説明

エステルの製造方法

【課題】反応時間を短縮し、反応生成物の純度を高め、さらに反応生成物の分離回収を容易にした官能基含有カルボン酸エステルの製造方法の提供。
【解決手段】環内エーテル結合を有する環を少なくとも2個持つカルボン酸の銀塩とハロゲン化アルキルとを反応させることを特徴とする少なくとも2個の環内エーテル結合を有するカルボン酸エステルの製造方法で、該カルボン酸としてモネンシン(monensin)、ナイジェリシン(nigerisin)、ラサロシド(lasalocid)またはサリノマイシン(salinomycin)などが例示できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、緩和な中性条件下でのカルボン酸エステルの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来,カルボン酸をエステルに変換する方法は種々知られているが、強酸性又は強塩基性の条件下で行われることが多い(非特許文献1)。反応様式は大別して2つに分類され、第一はカルボキシル基へのアルコールの求核攻撃によってC−O結合を形成するものであり、第二はカルボキシレート陰イオンがアルコールのOH(又はそれに代わる離脱性基)が結合した炭素原子を求核攻撃するものである。しかし強酸、強塩基の存在下では共存する官能基が化学変化を受けてしまうため所望の生成物を十分に得ることが出来ないことがある。例えばカルボキシル基の他に、スピロケタール基、水酸基、エーテル結合などの官能基や結合を有するカルボン酸化合物(以下、単に官能基含有カルボン酸ということがある。)は不安定で、対応するエステルに導く際の酸又は塩基の作用により構造が変化してしまう可能性がある。このため緩和な条件下で短時間にエステル化反応を完結できることが望ましい。これらの官能基含有カルボン酸は、いわゆるイオノホア化合物として種々の陽イオンを選択的に包摂することが知られている。この特性は臨床検査用イオン選択電極(非特許文献2、特許文献1ないし2)や不斉アミン塩の選択的認識(非特許文献3)へ応用されている。
【0003】
比較的緩和な条件のエステル化法として官能基含有カルボン酸のエステル化に用いられた合成方法の例として、以下の2例を挙げることができる。アセトニトリル中クリプタンド[2.2.2]の存在下にモネンシン等の官能基含有カルボン酸のナトリウム塩とアルキルハライドを室温で1日反応させた後、シリカゲルクロマトグラフィーにて処理することにより、対応するアルキルエステルが8〜75%の収率で得られるとの報告がある(非特許文献4)。無水ベンゼン中、1,8−ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデセン−7](略称DBU)存在下にモネンシンとアルキルハライドとを、室温で4〜5日間反応させた後、シリカゲルクロマトグラフィーにて処理することにより、対応するアルキルエステルが得られるとの報告がある(非特許文献5)。また通常のエステル化の反応条件下では異性化してしまうオレフィン構造をもつカルボン酸のエステル化には、カルボン酸の銀塩とハロゲン化アルキルとの反応を用いると、異性化を防止できる場合があることが知られている(非特許文献6)。
【0004】
しかしながら、1日ないし数日間という反応時間は長い。特に実際の生産効率上、上記の従来の方法は好ましくない。また、生成物のエステルもイオノホアであることを考えると、カルボン酸の金属塩を用いる方法では、副生するハロゲン化ナトリウム等の塩の溶解度が比較的高い場合には、反応系中で金属イオンが生成物のエステルに包摂され、これが不純物として混入する可能性が高いので好ましくない。さらに、反応促進の目的で添加するクリプタンドやDBUなどの有機物は、目的物のエステルと同様に油溶性であるから反応後に容易に分離することが出来ない。
【0005】
【非特許文献1】Jerry March 著,「Advanced Organic Chemistry」3rd ed. John Wiley & Sons, Inc., 1985年発行(ISBN: 0−471−88841−9), 348−354ページ.
【非特許文献2】M. Fujiwara, Clinical Chemistry誌、37巻、1375ページ (1991).
【非特許文献3】Tsukube and H. Sohmiya著, Supramolecular Chemistry誌, 1巻, 297ページ (1993).
【非特許文献4】H. Tsukube and H. Sohmiya, Journal of Organic Chemistry誌, 56, 875−878ページ (1991).
【非特許文献5】K. Tohda, K. Suzuki, N. Kosuge, K. Watanabe, H. Nagashima, H. Inoue, and T. Shirai, Analitical Chemistry誌, 62巻, 936−942ページ (1990).
【非特許文献6】R. B. Wagner, Journal of Organic Chemistry, 71, 3214 (1949).
【特許文献1】米国特許4708776号明細書。
【特許文献2】米国特許4214968号明細書。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
したがって本発明の課題は、反応時間を短縮し、反応生成物の純度を高め、さらに反応生成物の分離回収を容易にして、上記の従来法の問題を克服した官能基含有カルボン酸エステルの製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の課題は下記の手段により解決された。
(1)環内エーテル結合を有する少なくとも2個の環を持つカルボン酸の銀塩とハロゲン化アルキルとを反応させることを特徴とする少なくとも2個の環内エーテル結合を有するカルボン酸エステルの製造方法
(2)環内エーテル結合を有する少なくとも2個の環を持つカルボン酸が少なくとも1個のスピロケタール基を有する(1)に記載の製造方法
(3)環内エーテル結合を有する少なくとも2個の環を持つカルボン酸がモネンシン(monensin)、ナイジェリシン(nigerisin)、ラサロシド(lasalocid)またはサリノマイシン(salinomycin)である(1)に記載の製造方法
(4)環内エーテル結合を有する少なくとも2個の環を持つカルボン酸がモネンシン(monensin)、ナイジェリシン(nigerisin)、またはサリノマイシン(salinomycin)である(1)または(2)に記載の製造方法
【0008】
カルボン酸の銀塩とハロゲン化アルキルとからエステルが生じることは知られていたが(非特許文献1)、オレフィンの異性化を防ぐ場合(非特許文献6)の他は、他の安価な方法に比べての利点が無いので用いられることは希であった。本発明者らはこのカルボン酸の銀塩を用いる反応が官能基含有カルボン酸(イオノホア化合物)のカルボキシル基をエステルに導く際に極めて有効であることを見出し、この知見に基づき本発明を完成するに到った。
【発明の効果】
【0009】
本発明の製造方法によれば、強酸性あるいは強アルカリ性条件下では化学変化しやすい構造を有するカルボン酸を、カルボキシル基以外の部分の構造を変化させないで維持したまま簡便に迅速にエステルに導くことができる。そのため、目的のエステル化合物の純度を高めるという効果を生じる。本発明の製造方法がこのように効果を奏する理由は、定かではないが、カルボン酸の銀塩とアルキルハライドとを酸も塩基も加えずに反応させるので、酸又は塩基に対して不安定な構造が共存しても目的のエステル化反応のみを起こすこと、生成するハロゲン化銀の溶解度が極めて低いので、生成物のエステルが銀イオンを包摂することが無く、しかも、濾過するだけで除去できることが考えられる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明に用いられる少なくとも2個の、環内エーテル結合を有する環状部を持つカルボン酸の銀塩は、さらに水酸基またはスピロケタール基を有する場合が特に好ましい。該カルボン酸の炭素数は7ないし90、好ましくは18ないし60である。この官能基含有カルボン酸の銀塩のカルボキシル基は環内エーテル結合を有する環に直接結合していても、連結基を介して結合していてもよい。
【0011】
本発明の方法において、エステル化に用いられるハロゲン化アルキルの炭素数は、好ましくは1ないし30、特に好ましくは1ないし20であり、直鎖状、分岐状、あるいは環状である。分岐状の場合分岐点は1個でも複数個でも良い。環状の場合は単環でもビシクロ、トリシクロなどの縮合環でも良く、環状構造は1個でも複数個でも良い。これらのアルキル基は更に置換基を有していても良く、置換基の例としては、メトキシ基、エトキシ基などのアルコキシ基、フェニル基、4−メチルフェニル基、3−メトキシフェニル基、3,5−ジクロロフェニル基などの芳香族基、アセチル基、ベンゾイル基などのアシル基、アセトキシ基、ベンゾイルオキシ基などのアシルオキシ基、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子などのハロゲン原子が挙げられる。ハロゲン原子の置換した炭素原子は他のハロゲン原子で置換されていないことが好ましく、ハロゲン原子が置換した炭素原子は1級、2級、又は3級であり、好ましくは1級又は2級、特に好ましくは1級である。
【0012】
以下に、本発明の製造方法で合成される、環内エーテル結合を有する環を少なくとも2個持つカルボン酸のエステルの具体例を表1に挙げるが、本発明の範囲はこれらのみに限定されるものではない。なお表1中の構造AないしBは[化1]ないし[化4]に示すとおりである。[化1]ないし[化4]及び表1中、Rはアルキル、Meはメチル、Etはエチル、Phはフェニルを示す。
【0013】
【化1】

【0014】
【化2】

【0015】
【化3】

【0016】
【化4】

【0017】
【表1】

【0018】
本発明の製造方法についてさらに詳細に説明する。
本発明の製造方法に用いられる前記のカルボン酸の銀塩の調製はカルボン酸のナトリウム塩を50%エタノールに溶かし、これに10%過剰量の硝酸銀を含む硝酸銀水溶液を加えた後、溶媒を留去することにより(これは非特許文献7:M. Pinkerton, L. K. Steinrauf, Journal of Molecular Biology, 49, 533-546, (1970) に記載されている。)、あるいは、カルボン酸のテトラメチルアンモニウム塩をクロロホルムに溶かし、これに硝酸銀水溶液を混合して激しく撹拌した後、クロロホルム層を分離して水洗した後、溶媒を留去することにより(これは非特許文献8:M. Mimouni, M. Hebrant, G. Dauphin, J. Juillard, Journal of Chemical Research (M), 1996, 1416 に記載されている。)行うことができる。この他本発明の実施例に示すとおり、カルボン酸を含水有機溶剤に溶かし、これに酸化銀を加えて撹拌した後、不要物を濾過して除き、溶媒を留去することによっても行うことができる。
【0019】
本発明において、環内エーテル結合を有する環を少なくとも2個有する環状部を持つ有するカルボン酸の銀塩とハロゲン化アルキルとを反応させる際に、溶媒を用いても用いなくてもよいが、溶媒を用いるほうが好ましい。この合成反応に用いる溶媒およびその量は、溶質にあわせてその選択を容易に行うことができる。溶媒としては該カルボン酸の銀塩と該ハロゲン化アルキルをともに溶解し得るものが好ましく、しかも該銀塩および該ハロゲン化アルキルと実質的に反応しないものが好ましい。用いる溶媒は単独であっても混合物であっても良い。混合物の場合、各溶媒成分が均一に混和し得るものであっても、混和しないものでも良いが、均一に混和し得るものが好ましい。溶媒の構造としては、水、メタノール、エタノール、2−プロパノール、ブタノール、ベンジルアルコール、エチレングリコール、プロピレングリコール、2,2,3,3−テトラフルオロ−1−プロパノールなどのプロトン性溶媒、ジエチルエーテル、メチル−t−ブチルエーテル、エチレングリコールジメチルエーテル、ジエチレングリコールジメチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジオキサンなどのエーテル類、石油エーテル、リグロイン、ヘキサン、シクロヘキサン、メチルシクロヘキサン、テトラリン、デカリン、ベンゼン、トルエン、キシレン、ビフェニルなどの炭化水素類、酢酸エチル、乳酸エチル、炭酸プロピレンなどのエステル類、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、N−メチルピロリドン、N,N−ジメチルイミダゾリン−2−オン、アセトン、2−ブタノン、4−メチル−2−ペンタノン、シクロヘキサノンなどのケトン類が挙げられる。とりわけエーテル類が好ましく、特に環状エーテル類が好ましい。
【0020】
本製造方法における反応温度は、副反応を抑制する上では低温ほど好ましく、反応時間を短縮する上では高温ほど好ましいが、氷点以上かつ溶媒の沸点以下、または氷点以上かつハロゲン化アルキルの沸点以下に設定することが好ましい。具体的には、好ましくは0〜180℃、より好ましくは5〜80℃であるが、これに制限されるものではない。
【0021】
本発明の製造方法において、反応時間は、好ましくは0.5〜24時間、より好ましくは0.5〜4時間である。
本発明の製造方法におけるエステル化反応は、強酸又は強塩基を添加せずに行うことができる。
本発明の製造方法において、少なくとも2個の、環内エーテル結合を有する環よりなる環状部を持つカルボン酸銀塩と前記のハロゲン化アルキルは互いに過不足なく反応し得る量を用いることが好ましい。つまりカルボキシル基の数とハロゲン原子−炭素結合の数が一致するように、夫々の化合物の量を定めることが好ましいが、これに制限されず、いずれかを過剰に用いることもできる。
【0022】
反応に関わる化合物および溶媒を混合する順序には特別な決まりは無く、各物質を反応容器に加えるに際して、別々に加えても、同時に加えても良く、一つの物質を分割して添加しても良い。
【0023】
生成物のエステルは反応後生じたハロゲン化銀の結晶を濾過して除去し、濾液を濃縮乾固すれば、高純度のエステルを得ることができるが、さらにクロマトグラフィーによる精製処理を行っても良い。
【実施例】
【0024】
次に本発明を実施例に基づいて、さらに詳細に説明するが、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
【0025】
実施例1:モネンシンメチルエステル(化合物1)の合成
カルビオケム(Calbiochem)社製モネンシンナトリウム塩15g(21.7mmol)を150mLのクロロホルムに溶かし。0.1mol/Lの塩酸300mL(30mmol)を加えて1時間激しく撹拌した。有機層を水洗し、脱脂綿を詰めた短いカラムを通して水分を除いた後、減圧下室温で濃縮乾固した。残留物をアセトン120mLに溶解した後、撹拌下に120mLの水を滴下した。生じた結晶を濾取し、アセトン−水(容積比1:1)100mLをかけて洗い、減圧下に乾燥して13.3g(収率88.9%)のモネンシン一水和物を得た。乳白色結晶;融点113−116℃;IR(Nujol):3540,3330、1705 cm−1
【0026】
モネンシン一水和物7g(10.2mmol)にテトラヒドロフラン30mL、水3mL,実験化学講座(日本化学会編、丸善発行)17巻、533ページに記載の方法により作りたての酸化銀5g(21.6mmol)を加えて室温で2時間撹拌した。不溶物を濾過して除き、溶媒を40℃以下で減圧留去した。残留物にアセトン270mLを加え、不溶物をセルロース粉を詰めたカラムを通して除き、撹拌しつつ、水270mLを滴下した。生じた結晶を濾取し、アセトン−水(容積比1:1)100mLをかけて洗い、減圧乾燥して5.1gのモネンシン銀塩二水和物を得た。乳白色結晶;融点183℃(分解);IR(Nujol)1550 cm−113C−NMR(CDCL):δ8.31, 10.59, 11.18, 14.62, 16.11, 16.76, 16.89, 27.36, 27.88, 30.00, 30.86, 32.22, 33.07(2C), 33.66, 34.70, 34.96, 36.06, 36.71, 37.43, 39.51, 44.96, 57.96, 64.91, 68.42, 71.48, 76.28, 83.04, 85.38, 86.55, 87.59, 97.66, 108.19, 181.81 ppm.元素分析: C3661AgO11・2HOとして、計算値: C, 53.13, H, 8.05 %; 実測値: C, 52.95, H, 8.04 %.
【0027】
モネンシン銀塩二水和物4.5g(5.5mmol)にテトラヒドロフラン2mLとヨウ化メチル15mLを加え3時間加熱還流した。放冷後不溶物を濾過して除き、40℃以下で溶媒を減圧留去した。残留物をカラムクロマトグラフィー(Merck社製7734シリカゲル;ベンゼン−酢酸エチル 容積比1:1、Rf:0.4−0.5)にて精製後、40℃以下で減圧乾固し、さらに真空ポンプで減圧下に20時間乾燥して無色無定形固体(35℃付近に不明瞭な融点を示した)として2.6gのモネンシンメチルエステル(化合物1)を得た。[α] AcOEt: 51°, MS m/z 684;IR(Nujol):1740cm−1。IR(CHCl):3425, 3279, 1721cm−1H−NMR(CDCl):δ3.71(COOCH); 13C−NMR(CDCl):δ8.06, 11.11, 12.22(2C), 15.72, 16.18, 17.41, 25.80, 27.94, 29.70, 31.19, 32.49, 32.94, 33.66, 34.50, 34.89, 35.21, 36.06, 36.91, 37.17, 39.12, 40.94, 58.29, 67.45, 68.10, 71.41, 76.28, 76.74, 81.74, 83.69, 85.77, 86.36, 87.27, 97.14, 107.80, 176.16 ppm.元素分析: C376411として、計算値: C, 64.89, H, 9.42 %; 実測値: C, 65.16, H, 9.51 %.


【特許請求の範囲】
【請求項1】
環内エーテル結合を有する環を少なくとも2個持つカルボン酸の銀塩とハロゲン化アルキルとを反応させることを特徴とする少なくとも2個の環内エーテル結合を有するカルボン酸エステルの製造方法。
【請求項2】
環内エーテル結合を有する環を少なくとも2個持つカルボン酸が少なくとも1個のスピロケタール基を有する請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
環内エーテル結合を有する環を少なくとも2個持つカルボン酸がモネンシン(monensin)、ナイジェリシン(nigerisin)、ラサロシド(lasalocid)またはサリノマイシン(salinomycin)である請求項1に記載の製造方法。
【請求項4】
環内エーテル結合を有する環を少なくとも2個持つカルボン酸がモネンシン(monensin)、ナイジェリシン(nigerisin)、またはサリノマイシン(salinomycin)である請求項1または2に記載の製造方法。

【公開番号】特開2008−230980(P2008−230980A)
【公開日】平成20年10月2日(2008.10.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−69246(P2007−69246)
【出願日】平成19年3月16日(2007.3.16)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】