説明

ウナギ仔魚などの浮遊生物用飼育水槽及び浮遊生物の給餌方法

【課題】水中を浮遊し、水中に漂っている物体を受動的に摂餌する生物に対して有効な給餌方法を提供すること。
【解決手段】水溶性高分子による密度調整を利用することにより、飼育水槽内に2層以上の安定な層を形成し、飼育水層よりも密度の高い層を液体飼料層とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウナギの仔魚、特に人工授精によって得られたウナギ卵由来の孵化仔魚から浮遊生活を送る葉形仔魚(レプトケファレス)までの浮遊生物の飼育に適した飼育水槽及び新規な給餌方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ウナギ養殖用種苗として用いられるシラスウナギの採捕量減少のため、人工種苗技術の確立が強く望まれているが、ウナギの人工孵化が可能となった現在、仔魚をシラスウナギまで成長させる効率的な飼育方法の開発が急務である。
【0003】
ウナギ仔魚の初期飼料としてサメ卵粉末(特許文献1)や、オキアミ分解物(特許文献2)などが提案されている。
しかし、これらの先行技術は、いずれも飼育水の中を泳ぐ魚が飼料をついばむものであり、飼料を底面に置いて、それをウナギ仔魚に摂餌させる方式を取っているので、仔魚の水槽底面への接触が不可避であった。仔魚の水槽底面への接触は、斃死や形態異常の一因ではないかと疑われている。また、底面に置いた飼料は粘性が高く、給餌後の清掃に手間がかかるという問題があった。
【0004】
本発明者らは、ウナギ仔魚がコロイド状の液体飼料を摂食することを確認した(非特許文献1)が、この実験では、飼育水にコロイド状飼料を混合し、一定時間毎に別に用意した飼育水にウナギ仔魚をピペットで移し変えるもので、実用化に向けた効率的な給餌方法の開発が望まれていた。
【特許文献1】特開平11−253111号公報
【特許文献2】特開2005−13116号公報
【非特許文献1】2006年日本水産学会春季大会要旨集No.553
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明者らは、ウナギ仔魚の飼育水槽内に、夫々密度の異なる層を形成し、上層をウナギ仔魚の飼育水域とし、下層または中間層を飼育水よりも密度の高い液体状の飼料で形成することにより、仔魚が水槽底面に接触することなく泳ぎながら液体飼料を摂餌できることを見出し、本発明に至ったものである。
【0006】
水槽内に密度の異なる層を形成する方法としては、「温度」や「塩分濃度」による比重の調節が考えられるが、温度では大きな比重の違いを作り出すことが困難な上、大きすぎる温度差は魚を傷めるという問題があり、塩分濃度の場合も魚類の浸透圧耐性の限界により、これだけで大きな比重の違いを作り出すことができなかった。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、水溶性の高分子を使用して飼育水の密度を調整すれば、ほとんど浸透圧を変えずに大きな比重差の複数の飼育水を作ることができ、これと、塩分濃度による密度差を組み合わせることにより、飼育水槽内に2層以上の安定な層を形成することができ、しかも、適切な濃度であればウナギ仔魚の健康に深刻な悪影響がないことも実験的に確認した。
【0008】
すなわち、本発明は、
(1)槽内に少なくとも飼育水層とそれよりも密度の高い液体飼料層が形成された浮遊生物用飼育水槽
(2)液体飼料層よりもさらに密度の高い飼育水層が槽内底部に形成された(1)記載の飼育水槽。
(3)浮遊生物がウナギ仔魚である(1)または(2)に記載の飼育水槽。
(4)槽内に少なくとも飼育水層とそれよりも密度の高い液体飼料層が形成された飼育水槽を使用する浮遊生物の給餌方法。
(5)飼育水槽が液体飼料層よりもさらに密度の高い飼育水層が槽内底部に形成されているものである(4)記載の給餌方法。
(6)浮遊生物がウナギ仔魚である(4)または(5)に記載の給餌方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、ウナギ仔魚は、摂餌時に飼育槽底面に接触することがなく、接触による物理的な傷害が起こらない。また、給餌後の残った飼料は、通常の通水によって容易に除去できるので、清掃が容易となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の方法で飼育される生物は、人工授精によって得られたウナギ卵由来の孵化仔魚から浮遊生活を送る葉形仔魚(レプトケファレス)までのウナギ仔魚であるが、ウナギ仔魚と同様に浮遊し、水中に漂っている物体を受動的に摂餌する生物に対しても、本発明の方法は、有効である。
【0011】
本発明でいう液体飼料とは、上記コロイド状液体飼料のように、飼育水槽内で安定して中間層を形成できるだけの流動性を有しているものをいい、従来、液体飼料と称せられていたペースト状のものは含まれない。
【0012】
本発明の方法で使用される液体飼料とは、油性飼料が微細に懸濁したコロイド液、微細な固形飼料が懸濁した懸濁液、水溶性飼料成分を溶解した水溶液、あるいはこれらの混合物をいい、飼育水と略同等な流動性を有する。
【0013】
飼育水の密度を調整する水溶性高分子としては、飼育魚の健康に影響を与えないものであって、低濃度でゲル化しないものであればいずれでも使用でき、デキストリン、カラゲナン、ヘパリン、コンドロイチン硫酸などが例示される。
水溶性高分子の添加量については、塩分4%程度で形態異常の発生が増加することから、塩分1%分の浸透圧変化に相当する量、すなわち分子量6,000なら100%、分子量60,000なら1,000%、分子量600,000なら10,000%までの範囲で可能である(ただしゲル化しない範囲)。
【0014】
水溶性高分子を溶解した飼育水は、飼育槽の下層を形成するもので、その密度は、上層や中間層と安定的に界面を形成できる程度の差を有していることが必要である。例えば、中間層に牛乳と海水の1:1混合液に1.5%の食塩を溶かしたものを用いた場合、好ましくは1.07g/cm以上である。1.07g/cm未満では、上層や中間層を安定した界面を形成することができず、また、仔魚も容易に底面まで侵入してしまうという問題がある。逆に、含まれる水溶性高分子の濃度が物質固有のゲル化濃度を越えるとゲル化(固化)してしまい、容易に排出されなくなるという問題が生じる。
【0015】
中間層は、上層を形成する飼育水、水溶性高分子を溶解した下層の飼育水とそれぞれ安定的に界面を形成できる程度の密度差を有していることが必要である。例として牛乳と海水を1:1で混合して1.5%の食塩を溶かしたものの場合、上層とは界面を形成することができる。下層に求められる密度は中間層の密度に応じて決まる。
中間層の密度調整としては、食塩または水溶性高分子を少量添加することによって上記密度差とすることができる。
また、液体飼料層を下層して形成する場合には、中間層を省略することができる。この場合にも、下層の液体飼料内に侵入した仔魚には、密度差により浮力が加わるので、摂餌時に仔魚が飼育槽の底面に接触することはない。
【0016】
3つの層の形成方法としては、どのような順序で行なってもよいが、一般的には、軽い層から水槽に入れ、次に重い層を底に注入し、最後に一番重い層を注入すれば、界面がきれいに形成されるが、飼育水を収容した飼育水槽の底部に、まず、水溶性高分子を溶解した飼育水をピペットなどで静かに注入して下層を形成し、次いで、中間層となる液体飼料を飼育水と下層の界面付近にピペットなどで静かに注入することにより形成することも可能である。
【0017】
下層の厚さは、飼育魚がその浮力に抗して底面まで到達できないほどの深さとすることが望ましく、ウナギ仔魚の場合、6〜10mmに設定すればよい。また、中間層の厚さは、ウナギ仔魚が最下層の上面付近を這うように泳ぐことが多いことから、薄くても摂餌される可能性が高いので1mm以上の厚さであればよいが、仔魚が液体飼料層内を自由に泳ぐことができる10mm以上とすることが好ましい。中間層の厚みが1mm未満では、拡散により短時間で消失してしまい、仔魚に十分給餌することができない。
【0018】
所定時間給餌した後、残った液体飼料を含む中間層は、吸引管を使用する等の方法で容易に飼育槽からは排出することができ、粘性の低い液体飼料なので、残渣が飼育槽の壁面に付着することもない。
また、上層に海水を穏和に注水することにより、ストレーナーの最下開口部より下に存在する密度の高い液体を残してそれより上部の液体を排出することができるが、このことを利用して下層だけを残して中層を洗い流すこともでき、さらに、飼育槽内の各層はすべて水溶性であり、界面に向けて流水すれば、界面は容易に破壊されて攪拌されるので、このような状態で飼育槽内の残差を含む飼育水を全面的に交換することも可能である。
【実施例】
【0019】
5Lボウル型水槽内に以下の密度の異なる3層を形成した。
上層:ろ過海水厚さ1500mm(5−8L)
中層:牛乳とろ過海水の1:1混合液に食塩を1.5%加えたもの厚さ5mm(100mL)
下層:ろ過海水中にデキストリンを15%溶解したもの厚さ15mm(200mL)
この水槽の上層内で、ホルモンによる催熟および産卵によって得られたウナギ仔魚(日齢7)を水槽あたり300尾収容して飼育したところ、無給餌群が全滅した後も数日の生残が確認された。
【産業上の利用可能性】
【0020】
従来、水槽での飼育が困難とされていた、水中を浮遊し、水中に漂っている物体を受動的に摂餌する生物に対して有効な給餌方法であり、養殖対象生物の可能性が拡大する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
槽内に少なくとも飼育水層とそれよりも密度の高い液体飼料層が形成された浮遊生物用飼育水槽。
【請求項2】
液体飼料層よりもさらに密度の高い飼育水層が槽内底部に形成された請求項1記載の飼育水槽。
【請求項3】
浮遊生物がウナギ仔魚である請求項1または2に記載の飼育水槽。
【請求項4】
槽内に少なくとも飼育水層とそれよりも密度の高い液体飼料層が形成された飼育水槽を使用する浮遊生物の給餌方法。
【請求項5】
飼育水槽が液体飼料層よりもさらに密度の高い飼育水層が槽内底部に形成されているものである請求項4記載の給餌方法。
【請求項6】
浮遊生物がウナギ仔魚である請求項4または5に記載の給餌方法。

【公開番号】特開2010−46037(P2010−46037A)
【公開日】平成22年3月4日(2010.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−214829(P2008−214829)
【出願日】平成20年8月25日(2008.8.25)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度、農林水産省、農林水産技術会議事業「ウナギ及びイセエビの種苗生産技術の開発」(産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願)
【出願人】(501168814)独立行政法人水産総合研究センター (103)
【Fターム(参考)】