説明

ウナギ仔魚飼料

【課題】サメ卵の冷凍乾燥粉末を代替することができるウナギ仔魚を提供すること。
【解決手段】プロテアーゼを失活させた魚卵内容物をウナギ仔魚飼料に用いること。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウナギ仔魚用飼料に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ウナギは生産量が多い重要な養殖魚種であるが、種苗は全て天然のシラスウナギに依存している。このため、シラスウナギの漁獲量により養殖コストの変動が激しいだけでなく、近年では天然資源の枯渇の恐れが生じていた。これを解消すべく、採卵、孵化、育成を全て人工飼育下で行う、ウナギの完全養殖についての試みが進められている。これまで、天然で採取したシラスウナギからウナギ親魚の育成、人工産卵、人工孵化までは成功したものの、人工孵化後の仔魚が稚魚期になるまでの間に相当数が死滅してしまうため、事業化の大きな妨げとなっていた。
【0003】
ウナギは、卵から孵化した後、卵黄を吸収しつくすまでのプレレプトケファルスの時期を経て、平板で透明なゼラチン質のレプトケファルスとなる。その後、柳の葉型まで成長したレプトケファルスは変態を起こしてゼラチン質から硬質のシラスウナギへと大きく形態を変化させる。通常、孵化から変態を起こすまでのレプトケファルス期を仔魚期といい、変態後のシラスウナギの時期を稚魚期という。また、特に孵化からプレレプトケファルスの時期まで間を孵化仔魚期という。
【0004】
プレレプトケファルスはまだ眼も黒化しておらず、このため恐らく視力はほとんど無いものと考えられており、針歯状の歯も未発達であるため、活発に餌を捕食できない。一方、レプトケファルス期では眼が黒化して、遊泳を開始し、活発に餌の捕食が観察される。レプトケファルスとプレレプトケファルスは通常、肛門の位置及び頭部から肛門までの筋節数を一つの指標として区別され、レプトケファルス期はプレレプトケファルス期と比較して肛門が相対的に後方に位置している。人工飼育下では、プレレプトケファルスは通常 3 〜 10mm 程度の大きさであり、孵化から14日目ぐらいまでの時期に相当する。またレプトケファルスは 10 〜 60mm 程度の大きさであり、プレレプトケファルス期以後から孵化後7 〜 9 ヶ月目ぐらいまでの時期に相当する。また60mm 程度の大きさに成長したレプトケファルスは 20日程度の時間をかけてゆっくりとシラスウナギへと変態する。
【0005】
これまで天然のウナギ仔魚の生態の多くは謎に包まれており、人工孵化させてから与える餌もなかなか良いものが見つからなかった。まず初めに、サメ卵の冷凍乾燥粉末を主体とした飼料が開発され、これにより30日程度の生育が確認された(特許文献1)。さらにその後、魚卵又は鶏卵にフィチン酸を除去した大豆とオキアミの酵素分解物を含んだ飼料を与えることにより、30日以上生育するレプトケファルスが現れ、特にサメ卵の冷凍乾燥粉末とフィチン酸を除去した大豆とオキアミの酵素分解物を含んだ飼料を与えることにより 250日以上生育するレプトケファルスが現れ、シラスウナギへと変態するものが現れた(特許文献2)。しかしその頻度は非常に低く、とても実用化には至らなかった(非特許文献1)。
【0006】
また、サメの個体数はとても少なく、近年ではワシントン条約においてサメの漁獲量規制の発動も提案されており、サメ卵の冷凍乾燥粉末を代替することができる飼料の開発が必要となっていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平11−253111号公報
【特許文献2】特開2005−013116号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Tanaka H, Aquaculture 201 p51-60 (2001)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
サメ卵の冷凍乾燥粉末を代替することができるウナギ仔魚用飼料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために、鋭意研究を重ねた結果、プロテアーゼ活性を低下させた魚卵内容物をウナギ仔魚飼料に用いることにより、サメ卵の冷凍乾燥粉末を用いなくても、ウナギ仔魚の成長と高い生残率がみられることを見いだし、本研究を完成するに至った。
本発明は、以下の(1)ないし(6)のウナギ仔魚飼料及びこれらを用いたウナギ仔魚の飼育方法を要旨とする。
(1)プロテアーゼ活性を低下させた魚卵内容物を含むウナギ仔魚飼料。
(2)プロテアーゼ活性の低下が加熱処理によるものである(1)のウナギ仔魚飼料。
(3)加熱処理の程度が凝集物を形成させない程度である(2)のウナギ仔魚飼料。
(4)プロテアーゼ活性の低下がプロテアーゼインヒビターの添加によるものである(1)のウナギ仔魚飼料。
(5)ノレソレ酵素分解物を加えた(1)ないし(4)のウナギ仔魚飼料。
(6)上記(1)ないし(5)のウナギ仔魚飼料を用いたウナギ仔魚の飼育方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、サメ卵の冷凍乾燥粉末を用いたウナギ仔魚飼料と同等の成長及び生残率がみられる飼料及びこれを用いた飼育方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】図1は実施例1に記載の各飼料を与えて飼育させたときのウナギ仔魚の生残率である。(実施例1)
【図2】図2は実施例2に記載の各飼料を与えて飼育させたときのウナギ仔魚の生残率である。(実施例2)
【図3】図3は実施例3に記載の各飼料を与えて飼育させたときのウナギ仔魚の日毎生残率である。(実施例3)
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、ウナギの仔魚の成長に関する。本発明の対象となるウナギの仔魚は、例えばニホンウナギ(Anguilla japonica)、ヨーロッパウナギ(Anguilla anguilla)等、養殖対象となるウナギの仔魚が挙げられる。なお、本発明で言うウナギ仔魚とは、プレレプトケファレス、レプトケファレス等、シラスウナギに変態する前の段階にあるウナギ仔魚を指す。
【0014】
本発明の魚卵とは、魚類の卵のことをいう。魚類とは、脊椎動物亜門に属する動物群のうち、両生類と有羊膜類からなる四肢動物を除外した動物を指す。魚類には、無顎上綱及び顎口上綱が含まれるが、無顎上綱は個体数が少なく、飼育も難しいため、顎口上綱の魚類の卵を用いることが好ましい。顎口上綱には軟骨魚類及び硬骨魚類が含まれる。軟骨魚類の代表は、サメ、エイ、ギンザメが含まれる。硬骨魚類の代表は、タラ、タイ、ブダイ、ヘダイ、ハタ、フグ、ウナギ、マグロ、カツオ、マンボウ、ブリ、アジ、サンマ、イワシ、ニシン、ハタハタ、サバ、カレイ、ヒラメ、カンパチ、ヒラマサ、シマアジ、ティラピア、サケ、ヤマメ、ナマズ、バラマンディ、コビア、タチウオ、フナ、コイ、キンギョ、ドジョウ、ホンモロコが含まれる。
【0015】
これら軟骨魚類と硬骨魚類のうち、養殖魚又は漁獲高の多い魚は、魚卵が豊富に得られるため餌とするのに好ましい。養殖魚としてはチョウザメ、タイ、ブダイ、ヘダイ、ハタ、フグ、ウナギ、マグロ、ブリ、カレイ、ヒラメ、カンパチ、ヒラマサ、シマアジ、ティラピア、サケ、ヤマメ、ナマズ、フナ、コイ、キンギョ、ドジョウ、ホンモロコがあり、漁獲高の多い魚としてはエイ、タラ、タイ、ブダイ、ヘダイ、ハタ、フグ、ウナギ、マグロ、カツオ、マンボウ、ブリ、アジ、サンマ、イワシ、ニシン、ハタハタ、サバ、カレイ、ヒラメ、カンパチ、ヒラマサ、シマアジ、ティラピア、サケ、ナマズ、バラマンディ、コビア、タチウオがある。
魚卵は、卵膜と卵膜に包まれた内容物とからなる。魚卵は、卵原細胞の増殖期を終えると卵母細胞となり、卵膜形成及び油球や卵黄の蓄積が開始される成長期を経てから成熟期へと入る。その後排卵されることで体外に放出されるが、それまでは魚の卵巣内に蓄積される。このうち飼料に用いるためには栄養成分が豊富な、卵成熟期から産卵前の段階にある魚卵内容物を用いることが好ましい。特に、タンパク質などの栄養成分である卵黄が蓄積しているという点で、成長期のうちでも少なくとも卵黄形成を既に開始した卵黄形成期以降にあたるものが好ましい。
【0016】
本発明で用いる魚卵は、天然又は養殖の魚を漁獲して卵巣を取り出すことによって得ることができる。魚卵は、生のもの、塩蔵したもの、冷凍したもの、液状のもの、粉末のもののいずれでもよい。飼料を作製する際には、魚卵をそのまま他の飼料成分と混合してもよいが、成分の均一性と保持して常に同じ性質の飼料を作製するためには、飼料作製前に魚卵を破砕して魚卵内容物を製造し、これを他の飼料成分と混合して飼料を作製することが好ましい。
本発明で用いる魚卵内容物は、飼料成分として十分な成長性を与えるためには、魚卵内容物の栄養成分が劣化せずに飼料に混合されることが望ましい。魚卵内容物の栄養成分が劣化せずに飼料に混合されるためには、用いる魚卵は生のもの又は塩蔵若しくは冷凍して1年以内に用いることが好ましい。
【0017】
本発明で用いる魚卵内容物は、魚体から取り出した卵巣から卵膜を除去して得た魚卵を破砕することで得ることができる。卵膜はメッシュを用いて除去しても、酵素分解を用いて除去してもよい。メッシュを用いて卵膜を除去して、魚卵内容物を得る場合は、魚卵内容物の栄養成分を破壊しないように目合100μm以上のメッシュを用いて濾過して得ることが好ましい。さらに、目詰まりを防止するために一旦目合400μm以上のメッシュで卵膜を濾過したものを、再び100μm以上のメッシュを用いて濾過するという、2段階の濾過を行って得ることが特に好ましい。また、魚体から卵巣を取り出して、卵膜を除去し、魚卵内容物を得る作業は、栄養成分の劣化を防ぐために全て4℃以下で行うことが好ましい。得られた魚卵内容物はそのまま用いても良いが、栄養成分の劣化を防ぎながら保存して用いるためには一旦乾燥することが好ましい。
【0018】
本発明の飼料は、上記魚卵内容物又はこれに適宜水を加えることにより作製することができる。また、本発明の飼料は、ウナギ仔魚用飼料として用いるものを添加するものであればどのようなものを添加して作製してもよいが、ウナギ仔魚の成長を阻害する成分を添加するのは好ましくない。ウナギ仔魚の成長を阻害する成分としては、フィチン酸、レクチン、ジノグネリンのような魚卵毒などが知られている。
本発明の飼料は、飼育水槽中でウナギ仔魚が接餌しやすい形状にするためには、上記魚卵内容物を、飼料重量の3〜50重量%、より好ましくは10〜40重量%、さらに好ましくは20〜30重量%の範囲になるように水と混ぜて使用することが好ましい。
【0019】
本発明のプロテアーゼとは、エンドプロテアーゼ、エキソプロテアーゼ、セリンプロテアーゼ、システインプロテアーゼ、メタロプロテアーゼ、酸性プロテアーゼ、中性プロテアーゼ、スレオニンプロテアーゼ、グルタミン酸プロテアーゼ、ペプチダーゼなどタンパク質および/またはペプチドを分解する活性を持つものを言う。一般に魚卵には、ビテロジェニンを分解するためにカテプシンなどのプロテアーゼが存在することが知られている。
【0020】
プロテアーゼ活性とは、標準的な基質を加えて分解能力を測定したものである。プロテアーゼの活性の測定方法としては、合成ペプチドを用いた方法、標準蛋白を基質として用いた方法などがあり、生物化学実験法 30蛋白質分解酵素 I・II(鶴大典・船津勝 編 学会出版センター 1993年刊)に記載されている。
【0021】
プロテアーゼ活性の低下とは、上記で示されるプロテアーゼの活性が下がることをいう。プロテアーゼは上記の酵素による反応であることが分かっているため、加熱、加圧、酸および/またはアルカリ処理、高塩処理、酸化および/または還元、通電、超音波処理、など一般的な酵素活性を低下させる物理作用により低下することが分かっている。
本発明で用いる魚卵内容物のプロテアーゼ活性を加熱により低下させるためには、加熱温度は45℃以上、より好ましくは50℃以上、より好ましくは55℃以上で行うことが望ましい。加熱時間は10分以上、好ましくは20分以上、より好ましくは30分以上行うことが望ましい。
また、魚卵のようなタンパク質量の多い組成物を加熱すると、タンパク質が凝固して、加熱温度と加熱時間に比例して大きな凝集物を形成する。このような凝集物が生じるとウナギ仔魚の飼料となりにくくなり、結果として成長は低下する。ウナギ仔魚の成長を阻害する凝集物を形成させないためには、加熱温度は75℃以下、好ましくは70℃以下、より好ましくは65℃以下で行うことが望ましい。加熱時間は60分以下、好ましくは45分以下、より好ましくは30分以下で行うことが望ましい。
【0022】
またプロテアーゼ活性の低下は、反応系に対してプロテアーゼインヒビターを添加することによっても成される。プロテアーゼインヒビターとは、反応系に添加されることによりプロテアーゼの活性を阻害する物質をいい、アルブミン、オボムコイド、オボインヒビター、オボマクログロブリン、シスタチンなどが含まれる。これらのプロテアーゼインヒビターを多く含むものとして、卵白、動物乳清、動物血漿が知られている。
本発明で用いる魚卵内容物のプロテアーゼ活性をこれらの物質の添加により阻害する場合、水を含んだ飼料全体の重量に対し、卵白は0.01〜3重量%、好ましくは、0.1〜1重量%以上添加することが望ましい。動物乳清を添加する場合には、水を含んだ飼料全体の重量に対し、0.01〜3重量%、好ましくは0.4〜1重量%添加することが望ましい。動物血漿を添加する場合には、水を含んだ飼料全体の重量に対し、0.01〜1.5重量%、好ましくは0.1〜0.4重量%添加することが望ましい。
本発明の卵白、動物乳性及び動物血漿は、プロテアーゼインヒビターの活性があるものであれば生のもの、乾燥したものなどどのようなものでもかまわない。本発明の卵白は、鳥類の卵、中でも鶏卵が入手しやすさ、価格の安さの面で好ましい。また保存性が良く、効果にぶれがないことから、乾燥したものを用いることが特に好ましい。
【0023】
プロテアーゼは基質となるタンパク質と結合することにより活性を発揮する。従ってプロテアーゼインヒビターはプロテアーゼが基質となるタンパク質と結合する状態であるときに加えられれば活性を阻害することができる。本発明のプロテアーゼインヒビターの添加は飼料の作製の際に混入しても構わないし、混入せずに別々の飼料として与えても構わない。また、別々の飼料として与える場合には同時に与えても構わないし、別々の時期に与えても構わない。ウナギ仔魚の成長度合や生残率を見ながら与える量を調節できるため、別々の飼料として与えることが好ましい。
【0024】
本発明に用いるノレソレはアナゴの稚魚である。アナゴとはウナギ目アナゴ科に属する魚類の総称であり、マアナゴ(Conger myriaster)、ゴテンアナゴ(Anago anago)、シンジュアナゴ(Gorgasia japonica)、クロアナゴ(Conger japonicus)、ダイナンアナゴ(Conger erebennus)、キリアナゴ(Conger cinereus)、チンアナゴ(Heteroconger hassi)などを含む。アナゴの稚魚は、孵化後 130mmぐらいまでのものをいい、この時期の仔魚はアナゴにおいてもウナギと同様にレプトケファルスと呼ばれる。
【0025】
本発明に用いるノレソレ分解物とは、ノレソレをプロテアーゼで分解したものをいう。プロテアーゼはノレソレを分解するものであればいずれでも構わないが、エンドプロテアーゼ、エキソプロテアーゼ、セリンプロテアーゼ、システインプロテアーゼ、メタロプロテアーゼ、酸性プロテアーゼ、中性プロテアーゼ、スレオニンプロテアーゼ、グルタミン酸プロテアーゼ、ペプチダーゼなどが含まれる。このうち、ノレソレの分解のしやすさから、中性プロテアーゼとペプチダーゼとを含むものが好ましい。特に、プロテアーゼA(アマノエンザイム社製)は製剤化されており、使いやすさの点から好ましい。処理条件である温度、濃度、反応溶液などの条件はそれぞれのプロテアーゼの特性及び量によって異なるため、これに合わせるとよい。
また、プロテアーゼの選択及び処理条件の設定については、プロテアーゼを加熱により失活させた後のノレソレ分解物の状態を調べながら調べるとよい。ノレソレをプロテアーゼの処理した後、加熱によりプロテアーゼを失活させる過程において、加熱温度に比例して溶液に含まれるプロテアーゼなどのタンパク質が変性凝固して大きな凝集物を形成する。このような凝集物が生じると仔魚の飼料となりにくくなるばかりか、結果として濾過除去による分解物収量の低下を招く。このため、凝集物を発生させない程度の加熱で失活するプロテアーゼを選び、そのような条件で処理を行うことが好ましい。凝集物を生成させず、収量の高いノレソレ分解物を作製するためには、好ましくは75℃以下、特に好ましくは70℃以下で活性が阻害されるプロテアーゼを選定することが望ましい。
【0026】
本発明の飼料は、上記ノレソレ分解物を、飼料重量の3〜50重量%、より好ましくは10〜40重量%、さらに好ましくは20〜30重量%の範囲で使用することが好ましい。
本発明の飼料は、上記魚卵内容物と上記ノレソレ分解物を組み合わせて使用する場合には、組み合わせたものの重量として、飼料重量の3〜50重量%、より好ましくは10〜40重量%、さらに好ましくは20〜30重量%の範囲で使用することが好ましい。また組み合わせる比率としては、重量比で3:1から1:3の範囲で、より好ましくは2:1から1:2の範囲で、さらに好ましくは略1:1の範囲で組み合わせて使用することが好ましい。
【0027】
本発明の飼料を用いてウナギ仔魚を飼育する場合は、上記飼料を、ウナギ仔魚を飼育する水槽に直接入れ、沈降又は塗布した状態で食べさせるとよい。飼育水槽の水を循環させている場合には、餌を効率的に沈降及び塗布させるため、給餌を行う間は止水することが好ましい。飼料は不足しないよう、沈降した状態で常に残るように与え、1日につき1回から5回に分けて給餌することが好ましい。残餌による水質悪化を防ぐため、残餌は給餌後10分から60分の間で注水して洗浄することが好ましい。
【0028】
以下に実施例を示し、本発明をより具体的に説明する。本発明はこれらの実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0029】
<マダラ卵巣卵を飼料源とした場合における、加熱処理の有無の比較>
マダラ卵巣卵を飼料原料とし、加熱処理の有無によるウナギ仔魚の成長・生残の比較を行なった。非特許文献1に記載の方法により得られた7日齢の仔魚約300尾を10L容丸底水槽に収容し、試験魚とした。仔魚の飼育方法は非特許文献1に従い行った。水槽は5基設置し、8日齢より各水槽にそれぞれ該当する飼料を給餌した。給餌回数は1日3回、飼育水温は24℃とした。18日齢まで飼育した時点で全長と、生残数を計測し、成長と生育の評価を行った。
【0030】
マダラ卵巣卵に等量程度の蒸留水を加水し、破砕後、目合400μmのメッシュで濾過し、さらに100μmのメッシュで濾過して卵膜等を除去した内容物を回収した。一連の作業は氷冷下で実施した。更にこの成分を冷凍後、凍結乾燥によって粉末化させて、飼料原料であるマダラ卵巣卵粉末とした。
【0031】
前記マダラ卵巣卵粉末に表1に示す量の蒸留水を添加し、撹拌して得られた液状成分を飼料Aとした。この飼料Aを与えて飼育した仔魚群を「マダラ卵巣卵非加熱区」とした。さらに、この飼料Aを65℃に保温したウォーターバス内に30分間静置した。この処理により凝固が生じるため、再度ディスパーサー(heidolph社製、DIAX 900)により固形分が崩壊する程度の撹拌を与え、流動性を付与させたものを飼料Bとした。撹拌は口径10mmのシャフトで気泡を噛まない程度の撹拌処理で行い、50〜100ml程度の処理物に対し、8000〜10000rpmの回転数で行った。この飼料Bを与えて飼育した仔魚群を「マダラ卵巣卵加熱処理区」とした。
【0032】
【表1】

【0033】
これらの飼料性能を評価するにあたり、供試魚の成長・生残の指標としてサメ卵を主原料とする飼料を作製し、本飼料による飼育を比較対照とした。添加物として特許文献2に記載されているオキアミの分解物を使用した。本飼料を用いた場合にはシラスウナギまでの飼育が可能である。本飼料の組成を表2に示した。この飼料を飼料Cとした。飼料Cでは同一の条件で2区飼育し、それぞれで飼育した仔魚群を「サメ卵+オキアミ分解物C-1区、「サメ卵+オキアミ分解物区C-2区」とした。
【0034】
【表2】

【0035】
また、5基の水槽のうちの1基については給餌を行なわずに飼育し、このように飼育した仔魚群を「無給餌区」とした。以上のようにして調製した一連の飼料は使用直前まで-80℃で保存した。それぞれの飼料を孵化直後から与え、孵化から7日目から18日目までの生残個体数を数えて、生残率を算出した。結果を図1に示す。
【0036】
図1に示す通り、飼料A「マダラ卵巣卵非加熱区」を給餌した飼料では9日齢以降死亡が継続し、無給餌飼育下における生残状況を下回る推移を示した。瀕死魚はいずれも尾部が白濁するような症状を呈し、仔魚の成長に負の影響を与える因子の存在が示唆された。12日齢における生残率では、無給餌区では72.4%であったのに対して飼料A給餌区では29.6%に留まった。
【0037】
一方、飼料B「マダラ卵巣卵加熱処理区」を給餌した飼料では飼料A給餌区のような急激な減耗はみられず、12日齢における生残率が94.1%であった。これは飼料C「サメ卵+オキアミ分解物」における場合の89.4%、90.2%と同等の水準にあった。この傾向は評価時の18日齢まで継続し、18日齢における生残率では飼料A「マダラ卵巣卵非加熱区」で2.5%、飼料B「マダラ卵巣卵加熱処理区」で34.2%、飼料C「サメ卵+オキアミ分解物C-1区」と「サメ卵+オキアミ分解物C-2区」でそれぞれ31.8%、33.2%であった。また、「無給餌区」の仔魚は17日齢までに全て死滅した。
【0038】
18日齢での生残率と、生残した個体の全長の平均値と標準偏差(SD)を測定した。結果を表3に示す。飼料Aを除くいずれの飼料でも開始時と比較して有意な伸長がみられた(dunn、0.05<P)。
【0039】
【表3】

【実施例2】
【0040】
<マダラ卵巣卵加熱処理温度の比較>
マダラ卵巣卵の加熱処理温度の違いによる成長及び生残の比較を行なった。加熱工程の温度設定及び飼料組成を除き、手順は実施例1と同様とした。実施例1の加熱工程のうち、65℃に保温したウォーターバス内に30分間静置、という部分を45℃で30分にしたものを飼料aとし、飼料aで飼育した仔魚群を「45℃-30分加熱区」とした。以下同様に、55℃で30分にしたものを飼料bとし、飼料bで飼育した仔魚群を「55℃-30分加熱区」と、75℃で30分にしたものを飼料dとし、飼料dで飼育した仔魚群を「75℃-30分加熱区」とした。実施例1の飼料Bと同様に65℃で30分にしたものを飼料cとし、飼料cで飼育した仔魚群を「65℃-30分加熱区」とした。それぞれの飼料組成と加熱温度を表4に示す。
【0041】
【表4】

【0042】
また、実施例1の飼料Cと同一の飼料を飼料eとした。飼料eでは同一の条件で2区飼育し、それぞれで飼育した仔魚群を「サメ卵+オキアミ分解物e-1区、「サメ卵+オキアミ分解物区e-2区」とした。それぞれの飼料を孵化直後から与え、孵化から7日目から18日目までの生残個体数を数えて、生残率を算出した。結果を図2に示す。
【0043】
図2に示す通り、いずれの飼料を給餌した場合においても実施例1記載の飼料Aを与えた場合の「マダラ卵巣卵非加熱区」のような急激な死亡はみられなかったが、過熱温度の低い飼料a給餌区における生残率の水準が他よりも低いものとなった。
【0044】
18日齢での生残率と、生残した個体の全長の平均値と標準偏差(SD)を測定した。結果を表5に示す。全長平均では開始時が7.03mmであったのに対し、18日齢では飼料a区で7.28mm、飼料b区で7.39mm、飼料c区で7.63mm、飼料d区で7.29mmであった。飼料eを給餌した場合には8.21mm、8.09mmであった。いずれの飼料も開始時よりも伸長がみられたが、飼料c「65℃-30分加熱」及び飼料e「サメ卵+オキアミ分解物」を給餌した区の仔魚で有意となった(dunn、0.05<P)。
【0045】
【表5】

【実施例3】
【0046】
<スケトウダラ卵巣卵と卵白による生残率の向上>
実施例1と同じ条件で、ウナギ仔魚の成長・生残の比較を行なった。用いた飼料を表6に示す。
スケトウダラ卵は以下のように作製した。すなわちスケトウダラ卵巣卵に等量程度の蒸留水を加水し、破砕後、目合約400μmのメッシュで濾過し、さらに100μmのメッシュで濾過して卵膜等を除去した内容物を回収した。一連の作業は氷冷下で実施した。更にこの成分を冷凍後、凍結乾燥によって粉末化させて、飼料原料であるスケトウダラ卵巣卵粉末とした。
【0047】
【表6】

【0048】
飼料αでは同一の条件で2区飼育し、飼料を孵化直後から与え、孵化から10日目に乾燥卵白を、飼料の1重量%となるように与え、毎日の生残個体数を数えて、前日までの生残個体数で当日の個体数を割り、飼育9日目から飼育13日目までの日毎生残率を百分率で算出した。飼料βでは同一の条件で 3区飼育し、飼料を孵化直後から与え、乾燥卵白は与えずに毎日の生残個体数を数えて、上記と同様にして日毎生残率を百分率で算出した。結果を図3に示す。
【0049】
図3に示す通り、スケトウダラ卵の飼料を給餌した場合には飼育9日目に急激な死亡が見られたが、これは乾燥卵白の添加により抑えることができた。
【実施例4】
【0050】
<ノレソレ酵素分解物を用いたマダラ卵巣卵加熱処理物への添加効果の検討>
ノレソレの酵素分解物を作製し、マダラ卵巣卵加熱処理物との併用効果の検討を行なった。ノレソレ分解物の製造工程を以下に示した。包丁を用いて細かく裁断した冷凍ノレソレ約200gを50℃に加温し、達温後、プロテアーゼA「アマノ」SD(アマノエンザイム社製)0.09g添加して1時間反応させた。反応後、65℃で1時間保温して酵素を失活させた。更に反応液を目合100μmのナイロンメッシュで濾過後、凍結乾燥によって粉末化した。得られた粉末をノレソレ分解物とした。
サメ卵とオキアミ分解物、マダラ卵巣卵加熱処理物を用いた飼料作成及び飼育条件は実施例1のサメ卵+オキアミ分解物区、マダラ卵卵巣加熱処理区と同様とし、20日齢で全長、体高の測定及び生残数を計数した。
飼料1を「マダラ卵巣卵加熱処理物」、飼料2を「ノレソレ分解物」、飼料3を「マダラ卵巣卵加熱処理物+ノレソレ分解物」、飼料4「サメ卵+オキアミ分解物」とした。飼料1〜3の組成を下表7に示した。飼料1は実施例1の飼料Bと同一の飼料であり、65℃で30分の加熱処理を施した。飼料3は飼料1と飼料2の固形物換算での等量混合物飼料とした。それぞれの飼料の組成を表7に示す。飼料4は実施例1中の飼料Cと同一組成とした。20日齢における生残個体数を数えて、生残率を百分率で算出した。また、開始時である7日齢及び20日齢における全長、体高の平均値と標準偏差を表8に示す。
【0051】
【表7】

【0052】
【表8】

【0053】
生残率は飼料1「マダラ卵巣卵加熱処理物」給餌区で22.3%、飼料2「ノレソレ分解物」給餌区で19.8%、飼料3「マダラ卵巣卵加熱処理物+ノレソレ分解物」給餌区で18.9%であり、3者ともに同様の傾向を示し、ノレソレの併用に対する生残改善効果はみられなかった。これに対して飼料4「サメ卵+オキアミ分解物」給餌区では37.0%であった。飼料1〜3ではいずれも飼料4と比較して生残率の水準が低かった。
仔魚全長ではいずれの飼料を給餌した区においても開始と比較して有意に伸長がみられた(dunn、P<0.05)。マダラ卵巣卵加熱処理物及びノレソレ分解物を単独給餌した飼料1、飼料2給餌区ではそれぞれ7.96 ± 0.48mm、7.95 ± 0.69mmであったのに対し、混合した飼料3では8.24 ± 0.61mmであった。各飼料間で有意差は検出されなかったものの、この値は飼料4「サメ卵+オキアミ分解物」の8.21 ± 0.64mmと同等の水準にあった。
仔魚体高ではいずれの飼料も有意差は検出されなかったが、開始時と比較して伸長がみられた。飼料1で0.63 ± 0.07mm、飼料2で0.67 ± 0.11mmであった。これに対して飼料3では0.70 ± 0.11mmと、マダラ卵巣卵加熱処理物、ノレソレ分解物の単独給餌区よりも大きな値を示した。また、この値は飼料4「サメ卵+オキアミ分解物」の0.67 ± 0.11mmと同等以上の水準にあった。
このように、マダラ卵巣卵加熱処理物にノレソレ分解物を併用することで、少なくとも成長では従来のサメ卵を用いた飼料と同等の性能を示した。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明によれば、効率のよいウナギの養殖が可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プロテアーゼ活性を低下させた魚卵内容物を含むウナギ仔魚飼料。
【請求項2】
プロテアーゼ活性の低下が加熱処理によるものである請求項1のウナギ仔魚飼料。
【請求項3】
加熱処理の程度が凝集物を形成させない程度である請求項2のウナギ仔魚飼料。
【請求項4】
プロテアーゼ活性の低下がプロテアーゼインヒビターの添加によるものである請求項1のウナギ仔魚飼料。
【請求項5】
ノレソレ分解物を加えた請求項1ないし4のウナギ仔魚飼料。
【請求項6】
請求項1ないし5のウナギ仔魚飼料を用いたウナギ仔魚の飼育方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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