説明

エンジンの燃焼制御装置

【課題】
高圧縮比エンジンにおいて、膨張比を低下させることなく、自着火燃焼速度を緩慢にすることにより圧力上昇を緩和してノッキングの発生を防止できるエンジンの燃焼制御装置を提供する。
【解決手段】
筒内圧力が、圧縮行程における最高圧縮圧力より高く最高燃焼圧力より低い第1の筒内圧力に達したとき前記燃焼室容積の拡大を開始し、上記第1の燃焼圧力より高く前記最高燃焼圧力より低い第2の筒内圧力以上のとき前記燃焼室容積の拡大を制限する、インナピストン17,アウタピストン18,板ばね19及びストッパリング23からなる容積可変手段Dを備えたエンジンの燃焼制御装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ノッキングの発生を防止できるようにしたエンジンの燃焼制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
燃焼室容積が固定された従来エンジンの場合、混合気の一部で自着火が発生すると、その熱発生によって燃焼室の圧力が増加し、未燃部分が断熱圧縮され、温度が上昇して自着火し、さらに残りの未燃部分が断熱圧縮されて温度上昇する。その結果、次々と連鎖反応的に未燃部分が自着火して急激な熱発生が起こり、燃焼室内に激しい圧力振動が発生して圧力波形がのこぎり状になるノッキング現象が生じる。
【0003】
このようなノッキングを防止する従来技術として、例えば特許文献1には、運転状態に応じて圧縮比を変化させるようにした可変圧縮比エンジンが提案されている。
【0004】
また、特許文献2には、インナピストン2にアウタピストン3をかぶせ、両ピストンの間に、定荷重ばね特性値が最高許容燃焼圧力に設定されたさらばね1を介在させた圧力応動型容積可変ピストンが提案されている。
【0005】
前記容積可変ピストンが組み込まれたエンジンでは、燃焼圧力が上昇し最高許容燃焼圧力に近づくと、前記さらばね1が撓み、燃焼室容積が増加し、これにより燃焼圧力が最高許容燃焼圧力に保たれる。さらに燃焼が続き、燃焼圧力が上昇しようとすると、さらばね1がさらに撓み、燃焼室容積が増加し、その結果、燃焼圧力は最高許容燃焼圧力に保たれる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2005−139994
【特許文献2】特開平6−17665
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1では、運転状態に応じて圧縮比を変化させるようにしているので、ノッキングの発生を抑制できる。しかし圧縮比の変化に伴って膨張比も変化するので、熱効率が悪化するといった問題がある。
【0008】
また特許文献2では、膨張比は変化しないが、最高燃焼圧力そのものをピストンやクランク機構の破損につながることのない、つまりエンジンの耐圧性で決定される許容最高燃焼圧力以下に抑制するようにしており、許容最高燃焼圧力を高く設定できない場合はその分熱効率が悪化する。
【0009】
また最高燃焼圧力を許容最高燃焼圧力に抑制するためには、燃焼室容積の増加量を大きくする必要があり、従って容積可変ピストンのピストン移動量を大きくする必要があり、そのため前記さらばね等の耐久性の確保が困難という問題がある。
【0010】
このように前記従来技術は、いずれも最高燃焼圧力を制御して、自着火そのものを防いでノッキングを防ぐか、筒内圧力を許容範囲に収めるものであるため、熱効率が悪化するという問題があった。
【0011】
本発明は、前記従来の状況に鑑みてなされたもので、高圧縮比エンジンにおいて、膨張比を低下させることなく、自着火を遅らせることにより圧力上昇を緩和してノッキングの発生を防止できるエンジンの燃焼制御装置を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、自着火が生じる場合の現象を詳細に検討した結果、一部の混合気において自着火が発生しても、続いて生じる自着火の発生を遅らせることにより、つまり自着火の発生を緩慢にすることによりノッキングを抑制できることを見出して、本発明を完成した。
【0013】
請求項1の発明は、燃焼室圧力に応じて燃焼室容積を変化させる容積可変手段を備えたエンジンの燃焼制御装置において、前記容積可変手段は、筒内圧力が、圧縮行程における最高圧縮圧力より高く最高燃焼圧力より低い第1の筒内圧力に達したとき前記燃焼室容積の拡大を開始し、上記第1の燃焼圧力より高く前記最高燃焼圧力より低い第2の筒内圧力以上のとき前記燃焼室容積の拡大を制限することを特徴としている。
【0014】
ここで本発明における最高圧縮圧力とは、モータリング(燃焼しない運転)時の圧縮上死点圧力であり、通常は上死点前に燃焼が開始する火花点火エンジンにおける燃焼運転時の圧縮上死点圧力より低い。
【0015】
また最高燃焼圧力とは、燃焼行程におけるシリンダ内最高圧力で、本発明エンジンにおける燃焼制御を行った状態での燃焼行程における最高圧力(Pmax)を意味する。
【0016】
請求項2の発明は、請求項1に記載のエンジンの燃焼制御装置において、前記容積可変手段は、コネクチングロッドに固定された第1ピストン部材と、該第1ピストン部材に対して相対移動可能に装着された第2ピストン部材と、該第2ピストン部材のヘッド部と第1ピストン部材のヘッド部との隙間に介在されたばね部材と、前記隙間を所定値以下に制限するストッパ部材とで構成されていることを特徴としている。
【0017】
請求項3の発明は、請求項2に記載のエンジンの燃焼制御装置において、上記容積可変手段は、容積拡大を制限した状態での最大拡大容積が、第2ピストン部材のピストン面積にピストンストロークの2パーセントを乗じた値より小さく設定されていることを特徴としている。
【発明の効果】
【0018】
本発明者等は、混合気の一部が自着火した場合、残りの部分については、温度上昇により化学反応が進行して自着火に限りなく近い状態になっている部分と、それほど温度上昇しておらず化学反応の進行が遅れている部分とがあり、この時点ではまだノッキング現象は生じていない点に着目した。
【0019】
そして本発明者等は、前記混合気の一部が自着火するくらいのタイミングで、燃焼室容積を拡大すれば、小さな燃焼室容積の拡大でもって、混合気の前記化学反応の遅れている部分の温度上昇,ひいては化学反応を強く抑制でき、連鎖的な自着火を抑制して全体としての燃焼速度をより効果的に緩和できる点を見出した。
【0020】
しかも前記一部の自着火が開始した時点で燃焼室容積を拡大した場合、所定の容積拡大後においては、それ以上の容積拡大を制限しても前記燃焼速度の緩和が実現される。そのため、ノッキングの発生を防止しつつ、容積拡大開始時圧力に関係なく最高燃焼圧力を高くすることが可能となり、それだけ熱効率が高くなる点を見出した。
【0021】
本発明では、燃焼室圧力が増加して未燃部分が強く断熱圧縮され、化学反応が進行する時に、具体的には、筒内圧力が、最高圧縮圧力より高く、かつ最高燃焼圧力より低い第1の筒内圧力に達したとき、燃焼室容積の拡大を開始する。即ち、最高燃焼圧力をエンジンの耐圧性で決まる許容最高燃焼圧力に制御する従来技術に比較して、筒内圧力がより低い段階で燃焼室容積の拡大を開始する。
【0022】
これにより、小さな燃焼室容積拡大でもって、混合気の前記化学反応の遅れている部分の温度上昇,ひいては化学反応の高い抑制効果が得られ、自着火後の総合的な燃焼速度をより効果的に緩和でき、ノッキングを防止できる。
【0023】
そして本発明では、前記燃焼室容積の拡大を、筒内圧力が前記第1の筒内圧力より高く、かつ前記最高燃焼圧力より低い第2の筒内圧力に達したとき、それ以上の燃焼室容積の拡大を制限する。
【0024】
このように燃焼室容積の拡大量を制限するので、燃焼室圧力は前記第2の筒内圧力を越えて上昇することとなり、これによりノッキングを防止しつつ、例えば筒内圧力が許容最高燃焼圧力となるように燃焼室容積を拡大する従来技術に比較して熱効率が向上する。
【0025】
そして火花点火の場合、火炎伝播燃焼が正常に進んでいる時期から燃焼室容積を拡大する方が望ましい。また、HCCI(予混合圧縮着火)エンジンの場合は、その燃焼の前半において燃焼室容積を拡大することが望ましい。本発明に係るエンジンの燃焼制御装置は、自着火の発生自体を防止するのではなく、自着火の連鎖反応を緩慢に行うことによりノッキング現象を防ぐものである。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の実施例1に係る燃焼制御装置を備えたガソリンエンジンの模式構成図である。
【図2】前記エンジンのピストンの断面正面図である。
【図3】前記ピストンの断面側面図(図2のIII-III線断面図)である。
【図4】前記エンジンのばね部材の平面図である。
【図5】前記ばね部材の断面側面図(図4のV-V線断面図)である。
【図6】前記ピストンの隙間と筒内圧力との関係を説明するための図である。
【図7】前記エンジンの筒内圧力とクランク角との関係を説明するための図である。
【図8】前記エンジンのPV線図である。
【図9】従来エンジンのクランク角と、熱発生率,筒内温度及び筒内圧との関係を示す特性図である。
【図10】前記実施例エンジンの、アウタピストンが上死点付近で移動開始する場合のクランク角と、熱発生率,筒内温度及び筒内圧との関係を示す特性図である。
【図11】前記実施例エンジンの、アウタピストンが上死点後に移動開始する場合のクランク角と、熱発生率,筒内温度及び筒内圧との関係を示す特性図である。
【図12】本発明の実施例2による燃焼制御装置におけるピストンの隙間と筒内圧力との関係を説明するための図である。
【図13】前記実施例2におけるエンジンの筒内圧力とクランク角との関係を説明するための図である。
【図14】前記実施例2におけるエンジンのPV線図である。
【図15】従来エンジンのクランク角と、熱発生率,筒内温度及び筒内圧との関係を示す特性図である。
【図16】前記実施例2に係るエンジンの、アウタピストンが上死点付近で移動開始する場合のクランク角と、熱発生率,筒内温度及び筒内圧との関係を示す特性図である。
【図17】前記実施例2に係るエンジンの、アウタピストンが上死点後に移動開始する場合のクランク角と、熱発生率,筒内温度及び筒内圧との関係を示す特性図である。
【発明を実施するための形態】
【実施例1】
【0027】
図1〜図11は本発明の実施例1によるガソリンエンジンの燃焼制御装置を説明するための図である。
【0028】
図において、1は水冷式4サイクルガソリンエンジンであり、以下の概略構造を有する。シリンダブロック2の上合面2bにシリンダヘッド3が結合され、該シリンダヘッド3にヘッドカバー(図示せず)が装着されている。前記シリンダブロック2のシリンダボア2a内にピストン4が摺動自在に挿入され、該ピストン4はコネクチングロッド5によりクランク軸(図示せず)に連結されている。
【0029】
前記シリンダヘッド3の下合面3aに凹設された燃焼凹部3bには、吸気ポート3cの吸気開口3c′,排気ポート3dの排気開口3d′が開口している。前記吸気開口3c′,排気開口3d′はそれぞれ吸気弁6,排気弁7で開閉される。
【0030】
前記吸気弁6,及び排気弁7は、シリンダヘッド3内に配置された動弁機構8により開閉駆動される。なお、25は燃料を吸気ポート3cから吸気弁6の傘部裏面に向けて噴射供給する燃料噴射弁である。
【0031】
前記動弁機構8は、前記排気弁7を開閉する排気動弁機構9と、前記吸気弁6を開閉する吸気動弁機構10とを有する。
【0032】
前記排気動弁機構9は、前記クランク軸と平行に配置された排気カム軸11と、前記シリンダヘッド3に揺動可能に支持された排気ロッカアーム12とを有する。前記排気カム軸11の回転により、排気ロッカアーム12が揺動し、排気弁7を開閉駆動する。
【0033】
前記吸気動弁機構10は、前記クランク軸と平行に配置された吸気カム軸13と、前記シリンダヘッド3に揺動可能に支持された揺動カム14と、該揺動カム14と前記吸気弁6の上端部との間に配置され、ロッカ軸15aにより揺動可能に支持された吸気ロッカアーム15とを有する。前記ロッカ軸15aには、コントローラ16が偏心ピン16aを介して揺動可能に連結されている。該コントローラ16のローラ16bは、上記揺動カム14のカム面14a及び吸気ロッカアーム15の押圧面15bに転接している。
【0034】
前記コントローラ16は、前記ロッカ軸15aの回動角度に応じて、前後進し、前記ローラ16bの前記カム面14a及び押圧面15bとの相対位置が変化する。前記コントローラ16を図1に示す前端位置に前進させると吸気弁6の開期間及びリフト量が最大となり、図示右方に後退させるほど前記開期間及びリフト量が小さくなる。
【0035】
前記吸気カム軸13の回転により、前記揺動カム14が揺動し、これのカム面14aにより前記コントローラ16が揺動駆動され、該コントローラ16の揺動により前記吸気ロッカアーム15が前記吸気弁6を開閉駆動する。
【0036】
そして前記ロッカ軸15aの回動角度に応じて、前記コントローラ16のローラ16bと前記揺動カム14のカム面14aとの相対位置が変化し、これにより、吸気弁6の開期間及びリフト量を連続的に変化させることができる。このように吸気弁6の開期間,リフト量を、略ゼロから最大まで連続的に変化可能なっているので、吸気通路を開閉するスロットルバルブは不要となっている。
【0037】
前記ピストン4は、前記コネクチングロッド5の小端部5aに連結されたインナピストン(第1ピストン部材)17と、該インナピストン17に対してシリンダボア軸線方向に相対移動可能に被せるように装着されたアウタピストン(第2ピストン部材)18と、該アウタピストン18と前記インナピストン17との隙間eに介在された板ばね(ばね部材)19と、前記隙間eの最大寸法を規制するストッパリング(ストッパ部材)23とを有する。
【0038】
前記インナピストン17,アウタピストン18,板ばね19及びストッパリング23により、前記アウタピストン18のシリンダボア軸線方向の移動量を筒内圧力により制御し、もって燃焼凹部3b,アウタピストン18の上面及びシリンダボア2aで囲まれた燃焼室の容積を可変制御する容積可変手段Dが構成されている。
【0039】
前記インナピストン17は、燃焼圧力をクランク軸に伝達するためのものであり、例えばアルミ合金からなる鋳造品である。そして前記インナピストン17は、ヘッド部17aと、該ヘッド部17aの外周縁から下方に延びるように一体形成されたスカート部17bと、ヘッド部17aの下面から下方に延びるように一体形成された一対の.ピンボス部17c,17cとを有する。
【0040】
前記ヘッド部17aの上面は平坦面をなすように形成され、中央部には前記コネクチングロッド5の小端部5aとの干渉を回避する開口17eが形成されている。
【0041】
前記ピンボス部17c,17cにはピン孔17dが貫通するように形成されている。このピン孔17dに挿入されたピストンピン20により前記コネクチングロッド5の小端部5aがインナピストン17に連結されている。なお、21はピストンピン20の抜け止め用の止め輪である。
【0042】
前記アウタピストン18は、例えばアルミニューム合金からなる鋳造品である。そして前記アウタピストン18は、円盤状をなすヘッド部18aと、該ヘッド部18aの外周縁から円筒状をなすように一体形成されたスカート部18bとを有する。前記ヘッド部18aの上面及び下面は平坦面をなすように形成されており、またヘッド部18aの外周縁にはピストンリングが装着されるリング溝18cが凹設されている。
【0043】
前記板ばね19は、例えばステンレス鋼板製で、円形をなしており、複数の波部19aが同心円をなすように形成されている。また前記板ばね19の中央部分は波部のない平坦部19bとなっている。前記板ばね19は、所定の初期荷重(予圧)を作用させた状態で前記インナピストン17のヘッド部17aの上面17a′と、前記アウタピストン18のヘッド部18aの下面18a′との間に挟持されている。
【0044】
前記アウタピストン18のスカート部18bの下端部内面には、係止溝18dが凹設され、該係止溝18dにはC形リング等からなるストッパリング(ストッパ部材)23が装着されている。このストッパリング23は、前記板ばね19が配置された隙間eの大きさを規制するためのものであり、前記板ばね19には前記所定の初期荷重が作用している。前記ストッパリング23は、インナピストン17とアウタピストン18とを前記初期荷重で圧縮した状態で前記係止溝18dに装着される。
【0045】
また、前記アウタピストン18とインナピストン17とは、ピン22により連結されており、これにより前記アウタピストン18がシリンダボア軸線回りに回転するのを防止している。
【0046】
さらにまた前記インナピストン17のヘッド部17aには、潤滑油孔24が形成されており、シリンダブロックに取り付けられたオイルジェット(図示せず)から、該潤滑油孔24を介して潤滑油が前記隙間eに噴射供給される。
【0047】
ここで前記板ばね19のばね特性を図6に基づいて説明する。前記アウタピストン18に作用する燃焼圧力がエンジン1の圧縮行程における最高圧縮圧力より高く最高燃焼圧力(例えば60bar)より低い第1の筒内圧力、例えば35barに達すると、前記板ばね19が弾性変形を開始し、アウタピストン18の相対移動が、従って前記燃焼室容積の拡大が開始される。そして、上記第1の筒内圧力より高く前記最高燃焼圧力より低い第2の筒内圧力、例えば42barが作用すると、前記相対移動が前記隙間e相当量に達する。これにより前記アウタピストン18の下面18a′が板ばね19を介して実質的にインナピストン17の上面17a′に当接し、上記以上に燃焼圧力が増加しても前記相対移動量は増加しない。このように、アウタピストン18の、前記第2の筒内圧力以上におけるさらなる相対移動はなされず、従って前記燃焼室容積の拡大が制限される。
【0048】
前記アウタピストン18の実質的な相対移動可能寸法は、ピストンストロークの2%以下程度に、具体的には例えば1.0mm程度に設定されている。即ち、前記板ばね19が1.0mm程度弾性変形してその分前記アウタピストン18が相対移動すると、アウタピストン18は、ばね板19を介在させてインナピストン17に実質的に当接し、それ以上の相対移動は不能となる。
【0049】
上述のように、燃焼室容積が固定された従来エンジンの場合、混合気の一部で自着火が発生すると、その熱発生によって未燃部分が断熱圧縮され、温度が上昇して自着火し、さらに残りの未燃部分が断熱圧縮されて温度上昇し、その結果、次々と連鎖反応的に未燃部分が自着火し、ノッキング現象(図7,8のN参照)が生じる。
【0050】
本実施例エンジン1では、図7,図8に示すように、上死点前10°付近で火花点火spがなされ、筒内圧力が増加して未燃部分が強く断熱圧縮され、化学反応が進行する時に、具体的には、筒内圧力が、最高圧縮圧力(モータリング上死点時圧力)より高く、最高燃焼圧力(Pmax)より低い第1の筒内圧力35barに達したとき、燃焼室容積の拡大が開始される。即ち、最高燃焼圧力を、エンジンの耐圧性から決まる許容最高燃焼圧力Paに制御する従来技術に比較して、筒内圧力がより低い段階で燃焼室容積の拡大が開始される。
【0051】
これにより、小さな燃焼室容積の拡大でもって、混合気の前記化学反応の遅れている部分の温度上昇,ひいては化学反応の抑制効果を高くでき、連鎖的な自着火の発生を防止して燃焼速度をより効果的に緩和できノッキングNを防止できる(図7,図8のA部分参照)。
【0052】
そして、前記燃焼室容積の拡大を、筒内圧力が前記第1の筒内圧力より高く、かつ前記最高燃焼圧力より低い第2の筒内圧力42barに達したとき、それ以上の燃焼室容積の拡大を制限する。
【0053】
このように燃焼室容積の拡大を制限するので、燃焼室圧力は前記第2の筒内圧力を越えて上昇することとなり、これによりノッキングを防止しつつ、例えば筒内圧力を許容最高燃焼圧力Paとなるように燃焼室容積を拡大する従来技術に比較して熱効率が、図7に斜線で示す分Bだけ向上する。なお、本実施例はガソリンエンジンであるため、耐圧性から決まる実際の許容最高燃焼圧力は、ノッキングを生じない正常燃焼時の最高燃焼圧力Pmaxより十分に高い(例えば80bar)ので、燃焼室容積の拡大を制限しても問題ない。
【0054】
図9〜図11に基づいて、本発明のシミュレーション結果を説明する。
【0055】
圧縮比:14,点火時期:BTDC10°,気筒あたり排気量:500cc,シリンダホア径×ストローク:86mm×86mm、燃焼室容積最大拡大量:5.8cc(最大拡大時圧縮比12.3相当)のエンジンを想定した。
【0056】
燃焼室容積拡大機構を有しない比較例エンジンの場合、図9(a)に示すように、火花点火spによる火炎伝播燃焼により、熱発生の後半部分では未燃混合気の自着火bが発生して急激な熱発生cを生じる。その結果、図9(b)に示すように、筒内圧dが80bar付近まで急上昇し、このシミュレーションでは表せていないが、ノッキングが発生する。
【0057】
本実施例では、図10(a)に示すように、前記板ばね19のばね特性を、筒内圧が上昇し始めるTDC付近の筒内圧35barで燃焼室容積の拡大を開始し、筒内圧42barでアウタピストン18が1mm相対移動し、これ以上は拡大不能となるように構成した場合(図6参照)は、自着火燃焼の発生が効果的に抑制され、図10(b)に示すように、筒内圧d′はノッキングが発生することのない60bar付近に停まっていることが判る。
【0058】
一方、図11(a)に示すように、前記板ばね19のばね特性の設定によって、自着火bが発生する直前の筒内圧力約50bar付近で燃焼室容積の拡大を開始させると、熱発生率は少し緩慢になり、図11(b)に示すように、筒内圧d′はノッキングが発生しないと考えられる70bar以下となる。
【0059】
また、本実施例1では、吸気弁の開期間,開閉タイミング及びリフト量を略ゼロから最大まで連続的に可変できる、いわゆるノンスロットルエンジンに本発明を適用したので、より効果的である。
【0060】
即ち、ノンスロットルエンジンでは、吸気圧Pi=大気圧P0 であるため、温度と圧力の関係は部分負荷と全負荷とで大きく変わることはない。そのため、未燃混合気が自着火する圧力と温度は、部分負荷も全負荷も略同等となる。その結果、前記板ばね19のばね特性を変化させることなく、部分負荷時のノッキング抑制効果を効果的に発揮できる。ちなみに、スロットルバルブで吸気量を調節するスロットルエンジンでは、部分負荷時ほどシリンダ内吸気圧は低いが、自着火時期を支配する温度は高負荷と変わらない。従って前記板ばね19のばね特性を、部分負荷時と全負荷時で変化させる必要がある。
【実施例2】
【0061】
図12〜図17は、本発明の実施例2を説明するための図であり、本実施例2は、HCCI(予混合圧縮着火)エンジンに本発明を適用した場合の例である。
【0062】
本実施例エンジンでは、前記板ばね19のばね特性は、図12に示すように設定されている。前記アウタピストンに作用する燃焼圧力がエンジン1の圧縮行程における最高圧縮圧力より高く、最高燃焼圧力(例えば80bar)より低い第1の筒内圧力、例えば40barに達すると、前記板ばねが弾性変形を開始し、アウタピストンの相対移動が、従って前記燃焼室容積の拡大が開始される。そして、上記第1の筒内圧力より高く前記最高燃焼圧力より低い第2の筒内圧力、例えば50barが作用すると、前記相対移動が隙間0.5mmに達するが、これ以上の圧力が作用しても前記燃焼室容積が前記以上に拡大することはない。
【0063】
図13,図14に示すように、筒内圧力が増加して未燃部分が強く断熱圧縮され、化学反応が進行する時に、具体的には、筒内圧力が第1の筒内圧力、例えば40bar達したとき、燃焼室容積の拡大が開始される。
【0064】
これにより、小さな燃焼室容積の拡大でもって、混合気の前記化学反応の遅れている部分の温度上昇,ひいては化学反応を抑制効果を向上でき、連鎖的な自着火の発生を防止して燃焼速度をより効果的に緩和できノッキングNを防止できる。
【0065】
そして、前記燃焼室容積の拡大を、筒内圧力が、第2の筒内圧力、例えば50barに達したとき、それ以上の燃焼室容積の拡大を制限するようにしたので、燃焼室圧力は前記第2の筒内圧力を越えて上昇する(図13の斜線部分B参照)こととなり、これによりノッキングNを防止しつつ、熱効率を向上できる。
【0066】
図15〜図17に基づいて、本発明のシミュレーション結果を説明する。
【0067】
圧縮比:14,気筒あたり排気量:500cc,シリンダホア径×ストローク:86mm×86mm、燃焼室容積最大拡大量:2.9cc,(最大拡大時圧縮比13.1相当)のHCCIエンジンを想定した。
【0068】
燃焼室容積拡大機構を有しない比較例エンジンの場合、図15(a)に示すように、上死点後に燃焼室の一部で自着火bが始まり、続いて残りの混合気の自着火が誘発され、急激な熱発生cが生じる。その結果、筒内圧力dが80bar付近まで急上昇して、このシミュレーションでは表せていないが、ノッキングが発生する。
【0069】
一方、図16(a)に示すように、前記板ばねのばね特性を、自着火bが僅かに発生し始めるTDC付近の筒内圧40barで燃焼室容積の拡大を開始し、筒内圧50barでアウタピストンが0.5mm相対移動し、これ以上は拡大不能となるように構成した場合(図12参照)は、自着火燃焼の発生が効果的に抑制され、図16(b)に示すように、筒内圧はノッキングを防止可能の70bar付近に制限されることが判る。
【0070】
また、図17(a)に示すように、前記板ばねのばね特性の設定によって、自着火bの発生に遅れて筒内圧力約50bar付近で燃焼室容積の拡大を開始すると、熱発生率c′は少し緩慢になり、図17(b)に示すように、筒内圧d′はノッキングが発生すると考えられる80bar以下となる。
【0071】
なお、前記実施例では、容積可変手段が、インナピストンと、アウタピストンと、両ピストン間に介在されたばね部材とを備えたものである場合を説明したが、本発明の容積可変手段は、前記実施例に限らない。例えば、燃焼室に開口するシリンダ凹部を形成し、該シリンダ凹部内にピストンを進退可能に配置し、該ピストンを、筒内圧力が、前記第1の筒内圧力に達した時容積拡大方向に移動開始させ、前記第2の筒内圧力に達したとき前記移動を停止させるように構成しても良い。前記ピストンの移動,停止は、前記ピストンを前記実施例の如きばね部材で支持することにより実現し、あるいはピストンに油圧が作用するように構成し、該油圧を制御するようにしても良い。
【符号の説明】
【0072】
1 エンジン
3b 燃焼凹部
5 コネクチングロッド
17 インナピストン(第1ピストン部材)
17a 第1ピストン部材のヘッド部
18 アウタピストン(第2ピストン部材)
18a 第2ピストン部材のヘッド部
19 板ばね(ばね部材)
23 ストッパリング(ストッパ部材)
D 容積可変手段
e 隙間
Pmax 最高燃焼圧力
P1 第1の筒内圧力
P2 第2の筒内圧力

【特許請求の範囲】
【請求項1】
燃焼室圧力に応じて燃焼室容積を変化させる容積可変手段を備えたエンジンの燃焼制御装置において、
前記容積可変手段は、筒内圧力が、圧縮行程における最高圧縮圧力より高く最高燃焼圧力より低い第1の筒内圧力に達したとき前記燃焼室容積の拡大を開始し、上記第1の筒内圧力より高く前記最高燃焼圧力より低い第2の筒内圧力以上のとき前記燃焼室容積の拡大を制限する
ことを特徴とするエンジンの燃焼制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載のエンジンの燃焼制御装置において、
前記容積可変手段は、コネクチングロッドに固定された第1ピストン部材と、該第1ピストン部材に対して相対移動可能に装着された第2ピストン部材と、該第2ピストン部材のヘッド部と第1ピストン部材のヘッド部との隙間に介在されたばね部材と、前記隙間を所定値以下に制限するストッパ部材とで構成されている
ことを特徴とするエンジンの燃焼制御装置。
【請求項3】
請求項2に記載のエンジンの燃焼制御装置において、
上記容積可変手段は、容積拡大を制限した状態での最大拡大容積が、第2ピストン部材のピストン面積にピストンストロークの2パーセントを乗じた値より小さく設定されている
ことを特徴とするエンジンの燃焼制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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