説明

エタノールの測定法

【課題】真核微生物を用いて感度良くエタノールを測定する方法を提供する。
【解決手段】真核微生物によりエタノールを代謝させ、該真核微生物の代謝活性を測定することにより、エタノールを含有する溶液中のエタノール量を検出または定量するエタノールの測定法において、真核微生物がエタノールを代謝する際に、酸化型の脂溶性メディエーターおよび酸化型の親水性メディエーターを存在させ、生成する還元型のメディエーターを電極により検出または定量する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エタノールの測定法に関する。更に詳しくは、真核微生物を用いたエタノールの測定法に関する。
【背景技術】
【0002】
試料中に含まれるアルコールの簡易な定量を実現させることを目的として、近年、酵素が持つ特異性のある触媒作用を利用した種々の測定方法が開発されている。アルコール濃度の簡便な測定法は、酒類、発酵製品及び食品を製造する企業からの需要が高いだけではなく、最近では植物原料から生産されるバイオエタノールを製造する企業からの需要も伸び始めている。
【0003】
特許文献1には、試料中のアルコールを酵素を用いて定量する方法が提案されている。これは、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(以下、NADとする)またはニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(以下、NADPとする)の存在下、基質であるアルコールを選択的に酸化する酵素であるアルコールデヒドロゲナーゼ(以下、ADHとする)と反応させてなるアルコールの酸化反応過程において、生成するNADHまたはNADPHを酸化型の電子伝達体によって酸化し、還元型の電子伝達体を得、得られた還元型の電子伝達体を電極で酸化し、このとき流れる電流を測定する方法が提案されている。
【特許文献1】特開2002−340838号公報
【0004】
ここで、アルコールオキシダーゼ(以下、AOとする)を酵素として用いた場合はNADHおよびNADPHは不要であり、AOに対する人工の電子伝達体を使用して、それぞれの還元体を電極において酸化することにより得られる電流を、ADHの場合と同様に試料中のアルコール濃度の指標として用いることもできる。
【0005】
しかし、以上に示した酵素は精製コストが極めて高いだけでなく、安定性にも問題があるため、実用化が難しい技術の一つであった。
【0006】
一方、微生物によるエタノールの資化性を利用したバイオセンサー法も開発されている。これは河川や産業排水の水質管理技術として確立しているBOD(生物化学的酸素要求量)センサーの原理を応用したものである。このBODセンサー法ではトリコスポロン属の酵母を溶存酸素電極の表面に固定して、酵母が河川や排水中に含まれる有機汚濁物質を資化することで消費された溶存酸素の濃度を酸素電極で測定するものであり、この方法によれば、河川や排水中に含まれるさまざまな有機物質の総量を有機汚濁物質としてまとめて測定ができる特徴がある。これと同様の原理を用いたエタノールセンサーの一例として、酵母の代わりにGluconobacter oxydansを使用した例がある。しかし、測定溶液中にごく僅かしか溶存しない酸素の濃度を高感度に測定する必要があることから、測定システムが必然的に大きくなってしまうなどの問題点があり、試験室や工場などの屋内に限らず、身近な簡易計測としてのエタノールの測定には向かない場合があった。また測定システム上、溶存酸素の非常に低い試料液にあっては正確な値を測定することが難しいという限界もあった。
【非特許文献1】A.N.Reshetilov et al, Biosens. Bioelectron., 13, 787(1998)
【0007】
かかる問題に対して、溶存酸素量が低い場合にあってもエタノールの正確な測定を可能とするメディエーターを用いたエタノール測定法が同じ菌体を使用して開発された。かかる測定法は、溶存酸素に比べて液体中の溶解濃度が高い電子の濃度を指標とした電気化学(電極)測定型であり、エタノールの正確な測定および測定装置の小型化を可能とするといった画期的なものであった。
【非特許文献2】J.Tkac et al., Biosens. Bioelectron., 18, 1125(2003)
【0008】
しかるに、かかる測定法は微生物がエタノールを代謝することによる電子伝達系の電子の移動を検知するものであるため、呼吸鎖の電子伝達がミトコンドリア内で行われる真核微生物を用いた場合には、測定感度に乏しいとされ、原核微生物を利用した測定法が数多く提案されているにとどまるのが現状である。しかしながら、原核微生物は培養や前処理などにおける操作性や保存安定性に問題があり、種々の測定法に応用し、実用化する場合の障壁となっており、真核微生物を用いたメディエーター型のエタノール測定法の開発が望まれている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、真核微生物を用いて高感度にエタノールを測定する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
かかる本発明の目的は、真核微生物によりエタノールを代謝させ、該真核微生物の代謝活性を測定することにより、試料溶液中のエタノール量を検出または定量する測定法において、真核微生物がエタノールを代謝する際に、酸化型の脂溶性メディエーターおよび酸化型の親水性メディエーターを存在させ、生成する還元型の親水性メディエーターを電極により検出または定量するエタノールの測定法によって達成される。
【発明の効果】
【0011】
本発明方法によれば、培養や前処理などにおける操作性や保存安定性に問題がある原核微生物を用いることなくエタノールを測定することができるとともに、その測定感度に関しても、従来提案されていた真核微生物を用いたエタノールの測定法と比較して、0.1〜350μlといった少量の試料を用いた場合であっても、数倍程度高感度となるといったすぐれた効果を奏する。さらに、脂溶性メディエーターをジメチルスルホキシド(DMSO)に溶解して用いた場合には、測定感度の向上およびバックの減少を達成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
真核微生物としては、エタノールを代謝することにより電子伝達系に電子の移動が起こるものであればよく、従来技術により分離・培養可能な微生物であれば特に制限なく用いることができ、取扱い容易といった観点からは、酵母、例えばSaccharomyces cerevisiaeTrichosporon cutaneumTrichosporon fermentansTrichosporon brassicaeCandida属、Aspergillus属などが挙げられ、好ましくはパン酵母として周知のSaccharomyces cerevisiaeTrichosporon cutaneumなどが用いられる。Saccharomyces cerevisiae(サッカロミセス・セルビジエ)は、酒造用の酵母でもあるため、他の微生物と比較してもエタノールに対する耐性が極めて高いことが特徴であるほか、エタノールとグルコース以外の有機物に対する資化性が低いため、測定試料液中にグルコースさえ含まれていなければ選択的なエタノールの定量が期待でき、また、家庭などで手軽にパンをつくるための市販品をそのまま用いることができるといった多くの特長がある。ここで、使用する微生物は生菌の状態、好ましくは対数増殖期の状態で用いることもできるし、実用性を考慮し、何らかの方法により保存が可能な形態、例えば死菌などの状態で用いることもできる。生菌を用いる場合、反応時における菌体の濃度は、OD600=0.1以上、好ましくは0.5〜30程度、さらに好ましくは1.5〜15程度で用いられる。
【0013】
酸化型の脂溶性メディエーターとしては、メナジオン(2-メチル-1,4-ナフトキノン)、ベンゾキノン、1,2-ナフトキノン、ユビキノン、ハイドロキノン、2,6-ジクロロベンゾキノン、2-メチルベンゾキノン、2,5-ジヒドロキシベンゾキノン、2-ヒドロキシ-1,4-ナフトキノンなどのキノン類、2,3,5,6-テトラメチル-1,4-フェニレンジアミン、N,N-ジメチル-p-フェニレンジアミンなどのベンゾアミン類が用いられ、好ましくはメナジオン、ベンゾキノン、1,2-ナフトキノン、2,3,5,6-テトラメチル-1,4-フェニレンジアミン、N,N-ジメチル-p-フェニレンジアミンが用いられる。脂溶性メディエーターは、好ましくはジメチルスルホキシドに溶解されて用いられる。メナジオンをDMSOに溶解して用いる場合には、反応液中のメナジオン濃度が20〜1000μM、好ましくは100〜400μMとなるように用いられる。メナジオンが、これ以上の濃度で用いられると、電極の再利用が困難になり、一方これ以下の濃度で用いられると有機物に対する応答が低下する。また、DMSOは反応液中に3%以下、好ましくは1%以下となるように用いられる。DMSOがこれ以上の割合で反応液中に添加されると、センサー応答値が低くなるため好ましくない。
【0014】
酸化型の親水性メディエーターとしては、リボフラビン、L-アスコルビン酸、フラビンアデニンジヌクレオチド、フラビンモノヌクレオチド、ニコチンアデニンジヌクレオチド、ルミクロム、グルタチオン、パーオキシダーゼ、チトクロムC、フェレドキシン等の生体酸化還元物質またはその誘導体、ヘキサシアノ鉄(III)カリウム、ヘキサメチレンテトラミンルテニウム、カルボキシメチル化フェロセン、DCIP、1-M-PMS、9-ジメチルアミノベンゾ-α-フェナゾキソニウムクロライド、Fe-EDTA、Mn-EDTA、Zn-EDTA、メソスルフェート、メチルビオローゲン、デュロヒドロキノン、フェロセンカルボン酸、フェナジンメトスルフェートなどが用いられ、好ましくはヘキサシアノ鉄(III)カリウム、ヘキサメチレンテトラミンルテニウム、カルボキシメチル化フェロセン、DCIP、1-M-PMS、9-ジメチルアミノベンゾ-α-フェナゾキソニウムクロライドが、さらに好ましくはヘキサシアノ鉄(III)カリウム、ヘキサメチレンテトラミンルテニウム、カルボキシメチル化フェロセンが用いられる。
【0015】
酸化型の脂溶性メディエーターおよび酸化型の親水性メディエーターとは、還元型となった脂溶性メディエーターによって酸化型の親水性メディエーターから還元型のメディエーターが生成されるような組合せで用いられ、これらの濃度は、それぞれ一般に40nM以上、好ましくは50nM〜500mM、さらに好ましくは100nM〜50mM程度で用いられる。このように酸化型の脂溶性メディエーターおよび酸化型の親水性メディエーターを組み合わせて用いることにより、0.1〜350μlといった少量の試料を用いてのエタノールの測定が可能となるといった優れた効果を奏する。
【0016】
以上の真核微生物およびメディエーターに加えて、本発明方法においてはスーパーオキシドジスムターゼ(EC 1.15.1.1)を用いることが好ましい。スーパーオキシドジスムターゼは、超酸化物不均化酵素ともよばれ、スーパーオキシドアニオンラジカルの不均化反応を触媒する働きを有するため、酸素ラジカルから酸素および過酸化水素を生成し、本方法での測定感度をアップさせることができる。
【0017】
エタノールの測定は、酸化型の脂溶性メディエーターおよび酸化型の親水性メディエーターの存在下、好ましくはさらにスーパーオキシドジスムターゼの存在下において、真核微生物により溶液中のエタノールを代謝させ、該真核微生物の代謝活性を測定することにより行われる。ここで、エタノールの代謝中における菌体の活性を良好に保つため、反応層内には少なくとも10mM程度以上のリン酸イオンが含まれることが望ましい。これは、10mMリン酸緩衝液(phosphate buffer; PBは Na2HPO4・12H2O 3.58gまたはNaH2PO4・2H2O 1.56g を純水 1lにそれぞれ溶解して、両者を混ぜ合わせてpH 7.0に調整し、121℃, 15分間オートクレーブ滅菌したもの、あるいは1倍のリン酸緩衝生理食塩水(phosphate buffer saline;PBSはNaCl 8g、Na2HPO4・12H2O 2.9g、KCl 0.2g、KH2PO4 0.2gを純水に溶解してpH 7.0に調製した後、全量を1lとし、121℃, 15分間オートクレーブ滅菌したものなど、好ましくはリン酸緩衝液が用いられる。ここで、10mM程度のリン酸イオンが含まれることで、試料液のpHの影響を緩衝する作用も奏する。また、後述するエタノールセンサーを利用する場合、これを再利用するといった観点からは、反応液中に界面活性剤、例えばTriton-Xが、反応液中好ましくは0.00001〜0.1%程度、さらに好ましくは0.0001〜0.01%程度添加される。これにより、測定回数が増すにつれてセンサーの応答値が大きく減少するといった不具合を解消することができる。
【0018】
代謝活性は、溶液中に生成する還元型の親水性メディエーターを、少なくとも作用極および対極を有する電極を溶液中に浸漬した後、作用極および対極との間に電位差を負荷した際に両電極間に流れる電流を測定することによって算出される。
【0019】
測定に際しては、予め電極上に真核微生物、酸化型の脂溶性メディエーターおよび酸化型の親水性メディエーター、好ましくはさらにスーパーオキシドジスムターゼを存在させておき、これにエタノールを含有する溶液を添加することにより、エタノールの測定を可能とするエタノールセンサーを用いることもできる。かかるセンサーとしては、例えば基板上に作用極および対極、さらに必要に応じて参照極を設け、作用極上および/またはその付近に真核微生物、酸化型の脂溶性メディエーターおよび酸化型の親水性メディエーター、好ましくはさらにスーパーオキシドジスムターゼを配したセンサーなどが挙げられる。このようなセンサーとしては、例えばセラミックス、ガラス、プラスチック、紙、生分解性材料(例えば、微生物生産ポリエステル等)などの絶縁性基板にスクリーン印刷法、蒸着法、スパッタリング法などによって白金、金、カーボン等から形成された各電極が形成され、作用極上および/またはその付近に架橋法、共有結合法、イオン結合法等により微生物等を固定したものなどが用いられる。
【0020】
このようなセンサーとして、好ましくは底部絶縁性基板上にスペーサーを介して、底部絶縁性基板側の表面に少なくとも作用極および対極の2電極を設けた上部絶縁性基板を配し、さらに好ましくは作用極上および/またはその周辺部にメディエーター層または微生物−メディエーター混合物層を配したものなどが用いられる。かかるセンサーは、一般的なセンサーとは異なり、試料液面と接するようにあるいは試料液中に浸漬するように電極が存在しているため、試料液中に存在する粒子状物質、例えば砂利などが電極表面に堆積することによる測定値への影響を排除しうるといった効果を奏する。さらに、センサーの反応層内に撹拌石を入れ、センサー下方に撹拌システムを設けることで、反応溶液を連続的に撹拌することができるため、反応効率の向上及び繰り返し再現性の向上が期待できる。また、測定時に撹拌を止めることで、正確な電気化学測定ができる。
【0021】
電流値の測定は、エタノールを含有する溶液と微生物等を反応させた後、正確に0〜60分まで、好ましくは0.5〜30.5分までの経時的な電流値の変化を、例えば北斗電工社製品SHV−100、BAS社製品CHI-1202など電気化学アナライザーを使用し、電気化学測定法、例えばクロノアンペロメトリー法などを用い、電極間に負荷した電位に対する生成した還元型メディエーターによる応答を確認することにより行われる。電極間に負荷する電位は、特に限定されないが、生成される過酸化水素も併せて測定することを目的とする場合には、0.7〜1.1V、好ましくは0.8〜1.0Vが選択される。
【0022】
電極端子は、測定装置に接続され、電極間に生じた電気的な値を測定する。この測定装置には、電極における電気的な値を計測する計測部と、計測された値を表示する表示部が備えられる。この計測部における計測方法としては、上述した如くクロノアンペロメトリー法などを用いることができる。
【0023】
また、この装置には計測値を保存するためのメモリーを備えることもできる。さらに、測定値を遠隔的に管理する場合には、計測部に計測データを送信する無線手段、好ましくは非接触型ICカードまたは短距離無線通信(例えば、ブルートゥース;登録商標)などの無線手段を搭載することもできる。
【実施例】
【0024】
次に、実施例について本発明を説明する。
【0025】
実施例1
凍結乾燥されたパン酵母菌体(日清製粉製品)をスパーテルで極少量取り、18mm径×180mmの試験管に入れたYPD液体培地(酵母エキス10g、ポリペプトン20g、グルコース20gを純水に溶解し、全量を1,000mlにした後、121℃、15分間の条件下でオートクレーブ滅菌したもの)2mlに接種し、シリコ栓で蓋をして28℃、180rpm、好気条件下で18時間振とう培養を行った。次いで、YPD寒天培地(酵母エキス2g、ポリペプトン4g、グルコース4g、寒天4gを純水に溶解し、全量を200mlにした後、121℃、15分間の条件下でオートクレーブ滅菌したもの)を、クリーンベンチ内でシャーレに約20mlずつ入れ、恒温器(アーンスト・ハンセン商会製品BARNSTEAD/THERMOLYNE LAB-LINE 120-5JPN)内で乾燥させたものに、乾燥酵母から培養を行った酵母液を白金耳で網目模様に接種し、28℃で二晩前培養を行った。
【0026】
YPD寒天培地上のコロニーから菌体を白金耳でYPD液体培地2mlに接種し、28℃、180rpm、好気条件下で13〜14時間振とう培養を行い、さらに500ml容量の坂口フラスコ中で、YPD液体培地50mlに最終濃度が0.5%となるよう前培養液を接種し、シリコ栓で蓋をして、28℃、120rpm、好気条件下で9〜10時間本培養を行った。細胞の増殖相は、対数増殖期(OD600=0.9以上)に達していた。
【0027】
本培養液全量を遠沈管に移した後、4℃、3000rpmの条件下で3分間の遠心分離を行い、集菌を行った。集菌後、0.9%生理食塩水で3回洗浄を行った後、ペレット状の酵母を25mlの0.9%生理食塩水で懸濁し、50ml遠沈管内で2時間エアレーションを行った後、再び洗浄操作を三回繰り返した。洗浄後、最終菌体濃度がOD600=61.9〜75.7となるように0.9%生理食塩水を加え、酵母液をボルテクスミキサーとピペッティングでよく分散させて菌体懸濁液(酵母液)を調製した。
【0028】
微小な撹拌機(アズワン社製、セルスターCC-303)を下に配置させた上にセンサーチップを置き、そのセンサーチップ内に予め、純水380μl、0.05%(w/v)Triton-X 100 5μl、pH 7.0、10倍 PBSまたは100mM PBで調製した0.4Mフェリシアン化カリウム(和光純薬工業製品)50μl、DMSOに溶解した20mMメナジオン5μl、濃度が100%のエタノール標準液10μlを撹拌石による撹拌で混合し、最後に反応の開始剤として、0.9%生理食塩水で調製されたOD600=75.7の酵母液50μlを混合液の中へ加え、チップ内の反応液の体積を500μlとした。撹拌条件下で反応を正確に5分間行い、電気化学測定器(BAS社製、CHI-1202)を使用したクロノアンペロメトリー法により電位を0.9Vに設定し、反応時と同じ撹拌条件下で電流値の測定が行われた。測定は各標準溶液につき3回行った。
【0029】
ここで、センサーとしては、外寸法40×18×4.5mm、反応槽寸法10×12.5×4.5mm(反応槽内容積562.5mm3)であるセンサーチップが用いられた。具体的には、厚さ188μmの透明なポリエチレンチレフタレートを、35mm×18mmの本体および16mm×6.0mmの支持部となるように打ち抜き、底部絶縁性基板を作製した。この底部絶縁性基板上に、厚さ1mmで10mm×12.5mmのスペースを有する、底部絶縁性基板と同一外形の下部スペーサーをアクリル系接着剤を用いて接着した。下部スペーサー上には、厚さ25μmの接着剤層が設けられ、上部絶縁性基板をさらに接着した。この上部絶縁性基板は、底部絶縁性基板と同じ厚さの同素材を用い、40mm×18mmの本体、21mm×6.0mmの支持部および3mmの間隔を空けて8mm×3mmのくし状基板部を有する10mm×12.5mmのスペースを形成したものであり、この底部絶縁性基板側の表面上には、2本のくし状基板部分に、7.5mm×2mmの導電体 2本を、また支持部においては、21mm×2.6mmの2本の導電体を0.6mmの間隔を空けて、厚さ10μmのカーボンインクをスクリーン印刷法により形成した。上部絶縁性基板上には、下部スペーサーと同一素材で同一形状の上部スペーサー 3枚を接着剤を用いて貼り合わせた。このようにして作製されたバイオセンサの反応スペース内容積は、上述の如く約560mm3であった。
【0030】
得られた結果は、次の表1に示される。この表に示されるように、PBSと比べ、塩ストレスの少ないPBのほうがエタノールに対してより高い応答が得られた。
表1

【0031】
実施例2
実施例1において、フェリシアン化カリウムの代わりに同量のpH 7.0、100mM PBで調製した濃度が合計で40mMになるそれぞれ異なる濃度のフェリシアン化カリウムとフェロシアン化カリウム(和光純薬工業製品)の混合液(FF混合液)が、また酵母液として同量のOD600=61.9のものが、また反応時間が0分間に変更されて測定が行われた。得られた結果は、図1に示される。この図に示されるように、フェロシアン化カリウムの濃度の増加に伴い、電極応答値が直線的に大きくなる結果が示された。ここで、各濃度のFF混合液を3回ずつ測定して得た検出の上限は10mM、下限は0.03mM、変動係数(CV値)の平均値は1.74%、相関係数は0.1〜10mMの範囲でr = 0.9995であった。以上より、親水性メディエーターであるフェロシアン化カリウムに対しては極めて広い範囲(0.1〜10mM)で正の相関を示す応答が得られることが示された。
【0032】
実施例3
実施例1において、反応液として純水290μl、0.05%(w/v)Triton-X 100 5μl、pH 7.0、100mMリン酸緩衝液で調製した0.4Mフェリシアン化カリウム(和光純薬工業製品)50μl、DMSOに溶解した20mMメナジオン5μlおよび濃度が0、0.015、0.035、0.05、0.15、0.35、0.5、1.5、3.5、5、10、15、35、50、75および100%のエタノール標準液100μlが、また酵母液として0.9%生理食塩水で調製されたOD600=67.5のものが同量用いられた。得られた結果は、図2に示される。この図に示されるように、エタノールの増加に伴う微生物の代謝活性の高まりを、電極応答値により測定できることが示された。ここで、各標準溶液を3回測定して得た検出の上限は50%、下限は0.015%(150ppm)、変動係数(CV値)の平均値は4.53%、相関係数は0.05〜0.5%の範囲でγ=0.995、また0.035〜1.5%の範囲でr=0.971であった。以上より、エタノールに対しては極めて広い範囲(0.015〜50%)で正の相関を示す応答が得られることが示された。
【0033】
実施例4
実施例1において、反応液として純水330μl、0.05%(w/v)Triton-X 100 5μl、純水で調製した40mMフェリシアン化カリウム水溶液50μl、pHが5.0、6.0、7.0、8.0および9.0の100mM リン酸緩衝液 50μl、DMSOに溶解した20mMメナジオン5μlおよび100%のエタノール標準液10μlを用い、酵母液として同量のOD600=73.1のものが用いられた。得られた結果は、図3に示される。この図に示されるように、pHに対して大きな影響を受けないことが示された。この結果により、試料液が酸性の強い果汁を含むアルコール飲料水であっても、試料体積を現状の10μl程度で行うのであれば、反応液内の緩衝液による緩衝能によりpHが今回試した範囲に緩衝されるため、十分な感度を持ってエタノールの定量が出来ることが示された。
【0034】
実施例5
実施例1において、反応液として100%エタノールの代わりに濃度が0.01、0.03、0.07、0.1、0.3、0.7、1.0、3.0および7.0%アスコルビン酸水溶液または純水10μlを、また酵母液の代わりに0.9%生理食塩水が同量用いられ、さらに反応時間が0分間に変更されて測定が行われた。得られた結果は、図4に示される。この図に示されるように、アスコルビン酸濃度の増加に伴う電極応答値の高まりを測定できることが示された。ここで、各標準溶液を3回測定して得た検出の上限は10%、下限は0.03%、変動係数(CV値)の平均値は2.76%、相関係数は0.03〜7%の範囲でr=0.998であった。以上より、アスコルビン酸に対して、極めて広い範囲(0.03〜7%)で正の相関を示す応答が得られることが示された。
【0035】
従って、本法において、試料液中に含まれるアスコルビン酸に対する影響は0.03〜7%アスコルビン酸の範囲で受ける反面、この濃度範囲においてはアスコルビン酸濃度を正確に定量可能であることが示され、アスコルビン酸を含む試料中を測定する場合、まずアスコルビン酸を定量してからエタノールを定量する方法も可能であると考えられる。この場合には、例えば試料液を添加する前の電極応答値(a)を測定し、続いて、試料液を添加した直後(反応時間0分間)の電極応答値(b)を求め、アスコルビン酸に対する応答値(b-a)としておき、そこからさらに酵母液を添加して5分間反応させた後の電極応答値(c)から、試料液中のエタノールに対する応答値(c-b)を求める二項目同時測定法も考えられる。
【0036】
参考例1
実施例1において、反応液として純水440μl、100mM(pH 7.0)リン酸緩衝液50μl、試料液10μlを用い、酵母液を用いずに反応時間を0分間に変えて測定が行われた。試料液としては、10%エタノール、純水、1%アスコルビン酸溶液、0.5M過酸化水素溶液、0.5Mグルコース溶液または炭酸水が用いられた。得られた結果は、次の表2に示される。この参考例は、果汁などを含むアルコール飲料中のエタノール濃度を測定するに当り、この果汁などに含まれるに含まれるビタミンC(アスコルビン酸)が測定妨害物質となり得ることは実施例4に示される通りであるので、これをアスコルビン酸オキシダーゼ(AOD)により処理した場合に発生する過酸化水素、酵母がエタノールとともに最も好んで資化する有機物であるグルコースおよびお酒を割るのに使用する炭酸水(アサヒ飲料製品ウィルキンソン)が電極へ影響を及ぼすか否かについて検討を行ったものである。その結果、試料液として純水を用いた場合に対する電極応答と比較して、アスコルビン酸の電極応答は約25倍、また、過酸化水素の電極応答は約2.5倍であり、これらの成分の影響が確認された。一方、それ以外の成分については影響が見られなかった。なお、SDは標準偏差、RSDは相対標準偏差(変動係数 CV)を示している。
表2

【0037】
参考例2
実施例1において、反応液として純水390μl、100mM(pH 7.0)リン酸緩衝液50μl、純水に溶解させた50mMフェロシアン化カリウムと350mMフェリシアン化カリウム(FF)溶液50μl、試料液10μlを用い、酵母液を用いずに反応時間を0分間に変えて測定が行われた。なお、試料液としては、参考例1と同じものが用いられた。得られた結果は、次の表3に示される。この参考例は、水溶性メディエーターを含む緩衝液内に添加した成分の電極への影響を調べたものであるが、試料液として純水を用いた場合に対する電極応答と比較して、参考例1ほど大きな電極応答を示した成分はないものの、アスコルビン酸および過酸化水素の電極応答はやや大きい値を示した。
表3

【0038】
参考例3
実施例1において、反応液として純水量が380μlに、エタノール標準液の代わりに参考例1と同様の試料液10μlに、酵母懸濁液の代わりに0.9%生理食塩水にそれぞれ変更されて用いられ、酵母のみ含まない反応液に添加した成分の電極への影響についての検討が行われた。得られた結果は表4-iおよびiiに示される。この結果、参考例2の結果と類似して、試料液として純水を用いた場合に対する電極応答と比較して、アスコルビン酸および過酸化水素の電極応答は大きい値を示した。
表4-i

表4-ii

【0039】
以上の参考例1〜3より、アスコルビン酸と過酸化水素についてはエタノールの定量測定を行う前に、前処理により分解除去しておくか、これらの電極応答値を予め測定しておく必要性が示唆された。
【0040】
参考例4
参考例3において、試料液として0.5M過酸化水素水20μlを2単位のカタラーゼ(和光純薬製品Cat)を含む水溶液20μlとを10分間振とうして処理したもの、0.5Mグルコース20μlを20単位カタラーゼ(Cat)と20単位GOD(アマノエンザイム社製品)を含む酵素混合液20μlとを10分間振とうして処理したもの、および1%アスコルビン酸20μlを1単位のカタラーゼ(Cat)とAOD(和光純薬製品)を含む酵素混合液20μlとを10分間振とうして処理したものが用いられた。得られた結果は、次の表5に示される。この結果より、参考例3において電極応答に影響を及ぼしていた成分が酵素処理によって完全にその影響を取り除くことができることが示され、酵素処理された試料液であればその試料液中に含まれるエタノールの濃度を実施例1と同じ条件で正確に定量できる可能性が示された。
表5

【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明にかかるエタノールの測定法は、少試料量で、迅速、簡便、高感度かつ正確にエタノールを定量または検出することができるため、呼気中のエタノール、例えば飲酒後、呼気中に僅かに存在するエタノールの計測や製造工程を含めたバイオエタノール燃料の測定に有効に用いられる。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】フェロシアン化カリウム濃度に対する応答性を示すグラフである。
【図2】エタノール濃度に対する応答性を示すグラフである。
【図3】pHに対する応答性を示すグラフである。
【図4】アスコルビン酸濃度に対する応答性を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
真核微生物によりエタノールを代謝させ、該真核微生物の代謝活性を測定することにより、エタノールを含有する溶液中のエタノール量を検出または定量するエタノールの測定法において、
真核微生物がエタノールを代謝する際に、酸化型の脂溶性メディエーターおよび酸化型の親水性メディエーターを存在させ、生成する還元型の親水性メディエーターを電極により検出または定量することを特徴とするエタノールの測定法。
【請求項2】
真核微生物の有機物質の代謝が、10mM以上のリン酸イオン存在下で行われる請求項1記載のBODの測定法。
【請求項3】
酸化型の脂溶性メディエーターおよび酸化型の親水性メディエーターに加えて、さらにスーパーオキシドジスムターゼを存在させることを特徴とする請求項1記載のエタノールの測定法。
【請求項4】
真核微生物が酵母である請求項1記載のエタノールの測定法。
【請求項5】
脂溶性メディエーターがジメチルスルホキシドに溶解されて用いられる請求項1記載のエタノールの測定法。
【請求項6】
酸化型の脂溶性メディエーターが、キノン類またはベンゾアミン類である請求項1記載のエタノールの測定法。
【請求項7】
キノン類が、2-メチル-1,4-ナフトキノン、ベンゾキノンまたは1,2-ナフトキノンである請求項6記載のエタノールの測定法。
【請求項8】
ベンゾアミン類が、2,3,5,6-テトラメチル-1,4-フェニレンジアミンまたはN,N-ジメチル-p-フェニレンジアミンである請求項6記載のエタノールの測定法。
【請求項9】
酸化型の親水性メディエーターが、ヘキサシアノ鉄(III)カリウム、ヘキサメチレンテトラミンルテニウムまたはカルボキシメチル化フェロセンである請求項1記載のエタノールの測定法。
【請求項10】
呼気中のエタノールの計測またはバイオエタノール燃料またはバイオエタノール燃料の製造工程におけるモニタリング時の計測に用いられる請求項1及至9のいずれかに記載のエタノールの測定法。
【請求項11】
電極上に、真核微生物、酸化型の脂溶性メディエーターおよび酸化型の親水性メディエーターを存在させ、これにエタノールを含有する溶液を添加することにより、エタノールの検出または定量が行われるエタノールセンサー。
【請求項12】
電極上に、さらにスーパーオキシドジスムターゼを存在させた請求項11記載のエタノールセンサー。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−185534(P2008−185534A)
【公開日】平成20年8月14日(2008.8.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−21051(P2007−21051)
【出願日】平成19年1月31日(2007.1.31)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】