説明

ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ

【課題】全姿勢溶接で溶接作業性が良好で、かつ低温靭性の優れる溶接金属を得ることができるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤを提供する。
【解決手段】鋼製外皮にフラックスを充填してなるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにおいて、ワイヤ全質量%で、鋼製外皮とフラックスの両方の合計で、C:0.03〜0.08%、Si:0.01〜0.4%、Mn:1.2〜2.5%、Mg:0.2〜0.8%、B:0.001〜0.015%で、フラックスに、TiO:4〜7%、SiO:0.01〜0.5%を含有し、Ti:0.2%以下、Al:0.03%以下、Al:0.5%以下、ZrO:1%以下、金属フッ化物のF換算値:0.3%以下、かつ、SiO+2×Si+50×Al:0.05〜2.3で、残部は鋼製外皮のFe、鉄粉、鉄合金粉のFe分、アーク安定剤および不可避不純物からなることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼構造物等を溶接するにあたり、全姿勢溶接が可能で、かつ低温靭性に優れる溶接金属が得られるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤに関する。
【背景技術】
【0002】
鋼を被溶接材とするガスシールドアーク溶接に用いられるルチール系フラックス入りワイヤは、溶接能率、姿勢溶接性、溶接作業性において非常に優れているので、造船、橋梁、海洋構造物、鉄骨など広く適用されている。
【0003】
しかし、ルチール系フラックス入りワイヤは、TiOをはじめとする酸化物主体のフラックスが鋼製外皮中に充填されているために、溶接金属中の酸素量が多く、低温靭性が得られない。したがって、ルチール系フラックス入りワイヤの低温靭性を向上させる技術がいろいろと検討されている。たとえば、特許第2908585号公報(特許文献1)には、低温靭性が優れる溶接金属を得るための技術が開示されているが、本発明者らが求める低温靭性レベルにはない。また、特許第3203527号公報(特許文献2)にも、低温靭性が優れる溶接金属を得るための技術が開示されているが、強脱酸剤として添加されているCaは、溶接時にアークを不安定にして多量のスパッタを発生させるため、溶接作業性が不良となる。さらに、特許第2679880号公報(特許文献3)には、低温靭性が優れる溶接金属を得るための技術が開示されているが、金属フッ化物が多く添加されているため、溶接時にアークが不安定になり、多量のスパッタが発生するため、良好な溶接作業性が得られないという問題があった。
【0004】
【特許文献1】特許第2908585号公報
【特許文献2】特許第3203527号公報
【特許文献3】特許第2679880号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、全姿勢溶接で溶接作業性が良好で、かつ低温靭性の優れる溶接金属を得ることができるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の要旨は、鋼製外皮にフラックスを充填してなるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにおいて、ワイヤ全質量に対する質量%で、鋼製外皮とフラックスの両方の合計で、C:0.03〜0.08%、Si:0.01〜0.4%、Mn:1.2〜2.5%、Mg:0.2〜0.8%、B:0.001〜0.015%で、フラックスに、TiO:4〜7%、SiO:0.01〜0.5%を含有し、Ti:0.2%以下、Al:0.03%以下、Al:0.5%以下、ZrO:1%以下、金属フッ化物のF換算値:0.3%以下、かつ、SiO+2×Si+50×Al:0.05〜2.3で、残部は鋼製外皮のFe、鉄粉、鉄合金粉のFe分、アーク安定剤および不可避不純物からなることを特徴とする。
【0007】
また、鋼製外皮とフラックスの両方の合計で、Ni:3.0%以下を含有することも特徴とするガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにある。
【発明の効果】
【0008】
本発明のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤによれば、全姿勢溶接で溶接作業性が良好で、また−60〜―80℃における低温靭性が良好な溶接金属が得られるなど、溶接部の品質の向上を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明者らは、全姿勢溶接が可能なガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤについて、溶接して得られる溶接金属の低温靭性が良好で、かつ溶接作業性が良好なワイヤ成分を得るべく、ワイヤ成分組成について種々検討を行った。
その結果、TiOを主成分とした酸化物、金属フッ化物、合金成分および脱酸剤の適正添加量を見出した。
以下、本発明のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤの成分組成の限定理由を説明する。なお、成分についての%は質量%を表している。
【0010】
(C:0.03〜0.08%)
Cは、溶接金属の酸素量を低減し、溶接時のアークを安定にする。鋼製外皮とフラックスの合計(以下、ワイヤ成分という。)のCが0.03質量%(以下、%という。)未満では上記効果が得られず、0.08%を超えるとCが溶接金属に過剰に歩留まり、強度が過剰になり、低温靭性が低下する。したがって、Cは0.03〜0.08%とした。
【0011】
(Si:0.01〜0.4%)
Siは、溶接時に酸化して溶接スラグとなり、溶接ビードの外観や形状を良好にする。また、溶接金属に歩留り、溶接金属の強度を高める効果がある。ワイヤ成分のSiが0.01%未満であると、これらの効果が得られない。一方、0.4%を超えると溶接金属のミクロ組織中の硬化相生成を促進して低温靭性を低下させる。
【0012】
(Mn:1.2〜2.5%)
Mnは、Siと同様に溶接時に酸化して溶接スラグとなり、溶接ビードの外観や形状を良好にする。また、溶接金属の脱酸を促進するとともに溶接金属に歩留り、溶接金属の強度と靭性を高める効果がある。1.2%未満ではこれらの効果が得られず、2.5%を超えると強度が過剰になり、低温靭性が低下する。
【0013】
(Mg:0.2〜0.8%)
Mgは、強脱酸剤として、溶接金属の酸素を低減し、溶接金属の低温靭性を高める効果がある。0.2%未満では上記効果が得られず、0.8%を超えるとアーク中で激しく酸素と反応しスパッタやヒューム発生量が多くなる。
【0014】
(B:0.001〜0.015%)
Bは、微量の添加で溶接金属のミクロ組織を微細にし、低温靭性を向上させる。0.001%未満では上記効果が得られず、0.015%を超えると溶接金属が過度に硬化し低温靭性が低下するとともに、溶接金属に高温割れが発生しやすくなる。
【0015】
(TiO:4〜7%)
TiOは、アーク安定剤であるとともに、スラグ剤の主成分であり、溶接時に溶融金属を被包してビード外観を良好にする。また、立向上進溶接においては適度な粘性と融点により溶融メタルが垂れるのを防止する。さらに、一部がTi酸化物として溶接金属に歩留まり、溶接金属のミクロ組織を微細化して低温靭性を向上させる。4%未満では立向上進において溶融メタルが垂れやすくなり、7%を超えるとスラグ量が過剰になりスラグ巻き込みが発生したり、溶接金属中に過剰に歩留まり非金属介在物が増加して低温靭性が低下したりする。
【0016】
(SiO:0.01〜0.5%)
SiOは、溶融スラグの粘性を高めスラグ被包性を向上させてスラグ剥離性を向上する。また溶接時に還元されて溶接金属中に一部歩留まり、強度を高める効果がある。0.01%未満では上記効果が得られず、0.5%を超えると溶接金属のミクロ組織中の硬化相生成を促進して溶接金属の低温靭性が低下する。
【0017】
(Ti:0.2%以下)
Tiは、0.005%以上添加することにより一部がTi酸化物として溶接金属に歩留まり、溶接金属のミクロ組織を微細化して低温靭性を向上させるが、溶接金属中に固溶Tiとして存在し、溶接金属が過度に硬化して低温靭性が低下するため、0.2%以下に制限する。
【0018】
(Al:0.03%以下)
Alは、0.005%以上添加することにより溶接金属中の酸素量を減らす脱酸剤としての効果があるが、形成されたAl酸化物は非金属介在物として溶接金属に取り込まれて低温靭性を低下させるため、0.03%以下とする。
【0019】
(Al:0.5%以下)
Alは、溶融スラグの粘性および凝固点を調整し、スラグ被包性を高める作用を有する。しかし、過度に添加すると溶接金属中に非金属介在物として残留して低温靭性が低下するため0.5%以下に制限した。なお、好ましい範囲は0.1〜0.4%である。
【0020】
(ZrO:1%以下)
ZrOは、Alと同様に溶融スラグの粘性および凝固点を調整し、スラグ被包性を高める作用を有する。しかし、過度に添加すると溶接ビード形状が凸状になり、スラグ巻き込みや融合不良が発生しやすくなるため1%以下に制限した。なお、好ましい範囲は0.2〜0.7%である。
【0021】
(金属フッ化物のF換算値:0.3%以下)
金属フッ化物は、アークを安定にさせる作用がある。しかし、金属フッ化物のF換算値が0.3%を超えると、逆にアークが不安定になりスパッタが多く発生するため0.3%以下に制限した。なお、金属フッ化物には、CaF、NaF、KF、LiF、MgF等があり、F換算値はそれらに含有されるFの量である。なお、好ましい範囲は0.01〜0.15%である。
【0022】
(SiO+2×Si+50×Al:0.05〜2.3)
良好な溶接作業性を維持しつつ溶接金属の低温靭性をいかに高レベルに維持するか検討した結果、Si、SiO、Alの添加量を相互に制御することが重要であることがわかった。SiおよびSiOは良好な溶接作業性を得るために必要であるが、先に述べたように、溶接金属の低温靭性は低下させる。また、その作用はAlに大きく影響され、Alの添加量が増加するとともに溶接金属中に残存するSiが増え溶接金属の低温靭性が低下する。したがって、SiO、SiおよびAlの添加量を溶接金属の低温靭性に対する作用の寄与率に応じて、SiO+2×Si+50×Alで制御する必要がある。SiO+2×Si+50×Alが0.05未満では、溶接ビードの外観や形状が劣化し、2.3を超えると低温靭性が低下する。
【0023】
(Ni:3%以下)
Niは、0.1%以上添加することによって溶接金属の低温靭性をさらに向上させる。しかし、3%を超えて添加すると、高温割れが発生しやすくなり健全な溶接金属が得られなくなる。
なお、フラックス中の合金成分は、鋼製外皮の成分とその含有量を考慮してフラックス中の合金成分を調整することにより、目的とする強度、低温靭性が得られるフラックス入りワイヤとすることができる。
【0024】
また、PおよびSは溶接金属中において低融点化合物を生成して粒界の強度を低下させ、溶接金属の靭性を低下させるため、できるだけ低いことが望ましい。
フラックス充填率は特に制限しないが、ワイヤ全質量に対して8〜20%とするのが生産性から好ましい。
【0025】
また、残部についての鋼製外皮のFeは鋼製外皮中のFeで、鉄粉は成分調整のために添加した鉄粉で、鉄合金粉のFe分は成分元素を鉄合金、例えばFe-Si、Fe-Mn等として添加した場合のFe分を意味する。アーク安定剤としては、アルカリ金属の酸化物やアルカリ土類金属の酸化物等、例えばNaO、KO等の公知のものである。
【実施例】
【0026】
以下、本発明の効果を実施例により具体的に説明する。
【0027】
鋼製外皮にJIS G3141 SPCCを使用して表1に示すワイヤ径1.2mmの各種成分のフラックス入りワイヤを試作した。
【0028】
【表1】

【0029】
表1に示す試作したワイヤを用いて、板厚12mmの鋼板(JIS G3016 SM490A)をT字すみ肉試験体とし、表2に示す溶接作業性評価の条件で立向上進すみ肉溶接による溶接作業性の評価を行うとともに、JIS Z3313に準じて、板厚20mmの鋼板(JIS G3126 SLA235B)を用いて表2に示す溶着金属試験の条件で溶着金属試験を行った。
【0030】
【表2】

【0031】
立向上進すみ肉溶接は、半自動溶接で行い、アークの安定性、メタル垂れの有無、スパッタ発生状況、ビード形状およびビード外観について評価した後、マクロ断面を各5断面採取してスラグ巻込みや融合不良の有無を調べた。
【0032】
溶着金属試験では、引張試験片と衝撃試験片(JIS Z 3111)をそれぞれ溶着金属の板厚中央から採取して試験に供した。機械的性質の評価は、−60℃における吸収エネルギーが70J以上を合格とした。これらの結果を表3に示す。
【0033】
【表3】

【0034】
表1および表3のワイヤ記号1〜11が本発明例、ワイヤ記号12〜26は比較例である。本発明例であるワイヤ記号1〜11は、各成分が適量であるので、溶接作業性が良好で、溶着金属の−60℃の吸収エネルギーも良好な値が得られ、さらに、Niを適量含むワイヤ記号1、3、5、7および8については、溶着金属の−80℃における吸収エネルギーも良好な値が得られ、極めて満足な結果であった。
【0035】
比較例中ワイヤ記号12は、Cが少ないのでアークが不安定であった。また、Alが多いので溶着金属の吸収エネルギーが低値であった。
【0036】
ワイヤ記号13は、SiO+2×Si+50×Alが低いのでビード外観および形状が不良であった。また、Cが多いので溶着金属の引張強さが高くなり吸収エネルギーが低値であった。
【0037】
ワイヤ記号14は、Siが少ないのでビード外観および形状が不良であった。また、Alが多いので溶着金属の吸収エネルギーが低値であった。
【0038】
ワイヤ記号15は、TiOが少ないのでメタル垂れが生じた。また、Siが多いので溶着金属の吸収エネルギーが低値であった。
【0039】
ワイヤ記号16は、Mnが少ないのでビード外観および形状が不良で溶着金属の吸収エネルギーが低値であった。また、Mgが多いのでスパッタおよびヒュームの発生量が多かった。
【0040】
ワイヤ記号17は、Mnが多いので溶着金属の引張強さが高くなり吸収エネルギーが低値であった。
【0041】
ワイヤ記号18は、Mgが少ないので溶着金属の吸収エネルギーが低値であった。
【0042】
ワイヤ記号19は、SiOが少ないのでスラグ剥離性が不良であった。また、Bが少ないので溶着金属の吸収エネルギーが低値であった。
【0043】
ワイヤ記号20は、Bが多いのでクレータ部に割れが生じた。また、溶着金属の吸収エネルギーが低値であった。
【0044】
ワイヤ記号21は、TiOが多いのでマクロ断面にスラグ巻き込みがあった。また、溶着金属の吸収エネルギーが低値であった。
【0045】
ワイヤ記号22は、SiOが多いので溶着金属の吸収エネルギーが低値であった。
【0046】
ワイヤ記号23は、SiO+2×Si+50×Alが高いので溶着金属の吸収エネルギーが低値であった。
【0047】
ワイヤ記号24は、Tiが多いので溶着金属の引張強さが高くなり吸収エネルギーが低値であった。
【0048】
ワイヤ記号25は、ZrOが多いのでマクロ断面にスラグ巻き込みおよび融合不良があった。
【0049】
ワイヤ記号26は、金属フッ化物のF換算値が多いのでアークが不安定でスパッタ発生量が多かった。また、Niが多いのでクレータ部に割れが生じた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼製外皮にフラックスを充填してなるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにおいて、ワイヤ全質量に対する質量%で、鋼製外皮とフラックスの両方の合計で、
C:0.03〜0.08%、
Si:0.01〜0.4%、
Mn:1.2〜2.5%、
Mg:0.2〜0.8%、
B:0.001〜0.015%で、フラックスに、
TiO:4〜7%、
SiO:0.01〜0.5%を含有し、
Ti:0.2%以下、
Al:0.03%以下、
Al:0.5%以下、
ZrO:1%以下、
金属フッ化物のF換算値:0.3%以下、
かつ、SiO+2×Si+50×Al:0.05〜2.3で、
残部は鋼製外皮のFe、鉄粉、鉄合金粉のFe分、アーク安定剤および不可避不純物からなることを特徴とするガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【請求項2】
ワイヤ全質量に対する質量%で、鋼製外皮とフラックスの両方の合計で、Ni:3.0%以下を含有することを特徴とする請求項1に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。

【公開番号】特開2009−248137(P2009−248137A)
【公開日】平成21年10月29日(2009.10.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−99325(P2008−99325)
【出願日】平成20年4月7日(2008.4.7)
【出願人】(302040135)日鐵住金溶接工業株式会社 (172)
【Fターム(参考)】