説明

カーボンナノチューブ分散液

【課題】カーボンナノチューブの濃度が高くても分散安定性が良好で、簡便に製造(調製)することができるカーボンナノチューブ分散液と、このカーボンナノチューブ分散液の塗膜を形成した導電性部材を提供する。
【解決手段】水のみの単独溶媒、又は、水と水溶性有機溶媒との混合溶媒に、カーボンナノチューブと、パーフルオロアルケニル基を有するノニオン性のフッ素系分散剤、又は、このノニオン性のフッ素系分散剤とパーフルオロアルケニル基を有する両性のフッ素系分散剤が含有され、カーボンナノチューブが均一に分散しているカーボンナノチューブ分散液とする。ノニオン性のフッ素系分散剤、又は、これと両性のフッ素系分散剤とによって、長期の分散安定性を向上させる。このカーボンナノチューブ分散液は、上記溶媒にカーボンナノチューブと上記フッ素系分散剤を添加して超音波を照射するだけで簡便に調整できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、導電性塗膜などを形成する場合に使用されるカーボンナノチューブ分散液に関し、特に、長期の分散安定性の向上を図ったカーボンナノチューブ分散液に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、導電性塗膜の形成や導電性フィルムの製造などに使用されるカーボンナノチューブ分散液の研究が行われるようになってきた。カーボンナノチューブ(以下「CNT」と略記する)は、隣接するCNT間のファンデルワールス力による凝集が起こり易く、複数本のCNTからなる強固なバンドル構造が形成されて更にバンドル同士の凝集拡大化が進行すると言われている。
【0003】
長期の分散性向上の方策としては、CNT凝集体を両性分散剤分子を含む溶媒中で混合、超音波処理を行い、CNTを分散させてペーストを製造する方法(特許文献1)や、親媒性主鎖と分子両末端に含フッ素基を有するフッ素重合体をCNTと共存させ、水又は有機溶媒中で72時間攪拌してCNTを分散させる方法(特許文献2)も知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第05/110594号
【特許文献2】特開2004−261713号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
CNTの分散方法は、いくつか提案されているが、CNTを有機溶媒や水系溶媒に懸濁させただけのCNT分散液や低分子の界面活性剤(分散剤)を添加したものは、CNTが、高濃度になると長期の分散安定性が得られず、数時間以内にCNTの凝集物が発生するという問題がある。CNTが低濃度であっても、長時間塗工の際には、使用中のCNT分散液に凝集物が発生することから、塗工工程の間に分散処理(たとえば、超音波照射)を常に行わなければならないことになる。しかも、低濃度のカーボンナノチューブ分散液を基材上に塗布して表面抵抗率10Ω/□以下の外観良好な導電性塗膜を得ることは非常に困難であるし、バーコーターやロールコーターで多数回塗工する必要があるため、工程費が増大するという問題もある。
【0006】
特許文献1のようにカーボンナノチューブの一部に両性分散剤を付着させ、CNTを分散させる方法は、両性分散剤の他に粘度調製剤やイオン性物質など数種の助剤を加えたり、不要物質を除去する工程など、処理が複雑であるという問題がある。しかも、両性分散剤分子が、低分子量なので、分散安定化のためには、添加量を増やす必要があるため、表面抵抗率の小さい導電体を得ることができず、また、光線透過率が低下すると予想される。
【0007】
また、特許文献2のようにフッ素重合体をCNTと共存させ、水又は有機溶媒中で72時間攪拌して分散させる方法は、長時間の攪拌を必要とするため、簡便な方法とは言い難いものである。また分散剤の合成方法が複雑であると共に長期安定性について開示がされていない。
【0008】
本発明は上記事情の下になされたもので、その解決しようとする課題は、少ない塗工回数で導電性塗膜を形成できるようになること、そしてCNTの濃度を高くしても長期の分散安定性が良好であり、しかも、簡便に製造(調製)することができるCNT分散液を提供すること、並びに、このCNT分散液の塗膜を形成した導電性部材(EMIシールド、透明電極等)を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するため、第一の発明に係るCNT分散液は、水のみの単独溶媒、又は、水と水溶性有機溶媒との混合溶媒に、CNTと、パーフルオロアルケニル基を有するノニオン性のフッ素系分散剤とが含有され、CNTが分散していることを特徴とするものである。
【0010】
そして、第二の発明に係るCNT分散液は、水のみの単独溶媒、又は、水と水溶性有機溶媒との混合溶媒に、CNTと、パーフルオロアルケニル基を有するノニオン性のフッ素系分散剤と、パーフルオロアルケニル基を有する両性のフッ素系分散剤とが含有され、CNTが分散していることを特徴とするものである。ここに「両性」とは、カチオン性及びアニオン性の双方の性質を有することを意味する。
【0011】
また、本発明に係る導電性部材は、基材の表面に、上記のCNT分散液の塗膜が形成されていることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0012】
第一の発明に係るCNT分散液のように、水のみの単独溶媒、又は、水と水溶性有機溶媒との混合溶媒に、パーフルオロアルケニル基を有するノニオン性のフッ素系分散剤と、CNTが含有されていると、CNTに親和性のある上記分散剤の疎水性ユニットがCNT表面に吸着し、次に、超音波照射によって大きなCNTバンドルの凝集をほぐし、安定なC−F結合で構成された嵩高いパーフルオロアルケニル基を有するフッ素系分散剤の立体障害効果を利用してCNTバンドル同士の距離を離していくことで効率的に分散させることができる。それに加え、前記フッ素系分散剤の化学構造として不飽和結合(二重結合)をもったパーフルオロアルケニル基と親水性ユニットを有するため、極性が高い上記の単独又は混合溶媒との間の相互作用(溶媒和)で、前記フッ素系分散剤が次々とCNT間に侵入することによってCNTが分散する。分散剤の立体障害と静電反発によって剥がされたCNTは、近づくことができず、CNTの再凝集が抑制されるので、CNT濃度が高くても長期の分散安定性を向上させることができる。従って、このCNT分散液は、後述の実験データによって裏付けられるように、CNT濃度を450ppm未満(360ppm)まで高くしても、長期の分散安定性が良好であり、一回の塗工(バーコーターWet24μm)で表面抵抗率が10〜10Ω/□程度の導電性の塗膜を形成することができる。CNTの濃度は更に高めることが可能であり、CNTに対するノニオン性のフッ素系分散剤の濃度比率が0.5〜45の範囲となるように分散剤を調製すれば、長期の分散安定性が良好なCNT分散液を得ることができる。
【0013】
また、第二の発明に係るCNT分散液のように、パーフルオロアルケニル基を有するノニオン性のフッ素系分散剤と、パーフルオロアルケニル基を有する両性のフッ素系分散剤とを併用し、これらの分散剤をCNTと共に単独又は混合溶媒に含有させたものは、ノニオン性のフッ素系分散剤の前記作用に加えて、両性のフッ素系分散剤がCNT表面に吸着し、また、ノニオン性分散剤と共にCNTの表面を覆うことで、CNTの親水性と表面電位が増加し、それに伴い静電反発の作用が第一の発明に係るCNT分散液より強められるため、CNT濃度を更に大幅に高くしても、良好な分散安定性を発揮することができる。従って、このCNT分散液は、後述の実験データによって裏付けられるように、CNT濃度を1170ppmと高くしても、CNTに対するノニオン性と両性のフッ素系分散剤の合計濃度の比率を1.7(合計濃度2000ppm)〜2.6(合計濃度3000ppm)にすれば、長期の分散安定性が良好であり、一回の塗工(バーコーターWet24μm)で、表面抵抗率が10〜104Ω/□程度の導電性の塗膜を形成することができる。CNTの濃度は更に高めることが可能であり、CNTに対するノニオン性のフッ素系分散剤の濃度比率を0.5〜45の範囲として適度の両性のフッ素系分散液を併用して調製すれば、長期の分散安定性の良好なCNTの高濃度分散液を得ることができる。
【0014】
しかも、これらのCNT分散液は、後述するように、単独又は混合溶媒に、CNTと、ノニオン性のフッ素系分散剤、又は、ノニオン性のフッ素系分散剤と両性のフッ素系分散剤を加えて、超音波を数十分照射するだけで短時間のうちに製造できるため、製造が極めて簡便であり、量産に適する。また、ビーズミルやホモミキサーといった一般的かつ量産に適した混合装置の利用も可能である。
【0015】
また、本発明の導電性部材は、後述するように、バーコーターやロールコーターを用いて、CNT濃度の高い上記CNT分散液を基材表面に一回塗工または数回塗工するだけで製造でき、基材表面の塗膜の表面抵抗率が102〜105Ω/□と低く、塗工後にCNTの凝集による外観不良を生じる心配もない。従ってこの導電性部材は、タッチパネル電極、EMIシールドその他の用途に有用なものである。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明のCNT分散液に含有されるノニオン性のフッ素系分散剤の構造イメージを示した模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
第一の発明に係るCNT分散液(以下、CNT分散液Aと記す)は、前述したように、水のみの単独溶媒、又は、水と水溶性有機溶媒との混合溶媒に、CNTと、パーフルオロアルケニル基を有するノニオン性のフッ素系分散剤を加え、CNTを分散させたものであって、単独溶媒の水及び混合溶媒中の水は、イオン交換水または、蒸留水、水道水などが使用される。
【0018】
また、混合溶媒中の水溶性有機溶媒は、水に5重量%以上溶解し、且つ、誘電率が6以上である極性の高い有機溶媒、例えばメタノール、エタノール、1−プロパノール、イソプロパノール(IPA)、1−ブタノール、1−メトキシ−2−プロパノール(PGM)、N−メチルピロリドン、アセトニトリルなどの、誘電率が6〜40程度の有機溶媒が好ましく使用される。これらの水溶性有機溶媒は、水に対して一種又は二種以上混合される。
【0019】
混合溶媒は、水の重量比[水の重量/(水の重量+水溶性有機溶媒の重量)]が0.1〜0.99となるように調製することが好ましく、水の重量比が0.1よりも小さくなると、有機溶媒単体に近くなり、溶媒の極性(誘電率)が低下して溶媒和の作用が弱くなることで、CNT間の静電反発力が弱まり、CNT分散液Aの分散安定性の低下を招く恐れが生じる。一方、水の重量比が0.99よりも多くなると、実質的に水のみの単独溶媒と変わらないので、水単体系の結果に準ずる。
【0020】
上記の単独又は混合溶媒に分散させるCNTは、中心軸線の周りに単独の円筒状のカーボン壁を備えた単層CNT、或は、中心軸線の周りに直径が異なる複数の円筒状のカーボン壁を同心的に備えた多層CNTのいずれであってもよいが、分散安定性などの観点から、前者の単層CNTが好ましく使用される。そのなかでも、直径が0.5〜3nm(なかんずく1〜2nm)の単層CNTが好ましく使用される。
【0021】
また、上記の単独又は混合溶媒に添加する分散剤は、パーフルオロアルケニル基を有する分子量の大きいフッ素系分散剤であって、具体的には、下記の構造式(1)で示されるパーフルオロアルケニル基を有するアクリル系モノマーと、ポリオキシエチレンなどの親水性基を有するアクリル系モノマーとの共重合体からなる分散剤が使用される。このフッ素系分散剤は、図1にその構造イメージを模式的に示すように、アクリル共重合体の主鎖1に、パーフルオロアルケニル基2を有する側鎖3と、親水性基の側鎖4が付いたものであって、その重量平均分子量(Mw)が5,000〜30,000と高分子量のものが好ましく使用される。
【0022】
【化1】

【0023】
このようなパーフルオロアルケニル基を有するノニオン性のフッ素系分散剤の代表例としては、フタージェント730FM(Mw:10,000、側鎖の約25%がパーフルオロアルケニル基)、フタージェント710FL(Mw:30,000、側鎖の約50%がパーフルオロアルケニル基)、フタージェント730FS(Mw:5,000、側鎖の約25%がパーフルオロアルケニル基)[いずれも(株)ネオス製のノニオン性のフッ素系分散剤の品番]を挙げることができる。
【0024】
上記のパーフルオロアルケニル基を有するノニオン性のフッ素系分散剤とCNTを上記の単独又は混合溶媒に添加し、超音波を数十分照射して超音波振動を与えると、重量平均分子量(Mw)が5,000〜30,000と高分子で嵩高いパーフルオロアルケニル基と親水性基を有するフッ素系分散剤の疎水性ユニットが、疎水性のCNT表面に吸着することで、吸着された後のCNT外表面の親水性が増し、より分散剤のCNTバンドル間への吸着を促進する。そして、嵩高いパーフルオロアルケニル基の立体障害効果によって、CNTがほぐれていき、CNTの分散が効率的に進行する。また、極性溶媒中で二重結合のあるパーフルオロアルケニル基は、電子吸引性誘起効果が大きく負に帯電するため、近傍のCNTバンドル相互間で斥力が働き、CNTバンドル間の再凝集が抑制される。更に、CNT間に嵩高いフッ素系分散剤と溶媒分子が新たなCNTに侵入することにより、均一分散に至り、更なる分散剤の立体障害効果と静電反発により、その良分散状態が長期間維持されるのである。CNT凝集力に打ち勝つのに必要な分散剤を濃度調整することにより、CNT濃度が高くても良好な分散安定性を有するCNT分散液Aを得ることができる。
【0025】
ノニオン性のフッ素系分散剤の濃度は、CNT濃度が90〜360ppmの範囲であれば、45ppm以上、4000ppm以下に調整すると、後述の実験データによって裏付けられるように、長期の分散安定性が良好なCNT分散液Aを得ることができる。特に、CNT濃度を45ppm以上、360ppm以下とした場合は、ノニオン性のフッ素系分散剤の濃度を45ppm以上、1000ppm以下とし、CNTに対するフッ素系分散剤の比率を少なくして良好な分散安定性を有する高濃度のCNT分散液Aを得ることができ、しかも、このCNT分散液AをバーコーターでWet24μ塗工して形成される塗膜は、フッ素系分散剤の比率が少ない分だけ、全光線透過率が88%以上と高く、表面抵抗率が10〜10Ω/□程度の導電性の塗膜となる。
【0026】
ここに「長期の分散安定性」とは、調製されたCNT分散液Aを室温で1日以上静置しても、0.3mm以上のCNT凝集塊が生じないことを意味する。
【0027】
CNTに対するノニオン性のフッ素系分散剤の濃度比率[ノニオン性のフッ素系分散剤の濃度/CNTの濃度]は、0.5〜45の広い範囲で変えることができる。濃度比率が0.5より小さくなると、CNT分散液Aの分散安定性の低下が生じ、濃度比率が45を超えると、CNT分散液Aによって形成される塗膜の表面抵抗率が相対的に上昇し、かつ、全光線透過率も低くなるため、上記のように0.5〜45の比率範囲とすることが好ましい。
【0028】
また、ノニオン性の非フッ素系分散剤、例えば、ポリオキシエチレン−ポリオキシプロピレンブロックコポリマー、ポリエチレングリコール、ゼラチンなどを使用しても、長期の分散安定性の良いCNT分散液を得ることは困難である。
【0029】
第二の発明に係るCNT分散液(以下、CNT分散液Bと記す)は、単独又は混合溶媒に、CNTと、パーフルオロアルケニル基を有するノニオン性のフッ素系分散剤と、パーフルオロアルケニル基を有する両性のフッ素系分散剤を添加して、超音波照射によりCNTを分散させたものであって、単独又は混合溶媒、CNT、ノニオン性のフッ素系分散剤は、いずれも前記CNT分散液Aに用いたものと同じものが使用される。
【0030】
そして、このCNT分散液Bにおいて、ノニオン性のフッ素系分散剤と併用される、パーフルオロアルケニル基を有する両性のフッ素系分散剤としては、下記の構造式(2)に示されるパーフルオロアルケニルベタインなどが好ましく使用される。両性のフッ素系分散剤の代表例としては、(株)ネオス製のフタージェント400PR(Mw:639)[(株)ネオス製の両性フッ素系分散剤の品番]を挙げることができる。
【0031】
【化2】

【0032】
上記のような両性のフッ素系分散剤をノニオン性のフッ素系分散剤と併用すると、ノニオン性のフッ素系分散剤の前記作用に加えて、両性のフッ素系分散剤がノニオン性の分散剤と共にCNTの表面を覆うことで、CNT外表面の親水性と表面電位が一層増加し、より分散剤のCNTバンドルへの吸着を促進する。そして嵩高いパーフルオロアルケニル基の立体障害効果によって、CNTがほぐれていき、CNTの分散が効率的に進行する。また、極性溶媒中でパーフルオロアルケニル基は電子吸引性誘起効果が大きく、それに伴い負に帯電するため、近傍のCNTバンドル相互間で斥力の作用が前記CNT分散液Aよりも強められるため、CNTバンドル間およびCNT間でより、凝集しにくくなり、このCNT分散液Bは、均一分散性と長期の分散安定性を発揮することができる。また、上記のノニオン性と両性の双方のフッ素系分散剤の合計濃度を調整することによって、CNT濃度を更に高めても良好な長期の分散安定性を有するCNT分散液Bを得ることができる。
【0033】
例えば、CNTの濃度が190ppm以上、1350ppm未満の範囲では、ノニオン性と両性の双方のフッ素系分散剤の合計濃度を、90ppm以上、5000ppm以下の範囲内で調整すると、長期分散安定性が良好なCNT分散液Bを得ることができる。このようなCNT濃度の高いCNT分散液Bは、ロールコーター等での一回の塗工(Wet24μ)で表面抵抗率が10〜10Ω/□程度の良好な導電性塗膜を形成できるので、極めて有用である。
【0034】
両性のフッ素系分散剤の濃度(ppm)は、ノニオン性のフッ素系分散剤の濃度(ppm)の1/2以下とすることが好ましい。両性のフッ素系分散剤として使用される前記構造式(2)のパーフルオロアルケニルベタインは、高分子物であるノニオン性のフッ素系分散剤に比べると分子量がはるかに小さく、立体障害効果が小さいので、単独では、多量必要である。また、両性のフッ素系分散剤をノニオン性のフッ素系分散剤の濃度の1/2を超える濃度で併用すると、CNT分散液の分散安定性が却って低下する不都合を生じる。これらの理由は、両性のフッ素系分散剤は低分子でCNT表面に親水性を付与することができるものの、嵩高いパーフルオロアルケニル基を1個しかもっておらず、CNT凝集を防止するパーフルオロアルケニル基による立体障害の効果を奏するには、多量の添加が必要となる。だが、前記両性のフッ素系分散剤は非導電性であるので、CNTの導電性能低下につながる。また、低分子物質なのでCNTとの吸着面積も部分的となり、吸着面からの脱離が考えられることから、CNTの長期の分散安定性が維持できなくなる懸念がある。ノニオン性のフッ素系分散剤に対する両性のフッ素系分散剤の好ましい濃度比率[両性のフッ素系分散剤の濃度/ノニオン性のフッ素系分散剤の濃度]は、0.1〜0.5の範囲であり、この範囲であると、後述の実験データで裏付けられるように、長期の分散安定性の良好なCNT分散液Bを得ることができる。
【0035】
また、CNTに対するノニオン性及び両性の双方のフッ素系分散剤の濃度比率[(ノニオン性のフッ素系分散剤の濃度+両性のフッ素系分散剤の濃度)/CNTの濃度]は、広い範囲で変えることができるが、0.5〜45の濃度比率とすることが好ましい。
【0036】
尚、両性の分散剤として、3−(N,N−ジメチルステアリルアンモニオ)プロパンスルホネートなどの非フッ素系の分散剤を使用する場合は、CNT濃度が450ppmでCNTに対する分散剤の濃度比率が2.6であっても長期の分散安定性の良いCNT分散液を得ることは困難である。更に、両性のフッ素系分散剤のみを使用した場合も、CNT濃度を大幅に下げなければ分散安定性等の良好なCNT分散液を得ることは困難である。
【0037】
以上のCNT分散液A又はBは、単独溶媒又は混合溶媒に、CNTとノニオン性のフッ素系分散剤を前記の濃度比率となるように添加するか、又は、CNTとノニオン性のフッ素系分散剤及び両性のフッ素系分散剤の合計を前記の濃度比率となるように添加し、超音波照射機を用いて冷却しながら超音波を数十分程度照射するだけで、簡便に製造することができる。また、ビーズミルやホモミキサーといった一般的かつ量産に適した混合装置の利用も可能である。
【0038】
本発明の導電性部材は、基材の表面に前記のCNT分散液A又はBの塗膜を形成したものであって、その代表的な実施形態は、基材として透明な合成樹脂フィルムを使用し、その表面に前記のCNT分散液A又はBをバーコーターやロールコーターを用いて塗工、乾燥することにより、導電性の塗膜を形成して得られる導電性フィルムである。また、精密塗工法であるダイコーターや3次元形状に使用されるスプレー塗工、その他スピンコーティングやフローコーティングでも製造可能である。
【0039】
基材の合成樹脂フィルムとしては、透明性に優れ、塗工性の良好なPETやアクリル樹脂フィルムなどが特に好ましく使用される。また、塗膜の厚さは特に制限されない。CNT分散液A又はBの塗工は、CNT分散液A又はBのCNT濃度が高い場合、一回塗工(バーコーターWet24μm)だけで表面抵抗率等の性能発現には、充分であるが、特に表面抵抗率が低い(102Ω/□以下)良導電性のフィルムを得る場合は、複数回塗工することで容易に達成される。
【0040】
このようにして得られた導電性フィルムの塗膜は、CNTが多少曲がりながら互いに絡み合って凝集することなく、単純に交差した状態で均一に分散してそれぞれの交点で接触しており、パーフルオロアルケニル基を有するノニオン性のフッ素系分散剤、又は、ノニオン性のフッ素系分散剤と両性のフッ素系分散剤がCNT間に混在している。従って、この塗膜は、透明性が良好でCNTの凝集による外観不良を生じる心配がなく、CNT相互の接触によって導電性を発現し、後述の実験データに示すように、CNT濃度が150ppm以上、1170ppm以下のCNT分散液で塗膜を形成した場合には、バーコーターWet24μmの一回塗工で表面抵抗率が105Ω/□以下の良好なフィルムが得られる。更に、このCNT分散液には、機能付与のため、バインダー、光安定剤、UV吸収剤、熱安定剤、着色剤、補強剤、可塑剤など任意に添加しても構わない。
【0041】
本発明の導電性部材は、上記の導電性フィルムに限定されるものではなく、基材としてガラス体や無機物又は合成樹脂成形体としてPET、ポリカーボネート、ナイロンなど平滑な基材(フィルム、板など)であっても良いし、凹凸面や3次元的な曲面や段差を持つ形状であっても、繊維状物や織物又は球状物であっても差し支えない。これら基材を使用し、その表面に前記のCNT分散液A又はBを塗工して塗膜を形成することにより、種々の用途に適合可能な導電性部材となし得るものであることは言うまでもない。
【0042】
次に、本発明に係るCNT分散液の性能評価試験について説明する。
【0043】
[CNT分散液Aの性能評価試験]
下記の表1に示す混合溶媒に、文献Chmical Physics Letters 323(2000) P580−585に基づいて合成した直径1.3〜1.8nmの単層CNTと、表1に示すパーフルオロアルケニル基を有するノニオン性のフッ素系分散剤(フタージェント730FM、フタージェント710FL、フタージェント730FS)とを、表1に示す濃度となるように添加し、超音波照射機US200[IKA(株)製]を用いて、冷却しながら46W(24kHz)で超音波を30分照射することにより、サンプル番号1〜8のCNT分散液を調製した。
【0044】
(長期の分散安定性の評価)
それぞれのCNT分散液のサンプル1〜8を室温で1日静置し、5mlスクリュー管に各サンプルを1〜2mlとって、500ルクス以上の照度の部屋で視力0.7以上の条件で約30cm離して凝集塊の有無を目視観察することによって、長期の分散安定性を調べ、直径0.3mm以上のCNTの凝集塊が見られないものを〇と評価し、直径0.3mm以上のCNTの凝集塊が見られたものを×と評価した。その結果を下記の表1に示す。尚、サンプル2については1年静置し、サンプル5については八カ月静置して、長期の分散安定性を評価した。
【0045】
(CNT分散液の塗膜の性能評価)
それぞれのCNT分散液のサンプル1〜8を、厚さ100μmのアクリルフィルムの表面に、バーコーターKC3[RK Print-Coat Instruments Ltd製]でWet24μmの厚さに塗工し、70℃で10分乾燥させて、導電性の塗膜を形成した。そして、この塗膜形成フィルムの全光線透過率とヘーズを、直読ヘーズコンピューターHGM2−DP[スガ試験機(株)製]で測定し、更に、表面抵抗率をロレスタGP[三菱化学(株)製]で測定した。また、この塗膜形成フィルムの外観を肉眼で観察し、CNTの凝集塊が見られなかったものを外観良好(〇)とし、凝集塊が見られたものを外観不良(×)として、外観の良否を判断した。これらの結果を下記の表1に示す。
【0046】
比較のために、下記の表1に示すように、分散剤を含有しないCNT分散液の比較サンプル1と、パーフルオロアルケニル基を有するフッ素系分散剤以外のノニオン性の分散剤(ポリオキシエチレン−ポリオキシプロピレンブロックコポリマー、ポリエチレングリコール、ゼラチン)を添加したCNT分散液の比較サンプル2〜5を調製し、上記と同様にして性能評価を行った。その結果を下記の表1に示す。
【0047】
更に、下記の表2に示すように、パーフルオロアルケニル基を有するノニオン性のフッ素系分散剤(フタージェント730FM)を含有させたCNT分散液のサンプルであって、CNT濃度と混合溶媒の組成を一定にしてフッ素系分散剤の濃度を変化させたサンプル9〜12(但し、サンプル10は表1のサンプル2と同じ)、フッ素系分散剤の濃度とCNT濃度を一定にして混合溶媒中の水の重量比を変化させたサンプル13〜19、フッ素系分散剤の濃度を一定にしCNT濃度を90ppmにして混合溶媒中の有機溶媒を変更したサンプル20〜27を調製し、各サンプルについて前記と同様にして長期の分散安定性を評価した。その結果を下記の表2に示す。
【0048】
【表1】

【0049】
【表2】

【0050】
表1のサンプル1〜8、及び、表2のサンプル9〜12から、パーフルオロアルケニル基を有するノニオン性のフッ素系分散剤を45ppm以上、4000ppm以下の濃度(CNTに対する分散剤の濃度比率は0.5〜45)で含有したCNT分散液Aは、長期の分散安定性が良好であることが分かる。また、CNT分散液AによってバーコーターWet24μで一回塗工により、塗膜を形成したフィルムの全光線透過率は88.5%以上と高く、ヘーズは2.5%以下で透明性が良好である。そして、表面抵抗率も10〜10Ω/□の範囲のものが得られる。また、フィルム外観も凝集が無く、良好である。
しかしながら、サンプル6のようにCNT濃度が450ppm以上になると、ノニオン性のフッ素系分散剤のみを1000ppm含有したCNT分散液Aでは、長期の分散安定性は不良となる。
【0051】
これに対し、非フッ素系分散剤のみを含有した比較サンプル2〜5は、いずれも長期の分散安定性が不良である。そして、塗膜を形成したフィルムの表面抵抗率は、サンプル2を除いて、1011Ω/□程度と帯電防止性の範囲であり、比較サンプル2のみが10Ω/□程度と僅かに制電性を示すに過ぎない。一方、分散剤を含有しない比較サンプル1は、長期の分散安定性が悪い。
【0052】
以上のことから総合的に判断すると、パーフルオロアルケニル基を有するノニオン性のフッ素系分散剤を含有した本発明のCNT分散剤Aは、透明な導電性塗膜を形成するための分散安定性の良好なインク(分散液、塗液など)として如何に有用であるかが分かる。
【0053】
また、表2のサンプル13〜18から、混合溶媒中の水の重量比が0であるCNT分散液Aは、長期の分散安定性が不良であるが、水の重量比を0.1以上、1未満(0.88以下)に調整したCNT分散液Aは、いずれも長期の分散安定性が良好であることが分かる。このことから、水の重量比を0.1〜0.99に調整した本発明のCNT分散液Aは、長期の分散安定性が良好であると推定できる。また、サンプル19から、水のみの単独溶媒を用いた本発明のCNT分散液Aも、長期の分散安定性が良いことが分かる。
【0054】
更に、表2のサンプル20〜27に示すように、混合溶媒中の有機溶媒の種類をエタノール以外のメタノール、イソプロパノール(IPA)、N−メチルピロリドン、アセトニトリルなどの誘電率εが6以上の極性の高い有機溶媒に変更したCNT分散液Aも、長期の分散安定性が良好であり、このことから、誘電率εが6以上の有機溶媒と水との混合溶媒がCNT分散液Aの溶媒として好適なものであることが分かる。
【0055】
[CNT分散液Bの性能評価試験]
下記の表3に示す混合溶媒に、前記の直径1.3〜1.8nmの単層CNTと、表3に示すパーフルオロアルケニル基を有するノニオン性のフッ素系分散剤(フタージェント710FL)と、表3に示すパーフルオロアルケニル基を有する両性のフッ素系分散剤(フタージェント400PR)とを、表3に示す濃度となるように添加し、超音波照射機US200[IKA(株)製]を用いて冷却しながら46W(24kHz)で超音波を30分照射することにより、サンプル番号28〜35のCNT分散液Bを調製した。
【0056】
それぞれのCNT分散液Bのサンプルについて、前記のCNT分散液Aのサンプルの場合と同様にして、長期の分散安定性、塗膜形成フィルムの全光線透過率、ヘーズ、表面抵抗率を測定すると共に、フィルム外観の良否を判断し、その結果を下記の表3に示した。
【0057】
比較のために、分散剤として、表3に示すノニオン性のフタージェント710FLと両性の3−(N,N−ジメチルステアリルアンモニオ)プロパンスルホネートを併用して含有させた比較サンプル6、及び、両性のフタージェント400PRのみを含有させた比較サンプル7〜10を調製し、これらの比較サンプルについて前記と同様にして分散安定性を調べると共に、比較サンプル10については前記と同様にして塗膜形成フィルムの全光線透過率、ヘーズ、表面抵抗率を測定した。そして、これらの比較サンプル6〜10の塗膜形成フィルムの外観の良否も同様に調べた。それらの結果を、下記の表3に示す。
【0058】
【表3】

【0059】
表3のCNT分散液Bのサンプル28〜35(バーコーターWet24μ1回塗工)から、ノニオン性のフッ素系分散剤と両性のフッ素系分散剤との合計濃度を1150ppm以上、3000ppm以下としたCNT分散液Bは、CNT濃度が191ppm以上、1350ppm未満(1170ppm以下)と前記のCNT分散液Aより遥かに高くても、長期の分散安定性が良好であることが分かる。その塗膜の透明性は良好であり、表面抵抗率も10〜104Ω/□の性能を得ることができる。即ち、これらのCNT分散液BをバーコーターWet24μで一回塗工して形成した塗膜形成フィルムの表面抵抗率は、9.1×10Ω/□以下、全光線透過率は78.6%以上、ヘーズは3.2%以下であり、フィルム外観も良好である。更に、例えばCNT濃度1170ppm、ノニオン性フッ素系分散剤1500ppmと両性分散剤濃度500ppmを混合したサンプル34のCNT分散液Bを、アクリルフィルム上にバーコーターWet24μで3回塗工すると、表面抵抗率2.2×10Ω/□、全光線透過率72%、ヘーズ3.6%の導電性塗膜形成フィルムが得られ、このフィルムは外観も良好である。以上のCNT分散液Bは、ロールコーターや精密塗工用ダイコーター、その他スピンコーティングやフローコーティングでも製造可能である。
【0060】
これに対し、ノニオン性のフッ素系分散剤と両性の非フッ素系分散剤を併用した比較サンプル6は、分散安定性は不良である。また、両性フッ素系分散剤のみを含有させた比較サンプル7〜10は、CNT濃度が45ppmと低ければ長期の分散安定性が良好であるが、それ以下の濃度比率では、長期分散安定性が不良である。CNT濃度が191ppmと比較的高く、CNTに対する両性のフッ素系分散剤の濃度比率が3.9と比較的高い比較サンプル10は、その塗膜を形成したフィルムの全光線透過率が高く、ヘーズが低く、表面抵抗率10Ω/□程度と導電性も比較的に良かったが、外観が不良である。
【0061】
以上のことから総合的に判断すると、パーフルオロアルケニル基を有するノニオン性のフッ素系分散剤と、パーフルオロアルケニル基を有する両性のフッ素系分散剤を併用し、分散安定性を損なうことなくCNT濃度を高く調整した本発明のCNT分散液Bは、透明な良導電性の塗膜を形成するための長期の分散安定性が良好な高品質の分散液(インク)として極めて有用なものであることが分かる。
【符号の説明】
【0062】
1 アクリル共重合体の主鎖
2 パーフルオロアルケニル基
3 パーフルオロアルケニル基を有する側鎖
4 親水性基の側鎖

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水のみの単独溶媒、又は、水と水溶性有機溶媒との混合溶媒に、カーボンナノチューブと、パーフルオロアルケニル基を有するノニオン性のフッ素系分散剤とが含有され、カーボンナノチューブが分散していることを特徴とする、カーボンナノチューブ分散液。
【請求項2】
水のみの単独溶媒、又は、水と水溶性有機溶媒との混合溶媒に、カーボンナノチューブと、パーフルオロアルケニル基を有するノニオン性のフッ素系分散剤と、パーフルオロアルケニル基を有する両性のフッ素系分散剤とが含有され、カーボンナノチューブが分散していることを特徴とする、カーボンナノチューブ分散液。
【請求項3】
ノニオン性のフッ素系分散剤が、パーフルオロアルケニル基を有するアクリル系モノマーと、親水性基を有するアクリル系モノマーとの共重合体からなるものであることを特徴とする、請求項1又は請求項2に記載のカーボンナノチューブ分散液。
【請求項4】
パーフルオロアルケニル基が下記構造式(1)に示されるものであることを特徴とする、請求項1ないし請求項3のいずれかに記載のカーボンナノチューブ分散液。
【化3】

【請求項5】
両性のフッ素系分散剤が下記構造式(2)に示されるパーフルオロアルケニルベタインであることを特徴とする、請求項2に記載のカーボンナノチューブ分散液。
【化4】

【請求項6】
カーボンナノチューブに対するノニオン性のフッ素系分散剤の濃度比率[ノニオン性のフッ素系分散剤の濃度/カーボンナノチューブの濃度]が、0.5〜45であることを特徴とする、請求項1に記載のカーボンナノチューブ分散液。
【請求項7】
ノニオン性のフッ素系分散剤に対する両性のフッ素系分散剤の濃度比率[両性のフッ素系分散剤の濃度/ノニオン性のフッ素系分散剤の濃度]が、0.1〜0.5の範囲であることを特徴とする、請求項2に記載のカーボンナノチューブ分散液。
【請求項8】
混合溶媒中の水の重量比[水の重量/(水の重量+水溶性有機溶媒の重量)]が、0.1〜0.99であることを特徴とする、請求項1又は請求項2に記載のカーボンナノチューブ分散液。
【請求項9】
混合溶媒中の水溶性有機溶媒が、6以上の誘電率を有するメタノール、エタノール、1−プロパノール、イソプロパノール、1−ブタノール、1−メトキシ−2−プロパノール、N−メチルピロリドン、アセトニトリルよりなる群から選ばれたいずれか一種又は二種以上の有機溶媒であることを特徴とする、請求項1又は請求項2に記載のカーボンナノチューブ分散液。
【請求項10】
基材の表面に、請求項1ないし請求項9のいずれかに記載のカーボンナノチューブ分散液の塗膜が形成されていることを特徴とする導電性部材。

【図1】
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【公開番号】特開2010−235377(P2010−235377A)
【公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−84471(P2009−84471)
【出願日】平成21年3月31日(2009.3.31)
【出願人】(000108719)タキロン株式会社 (421)
【Fターム(参考)】