説明

ウェルユニット及び電気化学的分析方法

【課題】作業性良くウェルに導入された試料の電気化学的評価を行う 。
【解決手段】ウェル2が形成されたウェルユニット1であり、このウェル2の表面に電極3を備えるウェルユニット1である。ウェルユニット1に金属線4を埋め込み、この金属線4を切断するようにウェルユニット1を切削加工してウェルユニット1にウェル2を形成する。そして、切断された金属線4の断面を電極3として用いる。このウェル2に試料を導入し、電極3の電位が測定対象の酸化還元電位となるように電極3の電位を制御し、電極3に流れる電流値を測定する。そして、この電流値に基づいて測定対象試料の電気化学的評価及び電極触媒活性の評価を行う。測定対象試料としては、哺乳動物受精卵等の生体物質や無機イオン等が例示される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、哺乳動物胚や電気化学研究分野で用いられる電解液等の試料を保持し、この試料の電気化学的挙動を計測するウェルユニット、このウェルユニットを備えた検体セル、及びこのウェルユニットを用いて試料の評価等を行う電気化学的分析方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
畜産分野において、近年家畜繁殖及び体外培養技術の進歩により牛などの家畜における体内及び体外胚移植を行う研究機関や普及実施機関が増加し、市場に出回る胚移植家畜の生産頭数は増加の一途にある。1999年の国内でのウシ胚移植の受胎率は、体内新鮮胚移植で51%、体内胚移植で45%、体外胚移植では36%となっている。現在、哺乳動物胚の品質判定は、主に形態観察に依存している。実際に、形態観察に基づく胚の品質ランク判定は、広く適用され、ルーチン化されている。しかし、形態的判定により低品質と評価された胚が受胎し、高品質と判定された胚が受胎しない例が報告されている。また、判定者の主観により判定結果が一致しない問題も指摘されている。このように、胚移植による受胎率は、人工授精に比べてまだ十分とはいえず、移植や凍結保存に適した胚や核移植されたクローン胚の選択において、信頼性の高い診断方法が要望されている。
【0003】
生殖医療分野において、高い妊娠率を維持するために複数個(国内では最大3個まで)の胚を移植するため周産期管理が困難な多胎妊娠が急増し、産婦人科医のみではなく新生児集中治療室の医師にとっても大きな負担となっている。よって、多胎妊娠の回避、母体への身体的負担低減、未熟児治療などによる医療費及び医療従事者の労働負担低減の観点から、信頼性の高い移植胚の診断法が求められている。
【0004】
微小組織移植分野においては、膵島移植は微小組織移植という最先端の医療技術の中でも、最も社会的なインパクトが大きく、患者に優しい低侵襲糖尿病根治治療法である。膵島移植はこれまで主流であった膵臓移植に比較して、安全・簡便・低侵襲などの多くの利点を有しているため、北米や欧州の一部では、既に保険適応となっている。しかし、課題としては、移植効果の予見が極めて困難であることや、効果を発揮した場合でも現状では一人の患者の治癒に複数のドナーを要するという問題点を有しているため、ドナー不足が深刻な日本では一般治療に至っていない。この課題の解決には、膵島の活性・機能を迅速かつ的確に診断できるシステムが不可欠である。
【0005】
また、電気化学研究分野においては、極少量の有機合成生成物や揮発性電解質・燃料電池・リチウム電池等の材料開発において、数μLから数百μLの極少量を材料の電気化学的性状把握のための電気化学ウェルが求められて いる。例えば、高価な試料や極微量しか合成できない試料の電気化学分析を行う場合には、試料を保持するとともに保持された試料の電気化学分析を行う電極を備える必要がある。試料が微量であると、電気化学的分析を行うため電極の面積も微小となり、所定の電極面積を有する電極を試料中に備える技術が求められている。
【0006】
ここで、従来技術に係る電気化学的測定方法について説明する。例えば、従来技術に係る哺乳動物胚等の無侵襲的品質評価方法として、哺乳動物胚の近傍に配置した微小電極で溶存酸素の還元電流を測定し、哺乳動物胚近傍の酸素濃度勾配を計測することで、哺乳動物胚の品質評価を行う方法が提案されている(例えば、特許文献1〜5)。哺乳動物胚等の試料は、例えば、ウェル(くぼみ)に保持されて電気化学的測定に供される(例えば、特許文献2)。ウェルが形成されたウェルプレートは生化学や臨床検査等の分野で広く用いられているものであり、容量が数μLから数mLのウェルが6、24、96個形成されたウェルプレートが広く用いられている。このウェルは、試験管あるいはシャーレとして利用されている。
【0007】
従来技術に係る電気化学的測定方法(例えば、特許文献1)では、まず、図16に示すように、マイクロマニピュレータ及びマイクロピペットで固定された哺乳動物受精卵23近傍に、走査型電気化学顕微鏡に備えられたステッピングモータに酸素検出プローブである白金微小電極24を配置する。そして、白金微小電極24の電極電位が銀/塩化銀参照電極に対して−0.6Vとなるような電位を白金微小電極24の電位を制御する。白金微小電極24をこの電位に制御することにより、溶存酸素は還元され還元電流(酸素還元電流)が白金微小電極24に流れる。次に、白金微小電極24を自動で上下させ、哺乳動物受精卵23近傍の酸素濃度勾配、つまり哺乳動物受精卵23近傍の酸素還元電流i(nA)とバルク(沖合い)の酸素還元電流i*(nA)を測定する。哺乳動物受精卵23近傍酸素濃度(Cs)とバルクの酸素濃度(C*=0.209mmo1/cm3)との酸素濃度差(ΔCi)は(1)式で表記される。
【0008】
ΔCi={(i*−i)/i*}×C* … (1)
また、哺乳動物受精卵23の1個あたりの酸素呼吸量F(mol/s)は(2)式で表記される。ここで、Dは酸素拡散係数(D=2.10×10-5cm-2mol-1)、rsは哺乳動物受精卵23の半径である。哺乳動物受精卵23の呼吸量を算出することにより、無侵襲的かつ定量的な哺乳動物受精卵23の品質評価ができる。
【0009】
F=4π×D×rs×ΔC … (2)
なお、(2)式から明らかなように、ΔCによって、酸素消費速度(呼吸量)Fの定量化を行うことができるので、ΔCを酸素消費速度(呼吸量)Fの指標として用いることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2002−122568号公報
【特許文献2】特開2004−108971号公報
【特許文献3】特開2004−108863号公報
【特許文献4】特開2010−121948号公報
【特許文献5】特開2006−512925号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】T.Saito,外8名,“Analyst”,2006,131,1006−1011
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、 図16に示すように、倒立顕微鏡下で白金微小電極24を哺乳動物受精卵23の近傍に配置することは、煩雑で高度な技術を要するため、作業者は哺乳動物受精卵23を常に取り扱っている研究者に限定されてしまうことが少なくなかった。このため、家畜受精卵移植現場や産婦人科クリニック等での普及の支障となるおそれがあった。
【0013】
また、白金線を封入したガラス製白金微小電極24が、哺乳動物受精卵23を保持した容器の壁面等に当り破損するおそれがあり、白金微小電極24を哺乳動物受精卵23近傍に配置するには慎重な作業を要求されるため作業性、効率を損なうおそれがあった。さらに、この白金線を封入したガラス製白金微小電極24は複雑な製造工程により作成されるもので自動化が困難であるので、生産性を損なうおそれがあった。
【0014】
そこで、本発明は、作業性良く哺乳動物受精卵や有機合成生成物等の試料の電気化学的特性及び電極触媒活性を計測できるウェルユニット、このウェルユニットを備えた検体セル、及びこのウェルユニットを用いて試料の評価等を行う電気化学的分析方法を提供する ことを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記目的を達成する本発明のウェルユニットは、樹脂板若しくは樹脂ブロックに、試料が収容されるウェルが形成されたウェルユニットであって、前記ウェルの表面に電極を備えることを特徴としている。すなわち、ウェル表面に予め電極を備えるウェルが形成されたウェルユニットである。
【0016】
また、上記ウェルユニットに備えられる電極の直径は、2〜500μmであることを特徴としている。すなわち、ウェルに備えられる電極の直径を制御してウェル表面に電極を備えることを特徴としている。
【0017】
また、上記ウェルユニットに備えられる電極は、前記ウェルの底部から、10〜2000μm離れた位置に備えられることを特徴としている。すなわち、ウェル内周部に備えられる電極の位置を制御してウェル表面に電極を備えることを特徴としている。
【0018】
また、上記ウェルユニットに形成されるウェルは、逆円錐形状、円筒形状、半球形状、直方体状、立方体状のいずれかに形成される様態を挙げることができる。
【0019】
また、上記ウェルユニットに備えられる電極は、白金、金、銀、銅、ニッケル、鉄、タングステン、パラジウム、イリジウム、チタン、ステンレス鋼、モリブデン、コバルト、アルミニウム、酸化インジウム、スズ、グラッシーカーボン(GC)、カーボンペースト(CP)等、電気化学分野で作用電極として使用される電極材料を用いる様態であることを特徴としている。
【0020】
また、上記ウェルユニットを構成する樹脂板若しくは樹脂ユニットは、熱可塑性樹脂または熱硬化性樹脂からなることを特徴としている。また、この熱可塑性樹脂または熱硬化性樹脂に、ガラス繊維、カーボン繊維、グラファイト、マイカ等の強化材を添加することで当該樹脂の強度を向上させることを特徴としている。
【0021】
また、上記ウェルユニットにおいて前記ウェルは、前記熱可塑性樹脂または前記熱硬化性樹脂に金属線を埋設し、この金属線を切断するように前記樹脂を切削することにより形成され、前記金属線の断面が前記電極となる形態であることを特徴としている。
【0022】
また、上記ウェルユニットにおいて、前記ウェルは、金属線を前記熱可塑性樹脂または前記熱硬化性樹脂からなる2つの樹脂ブロックで挟着し、この金属線を切断するように、前記樹脂ブロックを切削することにより形成され、前記金属線の断面が前記電極となる形態であることを特徴としている。
【0023】
また、上記目的を達成する本発明の検体セルは、樹脂板若しくは樹脂ブロックに、試料が収容されるウェルが形成され、前記ウェルの表面に電極が備えられたウェルユニットを、基板に1個または複数個備えたことを特徴としている。
【0024】
また、上記目標を達成する本発明の電気化学的分析方法は、試料をウェルに収容し、前記試料の電気化学的性質を測定する電気化学的分析方法であって、電位制御手段が、前記ウェルの表面に備えられる電極の電位を制御する電位制御ステップと、電流測定手段が、前記電位制御ステップによって制御された電極を流れる電流を測定する電流測定ステップと、を有することを特徴としている。すなわち、ウェルに試料を導入して電極の電位を制御するだけで電気化学的分析を行うことを特徴としている。また、上記電気化学的分析方法の測定対象が細胞であることを特徴としている。
【発明の効果】
【0025】
以上の発明によれば、電気化学的特性の把握または電気化学的測定を行うために試料が保持されるウェルが形成されたウェルユニット及びこのウェルユニットを備えた検体セルの生産性を向上させることに貢献することができる。また、このウェルに備えられた試料の電気化学的特性の把握または電気化学的測定を簡便に行うことに貢献することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】(a)本発明の実施形態に係るウェルユニットの斜視図、(b)本発明の実施形態に係るウェルユニットの側面図、(c)本発明の実施形態に係るウェルユニットのウェル部拡大図(100倍)、(d)本発明の実施形態に係るウェルユニットのウェル部拡大図(500倍)である。
【図2】本発明の実施形態に係るウェルユニットの製造工程例を示すフロー図である。
【図3】本発明の実施形態に係るウェルユニットに備えられる電極と、従来技術に係る電極でのサイクリックボルタモグラムである。
【図4】本発明の実施形態に係るウェルユニットに備えられる電極と、従来技術に係る電極での定電位電流測定の測定結果である。
【図5】本発明の実施形態に係るウェルユニットに形成されるウェルの断面形状と、電極位置を示す画像測定器による測定結果である。
【図6】本発明の実施形態に係るウェルユニットに備えられる電極とウェルに備えられる試料との位置関係を示す模式図である。
【図7】(a)本発明の実施形態に係るねじ切りが形成されたウェルユニットの斜視図、(b)本発明の実施形態に係るねじ切りが形成されたウェルユニットの側面図、(c)本発明の実施形態に係るリード線を備えたウェルユニットの斜視図、(d)本発明の実施形態に係るリード線を備えたウェルユニットの側面図である。
【図8】本発明の実施形態に係る導電性接合剤により電極とリード線を接続したウェルユニット模式図である。
【図9】(a)本発明の実施形態に係る電気化学測定装置のシステム構成図、(b)本発明の実施形態に係る検体セルの上面図、(c)本発明の実施形態に係る検体セルの側面図である。
【図10】本発明の実施形態に係る電気化学測定装置の切替部の構成図である。
【図11】本発明の実施形態に係る電気化学的分析方法の測定例を示す図である。
【図12】(a)本発明の実施例1に係る電気化学的分析方法における測定結果を示す図、(b)本発明の実施例1に係るウェルユニットに備えられた試料を倒立顕微鏡により観察した図、(c)従来技術に係る電気化学的分析方法における測定結果を示す図である。
【図13】本発明の実施例1に係る電気化学的分析方法における測定結果と従来技術に係る電気化学的分析方法における測定結果の相関図である。
【図14】本発明の実施例2に係る電気化学的分析方法における測定結果を示す図である。
【図15】本発明の実施例3に係る電気化学的分析方法における測定結果を示す図である。
【図16】従来技術に係る哺乳動物受精卵の近傍に電極を配置した様子を倒立顕微鏡により観察した図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明は、ウェル(くぼみ)表面に電極が備えられたウェルユニット、このウェルユニットを備える検体セル、及びこのウェルユニットを用いた電気化学的分析方法に関する発明である。
【0028】
本発明によれば、ウェルに備えられた試料の電気化学的特性の把握や電極触媒活性の評価等の電気化学的測定を簡便に行うことができる。
【0029】
(ウェルユニット)
本発明の実施形態に係るウェルユニット1は、図1(a)、(b)に示すように、ウェルユニット1にウェル2(くぼみ)が形成されている。そして、図1(c)、(d)に示すように、ウェル2の表面には電極3が備えられている。
【0030】
ウェルユニット1は、熱可塑性樹脂または熱硬化性樹脂から構成される。ウェルユニット1には、試料やこの試料の種類によっては測定に必要となる培養液等の測定溶液が保持され、保持された試料の電気化学的評価を行う。よって、ウェルユニット1の材質としては、電気的な絶縁性や耐薬品性を有することが必要となる。また、ウェルユニット1の製造の観点からウェル2の成形が容易なことも重要である。よって、ウェルユニット1を構成する材質としては、上記条件を満たす熱可塑性樹脂または熱硬化性樹脂等の合成樹脂を用いればよい。
【0031】
例えば、熱可塑性樹脂としては、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル、ポリスチレン、ABS樹脂、AS樹脂、ポリメタクリル酸メチル、ポリ酢酸ビニル、ポリ塩化ビニリデン、ポリアミド、ポリアセタール、ポリカーボネート、変性ポリフェニレンエーテル、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンテレフタレート、ポリフェニレンサルファイド、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリアリレート、液晶ポリマー、ポリアミドイミド、ポリエーテルイミド、ポリテトラフルオロエチレン、フッ素樹脂等が挙げられる。また、熱硬化性樹脂としては、フェノール樹脂、ユリア樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂、不飽和酸ポリエステル樹脂、全芳香族ポリエステル、フタル酸ジアリル樹脂、ポリイミド樹脂、シリコーン樹脂、ポリウレタン、シリコーンエラストマー等が例示される。これら熱可塑性樹脂及び熱硬化性樹脂は、単独若しくは組み合わせてウェルユニットを構成するとよい。また、これら熱可塑性樹脂または熱硬化性樹脂に強化材を添加することで、ウェルユニット1の強度を向上させてもよい。強化材としては、ガラス繊維、カーボン繊維、グラファイト、マイカ等が例示される。
【0032】
ウェル2の形状は、逆円錐形状、円筒形状、半球形状等、試料に応じた形状を適宜選択してウェルユニット1上に形成するとよい。ウェルの大きさは特に限定されるものではないが、通常用いられているウェルの大きさ(容積が数μL〜数mL程度)であればよく、実施例では、円錐底部直径がφ4mm、円錐高さが2mmで、逆円錐形状のウェルを用いた。図1(b)のように、ウェル2の形状を逆円錐形状に形成すると、哺乳動物受精卵等の試料をウェル2内に導入した際、試料がウェル2の底部(円錐の頂点)近傍に納まる。すなわち、試料を容易にウェル2内の所定の位置に保持することができる。ウェル2を逆円錐状に形成する場合、円錐の円錐角の角度には特に制限はない。ただし、円錐角が5°程度以下の逆円錐状のウェル2を形成するためには先端の細い工具が必要となる。そして、先端が細い工具を用いてウェルを形成した場合、工具の先端が欠ける場合があるため、円錐角が5°未満の逆円錐状のウェル2を用いることは実用的ではない。
【0033】
なお、試料の保持位置がウェル2内の所定の位置であることの限定がなく、底部近傍でよい場合には、半円球状のウェル2を形成してもよい。半円球状のウェル2は、逆円錐状のウェル2のようにウェル2の底部を鋭角に形成する必要がないため切削の精度を必要とせずウェル2の形成が容易となる。さらに、試料の保持位置に限定がなく、ウェル2内に試料を保持するだけでよい場合には、底部が平面である円筒状や円柱状等のウェル2を形成してもよい。この円筒状や円柱状のウェル2は、逆円錐状や半円球状のウェル2と比較して切削の精度を必要としないので、さらにウェル2の形成が容易となる。
【0034】
ウェル2の表面に配置される電極3は、白金、金、銀、銅、ニッケル、鉄、タングステン、パラジウム、イリジウム、チタン、ステンレス鋼、モリブデン、コバルト、アルミニウム、酸化インジウム、スズ、グラッシーカーボン(GC)、カーボンペースト(CP)等、電気化学分野で作用電極として使用される電極材料からなる電極3を適宜選択して備えればよい。ウェル2表面に電極3を配置する方法としては、例えば、上記の電極材料からなる金属線4(GCの場合はロッド等)をウェルユニット1に埋め込み、この金属線4を切断するようにウェルユニット1を切削してウェル2を形成することで、ウェルユニット1に埋め込まれた金属線4の断面を電極3として用いることができる。なお、ウェル2表面に電極3を備える方法は、この方法に限定されるものではなく、ウェル2の所定の位置に精度よく電極3を備えられる方法であれば、適宜選択して用いればよい。また、電極触媒活性を評価する場合には、この電極3上に電極触媒を担持させてもよい。
【0035】
図2に、本発明の実施形態に係るウェルユニット1の製造工程の実施例を示して、本発明の実施形態に係るウェルユニット1についてより詳細に説明する。実施例では、強化材の添加のないポリメタアクリル樹脂からなるウェルユニット1(ウェルユニット上部及びウェルユニット下部)の製造工程を例示して説明する。なお、上記の熱可塑性樹脂または熱硬化性樹脂を用いても同様に本願発明の実施形態に係るウェルユニットを製造することができた。また、ウェルユニットを構成する樹脂に上記の強化材を添加することで、ウェルユニットの強度を向上させることができた。
【0036】
ステップS1、S2において、ウェルユニット上部5とウェルユニット下部6との精密切削加工を行った。ウェルユニット上部5の寸法は、縦11mm×横11mm×厚さ1.86±0.01mmであり、ウェルユニット下部6の寸法は縦10mm×横10mm×厚さ6.14±0.01mmであった。ステップS1、S2において、切削油等が微量存在しても、試料や試料の測定への影響が無視できる場合は、切削油を使用した加工を実施する。なお、切削油を使用しない加工(ドライ加工)で、ウェルユニット上部5とウェルユニット下部6とを精密切削加工すると、ウェルユニット1を製造した時、ウェル2表面に切削油等が付着せず、生体組織等の試料や測定への悪影響を低減することができる。
【0037】
ステップS3において、ウェルユニット下部6を、固定装置(ジグ)に固定した(図示省略)。そして、ウェルユニット下部6のウェルユニット上部5との接続面の中央部付近に、白金線4を備えるための溝7を形成した。溝7は、白金線4が収まる程度(実施例では、幅10μm×深さ10μm程度)に形成した。
【0038】
ステップS4において、ステップS3で形成されたウェルユニット下部6の溝7に白金線4を配置した。白金線4の直径は、φ10μm±5μmのものを用いた。白金線4は、真直性が維持される程度の張力で保持し、白金線4がたわまず、また破断しない状態で溝7に配置した。
【0039】
ステップS5において、白金線4が配置されたウェルユニット下部6にUV硬化樹樹脂8を塗布し、UV硬化樹脂8が塗布された面にウェルユニット上部5を所定の精度で備えることで、ウェルユニット上部5とウェルユニット下部6とを接合させた。ウェルユニット上部5とウェルユニット下部6との接合に用いる接合剤は、UV硬化樹脂8に限定されるものではなく、アクリル系接着剤、エポキシ系接着剤、シアノアクリレート系接着剤等を用いてもよい。接合剤は、測定対象とする試料や測定溶液と反応性を有しない接合剤を適宜選択して用いるとよい。特に、ウェルユニット1を生体組織や細胞等の試料の測定に用いる場合には、生体に優しく、生体に影響を与えない生体適合性を有する接合剤を用いるとよい。
【0040】
なお、ステップS5において、ウェルユニット上部5とウェルユニット下部6間、白金線4近傍、及び溝7に気泡が混入しないように接合した。接合時に接合部位に気泡が混入すると、電気化学的測定に支障を及ぼしたり、測定結果にバラつきを生じさせたりする原因となる場合がある。例えば、ウェル2を切削加工する際に、その加工領域に気泡が存在するとウェル表面に気泡の部分が露出し、ウェル2の加工後にくぼみとして残ってしまう。このくぼみの存在により試料が気泡のくぼみに引っかかってしまい、本来静置されるべきウェル2の底部に試料を備えることができなくなるおそれがある。また、このくぼみが白金線4付近に形成された場合には、気泡により露出した白金線4表面(白金線4の側面部分)も電極として作用してしまい、電極面積のバラつきが生じるおそれがある。
【0041】
ステップS6において、ウェルユニット1にUV光を照射して、UV硬化樹脂8を硬化させた。UV光の光量と照射時間は、接合剤(UV硬化樹脂8)及びウェルユニット1が変性を起こさない条件を設定した。なお、ステップS5において、接合剤にアクリル系接着剤、エポキシ系接着剤、シアノアクリレート系接着剤等を用いた場合には、UV光の照射は行わず、所定時間経過させることで接合剤を硬化させる。
【0042】
ステップS7において、ウェルユニット1をジグから取り出し、ウェルユニット上部5を貫通して、白金線4を切断するようにウェルユニット1に直径φ4mm、深さ2mm、円錐角45°の逆円錐形状のウェル2を形成した。なお、ウェル2表面が平滑となるようにウェル2の表面の加工処理を行うと、生体組織等の試料を測定する際にウェル2表面の表面性状によって試料に傷がつくことを低減することができる。例えば、ウェル2の表面性状をRa(中心線平均粗さ)=1.0μm以下に加工するとよい。
【0043】
このように作成されたウェルユニット1の電極3の電気化学的性能と、従来技術に係る微小電極(直径10μmの白金線が封止されたガラスキャピラリー)との比較を、CV測定(CV:Cyclic Voltammetry)により行った。CV測定の測定条件を以下に示す。
(測定条件)
試料:10mmol/Lのフェロシアン化カリウムを含む0.1mol/L塩化カリウム溶液
作用極:本発明の実施形態に係る白金電極3(直径φ10μm)、従来技術に係る白金線を封入したガラス製白金微小電極(直径φ10μm)
対極:白金(Pt)
参照電極:銀/塩化銀電極(Ag/AgCl)
掃引速度:20mV・s-1
図3に、CV測定の測定結果であるサイクリックボルタモグラムを示す。図3より、本発明の実施形態に係るウェルユニット1に埋め込まれた電極3は、従来技術に係る白金線を封入したガラス製白金微小電極と同程度の定常電流が流れることがわかる。すなわち、ウェルユニット1に埋め込まれた白金線4の断面が電極3として機能している。また、図3よりウェルユニット1に備えられた白金電極3に流れる定常電流値iは13.0nAであるので、以下の(3)式にiを代入して電極3の直径(2r)を算出すると、電極3の直径は10.4μmとなった。
【0044】
i=4nFCDr … (3)
i:定常電流[A]、n:移動電子数(=1)、
F:ファラデー定数(=96485[c・mol-1])、
C:フェロシアンイオン濃度(=0.01×10-3[mol/cm-3])、
D:拡散係数(=0.65×10-5[cm2・s-1])、
r:電極の半径[cm]
上述のように、ウェルユニット1に埋め込んだ白金線4の直径は10μmであるので、電極3の直径と白金線4の直径がほぼ一致することが示された。よって、ウェルユニット1に直径φ10μmの金属線4を埋め込んで、ウェル2表面に電極3を形成することで、電気化学的性能的に金属線4の直径と同一径の従来技術に係る微小電極に相当する電極3をウェル2表面に備えることができる。
【0045】
次に、本発明の実施形態に係るウェルユニット1の電極3と、従来技術に係る微小電極(直径10μmの白金線が封止されたガラスキャピラリー)との電気化学的特性の比較を、定電位電流測定により行った。定電位電流測定の測定条件を以下に示す。
(測定条件)
試料:ERAM−2((株)機能性ペプチド研究所製)
作用極:本発明の実施形態に係る白金電極3(直径φ10μm)、従来技術に係る白金線を封入したガラス製白金微小電極(直径φ10μm)
対極:白金(Pt)
参照電極:銀/塩化銀電極(Ag/AgCl)
印加電圧:−0.6V vs Ag/AgCl
図4に示すように、本発明の実施形態に係るウェルユニット1に埋め込まれた電極3も、従来技術に係る微小電極も、電位を印加した直後、大きな電流変化が確認されるが、1分程度経過後には、変化量が小さくなり、電位の印加終了60秒前の電流値は非常に安定していた。つまり、本発明の実施形態に係る電極3は、従来技術に係る電極とほぼ同様の挙動を示すことがわかる。
【0046】
よって、本発明の実施形態に係るウェルユニット1は、電気化学性能的にはウェルに埋め込んだ白金線4の直径と同一径の従来技術に係る微小電極に相当する電極3をウェル表面に備えたものであることがわかる。
【0047】
以上のように、本発明の実施形態に係るウェルユニット1は、ウェル2の所定の位置に電極3を備えることができる。すなわち、ウェルユニット上部5の厚さ、ウェルユニット下部6に形成される溝7の深さ、ウェルユニット1に形成されるウェル2の深さ及びウェル2の底部の角度(円錐の場合)等の条件を制御することで、ウェル2表面の所定の位置に電極3を備えることができる。
【0048】
例えば、図2を例示して説明したウェルユニット1の製造工程で作成されたウェルユニット1の電極3の位置を画像測定器で確認すると、図5に示すように電極3の位置は、ウェル2の底部(円錐の頂点)から140±5μmに位置していることがわかる。
また、図6に示すように、ウェル2の底部Pを基準とした電極3の高さと円錐角θ(実施例ではθ=45°)から、電極3間の距離Ls及び円錐の頂点Pから電極3までの距離Lを算出することができる。さらに、ウェル2に試料9を導入した時に、試料9の半径と円錐角θから、試料9と電極3の距離を算出することもできる。
【0049】
また、ウェルユニット1に埋設する金属線4の径及び断面形状を制御することで、電極3の面積及び電極3の形状を制御することができる。電極3の直径は特に限定されるものではないが、直径φが、2〜500μmの電極をウェル表面の所定の位置に備えることができる。
【0050】
なお、本発明の実施形態に係るウェルユニット1において、ウェルユニット1に金属線4を埋設する方法は、ウェルユニット上部5とウェルユニット下部6に金属線4を挟着して備えることに限定されるものではなく、ウェルユニットを金属線4が埋め込まれた状態でモールド成型してもよい。
【0051】
このように、本発明の実施形態に係るウェルユニットは、金属線が埋め込まれたウェルユニットにこの金属線を切断するように切削加工して、ウェルユニット表面にウェルを形成するため、ウェル表面に電極を容易に備えることができる。ウェル表面を切削加工することで、ウェル表面に電極を備えたウェルユニットを製造することができるので、ウェルユニットを効率よく製造でき、ウェルユニットの生産性が向上する。
【0052】
また、ウェルユニットを構成する、ウェルユニット上部、ウェルユニット下部、及びウェルを切削加工で形成すると、特殊な微細加工技術を利用する必要もなく、かつ、各作業工程で作業時間を要する特殊な製造方法を利用する必要もない。よって、寸法形状のバラツキを抑えたウェルユニットを大量生産することができ、ウェルユニットの生産性が向上する。
【0053】
また、本発明の実施形態に係るウェルユニット1を、ポリメタアクリル樹脂等の透明性を有する樹脂で形成すると、図示省略の倒立顕微鏡または実体顕微鏡によりウェルの中に静置した試料を上または下から観測することができる。そのため、ウェルにおける試料等の位置を視認しやすくなり作業性の向上が期待できる。
【0054】
なお、ウェルユニットに形成されるウェルは、複数形成してもよい。これにより、1つのウェルユニットで複数試料の同時測定が可能となる。そして、ウェルの半径及び深さは、実施例に限定するものではなく、試料の大きさや測定試料の量に応じて決定すればよい。また、ウェルを逆円錐形状に形成する時、円錐角θの大きさは、試料と電極の位置関係に基づいて適宜設定すればよい。
【0055】
(ウェルユニットのリード線の取り出し例)
次に、ウェルユニット1のリード線10の取り出し例を図7、図8を参照して説明する。図7(a)、(b)に示すように、ウェルユニット下部6に予めねじ切り11を形成しておき、このねじ切り11に、例えば、φ5mmの銅等の金属からなるリード線10を嵌挿し、エポキシ樹脂等で固定する。そして、図7(c)、(d)に示すように、ねじ切り11に固定されたリード線10とウェルユニット1から出ている白金線4とを銀ペースト12等で固定することで、ウェルユニット1からリード線10を取り出すことができる。
【0056】
また、図7(a)に示すように、ウェルユニット下部6に予めねじ切り11を形成し、図8に示すように、液たまり溝部14をウェルユニット下部6に形成する。液たまり部14は、導電性接着剤13(例えば、銀ペーストを含有する導電性接着剤)を流し込んだ時、白金電極4とリード線10とが導電性接着剤13に埋設されるように形成する。そして、ねじ切り11(図示せず)にリード線10を嵌挿し、液たまり溝部14に導電性接着剤13を流し込む。このように、ウェルユニット1に埋め込まれた白金線4の端部とリード線10とが導電性接着剤13に埋設された状態で、導電性接着剤13を硬化させることで、白金線4とリード線10とを結線することができる。なお、図7、図8で例示した接続方法は、白金線4とリード線10との接続方法の一例であり、既知の接続方法により白金線4とリード線10を結線してもよい。そして、リード線10の太さや材質等は既知のリード線に基づいて選択して用いればよい。
【0057】
(電気化学測定装置)
本発明の実施形態に係るウェルユニット1を備えた電気化学測定装置15について、図9、10を示して詳細に説明する。
【0058】
本発明の実施形態に係る電気化学測定装置15は、図9(a)に示すように、検体セル16と、コントローラ17と、解析・制御部18から構成される。
【0059】
検体セル16には、本発明の実施形態に係るウェルユニット1が少なくとも1つ備えられている。図9(b)、(c)に示すように、検体セル16は、ウェルユニット1が備えられるウェルユニット1固定用基板23と、この基板23上に備えられるウェルユニット1から構成される。
【0060】
コントローラ17は、切替器19、電位制御部20、電流測定部21、電流収集部22から構成される。切替器19は、測定対象のウェル2…2の数に対応したチャンネル(ch)を備え、測定対象のウェル2…2の切替えを行う。つまり、各チャンネルは、各ウェル2の電極3(リード線10)にそれぞれ接続されている。例えば、図10に示すように、検体セル16に6つのウェル2…2(1ch〜6ch)が備えられた場合においては、6ch同時に酸化還元電位を印加して、予め定められた一定間隔でチャンネルを切替え、各ウェル2…2に流れる電流を電流測定部21で測定する。なお、チャンネルを切り替える時間は、適宜任意に設定可能である。例えば、受精卵呼吸量測定においては、チャンネルを切り替える間隔は、試料の応答速度から判断して、100msecでの切り替えが可能である。電位制御部20は、ウェル2…2表面に備えられた電極3(図示省略)に印加される電位の制御を行う。電極3に印加される電位は、測定対象に応じて決定されるものであり、例えば、哺乳動物受精卵の呼吸量を測定する場合には、電位制御部20は、酸素還元電流を測定するために、電極3の電位を、銀/塩化銀参照電極に対して−0.6Vとなるように制御する。電流測定部21では、電位制御部20が電極3の電位を制御することで電極3に流れる電流を測定する。そして、電流収集部22が、電流測定部21で測定された電流値に基づいて、電流データを収集する。電流測定部21は、例えば、受精卵呼吸量測定で計測される10pA〜10nAの微小電流を測定できるものを用いるとよい。
【0061】
解析・制御部18は、コントローラ17の制御、及びコントローラ17で検出された電流の測定値から測定対象の評価または演算を行う。例えば、酸素還元電流に基づいて、哺乳動物受精卵の呼吸量を算出したり、哺乳動物受精卵の呼吸量の指標(例えば、酸素濃度差)を算出し、哺乳動物受精卵の呼吸量を評価したりする。
【0062】
なお、電気化学測定装置15において、切替器19を切り替えるタイミングは任意に設定可能である。また、コントローラ17及び解析・制御部18は一体に備えてもよい。
【0063】
(電気化学的分析方法)
本発明の実施形態に係る電気化学測定装置15に電気化学的分析方法として、哺乳動物受精卵呼吸量の測定方法を例示し、図11を参照して説明する。
【0064】
ステップT1において、本発明の実施形態に係る電気化学測定装置15のウェル2に測定溶液((株)機能性ペプチド研究所製ERAM−2)を20μL加え、ウェル2表面に備えられた電極3の電極電位を銀/塩化銀参照電極に対して−0.6Vとなるよう電極3の電位を制御した。そして、電極3の電位を−0.6Vの定電位とした状態で電極3に流れる酸素還元電流を測定した。酸素還元電流の時間変化を図11に示す。測定溶液をウェル2に導入し、電極3の電位を制御し電極3に流れる電流が安定した後、60秒間の平均電流値をバルク電流i*(nA)とした(図11の(1)、(5))。
【0065】
ステップT2において、ガラスキャピラリーを用いて、哺乳動物受精卵をウェルユニット1のウェル2に導入した(図11の(2))。
【0066】
ステップT3において、電極3を流れる酸素還元電流が安定するまで酸素還元電流を測定し、酸素還元電流が安定した後60秒間の平均電流値を試料電流iとした(図11の(3))。
【0067】
ステップT4において、試料電流iを測定後、試料をウェル2から取り出した。そして、バルク電流i*、試料電流i、及び(1)、(2)式に基づいて、哺乳動物受精卵の呼吸量を測定した(例えば、非特許文献1)。
【0068】
このように、哺乳動物受精卵(測定試料)の近傍と、バルクでの酸素還元電流を測定することにより、哺乳動物受精卵の呼吸量の測定及び評価を行うことができる。
【0069】
(実施例)
本発明の実施形態に係る電気化学測定装置15による電気化学的分析方法について具体的な実施例1〜3を挙げて詳細に説明する。
【0070】
以下の実施例1〜3において、本発明の実施形態に係る電気化学測定装置15として、図2を参照して説明した製造工程で作成されたウェルユニット1を備えた電気化学測定装置15を用いた。すなわち、以下の実施例1〜3の説明において、本発明の実施形態に係る電気化学測定装置15のウェル2は、直径4mm×深さ2mm、円錐角45°の逆円錐形状であり、円錐の頂点(すなわち、ウェル2の底部)から140μm離れた位置に半径φ10μmの白金電極3が備えられたものである。また、従来技術に係る電気化学測定装置としては、直径4mm×深さ2mm、円錐角45°の逆円錐形状のウェルを備え、このウェルに導入された近傍に、白金線を封入したガラス製白金微小電極(直径φ10μm)を配置した電気化学測定装置を用いた。なお、本発明の実施形態に係る電気化学的分析方法で使用する電気化学測定装置はこの実施例に限定されるものではない。
【0071】
(a)実施例1:ヒト乳ガン細胞スフェロイド(MCF−7)の呼吸量測定
本発明の実施形態に係る電気化学測定装置15による、ヒト乳ガン細胞スフェロイド(MCF−7)の呼吸量測定方法について、図12を参照して説明する。
【0072】
ウェル2に測定溶液((株)機能性ペプチド研究所製ERAM−2)を20μL加え、ウェル2表面に備えられた電極3の電極電位を銀/塩化銀参照電極に対して−0.6Vとなるよう電極3の電位を制御した。そして、電極3の電位を−0.6Vの定電位とした状態で電極3を流れる酸素還元電流を測定した。電極3を流れる酸素還元電流の時間変化を図12(a)に示す。図12(a)に示すように、電流が安定した後、ガラスキャピラリーを用いてウェル2にMCF−7を導入し、酸素還元電流の変化を測定した。MCF−7を導入する前の酸素還元電流の測定値と、MCF−7を導入後測定電流が安定した時の酸素還元電流の電流値から(1)式に基づいて、MCF−7の酸素呼吸量の指標となるΔC(バルクとMCF−7近傍の酸素濃度差)を算出した。酸素濃度差(ΔC)は、18.05μmol/Lであった。また、図12(b)に、ウェル2に導入されたMCF−7の倒立顕微鏡写真を示す。倒立顕微鏡写真よりMCF−7の半径を測定すると、MCF−7の半径は119.1μmであった。
【0073】
同様に、従来技術に係る電気化学測定装置により、MCF−7をウェルに導入し、銀/塩化銀参照電極に対して−0.6Vとなるように電位を制御した白金微小電極24をステッピングモータにより自動で上下させ、MCF−7近傍の酸素濃度勾配、つまりMCF−7近傍の酸素還元電流i(nA)とバルクの酸素還元電流i*(nA)を測定した。測定結果を図12(c)に示す。従来技術に係る電気化学測定装置により測定された酸素濃度差(ΔC)は、19.38μmol/Lであった。
【0074】
以上より、本発明に係る電気化学測定装置15は、従来技術に係る電気化学測定装置と同様の測定精度を有することがわかる。
【0075】
次に、本発明の実施形態に係る電気化学測定装置15と、従来技術に係る電気化学測定装置で、異なる大きさのMCF−7の酸素濃度差(ΔC)を算出した。
【0076】
図13に示すように、本発明の実施形態に係る電気化学測定装置15と、従来技術に係る電気化学測定装置による酸素濃度差(ΔC)の測定結果は、良好な相関があることがわかる。よって、本発明の実施形態に係る電気化学的分析方法によって、MCF−7の呼吸量を評価できることがわかる。
【0077】
(b)実施例2:ウシ体外受精卵の呼吸量測定(方法1)
本発明の実施形態に係る電気化学測定装置15による、ウシ体外受精卵の呼吸量測定方法について、図14を参照して説明する。方法1のウシ体外受精卵の呼吸量測定方法は、(a)の方法と同様に、測定溶液を保持したウェルの電極電位を一定に保ち、バルクの酸素還元電流を測定した後に、電極電位を一定に保った状態で測定試料をウェルに導入して測定試料近傍の酸素還元電流を測定するものである。
【0078】
ウェル2に測定溶液((株)機能性ペプチド研究所製ERAM−2)を20μL加え、ウェル2表面に備えられた電極3の電極電位を銀/塩化銀参照電極に対して−0.6Vとなるよう電極3の電位を制御した。図14に示すように、ガラスキャピラリーを用いてウェル2にウシ体外受精卵を導入し、酸素還元電流が安定したところで酸素還元電流を測定し、ウシ体外受精卵近傍の酸素還元電流の測定電流値とした。そして、ウェル2からウシ体外受精卵を取り出し、取り出した後の酸素還元電流が安定した値をバルク電流として測定した。この、ウシ体外受精卵近傍の酸素還元電流の測定値と、バルクの酸素還元電流の測定値から(1)式に基づいて、ウシ体外受精卵の酸素呼吸量の指標となるΔC(バルクとウシ体外受精卵近傍の酸素濃度差)を算出した。酸素濃度差(ΔC)は、8.3μmol/Lであった。また、ウェル2に導入されたウシ体外受精卵の倒立顕微鏡写真から算出されるウシ体外受精卵の半径(胚盤胞)は96.8μmであった。
【0079】
同様に、従来技術に係る電気化学測定装置で、ウシ体外受精卵をウェルに導入し、ウシ体外受精卵近傍の酸素還元電流と、バルクの酸素還元電流を白金微小電極24により測定した。従来技術に係る電気化学測定装置により測定されたバルクとウシ体外受精卵近傍の酸素濃度差(ΔC)は、13.6μmol/Lであった。
【0080】
本発明の実施形態に係る電気化学測定装置15での酸素濃度差(ΔC)の測定結果は、従来技術に係る電気化学測定装置による酸素濃度差(ΔC)の測定結果よりやや低い値である。しかしながら、本発明の実施形態に係る電気化学測定装置15と従来技術に係る電気化学測定装置で、異なる大きさのウシ体外受精卵の酸素濃度差(ΔC)を算出すると、実施例1の図13で示したような良好な相関関係が得られた。よって、本発明の実施形態に係る電気化学的分析方法により、ウシ体外受精卵の酸素呼吸量を評価できることがわかる。
【0081】
(c)実施例3:ウシ体外受精卵の呼吸量測定(方法2)
本発明の実施形態に係る電気化学測定装置15による、ウシ体外受精卵の呼吸量測定方法について、図15を参照して説明する。方法2のウシ体外受精卵の呼吸量測定方法は、測定溶液を保持したウェルに測定試料を導入後に電極電位を一定の電位に保つことで測定試料近傍の酸素還元電流を測定する。そして、電極を一定の電位に保った状態で測定試料をウェルから取り除きバルクでの酸素還元電流を測定するものである。
【0082】
本発明の実施形態に係る電気化学測定装置15のウェル2に測定溶液((株)機能性ペプチド研究所製ERAM−2)を20μL加え、さらに、このウェル2にウシ体外受精卵を導入した。そして、ウェル2にウシ体外受精卵を導入後、ウェル2表面に備えられた電極3の電極電位を銀/塩化銀参照電極に対して−0.6Vとなるよう電極3の電位を制御した。図15に示すように、電流が安定した後の電流値をウシ体外受精卵近傍の酸素還元電流として測定し、ウシ体外受精卵をウェル2から取り出した。ウシ体外受精卵を取り出した後の酸素還元電流が安定した時の電流値をバルクでの酸素還元電流の電流値とした。そして、ウシ体外受精卵近傍の酸素還元電流の測定値とバルクでの酸素還元電流の測定値から(1)式に基づいて、ウシ体外受精卵の呼吸量の指標となるΔC(バルクとウシ体外受精卵近傍の酸素濃度差)を算出した。酸素濃度差(ΔC)は、13.6μmol/Lであった。
【0083】
同様に、従来技術に係る電気化学測定装置で、ウシ体外受精卵をウェルに導入し、ウシ体外受精卵近傍の酸素還元電流と、バルクの酸素還元電流を白金微小電極24により測定した。従来技術に係る電気化学測定装置により測定されたバルクとウシ体外受精卵近傍の酸素濃度差(ΔC)は、13.6μmol/Lであった。
【0084】
本発明の実施形態に係る電気化学測定装置15での酸素濃度差(ΔC)の測定結果は、従来技術に係る電気化学測定装置による酸素濃度差(ΔC)の測定結果と同じ値を示した。さらに、本発明の実施形態に係る電気化学測定装置15と従来技術に係る電気化学測定装置で、電位をステップさせる方法で、異なる大きさのウシ体外受精卵の酸素濃度差(ΔC)を算出すると、実施例1の図13で示したような良好な相関関係が得られた。よって、本発明の実施形態に係る電気化学的分析方法によって、ウシ体外受精卵の呼吸量を評価することができた。
【0085】
以上実施例1〜3を示して説明したように、本発明の実施形態に係る電気化学的分析方法によれば、微小生体組織の電気化学的特性把握及び電気化学的測定を行うことができる。そして、ウェルに予め電極が備えられているので、ウェルに試料を導入するだけで、微小試料の電気化学測定を行うことができる。よって、試料の電気化学的特性の把握または電気化学的測定を簡便に行うことができる。
【0086】
つまり、従来のように、微細電極を試料の近傍に配置するような煩雑で高度な技術を要せず、かつ、作業性良く哺乳動物受精卵等の試料を計測できる。
【0087】
実施例では、ウェルに導入された試料(測定溶液)の溶存酸素還元電位を測定した例を示したが、測定対象となる酸化還元反応は溶存酸素の還元反応に限定されるものではなく、本発明に係るウェルユニットを用いて、種々の測定対象(例えば、図3に示すようなフェロシアンイオン)の電気化学的挙動を測定することができる。例えば、高価な試料の電気化学的挙動を研究する場合には、電気化学的特性を把握するために必要な試料が極微量な場合がある。本発明に係るウェルユニットは、ウェルに予め電極面積が既定の電極が備えられているので、極微量の試料をウェルに保持するだけで、ウェルに保持された試料の電気化学的挙動の分析及びウェルに備えられた電極の触媒活性の評価を容易に行うことができる。
【0088】
以上のように、本発明の電気化学的分析方法は、畜産分野・生殖医療分野・微小組織移植分野等で、哺乳動物受精卵やスフェロイド等の微小生体組織の電気化学的特性把握を目的とした電気化学的分析を行うことができる。特に、本発明の電気化学的分析方法は、哺乳動物受精卵等の生体組織の評価を電気化学的な数値に基づいて評価することができるので、生体組織の客観的な評価を行うことができる。また、材料開発等の電気化学研究分野においは、数μLから数百μLの極少量の有機合成生成物やイオン液体等の試料の電気化学的分析、及び電極触媒活性の評価を容易に行うことができる。
【符号の説明】
【0089】
1…ウェルユニット
2…ウェル
3…電極(白金電極)
4…金属線(白金線)
5…ウェルユニット上部
6…ウェルユニット下部
9…試料
10…リード線
15…電気化学測定装置
16…検体セル
20…電位制御部(電位制御手段)
21…電流測定部(電流測定手段)
23…基板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
樹脂板若しくは樹脂ブロックに、試料が収容されるウェルが形成されたウェルユニットであって、
前記ウェル表面に電極を備える
ことを特徴とするウェルユニット。
【請求項2】
前記電極の直径は、2〜500μmである
ことを特徴とする請求項1に記載のウェルユニット。
【請求項3】
前記電極は、前記ウェルの底部から、10〜2000μm離間して備えられる
ことを特徴とする請求項1または請求項2に記載のウェルユニット。
【請求項4】
前記ウェルは、逆円錐形状、円筒形状、半球形状、直方体状、立方体状のいずれかの形状に形成される
ことを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか1項に記載のウェルユニット。
【請求項5】
前記樹脂板若しくは前記樹脂ユニットは、熱可塑性樹脂または熱硬化性樹脂からなる
ことを特徴とする請求項1から請求項4のいずれか1項に記載のウェルユニット。
【請求項6】
前記熱可塑性樹脂または前記熱硬化性樹脂に、ガラス繊維、カーボン繊維、グラファイト、マイカのいずれかからなる強化材を添加する
ことを特徴とする請求項5に記載のウェルユニット。
【請求項7】
前記ウェルは、前記熱可塑性樹脂または前記熱硬化性樹脂に金属線を埋設し、この金属線を切断するように前記樹脂を切削することにより形成され、前記金属線の断面が前記電極となる
ことを特徴とする請求項5または請求項6に記載のウェルユニット。
【請求項8】
前記ウェルは、金属線を前記熱可塑性樹脂または前記熱硬化性樹脂からなる2つの樹脂ブロックで挟着し、この金属線を切断するように前記樹脂ブロックを切削することにより形成され、前記金属線の断面が前記電極となる
ことを特徴とする請求項5または請求項6に記載のウェルユニット。
【請求項9】
樹脂板若しくは樹脂ブロックに、試料が収容されるウェルが形成され、前記ウェルの表面に電極が備えられたウェルユニットを、基板に1個または複数個備えた
ことを特徴とする検体セル。
【請求項10】
試料をウェルに収容し、前記試料の電気化学的性質を測定する電気化学的分析方法であって、
電位制御手段が、前記ウェルの表面に備えられる電極の電位を制御する電位制御ステップと、
電流測定手段が、前記電位制御ステップによって制御された電極を流れる電流を測定する電流測定ステップと、を有する
ことを特徴とする電気化学的分析方法。
【請求項11】
前記試料は、細胞である
ことを特徴とする請求項10に記載の電気化学的分析方法。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図1】
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【図7】
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【図12】
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【図16】
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【公開番号】特開2012−63287(P2012−63287A)
【公開日】平成24年3月29日(2012.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−208817(P2010−208817)
【出願日】平成22年9月17日(2010.9.17)
【出願人】(591031212)北斗電工株式会社 (20)
【出願人】(507066552)八十島プロシード株式会社 (2)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)