説明

オーディオ信号処理装置およびオーディオ信号処理方法

【課題】シンプルな回路構成で、音像の上方拡大と左右定位遷移とを同時に実現するオーディオ信号処理装置およびオーディオ信号処理方法を提供する。
【解決手段】位相遅延回路2によって左右チャンネルの各オーディオ信号に対して高周波数帯域の振幅補正と位相補正とを行い、サラウンド回路3によって位相遅延回路2の出力信号に対してサラウンド信号処理を施して左右チャンネルのサラウンド信号を生成し、バランス回路4によって左右チャンネルのサラウンド信号のゲイン値を調節することで、所望の定位状態を作り出す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、左右2チャンネルのチャンネルのスピーカによって形成するサラウンド型の音場における音像定位を移動させるための信号処理を行うオーディオ信号処理装置およびオーディオ信号処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、2チャンネルスピーカによる音像定位を自由に移動させるための様々な技術が提案されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、左右2つのチャンネルの原音信号をそれぞれ第1および第2原音信号に分割し、かつ、そのバランス量を設定し、位相を反転して逆相とした第1原音信号と、両チャンネルの同相成分を除去した第2原音信号とを各チャンネルごとに合成した信号の左右のバランスを可変とすることにより、音像位置を前後左右の所定位置に設定可能とする装置が開示されている。
【0004】
また、特許文献2には、左右2つのチャンネルに分離された楽音信号により生成される複数の音像のそれぞれを、聴取者の前後左右の所定位置に定位させることにより、広がり感を有する音像のパンニングが可能な装置が開示されている。
【0005】
また、特許文献3には、左右チャンネルのオーディオ信号に対する高周波帯域の振幅および位相の補正処理によりスピーカ特性変換を行い、さらにサラウンド信号処理を行うことにより、音像の上方拡大を実現する装置が開示されている。
【特許文献1】特開平8−47100号公報
【特許文献2】特開平7−87600号公報
【特許文献3】特開2006−42316号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に開示された装置では、音像位置を前後左右に移動させることはできるが、上下方向に移動させることはできない。また、回路規模が大きく、コストパフォーマンスとしては低い。
【0007】
また、特許文献2に開示された装置についても、音像位置を左右に移動させることができるのみで、上下方向に移動させることはできない。また、構成はフルデジタルであり、CPU(Central Processing Unit)、DSP(Digital Signal Processor)による処理を原則としている。このため回路規模が大きく複雑であり、価格も高額となる。
【0008】
また、特許文献3に開示された装置では、音像を上方に拡大することを可能としているが、左右方向の音像の定位遷移については言及していない。
【0009】
本発明は上記に鑑みてなされたもので、シンプルな回路構成で、音像の上方拡大と左右定位遷移とを同時に実現するオーディオ信号処理装置およびオーディオ信号処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するため、本発明のオーディオ信号処理装置は、スピーカにより再生されてサラウンド音場を創生するためのサラウンド信号を得るための信号処理を、供給される左チャンネルのオーディオ信号および右チャンネルのオーディオ信号に対して行うオーディオ信号処理装置であって、前記左チャンネルのオーディオ信号および前記右チャンネルのオーディオ信号における所定の第1の高周波数帯域の振幅を増幅し、前記第1の高周波数帯域の位相を遅延する補正処理を行う第1の位相遅延手段(2)と、前記第1の位相遅延手段により補正処理された前記左チャンネルのオーディオ信号と前記右チャンネルのオーディオ信号との差信号における所定の周波数以上の帯域を除去するフィルタ手段(R11,C3)と、前記フィルタ手段により前記所定の周波数以上の帯域が除去された前記差信号に対して位相遅延処理を行う第2の位相遅延手段(35A,35B)と、前記第1の位相遅延手段により補正処理された前記左チャンネルのオーディオ信号と、前記第2の位相遅延手段により位相遅延処理された前記差信号とを混合して、左チャンネルのサラウンド信号を生成する第1の混合手段(32)と、前記第1の位相遅延手段により補正処理された前記右チャンネルのオーディオ信号と、前記第2の位相遅延手段により位相遅延処理された前記差信号とを混合して、右チャンネルのサラウンド信号を生成する第2の混合手段(31)と、前記左チャンネルのサラウンド信号のゲイン値と前記右チャンネルのサラウンド信号のゲイン値との組み合わせが、予め設定された複数のゲイン値の組み合わせのうちの1つになるように、前記左チャンネルのサラウンド信号および前記右チャンネルのサラウンド信号のゲイン値を調節するゲイン調節手段(4)とを備えることを特徴とする。
【0011】
また、本発明のオーディオ信号処理装置は、スピーカにより再生されてサラウンド音場を創生するためのサラウンド信号を得るための信号処理を、供給される左チャンネルのオーディオ信号および右チャンネルのオーディオ信号に対して行うオーディオ信号処理装置であって、前記左チャンネルのオーディオ信号および前記右チャンネルのオーディオ信号における所定の第1の高周波数帯域の振幅を増幅し、前記第1の高周波数帯域の位相を遅延する補正処理を行う第1の位相遅延手段(2)と、前記第1の位相遅延手段により補正処理された前記左チャンネルのオーディオ信号と前記右チャンネルのオーディオ信号との和信号に対して、音声帯域の補正処理を行う中音域補正フィルタ手段(34)と、前記第1の位相遅延手段により補正処理された前記左チャンネルのオーディオ信号と前記右チャンネルのオーディオ信号との差信号における所定の周波数以上の帯域を除去するフィルタ手段(R11,C3)と、前記フィルタ手段により前記所定の周波数以上の帯域が除去された前記差信号に対して位相遅延処理を行う第2の位相遅延手段(35A,35B)と、前記第1の位相遅延手段により補正処理された前記左チャンネルのオーディオ信号と、前記中音域補正フィルタ手段により補正処理された前記和信号と、前記第2の位相遅延手段により位相遅延処理された前記差信号とを混合して、左チャンネルのサラウンド信号を生成する第1の混合手段(32)と、前記第1の位相遅延手段により補正処理された前記右チャンネルのオーディオ信号と、前記中音域補正フィルタ手段により補正処理された前記和信号と、前記第2の位相遅延手段により位相遅延処理された前記差信号とを混合して、右チャンネルのサラウンド信号を生成する第2の混合手段(31)と、前記左チャンネルのサラウンド信号のゲイン値と前記右チャンネルのサラウンド信号のゲイン値との組み合わせが、予め設定された複数のゲイン値の組み合わせのうちの1つになるように、前記左チャンネルのサラウンド信号および前記右チャンネルのサラウンド信号のゲイン値を調節するゲイン調節手段(4)と、前記左チャンネルのサラウンド信号および前記右チャンネルのサラウンド信号における、前記第1の高周波数帯域内の所定の第2の高周波数帯域を減衰する減衰手段(C6,C7)とを備えることを特徴とする。
【0012】
また、本発明のオーディオ信号処理装置に係る前記第1の位相遅延手段は、前記左チャンネルのオーディオ信号および前記右チャンネルのオーディオ信号における前記第1の高周波数帯域の振幅を増幅し、前記第1の高周波数帯域の位相を所定の位相遅延量だけ遅延した後、増幅され前記所定の位相遅延量だけ位相遅延された前記左チャンネルのオーディオ信号および前記右チャンネルのオーディオ信号における前記第1の高周波数帯域の位相をさらに遅延する手段であることを特徴とする。
【0013】
また、本発明のオーディオ信号処理方法は、スピーカにより再生されてサラウンド音場を創生するためのサラウンド信号を得るための信号処理を、供給される左チャンネルのオーディオ信号および右チャンネルのオーディオ信号に対して行うオーディオ信号処理方法であって、前記左チャンネルのオーディオ信号および前記右チャンネルのオーディオ信号における所定の第1の高周波数帯域の振幅を増幅するとともに、前記第1の高周波数帯域の位相を遅延する補正処理を行う補正ステップと、前記補正ステップで補正処理された前記左チャンネルのオーディオ信号と前記右チャンネルのオーディオ信号との差信号における所定の周波数以上の帯域を除去するステップと、前記所定の周波数以上の帯域が除去された前記差信号に対して位相遅延処理を行う位相遅延ステップと、前記補正ステップで補正処理された前記左チャンネルのオーディオ信号と、前記位相遅延ステップで位相遅延処理された前記差信号とを混合して、左チャンネルのサラウンド信号を生成するステップと、前記補正ステップで補正処理された前記右チャンネルのオーディオ信号と、前記位相遅延ステップで位相遅延処理された前記差信号とを混合して、右チャンネルのサラウンド信号を生成するステップと、前記左チャンネルのサラウンド信号のゲイン値と前記右チャンネルのサラウンド信号のゲイン値との組み合わせが、予め設定された複数のゲイン値の組み合わせのうちの1つになるように、前記左チャンネルのサラウンド信号および前記右チャンネルのサラウンド信号のゲイン値を調節するステップとを含むことを特徴とする。
【0014】
また、本発明のオーディオ信号処理方法は、スピーカにより再生されてサラウンド音場を創生するためのサラウンド信号を得るための信号処理を、供給される左チャンネルのオーディオ信号および右チャンネルのオーディオ信号に対して行うオーディオ信号処理方法であって、前記左チャンネルのオーディオ信号および前記右チャンネルのオーディオ信号における所定の第1の高周波数帯域の振幅を増幅するとともに、前記第1の高周波数帯域の位相を遅延する補正処理を行う補正ステップと、前記補正ステップで補正処理された前記左チャンネルのオーディオ信号と前記右チャンネルのオーディオ信号との和信号に対して、音声帯域の補正処理を行う中音域補正ステップと、前記補正ステップで補正処理された前記左チャンネルのオーディオ信号と前記右チャンネルのオーディオ信号との差信号における所定の周波数以上の帯域を除去するステップと、前記所定の周波数以上の帯域が除去された前記差信号に対して位相遅延処理を行う位相遅延ステップと、前記補正ステップで補正処理された前記左チャンネルのオーディオ信号と、前記中音域補正ステップで補正処理された前記和信号と、前記位相遅延ステップで位相遅延処理された前記差信号とを混合して、左チャンネルのサラウンド信号を生成するステップと、前記補正ステップで補正処理された前記右チャンネルのオーディオ信号と、前記中音域補正ステップで補正処理された前記和信号と、前記位相遅延ステップで位相遅延処理された前記差信号とを混合して、右チャンネルのサラウンド信号を生成するステップと、前記左チャンネルのサラウンド信号のゲイン値と前記右チャンネルのサラウンド信号のゲイン値との組み合わせが、予め設定された複数のゲイン値の組み合わせのうちの1つになるように、前記左チャンネルのサラウンド信号および前記右チャンネルのサラウンド信号のゲイン値を調節するとともに、前記左チャンネルのサラウンド信号および前記右チャンネルのサラウンド信号における、前記第1の高周波数帯域内の所定の第2の高周波数帯域を減衰するステップとを含むことを特徴とする。
【0015】
また、本発明のオーディオ信号処理方法に係る前記補正ステップは、前記左チャンネルのオーディオ信号および前記右チャンネルのオーディオ信号における前記第1の高周波数帯域の振幅を増幅するとともに、前記第1の高周波数帯域の位相を所定の位相遅延量だけ遅延した後、増幅され前記所定の位相遅延量だけ位相遅延された前記左チャンネルのオーディオ信号および前記右チャンネルのオーディオ信号における前記第1の高周波数帯域の位相をさらに遅延するステップであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、シンプルな回路構成で、音像の上方拡大と左右定位遷移とを同時に実現することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明を実施するための最良の形態について、図面を参照して説明する。
【0018】
まず、本発明の着眼点と音像定位遷移についての考察を詳述する。
【0019】
(a)スピーカの特性変換による仮想音源形成について
比較的低価格な左右2チャンネルのステレオ再生装置に使用されている一般的なフルレンジスピーカは、図1に示す振幅特性および位相特性のシミュレーション図と、図2に示すインピーダンス特性および位相特性のシミュレーション図からわかるように、高周波数再生限界は低く、位相は周波数増加に伴い進んでいき、インピーダンスは周波数増加に伴い高くなる。
【0020】
一方、図3に示す2ウェイスピーカの振幅特性および位相特性のシミュレーション図からわかるように、高級ステレオ再生装置に使用されている2ウェイスピーカの高周波数再生限界は高いものの、位相特性はウーハーとツィータのクロスオーバーポイントの前後でネットワーク回路の影響で大きく変化し、さらに、周波数増加に伴い遅れていく。
【0021】
このように、フルレンジスピーカ、2ウェイスピーカの静特性はそれぞれ難点があり、図4に示すような高周波数再生限界が20kHz以上で、かつ、位相特性は全域に亘ってフラットとなるような理想的スピーカシステムの振幅特性と位相特性とは大きく異なるのが実情である。
【0022】
一般論では、人の聴覚は1kHz以上の高周波数帯域では、その指向性を捉え易く、逆に低周波数帯域では、指向性を認識しにくいと言われている。つまり、フルレンジスピーカに比べて2ウェイスピーカの再生帯域は広く指向性は広いため、人の聴覚では認識され易い。
【0023】
この点に着目して、フルレンジスピーカの振幅と位相とを同時に特性変換して理想的スピーカシステムの特性を擬似再生(換言すれば、スピーカのボイスコイルによって生じる位相進みに対する改善と上方向での高周波数帯域落ちの解消である。)できるならば、音質の改善と音像拡大が可能と考えられる。
【0024】
すなわち、スピーカの特性変換(高周波数帯域の位相シフトと増幅度の補正)を行うことで、フルレンジスピーカの高周波数再生限界が上に延び、かつ、位相特性がフラットになることで、高周波数帯域の時間ズレが改善されて原音に近い再生音が得られるであろう。
【0025】
図5は、スピーカ特性変換による拡大音源の概念図であり、図5(a)はスピーカの正面から見た図、図5(b)はスピーカの側面から見た図である。スピーカの特性変換の結果として、中高周波数帯域の音源再生エリアが拡大することにより、図5に示すように、全体としての音像拡大(拡大音源)が期待される。
【0026】
次に、上記拡大音源を一般的な使用状態である床面などの設置面の影響を考慮して考察する。図6は、スピーカを平面に設置した場合のスピーカ特性変換による拡大音源の概念図であり、図6(a)はスピーカの正面から見た図、図6(b)はスピーカの側面から見た図である。
【0027】
一般に、低周波数帯域は設置面の反射率が高いため、エネルギーは増強されるが、高周波数帯域はその逆で設置面に吸収され、エネルギーが低下する場合が多い。つまり、スピーカを平面である机や床面に設置した場合には、図6に示すように、拡大音源は下方向には拡大せずにそれ以外の方向に拡大して、全体のスペクトルを合成した仮想音源中心は上方へシフトした格好となる。よって、これら現象を人の聴覚で捉えると、音像全体が上方向へ定位拡大して感じることができる。これは聴覚により高周波数帯域を認識して仮想音源を造っているためである。
【0028】
(b)サラウンド回路を利用した音像上方拡大の形成について
上記(a)のスピーカ特性変換による拡大音源/仮想音源を(2チャンネル)ステレオ音源にて考察する。
【0029】
図7は、リスナーから見た正面側の左右スピーカの音源中心と音源再生範囲の変化の概念図である。図7に示すように、ステレオ音源(L/Rチャンネル)の場合は、スピーカ特性変換にて再生範囲が拡大されると、左右チャンネルが近接してステレオ感が減少してしまうという好ましくない状態となる。これを解決する手段としては、サラウンド回路が適していると考えられる。それは、図7からわかるように、サラウンド信号処理された後の仮想音源は左右離れた位置に拡がり、拡大音源のLR差(音源間の距離)は大きくなるからである。
【0030】
図7より、前述のスピーカ特性変換およびサラウンド信号処理の結果、オリジナル音源の外側上方向に効果的なステレオ感を与える左右それぞれの仮想音源が形成されることがわかる。以上がサラウンド回路を利用する1つの目的である。
【0031】
次に、空間上での音像定位の仕組みを、人間の聴覚を基に考察する。
【0032】
図8は、空間上での音像定位の仕組みをベクトルで表した模式図である。図8において、原音L/Rはステレオ音源とする。ダミーヘッドMの両耳間時間差をΔt1とすると、左右サラウンド信号は、L+Δt1(L−R),R+Δt1(L−R)で表せる。また、上方向変移距離をΔd2とすると、相関関係は以下の(数式1)〜(数式4)で表せる。
【数1】

【0033】
ここで、θ1は原音L/RをΔd2だけ変移させた場合に発生する位相角度、θ2はサラウンド信号L+Δt1(L−R),R+Δt1(L−R)をさらにΔd2の上方向へ変移させた場合に発生する位相角度である。
【0034】
また、原音L/Rの定位方向を右方向に時間差としてΔt2遷移した場合と、そのサラウンド信号を同様の定位比率で遷移した場合の時間差をΔt3とすると、相関関係は以下の(数式5)〜(数式9)で表せる。
【数2】

【0035】
ここで、θ3は原音L/Rの定位方向を右方向にΔt2遷移した場合に発生する位相角度、θ4はサラウンド信号の定位方向を右方向にΔt3遷移した場合に発生する位相角度である。
【0036】
上記(数式5)〜(数式7)より、サラウンド信号処理した場合の方が、サラウンド信号処理しない場合より長い時間の定位遷移を実現できる。つまり、人間の聴覚にて認識されやすくなる。また、(数式7)より、θ3とθ4とが異なる値であることから、耳の干渉を受けにくく違和感の少ない音質が聴覚的に得られる。これらはすべて、(数式8)に示したように、原音の定位とサラウンド信号処理された定位とが比例関係にある場合に適応される。
【0037】
以上述べたように、音像上方拡大した信号は、サラウンド信号処理することで、容易に所望の左右定位遷移が行え、かつ、音質を損なうことなくその維持が可能となる。また、所望の上方拡大として上方向変移距離Δd2を選択することと、左右定位遷移時間差Δt3を調節することで、最適な音像定位が可能となる。
【0038】
以上のような考察から、効果的な音像上方拡大と左右定位遷移を行うためには、上述のスピーカの特性変換を行うための位相遅延回路と、サラウンド回路と、バランス回路との組み合わせが肝要である。
【0039】
そこで、図9に示すように、本発明の実施の形態に係るオーディオ信号処理装置1は、左右チャンネルの各オーディオ信号に対して第1の高周波数帯域の振幅補正と位相補正とを同時に行う位相遅延回路2と、位相遅延回路2の出力信号に対してサラウンド信号処理を施し、左右チャンネルのサラウンド信号を生成するサラウンド回路3と、左右チャンネルのサラウンド信号のゲインを調節するバランス回路4と、装置の各部を制御する制御回路5とを備える回路構成となっている。
【0040】
位相遅延回路2は、右チャンネル用位相遅延回路21Aと、左チャンネル用位相遅延回路21Bとを備える。
【0041】
右チャンネル用位相遅延回路21Aは、オペアンプ22を有し、その非反転入力端子および反転入力端子には抵抗R1,R2を介してオーディオ信号源(図示せず)からの右チャンネルのオーディオ信号が入力される。オペアンプ22の非反転入力端子にはコンデンサC1が接続され、コンデンサC1とアース間にはエミッタ接地のトランジスタQ1が接続されている。オペアンプ22の反転入力端子と出力端子との間にはフィードバック抵抗R3が接続されている。
【0042】
このように右チャンネル用位相遅延回路21Aは、オペアンプ22と抵抗R1〜R3とからなるインバータ回路と、コンデンサC1と抵抗R1とからなるフィルタ回路とを接続することで構成されている。また、トランジスタQ1のベースは制御回路5に接続されており、制御回路5からのコントロール信号CTL1によりトランジスタQ1をオン、オフすることで、コンデンサC1の接続、未接続が切り換え可能に構成されている。
【0043】
左チャンネル用位相遅延回路21Bも同様に、オペアンプ23と抵抗R4〜R6とからなるインバータ回路と、コンデンサC2と抵抗R4とからなるフィルタ回路と、トランジスタQ2とにより構成され、制御回路5からトランジスタQ2に供給されるコントロール信号CTL1によりトランジスタQ2をオン、オフすることで、コンデンサC2の接続、未接続が切り換え可能に構成されている。
【0044】
サラウンド回路3は、オペアンプ31〜33、中音域補正フィルタ回路34、位相遅延器35A,35Bを有し、オペアンプ31の非反転入力端子は右チャンネル用位相遅延回路21Aのオペアンプ22の出力端子に接続され、オペアンプ32の非反転入力端子は左チャンネル用位相遅延回路21Bのオペアンプ23の出力端子に接続されている。
【0045】
また、オペアンプ22,23の出力端子が抵抗R7,R8を通じて互いに接続され、この接続中点が、音声帯域の補正を行う中音域補正フィルタ回路34に接続されている。中音域補正フィルタ回路34の出力端は、抵抗R12,R13を介して、オペアンプ31,32の非反転入力端子に接続されている。中音域補正フィルタ回路34の出力端にはスイッチSW1が設けられ、制御回路5の制御により、接続、未接続が切り換え可能に構成されている。
【0046】
また、オペアンプ33の非反転入力端子は抵抗R9を介して右チャンネル用位相遅延回路21Aのオペアンプ22の出力端子に接続され、反転入力端子は抵抗R10を介して左チャンネル用位相遅延回路21Bのオペアンプ23の出力端子に接続されている。
【0047】
オペアンプ33の出力端子は、抵抗器R11を介して2段構成の位相遅延器35A,35Bに接続され、位相遅延器35Aの入力端とアース間にはコンデンサC3が接続されている。抵抗R11とコンデンサC3とは、所定の周波数以上の帯域を除去するためのCRフィルタを構成している。また、位相遅延器35A,35Bには、位相遅延量調整用のコンデンサC4,C5がそれぞれ接続されている。
【0048】
位相遅延器35Bの出力端は、抵抗R14を介してオペアンプ31の非反転入力端子に接続され、抵抗R15を介してオペアンプ32の反転入力端子に接続されている。オペアンプ31,32の出力端子は、それぞれの反転入力端子に接続されている。位相遅延器35Bの出力端にはスイッチSW2が設けられ、制御回路5の制御により、接続、未接続が切り換え可能に構成されている。
【0049】
オペアンプ31,32の出力端子はバランス回路4に接続されている。バランス回路4において、オペアンプ31の出力端子には、抵抗R16を介して、抵抗R17、コンデンサC6、およびトランジスタQ3からなる直列回路と、抵抗R18およびトランジスタQ4からなる直列回路と、抵抗R19とが並列に接続され、トランジスタQ3,Q4のエミッタおよび抵抗R19の一端が接地されている。
【0050】
同様に、オペアンプ32の出力端子には、抵抗R20を介して、抵抗R21、コンデンサC7、およびトランジスタQ5からなる直列回路と、抵抗R22およびトランジスタQ6からなる直列回路と、抵抗R23とが並列に接続され、トランジスタQ5,Q6のエミッタおよび抵抗R23の一端が接地されている。
【0051】
トランジスタQ3〜Q6のベースは制御回路5に接続されており、制御回路5からのコントロール信号CTL2〜CTL5によりトランジスタQ3〜Q6をオン、オフすることで、抵抗R17,18,21,22、およびコンデンサC6,C7の接続、未接続が切り換え可能に構成されている。ここで、コントロール信号CTL2〜CTL5としてHレベル信号が入力されると、トランジスタQ3〜Q6がオン、Lレベル信号が入力されると、トランジスタQ3〜Q6がオフとなる。
【0052】
上記のオーディオ信号処理装置1において、位相遅延回路2の目的は、先に述べた仮想音源を形成するための第1の高周波数帯域(例えば、約1〜100kHz)の振幅補正と位相補正とを同時に行うことである。
【0053】
この点、従来方式では、イコライザ回路にて振幅補正を行い、位相遅延回路にて位相の補正を行う方式が一般的であったが、この方式ではイコライザにおいても位相が変化してしまうため位相遅延回路にてそれを補正し、かつ、所望の位相遅延を行うことが困難となっていた。
【0054】
本実施の形態のオーディオ信号処理装置1では、位相遅延回路2を特性改善および回路段数削減、音質劣化防止を図るために、1つの回路段にて行う方式としている。
【0055】
先に述べたように、一般的なフルレンジスピーカは、周波数の増加に伴い、ボイスコイルの誘導性成分の影響で位相は進む。これを振幅補正並びに位相補正することで、理想的スピーカシステムの擬似再生を可能とする。
【0056】
右チャンネル用位相遅延回路21Aにおいて、抵抗R2の値を抵抗R3より小さい値に設定すると、その伝達関数G1は次のようになる。
【0057】
周波数Fが0からFc=1/2π・C1・R1で決まるカットオフ周波数までの間は、伝達関数G1は以下の(数式10)で表され、この回路はオールパスフィルタとして働き、G1=1で固定である。また、この帯域での位相は変化しない。
【数3】

【0058】
周波数FがFc=1/2π・C1・R1のカットオフ周波数以上の帯域では、コンデンサC1のインピーダンスが減少するため、回路は反転増幅回路として働き、伝達関数G1は以下の(数式11)で表される。
【数4】

【0059】
すなわち、Fc=1/2π・C1・R1を変極点として振幅特性が変化することを表している。また、上記(数式12)より、抵抗R1とコンデンサC1の値を適宜設定することで、位相θの遅延量を0〜−180°の範囲で調整することが可能である。
【0060】
このようにして、上記右チャンネル用位相遅延回路21Aの回路定数R1,R2,R3,C1の適当な選択によって対象とするスピーカ、セットサイズ等に対して、所望の位相遅延量と増幅度とを設定することができる。なお、上記説明では右チャンネル用位相遅延回路21Aについて説明したが、左チャンネル用位相遅延回路21Bについても同様に、回路定数R4,R5,R6,C2の適当な選択によって、所望の位相遅延量と増幅度とを設定することができる。
【0061】
例えば、右チャンネル用位相遅延回路21Aの回路定数をそれぞれR1=10kΩ、R2=4.7kΩ、R3=10kΩ、C1=0.0047μFとすると、Fc=3383Hzとなる。この回路を用いてフルレンジスピーカの音質補正を行った場合の静特性の変化を図10に示す。図10と理想的スピーカシステムの特性を表す図3とを比較すると、右チャンネル用位相遅延回路21Aにて補正されたフルレンジスピーカの特性は理想的スピーカの特性に近似することがわかる。すなわち、フルレンジスピーカで不足している高周波数帯域の振幅が補われると同時に、中高周波数帯域の位相進みが改善されることで原音に近い再生音が得られる訳である。
【0062】
勿論、位相遅延回路2のみで本発明の主眼とする音像上方拡大および左右定位遷移が実現するのではなく、図9のように位相遅延回路2にサラウンド回路3およびバランス回路4が接続されることで本発明は成立する。
【0063】
先に述べたように、サラウンド回路3を利用する目的は2つある。1つの目的は、音場拡大と定位遷移効果の拡大であり、他の目的は、音場の左右拡大により少ない位相遅延量にて音像上方拡大を可能とすることである。また、バランス回路4を利用する目的は、左右信号レベルを可変して定位制御を行うことと、左右信号で異なる周波数特性を与えることである。
【0064】
サラウンド回路3において、先ず、前段の右チャンネル用位相遅延回路21A、左チャンネル用位相遅延回路21Bを通った信号R,Lは、各々3つの信号に分割される。1つは、後段のオペアンプ31,32の非反転入力端子へ直接入力される。もう1つはR,Lの差信号(R−L)の生成回路のオペアンプ33に入力される。ここで、抵抗R11とコンデンサC3とで構成されたCRフィルタにより、差信号(R−L)から所定の周波数以上の帯域(例えば、約10kHz以上)を除去する。これにより、右チャンネル用位相遅延回路21A、左チャンネル用位相遅延回路21Bにて補正され上昇しすぎて不要となった帯域を除去する。さらに、この所定の周波数以上の帯域が除去された差信号(R−L)は2段構成の位相遅延器35A,35Bを通り、後段のオペアンプ31,32へそれぞれ加算される。
【0065】
さらに、もう1つの信号はL,Rの和信号(L+R)となり、中音域補正フィルタ回路34に入力されて、サラウンド回路3で抜け落ちる音声帯域の補正を行う。
【0066】
オペアンプ31では、右チャンネル用位相遅延回路21Aからの信号Rと、中音域補正フィルタ回路34で補正された和信号(L+R)と、位相遅延器35A,35Bを通った差信号(R−L)とが混合され、右チャンネルのサラウンド信号となってバランス回路4に入力される。また、オペアンプ32では、左チャンネル用位相遅延回路21Bからの信号Lと、中音域補正フィルタ回路34で補正された和信号(L+R)と、位相遅延器35A,35Bを通った差信号(R−L)とが混合され、左チャンネルのサラウンド信号となってバランス回路4に入力される。
【0067】
バランス回路4では、左右それぞれ2系統の制御端子が設けられており、コントロール信号CTL2〜CTL5によりトランジスタQ3〜Q6をオン、オフすることで、左右独立で4段階のゲイン設定ができる。
【0068】
このように、本実施の形態のオーディオ信号処理装置1では、回路構成を簡潔とするためにシンプルな最低限のアナログ回路で成立している。また、位相遅延回路2に設けられたトランジスタQ1,Q2により、音像上方拡大の選択を可能としている。つまり、コンデンサC1,C2が未接続であるならばオペアンプ22,23は単にバッファアンプとして働き、信号の変化は起こらない。また、使用セットの配置および構造などの条件に応じて中音域補正フィルタ回路34の使用、不使用の選択もスイッチSW1の設定で可能である。同様に、サラウンド機能の使用、不使用の選択もスイッチSW2の設定で可能である。
【0069】
ここで、図9に示すオーディオ信号処理装置1で得られる左右チャンネルの出力信号Lo,Roは、以下の(数式13)〜(数式16)で表せる。なお、G1は前段の位相遅延回路2の伝達関数、G2はバランス回路4の右チャンネルの伝達関数、G3はバランス回路4の左チャンネルの伝達関数、Δtはサラウンド回路3の位相遅延量、Kは中音域補正係数である。
【数5】

【0070】
上記(数式13),(数式14)の第1項は、それぞれ左右信号L,Rが位相遅延回路2により伝達関数G1で信号変換されることを示している。さらに、伝達関数G2,G3にてゲイン変換が行われる。これにより、原音L,Rは上記(数式11)の伝達関数G1にて、振幅の増幅と位相遅延が行われる。
【0071】
第2項も同様に、サラウンド差信号成分(L−R)または(R−L)が位相遅延回路2により伝達関数G1で信号変換されることを示している。これにより間接音である差信号成分(L−R)または(R−L)についても振幅の増幅と位相遅延が行われる。さらに、その間接音についても伝達関数G2,G3にてゲイン変換されて左右定位が決まることがわかる。
【0072】
第3項についても同様に、中音域補正成分が位相遅延回路2により伝達関数G1で信号変換され、さらに伝達関数G2,G3にてゲイン変換されて左右定位が決まることがわかる。
【0073】
これらの信号処理の結果、第1の高周波数帯域の振幅は増加し、位相の進みは改善されてフラットとなり、さらに左右方向の音場拡大が行われるため、図8で示した仮想音源SL2,SR2が形成され、さらにそのレベルにより定位が決定される。
【0074】
一方、バランス回路4の左右2系統の制御端子は、そのアクティブ制御により左右定位の遷移が可能である。ここで特徴的なことは、バランス回路4は、抵抗R17,R21に直列に接続されたコンデンサC6,C7を備えている点である。
【0075】
バランス回路4にコンデンサC6,C7を設けない場合でも、左右チャンネルのサラウンド信号のバランスを設定することで左右定位の遷移は実現できるが、コンデンサC6,C7を備えることにより、バランス回路4は、単純に左右チャンネルのサラウンド信号のバランスを設定するだけでなく、ゲインを減衰するときに、位相遅延回路2にて上昇しすぎる、第1の高周波数帯域内の不要な周波数帯域である第2の高周波数帯域(例えば、約5〜100kHz)を減衰する動作を行う。このことは(数式15),(数式16)からわかる。不要な第2の高周波数帯域のみの減衰を行うことで、音声帯域である中音帯域を落とすことなくレベル制御が可能であり、不自然な音質変化を招くことなく左右定位の遷移を実現することができる。
【0076】
また、このバランス回路4を、単にアッテネータとして使用するだけでなく、左右ゲイン可変回路として使用している点も本発明の特徴である。つまり、センター定位を減衰量の中心として最大減衰量と最低減衰量との組み合わせにて所望する定位状態を作り出す。例えば、右方向定位最大のときは、右チャンネルのゲインは最大であり左チャンネルのゲインは最低である。センター定位では、各チャンネルのゲインは同一であり中間ゲインである。
【0077】
一例として、図9のバランス回路4において、R16=R20=6.8kΩ,R17=R18=10kΩ,R19=100kΩ,R21=R22=10kΩ,R23=100kΩとした場合の定位状態とゲイン設定について図11に示す。
【0078】
この場合では、図11に示すようなコントロール信号CTL2〜CTL5におけるH,Lレベル信号の組み合わせにより、左右独立でそれぞれ3段階のゲイン設定(−0.57dB,−4.8dB,−7.7dB)ができ、さらにこれらの組み合わせより5段階(右方向定位最大〜左方向定位最大)の音像定位制御が行える。例えば、コントロール信号CTL2,CTL3をLレベル信号、コントロール信号CTL4,CTL5をHレベル信号としたとき、右チャンネルのゲインが最大(−0.57dB)、左チャンネルのゲインは最低(−7.7dB)となり、右方向定位最大となる。
【0079】
次に、図9に示すオーディオ信号処理装置1で得られる出力信号の振幅特性および位相特性のシミュレーション図を図12、図13に示す。図12はCTL3がLレベル信号の場合の右チャンネルの出力信号Rの振幅特性と位相特性のシミュレーション図、図13はCTL3がHレベル信号の場合の右チャンネルの出力信号Rの振幅特性と位相特性のシミュレーション図である。図12、図13によれば、振幅特性がサラウンドの谷を変極点として上昇していくことがわかる。また、図13では、コンデンサC6の影響により、図12に比べて、特に10kHz以上の高周波数帯域において振幅特性の上昇が頭打ちになる様子がわかる。
【0080】
なお、2チャンネルオーディオシステムの左右スピーカ間隔あるいはエンクロージャーサイズによっては、図9のオーディオ信号処理装置1のような位相遅延回路2が1段のみの構成では、位相遅延量が不足する場合が考えられる。そのような場合は、図14に示すように、位相遅延回路2にこれと同一構成の位相遅延回路2Aを直列に接続することで、最大−360°の位相遅延量が得られる構成とすることが望ましい。
【0081】
図14に示すオーディオ信号処理装置では、位相遅延回路2で第1の高周波数帯域の振幅補正と−180°の位相遅延処理を行った左右チャンネルのオーディオ信号に対して、位相遅延回路2Aでさらに第1の高周波数帯域の位相遅延処理を行うことで、最大−360°の位相遅延量が得られる。これにより、所望の音像上方拡大が可能となる。
【0082】
また、図9のオーディオ信号処理装置1では、バランス回路4の左右それぞれの制御端子が2本の場合を示したが、より多くの制御端子を設けてもよい。例えば、図15に示すような、左右それぞれ4本の制御端子を有するバランス回路4Aをバランス回路4にかえて用いることにより、バランス設定の自由度を高めることができる。
【0083】
バランス回路4Aにおいては、サラウンド回路3のオペアンプ31の出力端子に、抵抗R24を介して、抵抗R25、コンデンサC8、およびトランジスタQ7からなる直列回路と、抵抗R26、コンデンサC9、およびトランジスタQ8からなる直列回路と、抵抗R27およびトランジスタQ9からなる直列回路と、抵抗R28およびトランジスタQ10からなる直列回路と、抵抗R29とが並列に接続され、トランジスタQ7〜Q10のエミッタおよび抵抗R29の一端が接地されている。
【0084】
同様に、サラウンド回路3のオペアンプ32の出力端子に、抵抗R20を介して、抵抗R31、コンデンサC10、およびトランジスタQ11からなる直列回路と、抵抗R32、コンデンサC11、およびトランジスタQ12からなる直列回路と、抵抗R33およびトランジスタQ13からなる直列回路と、抵抗R34およびトランジスタQ14からなる直列回路と、抵抗R35とが並列に接続され、トランジスタQ11〜Q14のエミッタおよび抵抗R35の一端が接地されている。
【0085】
トランジスタQ7〜Q14のベースは制御回路5に接続されており、制御回路5からのコントロール信号CTL6〜CTL13によりトランジスタQ7〜Q14をオン、オフすることで、抵抗R25〜R28,R31〜R34、およびコンデンサC8〜C11の接続、未接続が切り換え可能に構成されている。ここで、コントロール信号CTL6〜CTL13としてHレベル信号が入力されると、トランジスタQ7〜Q14がオン、Lレベル信号が入力されると、トランジスタQ7〜Q14がオフとなる。
【0086】
このようなバランス回路4Aにおいて、R24=R30=6.8kΩ,R25=R26=R27=15kΩ,R28=10kΩ,R29=100kΩ,R26=R27=R28=15kΩ,R34=10kΩ,R35=100kΩとした場合の定位状態とゲイン設定について図16に示す。また、垂直方向の音像定位遷移のイメージを図17(a)、水平方向の音像定位遷移のイメージを図17(b)に示す。
【0087】
この場合では、図16に示すようなコントロール信号CTL6〜CTL13におけるH,Lレベル信号の組み合わせにより、左右独立でそれぞれ6段階のゲイン設定(−0.5dB,−2.5dB,−4.8dB,−7dB,−8.5dB,−9.7dB)ができ、さらにこれらの組み合わせより、図16、図17(a),(b)に示すような、7段階(右方向定位最大(Rmax)〜左方向定位最大(Lmax))の音像定位制御が行える。
【0088】
上記説明のように本実施の形態によれば、位相遅延回路2により左右チャンネルの各オーディオ信号に対して第1の高周波数帯域の振幅補正と位相補正とを行い、位相遅延回路2の出力信号に対してサラウンド回路3によりサラウンド信号処理を施し、バランス回路4により左右チャンネルのサラウンド信号のゲインを調節することで、例えば図17(a),(b)に示すように、音像の上方拡大と明快な左右定位遷移とを同時に実現することができる。
【0089】
このため、例えば部屋の隅の床面などしかスピーカを設置する場所がない場合でも、音像を好みの位置に定位することで最適なリスニング状態を得ることができ、いわば、レイアウトフリー的な使用が可能となる。
【0090】
また、本実施の形態のオーディオ信号処理装置1の回路方式はアナログであり、シンプルな回路構成にて回路実現が可能である。このため、コストパフォーマンスに優れているという利点もある。
【図面の簡単な説明】
【0091】
【図1】フルレンジスピーカの振幅特性および位相特性のシミュレーション図である。
【図2】フルレンジスピーカのインピーダンス特性および位相特性のシミュレーション図である。
【図3】2ウェイスピーカの振幅特性および位相特性のシミュレーション図である。
【図4】理想的スピーカシステムの振幅特性および位相特性の図である。
【図5】スピーカ特性変換による拡大音源の概念図であり、(a)はスピーカの正面から見た図、(b)はスピーカの側面から見た図である。
【図6】スピーカを平面に設置した場合のスピーカ特性変換による拡大音源の概念図であり、(a)はスピーカの正面から見た図、(b)はスピーカの側面から見た図である。
【図7】リスナーから見た正面側の左右スピーカの音源中心と音源再生範囲の変化の概念図である。
【図8】空間上での音像定位の仕組みをベクトルで表した模式図である。
【図9】本発明の実施の形態に係るオーディオ信号処理装置の回路図である。
【図10】位相遅延回路による特性変換の改善効果を表すフルレンジスピーカの振幅特性および位相特性を示すシミュレーション図である。
【図11】図9に示すオーディオ信号処理装置における左右定位の組み合わせの一例を示す表図である。
【図12】図9に示すオーディオ信号処理装置で得られる出力信号の振幅特性および位相特性の一例を示すシミュレーション図である。
【図13】図9に示すオーディオ信号処理装置で得られる出力信号の振幅特性および位相特性の他の一例を示すシミュレーション図である。
【図14】位相遅延回路を2段接続したオーディオ信号処理装置を示すブロック図である。
【図15】左右それぞれ4本の制御端子を有するバランス回路の回路図である。
【図16】図15に示すバランス回路を用いたオーディオ信号処理装置における左右定位の組み合わせの一例を示す表図である。
【図17】(a)は垂直方向の音像定位遷移のイメージを示す図、(b)は水平方向の音像定位遷移のイメージを示す図である。
【符号の説明】
【0092】
1 オーディオ信号処理装置
2,2A 位相遅延回路
3 サラウンド回路
4,4A バランス回路
5 制御回路
21A 右チャンネル用位相遅延回路
21B 左チャンネル用位相遅延回路
22,23,31〜33 オペアンプ
34 中音域補正フィルタ回路
35A,35B 位相遅延器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
スピーカにより再生されてサラウンド音場を創生するためのサラウンド信号を得るための信号処理を、供給される左チャンネルのオーディオ信号および右チャンネルのオーディオ信号に対して行うオーディオ信号処理装置であって、
前記左チャンネルのオーディオ信号および前記右チャンネルのオーディオ信号における所定の第1の高周波数帯域の振幅を増幅し、前記第1の高周波数帯域の位相を遅延する補正処理を行う第1の位相遅延手段と、
前記第1の位相遅延手段により補正処理された前記左チャンネルのオーディオ信号と前記右チャンネルのオーディオ信号との差信号における所定の周波数以上の帯域を除去するフィルタ手段と、
前記フィルタ手段により前記所定の周波数以上の帯域が除去された前記差信号に対して位相遅延処理を行う第2の位相遅延手段と、
前記第1の位相遅延手段により補正処理された前記左チャンネルのオーディオ信号と、前記第2の位相遅延手段により位相遅延処理された前記差信号とを混合して、左チャンネルのサラウンド信号を生成する第1の混合手段と、
前記第1の位相遅延手段により補正処理された前記右チャンネルのオーディオ信号と、前記第2の位相遅延手段により位相遅延処理された前記差信号とを混合して、右チャンネルのサラウンド信号を生成する第2の混合手段と、
前記左チャンネルのサラウンド信号のゲイン値と前記右チャンネルのサラウンド信号のゲイン値との組み合わせが、予め設定された複数のゲイン値の組み合わせのうちの1つになるように、前記左チャンネルのサラウンド信号および前記右チャンネルのサラウンド信号のゲイン値を調節するゲイン調節手段と
を備えることを特徴とするオーディオ信号処理装置。
【請求項2】
スピーカにより再生されてサラウンド音場を創生するためのサラウンド信号を得るための信号処理を、供給される左チャンネルのオーディオ信号および右チャンネルのオーディオ信号に対して行うオーディオ信号処理装置であって、
前記左チャンネルのオーディオ信号および前記右チャンネルのオーディオ信号における所定の第1の高周波数帯域の振幅を増幅し、前記第1の高周波数帯域の位相を遅延する補正処理を行う第1の位相遅延手段と、
前記第1の位相遅延手段により補正処理された前記左チャンネルのオーディオ信号と前記右チャンネルのオーディオ信号との和信号に対して、音声帯域の補正処理を行う中音域補正フィルタ手段と、
前記第1の位相遅延手段により補正処理された前記左チャンネルのオーディオ信号と前記右チャンネルのオーディオ信号との差信号における所定の周波数以上の帯域を除去するフィルタ手段と、
前記フィルタ手段により前記所定の周波数以上の帯域が除去された前記差信号に対して位相遅延処理を行う第2の位相遅延手段と、
前記第1の位相遅延手段により補正処理された前記左チャンネルのオーディオ信号と、前記中音域補正フィルタ手段により補正処理された前記和信号と、前記第2の位相遅延手段により位相遅延処理された前記差信号とを混合して、左チャンネルのサラウンド信号を生成する第1の混合手段と、
前記第1の位相遅延手段により補正処理された前記右チャンネルのオーディオ信号と、前記中音域補正フィルタ手段により補正処理された前記和信号と、前記第2の位相遅延手段により位相遅延処理された前記差信号とを混合して、右チャンネルのサラウンド信号を生成する第2の混合手段と、
前記左チャンネルのサラウンド信号のゲイン値と前記右チャンネルのサラウンド信号のゲイン値との組み合わせが、予め設定された複数のゲイン値の組み合わせのうちの1つになるように、前記左チャンネルのサラウンド信号および前記右チャンネルのサラウンド信号のゲイン値を調節するゲイン調節手段と、
前記左チャンネルのサラウンド信号および前記右チャンネルのサラウンド信号における、前記第1の高周波数帯域内の所定の第2の高周波数帯域を減衰する減衰手段と
を備えることを特徴とするオーディオ信号処理装置。
【請求項3】
前記第1の位相遅延手段は、前記左チャンネルのオーディオ信号および前記右チャンネルのオーディオ信号における前記第1の高周波数帯域の振幅を増幅し、前記第1の高周波数帯域の位相を所定の位相遅延量だけ遅延した後、増幅され前記所定の位相遅延量だけ位相遅延された前記左チャンネルのオーディオ信号および前記右チャンネルのオーディオ信号における前記第1の高周波数帯域の位相をさらに遅延する手段であることを特徴とする請求項1または2に記載のオーディオ信号処理装置。
【請求項4】
スピーカにより再生されてサラウンド音場を創生するためのサラウンド信号を得るための信号処理を、供給される左チャンネルのオーディオ信号および右チャンネルのオーディオ信号に対して行うオーディオ信号処理方法であって、
前記左チャンネルのオーディオ信号および前記右チャンネルのオーディオ信号における所定の第1の高周波数帯域の振幅を増幅するとともに、前記第1の高周波数帯域の位相を遅延する補正処理を行う補正ステップと、
前記補正ステップで補正処理された前記左チャンネルのオーディオ信号と前記右チャンネルのオーディオ信号との差信号における所定の周波数以上の帯域を除去するステップと、
前記所定の周波数以上の帯域が除去された前記差信号に対して位相遅延処理を行う位相遅延ステップと、
前記補正ステップで補正処理された前記左チャンネルのオーディオ信号と、前記位相遅延ステップで位相遅延処理された前記差信号とを混合して、左チャンネルのサラウンド信号を生成するステップと、
前記補正ステップで補正処理された前記右チャンネルのオーディオ信号と、前記位相遅延ステップで位相遅延処理された前記差信号とを混合して、右チャンネルのサラウンド信号を生成するステップと、
前記左チャンネルのサラウンド信号のゲイン値と前記右チャンネルのサラウンド信号のゲイン値との組み合わせが、予め設定された複数のゲイン値の組み合わせのうちの1つになるように、前記左チャンネルのサラウンド信号および前記右チャンネルのサラウンド信号のゲイン値を調節するステップと
を含むことを特徴とするオーディオ信号処理方法。
【請求項5】
スピーカにより再生されてサラウンド音場を創生するためのサラウンド信号を得るための信号処理を、供給される左チャンネルのオーディオ信号および右チャンネルのオーディオ信号に対して行うオーディオ信号処理方法であって、
前記左チャンネルのオーディオ信号および前記右チャンネルのオーディオ信号における所定の第1の高周波数帯域の振幅を増幅するとともに、前記第1の高周波数帯域の位相を遅延する補正処理を行う補正ステップと、
前記補正ステップで補正処理された前記左チャンネルのオーディオ信号と前記右チャンネルのオーディオ信号との和信号に対して、音声帯域の補正処理を行う中音域補正ステップと、
前記補正ステップで補正処理された前記左チャンネルのオーディオ信号と前記右チャンネルのオーディオ信号との差信号における所定の周波数以上の帯域を除去するステップと、
前記所定の周波数以上の帯域が除去された前記差信号に対して位相遅延処理を行う位相遅延ステップと、
前記補正ステップで補正処理された前記左チャンネルのオーディオ信号と、前記中音域補正ステップで補正処理された前記和信号と、前記位相遅延ステップで位相遅延処理された前記差信号とを混合して、左チャンネルのサラウンド信号を生成するステップと、
前記補正ステップで補正処理された前記右チャンネルのオーディオ信号と、前記中音域補正ステップで補正処理された前記和信号と、前記位相遅延ステップで位相遅延処理された前記差信号とを混合して、右チャンネルのサラウンド信号を生成するステップと、
前記左チャンネルのサラウンド信号のゲイン値と前記右チャンネルのサラウンド信号のゲイン値との組み合わせが、予め設定された複数のゲイン値の組み合わせのうちの1つになるように、前記左チャンネルのサラウンド信号および前記右チャンネルのサラウンド信号のゲイン値を調節するとともに、前記左チャンネルのサラウンド信号および前記右チャンネルのサラウンド信号における、前記第1の高周波数帯域内の所定の第2の高周波数帯域を減衰するステップと
を含むことを特徴とするオーディオ信号処理方法。
【請求項6】
前記補正ステップは、前記左チャンネルのオーディオ信号および前記右チャンネルのオーディオ信号における前記第1の高周波数帯域の振幅を増幅するとともに、前記第1の高周波数帯域の位相を所定の位相遅延量だけ遅延した後、増幅され前記所定の位相遅延量だけ位相遅延された前記左チャンネルのオーディオ信号および前記右チャンネルのオーディオ信号における前記第1の高周波数帯域の位相をさらに遅延するステップであることを特徴とする請求項4または5に記載のオーディオ信号処理方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【公開番号】特開2009−71697(P2009−71697A)
【公開日】平成21年4月2日(2009.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−239656(P2007−239656)
【出願日】平成19年9月14日(2007.9.14)
【出願人】(000004329)日本ビクター株式会社 (3,896)
【Fターム(参考)】