説明

カルボン酸の製造方法

【課題】 有機溶媒耐性の高いニトリラーゼ生産微生物及び該微生物のニトリラーゼ活性を利用して、ニトリルから効率的にカルボン酸を製造する方法を提供する。
【解決手段】 40%の有機溶媒存在下20℃で60分処理した時のニトリラーゼ活性が10%以上残存するアースロバクター属に属する微生物、具体的にはアースロバクター エスピー F−73株及び/またはその処理物からなるニトリラーゼ活性物質とニトリルを、水系反応液に有機溶媒を添加した反応液中で接触させて該ニトリルを加水分解し生成するカルボン酸を回収する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機溶媒耐性を有するニトリラーゼ生産微生物及び該微生物のニトリラーゼ活性物質を利用して、ニトリルからカルボン酸を製造する方法に関する
【背景技術】
【0002】
カルボン酸の製造方法として、ニトリラーゼ酵素を用いてニトリルを加水分解して製造する方法がある。ニトリラーゼはニトリルからカルボン酸に変換し得る有用な酵素であり、種々の微生物から産生されている。例えば、ニトリラーゼ活性物質を産生する微生物として、アースロバクター属に属する微生物が報告されている(特許文献1、2)。
一般に酵素反応は水溶液中で高活性を示すが、有機溶媒存在下では活性が著しく低下するか活性を全く示さないことがある。実際に、水溶性の低いニトリルを原料とする場合、予め有機溶媒を用いて溶解することが望ましいが、上述したアースロバクター属由来のニトリラーゼは有機溶媒に対する耐性を有しない。したがって、既知のアースロバクター属微生物由来のニトリラーゼ酵素は、水溶性の低いニトリルを原料としたカルボン酸の製造手段として適していなかった。
一方、非特許文献1には、シュードモナス属に属する微生物由来のニトリラーゼが炭素数6〜16のアルカン、炭素数6〜11のアルカノールに対して耐性を示すことが報告されているが、該ニトリラーゼが水溶性有機溶媒に対する耐性を示すかは不明である。
【特許文献1】特開平11−341979
【特許文献2】特開2003−274933
【非特許文献1】Applied and Environmental Microbiology,69(8),4359−4366(2003)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明は、有機溶媒に対しても耐性の高いニトリラーゼ生産微生物の提供及び該微生物のニトリラーゼ活性を利用して、ニトリルから効率的にカルボン酸を製造する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らは鋭意検討した結果、アースロバクター属に属する新規微生物が、高いニトリラーゼ活性を示すのみならず、望ましい有機溶媒耐性を示すことを見出した。また、該微生物が有機溶媒存在下で高いニトリラーゼ活性を維持し、水溶性の低いニトリルからカルボン酸を製造する手段として有用であることを見出し、本発明に至った。具体的には本発明は以下に示す通りである。
【0005】
1. アースロバクター エスピー F−73株。
2. アースロバクター エスピー F−73株または該株由来のニトリラーゼ活性を有する酵素活性物質を水系反応液中でニトリルと接触させて該ニトリルから生成されるカルボン酸を回収する、カルボン酸の製造方法。
3. 40%アセトン存在下20℃で60分処理した時のニトリラーゼ活性が10%以上残存するアースロバクター属に属する微生物または該微生物由来のニトリラーゼ活性を有する酵素活性物質を、有機溶媒が添加された水系反応液中でニトリルと接触させて該ニトリルから生成されるカルボン酸を回収する、カルボン酸の製造方法。
4. 水系反応液への有機溶媒の添加濃度が、60%(V/V)以下である、上記3記載の製造方法。
5. 有機溶媒がアルコール類、ケトン類、アミド類、ジメチルスルホキシド、エステル類、ハロゲンで置換されていてもよい炭化水素類またはエーテル類から選択される少なくとも1種以上である、上記3又は4記載の製造方法。
6. アルコール類がメタノール、エタノール、プロパノール、1−オクタノール、1,3−プロパンジオールまたはエチレングリコールのいずれか又は組合せ、
ケトン類がアセトン、
アミド類がジメチルホルムアミド、
エステルが酢酸エチル、
ハロゲンで置換されていてもよい炭化水素がトルエン、シクロヘキサン、オクタンまたはクロロホルム、
エーテル類が1,4−ジオキサンまたはテトラヒドロフランである、上記5記載の製造方法。
7. ニトリルが、α−ヒドロキシニトリルである、上記2〜6のいずれかに記載の製造方法。
8. ニトリルが、ベンゼン環上の水素原子がハロゲン原子で置換されていてもよいマンデロニトリルである、上記2〜6のいずれかに記載のカルボン酸の製造方法。
9. α−ヒドロキシニトリルが、水系反応液中に添加されたアルデヒド及び青酸塩により生成される、上記7記載の製造方法。
10. 水系反応液に添加された有機溶媒が、水系溶媒と二層を形成し得る有機溶媒である、上記9記載の製造方法。
11. アルデヒドが、ベンゼン環上の水素原子がハロゲン原子で置換されていてもよいベンズアルデヒドである、上記9記載の製造方法。
12. 有機溶媒が、酢酸エチルである、上記10記載の製造方法。
13. アースロバクター属に属する微生物がアースロバクター エスピー F−73株である、上記2〜12のいずれかに記載の製造方法。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、水溶性ニトリルを原料としてカルボン酸を効率的に製造できるだけでなく、水溶性が低く従来酵素反応に適さなかったニトリルをも効率的に加水分解し、対応するカルボン酸を製造することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明は、有機溶媒耐性を示すニトリラーゼ活性を産生し得るアースロバクター属微生物、具体的には、アースロバクター エスピー F−73株を提供する。ここでニトリラーゼとは、上述した通り、ニトリルを加水分解してカルボン酸に変換する酵素である。本株のニトリラーゼは、従来のニトリラーゼでは見られない水溶性有機溶媒を含めた有機溶媒に対して耐性を示す。そのため、水に難溶なニトリルを基質として効率よく対応するカルボン酸に変換し得る。したがって、本菌株のニトリラーゼ活性を利用すれば、水溶性のニトリルから水に難溶なニトリルという広範囲な基質化合物を原料として、対応するカルボン酸を工業的に製造することが可能となる。
【0008】
アースロバクター エスピー F−73株は岐阜大学の構内から採取された土壌より分離した新規微生物株であり、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターにおいて「FERM P-20349」として寄託されている。本菌株は本アクセッション番号をもとに前記受託機関より入手することができる。
【0009】
本発明に用いる微生物を培養するための培地は、その微生物が増殖しうるものであれば特に制限はない。例えば、炭素源としては上記微生物が利用可能な任意の炭素源を使用することができる。具体的には、グルコース、フルクトース、シュクロース、デキストリンなどの糖類、ソルビトール、グリセロールなどのアルコール類、フマール酸、クエン酸、酢酸、プロピオン酸等の有機酸類およびその塩類、パラフィンなどの炭化水素類、トルエン、クレゾール、安息香酸などあるいはこれらの混合物を使用することができる。
【0010】
窒素源としては例えば、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、リン酸アンモニウムなどの無機酸のアンモニウム塩、フマル酸アンモニウム、クエン酸アンモニウムなどの有機酸のアンモニウム塩、肉エキス、酵母エキス、コーンスティープリカー、カゼイン加水分解物、尿素、などの無機有機含窒素化合物、あるいはこれらの混合物を使用することができる。他に無機塩、微量金属塩、ビタミン類など、通常の培養に用いられる栄養源を適宜混合して用いることができる。また、必要に応じて微生物の増殖を促進する因子、本発明の目的化合物の生成能力を高める因子、あるいは培地のpH保持に有効なCaCO3などの物質も添加できる。
【0011】
培養方法としては、培地pHは3〜11、好ましくは4〜8、培養温度は15〜60℃、好ましくは20〜45℃で、嫌気的あるいは好気的に、その微生物の生育に適した条件下5〜240時間、好ましくは12〜120時間程度培養する。
【0012】
本発明は、上記アースロバクター エスピー F−73株あるいは該菌株と同等の有機溶媒耐性のニトリラーゼ活性を有するアースロバクター属に属する微生物を利用して、ニトリルからカルボン酸を製造する方法を提供する。
【0013】
上記アースロバクター エスピー F−73株が有するニトリラーゼは、後述する実施例に示すように基質を含む緩衝液中にアセトンを0〜60v/v%存在下30度で処理した後、ニトリラーゼ活性は10%以上残存した。したがって、アースロバクター エスピー F-73株と同等の有機溶媒耐性のニトリラーゼ活性とは、一例として示せば40%のアセトン存在下、20℃で60分の条件で処理した時にニトリラーゼ活性が10%以上残存することとすることができる。40%のアセトン存在下、より好ましくは60%のアセトン存在下、20℃で60分の条件で処理した時にニトリラーゼ活性が10%以上残存するものであれば、工業レベルでの製造に好適に利用し得る。
【0014】
ニトリラーゼ活性を有するアースロバクター属の株の単離は、たとえば、実施例に示すような方法に基づいて実施することができる。先ず、アースロバクター属微生物を含む被験試料をニトリル含有培地で培養し、培養物に蓄積するカルボン酸を測定することによって、目的とするニトリラーゼ活性を有する微生物の存在を同定し得る。被験試料は土壌、河川、あるいは湖沼などから採取の材料とすることができる。アースロバクター属に属する微生物を単離・同定する方法は、たとえば、「Bergey's Manual of Determinative Bacteriology, 9th Edition」(Edited by John G. Holt, Williams & Wilkins, Baltimore)を参照することができる。
【0015】
次に、単離されたアースロバクター属微生物のニトリラーゼ活性の評価は次のように行うことができる。基質として10mMの2−チオフェンアセトニトリルを含む、50mMリン酸カリ緩衝液(pH7.0)に、酵素標品を加える。酵素標品に代えて、微生物の菌体や、粗精製酵素を用いることもできる。酵素添加後、30℃で10分間反応させる。反応液に3N塩酸に加えて激しく振盪することによって反応を停止し、生成物を分析する。反応生成物は、HPLCによって分析することができる。この測定方法に基づいて、ニトリラーゼ1Uは標準反応液組成において30℃で1分間に1μmolの2−チオフェン酢酸を生成する酵素量とする。
【0016】
単離されたアースロバクター属微生物のニトリラーゼ活性が上述したような有機溶媒耐性を示すかは、ニトリラーゼ活性を測定する反応液中に上述した濃度前後の有機溶媒を添加して反応させ、その際のニトリラーゼ活性の残存率を測定することにより判定し得る。
【0017】
本発明の製造方法では、上述した微生物を生菌体のまま反応液に添加して使用してもよく、または、該微生物由来のニトリラーゼ活性を有する酵素活性物質に処理した後に使用してもよい。酵素活性物質は、広く該微生物由来のニトリラーゼ活性を保持し得るものを意味し、精製された酵素は当然のことながら、界面活性剤、アセトンあるいはトルエンなどの有機溶媒処理によって細胞膜の透過性を変化させた微生物、またはガラスビーズや酵素処理によって菌体を破砕した菌体破砕物、無細胞抽出液もしくはそれを部分精製したものなどが含まれる。通常の酵素精製法によるニトリラーゼ自体の粗精製物や精製物であっても差し支えない。また微生物菌体や精製したニトリラーゼを不溶性の担体や水溶性の担体分子に結合したもの、酵素分子を包括固定することによって得られる固定化酵素等も本発明の酵素活性物質に含まれる。
【0018】
本発明の製造方法において、原料となるニトリルは特に限定されず、飽和モノニトリル類、飽和ジニトリル類、α−アミノニトリル類、カルボキシル基を有するニトリル類、不飽和ニトリル類、芳香族ニトリル類及びα−ヒドロキシニトリル類等に広く適用できる。これら具体的な化合物を以下に例示する。
飽和モノニトリル:アセトニトリル、プロピオニトリル、ブチロニトリル、イソブチロニトリル、バレロニトリル、イソバレロニトリル、カプロニトリルなど
飽和ジニトリル類:マロニトリル、サクシノニトリル、グルタルニトリル、アジポニトリルなど
α−アミノニトリル類:α−アミノプロピオニトリル、α−アミノメチルチオブチロニトリル、α−アミノブチロニトリル、アミノアセトニトリルなど
カルボキシル基を有するニトリル類:シアノ酢酸など
β−アミノニトリル類:アミノ−3−プロピオニトリルなど
不飽和ニトリル類:アクリロニトリル、メタクリロニトリル、シアン化アリル、クロトンニトリルなど
芳香族ニトリル類:ベンゾニトリル、o−、m−またはp−クロロベンゾニトリル、o−、m−またはp−フルオロベンゾニトリル、o−、m−またはp−ニトロベンゾニトリル、p−アミノベンゾニトリル、4−シアノフェノール、o−、m−またはp−トルニトリル、2,4−ジクロロベンゾニトリル、2,6−ジクロロベンゾニトリル、2,6−ジフルオロベンゾニトリル、アニソニトリル、α−ナフトニトリル、β−ナフトニトリル、フタロニトリル、イソフタロニトリル、テレフタロニトリル、シアン化ベンジル、フェニルアセトニトリルなど
α−ヒドロキシニトリル類:α−ヒドロキシ−n−プロピオニトリル、α−ヒドロキシ−n−ブチロニトリル、α−ヒドロキシ−イソブチロニトリル、α−ヒドロキシ−n−ヘキシロニトリル、α−ヒドロキシ−n−ヘプチロニトリル、α−ヒドロキシ−n−オクチロニトリル、α,γ−ジヒドロキシ−β,β−ジメチルブチロニトリル、アクロレインシアンヒドリン、メタアクリルアルデヒドシアンヒドリン、3−クロロラクトニトリル、4−メチルチオ−α−ヒドロキシブチロニトリル、α−ヒドロキシ−α−フェニルプロピオニル、マンデロニトリル、2−クロロマンデロニトリル、3−クロロマンデロニトリル、2−チオフェンカルボキシアルデヒドシアンヒドリン、2−ピリジンカルボキシアルデヒドシアンヒドリン、2−ピロールカルボキシアルデヒドシアンヒドリン、2−フルアルデヒドシアンヒドリンまたは2−ナフチルアルデヒドシアンヒドリンなど
【0019】
上記ニトリルのうち、特に好ましいニトリルとしては、α−ヒドロキシニトリル類を挙げることができ、もっとも好ましいものとしては、マンデロニトリル、2−クロロマンデロニトリル、3−クロロマンデロニトリルなど、ベンゼン環上の水素原子がハロゲン原子で置換されていてもよいマンデロニトリルが例示できる。
【0020】
上記α−ヒドロキシニトリルを原料とする場合には、単離精製されたものを原料として用いる必要は必ずしもなく、対応するアルデヒドと青酸塩との反応液をそのまま加えて反応液中で生成されるα−ヒドロキシニトリルを原料としても差し支えない。青酸塩としてはアルカリ金属やアルカリ土類金属の青酸塩が用いられ、青酸ナトリウム、青酸化カリウムなどが好ましい例として挙げられる。アルデヒドは、ベンズアルデヒド、2-クロロベンズアルデヒド、3-クロロベンズアルデヒド等、ベンゼン環上の水素原子がハロゲン原子で置換されていてもよいベンズアルデヒドを好ましいものとして挙げることができるが、本発明は2-ピリジンカルボキシアルデヒド、3-ピリジンカルボキシアルデヒド、4-ピリジンカルボキシアルデヒド、2-トルアルデヒド、3-トルアルデヒド、4-トルアルデヒド、2-フルアルデヒド、3-フルアルデヒド、2-チオフェンアルデヒド、3-チオフェンアルデヒド、3-インドールカルボキシアルデヒド、2-ピロールカルボキシアルデヒド、3-ピロールカルボキシアルデヒド、2-ピラジンカルボキシアルデヒド等に対しても同様に適用できる。
【0021】
本発明のカルボン酸の製造方法を実施するための反応液は、水や緩衝液などの水系反応であっても、有機溶媒が添加された水系反応液であってもよい。上述の通り、本発明のアースロバクター エスピー F−73株あるいはこれと同等のアースロバクター属微生物は、ニトリラーゼ活性を有し、かつこのニトリラーゼ活性は有機溶媒耐性である。したがって、水または緩衝液のような水系反応液を用いて製造を実施することも、有機溶媒が添加された水系反応液で実施することもできる。したがって、基質となるニトリルが水系反応液に溶けにくい場合には、有機溶媒が添加されて水系反応液を用いて基質の溶解度を高めた状態で反応させることが可能となる。このことにより従来の微生物のニトリラーゼを用いた方法では、製造が困難あるいは不効率であった水に難溶なニトリルを原料とするカルボン酸も工業的に製造することが可能となる。
【0022】
水系反応液に添加し得る有機溶媒としては、以下に具体的に例示する水溶性アルコール類、水溶性ケトン類、アミド類、ジメチルスルホキシドなどが挙げられる。
水溶性アルコール類:メタノール、エタノール、プロパノール、1,3−プロパンジオール、エチレングリコールなど
水溶性ケトン類:アセトンなど
アミド類:ジメチルホルムアミドなど
【0023】
あるいは、水に溶解しにくい有機溶媒を添加し有機溶媒と水系反応液との二層系を用いてもよい。水に溶解しにくい有機溶媒としては、以下に例示するエステル類、ハロゲンで置換されていてもよい炭化水素類、高級アルコール類、エーテル類等が挙げられる。
エステル類:酢酸エチルまたは酢酸ブチルなど
ハロゲンで置換されていてもよい炭化水素類:トルエン、n−ヘキサン、シクロヘキサン、オクタンまたはクロロホルムなど
高級アルコール類:1−オクタノールなど
エーテル類:1,4−ジオキサン、テトラヒドロフランなど
【0024】
有機溶媒は本発明の加水分解反応を損なわない範囲で適宜添加すればよいが、通常、水系反応液に対して60%(V/V)以下の量が添加できる。例えば、アセトン、メタノール、ジメチルスルホキシド、ヘキサン等の場合は10〜50%(V/V)以下、好ましくは20〜40%(V/V)が添加できる。ジメチルホルムアミド、酢酸エチル、テトラヒドロフラン、1,3−プロパンジオール等の場合は5〜30%(V/V)以下、好ましくは10〜20%以下の量が添加できる。また、これらの有機溶媒は、酵素活性を損なわない範囲で適宜2種以上を混合して添加しても差し支えない。
【0025】
上述した精製されたα−ヒドロキシニトリルに代えて対応するアルデヒドと青酸塩とを原料として用いる場合には、水系反応液と二層を形成する有機溶媒を添加した二層系を用いることが好ましい。酵素反応の場である水系溶媒中において、アルデヒドやニトリルなど酵素に対して毒性を示す可能性のある化合物の濃度を下げることができ、より効果的に反応を進行させることができる。アルデヒドと青酸塩とを原料に用いる場合、好ましい有機溶媒として酢酸エチル、トルエン等が例示できる。
【0026】
反応液中の基質化合物の濃度は、特に制限されないが、たとえばα−ヒドロキシニトリルの場合、通常、0.1〜10重量%、好ましくは0.2〜5.0重量%とすることができる。基質は反応開始時に一括して添加することも可能であるが、反応液中の基質濃度が高くなりすぎないように連続的、もしくは非連続的に添加することが望ましい。
【0027】
さらに本発明の加水分解反応において、反応液中に界面活性剤を添加してもよい。界面活性剤としては、0.1〜5.0重量%のTriton X−100、あるいはTween60などが用いられる。
【0028】
この基質濃度に対して、本発明のニトリラーゼ活性物質は、たとえば1mU/mL〜100U/mL、好ましくは100mU/mL以上の酵素活性量とすることにより、酵素反応を効率的に進めることができる。酵素活性物質として微生物菌体を利用するときには、基質に対する微生物の使用量は、乾燥菌体として0.01〜5.0重量%相当量とするのが好ましい。酵素や、菌体などの酵素活性物質は、反応液に溶解あるいは分散させることにより、基質と接触させることができる。あるいは、化学結合や包括などの手法によって固定化した酵素活性物質を用いることもできる。更に、基質は透過できるが、酵素分子や菌体の透過を制限する多孔質膜で基質溶液と酵素活性物質を隔てた状態で反応させることもできる。
【0029】
反応は、通常、氷点〜50℃、好ましくは10〜30℃で0.1〜100時間行うことができる。反応液のpHは、酵素活性を維持できれば特に限定されないが、通常、5〜10、好ましくは6〜9の範囲で適宜設定すればよい。
【0030】
反応液中でニトリルと本発明の微生物またはその酵素活性物質が接触することにより、ニトリルが加水分解されて対応するカルボン酸が生成し反応液に蓄積する。ここで蓄積したカルボン酸は、反応液から公知の方法によって回収し、精製することができる。具体的には、たとえば、限外ろ過、濃縮、カラムクロマトグラフィー、抽出、活性炭処理、蒸留など通常の方法を組み合せることで回収、精製できる。
【実施例】
【0031】
次に、本発明を実施例によりさらに詳細に説明する。なお、以下の実施例において用いた標準的な測定方法について説明する。
酵素活性の測定方法:
実施例におけるニトリラーゼ活性の標準的な測定方法は次のとおりである。なお、酵素反応の基本反応液組成は次の通りとした:Total volume 2.00 ml:2-Thiopheneacetonitrile 10mM、KPB (pH7.0) 50mM、酵素溶液 0.10 ml、0.85% (w/v) NaClaq 0.90 ml。
酵素反応は、基質化合物である2−チオフェンアセトニトリルの添加で反応を開始し、30℃で10分間行った。3N塩酸を0.1ml添加し、激しく振盪させて、反応を停止させた。反応液中に生成した2−チオフェン酢酸を以下に示すHPLCで定量し、ニトリラーゼ活性を算出した。
反応液のHPLC分析の条件:
・カラム:Wakosil−II 5C18 RS (4.6×150nm)、
・移動相:50mM KHPO(pH2.8)/CHOH=7/3(v/v)
・流速:1.0ml/min.、検出:UV235nm、カラム温度:40℃
上記ニトリラーゼ活性の算出において、ニトリラーゼ1Uは標準反応液組成において30℃で1分間に1μmolの2−チオフェン酢酸を生成する酵素量と定義した。
【0032】
[実施例1]有機溶媒耐性を有するニトリラーゼ生産微生物の単離
各種ニトリルを含有した培地で集積培養して、ニトリル分解菌の中から特に分解能力の高い菌株として岐阜大学の構内から採取された土壌より分離したF−73株を選択した。
【0033】
本菌株よりDNAを抽出し、16S rRNAに対応する16S rDNAの塩基をPCR法によって増幅して、最初の1469塩基の相同性を既知のArthrobacter属各種の Type strain とMicroSeqのデータベースで比較したところ、最も値の高い種はArthrobacter protophormlae DSM 20618であり、それとの16S rDNAの相同性は95.71%であったところから、最終的に本菌をArthrobacter sp.と同定した。
【0034】
なお、以下の実施例では、特に理がない限り、本菌株の培養は、次の通り行った。以下の組成からなる前培養培地 5mlを試験管(25×200mm)に分注し、シリコン栓をしてオートクレーブで滅菌した。放冷後、菌株を一白金耳植菌し、28℃で1日間振盪培養した。次に、500ml坂口フラスコに分注しオートクレーブで滅菌した以下の組成からなる本培養培地20mlに、前培養後の培養物を移し換えた。28℃で5日間振盪培養した。
前培養培地(pH7.0):
ポリペプトン 5.0g、肉エキス 5.0g、NaCl 2.0g、酵母エキス 0.5g、蒸留水 1.0L。
本培養培地(pH7.0):
2−チオフェンアセトニトリル 1.5ml、ラクト−ス 1.0g、酵母エキス 1.0g、MgSO7HO 0.2g、KHPO 1.0g、蒸留水 1.0L。
【0035】
[実施例2]ニトリラーゼ活性の測定
Arthrobacter sp. F−73を前培養培地A(ペプトン 0.5g、肉エキス 0.5g、NaCl 0.2g、酵母エキス 0.05g、蒸留水 100ml、pH7.0)4ml/試験管で一日間、28℃で培養した後に本培養培地B(酵母エキス 1.0g、グルタミン酸Na 4.0g、KHPO 1.0g、MgSO・7HO 0.5g、イソバレロニトリル 3ml、蒸留水 1 L、pH7.0)40ml/500ml坂口フラスコで28℃、三日間培養した。
【0036】
培養液を遠心分離して菌体を集菌し、反応液C(基質 20mM、リン酸カリウム緩衝液pH7.0 50mM)2ml/試験管で30℃で反応した。反応は3Nの塩酸を添加して止めて、上清をHPLCで分析した。総活性は培養液1mlあたりの菌体が生成する生成物の一分あたりの生成速度(μmol/ml/min)で表した。
2−チオフェンアセトニトリル、1−ナフチルアセトニトリル、プロピオニトリル、n−ブチロニトリル、n−バレロニトリル、アクリロニトリル、クロトノニトリル、2−シアノフラン、シアノピラジン、3−チオフェンアセトニトリル、3−インドールアセトニトリル、ベンジルシアニド、3−トリルアセトニトリル、4−トリルアセトニトリル、2−ピリジンアセトニトリル、3−ピリジンアセトニトリル、2−ヒドロキシ−4−チオメチルブチロニトリル、マンデロニトリル、2−クロロマンデロニトリルを基質として、それぞれの対応するカルボン酸の生成を測定した。結果を表1に示した。
【表1】

【0037】
[実施例3] 有機溶媒耐性の評価
実施例2の反応液に終濃度が最大60%(v/v)になるようにアセトンを添加して、反応温度20℃とした以外は実施例2と同様にして反応を行った。表3に示したようにアセトン濃度60%でも、10%以上のニトリラーゼ活性が残存することがわかった。比較のため同様に培養したAlcaligenes faecalis JM3を用いて反応を行ったが、表2に示したようにアセトン濃度30%以上で活性はみられなくなった。
【表2】

【0038】
[実施例4] 有機溶媒耐性の評価
実施例1の反応液に終濃度が20%、40%(v/v)になるように有機溶媒(アセトン、メタノール、n−ヘキサンまたはDMSO)を添加して、実施例3と同様な条件で反応を行った。それぞれ表3〜6に示したように有機溶媒濃度40%でも活性があることが示された。
【表3】

【表4】

【表5】

【表6】

【0039】
[実施例5] 有機溶媒を添加した2−クロロマンデル酸生産
実施例2の培養菌体48mgを反応液(2−クロロマンデロニトリル 40mM、リン酸カリ緩衝液(pH8.0)100mM、有機溶媒20%v/v)2.0ml/試験管で22時間、30℃で反応した。結果を表7に示した。アセトン、DMF、1,3−プロパンジオール、THFを添加した系で光学純度が高くなった。
【表7】

【0040】
[実施例6]DMFを添加した系での光学活性2−クロロマンデル酸生産
実施例2の培養菌体580mg(乾燥菌体)を反応液(2−クロロマンデロニトリルは初発40mM、逐次20mM添加で計240mM、bisulfite 20mM、リン酸カリ緩衝液pH8.0 100mM、有機溶媒 20%v/v)10ml/試験管で160rpm、30℃の条件で24時間反応した。収率は61.7%、光学純度93.8%eeの(R)−2−クロロマンデル酸が得られた。
【0041】
[実施例7] DMFを添加した反応系での光学活性マンデル酸生産
実施例6と同様に培養菌体580mg(乾燥菌体)を反応液(クロロマンデロニトリルは初発40mM、逐次20mM添加で計280mM、リン酸カリ緩衝液pH8.0 100mM、有機溶媒 20%v/v)10ml/試験管で160rpm、30℃の条件で24時間反応した。収率は81.1%、光学純度93.4%eeの(R)−マンデル酸が得られた。
【0042】
[実施例8] 酢酸エチルを添加した系での光学活性クロルマンデル酸生産
実施例6同様に培養菌体580mg(乾燥菌体)を反応液(クロロマンデロニトリルは初発100mM、2.5時間、4.5時間、6.5時間後に逐次100mM添加で計400mM、トリス塩酸緩衝液pH9.0 50mM、酢酸エチル 10%v/v)10ml/試験管で160rpm、30℃の条件で9時間反応した。収率は92%、光学純度98.5%eeの(R)−2−クロロマンデル酸が得られた。124mgの(R)−2−クロロマンデル酸を含有する反応終了液を減圧下、酢酸エチルを除き、15000rpm、10分間、遠心分離を行い、菌体と残存した基質を除いた。NaHCOと酢酸エチルと塩酸を加え、酢酸エチルに抽出した後、減圧下脱溶媒を行ったところ、収率89%で110mgの光学純度99.3%eeの(R)−2−クロロマンデル酸の結晶が得られた。NMR分析の結果、標品と一致した。
【0043】
[実施例9] 酢酸エチル添加した系での2-クロロベンズアルデヒドとKCN からの光学活性クロロマンデル酸青酸
2-クロロベンズアルデヒド 200 mM, KCN 200 mM, リン酸カリウム緩衝液(pH 7.0) 100 mM, 20%(v/v) 酢酸エチルを含む反応液に実施例1の培養菌体 (乾燥重量18.0 mg)を添加して、20℃で24時間振反応させた結果、135 mM(25.2 g/L)のR-2-クロロマンデル酸を生成し、そのe.e.は100%を示した。
【0044】
[比較例1] 有機溶媒非添加の水系での光学活性クロルマンデル酸生産
実施例8同様に培養菌体580mg(乾燥菌体)を反応液(クロロマンデロニトリルは初発100mM、2.5時間に逐次100mM添加で計200mM、トリス塩酸緩衝液pH9.0 50mM)10ml/試験管で160rpm、30℃の条件で21.5時間反応した。収率は78%、光学純度85.9%eeの(R)−2−クロロマンデル酸が得られた。実施例7の酢酸エチルを添加した系と比較して蓄積量、収率、光学純度とも低かった。
【0045】
[比較例2] 酢酸エチル添加しない系での2-クロロベンズアルデヒドとKCN からの光学活性クロロマンデル酸青酸
酢酸エチルを添加しない以外は実施例9と同様に反応させた結果、2-クロロベンズアルデヒドはほとんど反応系に溶解せず反応はほとんど進行しなかった。その生成量は2 mMであり、その光学純度は73%e.e.であった。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明の有機溶媒耐性のニトリラーゼ微生物を利用することにより、反応に使用し得る反応液が、水系反応液、水溶性有機溶媒を添加した水系反応液、水系反応液に溶解しない有機溶媒を添加したニ層系などと広がり、これにより基質として使用し得るニトリルも水溶性ニトリルから、水に難溶なニトリルまで広範囲に対応することが可能となった。そのため、本発明の微生物を用いることにより、従来、ニトリラーゼを利用した製造では困難であったカルボン酸を含むより多くのカルボン酸を工業的に製造することが可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アースロバクター エスピー F−73株。
【請求項2】
アースロバクター エスピー F−73株または該株由来のニトリラーゼ活性を有する酵素活性物質を水系反応液中でニトリルと接触させて該ニトリルから生成されるカルボン酸を回収する、カルボン酸の製造方法。
【請求項3】
40%アセトン存在下20℃で60分処理した時のニトリラーゼ活性が10%以上残存するアースロバクター属に属する微生物または該微生物由来のニトリラーゼ活性を有する酵素活性物質を、有機溶媒が添加された水系反応液中でニトリルと接触させて該ニトリルから生成されるカルボン酸を回収する、カルボン酸の製造方法。
【請求項4】
水系反応液への有機溶媒の添加濃度が、60%(V/V)以下である、請求項3記載の製造方法。
【請求項5】
有機溶媒がアルコール類、ケトン類、アミド類、ジメチルスルホキシド、エステル類、ハロゲンで置換されていてもよい炭化水素類またはエーテル類から選択される少なくとも1種以上である、請求項3又は4記載の製造方法。
【請求項6】
アルコール類がメタノール、エタノール、プロパノール、1−オクタノール、1,3−プロパンジオールまたはエチレングリコールのいずれか又は組合せ、
ケトン類がアセトン、
アミド類がジメチルホルムアミド、
エステルが酢酸エチル、
ハロゲンで置換されていてもよい炭化水素がトルエン、シクロヘキサン、オクタンまたはクロロホルム、
エーテル類が1,4−ジオキサンまたはテトラヒドロフランである、請求項5記載の製造方法。
【請求項7】
ニトリルが、α−ヒドロキシニトリルである、請求項2〜6のいずれかに記載の製造方法。
【請求項8】
ニトリルが、ベンゼン環上の水素原子がハロゲン原子で置換されていてもよいマンデロニトリルである、請求項2〜6のいずれかに記載のカルボン酸の製造方法。
【請求項9】
α−ヒドロキシニトリルが、水系反応液中に添加されたアルデヒド及び青酸塩により生成される、請求項7記載の製造方法。
【請求項10】
水系反応液に添加された有機溶媒が、水系溶媒と二層を形成し得る有機溶媒である、請求項9記載の製造方法。
【請求項11】
アルデヒドが、ベンゼン環上の水素原子がハロゲン原子で置換されていてもよいベンズアルデヒドである、請求項9記載の製造方法。
【請求項12】
有機溶媒が、酢酸エチルである請求項10記載の製造方法。
【請求項13】
アースロバクター属に属する微生物がアースロバクター エスピー F−73株である、請求項2〜12のいずれかに記載の製造方法。

【公開番号】特開2006−223246(P2006−223246A)
【公開日】平成18年8月31日(2006.8.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−43757(P2005−43757)
【出願日】平成17年2月21日(2005.2.21)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成16年8月25日 社団法人日本生物工学会発行の「日本生物工学会大会講演要旨集」に発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成13年度 新エネルギー・産業技術総合開発機構、生物機能を活用した生産プロセスの基盤技術開発、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの
【出願人】(304019399)国立大学法人岐阜大学 (289)
【出願人】(000002901)ダイセル化学工業株式会社 (1,236)
【Fターム(参考)】