説明

カルバゾール誘導体を製造する方法

【課題】有機固体レーザー材料に好適なカルバゾール誘導体を簡便、かつ安全に製造する方法の提供。
【解決手段】特定の化合物Aと特定の化合物Bとをパラジウム触媒存在下で反応させる、下記式(1)の化合物の製造方法。(式中、Zは炭素原子又は珪素原子を表す。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はカルバゾール誘導体を製造する方法に関する。より詳しくは、半導体特性を示し、非常に低いASE閾値を有する有機固体レーザー材料に好適に用いることができるカルバゾール誘導体を簡便、かつ安全に製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在のところ半導体レーザーとしては、無機系の材料をベースにした無機半導体レーザーが幅広く利用されている。
前記のとおりではあるものの、そのレーザー材料の作製方法には高価な手法しかなく、更なる低コスト化も難しい上に、無機材料では、レーザー波長の微調整も非常に困難であり、限られた波長領域でしかレーザー発振できない。加えて、ヒ素などの有毒物質も利用しており地球環境保全の観点からも好ましくない。
【0003】
これらの問題点を解決すべくスピロフルオレン、オリゴチオフェン、カルバゾールなどの有機系の材料をベースとした有機固体レーザーの開発が盛んに行われており(非特許文献1〜3参照)、そのような中でビフェニレン基の両端にビニル基を介してカルバゾールを結合した下記構造式(I)の化合物が比較的低いASE閾値を有し、レーザー活性材料として優れた特性を有することが見出されている(非特許文献4参照)。
【0004】
【化1】

【0005】
前記非特許文献4で提案されている化合物を開発した発明者らは、引き続き前記化合物及び周辺化合物の研究開発を継続していたようであり、その後、半導体特性を示し、非常に低いASE閾値を有し、かつ前記化合物と共通する構造を有する、一般式である下記構造式(II)の化合物の開発に成功した(特許文献1)。
【0006】
【化2】

【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2008−106032号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Appl.Phys.Lett.,2004,85,1659.
【非特許文献2】Adv.Mater.,2005,17,2073.
【非特許文献3】Appl.Phys.Lett.,2004,84,2724.
【非特許文献4】Appl.Phys.Lett.,2004,86,071110.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明者らも、EL素子に用いるカルバゾール誘導体の研究開発を進めており、そのようなことから、同じカルバゾール誘導体である前記構造式(II)の化合物、特に前記特許文献1の実施例に開示されている化合物である9,9’−[スピロ−9,9’−ビフルオレン−2,7−ジイルビス(エテン−2,1−ジイル−4,1−フェニレン)]ビス(9H−カルバゾール)(以下、単に「spiroSBCz」と略称する)」の特性に着目し、鋭意検討を進めたところ、その特性は優れているものの製造過程の工程数が多く、かつ製造過程において取り扱いに注意を有する試薬を用いていることが判った。
【0010】
すなわち、前記特許文献1の実施例1に記載の製造方法(以下、単に先行製造方法という)は、4−(9H−カルバゾール−9−イル)ベンズアルデヒド(以下、第1出発原料という)と、2,7−ジブロモ−スピロ−9,9’−ビフルオレン(以下、第2出発原料という)とを用いて、それぞれ中間体を得て、その得られた中間体同士を反応させることにより目的物である「spiroSBCz」を製造している。また、2,7−ジブロモ−スピロ−9,9’−ビフルオレンを出発原料として中間体を製造する工程においては取り扱いに注意を要する物質を使用することが必要となる。
【0011】
具体的には、4−(9H−カルバゾール−9−イル)ベンズアルデヒドを出発原料とする工程では、2段階の中間体を経て最終中間体である{4−(9H−カルバゾール−9−イル)ベンジル}リン酸ジエチルエステルを製造するものであり、また2,7−ジブロモ−スピロ−9,9’−ビフルオレンを出発原料として中間体を製造する工程では、取り扱いに注意を要するn−ブチルリチウムを用いて中間体である2,7−ジホルミル−スピロ−9,9’−ビフルオレンを製造するものである。
【0012】
前記のとおりであるから、先行製造方法では、前者で得られた最終中間体である{4−(9H−カルバゾール−9−イル)ベンジル}リン酸ジエチルエステルと、後者で得られた中間体である2,7−ジホルミル−スピロ−9,9’−ビフルオレンとを反応させて目的物質である「spiroSBCz」を製造するものであり、多くの製造工程と取り扱いに注意を要する物質の関与が必要となる。
【0013】
本発明者らは、前記した構造式(II)の化合物、特に前記特許文献1の実施例に開示されている「spiroSBCz」の特性を活かすべく、工程数を低減し、かつ取り扱いに注意を要する物質を用いることなく、「spiroSBCz」等の前記した構造式(II)の化合物を製造できる方法の研究開発に鋭意努め、その結果開発に成功したのが本発明である。
したがって、本発明は、spiroSBCz、並びにそれと同様の構造及び特性を持つ化合物を簡便、かつ安全に製造する方法を提供することを解決すべき課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本願発明は、前記課題を解決した下記一般式(1)で示される化合物Cのカルバゾール誘導体を製造する方法を提供するものであり、その製造方法は、下記構造式(2)に示す化合物Aと下記一般式(3)に示す化合物Bとをパラジウム触媒存在下で反応させることを特徴とするものである。
【化3】

【化4】

【化5】

(但し、式中、Zは炭素原子又は珪素原子を表す。R1及びR2は、それぞれ独立に置換基を有していてもよい炭素数6〜18の芳香族炭化水素基、置換基を有していてもよい炭素数3〜13の芳香族複素環基、又は置換基を有していてもよい主鎖の炭素数が1〜10のアルキル基を表し、R1とR2は、直接もしくは置換基を介して環を形成していてもよい。X1及びX2は、それぞれ独立にハロゲン原子を表す。)
【0015】
そして、本願発明においては、更に以下のことが好ましい。
(1)化合物Aと化合物Bとを、前記化合物Aが前記化合物Bに対して2当量以上となるように混合して反応させること。
(2)化合物Aと化合物Bとの反応は加熱して行うこと。
(3)前記反応は塩基存在下で行うこと。
(4)パラジウム触媒は、ホスフィン系配位子と0価又は2価のパラジウム錯体とを混合した触媒であること。
(5)X1及びX2は、それぞれ独立に臭素原子またはヨウ素原子であること。
(6)X1及びX2は、同一の原子を表すこと。
(7)Zは炭素原子であること。
【発明の効果】
【0016】
本願発明は、「spiroSBCz」並びにそれと同様の構造及び特性を持つ化合物を簡便、かつ安全に製造する方法を提供することができる優れたものである。この点に関し、「spiroSBCz」を製造する場合を例にして以下において詳述する。
特許文献1に記載の先行製造方法では、第1出発原料の4−(9H−カルバゾール−9−イル)ベンズアルデヒドと第2出発原料の2,7−ジブロモ−スピロ−9,9’−ビフルオレンとを用い、それぞれの出発原料において一旦中間体を製造し、得られた中間体同士を反応させることにより最終目的物質である「spiroSBCz」を製造している。
【0017】
特に、第1出発原料からは4−(9H−カルバゾール−9−イル)ベンジルアルコール及び9−{4−(ブロモメチル)フェニル}−9H−カルバゾールの2段階の中間体の製造を経て更に最終中間体である{4−(9H−カルバゾール−9−イル)ベンジル}リン酸ジエチルエステルを製造するものであり、また第2出発原料からは中間体である2,7−ジホルミル−スピロ−9,9’−ビフルオレンを製造し、それら第1出発原料からの最終中間体と第2出発原料からの中間体とを反応させることにより、先行製造方法では目的物質である「spiroSBCz」が製造されている。
【0018】
そのため、先行製造方法では反応工程数が多くなり、かつ第2出発原料から中間体を製造する工程では取り扱いに注意を要するn−ブチルリチウムの使用が必要となる。
それに対して、本願発明では、前記先行製造方法の第1出発原料である4−(9H−カルバゾール−9−イル)ベンズアルデヒドを用いて1段階の反応工程で製造した9−(4−ビニルフェニル)−9H−カルバゾールを第1製造原料とし、前記先行製造方法の第2出発原料と同一の化合物を第2製造原料として、両化合物を反応させるだけで、最終目的物質の「spiroSBCz」が製造できるものである。
【0019】
前記のとおりであるから、本願発明では、最終目的物質を製造するまでの反応工程数が先行製造方法の半分以下にまで低減され、かつ第2製造原料については先行製造方法のように中間体を製造する必要もないので、その際に必要となる取り扱いに注意を要するn−ブチルリチウムの使用も不要となる。
したがって、本願発明は、前記したとおりspiroSBCz、並びにそれと同様の構造及び特性を持つ化合物を簡便、かつ安全に製造する方法を提供することができる優れたものである。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】得られたspiroSBCzのNMRチャートを示す図。
【図2】そのspiroSBCzの溶液吸収スペクトルを示す図。
【図3】そのspiroSBCzの溶液発光スペクトルを示す図。
【図4】そのspiroSBCzの薄膜吸収スペクトルを示す図。
【図5】そのspiroSBCzの薄膜発光スペクトルを示す図。
【図6】そのspiroSBCzとCBPを共蒸着させた薄膜に窒素レーザを照射した際の発光スペクトルを示す図。
【図7】そのspiroSBCzとCBPを共蒸着させた薄膜に窒素レーザを照射した際の励起光強度と発光強度の関係を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明を実施するための最良の形態を含む、本発明の各種実施の態様について詳細に説明するが、本発明はその説明によって何等限定されるものではない。従って、本発明の趣旨及びその範囲から逸脱することなくその形態及び詳細を様々に変更し得ることは当業者であれば容易に理解できる。
【0022】
本願発明の下記一般式(1)で示す化合物Cであるカルバゾール誘導体を製造する方法は、前記したとおり下記構造式(2)に示す第1製造原料の化合物Aと下記一般式(3)に示す第2製造原料の化合物Bとをパラジウム触媒存在下で反応させることを特徴とするものである。
【化6】

【化7】

【化8】

(式中、Zは炭素原子又は珪素原子を表す。R1及びR2は、それぞれ独立に置換基を有していてもよい炭素数6〜18の芳香族炭化水素基、置換基を有していてもよい炭素数3〜13の芳香族複素環基、又は置換基を有していてもよい主鎖の炭素数が1〜10のアルキル基を表し、R1とR2は、直接もしくは置換基を介して環を形成していてもよい。X1及びX2は、それぞれ独立にハロゲン原子を表す。)
【0023】
その反応式を示すと下記反応式(1)のとおりである。
【化9】

【0024】
1とR2に関し、以下において更に具体的に説明する。
1とR2において置換基を有していてもよい炭素数6〜18の芳香族炭化水素基としては、フェニル基、ビフェニル基、テルフェニル基、ナフチル基(好ましくは2−ナフチル基)、アントリル基(好ましくは2−アントリル基)、フェナントリル基、フルオレニル基等が挙げられ、これらは置換基を有していてもよい。その場合において有していてもよい置換基としてはアルキル基、アルコキシル基、フッ素原子が挙げられる。
【0025】
また、置換基を有していてもよい炭素数3〜13の芳香族複素環基としては、ピリジン環、ピリミジン環、ピラジン環などの6員環単環の置換基;チオフェン環、フラン環、イミダゾール環、チアゾール環などの5員環単環の置換基;キノリン環、イソキノリン環、アクリジン環などの6員環縮合環の置換基;インドール環、ベンゾチオフェンなどの6員環と5員環の縮合環の置換基;さらにカルバゾールなどの6員環と5員環の縮合した3環性芳香族置換基などが挙げられる。これらが有していてもよい置換基としては、アルキル基、アルコキシル基、フッ素原子などが挙げられる。
【0026】
置換基を有していてもよい主鎖の炭素数が1〜10のアルキル基としては、メチル基、エチル基、ブチル基、ヘキシル基、オクチル基等が挙げられる。これらのアルキル基が有していてもよい置換基としては、アルキル基などが挙げられる。
【0027】
1とR2が直接もしくは置換基を介して環を形成している例としては、前記一般式(1)において、「R1」及び「R2」が結合した「Z」を含む複素環構造部分が下記構造式(4)で表されるものが挙げられる。
【化10】

【0028】
なお、前記構造式(4)中における「*」の部分は、一般式(4)における「*」の部分が該当するものである。すなわち、前記環を形成している例としては、前記一般式(1)における前記一般式(4)の部分が前記構造式(4)と置換した構造を有するものが該当する。
また、R1とR2は同一であっても、異なっていてもよいが、合成のしやすさの点で同一であることが好ましい。さらに、化合物の電気化学的な安定性からR1とR2は芳香族炭化水素基であることが好ましい。
【0029】
本願発明の製造方法においては、前記化合物Aが前記化合物Bに対して2当量以上となるように混合して化合物Aと化合物Bとを反応させることがよく、その範囲である限りよいことに変わりはないが、具体的には前記化合物Aが前記化合物Bに対して2〜3当量となるように混合して反応させることが好ましく、更には2〜2.5当量となるように混合して反応させることがより好ましい。
その際の反応温度は特に限定されることはなく室温から200℃の範囲で行うのがよく、好ましくは加熱して行うのがよく、60〜150℃がよい。
【0030】
また、前記反応は、反応で発生する酸をトラップするために塩基存在下で行うのが好ましく、その塩基は特に限定されるものではなく無機、有機の各種塩基が使用可能であり、トリエチルアミン、炭酸カリウムなどが好適なものとして例示できる。その際の塩基使用量は、ハロゲン化フルオレン誘導体に対し1〜5当量が好ましく、3〜4当量がさらに好ましい。
【0031】
その際に用いるパラジウム触媒はパラジウムの2価もしくは0価錯体がよく、それとホスフィン系配位子とを系中で混合させることで生成したもの、すなわち錯体であることが好ましい。パラジウム錯体は一般に入手可能な2価もしくは0価錯体を用いることができるが、酢酸パラジウムを用いることが好ましい。用いるパラジウム錯体の量はハロゲン化フルオレン誘導体に対し0.001〜1当量が好ましく、0.01〜0.1当量がさらに好ましい。ホスフィン系の配位子は入手可能なトリス(オルト−トリル)ホスフィンもしくはトリスターシャリーブチルホスフィンを用いることが望ましい。用いるホスフィン系配位子は、パラジウム錯体に対し1〜5当量が好ましく、3〜4当量がさらに好ましい。
【0032】
第2製造原料である化合物Bについては、前記一般式(3)で示される範疇の化合物である限り特に限定されることなく各種の化合物が使用可能であるが、好ましくはX1及びX2はそれぞれ独立に臭素原子またはヨウ素原子であることがよく、より好ましくはX1及びX2は同一の原子であるのがよい。さらに、Zは炭素原子であることが好ましい。
なお、化合物Bに関し、前記の範囲のものが好ましいのは、得られる目的物質の特性が優れていることからである。
【0033】
[第1製造原料である化合物Aの製造方法]
本願発明の製造方法における第1製造原料である化合物Aの製造方法について以下において説明する。その化合物Aは、先行製造方法における第1出発原料である4−(9H−カルバゾール−9−イル)ベンズアルデヒドから製造することができ、その際には前記第1出発原料である4−(9H−カルバゾール−9−イル)ベンズアルデヒドを原料としてウィティッヒ反応を用いることより製造することができる。
【0034】
このウィティッヒ反応は、ウィティッヒ試薬と呼ばれるリンイリドとカルボニル化合物からアルケンを生成する反応であり、本発明においては前記ウィティッヒ反応における一般的な手法で実施可能である。すなわち、メチルトリフェニルホスホニウムブロミドと塩基を溶媒中低温で反応させることでトリフェニルホスホニウムメチリドを発生させ、これに前記第1出発原料を加え、適度な時間反応させることで本発明の第1製造原料である化合物Aが生成する。これから溶媒を除去し、カラムクロマトグラフィー等で精製することで化合物Aの結晶を得ることができる。
【0035】
その際に用いる溶媒はメチルトリフェニルホスホニウムブロミドを溶かし得る極性の高い溶媒が好ましく、具体的には、ジメチルホルムアミド、テトラヒドロフランなどが用いられる。この溶液に塩基を加えることでトリフェニルホスホニウムメチリドを発生させる。加える塩基の量はメチルトリフェニルホスホニウムブロミドに対し1〜3当量が好ましく、1.5〜2当量がさらに好ましい。反応温度は−30℃から室温までが好ましく、−10℃〜10℃がさらに好ましい。塩基は一般的なものでよく、ナトリウムメトキシドなどが好適である。
【0036】
このようにしてトリフェニルホスホニウムメチリドを発生させた後、前記第1出発原料である4−(9H−カルバゾール−9−イル)ベンズアルデヒドを系中に添加する。加える前記第1出発原料の量はメチルトリフェニルホスホニウムブロミドに対し0.1〜1.5当量が好ましく、0.5〜1.0当量がさらに好ましい。添加する時の反応温度は−30℃から室温までが好ましく、−10℃〜10℃がさらに好ましい。反応時間は特に限定はないが、通常数時間以内で終結する。このようにして本願発明の第1製造原料である9−(4−ビニルフェニル)−9H−カルバゾールを製造する。
【0037】
[spiroSBCz等の化合物Cの具体的製造プロセス]
本願発明の目的製造物質であるspiroSBCz等の化合物Cの製造プロセスについて以下において更に詳述する。
この製造プロセスでは、先行製造方法で用いた第1出発原料である4−(9H−カルバゾール−9−イル)ベンズアルデヒドから製造した化合物Aと、先行製造方法で用いた第2出発原料である、2,7−ジブロモ−スピロ−9,9’−ビフルオレン等の化合物Bとを、パラジウム触媒を用いた溝呂木−ヘック反応によりカップリングさせて、化合物Cを生成するための工程である。
【0038】
この溝呂木−ヘック反応は、パラジウム触媒存在下で、アリールハライドを末端オレフィンとクロスカップリングさせて、置換オレフィンを合成する既知反応であり、本願発明においても一般的な手法で実施可能である。すなわち、ハロゲン化フルオレン誘導体と9−(4−ビニルフェニル)−9H−カルバゾールとを適当な比率で、適当な溶媒中で混合し、パラジウム触媒、配位子及び塩基を加え、適度に加熱し、適度な時間反応させる。反応後、反応液をそのまま再結晶するか、カラムクロマトグラフィーなどによって精製した後、再結晶することによって化合物Cの結晶を得ることができる。
【0039】
その際には、9−(4−ビニルフェニル)−9H−カルバゾールとハロゲン化フルオレン誘導体との混合比率は2〜3:1が好ましく、2〜2.5:1がさらに好ましい。なお、ハロゲン化フルオレン誘導体は、反応活性の観点から、ブロモ体もしくはヨード体が好ましい。
さらに、用いる溶媒は、溶解度が大きく、極性の高い溶媒が好ましく、具体的には、ジメチルホルムアミド、テトラヒドロフランなどが用いられる。
【0040】
その際に用いるパラジウム触媒は2価もしくは0価の錯体とホスフィン系配位子とを系中で混合させることで生成したパラジウム錯体(触媒)を用いるのがよい。パラジウム錯体は一般に入手可能な2価もしくは0価錯体を用いることができるが、酢酸パラジウムを用いることが好ましい。用いるパラジウム錯体の量はハロゲン化フルオレン誘導体に対し0.001〜1当量が好ましく、0.01〜0.1当量がさらに好ましい。ホスフィン系の配位子は入手可能なトリス(オルト−トリル)ホスフィンもしくはトリスターシャリーブチルホスフィンを用いることが望ましい。用いるホスフィン系配位子は、パラジウム錯体に対し1〜5当量が好ましく、3〜4当量がさらに好ましい。
【0041】
また、その際の塩基は、反応で発生する酸をトラップするためのものである。一般に無機塩基が用いられるが、トリエチルアミン、炭酸カリウムなどが好適に用いられる。用いる塩基の量は、ハロゲン化フルオレン誘導体に対し1〜5当量が好ましく、3〜4当量がさらに好ましい。
反応温度は、室温〜200℃までが好ましく、60〜150℃がさらに好ましい。一般に、反応温度が高いほうが反応の終結が早まる。
【実施例1】
【0042】
以下に、本発明のカルバゾール誘導体の製造方法について実施例を示すが、本発明はこの実施例によって何等限定されるものではなく、特許請求の範囲の記載によって特定されるものであることはいうまでもない。
この実施例ではspiroSBCzを目的製造化合物とする製造例を示すが、この製造例において使用する原料物質の一つである第1製造原料の9−(4−ビニルフェニル)−9H−カルバゾールの製造例についても示す。
なお、そのspiroSBCzの構造式を示すと下記構造式(5)のとおりである。
【0043】
【化11】

【0044】
[ステップ1] 9−(4−ビニルフェニル)−9H−カルバゾールの合成
この合成反応についてまず反応式を示すと下記反応式(2)に示すとおりである。
【化12】

【0045】
次いで、その反応プロセスを以下において具体的に説明する。
100mL三口フラスコに4−(9H−カルバゾール−9−イル)ベンズアルデヒド2.7g(10mmol)、メチルトリフェニルホスホニウムブロミド5.4g(15mmol)を入れ、フラスコ内を窒素置換した後、テトラヒドロフラン50mLを加えた。この混合溶液を−3℃に冷やし、20分間撹拌した後、ナトリウムメトキシド1.62g(30mmol)をテトラヒドロフラン30mLに懸濁させた懸濁液を滴下した。滴下終了後、この混合溶液を徐々に室温に戻し、室温で15時間撹拌した。
【0046】
この混合溶液を水に注ぎ、分液漏斗を用いて有機層と水層を分離し、水層を酢酸エチルで3回抽出した。得られた抽出溶液と有機層を合わせて、飽和食塩水で洗浄し、無水硫酸マグネシウムで乾燥した後、この混合物を自然ろ過した。得られたろ液を濃縮し、黄色粉末を得た。得られた黄色粉末をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(展開溶媒;ヘキサン:酢酸エチル=4:1)により精製し、化合物2.33g(収率86%)を得、それが目的化合物の9−(4−ビニルフェニル)−9H−カルバゾールであることを核磁気共鳴法(NMR)によって確認した。
【0047】
得られた化合物の1H NMRの測定データは以下に示す通りである。
1H NMR(300MHz、CDCl3):δ(ppm)=5.34(d、1H、J=10Hz)、5.83(d、1H、J=17Hz)、6.80(dd、1H、J1=10Hz、J2=17Hz)、7.22−7.32(m、2H)、7.50(d、2H、J=7.3Hz)、7.61(d、2H、J=7.3Hz)8.13(d、2H、J=7.3Hz)
【0048】
[ステップ2] spiroSBCzの合成
この合成反応についてまず反応式を示すと下記反応式(3)に示すとおりである。
【化13】

【0049】
次いで、その反応プロセスを以下において具体的に説明する。
50mL三口フラスコに、前記ステップ1で製造した第1製造原料の9−(4−ビニルフェニル)−9H−カルバゾール1.8g(6.6mmol)(化合物A)と、第2製造原料の2,7−ジブロモ−スピロ−9,9’−ビフルオレン1.4g(3.0mmol)(化合物B)と、酢酸パラジウム(II)0.042g(0.18mmol、6mol%)と、トリス(オルト−トリル)ホスフィン0.39g(0.63mmol)とを入れ、フラスコ内を窒素置換した後、N,N―ジメチルホルムアミド15mLとトリエチルアミン7mLとを加え、この混合溶液を100℃で撹拌した。
【0050】
2時間加熱撹拌後、シリカゲル薄層クロマトグラフィー(TLC)上にて原料の消失を確認した。この反応溶液を熱したトルエンに注ぎ、吸引ろ過して、析出物をトルエンで洗浄した。得られたろ液を分液ろうとを用いて、1M塩酸、純水、飽和食塩水の順番で洗浄した。得られた有機層を無水硫酸マグネシウムで乾燥した後、減圧下で溶媒乾固し、オレンジ色の粉末を得た。この粉末をクロロホルムで再結晶し、黄色粉末を2.2g(収率86%)得た。
【0051】
この黄色粉末は1H NMRおよびMSスペクトルにより目的化合物spiroSBCzであることを確認した(M+=851.342)。
得られた化合物の1H NMRの測定データは以下に示す通りである。
1H NMR(300MHz、C22Cl4):δ(ppm)=6.79(d、2H、J=6.8Hz)、6.85(s、2H)、6.97(s、4H)、7.11(t、2H、J=6.8Hz)、7.15−7.25(m、4H)、7.28−7.44(m、14H)、7.54(d、6H、J=7.8Hz)、7.81(d、2H、J=7.8Hz)、7.87(d、2H、J=7.8Hz)、8.05(d、4H、J=7.8Hz)。
【0052】
そして、得られたspiroSBCzのNMRチャートを図1に示す。なお、その図1において、(B)は(A)における6.5ppm〜8.5ppmの範囲を拡大したチャートである。また、そのspiroSBCzのトルエン溶液の吸収スペクトルを図2、発光スペクトルを図3に示す。それらの測定には紫外線可視光分光光度計(日本分光株式会社製、V550型)を用いた。溶液は石英セルに入れて測定を行った。吸収スペクトルについては、トルエンのみを入れて測定した吸収スペクトルを差し引いた吸収スペクトルを図示した。さらに、そのspiroSBCzの薄膜の吸収スペクトルを図4、発光スペクトルを図5に示す。薄膜については、石英基板に蒸着してサンプルを作製し測定を行った。吸収スペクトルについては、石英のみの吸収スペクトルを差し引いた吸収スペクトルを図示した。
【0053】
図2及び図4においては、横軸は波長(nm)、縦軸は吸収強度(任意単位)を表す。図3及び図5においては、横軸は波長(nm)、縦軸は発光強度(任意単位)を表す。このトルエン溶液の場合では388nm付近に吸収が見られた。また、トルエン溶液の最大発光波長は427nm(励起波長388nm)であった。薄膜の場合では238nm、296nm、348nm、374nm付近に吸収が見られた。また、最大発光波長は薄膜の場合では460nm(励起波長370nm)であった。
【0054】
[利用例]
実施例1で製造した化合物spiroSBCzを用いて共蒸着により薄膜を製造し、その薄膜の特性試験を行った。その薄膜の具体的製造方法は下記のとおりである。
【0055】
[薄膜の製造方法]
実施例1で製造した化合物spiroSBCzをゲスト分子としてCBP(4,4’−(N、N’−ジカルバゾリル)ビフェニル)ホスト中に10重量%分散させた厚さ180nmの薄膜を真空下でガラス基板に共蒸着することによりサンプルを作製した。
【0056】
[特性試験方法]
そのサンプルに波長337nmの窒素ガスレーザを励起光源として照射し、光励起した。サンプルからの発光はマルチチャンネル分光測光装置であるMulti−channel photodiode(浜松ホトニクス製 PMA−11)によってガラス基板の端面から観測し、発光スペクトル、及び励起光強度と発光強度との関係を求めた。
【0057】
励起光である発光スペクトルの強度は、NDフィルター(neutral density filter、光量調整フィルター)を用いて入射光強度を0.03〜100%の間で変化させ、上記の要領で発光スペクトルを測定した。さらに、それぞれのピーク強度を求め、励起光強度と発光強度との関係を求めグラフにしてまとめた。
【0058】
このグラフにおいてピーク強度の急激な変化に対して2本の近似線を引き、その交点からASE閾値を算出する。
それによれば、窒素レーザの100%の強度を1とすると、相対励起光強度0.0008がASE閾値として求められ、これを用いてASE閾値を具体的に算出すると以下のとおりである。すなわち、窒素レーザ100%の強度が1.337mJ/cm2なので、spiroSBCzのASE閾値は、1.337×0.0008=約1.06μJ/cm2となる。
【0059】
前記したCBPと共蒸着した薄膜の基板端面からの発光スペクトルの強度を図に示すと図6の通りである。それに対して図5はspiroSBCz単独の薄膜の発光スペクトルであり、両者を対比すると、図6の基板端面からの発光スペクトルは、図5のスペクトルに比しシャープなピークを有することがわかる。
これは、誘導放出が起こることによって、主にある波長の発光強度が大きくなっていることに起因するので、ASE発振が起きているといえる。
なお、この図からASE発振波長は471nmであることもわかる。
【0060】
前記した励起光強度と発光強度との関係を図に示すと図7のとおりである。
励起する光の強度と、励起光が照射された材料から発光する光の強度とは、発光材料では、通常比例関係、つまり励起光強度を2倍にすれば、発光強度も2倍になる。
それに対して、レーザ色素は、所定の強度より強い励起光を照射すると、特定の波長の発光において比例関係のものより強い発光強度が観測されることが知られており、これは、レーザの素となる誘導放出光が得られていることに起因するものである。
【0061】
翻って、図7の励起光強度と発光強度の関係をみると、励起光の強度を低いところから高いところに次第に変化させると、励起光強度の低いところと、高いところでは比例関係になっていないことがわかる。すなわち、励起光強度の低い部分と、高い部分では、グラフの傾きが異なり、高い部分の方が傾きが大きいことがわかる。
このことは、励起光強度を強くすることによって誘導放出光が得られている、すなわちASE発振が起きていることを示すといえる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記構造式(2)に示す化合物Aと下記一般式(3)に示す化合物Bとをパラジウム触媒存在下で反応させることを特徴とする、下記一般式(1)で示す化合物Cであるカルバゾール誘導体を製造する方法。
【化1】

【化2】

【化3】

(但し、式中、Zは炭素原子又は珪素原子を表す。R1及びR2は、それぞれ独立に置換基を有していてもよい炭素数6〜18の芳香族炭化水素基、置換基を有していてもよい炭素数3〜13の芳香族複素環基、又は置換基を有していてもよい主鎖の炭素数が1〜10のアルキル基を表し、R1とR2は、直接もしくは置換基を介して環を形成していてもよい。X1及びX2は、それぞれ独立にハロゲン原子を表す。)
【請求項2】
請求項1において、前記構造式(2)に示す化合物Aと前記一般式(3)に示す化合物Bとを、前記化合物Aが前記化合物Bに対して2当量以上となるように混合して反応させることを特徴とする化合物Cであるカルバゾール誘導体を製造する方法。
【請求項3】
請求項1又は請求項2において、
加熱して反応させることを特徴とする化合物Cであるカルバゾール誘導体を製造する方法。
【請求項4】
請求項1乃至請求項3のいずれか一項において、
前記化合物Aと前記化合物Bとを塩基存在下で反応させることを特徴とする化合物Cであるカルバゾール誘導体を製造する方法。
【請求項5】
請求項1乃至請求項4のいずれか一項において、
前記パラジウム触媒は、ホスフィン系配位子と0価又は2価のパラジウム錯体とを混合した触媒であることを特徴とする化合物Cであるカルバゾール誘導体を製造する方法。
【請求項6】
請求項1乃至請求項5のいずれか一項において、
1及びX2は、それぞれ独立に臭素原子またはヨウ素原子であることを特徴とする化合物Cであるカルバゾール誘導体を製造する方法。
【請求項7】
請求項1乃至請求項6のいずれか一項において、
1及びX2は、同一の原子を表すことを特徴とする化合物Cであるカルバゾール誘導体を製造する方法。
【請求項8】
請求項1乃至請求項7のいずれか一項において、
Zは炭素原子であることを特徴とする化合物Cであるカルバゾール誘導体を製造する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−168347(P2010−168347A)
【公開日】平成22年8月5日(2010.8.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−251646(P2009−251646)
【出願日】平成21年11月2日(2009.11.2)
【出願人】(000153878)株式会社半導体エネルギー研究所 (5,264)
【Fターム(参考)】