説明

エリアンサス属植物に特徴的なDNAマーカー

【課題】エリアンサス属植物に特徴的なDNAマーカー及び該DNAマーカーを利用したエリアンサス属植物又はその交配品種の選別方法を提供する。
【解決手段】特定の配列よりなる群から選択される少なくとも1種のヌクレオチド配列、又は該ヌクレオチド配列において1個〜数個のヌクレオチドが置換、付加、欠失若しくは挿入されたヌクレオチド配列、を含むDNAマーカー、並びに該DNAマーカーまたはその一部を被験植物由来のDNAサンプルにおいて検出することを含む、エリアンサス属植物又はエリアンサス属植物の交配品種を選別する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エリアンサス属植物に特徴的なDNAマーカーと、それを利用したエリアンサス属植物又はその交配品種の選別方法に関する。
【背景技術】
【0002】
バイオ燃料の原料としてサトウキビ(Saccharum spp.)がブラジルを中心に大規模に栽培・生産されている。このサトウキビにさらに優れた特性を付加するために、注目されているのがエリアンサス属(Erianthus spp.)植物である。エリアンサスの持つ特性は、(1)深根性(乾燥耐性の付加)、(2)株の旺盛な再生性(萌芽性)、(3)低肥料要求性、(4)低温耐性などが挙げられる。しかしながら、エリアンサス属はサトウキビ属と遺伝的に比較的離れているためサトウキビ研究で開発されたマーカーが使いにくく、エリアンサス属であると識別することは容易ではない。
【0003】
非特許文献1は、サトウキビ属、及びエリアンサス属を含むその類縁植物を分類・識別する手法として、5S rRNA領域中の遺伝子間スペーサー(intergenic spacer; ITS)領域の多様性を利用する手法を開示している。しかしこの手法はITS領域の長さの多様性に依存するため、PCR増幅断片の高精度の分析が必要となり、また、種間、属間で多様性の変動範囲が重複する場合にはこれらを識別することができないため、再現性が低くなる要因が多く存在する。
【0004】
また、サトウキビにエリアンサス属植物を交配して後代の種子を取得し、これが両者の交配であるかを判定する場合、エリアンサス属植物の5S rDNAを含む染色体ゲノムがサトウキビに移入することは保証されていないため、実際にサトウキビとエリアンサス属植物との交配品種であっても上記手法ではこれを識別できない可能性が高い。仮に5S rDNAが後代に移入されていた場合でも、上記のようなPCR増幅断片の高精度分析を要するという問題がある。
【0005】
このような理由で、精度の高い装置を保持していない開発途上国などでは、エリアンサス属植物やサトウキビとエリアンサス属植物との交配品種の選別が極めて困難な状況である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Y.B. Pan, D.M. Burner & B.L. Legendre, Genetica 108: 285-295, 2000
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
このような状況下、エリアンサス属植物と他の類縁植物とを簡便かつ高い再現性で識別可能な新規DNAマーカーを提供することは非常に有益である。
【0008】
したがって本発明は、エリアンサス属植物に特徴的なDNAマーカー、該DNAマーカーを利用したエリアンサス属植物又はその交配品種の選別方法、及び該方法に使用するためのキットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するため、Erianthus JW630から抽出したゲノムDNAを2種類の制限酵素で処理し、およそ3万個からなる約250bpの断片を取得した。次いで、取得した断片から、サトウキビの代表品種であるNiF8について知られているゲノム配列との重複がない断片を選別し、該断片のエリアンサス属植物の識別マーカーとしての能力を試験したところ、エリアンサス属植物と他の類縁品種とを識別することができる複数の断片を見出すことができ、本発明を完成させるに至った。
【0010】
すなわち本願発明は以下の特徴を包含する。
(1) 配列番号1に示すヌクレオチド配列、若しくは該ヌクレオチド配列において1個〜数個のヌクレオチドが置換、付加、欠失若しくは挿入されたヌクレオチド配列、を含む、エリアンサス属植物を識別することができるDNAマーカー。
【0011】
(2) 配列番号2に示すヌクレオチド配列、若しくは該ヌクレオチド配列において1個〜数個のヌクレオチドが置換、付加、欠失若しくは挿入されたヌクレオチド配列、を含む、エリアンサス属植物を識別することができるDNAマーカー。
【0012】
(3) 配列番号3に示すヌクレオチド配列、若しくは該ヌクレオチド配列において1個〜数個のヌクレオチドが置換、付加、欠失若しくは挿入されたヌクレオチド配列、を含む、エリアンサス属植物を識別することができるDNAマーカー。
【0013】
(4) 配列番号5に示すヌクレオチド配列、若しくは該ヌクレオチド配列において1個〜数個のヌクレオチドが置換、付加、欠失若しくは挿入されたヌクレオチド配列、を含む、エリアンサス属植物を識別することができるDNAマーカー。
【0014】
(5) 配列番号6に示すヌクレオチド配列、若しくは該ヌクレオチド配列において1個〜数個のヌクレオチドが置換、付加、欠失若しくは挿入されたヌクレオチド配列、を含む、エリアンサス属植物を識別することができるDNAマーカー。
【0015】
(6) 上記(1)〜(5)のいずれかに記載のDNAマーカー又はその一部を、被験植物由来のDNAサンプルにおいて検出することを含む、エリアンサス属植物又はエリアンサス属植物の交配品種を選別する方法。
【0016】
(7) 上記(1)〜(5)のいずれかに記載のDNAマーカー又はその一部を特異的に増幅可能なプライマーセットによる前記DNAサンプルのPCR増幅と、その後の分子量測定によって前記検出を行う、上記(6)記載の方法。
【0017】
(8) 前記プライマーセットは、配列番号7に示すヌクレオチド配列からなるプライマーと配列番号8に示すヌクレオチド配列からなるプライマーからなるプライマーセット;配列番号9に示すヌクレオチド配列からなるプライマーと配列番号10に示すヌクレオチド配列からなるプライマーからなるプライマーセット;配列番号11に示すヌクレオチド配列からなるプライマーと配列番号12に示すヌクレオチド配列からなるプライマーからなるプライマーセット;配列番号15に示すヌクレオチド配列からなるプライマーと配列番号16に示すヌクレオチド配列からなるプライマーからなるプライマーセット;並びに配列番号17に示すヌクレオチド配列からなるプライマーと配列番号18に示すヌクレオチド配列からなるプライマーからなるプライマーセット、よりなる群から選択される、上記(7)記載の方法。
【0018】
(9) 配列番号4に示すヌクレオチド配列、若しくは該ヌクレオチド配列において1個〜数個のヌクレオチドが置換、付加、欠失若しくは挿入されたヌクレオチド配列、を含むDNAマーカー又はその一部を検出することをさらに含む、上記(6)記載の方法。
【0019】
(10) 上記(1)〜(5)のいずれかに記載のDNAマーカー又はその一部を特異的に検出するための手段を含む、エリアンサス属植物又はエリアンサス属植物の交配品種を選別するためのキット。
【0020】
(11) 前記手段は、上記(1)〜(5)のいずれかに記載のDNAマーカー又はその一部を特異的に増幅可能なプライマーセットである、上記(10)記載のキット。
【0021】
(12) 配列番号7に示すヌクレオチド配列からなるプライマーと配列番号8に示すヌクレオチド配列からなるプライマーからなるプライマーセット;配列番号9に示すヌクレオチド配列からなるプライマーと配列番号10に示すヌクレオチド配列からなるプライマーからなるプライマーセット;配列番号11に示すヌクレオチド配列からなるプライマーと配列番号12に示すヌクレオチド配列からなるプライマーからなるプライマーセット;配列番号15に示すヌクレオチド配列からなるプライマーと配列番号16に示すヌクレオチド配列からなるプライマーからなるプライマーセット;並びに配列番号17に示すヌクレオチド配列からなるプライマーと配列番号18に示すヌクレオチド配列からなるプライマーからなるプライマーセット、の1種以上を含む、上記(11)記載のキット。
【0022】
(13) 配列番号13に示すヌクレオチド配列からなるプライマーと配列番号14に示すヌクレオチド配列からなるプライマーからなるプライマーセットをさらに含む、上記(11)記載のキット。
【0023】
(14) 前記手段は、上記(1)〜(5)のいずれかに記載のDNAマーカー又はその一部に相補的なヌクレオチド配列を有する少なくとも1種の核酸プローブである、上記(10)記載のキット。
【0024】
(15) 配列番号4に示すヌクレオチド配列、若しくは該ヌクレオチド配列において1個〜数個のヌクレオチドが置換、付加、欠失若しくは挿入されたヌクレオチド配列、を含むDNAマーカー又はその一部に相補的なヌクレオチド配列を有する核酸プローブをさらに含む、上記(14)記載のキット。
【発明の効果】
【0025】
本発明は、エリアンサス属植物を識別することができる新規DNAマーカーを提供する。
本発明の方法又はキットによれば、エリアンサス属植物又はその交配品種を簡便かつ高い再現性で選別することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】図1は、Es-1(配列番号1)を識別マーカーとして利用することで、エリアンサス属植物を選別できることを示す。図中、矢印は検出対象の識別マーカーの位置を示す。
【図2】図2は、Es-2(配列番号2)を識別マーカーとして利用することで、エリアンサス属植物を選別できることを示す。図中、矢印は検出対象の識別マーカーの位置を示す。
【図3】図3は、Es-3(配列番号3)を識別マーカーとして利用することで、エリアンサス属植物を選別できることを示す。図中、矢印は検出対象の識別マーカーの位置を示す。
【図4】図4は、Es-4(配列番号4)を識別マーカーとして利用することで、エリアンサス属植物を選別できることを示す。図中、矢印は検出対象の識別マーカーの位置を示す。
【図5】図5は、Es-5(配列番号5)を識別マーカーとして利用することで、エリアンサス属植物を選別できることを示す。図中、矢印は検出対象の識別マーカーの位置を示す。
【図6】図6は、Es-6(配列番号6)を識別マーカーとして利用することで、エリアンサス属植物を選別できることを示す。図中、矢印は検出対象の識別マーカーの位置を示す。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明は、エリアンサス属植物を識別することができるDNAマーカー(以下、単に本発明のDNAマーカーという)、及び該DNAマーカーを利用したエリアンサス属植物及びその交配品種を選別する方法(以下、単に本発明の方法という)に関する。
【0028】
本発明のDNAマーカーは、Erianthus JW630由来のゲノムDNAを制限酵素処理することにより取得した約250bpの断片集団から、実際にエリアンサス属植物を識別できることが確認された6種の断片である。これらの断片は、それぞれ配列番号1〜6に示すヌクレオチド配列を有し、Es-1〜Es-6と命名されている。これら6種の断片のうち、特にEs-1、Es-2、Es-3、Es-5及びEs-6の5種が、エリアンサス属植物の識別能力の点で特に好ましいDNAマーカーである。
【0029】
用語「エリアンサス属植物を識別できる」とは、一般的にはエリアンサス属植物及びその交配品種とその他全ての植物との識別が可能であることをいうが、本発明においては好ましくは、エリアンサス属植物及びその交配品種と、これらと形態学的に又は従来の既知の遺伝学的手法では区別することができない植物との識別が可能であることをいう。また本明細書で使用する用語「エリアンサス属植物の交配品種」とは、エリアンサス属植物とエリアンサス属植物と交配可能な任意の植物との交配により生じた次世代(R1)植物及びさらに後代(R2以降)の植物をいう。エリアンサス属植物と交配可能な植物としては、これに限定されるものではないが、サトウキビ属に属する育成品種及び野生種、例えばBadila、Glagah Kloet、Uba Cane、POJ2725、NCO310などが挙げられる。
【0030】
本発明はまた、配列番号1〜6に示すヌクレオチド配列の変異体を含むDNAマーカーを含んでいる。本発明で使用する用語「変異体」とは、配列番号1〜6に示すヌクレオチド配列若しくはその相補的配列の突然変異体、及び他のエリアンサス属品種のホモログを含んでいる。具体的に本発明において、上記変異体は、配列番号1〜6に示すヌクレオチド配列において、1個〜複数個のヌクレオチドの置換、付加、欠失又は挿入を含むヌクレオチド配列をいう。ここで「複数個」とは、30個以下の整数、好ましくは25個、20個、15個、より好ましくは10個以下の整数、例えば9個、8個、7個、6個、そして最も好ましくは5個以下の整数、例えば4個、3個、2個をいう。
【0031】
本発明の方法は、被験植物のDNAサンプルから、上記本発明のDNAマーカーを検出することを含んでいる。本発明の方法に使用できる被験植物は特に制限されるものないが、形態学的に又は従来の既知の遺伝学的手法に基づいてエリアンサス属植物又はその交配品種ではないことが明らかな植物は排除されることが好ましい。
【0032】
本発明に使用される被験植物のDNAサンプルは、被験植物の組織、例えば種子、葉、根、茎から抽出することにより取得することができる。DNAの抽出は、当業者に一般的な手法に従って行えばよい。例えば、被験植物の組織を微塵切りにし、これを適当なバッファー中でホモジナイズした後、フェノール抽出などの公知のDNA抽出法にて、全DNAを抽出する。またその際に使用するDNA抽出キットは市販のものであってよく、例えばPlant Genomics DNA Miniキット(バイオジーン社)などを使用することができる。
【0033】
本発明の方法において、本発明のDNAマーカーの検出は、当業者に公知の任意の手法に従って行うことができる。そのような手法として、本発明のDNAマーカーのPCR増幅と、その後の塩基配列決定又は分子量測定による検出;本発明のDNAマーカーの少なくとも一部に特異的にハイブリダイズする核酸プローブを用いた検出(例えばサザンハイブリダイゼーション、マイクロアレイなどの手法を含む)などを挙げることができる。上記手法による本発明のDNAマーカーの検出に際し、当業者は適宜最適な条件を設定することができる。
【0034】
例えば、目的のDNAマーカーを該マーカー又はその一部に特異的にハイブリダイズする核酸プローブを用いて検出する場合、核酸プローブとして使用されるポリヌクレオチドの長さは、15塩基以上、例えば20〜90塩基、好ましくは30〜70塩基、例えば40〜60塩基の長さであり、DNAサンプルと核酸プローブとの接触はストリンジェントなハイブリダイゼーション条件下にて行うものとする。ここでストリンジェントな条件は、核酸プローブの長さ、目的のDNAマーカーの塩基配列に基づいて当業者が適宜設定でき、例えば30〜50℃で、3〜5xSSC、0.1〜1%SDS中で1〜15時間のハイブリダイゼーション、その後の、例えば0.1〜2xSSC、0.1〜1%SDS中、室温〜70℃での洗浄を含んでいる。ストリンジェント条件の例は、例えばSambrookら、Molecular Cloning, A Laboratory Mannual, Cold Spring Harbor Laboratory Press, 1989に開示されている。上記核酸プローブは、検出を容易化するために、蛍光ラベル化剤、放射性同位元素などのラベル化剤によって標識されていることが好ましい。そのような蛍光ラベル化剤、放射性同位元素として、これに限定されるものではないが、ローダミン、フルオレセイン、ダンシル、及びそれらの誘導体、Cyダイ、32P並びに35Sなどが挙げられる。
【0035】
本発明のDNAマーカーの検出は、好ましくは、本発明のDNAマーカー又はその一部のPCR増幅と、その後の分子量測定によって行われる。この手法において、PCR増幅に使用されるPCRプライマーは、目的とする本発明のDNAマーカーの配列に基づき、少なくともその一部を特異的に増幅可能であるように設計するものとし、その長さは、15〜50塩基、好ましくは17〜25塩基の範囲で設定することができる。そのようなPCRプライマーの例として、以下のプライマーセット(すなわち正方向プライマー及び逆方向プライマーのセット)を挙げることができるが、これに限定されるものではなく、配列番号1〜6の配列情報に基づいて、当業者は適宜適切なプライマーセットを構築することができる:Es-1用のプライマーセットとして配列番号7に示すヌクレオチド配列からなるプライマーと配列番号8に示すヌクレオチド配列からなるプライマーからなるプライマーセット;Es-2用のプライマーセットとして配列番号9に示すヌクレオチド配列からなるプライマーと配列番号10に示すヌクレオチド配列からなるプライマーからなるプライマーセット;Es-3用のプライマーセットとして配列番号11に示すヌクレオチド配列からなるプライマーと配列番号12に示すヌクレオチド配列からなるプライマーからなるプライマーセット;Es-4用のプライマーセットとして配列番号13に示すヌクレオチド配列からなるプライマーと配列番号14に示すヌクレオチド配列からなるプライマーからなるプライマーセット;Es-5用のプライマーセットとして配列番号15に示すヌクレオチド配列からなるプライマーと配列番号16に示すヌクレオチド配列からなるプライマーからなるプライマーセット;Es-6用のプライマーセットとして配列番号17に示すヌクレオチド配列からなるプライマーと配列番号18に示すヌクレオチド配列からなるプライマーからなるプライマーセット。
【0036】
PCR条件は、目的のDNAマーカー又はその一部の特異的な増幅が可能な限り限定されないが、例えば94〜95℃で10秒〜1分の変性、50〜65℃で10秒〜1分間のアニーリング、72℃で30秒〜10分の伸長反応を1サイクルとし、20〜50サイクル反応を行うことを含む。
【0037】
PCR増幅産物の分子量測定は、当業者に一般的な電気泳動手法によって行えばよく、例えばアガロースゲル電気泳動、ポリアクリルアミドゲル電気泳動、キャピラリー電気泳動などの手法で分画し、エチジウムブロマイド染色などによって、目的のPCR増幅断片に由来するバンドを確認すればよい。
【0038】
上記のようにして被験植物のDNAサンプルから目的とする本発明のDNAマーカーが検出された場合には、被験植物をエリアンサス属植物又はその交配品種であると判定することができる。本発明の方法は、エリアンサス属植物に特徴的なDNAマーカーの存在を単純に検出することのみによって行うことができるため、エリアンサス属植物又はその交配品種を簡便かつ高い再現性で選別することができる。またゲノム多様性に基づく分類・識別手法で要求された高精度分析は必要なく、栽培現地(野外)での実施も可能なレベルであるという利点を有する。
【0039】
また本発明の方法は、複数の染色体上で本発明のDNAマーカーの存在について検出を行うことができるため、例えば交配による移入が保証されない5S rRNA領域中のITS領域を利用する手法と比較して、精度が高いという利点を有する。
【0040】
本発明はさらに、エリアンサス属植物又はその交配品種を選別するためのキット(以下、単に本発明のキットという)を包含する。本発明のキットは、本発明のDNAマーカー又はその一部を特異的に検出するための手段を含んでいる。そのような手段の例として、これに限定されるものではないが、本発明のDNAマーカー又はその一部を特異的に増幅可能なプライマーセット、本発明のDNAマーカー又はその一部に相補的なヌクレオチド配列を有する核酸プローブなどを挙げることができる。本発明のキットは、上記プライマーセットの1種若しくは複数種、又は上記核酸プローブの1種若しくは複数種を、単独で又は組合せで含むことができる。
【0041】
上記プライマーセットは、配列番号1〜6に示すヌクレオチド配列若しくはその変異体の一部を特異的に増幅可能な、15〜50塩基、好ましくは17〜25塩基長の正方向プライマー及び逆方向プライマーからなるものとする。そのようなプライマーセットの例として、以下のプライマーセットを挙げることができるが、これに限定されるものではなく、配列番号1〜6の配列情報に基づいて、当業者は適宜適切なプライマーセットを構築することができる:Es-1用のプライマーセットとして配列番号7に示すヌクレオチド配列からなるプライマーと配列番号8に示すヌクレオチド配列からなるプライマーからなるプライマーセット;Es-2用のプライマーセットとして配列番号9に示すヌクレオチド配列からなるプライマーと配列番号10に示すヌクレオチド配列からなるプライマーからなるプライマーセット;Es-3用のプライマーセットとして配列番号11に示すヌクレオチド配列からなるプライマーと配列番号12に示すヌクレオチド配列からなるプライマーからなるプライマーセット;Es-4用のプライマーセットとして配列番号13に示すヌクレオチド配列からなるプライマーと配列番号14に示すヌクレオチド配列からなるプライマーからなるプライマーセット;Es-5用のプライマーセットとして配列番号15に示すヌクレオチド配列からなるプライマーと配列番号16に示すヌクレオチド配列からなるプライマーからなるプライマーセット;Es-6用のプライマーセットとして配列番号17に示すヌクレオチド配列からなるプライマーと配列番号18に示すヌクレオチド配列からなるプライマーからなるプライマーセット。
【0042】
上記核酸プローブのサイズは、本発明のDNAマーカーを特異的に識別できる限り特に制限されず、20〜90塩基、好ましくは30〜70塩基、例えば40〜60塩基の長さとすることができる。また上記核酸プローブは、蛍光ラベル化剤、放射性同位元素などのラベル化剤によって標識されていることが好ましい。そのような蛍光ラベル化剤、放射性同位元素として、これに限定されるものではないが、ローダミン、フルオレセイン、ダンシル、及びそれらの誘導体、Cyダイ、32P並びに35Sなどが挙げられる。
【0043】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0044】
Es-1によるエリアンサス属植物の識別能力の検証
本実施例では、Es-1の塩基配列に基づいて設計したプライマーセットを用いたPCR増幅と、その後のキャピラリー電気泳動により、エリアンサス属植物を特異的に選別できるかを検証した。本実施例で使用した諸条件は以下の通りである:
【0045】
プライマー配列
正方向プライマー:GAGACTCCACGAGCGAAA (配列番号7)
逆方向プライマー:TATTATAACCAGCCACCGCC (配列番号8)
【0046】
PCR反応液組成
TaKaRa Taq polymerase (5units/μl) 0.2μl
10X PCR Buffer(MgCl2-) 2.0μl
MgCl2 1.2μl
dNTP mixture(2.5mM each) 1.6μl
Template DNA (25~40ng) 1.0μl
Primer F(5μM) 1.0μl
Primer R(5μM) 1.0μl
SH2O 12.0μl

Total 20.0μl
【0047】

【0048】
適応植物
本試験は次のサトウキビ属、サトウキビ野生種、エリアンサス属の計12品種において行った。
1.Erianthus(JW630)エリアンサス(日本)
2.Erianthus(IJ76-349)エリアンサス(インドネシア)
3.Saccharum spp.(NiF 8) サトウキビ(日本育成品種:農林8号)
4.Saccharum spp.(Ni 9) サトウキビ(日本育成品種:農林9号)
5.Saccharum spp.(Ni 16) サトウキビ(日本育成品種:農林16号)
6.Saccharum spp.(F177) サトウキビ(台湾育成品種)
7.Saccharum spp.(POJ2878) サトウキビ(インドネシア育成品種)
8.Saccharum spp.(Nco310) サトウキビ(南アフリカ育成品種)
9.Saccharum officinarum(Badila) サトウキビ野生種
10.Saccharum robusutum(robustum 9) サトウキビ野生種
11.Saccharums pontaneum(Glagah Kloet) サトウキビ野生種
12.Erianthus(IS76-174)エリアンサス(インドネシア)
【0049】
上記12種の植物のうち、No.1、2、12植物がエリアンサス属植物である。その他の植物は、サトウキビとして育種され、実際に営利栽培がされている品種(No.3、4、5、6、7)や、過去に世界的に普及した品種(No.8)、サトウキビの祖先にあたる野生種(No.9、10、11)である。
【0050】
キャピラリー電気泳動装置による増幅DNAの電気泳動
PCR反応により得られたエリアンサス属特徴的DNAをキャピラリー電気泳動装置(QIAGEN社HAD-GT12)を用いて行った。電気泳動の条件は、電気泳動メソッドOM700(QIAxcell DNA High Resolution Kit)の標準方法に従い、サイズ既知のDNAマーカー(サイズマーカー)は、電気泳動精度を確保するため16ランに1回、電気泳動を行った。
【0051】
結果
本実施例の結果を図1に示す。図1から明らかな通り、レーン1、2、12においてのみ、増幅されたEs-1に由来するバンドを確認することができた(矢印参照)。この結果により、Es-1を識別マーカーとして用いることにより、他のサトウキビ近縁植物からエリアンサス属植物を特異的に識別可能であることが示された。
【実施例2】
【0052】
Es-2によるエリアンサス属植物の識別能力の検証
本実施例では、Es-2用のプライマーセットとして次のものを使用した以外は、上記実施例1と同様にして行った。
【0053】
プライマー配列
正方向プライマー:CGTATTAATATATTTCCCTTCTTGCC(配列番号9)
逆方向プライマー:TCCATGGATCAGAAGTCTATTATTT(配列番号10)
【0054】
結果
本実施例の結果を図2に示す、図2から明らかな通り、レーン1、2、12においてのみ、増幅されたEs-2に由来するバンドを確認することができた(矢印参照)。この結果により、Es-2を識別マーカーとして用いることにより、他のサトウキビ近縁植物からエリアンサス属植物を特異的に識別可能であることが示された。
【実施例3】
【0055】
Es-3によるエリアンサス属植物の識別能力の検証
本実施例では、Es-3用のプライマーセットとして次のものを使用した以外は、上記実施例1と同様にして行った。
【0056】
プライマー配列
正方向プライマー:AAACCGAGGTCCGAGGTACT(配列番号11)
逆方向プライマー:AATTAGACGCCTTGCTCGGA(配列番号12)
【0057】
結果
本実施例の結果を図3に示す。図3から明らかな通り、レーン1、2、12においてのみ、増幅されたEs-3に由来するバンドを確認することができた(矢印参照)。この結果により、Es-3を識別マーカーとして用いることにより、他のサトウキビ近縁植物からエリアンサス属植物を特異的に識別可能であることが示された。
【実施例4】
【0058】
Es-4によるエリアンサス属植物の識別能力の検証
本実施例では、Es-4用のプライマーセットとして次のものを使用した以外は、上記実施例1と同様にして行った。
【0059】
プライマー配列
正方向プライマー:GGATACAACAACAACAACAATAGCC(配列番号13)
逆方向プライマー:CTTGTGTGCTAATTTCTTTGCC(配列番号14)
【0060】
結果
本実施例の結果を図4に示す。図4の電気泳動図から分かるとおり、レーン1及び2においてのみ、増幅されたEs-4に由来するバンドを確認することができ、No.12のエリアンサス属植物ではEs-4に由来するバンドを確認することができなかった(矢印参照)。この結果は、Es-4はエリアンサス属植物を識別する上で有用であるが、全てのエリアンサス属植物を識別可能なわけではないことを示唆している。
【実施例5】
【0061】
Es-5によるエリアンサス属植物の識別能力の検証
本実施例では、Es-5用のプライマーセットとして次のものを使用した以外は、上記実施例1と同様にして行った。
【0062】
プライマー配列
正方向プライマー:CTTGAGTTTCGGCGAGTTTG(配列番号15)
逆方向プライマー:TTTCTAGCGCGACTGATGA(配列番号16)
【0063】
結果
本実施例の結果を図5に示す。図5から明らかな通り、レーン1、2、12においてのみ、増幅されたEs-5に由来するバンドを確認することができた(矢印参照)。この結果により、Es-5を識別マーカーとして用いることにより、他のサトウキビ近縁植物からエリアンサス属植物を特異的に識別可能であることが示された。
【実施例6】
【0064】
Es-6によるエリアンサス属植物の識別能力の検証
本実施例では、Es-6用のプライマーセットとして次のものを使用した以外は、上記実施例1と同様にして行った。
【0065】
プライマー配列
正方向プライマー:CTAGCTTCACTAACTTCCAGTTCA(配列番号17)
逆方向プライマー:GACTTTAATGCACCCAGCA(配列番号18)
【0066】
結果
本実施例の結果を図6に示す。図6から明らかな通り、レーン1、2、12においてのみ、増幅されたEs-6に由来するバンドを確認することができた(矢印参照)。この結果により、Es-6を識別マーカーとして用いることにより、他のサトウキビ近縁植物からエリアンサス属植物を特異的に識別可能であることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明の選別方法は、エリアンサス属植物に特徴的なDNAマーカーの存在を単純に検出することのみによって行うことができるため、高精度分析は必要なく、簡便かつ高い再現性で実施可能である。
【0068】
本発明は、例えば以下のような分野に応用することができる。
(1) サトウキビ育種への利用
植物(母親)にエリアンサス属植物(父親)を交配させて、後代の苗の解析を行う場合に、サトウキビの自殖実生(交配失敗実生)と、交配が成功した苗とを明確に区別することができる。
【0069】
(2) エリアンサス属植物の開発(育種)
エリアンサス属植物は、その特性(収量性、連続生産性、病・虫耐性の高さ、含水率の低さ等)から、日本国内においてもバイオ燃料用のエネルギー作物として注目されている。セルロースエタノールの原料として、極めて低い投入エネルギーによって栽培・収穫され、高収量により得られるエネルギー量が高い場合、LCA(ライフサイクルアセスメント)的に良好である。このようにエネルギー作物として、エリアンサス属植物そのものの育種開発を行うニーズも生まれて来ている。この場合、育種親植物として、エリアンサス属植物の遺伝子資源のさらなる収集が有効であるが、本発明を用いれば、エリアンサス属植物を簡便に識別可能であり、遺伝子資源の収集を効率的に進めることができる。このように、セルロースエタノール製造技術の進展が進めば、国内の研究者もエリアンサス属植物の開発を積極的に行って行く可能性が高まることが予想される。
【0070】
(3)利用の予測
本発明は、重要エネルギー作物であるサトウキビ、エリアンサスの育種開発者に利用される。本法を用いて、サトウキビ開発を行うことが出来れば、これまで育成できなかった特性を持つサトウキビを育成できる可能性がある。また、極めて簡便な方法で利用できるため、開発途上国においても広く利用可能である。
【0071】
以上、本発明は、バイオ燃料製造の基礎技術となり、CO2問題を解決につながる環境技術である。バイオ燃料の製造量は、世界中で毎年増加している。しかしながら、食糧生産に対してバイオ燃料製造の拡大が世界的に、大きな問題になってきている。そこで、本発明を利用してエネルギー作物からのバイオ燃料生産効率がより上がれば、食糧生産用の耕地への影響を小さくすることができ、持続的なバイオ燃料製造技術の達成に貢献できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1に示すヌクレオチド配列、若しくは該ヌクレオチド配列において1個〜数個のヌクレオチドが置換、付加、欠失若しくは挿入されたヌクレオチド配列、を含む、エリアンサス属植物を識別することができるDNAマーカー。
【請求項2】
配列番号2に示すヌクレオチド配列、若しくは該ヌクレオチド配列において1個〜数個のヌクレオチドが置換、付加、欠失若しくは挿入されたヌクレオチド配列、を含む、エリアンサス属植物を識別することができるDNAマーカー。
【請求項3】
配列番号3に示すヌクレオチド配列、若しくは該ヌクレオチド配列において1個〜数個のヌクレオチドが置換、付加、欠失若しくは挿入されたヌクレオチド配列、を含む、エリアンサス属植物を識別することができるDNAマーカー。
【請求項4】
配列番号5に示すヌクレオチド配列、若しくは該ヌクレオチド配列において1個〜数個のヌクレオチドが置換、付加、欠失若しくは挿入されたヌクレオチド配列、を含む、エリアンサス属植物を識別することができるDNAマーカー。
【請求項5】
配列番号6に示すヌクレオチド配列、若しくは該ヌクレオチド配列において1個〜数個のヌクレオチドが置換、付加、欠失若しくは挿入されたヌクレオチド配列、を含む、エリアンサス属植物を識別することができるDNAマーカー。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項記載のDNAマーカー又はその一部を、被験植物由来のDNAサンプルにおいて検出することを含む、エリアンサス属植物又はエリアンサス属植物の交配品種を選別する方法。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれか1項記載のDNAマーカー又はその一部を特異的に増幅可能なプライマーセットによる前記DNAサンプルのPCR増幅と、その後の分子量測定によって前記検出を行う、請求項6記載の方法。
【請求項8】
前記プライマーセットは、配列番号7に示すヌクレオチド配列からなるプライマーと配列番号8に示すヌクレオチド配列からなるプライマーからなるプライマーセット;配列番号9に示すヌクレオチド配列からなるプライマーと配列番号10に示すヌクレオチド配列からなるプライマーからなるプライマーセット;配列番号11に示すヌクレオチド配列からなるプライマーと配列番号12に示すヌクレオチド配列からなるプライマーからなるプライマーセット;配列番号15に示すヌクレオチド配列からなるプライマーと配列番号16に示すヌクレオチド配列からなるプライマーからなるプライマーセット;並びに配列番号17に示すヌクレオチド配列からなるプライマーと配列番号18に示すヌクレオチド配列からなるプライマーからなるプライマーセット、よりなる群から選択される、請求項7記載の方法。
【請求項9】
配列番号4に示すヌクレオチド配列、若しくは該ヌクレオチド配列において1個〜数個のヌクレオチドが置換、付加、欠失若しくは挿入されたヌクレオチド配列、を含むDNAマーカー又はその一部を検出することをさらに含む、請求項6記載の方法。
【請求項10】
請求項1〜5のいずれか1項記載のDNAマーカー又はその一部を特異的に検出するための手段を含む、エリアンサス属植物又はエリアンサス属植物の交配品種を選別するためのキット。
【請求項11】
前記手段は、請求項1〜5のいずれか1項記載のDNAマーカー又はその一部を特異的に増幅可能なプライマーセットである、請求項10記載のキット。
【請求項12】
配列番号7に示すヌクレオチド配列からなるプライマーと配列番号8に示すヌクレオチド配列からなるプライマーからなるプライマーセット;配列番号9に示すヌクレオチド配列からなるプライマーと配列番号10に示すヌクレオチド配列からなるプライマーからなるプライマーセット;配列番号11に示すヌクレオチド配列からなるプライマーと配列番号12に示すヌクレオチド配列からなるプライマーからなるプライマーセット;配列番号15に示すヌクレオチド配列からなるプライマーと配列番号16に示すヌクレオチド配列からなるプライマーからなるプライマーセット;並びに配列番号17に示すヌクレオチド配列からなるプライマーと配列番号18に示すヌクレオチド配列からなるプライマーからなるプライマーセット、の1種以上を含む、請求項11記載のキット。
【請求項13】
配列番号13に示すヌクレオチド配列からなるプライマーと配列番号14に示すヌクレオチド配列からなるプライマーからなるプライマーセットをさらに含む、請求項11記載のキット。
【請求項14】
前記手段は、請求項1〜5のいずれか1項記載のDNAマーカー又はその一部に相補的なヌクレオチド配列を有する少なくとも1種の核酸プローブである、請求項10記載のキット。
【請求項15】
配列番号4に示すヌクレオチド配列、若しくは該ヌクレオチド配列において1個〜数個のヌクレオチドが置換、付加、欠失若しくは挿入されたヌクレオチド配列、を含むDNAマーカー又はその一部に相補的なヌクレオチド配列を有する核酸プローブをさらに含む、請求項14記載のキット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−263850(P2010−263850A)
【公開日】平成22年11月25日(2010.11.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−119142(P2009−119142)
【出願日】平成21年5月15日(2009.5.15)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】