説明

カーボンナノチューブ含有物質の作成方法

【課題】遠心分離を行うことなく、分散した単層カーボンナノチューブを含み近赤外域に蛍光を発するカーボンナノチューブ含有物質の作成方法を提供する。
【解決手段】カルボキシメチルセルロース(CMC)と、単層カーボンナノチューブが凝集した集合体を含むバルク体のカーボンナノチューブとを水(H2 O)に投入し、溶液を作成する。CMCにより溶液中で単層カーボンナノチューブが可溶化して集合体から分離する。超音波を用いて単層カーボンナノチューブを分散させた溶液をフィルタ21,22,23で濾過し、単層カーボンナノチューブが分散したカーボンナノチューブ溶液を作成する。カーボンナノチューブ溶液を板上に滴下して乾燥させることにより、カーボンナノチューブ含有膜を作成する。CMCにより単層カーボンナノチューブの凝集が防止され、カーボンナノチューブ含有膜は近赤外域に蛍光を発する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、単層カーボンナノチューブを含み、近赤外域で蛍光を発するカーボンナノチューブ含有物質を作成する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カーボンナノチューブは、炭素原子からなる6員環が多数結合して筒状に形成された物質である。通常のカーボンナノチューブは、いくつかの5員環を含んで閉じた構造となっており、炭素原子の結合した層が多数積層した多層の筒状に形成された多層カーボンナノチューブと、単層の筒状に形成された単層カーボンナノチューブとがある。孤立した単層カーボンナノチューブは、近赤外領域で蛍光発光することが知られており、近赤外発光材料としての応用の可能性が注目されている。近赤外域で蛍光を発するカーボンナノチューブ含有物質の作成例としては、基板上のピラー状突起の先端から単層カーボンナノチューブを合成し、空中に蜘蛛の巣状に単層カーボンナノチューブのネットワークを形成する方法による作成例がある。またより作成が容易な例として、単層カーボンナノチューブを一本づつ溶媒中に分散させて作成した溶液も、近赤外域で蛍光を発することが知られている。
【0003】
市販されているカーボンナノチューブは、複数の単層カーボンナノチューブが凝集した集合体からなるバルク体の形となっており、カーボンナノチューブの集合体は近赤外蛍光を発しない。従って、近赤外蛍光を発するカーボンナノチューブの溶液を作成するためには、バルク体のカーボンナノチューブから個々の単層カーボンナノチューブが分散した溶液を作成する必要がある。特許文献1及び2には、単層カーボンナノチューブを分散させた溶液を作成する技術、及び作成した溶液中から溶媒を乾燥させた薄膜を作成する技術が開示されている。また、薄膜が含有する単層カーボンナノチューブの種類を限定することにより、特定の波長領域で発光する近赤外発光材料の作成が可能となる。
【0004】
従来の方法では、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)等の界面活性剤及びカーボンナノチューブのバルク体を重水中で混合してカーボンナノチューブを可溶化し、超音波によりカーボンナノチューブを溶液中に分散させ、超遠心分離機により溶液を遠心分離し、上澄みの溶液を得る。溶液中では、界面活性剤の働きによってカーボンナノチューブがミセル化し、カーボンナノチューブが安定して分散する。多層カーボンナノチューブ及びカーボンナノチューブの集合体は重水よりも比重が大きく、また単層カーボンナノチューブは重水よりも比重が小さいので、遠心分離により単層カーボンナノチューブが分散した溶液を上澄みとして分離することができる。分離した上澄みの溶液から、単層カーボンナノチューブが溶媒中に分散した溶液、及び単層カーボンナノチューブを含む薄膜を作成することができる。
【特許文献1】特許第3751016号公報
【特許文献2】特開2006−64693号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
単層カーボンナノチューブを分散させた溶液を作成する従来の方法では、高価な超遠心分離機の設備が必要であり、更に溶媒として高価な重水を用いるので、作成する溶液が高価になるという問題がある。また、個々の単層カーボンナノチューブが分散した状態を維持したままで精度良く遠心分離を行うためには、溶液中の単層カーボンナノチューブの濃度がある程度薄い必要があり、高濃度に単層カーボンナノチューブが分散した溶液を作成することが困難であるという問題がある。また作成した溶液を濃縮して薄膜を作成しようとした場合には、溶液中に分散していた単層カーボンナノチューブ間の距離が縮小することにより、単層カーボンナノチューブが凝集して再び集合体が生成される。また薄膜中に単層カーボンナノチューブが分散している場合でも、長時間が経過することにより薄膜中で単層カーボンナノチューブの凝集が進行する。このため、確実に近赤外蛍光を発する薄膜を作成することが困難であるという問題がある。
【0006】
本発明は、斯かる事情に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、遠心分離を行うことなく、また重水以外の溶媒を用いて単層カーボンナノチューブを分離することができるようにすることにより、近赤外蛍光を発するカーボンナノチューブ含有物質を安価に作成することができるカーボンナノチューブ含有物質の作成方法を提供することにある。
【0007】
また本発明の他の目的とするところは、単層カーボンナノチューブが凝集することを防止できる可溶化剤を利用することにより、単層カーボンナノチューブの濃度を高くし、また確実に近赤外蛍光を発するカーボンナノチューブ含有物質を作成することができるカーボンナノチューブ含有物質の作成方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
第1発明に係るカーボンナノチューブ含有物質の作成方法は、単層カーボンナノチューブが凝集した集合体を含むカーボンナノチューブのバルク体と単層カーボンナノチューブを溶媒に可溶化させる可溶化剤とを溶媒中で混合した溶液を作成し、可溶化剤により可溶化して前記集合体から分離した単層カーボンナノチューブを溶液内で分散させ、単層カーボンナノチューブを分散させた溶液をフィルタで濾過して、単層カーボンナノチューブを含み近赤外蛍光を発するカーボンナノチューブ溶液を作成することを特徴とする。
【0009】
第1発明においては、可溶化剤で可溶化した単層カーボンナノチューブを溶液内で分散させ、単層カーボンナノチューブを分散させた溶液をフィルタで濾過することにより、遠心分離を用いることなく、単層カーボンナノチューブが分散したカーボンナノチューブ溶液を作成することができる。濾過を用いることにより、可溶化剤を高濃度にした場合、又は溶液の粘度が高い場合でも、単層カーボンナノチューブが分散したカーボンナノチューブ溶液を作成することができる。
【0010】
第2発明に係るカーボンナノチューブ含有物質の作成方法は、前記フィルタの孔径は、可溶化して前記集合体から分離した単層カーボンナノチューブが通過することが可能であり、前記集合体及び多層カーボンナノチューブが通過することを防止する大きさであることを特徴とする。
【0011】
第2発明においては、単層カーボンナノチューブが通過することが可能であり、単層カーボンナノチューブが凝集した集合体及び多層カーボンナノチューブが通過することを防止できる孔径のフィルタを用いることにより、得られるカーボンナノチューブ溶液中に単層カーボンナノチューブを分離できる。またフィルタの孔径を適切に選択することにより、含有する単層カーボンナノチューブの長さをある程度の長さ以下にそろえたカーボンナノチューブ溶液を作成することができる。
【0012】
第3発明に係るカーボンナノチューブ含有物質の作成方法は、前記可溶化剤は、所定の溶媒にカーボンナノチューブを可溶化させる性質を有する高分子であることを特徴とする。
【0013】
第3発明においては、可溶化剤として、カーボンナノチューブを可溶化させる高分子を用いることにより、単層カーボンナノチューブと高分子とが複合体を形成することによって単層カーボンナノチューブが可溶化される。
【0014】
第4発明に係るカーボンナノチューブ含有物質の作成方法は、前記可溶化剤は、カルボキシメチルセルロースであることを特徴とする。
【0015】
第4発明においては、可溶化剤として、鎖状の高分子であるカルボキシメチルセルロース(CMC)を用いることにより、単層カーボンナノチューブとCMCとが複合体を形成することによって単層カーボンナノチューブが可溶化される。
【0016】
第5発明に係るカーボンナノチューブ含有物質の作成方法は、前記カーボンナノチューブ溶液を板上に滴下又は塗布し、板上の前記カーボンナノチューブ溶液を乾燥させて、単層カーボンナノチューブを含み近赤外蛍光を発するカーボンナノチューブ含有膜を作成することを特徴とする。
【0017】
第5発明においては、作成したカーボンナノチューブ溶液を板上に滴下又は塗布して乾燥させることにより、単層カーボンナノチューブが分散したカーボンナノチューブ含有膜を作成することができる。
【0018】
第6発明に係るカーボンナノチューブ含有物質の作成方法は、前記カーボンナノチューブ溶液を噴霧乾燥して、単層カーボンナノチューブを含み近赤外蛍光を発するカーボンナノチューブ含有粉末を作成することを特徴とする。
【0019】
第6発明においては、作成したカーボンナノチューブ溶液を噴霧乾燥することにより溶媒を揮発させて、単層カーボンナノチューブが分散したカーボンナノチューブ含有粉末を作成することができる。
【0020】
第7発明に係るカーボンナノチューブ含有物質の作成方法は、前記カーボンナノチューブ溶液を細孔から射出して乾燥させて、単層カーボンナノチューブを含み近赤外蛍光を発する繊維状のカーボンナノチューブ含有物質を作成することを特徴とする。
【0021】
第7発明においては、作成したカーボンナノチューブ溶液を細孔から射出することにより溶媒を揮発させて、単層カーボンナノチューブが分散した繊維状のカーボンナノチューブ含有物質を作成することができる。
【0022】
第8発明に係るカーボンナノチューブ含有物質の作成方法は、前記可溶化剤の溶液中の濃度は、重量百分率で実質的に2%以上であることを特徴とする。
【0023】
第8発明においては、可溶化剤の溶液中の濃度を2%程度以上の高濃度とすることにより、多くの単層カーボンナノチューブを容易にカーボンナノチューブ溶液中に分離させることができる。またカーボンナノチューブ溶液の粘度が高くなるので、カーボンナノチューブ溶液から作成するカーボンナノチューブ含有膜の厚みを大きくすることが容易となる。
【発明の効果】
【0024】
第1及び第2発明にあっては、カーボンナノチューブの集合体及び多層カーボンナノチューブから単層カーボンナノチューブを分離できるフィルタを用いた濾過を行うことによって、遠心分離を用いることなく、単層カーボンナノチューブが分散したカーボンナノチューブ溶液を作成できるので、高価な超遠心分離機の設備が不必要となり、また溶媒として安価な水を使用することができる。従って、近赤外蛍光を発するカーボンナノチューブ溶液を安価に作成することが可能となる。またフィルタの孔径を適切に選択することにより、カーボンナノチューブ溶液に含まれる単層カーボンナノチューブの長さをある程度の長さ以下にそろえることが可能となるので、単層カーボンナノチューブが再凝集することを抑制し、近赤外蛍光の発光強度の低下を抑制することが可能となる。
【0025】
第3及び第4発明にあっては、CMC等の高分子と単層カーボンナノチューブとが複合体を形成することによって単層カーボンナノチューブが可溶化され、単層カーボンナノチューブの濃度が高濃度となっても、単層カーボンナノチューブから高分子が容易に離れることがなく、単層カーボンナノチューブ同士が凝集してカーボンナノチューブの集合体を形成することが妨げられるので、カーボンナノチューブ含有物質中の単層カーボンナノチューブの濃度を高濃度にすることが可能となる。
【0026】
第5発明にあっては、作成したカーボンナノチューブ含有膜では、単層カーボンナノチューブを可溶化したCMC等の高分子が単層カーボンナノチューブの凝集を防止し、多くの単層カーボンナノチューブが分散して含まれるので、確実に近赤外蛍光が観測できるカーボンナノチューブ含有膜を作成することが可能となる。従って、作成したカーボンナノチューブ含有膜は、近赤外蛍光を発する近赤外発光材料として利用することができる。特に、構造を調整した単層カーボンナノチューブを含むカーボンナノチューブ含有膜を作成することにより、特定の波長領域で発光する近赤外発光材料を作成することが可能となる。
【0027】
第6発明にあっては、作成したカーボンナノチューブ含有粉末も、多くの単層カーボンナノチューブが分散して含まれており、近赤外蛍光を発する物質として利用することができる。カーボンナノチューブ含有粉末には高濃度に単層カーボンナノチューブが含まれるので、近赤外蛍光の強度を高めることができる。
【0028】
第7発明にあっては、作成した繊維状のカーボンナノチューブ含有物質も、多くの単層カーボンナノチューブが分散して含まれており、近赤外蛍光を発する物質として利用することができる。繊維状のカーボンナノチューブ含有物質には高濃度に単層カーボンナノチューブが含まれるので、近赤外蛍光の強度を高めることができる。
【0029】
第8発明にあっては、カーボンナノチューブの集合体から多くの単層カーボンナノチューブを分離させることができ、単層カーボンナノチューブが高濃度に含まれるカーボンナノチューブ含有物質を容易に作成することが可能となる。またカーボンナノチューブ溶液の粘度が高くなるので、カーボンナノチューブ溶液から作成するカーボンナノチューブ含有膜の厚みを大きく形成することが容易となり、近赤外蛍光の強度をより向上させることが可能となる等、本発明は優れた効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
以下本発明をその実施の形態を示す図面に基づき具体的に説明する。
図1は、単層カーボンナノチューブを含むカーボンナノチューブ溶液を作成する本発明の方法を示す概念図である。まず、図1(a)に示す如く、溶媒である水(H2 O)に対して、重量百分率で約2%のカルボキシメチルセルロース(CMC)と、複数の単層カーボンナノチューブが凝集した集合体からなるバルク体のカーボンナノチューブとを投入し、混合及び攪拌を行って、カーボンナノチューブを含む溶液を作成する。CMCは、親水基及び疎水基を多数含んだ鎖状の高分子であり、複数の疎水基がカーボンナノチューブを取り囲むことによってカーボンナノチューブを水に可溶化し、可溶化剤として機能する。
【0031】
図2は、単層カーボンナノチューブが可溶化する様子を示す概念図である。CMCは、溶液中の個々の単層カーボンナノチューブに対して、疎水基が単層カーボンナノチューブを取り囲むように結合し、CMCと単層カーボンナノチューブとが複合体を形成する。このとき、CMCが含む親水基は外側に向き、単層カーボンナノチューブは可溶化される。集合体が含む個々の単層カーボンナノチューブが可溶化されるので、単層カーボンナノチューブが集合体から分離して溶液中に分散する。
【0032】
本発明では、次に、図1(b)に示す如く、超音波発振子を用いて溶液内に超音波を照射し、溶液内に単層カーボンナノチューブを分散させる。超音波の振動によって、集合体からの単層カーボンナノチューブの分離が促進され、単層カーボンナノチューブがCMCによって可溶化されやすくなり、単層カーボンナノチューブが溶液内に分散する。
【0033】
本発明では、次に、図1(c)に示す如く、作成した溶液を注射器11に詰め、注射器11から押し出した溶液を複数のフィルタ21,22,23に順に通過させることによって、溶液をフィルタで濾過したカーボンナノチューブ溶液を作成する。溶液を濾過する複数のフィルタ21,22,23は、溶液を濾過する順番が後であるほど孔径を小さくしてあり、フィルタ21,22,23が容易に目詰まりを起こさず、容易に濾過が行われるようにしてある。フィルタ21,22,23の孔径は、全体として、可溶化した単層カーボンナノチューブが通過することが可能であり、カーボンナノチューブの集合体及び多層カーボンナノチューブが通過することが困難な大きさに設定してある。また単層カーボンナノチューブの長さがより長くなるほど、単層カーボンナノチューブがフィルタの孔を通過することが困難となるので、フィルタ21,22,23の孔径を適切に設定することにより、カーボンナノチューブ溶液に含まれる単層カーボンナノチューブの長さをある程度の長さ以下にそろえることができる。最後に溶液を濾過するフィルタ23の孔径は、例えば0.1μm〜0.8μm程度であり、カーボンナノチューブ溶液中に分散させるべき単層カーボンナノチューブの大きさ及び長さに応じて設定すればよい。なお、図1(c)では3枚のフィルタ21,22,23を用いた形態を示しているが、3枚以外の数のフィルタを用いてもよい。また注射器11以外の器具又は機器を用いて溶液をフィルタで濾過しても良い。
【0034】
図3は、濾過によって単層カーボンナノチューブを含むカーボンナノチューブ溶液が作成される様子を示す概念図である。バルク体のカーボンナノチューブ及びCMCを水中で混合した溶液には、集合体から分離した単層カーボンナノチューブと、単層カーボンナノチューブが凝集したままの集合体とが含まれる。また市販されたバルク体のカーボンナノチューブには、多層カーボンナノチューブ及びアモルファスカーボン等の不純物も含まれており、これら不純物も溶液内に含まれる。個々の単層カーボンナノチューブはフィルタを通過できる一方で、単層カーボンナノチューブが凝集した集合体、多層カーボンナノチューブ及びアモルファスカーボン等はよりサイズが大きいのでフィルタを通過できない。また所定以上の長さを有する長尺の単層カーボンナノチューブも、フィルタを通過できない。従って、溶液をフィルタで濾過することにより、単層カーボンナノチューブが溶液内に分散したカーボンナノチューブ溶液を作成することができる。また、長尺の単層カーボンナノチューブは、CMCとの結合が不完全になる部位が発生し、この部位同士が近接して凝集する虞がある。従って、フィルタの孔径を適切に選択することにより、カーボンナノチューブ溶液に含まれる単層カーボンナノチューブの長さをある程度の長さ以下にそろえることが可能となり、カーボンナノチューブ溶液の濃縮時に単層カーボンナノチューブが再凝集することを抑制することができる。
【0035】
作成したカーボンナノチューブ溶液は、単層カーボンナノチューブが分散して含まれているので、近赤外蛍光を発することが可能であり、近赤外発光材料として利用することができる。例えば、赤外線発光塗料としての利用が可能であり、この塗料を用いた印刷物は、肉眼では見えないが、近赤外カメラでは観測することができる。単層カーボンナノチューブが分散したカーボンナノチューブ溶液を作成するために遠心分離を用いることがないので、高価な超遠心分離機の設備が不必要となり、また溶媒として安価な水を使用することができる。従って、安価に必要量のカーボンナノチューブ溶液を作成することが可能となる。また遠心分離を行うために可溶化剤の濃度をある程度薄くして遠心分離の精度を向上させる必要があった従来の技術に比べて、可溶化剤であるCMCの濃度を高濃度にしてカーボンナノチューブ溶液中の単層カーボンナノチューブの濃度を高濃度にすることができる。また本発明では、高粘度の溶液を分離するためには長時間が必要となる遠心分離に比べて、CMCの濃度が高くなるのに伴って粘度が高くなったカーボンナノチューブ溶液を容易に作成することができる。またカーボンナノチューブ溶液中で単層カーボンナノチューブが再凝集することを抑制できるので、近赤外蛍光の発光強度の低下を抑制することができる。また従来の技術に比べて、カーボンナノチューブを含む溶液を連続的に処理することが容易となり、単層カーボンナノチューブが分散したカーボンナノチューブ溶液を工業的に作成することが可能となる。
【0036】
図4は、カーボンナノチューブ溶液から単層カーボンナノチューブを含むカーボンナノチューブ含有膜を作成する本発明の方法を示す概念図である。図4(a)に示す如く、単層カーボンナノチューブを含むカーボンナノチューブ溶液をピペット31でシリコン等の基板32上に適量滴下する。次に、図4(b)に示す如く、滴下したカーボンナノチューブ溶液を乾燥させ、カーボンナノチューブ溶液に含まれる水を揮発させた後で、基板32上に残ったカーボンナノチューブ含有膜4を基板32から剥離させる。図4(c)に示す如く、剥離により本発明に係るカーボンナノチューブ含有膜4が作成される。このように作成したカーボンナノチューブ含有膜4は、カーボンナノチューブ溶液中から溶媒である水が揮発しており、ほぼ単層カーボンナノチューブ及びCMCからなる。なお、基板32を回転させ、回転する基板32上にカーボンナノチューブ溶液を滴下することで、厚みが均等な円形状をなすカーボンナノチューブ含有膜4を作成するスピンコート法を用いてもよい。またピペット31以外の器具又は機器を用いてカーボンナノチューブ溶液を滴下する方法を用いてもよい。またカーボンナノチューブ溶液を基板32上に滴下するのではなく、カーボンナノチューブ溶液を基板32上に塗布することによってカーボンナノチューブ含有膜4を作成する方法を用いてもよい。
【0037】
図5は、カーボンナノチューブ含有膜4の内部を模式的に示した概念図である。カーボンナノチューブ含有膜4中には、鎖状のCMCと単層カーボンナノチューブとが結合して形成した複合体が高密度に含まれている。複合体を形成する単層カーボンナノチューブとCMCとの間では、相互作用面積が大きく、CMCと単層カーボンナノチューブとが容易に離れることはない。このため、カーボンナノチューブ含有膜4を作成する過程において、カーボンナノチューブ溶液中の水が揮発して単層カーボンナノチューブの濃度が高濃度となって単層カーボンナノチューブ間の距離が縮小しても、CMCが単層カーボンナノチューブから容易に離れることがなく、単層カーボンナノチューブと複合体を形成するCMCは、単層カーボンナノチューブ同士が凝集してカーボンナノチューブの集合体を形成することを妨げる作用を生じる。従って、単層カーボンナノチューブが高密度に含まれるカーボンナノチューブ含有膜4中でも、集合体を形成せずに互いに分離している多くの単層カーボンナノチューブが含まれる。このように単層カーボンナノチューブが分散してカーボンナノチューブ含有膜4に多く含まれるので、カーボンナノチューブ含有膜4は近赤外蛍光を発する。
【0038】
図6は、カーボンナノチューブ含有膜4が発光する近赤外蛍光の測定結果を示す特性図である。図中の縦軸は励起光の波長を示し、図中の横軸は近赤外蛍光の発光波長を示す。図中の線は、発光強度が等しい部分を結んだ線である。カーボンナノチューブ含有膜4は、所定波長の励起光の元で所定波長の近赤外蛍光を発光しており、650nm付近の波長の励起光によって1170nm付近の波長で発光する蛍光が最大の強度で観測された。励起光波長と発光波長との関係は、カーボンナノチューブ含有膜4に含まれる単層カーボンナノチューブの構造に依存する。励起光波長と発光波長との関係を調べることによって、カーボンナノチューブ含有膜4に含まれる単層カーボンナノチューブの構造を調べることが可能となる。
【0039】
以上詳述した如く、本発明においては、可溶化剤にCMCを用いて単層カーボンナノチューブを分散させたことにより、カーボンナノチューブ含有膜4中においても、単層カーボンナノチューブと複合体を形成するCMCが単層カーボンナノチューブの凝集を防止し、分散した多くの単層カーボンナノチューブが含まれるので、確実に近赤外蛍光を発するカーボンナノチューブ含有膜4を作成することが可能となる。従って、本発明を用いて作成したカーボンナノチューブ含有膜4は、近赤外蛍光を発する近赤外発光材料として利用することができる。特に、構造を調整した単層カーボンナノチューブを含むカーボンナノチューブ含有膜4を作成することにより、特定の波長領域で発光する近赤外発光材料を作成することが可能となる。このカーボンナノチューブ含有膜4は、例えば、近赤外領域分光測定での標準物質として利用することが可能であり、また特定波長の近赤外光を発光する発光素子として利用することも可能となる。なお、本発明で作成したカーボンナノチューブ含有膜4は、蛍光分析以外の手法で単層カーボンナノチューブの特性を調べる場合においても測定試料として利用することができるのは勿論である。
【0040】
また本発明においては、カーボンナノチューブ溶液中の単層カーボンナノチューブの濃度を高濃度にした場合でも、単層カーボンナノチューブと複合体を形成するCMCが単層カーボンナノチューブの凝集を防止するので、近赤外蛍光の強度を高めたカーボンナノチューブ含有膜4を容易に作成することができる。また本発明においては、溶液に対するCMCの濃度を2パーセント程度と高濃度にすることにより、カーボンナノチューブの集合体から多くの単層カーボンナノチューブを分離させることができ、単層カーボンナノチューブが高濃度に含まれるカーボンナノチューブ溶液及びカーボンナノチューブ含有膜4を容易に作成することが可能となる。またカーボンナノチューブ溶液の粘度が高くなるので、カーボンナノチューブ溶液から作成するカーボンナノチューブ含有膜4の厚みを大きく形成することが容易となり、近赤外蛍光の強度をより向上させたカーボンナノチューブ含有膜4を作成することが可能となる。
【0041】
なお、本発明では、可溶化剤として、CMC以外にも、鎖状の高分子であるシクロアミロース、シクロデキストリン、ポリビニルアルコール等を利用することができる。これらの高分子を可溶化剤として用いた場合でも、これらの高分子が単層カーボンナノチューブと複合体を形成することによって、単層カーボンナノチューブが水中で可溶化し、単層カーボンナノチューブが再度凝集することが防止され、近赤外蛍光を発光するカーボンナノチューブ含有膜4の作成が可能となる。シクロアミロース等の鎖状の糖類は、20%程度の高濃度の溶液を作成することができ、より高濃度に単層カーボンナノチューブを含むカーボンナノチューブ溶液及びカーボンナノチューブ含有膜4を作成することができる。またゼラチン等、単層カーボンナノチューブを可溶化する性質を有するタンパク質を可溶化剤として利用することも可能である。また本発明では、溶媒として水(H2 O)を用いるのが最適ではあるものの、重水(D2 O)等のその他の溶媒を用いてカーボンナノチューブ溶液及びカーボンナノチューブ含有膜4を作成することも可能である。
【0042】
また本実施の形態においては、単層カーボンナノチューブが分散したカーボンナノチューブ溶液及びカーボンナノチューブ含有膜4を作成する方法を示したが、本発明においては、カーボンナノチューブ溶液をスプレードライヤにより噴霧乾燥することによって、単層カーボンナノチューブを含むカーボンナノチューブ含有粉末を作成することもできる。このように作成したカーボンナノチューブ含有粉末においても、CMC等の高分子の可溶化剤と複合体を形成した単層カーボンナノチューブが分散した状態で多く含まれており、近赤外蛍光を発する材料として利用することができる。噴霧乾燥によってより効率的に水を揮発させることができるので、カーボンナノチューブ含有粉末には高濃度に単層カーボンナノチューブが含まれることとなり、近赤外蛍光の強度を高めることができる。またカーボンナノチューブ含有粉末を固めてペレット状に形成することにより、高輝度の近赤外光を発光する発光素子として利用することも可能となる。
【0043】
また本発明においては、単層カーボンナノチューブが分散したカーボンナノチューブ溶液を細孔から射出して乾燥させて、単層カーボンナノチューブを含む繊維状のカーボンナノチューブ含有物質を作成することもできる。このように作成した繊維状のカーボンナノチューブ含有物質においても、CMC等の高分子の可溶化剤と複合体を形成した単層カーボンナノチューブが分散した状態で多く含まれており、近赤外蛍光を発する材料として利用することができる。効率的に水を揮発させることができるので、繊維状のカーボンナノチューブ含有物質には高濃度に単層カーボンナノチューブが含まれることとなり、近赤外蛍光の強度を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】単層カーボンナノチューブを含むカーボンナノチューブ溶液を作成する本発明の方法を示す概念図である。
【図2】単層カーボンナノチューブが可溶化する様子を示す概念図である。
【図3】濾過によって単層カーボンナノチューブを含むカーボンナノチューブ溶液が作成される様子を示す概念図である。
【図4】カーボンナノチューブ溶液から単層カーボンナノチューブを含むカーボンナノチューブ含有膜を作成する本発明の方法を示す概念図である。
【図5】カーボンナノチューブ含有膜の内部を模式的に示した概念図である。
【図6】カーボンナノチューブ含有膜が発光する近赤外蛍光の測定結果を示す特性図である。
【符号の説明】
【0045】
11 注射器
21、22、23 フィルタ
31 ピペット
32 基板
4 カーボンナノチューブ含有膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
単層カーボンナノチューブが凝集した集合体を含むカーボンナノチューブのバルク体と単層カーボンナノチューブを溶媒に可溶化させる可溶化剤とを溶媒中で混合した溶液を作成し、
可溶化剤により可溶化して前記集合体から分離した単層カーボンナノチューブを溶液内で分散させ、
単層カーボンナノチューブを分散させた溶液をフィルタで濾過して、単層カーボンナノチューブを含み近赤外蛍光を発するカーボンナノチューブ溶液を作成すること
を特徴とするカーボンナノチューブ含有物質の作成方法。
【請求項2】
前記フィルタの孔径は、可溶化して前記集合体から分離した単層カーボンナノチューブが通過することが可能であり、前記集合体及び多層カーボンナノチューブが通過することを防止する大きさであることを特徴とする請求項1に記載のカーボンナノチューブ含有物質の作成方法。
【請求項3】
前記可溶化剤は、所定の溶媒にカーボンナノチューブを可溶化させる性質を有する高分子であることを特徴とする請求項1又は2に記載のカーボンナノチューブ含有物質の作成方法。
【請求項4】
前記可溶化剤は、カルボキシメチルセルロースであることを特徴とする請求項1又は2に記載のカーボンナノチューブ含有物質の作成方法。
【請求項5】
前記カーボンナノチューブ溶液を板上に滴下又は塗布し、
板上の前記カーボンナノチューブ溶液を乾燥させて、単層カーボンナノチューブを含み近赤外蛍光を発するカーボンナノチューブ含有膜を作成すること
を特徴とする請求項3又は4に記載のカーボンナノチューブ含有物質の作成方法。
【請求項6】
前記カーボンナノチューブ溶液を噴霧乾燥して、単層カーボンナノチューブを含み近赤外蛍光を発するカーボンナノチューブ含有粉末を作成することを特徴とする請求項3又は4に記載のカーボンナノチューブ含有物質の作成方法。
【請求項7】
前記カーボンナノチューブ溶液を細孔から射出して乾燥させて、単層カーボンナノチューブを含み近赤外蛍光を発する繊維状のカーボンナノチューブ含有物質を作成することを特徴とする請求項3又は4に記載のカーボンナノチューブ含有物質の作成方法。
【請求項8】
前記可溶化剤の溶液中の濃度は、重量百分率で実質的に2%以上であることを特徴とする請求項1乃至7のいずれか一つに記載のカーボンナノチューブ含有物質の作成方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−320828(P2007−320828A)
【公開日】平成19年12月13日(2007.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−155217(P2006−155217)
【出願日】平成18年6月2日(2006.6.2)
【出願人】(000155023)株式会社堀場製作所 (638)
【Fターム(参考)】