界の印加方向と前記静磁界の印加方向とが垂直であることを特徴とする請求項1に記載のインダクタンス素子。
【請求項3】
前記静磁界は、前記磁性体の磁化が飽和磁化の85%以上となる大きさで印加されることを特徴とする請求項2に記載のインダクタンス素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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