説明

エンジンの良否判定方法

【課題】官能検査による場合でも、異音を容易に聞き取ることができ、エンジンの良否を正確に判定することができる方法を提供する。
【解決手段】エンジンEの吸気口に、吸気口の通路面積を縮小させる吸気抑制部材(絞り部材1)を装着した状態でエンジンEの回転軸Sを回転させる。この状態で回転軸Sを駆動装置100で回転させ、このときのエンジン音に基づいて、エンジンの良否を判定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、組み立てられたエンジンの良否を判定するための方法に関し、特に、エンジンの試運転時の音に基づいてエンジンの良否を判定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
車両の生産工程において組み立てられたエンジンは、車体に組み込まれる前に試運転され、組付状態の良否を判定される。例えば、特許文献1に示されているように、エンジンの回転軸を駆動装置で回転させ、このときのエンジン音に基づいてエンジンの良否判定が行なわれる。すなわち、試運転時のエンジン音から異音が検出されたら、エンジンに何らかの組付不良が生じたと判定される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平11−37898号公報
【特許文献2】特開2003−214944号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、エンジンの試運転時には、組付不良が生じた場合だけでなく、正常にエンジンが組付られた場合でも様々なエンジン音が発生するため、組付不良に起因する異音を検出することは困難である。特に、検査員が異音を聞き取ることによりエンジンの良否を判定する、いわゆる官能検査の場合は、熟練した検査員でなければエンジン音から異音を検出することができず、正確な良否判定を行なうことは非常に難しい。
【0005】
例えば特許文献2では、エンジンを回転させたときの音又は振動から周波数成分を抽出し、この周波数成分に基づいてエンジンの良否を判定することにより、官能検査によらずに客観的にエンジンの良否を判定する方法が提案されている。しかし、このような判定方法の信頼性・正確性は十分であるとは言えず、結局のところ官能検査でエンジンの良否を判定しているのが実情である。
【0006】
本発明の解決すべき課題は、官能検査による場合でも異音を容易に聞き取ることができ、エンジンの良否を正確に判定することができる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、エンジンの試運転時における異音を聞き取りにくくする要因として、エンジンの回転速度の変動に起因して発生する周期的な音(カタカタ音)に着目した。以下、エンジンの回転速度が変動するメカニズム、及び、回転速度の変動によりカタカタ音が生じるメカニズムを説明する。
【0008】
図5に、駆動装置によりエンジンの回転軸を回転させるための負荷(モータリング負荷)の大きさの変化態様を示す。尚、図5では、モータリング負荷の大きさを概念的な目盛りで示しているが、この目盛りはモータリング負荷の変化の様子を理解しやすくするためのものであり、各工程のモータリング負荷が図示のような倍率で変化することを意味するものではない。
【0009】
まず、(a)吸気工程では、ピストンの降下に伴って吸気口から燃焼室内に空気が流入する。このとき、空気の流入抵抗により駆動装置に負荷が加わるが、通常、エンジンは、燃焼室にできるだけ多くの空気を導入するために吸気工程における空気の流入抵抗がなるべく小さくなるように設計されている。従って、吸気工程におけるモータリング負荷は比較的小さい。次に、(b)圧縮工程では、シリンダ内の燃焼室が密閉され、ピストンの上昇に伴って燃焼室内の空気が圧縮されるため、比較的大きなモータリング負荷が加わる。そして、(c)膨張行程では、燃焼室内の圧縮空気の反発力によりピストンが押下げられるため、エンジンの回転軸を回転させる方向の負荷(図5ではマイナスの負荷として示す)が加わる。最後に、(d)排気工程では、燃焼室からの空気の排出抵抗により駆動装置に負荷が加わるが、上記の吸気抵抗と同様に、エンジンは排気抵抗がなるべく小さくなるように設計されているため、排気工程におけるモータリング負荷は比較的小さい。以上のように、工程の移行に伴って、モータリング負荷は大きく変動する。
【0010】
エンジンEの試運転は、例えば図6に示すような駆動装置100を用いて行なわれる。具体的には、エンジンEの回転軸Sに設けられたドライブプレートP(あるいはフライホイール)に、略円盤状の駆動治具130をボルト等で取り付ける。この駆動治具130に設けられた雌スプライン部131に、モータ110の駆動軸120の雄スプライン部121が挿入され、両者がトルク伝達可能に結合する。この状態でモータ110を駆動することにより、エンジンEの回転軸Sが回転駆動される。
【0011】
ところで、駆動治具130の雌スプライン部131と駆動軸120の雄スプライン部121とは、嵌合を容易化するために、通常、図7(a)に示すように隙間C(バックラッシュ)を介して嵌合される。このため、図5に示す各工程のうち、プラス方向のモータリング負荷が加わる(a)吸気工程、(b)圧縮工程、及び(d)排気工程では、図7(a)に示すように、駆動軸120の雄スプライン部121の回転方向(矢印方向)先行側の歯面121aが、駆動治具130の雌スプライン部131の歯面に当接する。一方、マイナス方向のモータリング負荷が加わる(c)膨張行程では、図7(b)に示すように駆動軸120の雄スプライン部121の回転方向後方側の歯面121bが駆動治具130の雌スプライン部131の歯面に当接する場合がある。このように、エンジンEの回転軸Sの回転に伴って、図7(a)に示すスプライン部121,131の当接状態と、図7(b)に示すスプライン部121,131の当接状態とが交互に切り替わると、当接状態が切り替わる度にスプライン部121,131の歯面同士が衝突するため、周期的な異音(カタカタ音)が生じる。
【0012】
例えば、駆動装置100によりエンジンEを高速で回転させれば、回転軸Sの慣性力が大きくなるため、図5に示すような各工程におけるモータリング負荷の変動の影響が相対的に小さくなる。この場合、スプライン部121,131が常に図7(a)の状態で当接した状態となり、スプライン部121,131の歯面同士の衝突による異音は生じない。しかし、回転軸を低速(例えば800rpm以下)で回転させるアイドリング試験の場合には、回転軸Sの慣性力が小さくなるため、モータリング負荷の変動の影響が相対的に大きくなり、上記のようなスプライン部121、131の歯面同士の衝突による異音が生じる恐れが高くなる。
【0013】
そこで、本発明は、エンジンの回転軸を駆動装置で回転させたときに生じるエンジン音に基づいて、エンジンの良否を判定するための方法であって、エンジンの吸気口に、吸気口の通路面積を縮小する吸気抑制部材を装着した状態で、エンジンの回転軸を回転させるエンジンの良否判定方法を提供する。
【0014】
このように、吸気口の通路面積(空気の流通方向と直交する方向の断面積)を縮小し、エンジンの吸気を抑制した状態で回転軸を回転させると、モータリング負荷が図1に示すように変化する。まず、(A)吸気工程では、吸気抑制部材により吸気抵抗が大きくなるため、モータリング負荷が図5(a)の吸気工程と比べて大きくなる。そして、燃焼室に取り込まれる空気が少なくなることで、空気の圧縮率が小さくなるため、(B)圧縮工程におけるモータリング負荷が図5(b)の圧縮工程と比べて小さくなる。また、燃焼室の空気の圧縮率が小さくなることで、圧縮空気の反発力が小さくなるため、(C)膨張工程におけるマイナスのモータリング負荷の絶対値が図5(c)の膨張工程と比べて小さくなる。そして、(D)排気工程では、排気する空気量が少ないため、図5(d)の排気工程と比べてモータリング負荷が小さくなる(図1(D)ではモータリング負荷がほぼ0となっている)。
【0015】
以上のように、エンジンの吸気口からの吸気を抑制することで、モータリング負荷の変動が小さくなる。特に、(C)膨張工程におけるマイナス方向のモータリング負荷の絶対値が小さくなることで、図1の(B)圧縮工程から(C)膨張行程への移行時における変動量δが、図5の(b)圧縮工程から(c)膨張行程への移行時の変動量δ’と比べて小さくなる。このため、駆動軸120の雄スプライン部121の回転方向先行側の歯面121aを、常に駆動治具130の雌スプライン部131に当接させた状態(図7(a)参照)とすることができるため、スプライン部121,131の歯面同士の衝突に起因するカタカタ音の発生を防止することができる。
【発明の効果】
【0016】
以上のように、本発明によれば、モータリング負荷を安定させることにより、スプライン嵌合部におけるカタカタ音を抑制することができるため、官能検査であっても異音の発生を検出しやすくなり、エンジンの良否を正確に判定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明に係るエンジン良否判定方法におけるモータリング負荷の変動を示す図である。
【図2】本発明に係るエンジン良否判定方法を示すエンジン及び駆動装置の部分断面図である。
【図3】図2のエンジンのスロットルバルブ及び吸気抑制部材の斜視図である。
【図4】図3のスロットルバルブ及び吸気抑制部材の断面図である。
【図5】従来のエンジン良否判定方法におけるモータリング負荷の変動を示す図である。
【図6】従来のエンジン良否判定方法を示すエンジン及び駆動装置の部分断面図である。
【図7】(a)及び(b)は、図6の駆動装置の駆動軸及び駆動治具のスプライン嵌合部の拡大側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
【0019】
図2には、無着火運転(モータリングテスト)でエンジンEの回転軸Sを回転駆動する駆動装置100が示されている。尚、エンジンE及び駆動装置100のうち、図6と同様の機能を有する箇所には同一の符号を付して重複説明を省略する。
【0020】
エンジンEには、複数のシリンダの吸気口を一箇所にまとめるインテークマニホールドMが設けられる。インテークマニホールドMにより一箇所にまとめられた吸気口に、スロットルバルブBが設けられる。
【0021】
エンジンEの吸気口には、吸気口の通路面積を縮小する吸気抑制部材が設けられる。本実施形態では、スロットルバルブBの開口部B1に、吸気抑制部材として、図2に示すような絞り部材1が装着される。絞り部材1は、開口部B1の開口面積を縮小するものであり、例えばウレタンで形成される。絞り部材1は、図3に示すように、スロットルバルブBの開口部B1を覆う円盤部2と、スロットルバルブBの外周面B2に嵌合する円筒部3とを有する。円盤部2には貫通孔4が設けられ、図示例では複数の貫通孔4が設けられる。このように、貫通孔4を有する絞り部材1でスロットルバルブBの開口部B1を覆うことにより、エンジンの吸気口を完全に遮断することなく、吸気を抑制することができる。
【0022】
上記のように、エンジンEの吸気口(スロットルバルブBの開口部B1)からの吸気を抑制した状態で、駆動装置100の駆動軸120を回転駆動して、エンジンEの回転軸Sを低速回転(例えば800rpm以下)で回転させる。このときのエンジン音を、検査員による官能検査により、あるいは、音や振動を検出する検出装置(図示省略)により検出し、異音の発生の有無を識別する。このとき、エンジンEの吸気が抑制されていることで、回転軸Sに加わる負荷の変動が小さくなり、駆動装置100の駆動軸120と駆動治具130とのスプライン嵌合部で生じるカタカタ音の発生を抑えることができる。これにより、カタカタ音を組付不良に起因する異音と誤って認識する事態が回避され、エンジン音から異音を正確に検出することができる。
【0023】
絞り部材1は、上記のような効果が得られる程度に開口部B1の開口面積を縮小するものであればよく、例えば開口部B1の開口面積を5%以下、好ましくは1%以下に縮小することが望ましい。一方、開口部B1の開口面積が小さすぎるとモータリング負荷が大きくなりすぎるため、開口部B1の開口面積はある程度(例えば0.1%以上)確保する必要がある。開口部B1の開口面積は、絞り部材1に形成される貫通孔4の数や大きさを適宜設定することにより調整することができる。例えば、開口部B1の直径が50mm程度である場合、絞り部材1の円盤部2に、直径0.5mmの貫通孔4を20個程度設ければよい。
【0024】
本発明は、上記の実施形態に限られない。例えば、上記の実施形態では、スロットルバルブBの開口部B1に絞り部材1を装着しているが、エンジンの吸気口の通路面積を縮小させる目的が達成される場所であれば、上記に限定されない。例えば、インテークマニホールドMの一箇所にまとめられた開口部に絞り部材1を装着しても良い。また、エンジンEに設けられた複数のシリンダの吸気口に、それぞれ絞り部材1を装着しても良い。
【0025】
また、上記の実施形態では、吸気抑制部材が、貫通孔4を設けた円盤部2を有する絞り部材1で構成されているが、これに限らず、例えば、吸気口の開口部に通気性を有する布を被せることで、吸気抑制部材を構成してもよい。
【符号の説明】
【0026】
1 絞り部材(吸気抑制部材)
2 円盤部
3 円筒部
4 貫通孔
100 駆動装置
110 モータ
120 駆動軸
121 雄スプライン部
130 駆動治具
131 雌スプライン部
E エンジン
S 回転軸
P ドライブプレート
M インテークマニホールド
B スロットルバルブ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンの回転軸を駆動装置で回転させたときに生じるエンジン音に基づいて、エンジンの良否を判定するための方法であって、
エンジンの吸気口に、吸気口の通路面積を縮小する吸気抑制部材を装着した状態で、エンジンの回転軸を回転させるエンジンの良否判定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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