説明

エンタングル状態を用いた通信方法

【課題】 エンタングル状態を用いて、光速を超える信号伝達速度を実現する通信方法を提供すること。
【解決手段】 受信者は、光経路の一部に光路長の等しい2つの非線形光学材料を用いたサニャック干渉計を準備する。偏光方向がエンタングル状態にある2光子のうち、第1の光子を送信者に送付し、残りの第2の光子を受信者へ送付する。送信者は、送りたい情報に応じて垂直方向または45度方向を選択し、時刻1に垂直偏光または45度偏光を透過する偏光板を通過させた後で第1の光子の測定を行う。受信者は時刻1よりも後の時刻2に第2の光子を、ハーフビームスプリッターにおいてローカルオシレーター光と混合させた後で前記サニャック干渉計に入力し、非線形光学材料中で参照光と相互作用させる。受信者はサニャック干渉計から出力される信号光の位相変調量を測定して送信者の情報を判別する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、量子状態であるエンタングル状態を利用した通信方法に関し、特に非線形光学材料による交差位相変調を利用する通信方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在の通信技術は電気通信、電波通信または光ファイバー通信が広く実用化されている。この電気、電波または光を用いる通信では、信号伝達速度は光速以下となる。一方、基礎研究の分野では量子力学の原理を元にした、量子通信技術の研究が盛んに行われている。この量子通信技術の分野ではエンタングル状態(もつれた状態)を用いて、盗聴攻撃に強い量子暗号を開発する研究が行われている(例えば非特許文献1「工学系のための量子光学」、森北出版、第10章、または特許文献1「特願平11−700号」参照)。また、エンタングル状態とベル測定と呼ばれる操作を用いて、コピー元の量子状態を別の系に再現させる量子テレポーテーションも研究されている(例えば非特許文献1「工学系のための量子光学」、森北出版、第10章参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特願平11−700号
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】井上 恭著「工学系のための量子光学」、森北出版
【非特許文献2】尾崎義治、朝倉利光訳「基本光工学1」、森北出版
【非特許文献3】尾崎義治、朝倉利光訳「基本光工学2」、森北出版
【非特許文献4】G.P.アグラワール著「非線形ファイバー光学」、吉岡書店
【非特許文献5】N.Matsuda,R.Shimizu,Y.Mitsumori,H.Kosaka,and K.Edamatsu,Nature.Photonics 3,95(2009)
【非特許文献6】古澤 明著「量子光学と量子情報科学」、数理工学社
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、これらの量子暗号または量子テレポーテーションにおいても、実際に情報を伝達するには光速以下の速度での通信過程が必要とされており、信号伝達速度は光速以下となる。エンタングル状態に対する測定を行うと、波束の収縮(エンタングル状態の干渉性の消失)が瞬時に起こり、エンタングル状態の各部分系の測定結果に強い相関(100%の相関)が生じる。しかし、エンタングル状態に対する個々の測定結果は全くランダムであり、測定結果を任意に選ぶことができないため、送信者が情報を送信することには利用できないと言われている(例えば非特許文献1「工学系のための量子光学」、森北出版、第9章参照)。
【0006】
そこで本発明の目的は、エンタングル状態に対する測定結果のランダム性に起因した通信技術への応用の困難を克服して、光速を超える信号伝達速度を実現する通信方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記の目的を達成するために、本発明の第1の側面によれば、受信者は、光路長の等しい2つの非線形光学材料を用いたサニャック干渉計を準備する。前記サニャック干渉計には、光経路の一部に、前記2つの非線形光学材料が配置されている。
【0008】
送信者と受信者は偏光方向がエンタングル状態にある2光子を準備する。そして、前記エンタングル状態の2光子のうち、第1の光子を送信者に送付し、残りの第2の光子を受信者へ送付する。
【0009】
時刻1に、送信者は「1」を送信する場合は、垂直偏光を透過する偏光板を通過させた後で第1の光子の測定(光子の検出)を行う。また送信者は「0」を送信する場合は、45度偏光を透過する偏光板を通過させた後で第1の光子の測定を行う。
【0010】
次に受信者は時刻1よりも後の時刻2に、第2の光子をハーフビームスプリッターにおいてローカルオシレーター光と混合し、第1の出力光と第2の出力光を生成する。
【0011】
次に受信者は第1の出力光と第2の出力光を前記サニャック干渉計に入力する。更に参照光を前記サニャック干渉計へ入射し、互いに反対方向にサニャック干渉計を伝播する参照光の2つの成分のうち一方を、前記2つの非線形光学材料の一方において(非線形屈折率効果によって)第1の出力光と相互作用させる。また互いに反対方向にサニャック干渉計を伝播する参照光の2つの成分のうち他方を、前記2つの非線形光学材料の他方において(非線形屈折率効果によって)第2の出力光と相互作用させる。
【0012】
この参照光と第1の出力光または第2の出力光との(非線形屈折率効果による)相互作用の結果、サニャック干渉計から出力される信号光は位相変調を受ける。受信者は、前記信号光の位相変調量を測定して「信号光の位相変調量の絶対値が0またはαδの場合」には信号「1」と判別する。また受信者は、「信号光の位相変調量の絶対値がαδ/Kの場合」には信号「0」と判別する。ここでKは2の平方根、αは比例定数とする。
【0013】
前記の方法では、送信者が第1の光子の偏光状態を垂直方向で測定するか45度方向で測定するかの2選択を通信に用いる。つまり、測定結果自体を送信に用いるわけではないため、エンタングル状態の測定結果自体はランダムであっても構わない。測定によるエンタングル状態の波束の収縮(干渉性の消失)は極短い時間に瞬間的に起こるとされている。そのため前記時刻1と前記時刻2は、送信者と受信者がどのような距離離れていても極短い時間に設定できる。したがって原理的に光速以上の信号伝達速度を達成しうる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、エンタングル状態の測定結果のランダム性に起因した通信技術への応用の困難を克服して、光速を超える信号伝達速度を実現する通信方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】実施例1において、偏光板が垂直の場合の構成図。
【図2】実施例1において、偏光板が45度の場合の構成図。
【図3】実施例1の図1に対応する場合において、偏光ビームスプリッター14A、14B、15A、15Bに代えて周波数依存のあるミラー27A、27B、28A、28Bを用いた構成図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面にしたがって本発明の実施の形態について説明する。以下で定数Kを2の平方根とする。
【実施例】
【0017】
図1から図2を用いて実施例1を説明する。図1においてレーザー光源1から放射されたレーザー光21をビームスプリッター22で2方向へ分割する。図1中、ビームスプリッター22から上方へ伝播するポンプ光23は、第3の非線形光学材料24へ入射する。第2の非線形光学材料24からは、ポンプ光23からパラメトリックダウンコンバージョンにより発生する、偏光状態がエンタングルした(もつれた)第1の光子2と第2の光子3が放射される。ポンプ光と非線形光学材料による偏光のエンタングル状態の生成方法については、例えば非特許文献1「工学系のための量子光学」、森北出版、第9章に詳しく説明されている。図1では第3の非線形光学材料24だけを図示しているが、実際には前記の非特許文献1に紹介されている単一または複数の非線形光学材料を用いる方法で偏光のエンタングル状態が生成できる。また図1中、第1の光子2と第2の光子3の伝播方向を実線矢印で図示した。光子の垂直方向の偏光状態を|V>、水平偏光状態を|H>とすると、前記エンタングル状態は以下の(式1)で表される。
【0018】
【数1】


ここで添え字Aは第1測定器5へ向かう第1の光子2を表し、添え字Bは第2の光子3を表す。したがって前記の(式1)は、第1の光子2と第2の光子3がともに水平偏光である状態と、第1の光子2と第2の光子3がともに垂直偏光である状態がエンタングルして(もつれて)いることを示している。特にこの(式1)であらわされる状態は、垂直方向と水平方向に限らず、任意の角度の偏光状態とそれに直交する偏光状態の組み合わせを用いても同様に表すことが出来る(例えば非特許文献1「工学系のための量子光学」、森北出版、第9章参照)。
【0019】
図1において、垂直偏光を透過する偏光板4により第1の光子2の垂直偏光成分のみが第1測定器5へ向かう。図中、偏光板4を通過した第1の光子2を点線矢印で図示した。また偏光板4を通過した第1の光子2が垂直偏光成分であることを縦方向の両側矢印で図示した。ここで第1測定器5にて第1の光子2が検出されると、第1の光子2が垂直偏光であることが確定する。また第1測定器5にて第1の光子2が検出されなかった場合は第1の光子2が水平偏光であることが確定する(例えば非特許文献1「工学系のための量子光学」、森北出版、第9章参照)。
【0020】
図1において、第1の光子2に対する前記測定により波束の収縮(干渉性の消失)が起こり、第2の光子3も第1の光子2と同じ偏光状態に確定する。これは前記エンタングル状態の特性である(例えば非特許文献1「工学系のための量子光学」、森北出版、第9章参照)。
【0021】
前記第1の光子2に対する測定の後、第2の光子3は、ハーフビームスプリッター25へ入射する。このとき同時にローカルオシレーター光26もハーフビームスプリッター25へ入射して、第2の光子3とローカルオシレーター光26が混合され、第1の出力光3Aと第2の出力光3Bがハーフビームスプリッター25から出力される。ローカルオシレーター光26は第2の光子3と同じ周波数で、垂直偏光しているものとする。更にローカルオシレーター光26は第2の光子3よりも十分に光強度が大きいものとする。ここでハーフビームスプリッター25を、第1の出力光3Aでは第2の光子3とローカルオシレーター光26が逆位相で混合され、第2の出力光3Bでは同位相で混合されるように設定されているものとする。(例えば非特許文献6「量子光学と量子情報科学」、数理工学社、第1章1.4節参照)
【0022】
したがって前記第1の出力光3Aと第2の出力光3Bの光強度は、下記の(式2)のようになる。(式2)中のESの符号は、第1の出力光3Aではマイナス、第2の出力光3Bではプラスとなる。ここでESはハーフビームスプリッター25へ入射する第2の光子3の光電場を表し、ELはローカルオシレーター光26の光電場を表す。またES*はESの複素共役、EL*はELの複素共役を表す。EL*・ESまたはEL・ES*は光電場ベクトル同士の内積を表す。1/2の因子はハーフビームスプリッター25での光の2分割に起因する。また、ローカルオシレーター光26は第2の光子3よりも十分強い光であることを想定しているため、下記の(式2)中の2行目以降でESの2乗の項を省略した。(式2)より第2の光子3の光電場ES(またはES*)に依存する項δは、ローカルオシレーター光26の光電場EL*(またはEL)との内積である。そのため、第2の光子3の光電場ESのうちローカルオシレーター光26と同じ偏光方向(垂直偏光)の成分のみが取り出されることになる。
【0023】
【数2】

【0024】
次に第1の出力光3Aと第2の出力光3Bは、ミラー7、ミラー8、ミラー9、偏光ビームスプリッター10、偏光ビームスプリッター14Aと15A、偏光ビームスプリッター14Bと15B、光路長が等しい第1の非線形光学材料11Aと第2の非線形光学材料11B、ファラデーユニット12、ファラデーユニット13から構成されるサニャック干渉計18に入射する。第1の出力光3Aの垂直偏光成分が、偏光ビームスプリッター14Aからサニャック干渉計18の中へ入射して、第1の非線形光学材料11Aを通過し、偏光ビームスプリッター15Aからサニャック干渉計18の外へ出る。第2の出力光3Bもその垂直偏光成分が、偏光ビームスプリッター14Bからサニャック干渉計18の中へ入射して、第2の非線形光学材料11Bを通過し、偏光ビームスプリッター15Bからサニャック干渉計18の外へ出る。
【0025】
また、ビームスプリッター22で分割された(ポンプ光23とは別の)もう一方の参照光16が、偏光ビームスプリッター10からサニャック干渉計18へ入射する。サニャック干渉計18へ入射する前、参照光16は同じ割合の垂直偏光と水平偏光からなる|H>+|V>で表される状態とする。図1中、参照光16は偏光ビームスプリッター10により、サニャック干渉計18を時計まわりに伝播する参照光16Hと、反時計まわりに伝播する参照光16Vの2つの成分に分割される。ただし、ファラデーユニット12またはファラデーユニット13による偏光方向の変換により、ファラデーユニット12から時計まわりにファラデーユニット13へ至る区間では、参照光16Hと参照光16Vはともに水平偏光の状態で伝播するように設定できる。その他のファラデーユニット12から偏光ビームスプリッター10の間と、偏光ビームスプリッター10からファラデーユニット13の間の区間では、参照光16Hと参照光16Vはそれぞれ水平偏光と垂直偏光になっている。したがって参照光16Hと参照光16Vは、偏光ビームスプリッター14A、14Bと偏光ビームスプリッター15A,15Bを透過して、サニャック干渉計18をそれぞれ反対方向に1周する。サニャック干渉計18を1周した2つの参照光を、参照光16HAと参照光16VAとして図示した。参照光16HAと参照光16VAは偏光ビームスプリッター10において合成されて信号光17として出力される。前記のサニャック干渉計18は非特許文献5に詳しく説明されている。(非特許文献5、Nature.Photonics 3,95(2009)参照)
【0026】
ここで前記第1の非線形光学材料11Aの中では、第1の出力光3Aの光強度に比例して、参照光16Vが感じる屈折率が変化する。これは第1の非線形光学材料11Aの非線形屈折率効果によるもので、交差位相変調(XPM)とよばれる。(非特許文献4、非線形ファイバー光学、第7章参照)一方、第1の出力光3Aと逆方向にサニャック干渉計18を伝播する参照光16Hは、ほとんど第1の出力光3Aと交差する時間がないため、第1の出力光3Aの影響を受けない。同様に前記第2の非線形光学材料11Bの中では、第2の出力光3Bの光強度に比例して、参照光16Hが感じる屈折率が変化する。
【0027】
前記(式2)に示したように、第1の出力光3Aの光強度は(β−δ)/2、第2の出力光3Bの光強度は(β+δ)/2なので、参照光16Vは参照光16Hと比べて、−δに比例した位相変調を受ける。この位相変調の量は、第2の光子3が垂直偏光の場合はローカルオシレーター光26と同じ偏光方向のため光子1個分の光電場による位相変調−αδとなり、第2の光子3が水平偏光の場合はローカルオシレーター光26と直交するため位相変調0となる。これは前記のようにδが第2の光子3の光電場とローカルオシレーター光26の光電場の内積からなっているためである。ここでαは比例定数を表すものとする。また、前記のように実際には第1の出力光3A(または第2の出力光3B)の垂直偏光成分のみがサニャック干渉計18の中に入射するが、ローカルオシレーター光26が垂直偏光であるため、サニャック干渉計18の中での第1の出力光3A(または第2の出力光3B)の光強度はやはり前記と同じ(β−δ)/2(または(β+δ)/2)となり、位相変調の量も同じ結果となる。
【0028】
次に図2に、第1の光子2が45度偏光を透過する偏光板4を通った後で、第1測定器5において第1の光子2が測定される場合を示す。図2は偏光板4の角度が45度であること以外は図1と同じ構成となっている。この場合、第1測定器5において第1の光子2が検出されると、第1の光子2と第2の光子3の偏光がともに45度偏光に確定する。第1の光子2が検出されない場合は、第1の光子2と第2の光子3の偏光がともに−45度偏光に確定する。これは、(式1)で表される前記エンタングル状態が、任意の角度の偏光状態とそれに直交する偏光状態の組み合わせを用いても同様に表すことが出来ることに起因している(例えば非特許文献1「工学系のための量子光学」、森北出版、第9章参照)。
【0029】
次に第2の光子3が、ハーフビームスプリッター25へ入射する。図1の場合と同様にローカルオシレーター光26もハーフビームスプリッター25へ入射して、第2の光子3とローカルオシレーター光26が混合され、第1の出力光3Aと第2の出力光3Bがハーフビームスプリッター25から出力される。ここで、ローカルオシレーター光26は図1の場合と同じ光強度で垂直偏光しているものとする。この図2の場合には、(式2)の中で第2の光子3の光電場ESに依存する項δは、第2の光子3が45度偏光のため図1の垂直偏光の場合の1/K倍になる(ここでKは2の平方根)。これは前記のようにδが第2の光子3の光電場とローカルオシレーター光26の光電場の内積からなっていて、垂直偏光と45度偏光の内積が1/Kとなるためである。
【0030】
次に第1の出力光3Aと第2の出力光3Bは、それぞれ偏光ビームスプリッター14Aと偏光ビームスプリッター14Bからサニャック干渉計18の中へ入射する。図1の場合と同様に、第1の出力光3Aと第2の出力光3Bのそれぞれ垂直偏光成分がサニャック干渉計18の中へ入射する。ここでも図1の場合と同様に第1の非線形光学材料11Aの中で、参照光16Vが第1の出力光3Aの光強度に比例した屈折率変化を受ける。また参照光16Hが第2の出力光3Bの光強度に比例した屈折率変化を受ける。図2の場合、参照光16Hに対する参照光16Vの位相変調量は−αδ/Kとなる(ここでKは2の平方根)。これは前記のように、(式2)の中で第2の光子3の光電場ESに依存する項δが、第2の光子3が45度偏光のため図1の垂直偏光の場合の1/K倍になるためである。実際には第1の出力光3Aと第2の出力光3Bのそれぞれ垂直偏光成分のみがサニャック干渉計18の中へ入射するが、ローカルオシレーター光26が垂直偏光のため位相変調量の結果には影響しない。そして、サニャック干渉計18を1周した参照光16HAと参照光16VAは偏光ビームスプリッター10において合成されて信号光17として出力される。
【0031】
前記で説明したように、図1の場合において、サニャック干渉計18から出力される信号光17は|H>+|V>または|H>+exp(−iαδ)|V>で表される状態となる。これは前記のように、参照光16Hに対する参照光16Vの位相変調が0または−αδであることによる。一方で図2の場合においては、サニャック干渉計18から出力される信号光17は|H>+exp(−iαδ/K)|V>で表される状態となる。この位相変調0または−αδまたは−αδ/Kは、非特許文献5に詳しく説明されているオプティカルブリッジテクニックと呼ばれる手法により、信号光17の微少な偏光角度の違いとして検出できる。(非特許文献5、Nature.Photonics 3,95(2009)参照)したがって信号光17の位相変調量を検出することより、図1の場合(偏光板4が垂直)と図2の場合(偏光板4が45度)を判別することができる。本実施例の方法では、(式2)に示されるように前記δが第2の光子3の光電場ESの大きさとローカルオシレーター光26の光電場ELの大きさの積に比例する。したがって、ローカルオシレーター光26の強い光電場ELにより第2の光子3の微弱な光電場ESを増幅して検出することが出来て、高感度に第2の光子3の偏光方向を判別できる。
【0032】
ここで前記の構成を通信に用いる方法を説明する。受信者は、光路長の等しい第1の非線形光学材料11Aと第2の非線形光学材料11Bを用いたサニャック干渉計18を準備する。前記サニャック干渉計18には、光経路の一部に、前記第1の非線形光学材料11Aと第2の非線形光学材料11Bが配置されている。
【0033】
送信者と受信者は偏光方向がエンタングル状態にある2光子を準備する。そして、前記エンタングル状態の2光子のうち、第1の光子2を送信者に送付し、残りの第2の光子3を受信者へ送付する。
【0034】
予め送信者と受信者間で決めておいた時刻1に、送信者は「1」を送信する場合は、垂直偏光を透過する偏光板4を通過させた後で第1の光子2の測定(光子の検出)を行う。また送信者は「0」を送信する場合は、45度偏光を透過する偏光板4を通過させた後で第1の光子2の測定を行う。
【0035】
次に受信者は時刻1よりも後の時刻2に、第2の光子3をハーフビームスプリッター25においてローカルオシレーター光26と混合し、第1の出力光3Aと第2の出力光3Bを生成する。
【0036】
受信者は第1の出力光3Aと第2の出力光3Bを前記サニャック干渉計18に入力する。更に参照光16を前記サニャック干渉計18へ入射し、互いに反対方向にサニャック干渉計18を伝播する参照光16の2つの成分のうち一方を、第1の非線形光学材料11Aにおいて(非線形屈折率効果によって)第1の出力光3Aと相互作用させる。また互いに反対方向にサニャック干渉計18を伝播する参照光16の2つの成分のうち他方を、第2の非線形光学材料11Bにおいて(非線形屈折率効果によって)第2の出力光3Bと相互作用させる。この相互作用の結果、サニャック干渉計18から出力される信号光17は位相変調を受ける。受信者は、前記信号光17の位相変調量を測定して「信号光17の位相変調量の絶対値が0またはαδの場合」には信号「1」と判別する。また受信者は、「信号光17の位相変調量の絶対値がαδ/Kの場合」には信号「0」と判別する。前記で説明したことから、この方法で第2の光子3の偏光状態を判別することが可能であることが分かる。
【0037】
前記の方法では、送信者が第1の光子2の偏光状態を垂直方向で測定するか45度方向で測定するかの2選択を通信に用いる。つまり、測定結果自体を送信に用いるわけではないため、エンタングル状態の測定結果自体はランダムであっても構わない。実際、送信者が第1の光子2の偏光状態を垂直方向で測定した場合には、測定結果は垂直偏光または水平偏光となる。また、送信者が第1の光子の偏光状態を45度方向で測定した場合には、測定結果は±45度偏光となる。このように測定結果自体はランダムである。しかし前記実施例1の方法によって受信者は、送信者が行った垂直方向または45度方向の2選択を判別することができる。
【0038】
前記の方法では、第1の出力光3A(または第2の出力光3B)を第1の非線形光学材料11A(または第2の非線形光学材料11B)の中で参照光16V(または参照光16H)と相互作用させ、参照光16V(または参照光16H)に第1の出力光3A(または第2の出力光3B)の光強度に比例した位相変調を生じさせ、参照光16Vと参照光16Hの間の位相変調量を測定することにより送信者の情報を判別することが本質的である。更に第2の光子3をローカルオシレーター光26と混合することによって、微弱な第2の光子3の光電場をローカルオシレーター光26の強い光電場により増幅して検知することができる点も特長である。
【0039】
測定によるエンタングル状態の波束の収縮(干渉性の消失)は極短い時間に瞬間的に起こるとされている。そのため時刻1と時刻2は送信者と受信者がどのような距離離れていても極短い時間に設定できる。したがって原理的に光速以上の信号伝達速度を達成しうる。
【0040】
前記の実施例1では(式1)で表される偏光状態がエンタングルした(もつれた)2光子を用いたが、下記の(式3)または(式4)で表されるエンタングルした(もつれた)2光子を用いても良い。
【0041】
【数3】


(式3)のエンタングル状態は第1の光子2と第2の光子3の片方が垂直偏光、片方が水平偏光である2状態がエンタングルしたものになっている。(式4)は(式1)と第2項の符号のみが異なる(例えば非特許文献1「工学系のための量子光学」、森北出版、第9章参照)。(式3)または(式4)で表されるエンタングル状態でも、第1の光子2と第2の光子3が垂直偏光と水平偏光のどちらかであるか、または±45度偏光のどちらかであるようにすることができる。これには前記実施例1と同様に、第1の光子2の偏光状態を垂直方向で測定するか45度方向で測定するかの2選択を行えば良い。したがって、これらの場合にも前記実施例1と同じ通信方法を用いることが出来る。
【0042】
また前記の実施例1では、図1と図2において第1の出力光3Aと第2の出力光3Bをサニャック干渉計18に入射または取り出すために、偏光ビームスプリッター14A、14Bと偏光ビームスプリッター15A、15Bを用いた。第2の光子3はポンプ光23から第3の非線形光学材料24でのパラメトリックダウンコンバージョンによって生成されるため、参照光16とは周波数が異なる(第2の光子3は参照光16より周波数が小さい)。したがって前記の偏光ビームスプリッター14A、14B、15A、15Bに代えて、参照光16の周波数では光を透過し、第2の光子3の周波数では光を反射する周波数依存をもつミラーを用いても良い。図1の場合に、偏光ビームスプリッター14A、14B、15A、15Bに代えて、前記の周波数依存をもつミラーを用いた場合を図3に示した。
【0043】
図3の中では、偏光ビームスプリッター14A、14B、15A、15Bに代えて、周波数依存をもつミラー27A、27B、28A、28Bが配置される。周波数依存をもつミラー27A、27B、28A、28Bは第1の出力光3Aまたは第2の出力光3Bの周波数の光を反射するので、第1の出力光3Aまたは第2の出力光3Bをサニャック干渉計18に入射または取り出すことが可能となる。一方で、周波数依存をもつミラー27A、27B、28A、28Bは参照光16の周波数の光は透過するため参照光16の伝播には影響を与えない。
【0044】
前記の実施例1では、信号光17の位相変調量が0または−αδの場合と、信号光17の位相変調量が−αδ/Kの場合とをオプティカルブリッジテクニックによる測定で判別していた。このオプティカルブリッジテクニックでは信号光17をビームスプリッターで2分岐して、それぞれをフォトダイオードで光電流へ変換して差分を取ることで、信号光17の位相変調量を検出している(非特許文献5、Nature.Photonics 3,95(2009)参照)。したがって、前記実施例1の(第2の光子3Aの)測定を連続して複数回測定し、出力値を積分することが可能である。これにより微少な位相変調量の測定精度を向上させることができる。
【0045】
前記実施例1ではサニャック干渉計18は偏光ビームスプリッターとミラー、第1の非線形光学材料、第2の非線形光学材料から構成されていたが、ミラーを用いずループ状の光ファイバーでサニャック干渉計18を構成することもできる。(非特許文献5、Nature.Photonics 3,95(2009)参照)
【符号の説明】
【0046】
1 レーザー光源
2 第1の光子
3 第2の光子
3A 第1の出力光
3B 第2の出力光
4 偏光板
5 第1測定器
7 ミラー
8 ミラー
9 ミラー
10 偏光ビームスプリッター
11A 第1の非線形光学材料
11B 第2の非線形光学材料
12 ファラデーユニット
13 ファラデーユニット
14A 偏光ビームスプリッター
14B 偏光ビームスプリッター
15A 偏光ビームスプリッター
15B 偏光ビームスプリッター
16 参照光
17 信号光
18 サニャック干渉計
21 レーザー光
22 ビームスプリッター
23 ポンプ光
24 第3の非線形光学材料
25 ハーフビームスプリッター
26 ローカルオシレーター光
27A 周波数依存のあるミラー
27B 周波数依存のあるミラー
28A 周波数依存のあるミラー
28B 周波数依存のあるミラー


【特許請求の範囲】
【請求項1】
受信者は、光経路の一部に光路長の等しい第1の非線形光学材料と第2の非線形光学材料を備えたサニャック干渉計を準備し、
偏光方向がエンタングル状態にある2光子のうち、第1の光子を送信者に送付し、残りの第2の光子を受信者へ送付し、
時刻1に、送信者は第1信号を送信する場合は、垂直偏光を透過する偏光板を通過させた後で第1の光子の測定を行い、
また送信者は第2信号を送信する場合は、45度偏光を透過する偏光板を通過させた後で第1の光子の測定を行い、
次に受信者は時刻1よりも後の時刻2に、第2の光子をハーフビームスプリッターにおいてローカルオシレーター光と混合し、ハーフビームスプリッターからの第1の出力光と第2の出力光を前記サニャック干渉計に入射し、
更に受信者は参照光を前記サニャック干渉計へ入射させ、互いに反対方向にサニャック干渉計を伝播する参照光の2つの成分のうち一方を前記第1の非線形光学材料中において第1の出力光と相互作用させ、参照光の2つの成分のうち残り一方を前記第2の非線形光学材料中において第2の出力光と相互作用させ、
受信者は、前記サニャック干渉計から出力される信号光の位相変調量を計測することで第1信号と第2信号とを判別する、
以上の過程を含むことを特徴とした通信方法。
【請求項2】
請求項1において、
第1の光子と第2の光子は、レーザー光から2分岐された一方のポンプ光により、第3の非線形光学材料でのパラメトリックダウンコンバージョンにより生成されたエンタングル状態であり、
参照光はレーザー光から2分岐された残りの一方の光ビームであることを特徴とする通信方法。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−105136(P2012−105136A)
【公開日】平成24年5月31日(2012.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−252785(P2010−252785)
【出願日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【出願人】(710000859)
【Fターム(参考)】