説明

カシノナガキクイムシ捕殺用おとり木トラップ及びカシノナガキクムシの捕殺方法

【課題】 ナラ枯れを防止し、効率的にカシノナガキクイムシを捕殺することができるトラップを提供する。
【解決手段】 樹幹内にナラ菌の繁殖を阻害する薬剤を注入したナラ類の生立木にカシノナガキクイムシの集合フェロモンを配置したことを特徴とするカシノナガキクイムシ捕殺用おとり木トラップ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カシノナガキクイムシを捕殺するためのおとり木トラップ及びカシノナガキクイムシの捕殺方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
日本海側の森林を中心に被害が発生・拡大しているナラ類集団枯死被害(ブナ科樹木萎凋病:以下「ナラ枯れ」と略する場合がある)は、カシノナガキクイムシ(Platypus quercivorus)のナラ生立木への集中加害とそれが樹幹内に持ち込むナラ菌(Raffaelea quercivora)が原因で発生する。すなわち、ナラ枯れとは、カシノナガキクイムシが健全なナラ類への穿入時に大量に持ち込むナラ菌が樹幹内で繁殖して通水阻害をもたらし,枯死に至る樹病である。また、両者は共生関係にあるとされており、主食としては酵母類を摂食している。
【0003】
特許文献1にはカシノナガキクムシの合成フェロモンとそれを用いた人工トラップが開示されている。
【0004】
また、特許文献2には天敵糸条菌培養物を用いたカシノナガキクイムシの防除方法が開示されている。
【特許文献1】特開2006−225337号公報
【特許文献2】特開2006−117617号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載されたような人工トラップは投影面積が大きい程、捕獲数が多い傾向にあるが設置等にかかる労力も大きくなる。捕獲効率も飛来数の数割しか捕殺されないというデータもある。
【0006】
特許文献2は、枯死木を対象に,カシノナガキクイムシと共生するナラ菌の殺菌のためシイタケなどの糸条菌を注入して菌叢を変え,カシノナガキクイムシを殺虫するものである。枯死木を対象としており、ナラ枯れの防止方法としては有効ではない。
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、ナラ枯れを防止し、効率的にカシノナガキクイムシを捕殺することができるトラップおよびカシノナガキクイムシの捕殺方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、カシノナガキクイムシとナラ菌の共生関係に着目し、ナラ菌阻害剤を注入したナラ類の生立木にカシノナガキクイムシを誘引することにより、カシノナガキクイムシを効率的に捕殺し、しかもナラ枯れを防止できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は下記要点に関するものである。
(1) 樹幹内にナラ菌の繁殖を阻害する薬剤を注入したナラ類の生立木にカシノナガキクイムシの集合フェロモンを配置したことを特徴とするカシノナガキクイムシ捕殺用おとり木トラップ。
(2) ナラ菌の繁殖を阻害する薬剤が殺菌剤及び/又は防カビ剤であることを特徴とする(1)に記載のカシノナガキクイムシ捕殺用おとり木トラップ。
(23) さらにカイロモンを生成させるためにナラ類の生立木をカイロモン生成処理したことを特徴とする(1)又は(2)に記載のカシノナガキクイムシ捕殺用おとり木トラップ。
(4) カシノナガキクイムシの集合フェロモンがトランス-1-メチル-4-(1-メチルエチル)-2-シクロセン-1-オールであることを特徴とする(1)ないし(3)のいずれか1項に記載のカシノナガキクイムシ捕殺用おとり木トラップ。
(5) ナラ類の生立木の樹幹にナラ菌の繁殖を阻害する薬剤を注入し、該生立木にカシノナガキクイムシの集合フェロモンを配置することを特徴とするカシノナガキクイムシの捕殺方法。
(6) ナラ菌の繁殖を阻害する薬剤が殺菌剤及び/又は防カビ剤であることを特徴とする(5)に記載のカシノナガキクイムシの捕殺方法。
(7) さらにカイロモンを生成させるためにナラ類の生立木をカイロモン生成処理することを特徴とする(5)又は(6)に記載のカシノナガキクイムシの捕殺方法。
(8) カシノナガキクイムシの集合フェロモンがトランス-1-メチル-4-(1-メチルエチル)-2-シクロセン-1-オールであることを特徴とする(5)ないし(7)のいずれか1項に記載のカシノナガキクイムシの捕殺方法。
【発明の効果】
【0010】
カシノナガキクイムシは,フェロモン処理したナラ類の生立木に誘引され多数穿入するが,処理木は枯死せず,樹幹内に穿入したカシノナガキクイムシは材内菌類(ナラ菌)の繁殖が抑制されることから共生関係が絶たれ、死亡する。おとり木トラップは,被害地周辺の健全木を対象とすれば,周囲約1kmの被害地から飛翔するカシノナガキクイムシの大量捕殺が可能になる。
【0011】
本発明はナラ類樹木を枯死から救い、さらに菌類の媒介者カシノナガキクイムシを多量に捕殺することが可能な上に、伐倒などの処理を必要としない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明のカシノナガキクイムシ捕殺用おとり木トラップに用いられるナラ類生立木とは、ミズナラ・コナラなどの落葉性コナラ属を中心とした、カシノナガキクイムシが穿入しやすいブナ科樹木の生存木のことである。
【0013】
樹幹内に注入される薬剤はナラ菌の繁殖を阻害できるものであれば特に限定されないが、例えば殺菌剤及び/又は防カビ剤を挙げることができる。殺菌剤としては例えばベンレート(ヤシマ産業(株)製)、防カビ剤としては例えばMSY-104((株)モーリー研究所製)、等を挙げることができる。これらのナラ菌の繁殖を阻害する薬剤がナラ類生立木に注入されているので、カシノナガキクムシが穿入して樹幹内にナラ菌を持ち込んでも繁殖することができず、共生関係にあるカシノナガキクイムシも生存することはできない。
【0014】
ナラ菌の繁殖を阻害する薬剤をナラ類生立木の樹幹内に注入するには、薬液をノズル付き容器に充填して,処理しようとする立木の樹幹下部にドリルで注入孔を開けて,そこに薬液入りノズルを挿入する。薬液は,立木の自然圧によって注入され樹幹内に行き渡る。注入量は,処理しようとする立木の胸高直径に応じた量とする。(胸高直径:20cm未満1000ml以下,20〜30cm1,200ml以下,30〜40cm1,600ml以下,40cm以上は直径に応じて適宜)
本発明に用いられるカシノナガキクムシの集合フェロモンとしては、例えばトランス-1-メチル-4-(1-メチルエチル)-2-シクロセン-1-オール、もしくはトランス-1-メチル-4-(1-メチルエチル)-2-シクロセン-1-オールを主成分として微量成分を添加した物質等を挙げることができる。
【0015】
カシノナガキクイムシの誘引フェロモンをナラ類生立木に配置するには、フェロモン物質を保持した製剤を地際から1.5m付近に有効成分が揮散しやすいよう樹幹にヒモなどで結びつけるのが簡便である。
【0016】
カシノナガキクイムシをさらに誘引しやすくするためには、ナラ類の生立木にカイロモンを生成させるための処理をすることが好ましい。カイロモンとは、寄主となる樹木から発せられる、樹木由来のカシノナガキクイムシを誘引する化学物質のことを指し、カイロモン生成処理としては、殺菌剤・防かび剤注入法と同様、ドリルによる樹体への穴空け処理が効率的かつ有効な方法である。
【実施例1】
【0017】
・調査地 :山形県西置賜郡小国町の町有林(コナラ・ミズナラ林)
・調査方法 :2006年5月17日、殺菌剤ベンレート500倍液および防カビ剤MSY-104をミズナラに樹幹注入し、これらの供試木に集合フェロモン剤設置と、カイロモン発生処理(ドリル穴あけ)の2つの処理を行った。試験区は1.集合フェロモン&カイロモン処理区(Ph&Ka)、2.集合フェロモンのみ(Ph)、3.カイロモン処理のみ(Ka)、4.無処理(殺菌剤注入のみ)、の4区(各4本)を設定した。
・調査項目1:地上0.5,1.0,1.5,2.0mの樹幹に粘着バンドを設置し捕獲されたカシノナガキクイムシの数を、設置14週後までカウントした。
・調査項目2:地上0〜4.0mまでの樹幹部において、カシノナガキクイムシによる穿入孔数(フラスを排出している数)を設置21週後までカウントした。
・結果:
粘着バンドによる捕獲虫数(合計)の結果を図1に示す。図1の結果から明らかなように、試験区で大きく異なり、フェロモンとカイロモンを併用している試験区が群を抜いて多かった。殺菌剤と防かび剤で捕獲数に大差なかった。
【0018】
穿入数の結果を図2に示す。図2の結果から明らかなように、粘着バンドによる誘引虫数と同様に試験区で大きく異なり、やはりフェロモンとカイロモンを併用している試験区が有意に多かった。
【0019】
Ph&Ka区の穿入密度はマスアタックと呼ばれるレベルであり、通常では枯死に至る場合がほとんどであるが、事前の樹幹注入により供試木は枯死を免れた。また別の割材調査では、樹幹注入して穿入され正常な立木において、カシノナガキクイムシの死亡率は97.9%であり、無処理の枯死立木では1.3%であった。
【産業上の利用可能性】
【0020】
本発明は、ナラ類樹木を枯死させることなく、カシノナガキクイムシを捕殺できるので、ナラ枯れ対策として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】粘着バンドで捕獲されたカシノナガキクイムシ個体数(地上0.5,1.0,1.5,2.0mの合計,各区とも1は殺菌剤、2は防かび剤注入)を示したグラフ。
【図2】処理別カシノナガキクイムシ穿入数(最大数)を示すグラフ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
樹幹内にナラ菌の繁殖を阻害する薬剤を注入したナラ類の生立木にカシノナガキクイムシの集合フェロモンを配置したことを特徴とするカシノナガキクイムシ捕殺用おとり木トラップ。
【請求項2】
ナラ菌の繁殖を阻害する薬剤が殺菌剤及び/又は防カビ剤であることを特徴とする請求項1に記載のカシノナガキクイムシ捕殺用おとり木トラップ。
【請求項3】
さらにカイロモンを生成させるためにナラ類の生立木をカイロモン生成処理したことを特徴とする請求項1又は2に記載のカシノナガキクイムシ捕殺用おとり木トラップ。
【請求項4】
カシノナガキクイムシの集合フェロモンがトランス-1-メチル-4-(1-メチルエチル)-2-シクロセン-1-オールであることを特徴とする請求項1ないし3のいずれか1項に記載のカシノナガキクイムシ捕殺用おとり木トラップ。
【請求項5】
ナラ類の生立木の樹幹にナラ菌の繁殖を阻害する薬剤を注入し、該生立木にカシノナガキクイムシの集合フェロモンを配置することを特徴とするカシノナガキクイムシの捕殺方法。
【請求項6】
ナラ菌の繁殖を阻害する薬剤が殺菌剤及び/又は防カビ剤であることを特徴とする請求項5に記載のカシノナガキクイムシの捕殺方法。
【請求項7】
さらにカイロモンを生成させるためにナラ類の生立木をカイロモン生成処理することを特徴とする請求項5又は6に記載のカシノナガキクイムシの捕殺方法。
【請求項8】
カシノナガキクイムシの集合フェロモンがトランス-1-メチル-4-(1-メチルエチル)-2-シクロセン-1-オールであることを特徴とする請求項5ないし7のいずれか1項に記載のカシノナガキクイムシの捕殺方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−220234(P2008−220234A)
【公開日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−61398(P2007−61398)
【出願日】平成19年3月12日(2007.3.12)
【出願人】(501186173)独立行政法人森林総合研究所 (91)
【出願人】(593022021)山形県 (34)
【出願人】(591057511)ヤシマ産業株式会社 (12)
【Fターム(参考)】