説明

カニューレおよび細胞分離装置

【課題】脂肪由来細胞への損傷を低減しながら脂肪組織を吸引して健全な状態の脂肪由来細胞の回収率を向上する。
【解決手段】脂肪由来細胞を含む脂肪組織を吸引する吸引口2aを有し、少なくとも内面が前記脂肪組織との間に生じる摩擦を低減する摩擦低減材料により覆われている吸引管2を備えるカニューレ1を提供する。本発明によれば、脂肪組織と吸引管2表面との間で摩擦の発生が低減され、吸引時における脂肪由来細胞のダメージを低減することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カニューレおよび細胞分離装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、生体内から脂肪組織を吸引して採取するカニューレが知られている(例えば、特許文献1〜特許文献5参照。)。脂肪組織は体内で互いに結合しておりそのままの状態では吸引が難しいので、生理食塩水等からなるチューメッセント液を脂肪組織部位に注入し、カニューレの先端を動かして脂肪組織を分断しながらチューメッセント液内でほぐして吸引する方法が用いられている。
【0003】
また、採取された脂肪組織から幹細胞などの脂肪由来細胞を分離する装置が知られている(例えば、特許文献6参照。)。分離して得られた脂肪由来細胞は、例えば、培養や再生医療などに用いられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平4−322658号公報
【特許文献2】特公平6−11308号公報
【特許文献3】特公平6−11309号公報
【特許文献4】特表2003−527875号公報
【特許文献5】特表2005−507756号公報
【特許文献6】特開2007−289076号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1〜特許文献5に記載のカニューレは、いずれも体内の脂肪を効率良くまたは低侵襲に除去することを目的として設計されており、脂肪組織内に含まれる脂肪由来細胞への影響を防ぐ工夫等はなされていない。また、脂肪吸引に用いられているカニューレは通常、体内での破損などを未然に防ぐためにSUSなどの金属をはじめとする硬質な材質が用いられている。
【0006】
そのため、脂肪組織内でカニューレを動かしたりカニューレ内の狭い空間を通過したりする間に、脂肪組織内に含まれる脂肪由来細胞が物理的な刺激、特にカニューレの表面との摩擦によるダメージを受けやすい。したがって、これらのカニューレを脂肪由来細胞の分離を目的とする脂肪吸引に用いた場合、吸引により脂肪由来細胞が損傷を受けてしまい、健全な状態の脂肪由来細胞の回収率を向上することができないという問題がある。
【0007】
本発明は、上述した事情に鑑みてなされたものであって、脂肪由来細胞への損傷を低減しながら脂肪組織を吸引して健全な状態の脂肪由来細胞の回収率を向上することができるカニューレおよび細胞分離装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明は以下の手段を提供する。
本発明は、脂肪由来細胞を含む脂肪組織を吸引する吸引口を有し、少なくとも内面が前記脂肪組織との間に生じる摩擦を低減する摩擦低減材料により覆われている吸引管を備えるカニューレを提供する。
本発明によれば、吸引管の吸引口を体内の脂肪組織部位に挿入してポンプなどにより吸引管の内部を減圧すると、吸引口から吸引管内に脂肪組織を吸引して採取することができる。
【0009】
この場合に、脂肪組織は吸引管内において摩擦低減材料と接触しながら流動させられ、吸引管内における摩擦の発生が低減される。これにより、摩擦による脂肪組織内の脂肪由来細胞が損傷を受けるのを防いで、健全な状態の脂肪由来細胞を含む脂肪組織を採取することができる。また、このようにして本発明のカニューレにより採取された脂肪組織から脂肪由来細胞を分離することにより、健全な状態の脂肪由来細胞の回収率を向上することができる。
【0010】
上記発明においては、前記摩擦低減材料が、生体高分子であることとしてもよく、前記生体高分子が、コラーゲン、フィブロネクチン、ヒアルロン酸、アルギン酸またはMPC(2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン)のうち少なくとも1つを含むことが好ましい。
このようにすることで、摩擦低減材料による脂肪由来細胞への影響を抑えることができる。
【0011】
また、上記発明においては、前記摩擦低減材料が、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)であることとしてもよい。
このようにすることで、化学的および物理的に安定な摩擦低減材料が形成され、カニューレの取扱いを容易にすることができる。
【0012】
また、本発明は、上記いずれかに記載のカニューレを備え、該カニューレにより吸引された前記脂肪組織を分解酵素により分解して前記脂肪由来細胞を含む細胞懸濁液を生成する分解処理部と、前記細胞懸濁液を遠心分離して前記脂肪由来細胞を濃縮する濃縮部と、前記分解処理部から前記濃縮部へ前記細胞懸濁液を送液する送液経路とを備える細胞分離装置を提供する。
【0013】
本発明によれば、分解処理部において、カニューレにより吸引された脂肪組織が分解酵素により分解されると脂肪由来細胞が脂肪組織から分離して細胞懸濁液が生成され、該細胞懸濁液が送液経路により濃縮部に送液されて遠心分離されることにより、濃縮された脂肪由来細胞を得ることができる。
この場合に、脂肪組織がカニューレで吸引される際に摩擦による脂肪由来細胞の損傷が低減されるので、健全な状態の脂肪由来細胞の回収率を向上することができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、脂肪由来細胞への損傷を低減しながら脂肪組織を吸引して健全な状態の脂肪由来細胞の回収率を向上することができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の一実施形態に係るカニューレの(a)全体構成図および(b)吸引管の断面図である。
【図2】本発明の一実施形態に係る細胞分離装置の全体構成図である。
【図3】本発明の実施例に係るカニューレにより脂肪由来細胞を吸引したときの脂肪由来細胞の生存率を測定した結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の一実施形態に係るカニューレ1および該カニューレ1を備える細胞分離装置100ついて、図1および図2を参照して以下に説明する。
本実施形態に係るカニューレ1は、図1(a)に示されるように、先端部の側面に開口した吸引口2aを有する吸引管2と、該吸引管2の基端に設けられた把持部3と、該把持部3に接続された吸引チューブ4とを備えている。
【0017】
吸引管2は、例えば、SUS等の金属材料からなる先端が閉塞した筒状であり、内腔は把持部3内を貫通して吸引チューブ4まで延びている。また、吸引管2の内面および外面は、図1(b)に示されるように、生体高分子(摩擦低減材料)からなる被膜2bにより覆われている。
【0018】
生体高分子としては、例えば、コラーゲン、フィブロネクチン、ヒアルロン酸、アルギン酸またはMPCなどが用いられる。これらの生体高分子は、コラーゲンの場合、HClなどの酸性溶媒に、その他の場合はPBSなどの中性溶媒に溶解され、該水溶液内に吸引管2全体を浸漬してから洗浄および乾燥することにより、吸引管2の内面および外面全体に被膜2bが形成される。
【0019】
次に、このように構成されたカニューレ1を備える細胞分離装置100の構成および作用について以下に説明する。
本実施形態に係る細胞分離装置100は、図2に示されるように、カニューレ1を備える分解処理部20と、遠心分離容器8aを装着した遠心分離機8を備える濃縮部30と、分解処理部20と濃縮部30とに接続された送液経路40とを備えている。
【0020】
分解処理部20は、カニューレ1の吸引チューブ4の他端が接続された収容容器5と、該収容容器5内を減圧する排気ポンプ6と、収容容器5を水平面内で振とうさせる振とう機7とを備えている。
【0021】
操作者がカニューレ1の把持部3を把持して吸引管2を操作し、吸引管2を先端から患者の脂肪組織部位に挿入し、図示しないカテーテル等を用いて脂肪組織部位にチューメッセント液を注入しながら吸引管2の先端を動かしてチューメッセント液内で脂肪組織Aをほぐす。そして、排気ポンプ6を作動させると、収容容器5、吸引チューブ4および吸引管2の内部が減圧され、吸引口2aから収容容器5内へ脂肪組織Aとチューメッセント液とが吸引されて収容容器5内に貯留されるようになっている。
【0022】
収容容器5内には脂肪組織Aを分解する分解酵素液Bが収容され、振とう機7により収容容器5を振とうさせると、脂肪組織Aが分解酵素液B内で撹拌されて分解され、脂肪組織Aに結合していた脂肪由来細胞Cが分離させられる。そして、撹拌後に収容容器5を静置させると、脂肪組織Aが分解されて生じた脂肪分が上層に、脂肪由来細胞Cを含む分解酵素液B、つまり、細胞懸濁液が下層に、比重の差により層分離させられる。
【0023】
送液経路40は、収容容器5の底面に開口する排出口5aと、濃縮部30の遠心分離容器8aとに接続された送液チューブ9と、該送液チューブ9の排出口5a近傍に設けられたバルブ10と、送液チューブ9の途中位置に設けられた送液ポンプ11とを備えている。
分解処理部20で脂肪組織Aを撹拌および静置した後に、バルブ10を開放して送液ポンプ11を作動させると、収容容器5の下層に分離した細胞懸濁液が遠心分離容器8a内へ送液されるようになっている。
【0024】
濃縮部30では、送液されてきた細胞懸濁液を遠心分離機8で遠心分離し、遠心分離容器8aの底部に沈降したペレットを回収すると、脂肪組織Aから分離されて濃縮された脂肪由来細胞Cを得ることができる。
【0025】
この場合に、本実施形態によれば、吸引管2の外面および内面が生体高分子からなる被膜2bにより覆われている。これにより、脂肪組織A内で吸引管2を前後左右に動かしたり、脂肪組織Aが吸引管2内を流動したりしても、脂肪由来細胞Cが損傷する主要因として考えられる摩擦の発生が低減され、健全な状態を維持したまま脂肪由来細胞Cを体内から採取することができるという利点がある。特に、内径が細く脂肪組織Aとの接触面積が大きい吸引管2の内面に生体高分子の被膜2bを形成することで、脂肪由来細胞Cの摩擦による損傷を効果的に低減することができるという利点がある。
【0026】
また、摩擦低減材料として生体高分子を用いることで、摩擦低減材料による脂肪由来細胞Cへの影響を最小限に抑えることができる。さらに、生体高分子として、コラーゲンやフィブロネクチン、ヒアルロン酸等の細胞外マトリックスに含まれる成分を用いた場合、摩擦以外の刺激から脂肪由来細胞Cを保護する効果も期待できる。また、生体高分子としてMPCを用いた場合、脂肪組織Aと同時に吸引される蛋白質や血球等の吸引管2表面への付着が防止されるので吸引管2の洗浄を容易にすることができる。また、これらの生体高分子は、複数の種類を同時に組み合わせて用いることもできる。
【0027】
上記実施形態においては、吸引管2の表面が生体高分子によりコートされていることとしたが、これに代えて、DLCによりコートされていることとしてもよい。
DLCは、例えば、CVD法やPVD法などの公知の方法により吸引管2の表面に被膜2bを形成させられる。このようにすることで、従来カニューレに用いられている金属やPTFEなどの材料に比べて吸引管2の表面を滑らかにして脂肪組織Aとの摩擦を低減することができる。また、化学的に安定で丈夫な摩擦低減材料の被膜2bを形成することができる。
【0028】
また、上記実施形態においては、吸引管2の表面にDLC膜を形成した後、該DLC膜上に生体高分子からなる膜を形成することとしてもよい。
DLCは、プラズマを照射するなどして表面の一部の炭素間の結合を開裂させることでフリーラジカルまたはイオン種を生成し、これらとカルボキシル基や水酸基などの官能基とを反応させることで容易に生体高分子をDLC膜に導入することができる。
【0029】
例えば、表面にDLC膜を形成した吸引管2を、プラズマ照射後直ちに生体高分子を溶解した揮発性溶媒に浸漬させることで、生体高分子をDLC膜表面に共有結合させる。そして吸引管2を乾燥させて揮発性溶媒を揮発させることで、DLC膜と生体高分子膜との2重膜が容易に形成される。
このようにすることで、吸引管2の表面に生体高分子からなる強固な被膜2bを形成することができる。
【0030】
また、上記実施形態においては、チューメッセント液が、抗炎症物質または抗アポトーシス因子を含むこととしてもよい。
抗炎症物質としては、例えば、P38 MAPキナーゼ阻害剤、スタチン、IL−1阻害剤、IL−6阻害剤、ペミロラスト、トラニラスト、レミケード、シロリムス、非ステロイド性抗炎症化合物、抗TGF−β抗体、アディポネクチン等が用いられる。また、抗アポトーシス因子としては、EPO、EPO誘導体および類似体、ならびにこれらの塩類、TPO,IGF−I、IGF−II、HGF、カスパーゼ阻害剤等が用いられる。
【0031】
吸引により脂肪由来細胞Cが損傷する要因として、摩擦の他に、外界からの刺激により脂肪由来細胞C内でネクローシスまたはアポトーシスを引き起こすシグナルが伝達されている可能性が考えられる。したがって、これらのシグナルの伝達を遮断する抗炎症物質または抗アポトーシス因子をチューメッセント液内に添加することにより、脂肪由来細胞Cのネクローシスまたはアポトーシスの発生を防いで、脂肪由来細胞Cの生存率を向上することができる。
【実施例】
【0032】
次に、本発明のカニューレの実施例について以下に説明する。
摩擦低減材料により脂肪由来細胞の損傷が低減されることを確認するため、摩擦低減材料としてコラーゲン(高研社製)およびMPC(LIPIDURE、日本油脂社製)を用いたときの脂肪由来細胞の生存率を測定した。
カニューレの吸引管を、0.1%および0.3%のコラーゲン水溶液と、10%および20%のMPC水溶液とにそれぞれ30分間浸漬した後、PBSまたは滅菌水で充分に洗浄して乾燥させた。これにより、吸引管がコラーゲンまたはMPCの被膜により覆われた4種類の本実施例のカニューレを用意した。
【0033】
脂肪由来細胞の細胞懸濁液を、本実施例のカニューレと未処理のカニューレ(referrence)とを用いて吸引した後、遠心分離して細胞分離装置で処理したときと同等の負荷を脂肪由来細胞にかけ、沈殿として回収された脂肪由来細胞の細胞数(全細胞数及び死細胞数)を計測し、細胞の生存率を求めた。また、カニューレにより吸引しないことを除いて同様に処理した脂肪由来細胞についても細胞数を計測し、細胞の生存率を求めた。細胞数(全細胞数及び死細胞数)は、ヌクレオカウンター(Chemo Metec社製)を用いて計測した。
【0034】
図3は、このようにして得られた結果を、未処理のカニューレを用いて吸引した場合を100%として表したグラフである。
未処理のカニューレを用いて脂肪由来細胞を吸引した場合と比較し、0.1%コラーゲンでコートしたカニューレでは差異が見られなかったものの、0.3%コラーゲン、10および20%MPCでコートしたカニューレでは明らかに脂肪由来細胞の生存率が向上していることが分かる。
【0035】
特に0.3%コラーゲンでコートしたカニューレでは、未処理のカニューレと比較して1割以上生細胞の回収率が向上しており、脂肪由来細胞の損傷を低減させるのに非常に有効であることが示された。
以上の結果から、本実施例に係るカニューレは、吸引時の脂肪由来細胞の損傷を低減して生細胞の回収率を向上するための有効な手段であることが確認された。
【符号の説明】
【0036】
1 カニューレ
2 吸引管
2a 吸引口
2b 被膜
3 把持部
4 吸引チューブ
5 収容容器
5a 排出口
6 排気ポンプ
7 振とう機
8 遠心分離機
8a 遠心分離容器
9 送液チューブ
10 バルブ
11 送液ポンプ
20 分解処理部
30 濃縮部
40 送液経路
100 細胞分離装置
A 脂肪組織
B 分解酵素液
C 脂肪由来細胞

【特許請求の範囲】
【請求項1】
脂肪由来細胞を含む脂肪組織を吸引する吸引口を有し、少なくとも内面が前記脂肪組織との間に生じる摩擦を低減する摩擦低減材料により覆われている吸引管を備えるカニューレ。
【請求項2】
前記摩擦低減材料が、生体高分子である請求項1に記載のカニューレ。
【請求項3】
前記生体高分子が、コラーゲン、フィブロネクチン、ヒアルロン酸、アルギン酸またはMPCのうち少なくとも1つを含む請求項2に記載のカニューレ。
【請求項4】
前記摩擦低減材料が、ダイヤモンドライクカーボンである請求項1に記載のカニューレ。
【請求項5】
請求項1〜請求項4のいずれかに記載のカニューレを備え、該カニューレにより吸引された前記脂肪組織を分解酵素により分解して前記脂肪由来細胞を含む細胞懸濁液を生成する分解処理部と、
前記細胞懸濁液を遠心分離して前記脂肪由来細胞を濃縮する濃縮部と、
前記分解処理部から前記濃縮部へ前記細胞懸濁液を送液する送液経路とを備える細胞分離装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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