説明

ガス流による遺伝子導入方法および導入装置

【課題】煩雑な操作や特殊な装置を必要とせず、安全に細胞内の狙った場所にDNA、RNA及びタンパク質等の細胞内導入物質を導入可能とする手段及びそのための装置を提供する。
【解決手段】ガス1を吹きかけることによって、特殊な装置を必要とせず簡易にDNA、RNA及びタンパク質等の細胞内導入物質を無傷な形で効率よく細胞内に導入することを可能とする細胞内導入物質の細胞内導入方法、および、コンピュータ制御でノズル2を稼動できる細胞内導入物質の細胞内導入方法を用いるためのスプレー装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は細胞に細胞内物質導入を安全かつ簡便に導入できる方法、並びにその方法を用いることによって得られる細胞内導入物質を導入した細胞及びその方法を用いた細胞内導入装置に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞内に細胞内導入物質を導入する方法や装置について技術開発が多々なされている。
例えば、遺伝子のような物質の細胞内への導入方法としてウイルスを使用する方法や試薬を使用する方法が提案されている。しかしこの方法ではウイルスはバイオハザードや使用場所に制限があり、試薬では細胞毒性やそれ自身の細胞への影響が大きいため、機能解析の際には異なる方法が求められている。
【0003】
そういった影響のない物理的な方法としてエレクトロポレーションがあるが、操作の煩雑さや細胞障害が大きすぎる欠点がある。同様にパーティクルガン法は導入したい物質を金属微粒子にまぶし、ガス流によって高速で打ち込む方法である(例えば、特許文献1参照)。この方法は多くの細胞種に使用できるが、微粒子に導入する物質を付着させる操作は煩雑で、破裂板等の消耗品が必要である。
【0004】
この方法を発展させ、ガス圧を使用し、高速で液体をスプレーする方法(例えば、特許文献2参照)やエレクトロスプレー現象を利用し、キャピラリーの先端を通過させる際にパーティクルを含む懸濁液に高電圧を印加し、細胞にスプレーする方法がある(例えば、特許文献3参照)。しかし、改良されてはいるものの大きな細胞障害や操作の煩雑性がある。また、微粒子を飛翔させるため、エアロゾルとして金属を使用者が吸入する危険がある。さらには細胞に導入する物質をエアロゾルにするため、使用者への誤射や吸入の危険がある。
【0005】
このような誤射や吸入の危険のない方法として、細胞に導入したい物質を含まない液をエレクトロスプレーする方法が提案されている(例えば、特許文献4参照)。この方法は簡便で構造も簡単であるが、細胞に対して液体を加えることになるため、その液体の影響が細胞に対して生じる危険性がある。
【0006】
パーティクルガンを利用する方法は細胞に導入したい物質を打ち込む形で実現してきた。しかし、このような微粒子を使用する必要がなく、バイオハザード危険性のあるエアロゾルを発生させない方法が求められている。また、細胞に対して影響のある微粒子や液体の残留がない方法が求められている。さらには細胞の機能解析の際に狙った場所に遺伝子導入等を行える方法が求められているが、前記の方法では困難であった。また、装置構造が簡単で安価であることが求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】米国特許第4945050号
【特許文献2】特開2004−236657公報
【特許文献3】米国特許第6093557号
【特許文献4】WO2007/132891
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、上記従来技術の問題点を解消し、DNA、RNAおよびタンパク質といった細胞内導入物質を安全かつ簡便に細胞内の狙った場所へ導入できる方法および装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を行った結果、細胞内導入物質と細胞が共存する状態において、適当な速度でガスを吹きかけることにより、簡便な装置で細胞内導入物質を、安全かつ迅速に、高い導入率で細胞内に導入すること見出し、本発明を完成させるに至った。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、煩雑な操作や特殊な装置を必要とせず、安全に細胞内の狙った場所にDNA、RNA及びタンパク質等の細胞内導入物質を導入可能とする手段及びそのための装置を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明に係る模式図。
【図2】スキャン型装置。
【図3】蛍光顕微鏡写真
【図4】飽和水蒸気ガスを流すスキャン型装置2
【図5】蛍光顕微鏡写真2
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下本発明の実施形態について詳細に説明する。
本発明は、細胞内導入物質を細胞内に導入するための方法、装置に関する。本発明における細胞内導入物質としては、DNAやRNAまたはそれらの類似化合物や誘導体等の核酸塩基類が挙げられる。これらはプラスミド、ファージ、ウイルス、ウイロイド、オリゴDNA、オリゴRNA、またはマイクロRNA等の形態で提供される。塩基配列の大きさは特に断りがない。塩基は二本鎖、一本鎖どちらでもかまわない。また、主鎖の異なる核酸類似物や人工塩基をつけた核酸でも構わない。また、遺伝子以外の酵素、アミロイド、プリオンといったタンパク質や、ペプチドを細胞内に導入する際にも使用できる。なお、糖、脂質、農薬、抗菌剤、金属イオン、蛍光標識試薬、または同位体標識試薬等の比較的低分子の物質を細胞内に導入する際にも当然ながら使用できる。
【0013】
このように細胞内に導入する物質はそれだけの溶液や固体として使用できるが、これと併用として一般的に細胞内への遺伝子等導入試薬として使用されるリポソーム、カチオン性ポリマー、カルシウム塩を共存させて使用することは特に問題でない。これらの物質は固体もしくは溶液、ケンダク状態で提供される。
【0014】
本発明の対象となる細胞、組織、生体は動物、植物、微生物等特に制限はない。特に、有効に使用できる細胞種は動物細胞で、付着性細胞、浮遊性細胞ともに使用可能である。
本発明において細胞と細胞内導入物質を共存させ、ガスを吹きかけることで細胞内導入物質を細胞内に導入することができる。
【0015】
図1に模式的に示すように、ガス1がノズル2から噴出し、シャーレ3のような容器中に細胞と細胞内導入物質を共存させ、そこにガスを吹きかけることで、細胞に細胞内導入物質が導入される。
【0016】
本発明では吹きかけるガスは風速10から3000m/sの範囲であることが必要で、より好ましくは30から1000m/sの速度が推奨される。さらに好ましくは100から400m/sの速度が推奨される。
【0017】
ガスの種類に関しては人体に対して大きな毒性を有していないものがよく、特に窒素、酸素、二酸化炭素、アルゴン、ネオン、ヘリウム、水蒸気、ジメチルエーテル、フロン、石油ガスの単独または混合物であることが好ましい。とくに混合物としては窒素と酸素の混合物である空気やそれに二酸化炭素を添加したもの、さらには水蒸気を添加したものが実際の細胞を成育させる環境であるため重要である。とくに水蒸気はガスの中に飽和するまでに含有させておくことで細胞の乾燥を防ぎ、生存率を上げるために重要である。
【0018】
ガスは連続的に細胞に吹きかけることもできるが、一時的に吹きかける、パルス的に吹きかけることも可能である。
【0019】
使用するガスの容量は流量と時間から導き出されるもので特に制限がない。流量は上記の風速を作り出すために必要な量であればよい。
【0020】
ガスを吹きかける時間は特に制限がないが0.01sから30分好ましく、これ以上の場合は細胞のほとんどが死滅することや、処理のスループットが上がらないため好ましくない。
【0021】
ガスの供給はボンベ、ポンプから行えばよく、その供給については制限がない。
【0022】
ガスの使用温度は細胞が死なない範囲であればとくに制限ないが、一般的には-80から100℃で、特に-20から50℃が好ましい。
【0023】
次に、代表的な方法として遺伝子の細胞内導入について操作手順に従って説明する。細胞は培地を除き、細胞を露出する。そこに細胞内導入遺伝子を含んだ溶液を入れ細胞と接触させる。次いで、ガスを吹き付け、これで細胞内導入遺伝子の細胞内への導入作業が終了する。終了後、培地を加え遺伝子の導入処理を行った細胞の培養を行う。
【0024】
装置の構造については前記条件を満たせばよい。最も単純な構造は液化ガスのスプレー缶である。
均一性、自動化を進めるために機械化は有効である。ガスの噴出しノズルを移動させることで均一に導入できる。さらに移動速度やノズルの形状、ガス速度を制御することで狙った位置に入れることが可能になる。
【0025】
具体的な自動化装置構造としてはボンベまたはポンプからガスが供給され、レギュレーターを通して圧力を一定にしたのち、流量計を通して一定のガス速度になるように調整されることが望ましい。このガスはノズルを通して細胞に吹き付けられる。このノズルはコンピュータ制御でシャーレや多数穴のプレートに対して吹き付けられれば良い。
ノズルの内径は風速に関連するので本発明の範囲になるように決めればよいが、実際に使用する場合、その内径は0.01から90mmで、この範囲より小さいのは制御しにくく、大きいのはガスの流量が大きくなりすぎて使用しにくい。
【0026】
本発明のガスを吹きかけることが、細胞に対して有効である理由について以下のように予想している。本発明の方法はパーティクルガンのような膜を打ち抜く機構では働いていないと予想している。予想するメカニズムはガスが細胞に当たることで細胞は垂直方向に圧縮され、それが解放されることで元のサイズに戻ろうとする。このときに細胞にかかる力は水直、水平成分で異なっており、このために膜に不均一な状態が形成されるために細胞の表面に亀裂が生じ、物質透過性をあげる一過性の穴を形成していると考えられる。本発明で規定している速度は細胞を死に至らしめることなく、物質透過性を細胞に付与すると考えている。
【0027】
本発明のガスを使用する方法を用いた場合、遺伝子等の細胞内導入物質を含まないことから、導入する遺伝子等を含んだエアロゾルが形成され難く、実験者がミストに曝される危険性も無くなる。また、残留物もなく、細胞の培養に関して処理の後遺症が小さくなる。このように、本発明の方法および装置を用いることにより、簡便な装置で細胞内導入物質を、安全かつ迅速に、高い導入率で細胞内に導入することが可能となる。
【実施例】
【0028】
以下、実施例および比較例を以て本発明の内容をさらに詳しく説明する。ただし本発明はこれら実施例に制限されるものではない。
【0029】
<実施例1>
実験に使用した装置の構造を図2に示す。
ガスはレギュレーターつきボンベ4により圧力を調整され、ニードルバルブつき流量計5によって一定流量で外径1/16インチ、内径0.25mmでノズル2に供給される。3軸型ディスペンサロボット7にノズル2は接続され横方向と高さ方向に稼動できる。シャーレ3の乗るステージ6は縦方向に稼動する。装置はヘパフィルタを通過したクリーンエアの環境下8で使用した。
付着性細胞であるチャイニーズハムスター卵巣細胞(CHO細胞)を使用した。
使用培地はα-MEM+10%牛胎児血清を使用した。CHO細胞を20×104cell/mL濃度で100μLを3.5cmポリ-L-リジンコートされたポリスチレンシャーレに培地2mLと共に加えた。4日後、培地を抜き、緑色蛍光蛋白質の遺伝子をコードした4.7kbpの大きさのプラスミドDNA(10μg)を水100μLに溶かしたものを加える。
5分後、高さ1cmから前記の装置を使用して3mm間隔で移動速度5mm/sでノズルによりシャーレをスキャンした。空気を使用し、流量0.4L/min、速度で136m/sで吹きかけた。すぐに培地を加え、培養した。1日後、NIKON製顕微鏡TE−2000Sを使用し、光源を高圧水銀ランプに蛍光フィルターNIKON製GFPブロックを使用して対物レンズ10倍で撮影し、蛍光蛋白を発現している細胞を観察した。
【0030】
蛍光顕微鏡写真を図3に示す。ガスの当たったところに遺伝子が導入され、GFPが発現した細胞が直線状に並んでおり、特定の場所に導入されたことが確認出来た。
【0031】
<実施例2>
実施例1と同様の装置を使用した。CHO細胞を1×10cell/mL濃度で100μLを3.5cmポリ-L-リジンコートされたポリスチレンシャーレに培地2mLと共に加え、2日培養したものを使用した。流すガスは二酸化炭素を使用し、0.25秒間隔で停止操作を繰り返しながらシャーレ全体にスキャンしながら速度136m/sで吹きかけた。導入効率5.3%であった。
【0032】
<実施例3>
実施例1において、空気を流量0.05L/min、速度17m/sに変え、実施例1と同様の操作を行った。蛍光顕微鏡で遺伝子導入された細胞を確認したところ、導入効率は0.1%以下であった。
【0033】
<実施例4>
実施例1において、空気を流量0.2L/min、速度68L/minに変えた他、実施例1と同様の操作を行った。蛍光顕微鏡で遺伝子導入された細胞を確認したところ、導入効率は0.1%以下であった。
【0034】
<実施例5>
実施例1において、二酸化炭素を流量0.05L/min、17L/minに変えた他、実施例1と同様の操作を行った。蛍光顕微鏡で遺伝子導入された細胞を確認したところ、導入効率は0.1%以下であった。
【0035】
<実施例6>
実施例1において、二酸化炭素を流量0.05L/min、17L/minに変えた他、実施例1と同様の操作を行った。蛍光顕微鏡で遺伝子導入された細胞を確認したところ、導入効率は0.1%以下であった。
【0036】
<実施例7>
ノズルから出るガス流が飽和水蒸気になるように、実施例1と同様の装置のノズルの手前に500mlの水を入れた洗気ビン9をつけ、ガスを飽和水蒸気圧にした模式図4の装置を使用した。
CHO細胞100×104cell/ml 20μlをシャーレに植え、3日培養した。培地を抜き、PBSで洗った後、DNA添加して5分後にガスを速度は136m/sで吹き付けた。この時、飽和水蒸気圧の空気を0.4L/minで、固定ノズルから1分間、1cmの高さからシャーレに吹きかけた。
【0037】
蛍光顕微鏡写真を図5に示す。遺伝子が最も発現している場所では29%の細胞が蛍光に光ったことが確認出来た。
【0038】
<実施例8>
実施例7の装置を使い、空気を飽和水蒸気圧、速度136m/sで流しながら、シャーレ3をスキャンした。遺伝子導入効率は7.5%であった。
【0039】
<実施例9>
ジメチルエーテル90%とフロンHFC-152a 10%の入ったスプレー缶に内径1mmのノズル2を取り付けた。
実施例7と同様の操作、細胞を使用した。約2秒間、高さ2cmからガスを吹き付けた。この時、29L/minでガスの速度は380m/sであった。遺伝子導入効率は4%であった。
【0040】
<比較例1>
実施例1と同様の操作を行った。ただし、ガスは吹きかけず、プラスミドDNAを加えた後、6分後に培地を加えた。蛍光顕微鏡で観察した結果、蛍光を示す細胞は見られず、遺伝子が導入された細胞はなかった。
【0041】
<比較例2>
プラスミドDNAを加えず、実施例1と同様にガスを噴きかけた。その結果、遺伝子が導入された細胞はなかった。
【産業上の利用可能性】
【0042】
医学、薬学、農学等のバイオ関連分野における研究開発場面、又は遺伝子治療や癌細胞に対するターゲティング治療等の臨床場面において有用である。
【符号の説明】
【0043】
1:ガス
2:ノズル
3:シャーレ
4:レギュレーターつきボンベ
5:ニードルバルブつき流量計
6:ステージ
7:3軸型ディスペンサロボット
8:ヘパフィルタを通過したクリーンエアの環境
9:水を入れた洗気ビン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞内導入物質と細胞が共存する状態にガスを吹きかける細胞内導入物質の細胞内導入方法。
【請求項2】
前記ガスの風速が10から3000m/sであることを特徴とする請求項1記載の細胞内導入物質の細胞内導入方法。
【請求項3】
前記ガスの風速が100から400m/sであることを特徴とする請求項1記載の細胞内導入物質の細胞内導入方法
【請求項4】
前記ガスが窒素、酸素、二酸化炭素、アルゴン、ネオン、ヘリウム、水蒸気、ジメチルエーテル、フロン、石油ガスの単独または混合物であることを特徴とする請求項1から3いずれかに記載の細胞内導入物質の細胞内導入方法
【請求項5】
前記細胞内導入物質がDNA、RNAおよびタンパク質から選ばれる一種以上の物質であることを特徴とする請求項1から4いずれかに記載の細胞内導入物質の細胞内導入方法。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか記載の細胞内導入物質の細胞内導入方法を用いるためのスプレー装置。
【請求項7】
コンピュータ制御でノズルを稼動できる請求項6に記載の装置

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図4】
image rotate

【図3】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2011−83215(P2011−83215A)
【公開日】平成23年4月28日(2011.4.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−237149(P2009−237149)
【出願日】平成21年10月14日(2009.10.14)
【出願人】(000004466)三菱瓦斯化学株式会社 (1,281)
【Fターム(参考)】