説明

ガス検出方法及びガス検出装置

【課題】 金属酸化物半導体ガスセンサで温度変化に対する動的応答からガス成分の種類に関する情報と濃度に関する情報とを良好に分離して取り出すことで、単一のガスセンサにおけるガス成分の同定の正確性を向上させる。
【解決手段】 ガスセンサ10の温度を変化させたときのその動的応答波形を時間に関して微分して得たn次(n=1、2、…)微分波形は、濃度に依らずガス成分毎に異なる位置の固定点を通過するため、この固定点を各ガス成分毎に予め測定して固定点情報記憶部25に格納しておく。成分が未知である試料ガスを分析する際には、ガスセンサ10の温度を変化させたときの動的応答波形を取得し微分演算処理部22でn次微分を行い、ガス種判別処理部23はn次微分波形が固定点情報記憶部25に格納されているいずれの固定点を通過するのかを判定し、その結果に基づいてガス成分を同定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガスセンサとして金属酸化物半導体センサを用いたガス検出方法及びガス検出装置に関する。
【背景技術】
【0002】
金属酸化物半導体ガスセンサは電極間に金属酸化物半導体から成る感応膜を形成したものであり、この感応膜を高温に加熱した状態で、該感応膜表面に付着したガス成分との間で酸化還元反応を生じさせる。この過程で電子の移動が起こり、感応膜中の自由電子密度や電荷空乏層の厚さが変化して電極間の抵抗値が変化する。この種のガスセンサは、例えば家庭用のガス漏れ検知器などに広く利用されている。
【0003】
しかしながら、上記のような金属酸化物半導体ガスセンサは、還元性のガスであれば殆どのガスに対して応答してしまい、しかも定常的な応答からはガス成分を区別することができない。そのため、例えば特定のガスを検出するような選択性を持たせたい場合には、不所望のガス成分を予め除去するフィルタを設ける等の構成を採る必要があり、ガス成分の選択性の向上が大きな課題の一つとなっている。
【0004】
一方、多種類のガス成分の同定や定量が可能であるようなガス検出装置は、環境測定、食品や香料等の検査、犯罪捜査など幅広い分野で要望されており、これまで様々な技術が提案されている。その代表的なものは、添加触媒等の工夫によって互いに異なる応答特性を持たせた複数のガスセンサを並設して多次元情報を得るものである。こうした構成では、同じガスに晒された複数のガスセンサで得られる複数の検出信号に対し、主成分分析等の多変量解析処理やニューラルネットワークを用いた解析処理を実行してガス成分の同定や定量分析を行うのが一般的である(例えば特許文献1など参照)。
【0005】
しかしながら、こうした装置では、識別可能なガス成分の種類を増やそうとするほどガスセンサの数も増加させる必要が生じ、また解析処理の計算量も膨大になる。そのため、装置の大規模化やコストの上昇などが避けられない。
【0006】
これに対し、単一のガスセンサから多次元情報を得る方法として、ガスセンサの温度(厳密に言えば感応膜の温度)を意図的に変化させ、それに対するガスセンサによる検出信号の動的な変化を解析することでガス成分の同定や定量を行うという手法が従来から知られている(例えば特許文献2、3、4など参照)。例えば特許文献2では、温度変化時のガスセンサ出力のピーク位置と強度とを利用してガス成分を同定している。しかしながら、従来提案されているいずれの手法でも、ガス成分の種類に関する情報、即ち定性情報と、ガス成分の濃度に関する情報、即ち定量情報とを完全には分離することができないという根本的な問題がある。そのため、定性分析(成分の同定)と定量分析(濃度の算出)のいずれについても実用上十分な精度を得ることが困難である。また、周期的温度変化における動的応答の解析では安定したデータを抽出するのに時間がかかるため、例えば環境測定の現場等においてリアルタイムにガス成分の同定や定量を行うには不向きである。
【0007】
【特許文献1】特開平11−352088号公報
【特許文献2】特開平1−123848号公報
【特許文献3】特開平3−123848号公報
【特許文献4】特開平7−311170号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述のような単一のガスセンサにおける温度変化に対する動的な応答波形から、ガス成分の種類に関する情報と濃度に関する情報とを良好に分離することが可能であれば、単一又は少数のガスセンサで以て多種類のガス成分の同定が可能となる。また、ガス成分を正確に同定できれば、見かけ上特定ガスのみ対して応答するような高い選択性を持たせることもできる。
【0009】
本発明はこのような点に鑑みて成されたものであり、その主な目的は、単一ガスセンサの動的応答を利用して複雑な処理を伴わずに高いガス識別能力を達成することができるガス検出方法及びガス検出装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は金属酸化物半導体ガスセンサの温度変化に対する動的応答に関する研究を長期間に亘って行う過程で、温度変化に対する動的な応答波形の時間に関するn次微分波形が濃度に依存しない固定点を通過し、しかもその固定点がガスに含まれる成分(化合物)毎に相違することを見い出した。換言すれば、その固定点の位置はガス成分の種類に関する情報(定性情報)のみを有し、濃度に関する情報(定量情報)は有さないということになる。したがって、試料ガスに含まれる成分の種類及びその濃度がいずれも不明であるとき、金属酸化物半導体ガスセンサの温度変化に対する動的応答波形のn次微分波形がその波形を含む2次元グラフ上でどのような固定点を通過しているのかを調べれば、濃度とは無関係にその成分を特定することが可能となる。
【0011】
本発明はこうした原理を利用して上記課題を解決することを意図したものであり、本発明に係るガス検出方法は、金属酸化物半導体を利用したガスセンサにより未知の成分を含むガスを検出して少なくともその成分を同定するためのガス検出方法において、
a)前記ガスセンサに試料ガスが晒された状態の下で、該ガスセンサの温度をその応答動作可能な範囲内で変化させ、
b)その温度変化に応じた前記ガスセンサの検出信号の動的応答を測定し、
c)その動的応答波形の時間に関するn次微分(n=1、2、…)波形と、該n次微分波形が描かれるグラフ上に設定された、濃度の相違する同一ガス成分に対するn次微分波形のいずれもが共通に通過し且つガス成分の種類毎には一致しないような固定点と、の関係に基づいて前記試料ガスに含まれるガス成分を同定する、
ことを特徴としている。
【0012】
また本発明に係るガス検出装置は上記ガス検出方法を具現化する装置であって、
a)金属酸化物半導体を利用したガスセンサと、
b)前記ガスセンサの温度をその応答動作可能な範囲内で変化させる温度制御手段と、
c)前記ガスセンサに試料ガスが晒された状態の下で、前記温度制御手段による温度変化に応じた前記ガスセンサの検出信号の動的応答を測定する測定制御手段と、
d)前記動的応答波形の時間に関するn次微分(n=1、2、…)波形と、該n次微分波形が描かれるグラフ上に設定された、濃度の相違する同一ガス成分に対するn次微分波形のいずれもが共通に通過し且つガス成分の種類毎には一致しないような固定点と、の関係に基づいて前記試料ガスに含まれるガス成分を同定する定性手段と、
を備えることを特徴としている。
【0013】
なお、本明細書で言う「固定点」は厳密な「点」を意味するものではなく、実際には分析時の条件のばらつきや経時変化などを考慮した適度な面積を有する小領域と考えることができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係るガス検出方法及びガス検出装置によれば、ガス成分の濃度の影響を受けずにガス成分の種類に関する情報を抽出してそれに基づいてガス成分を同定しているので、従来に比べて正確な同定が可能となる。また、ガス成分が特定されれば、ガス成分の種類という条件を絞った状態で、例えば温度変化から所定時間が経過した時点でのガスセンサの検出値等に基づいて濃度を算出することができる。したがって、定量精度も向上する。これにより、1個のガスセンサで複数のガス成分の定性及び定量が可能となり、ガスセンサの運用効率が向上する。
【0015】
また、本発明に係るガス検出方法及びガス検出装置によれば、n次微分演算処理や波形が固定点を通過するか否かといった判定処理など、必要な解析処理が簡単であるので、比較的安価な処理装置(例えばパーソナルコンピュータ)でもリアルタイムで分析を行うことができる。したがって、装置の小型化、低コスト化が容易であり、測定場所でのリアルタイム測定も可能である。
【0016】
本発明に係るガス検出装置の好ましい一態様として、複数種類のガス成分について前記固定点を予め調べて記憶しておくための記憶手段を備え、前記定性手段は、試料ガスの測定によって得られたn次微分波形が、前記記憶手段に記憶されたガス成分毎の固定点のいずれを通るのか調べることによりガス成分を同定する構成とすることができる。
【0017】
即ち、上述したようにn次微分波形を含む2次元グラフ上での上記固定点の位置はガス成分の種類毎に相違しているから、予め標準試料を用いて実際に測定を行って分析対象として考えられるガス成分毎に固定点を求めて記憶手段に記憶しておくことができる。この構成によれば、定性手段の処理内容が簡単であるので、装置の小型化、低コスト化に有利である。
【0018】
なお、上記固定点の装置間差(器差)が大きい場合には、各装置毎にそれぞれ標準試料の測定を行って固定点を求めるようにするか、或いは固定点の装置間差を補正するような演算処理を各装置で行うようにするとよい。また、固定点の経時変化が大きい場合には、予め経時変化を想定してその想定に沿った補正を行うようにするか、或いは、例えば所定時間装置を使用する毎に標準試料を測定し直して固定点の較正を実行するようにするとよい。
【0019】
本発明に係るガス検出装置では、ガスセンサとしては各種の金属酸化物半導体ガスセンサを用いることができ、例えば広く使用されているSnO2センサを用いてもよい。これにより、特殊なガスセンサではなく、一般的な安価なガスセンサを利用することができる。
【0020】
なお、微分の次数nが大きくなると波形の時間的変化が小さくなるから、一般的にnは小さいほうがよく、例えば1又は2とする(つまり1次微分又は2次微分とする)とよい。また、nを1つのみ選択するのではなく複数選択し、例えば動的応答の時間に関する1次微分波形と固定点との関係、及び2次微分波形と固定点との関係の両方に基づいてガス成分を同定するようにしてもよい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、まず本発明に係るガス検出方法及びガス検出装置におけるガス成分の同定の原理について、本発明者が行った実験結果を交えて説明する。
【0022】
単一成分を含むガス雰囲気中に置かれた金属酸化物半導体ガスセンサ(この例ではSnO2ガスセンサ)の温度を、ガス検知可能な温度範囲内で第1温度T1から第2温度T2に上昇させたとき、その温度変化の過程でガスセンサの検出信号は特徴的な態様を以て変化する。この過渡的な変化が温度変化に対する動的応答であるが、その応答特性はガス成分の種類とその濃度とによって異なるものとなる。
【0023】
図4は本発明者が行った実験において、時刻0でガスセンサに付設されたヒータに流す加熱電流をステップ状に増加させたときのガスセンサの表面温度の実測値を示すグラフである。時間0から約15秒間で温度はT1=約410[K](約140℃)からT2=約520[K](約250℃)まで上昇する。但し、後述のガスセンサ10の応答特性の結果からみると、この温度変化はこの実験で使用した温度検出装置の限界により、実際にガスセンサの感応膜で生じている温度変化よりも遅れているものと考えられる。いずれにしても、このような加熱電流の増加に伴ってガスセンサ10の温度は第1温度T1から第2温度T2まで適宜のレートで上昇し、第2温度T2に近づくにつれて上昇レートが緩やかになり、第2温度T2近傍に達すると熱平衡によりほぼその温度に維持される。
【0024】
図5は、メタノール、エタノール、ベンゼン、1−プロパノール、2−プロパノール、1−ブタノール、2−メチル−1−プロパノール、及び2−ブタノールの8種のガス成分と希釈ガスである空気とについて、上記のような温度変化に対するガスセンサ10の動的応答を実測した波形を示すグラフである。ガス成分の濃度は各成分とも100、200、300ppmの3段階である。
【0025】
図5で分かるように、動的応答の波形形状は基本的にガス成分毎に異なっており、また濃度によっても異なる。したがって、この動的応答の波形はガス成分の種類に関する情報(定性情報)と濃度に関する情報(定量情報)とを含むと言える。しかしながら、この波形形状から直接的に定性情報と定量情報とを完全に分離して、それぞれ求めることは困難である。
【0026】
図6は図5に示した各波形をそれぞれ時間に関して1次微分した波形を示すグラフである。この図6を見れば、特に温度変化の初期の5秒間においてガス成分毎に波形形状に相違が生じていることが分かる。一方、7.5秒経過以降の波形形状ではガス成分による明確な差異は殆どみられない。そこで、本発明者はこの初期の5秒間の過渡的な波形変動に着目した。
【0027】
図7は、エタノール、1−ブタノール、2−メチル−1−プロパノールの3種のガス成分をそれぞれ単体で含む試料ガスについて、温度変化時点(時刻0)からの初期の5秒間の動的応答の時間に関する1次微分波形及び2次微分波形をより詳細に求めた結果を示すグラフである。各ガス成分毎に1次微分波形及び2次微分波形は異なるが、それぞれの2次元グラフ上で濃度に依存しない或る固定点を通過しており、しかもその固定点はガス成分毎に異なる位置(時間及び微分値)に存在していることが分かる。
【0028】
例えばエタノールについての1次微分波形では約0.5秒経過後に1個の固定点が存在し、1−ブタノールについての1次微分波形では約1.0秒経過後と約3.6秒経過後とにそれぞれ1個ずつ固定点が存在し、さらに2−メチル−1−プロパノールについての1次微分波形では約0.6経過後、約2.1秒経過後、及び約3.4秒経過後の3箇所にそれぞれ1個ずつ固定点が存在していることが分かる。
【0029】
上記図7は3種のガス成分のみの結果であるが、上述したような他のガス成分についても同様の結果となり、濃度には依存しないが各成分の種類に依存して、1次微分波形を含む2次元グラフ(横軸を時間、縦軸を1次微分値としたグラフ)上及び2次微分波形を含む2次元グラフ(横軸を時間、縦軸を2次微分値としたグラフ)上で、それぞれ互いに異なる固定点を有することが判明した。
【0030】
各種ガス成分の1次微分波形についての上記固定点の位置をまとめたのが図8に示すグラフである。図8中には参考のために濃度が100ppmである2−メチル−1−プロパノールの1次微分波形を点線で示している。2次微分波形についても同様のグラフを作成することができる。このように横軸を時間、縦軸を1次微分値(又は2次微分値)とした2次元グラフ上において固定点の位置はガス成分毎に明瞭に異なるので、この情報をガス成分の同定に利用することができる。
【0031】
即ち、ガス成分が未知である試料ガスを上述したような方法でガスセンサにより測定して、温度変化に対する動的応答の波形を取得する。そして、その動的応答波形を時間に関して1次微分して得られた波形が図8に示した固定点のいずれを通過しているのかを調べ、その結果からガス成分を同定することができる。
【0032】
また、未知のガス成分が図8中に示したいずれかのガス成分であることが既知である場合(換言すれば、それ以外のガス成分である可能性がない場合)には、1次微分波形が固定点のいずれを通過しているのかを調べるのではなく、例えば1次微分波形と各固定点との相関係数或いは相関性を示す指標値を算出し、相関係数が最も高く相関性が大きいと判定されたガス成分、つまりは最も確からしいと判定されたガス成分が未知のガス成分であると結論付けてもよい。また、同様の考え方として、1次微分波形と各固定点との間の最短距離を算出し、その値に基づいて上記のような識別を行うこともできる。いずれにしても、固定点は濃度に関する情報を持たずガス成分の種類のみの情報を持つとみなして、1次微分波形又はそれ以上の次数の微分波形と該微分波形を含む2次元グラフ上に位置付けられる各ガス成分毎の固定点との関係から、ガス成分を同定することができる。
【0033】
以上が本発明に係るガス検出方法のガス成分同定の原理である。次に、この原理を利用した本発明に係るガス検出装置の一実施例について図1〜図3を参照して説明する。図1は本実施例のガス検出装置の概略構成図である。
【0034】
このガス検出装置では、分析対象である試料ガスが導入されるガスチャンバ11内にSnO2ガスセンサ10が設置されている。なお、試料ガス中に含まれる水分の影響を軽減するために、試料ガスを除湿部に通過させた後にガスチャンバ11内に送り込んでもよい。ガスセンサ10に付設されたヒータ10aには外部の温度制御部12より加熱電流が供給され、それによってガスセンサ10は所定温度に加熱される。このガスセンサ10による検出信号は、A/D変換部13によりデジタルデータに変換されてデータ処理部20に入力される。データ処理部20は、微分演算処理部22、ガス種判別処理部23、濃度算出処理部24、固定点情報記憶部25、検量線情報記憶部26、等を機能ブロックとして備える。温度制御部12、データ処理部20等は制御部14によりその動作が統括的に制御され、制御部14には分析者が各種の指示を与えるための入力部15と、分析結果等を表示するための表示部16とが接続されている。
【0035】
なお、データ処理部20及び制御部14は例えばパーソナルコンピュータ上で所定のプログラムを実行することによりその機能を達成することもできるし、またデジタルシグナルプロセッサなどを含む専用のハードウエアで以て構成することもできる。
【0036】
図2は上記装置に含まれる固定点情報記憶部25における記憶情報を示す概念図である。上述したように、検出対象である各種の成分(化合物)についての動的応答の1次微分波形はそれぞれ濃度に依存しない固定点を有するから、予めこの固定点を化合物毎に調べて図2に示すようなテーブル形式にまとめて固定点情報記憶部25に記憶しておく。この例では、例えばガス種Aは固定点a1、a2を、ガス種Bは固定点b1、b2、b3を、ガス種Cは固定点c1、c2を持つ。なお、上述の如く、1次微分波形の固定点ではなく、2次微分波形等、n次微分(n=1、2、…)波形の固定点を用いてもよく、また複数のn次微分波形の固定点を併用することで識別性を高めることもできる。
【0037】
一方、上記装置に含まれる検量線情報記憶部26には、各種の化合物についての動的応答から求めた、検出値と濃度との関係を示す検量線を表す情報を格納しておく。例えば図5を見れば分かるように、温度変化時点から10秒又は15秒経過後の検出値は濃度によって相違するから、化合物毎に濃度と検出値との関係から例えば図3に示すような検量線を作成して、その検量線を表す近似多項式を求めてその情報を検量線情報記憶部26に格納しておくものとする。
【0038】
続いて、本実施例のガス検出装置におけるガス分析動作を説明する。制御部14の制御の下に、温度制御部12はガスセンサ10の温度が第1温度T1となるようにヒータ10aに流す加熱電流を制御する。そして、その状態から所定のタイミング(例えば時刻t0)で以て温度制御部12はガスセンサ10の温度が第1温度T1から第2温度T2(T2>T1)に変化するように加熱電流を増加させる。これによって、ガスセンサ10の温度は第1温度T1から第2温度T2に上昇する。加熱電流の増加はステップ状であっても、熱容量などの影響で実際にはガスセンサ10の温度上昇はステップ状とはならない。なお、第1温度T1、第2温度T2は検出対象であるガス成分の範疇などに応じて適宜に設定するとよい。例えば検出対象がアルコール類であるような場合には、上述したようにT1を400[K]近辺、T2を500[K]近辺にしておけばよい。
【0039】
制御部14から測定開始の指示を受けたデータ処理部20は上記時刻t0からデータの収集を開始し、A/D変換部13により所定のサンプリング時間間隔でデジタルデータに変換された検出信号を取り込み始める。ガスセンサ10の温度が第1温度T1から第2温度T2に上昇するとき、特にその初期の5秒程度の期間中にガスセンサ10の検出信号は大きく変化し、その後、定常状態に近づくように緩やかに変化する。微分演算処理部22はこうした時間依存性を有するデータを受け、リアルタイムで微分演算処理を行うことで1次微分波形データを作成しガス種判別処理部23に送る。
【0040】
ガス種判別処理部23は固定点情報記憶部25に格納されている上述したような各ガス成分毎の固定点に関する情報を読み出し、微分演算処理部22より受け取った1次微分波形データがいずれの固定点を通るのかを判定する。ここで、例えば固定点情報記憶部25に格納されている固定点がそれぞれ或る1点の座標位置を示すものであったとしても、分析条件のばらつきや分析誤差などを考えると、或る程度のずれを許容する必要がある。そこで、実際には固定点で示される座標位置を中心として所定範囲をその固定点としての検出範囲と定め、1次微分波形がこの検出範囲を通過した場合には固定点を通過したものとみなすような処理を行う。これによって、分析条件のばらつきや各種誤差の影響が軽減される。
【0041】
ガス種判別処理部23は上記のように1次微分波形と固定点との位置関係に基づいて、未知のガス成分がいずれのガス成分であるのかを特定し、成分種類情報として制御部14とともに濃度算出部24に送る。濃度算出部24はその成分情報を受けて、検量線情報記憶部26に格納されているその成分に応じた検量線情報を読み出して検量線を再現する。そして、データ処理部20に入力された動的応答波形において予め決められた経過時間(例えば15秒経過後)における検出値を取得し、再現した検量線を参照して検出値から濃度を求める。
【0042】
制御部14は上記のようにして求まった成分種類情報と濃度情報とを受けて、これを表示部16に表示させる。これによって、分析者は測定した未知ガスの含有成分の種類とその濃度とを短時間で知ることができる。
【0043】
なお、ガス種判別処理部23は上記のような処理の結果、固定点情報記憶部25に用意されている固定点に対応したものが見つからない場合には、検出不能であるとして制御部14を通して表示部16にその旨を表示させればよい。
【0044】
なお、固定点は常に一定とは限らず、経時変化を生じる場合もあるし或いは分析条件(例えば試料ガスの湿度など)等によっても変化する可能性があり得る。また、一般にガスセンサの応答特性には幾分の個体差が認められるため、固定点の装置間差異もあるものと考えれる。そこで、例えば補正処理を行ったり、或いは実際に標準試料の測定を行った結果に基づいて校正処理を行ったりして、固定点を適宜に修正して用いるとよい。
【0045】
また、上記実施例では1次微分波形がいずれの固定点を通過するのかを判定していたが、上述したように、固定点と1次(又はn次)微分波形との相関性など利用してガス成分の種類を同定するようにしてもよい。
【0046】
また、上記実施例では、ガスセンサにより得られる検出信号をほぼリアルタイムで処理して分析結果を出すようにしているが、検出信号をA/D変換したデータを一旦データメモリに保存し、その後にバッチ処理的に解析処理を行う構成としてもよい。
【0047】
また、上記実施例では1個のガスセンサでガス成分の同定と定量とを行う場合について述べたが、異なる応答特性を有するガスセンサを2個以上併設して、同定可能なガス種類を増やしたり、或いは同定や定量の信頼性を一層高めたりするようにしてもよい。
【0048】
さらに、上記実施例は本発明の一例であるから、上記記載の点以外においても、本発明の趣旨の範囲で適宜、変更、修正、追加などを行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】本発明の一実施例によるガス検出装置の構成図。
【図2】図1中の固定点情報記憶部の記憶情報を示す概念図。
【図3】図1中の検量線情報記憶部に記憶される検量線の一例を示す図。
【図4】本発明者による実験において時刻0でガスセンサに流す加熱電流をステップ状に増加させたときのガスセンサの表面温度の変化を示すグラフ。
【図5】図4の温度変化に対するガスセンサの動的応答を、メタノール、エタノール、ベンゼン、1−プロパノール、2−プロパノール、1−ブタノール、2−メチル−1−プロパノール、及び2−ブタノールの8種のガス種と希釈ガスである空気とについて実測した波形を示す図。
【図6】図5に示す各波形をそれぞれ1次微分して取得した波形を示す図。
【図7】エタノール、1−ブタノール、2−メチル−1−プロパノールの3種のガスについて初期5秒間の応答特性の1次微分波形及び2次微分波形を示す図。
【図8】各種ガスの1次微分波形についての固定点をプロットした図。
【符号の説明】
【0050】
10…SnO2ガスセンサ
10a…ヒータ
11…ガスチャンバ
12…温度制御部
13…A/D変換部
14…制御部
15…入力部
16…表示部
20…データ処理部
22…微分演算処理部
23…ガス種判別処理部
24…濃度算出処理部
25…固定点情報記憶部
26…検量線情報記憶部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属酸化物半導体を利用したガスセンサにより未知の成分を含むガスを検出して少なくともその成分を同定するためのガス検出方法において、
a)前記ガスセンサに試料ガスが晒された状態の下で、該ガスセンサの温度をその応答動作可能な範囲内で変化させ、
b)その温度変化に応じた前記ガスセンサの検出信号の動的応答を測定し、
c)その動的応答波形の時間に関するn次微分(n=1、2、…)波形と、該n次微分波形が描かれるグラフ上に設定された、濃度の相違する同一ガス成分に対するn次微分波形のいずれもが共通に通過し且つガス成分の種類毎には一致しないような固定点と、の関係に基づいて前記試料ガスに含まれるガス成分を同定する、
ことを特徴とするガス検出方法。
【請求項2】
a)金属酸化物半導体を利用したガスセンサと、
b)前記ガスセンサの温度をその応答動作可能な範囲内で変化させる温度制御手段と、
c)前記ガスセンサに試料ガスが晒された状態の下で、前記温度制御手段による温度変化に応じた前記ガスセンサの検出信号の動的応答を測定する測定制御手段と、
d)前記動的応答波形の時間に関するn次微分(n=1、2、…)波形と、該n次微分波形が描かれるグラフ上に設定された、濃度の相違する同一ガス成分に対するn次微分波形のいずれもが共通に通過し且つガス成分の種類毎には一致しないような固定点と、の関係に基づいて前記試料ガスに含まれるガス成分を同定する定性手段と、
を備えることを特徴とするガス検出装置。
【請求項3】
複数種類のガス成分について前記固定点を予め調べて記憶しておくための記憶手段を備え、前記定性手段は、試料ガスの測定によって得られたn次微分波形が、前記記憶手段に記憶されたガス成分毎の固定点のいずれを通るのか調べることによりガス成分を同定することを特徴とする請求項2に記載のガス検出装置。
【請求項4】
前記ガスセンサはSnO2センサであることを特徴とする請求項2又は3に記載のガス検出装置。
【請求項5】
nは1又は2であることをを特徴とする請求項1に記載のガス検出方法、又は請求項2〜4のいずれかに記載のガス検出装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate