説明

ガス状有害物質吸着剤およびその製造方法

【課題】ガス状有害物質に対する吸着能、特に吸着容量が高く、長期にわたって高吸着能が維持されるガス状有害物質吸着剤、および安全性が高く、低コストな、高吸着能ガス状有害物質吸着剤の製造方法を提供すること。
【解決手段】基材と、基材表面を修飾したポリマー薄膜からなり、前記ポリマー薄膜は、前記基材表面に重合開始基を介して結合されたポリマー鎖の集合体から構成され、前記ポリマー鎖は、前記基材表面から遠ざかる方向へ直線状に伸びており、ガス状有害物質に対する吸着能を有する官能基を含むガス状有害物質吸着剤、およびその製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、吸着能および寿命の優れたポリマー薄膜を有するガス状有害物質吸着剤およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、住宅・オフィスなどの建築物は建築コスト低減や快適化、省エネルギー化のため、新建材を多用し高密度化が進められているが、これらに付随する問題も表面化してきている。新建材からはホルムアルデヒド、トルエン、キシレン等の揮発性有機化合物(VOC)が住空間中に排出され、シックハウス症候群等の健康障害を引き起こしている。また、高気密化された住空間において、燃焼器具を使用した場合、CO、CO2、NOX、SOX等の濃度は相当高くなり、これらも健康障害を引き起こす可能性がある。これらの問題を
効果的に改善・解決するには、住空間中に含まれる揮発性有機化合物(VOC)やNOX等のガス状有害物質の除去が必要不可欠であり、低コスト・高効率な総合的空気質改善化技術の開発が様々な手法により進められている。
【0003】
ガス状有害物質の吸着剤の1つとして、放射線グラフト重合法で合成したイオン交換繊維が注目されている。たとえば、特許文献1においては、織布/不織布基材に、放射線グラフト重合法によって、スチレンやクロロメチルスチレンなどのハロアルキルスチレンをグラフト重合し、次に得られたグラフト重合体側鎖上にイオン交換基を導入することによって得られるガス吸着剤が提案されている。放射線グラフト重合法とは、ポリマー基材に放射線を照射してラジカルを形成させ、このラジカル部分に重合性モノマーをグラフト反応させるというものであり、この重合法を用いることにより、様々な形状の高分子に機能性官能基を導入し得る。
【0004】
このようにして得られた吸着剤は、1)活性炭のような物理反応では無く、化学反応によりガス状有害物質を吸着しているので脱離による再放出がない。2)酸処理やアルカリ処理等、基材に溶剤を物理的に含浸させて官能基を導入する方法を用いた場合のように、官能基が物理的に基材に固定されるのではなく、強固な化学結合により官能基が基材に固定化されているため、導入した官能基自体の脱離が起こらない。3)酸処理やアルカリ処理による官能基の導入に比べて、重量あたりの官能基の容量も大きい。4)対象物質に応じた種々の官能基の導入が可能である。5)織布や不織布素材の特徴を損なうことがない、等の特徴を有する。
【0005】
しかしながら、酸・アルカリ処理による官能基導入法と比べて重量あたりの官能基の容量は大きいものの、ガス状有害物質の吸着剤としての性能・寿命を十分満足するものには至っていない。さらに、基材表面のラジカル形成に高エネルギー放射線(電子線やガンマー線等)を用いるため、安全性の面での不安があり、また大がかりな製造装置を設ける必要があるため、製作された吸着剤が高コストになるという問題を抱えていた。
【0006】
また、重量あたりの官能基の容量を向上させる目的で重合性モノマーではなく、ガス状有害物質の吸着能を有する官能基を含むマクロモノマーをGraft on法により、基材に固定化した吸着剤が報告されている(特許文献2)。この吸着剤のマクロモノマーの重合度は約10〜100であるので、重合性モノマーと比べて1本あたりの官能基の量を単純に約10〜100倍程度とすることが可能となる。しかしながら、この吸着剤の重量あたりの官能基容量は重合性モノマーをグラフトした吸着剤と比べて増加しているものの数倍程度に留まっている。
【0007】
これは、重合性モノマーをグラフトした場合と比べて基材表面に形成したラジカルに効率よくグラフトされていないためであると考えられる。マクロモノマーをGraft on法で基材に固定化する方法では、マクロモノマーは一斉にグラフト重合することは無く、順次グラフト重合していく。すなわち、初期にグラフト重合したマクロモノマーは隣接部にマクロモノマーが存在しないので隣接マクロモノマー間の立体反発がなく、マクロモノマーは基材に対して非常に傾いた状態で固定化されることになる。よって、初期にグラフトされたマクロモノマーが次にグラフト重合しようとするマクロモノマーの立体障害となる。つまり、基材表面に形成されたラジカルが隠れ、初期にグラフトされたマクロモノマー近傍ではマクロモノマーがグラフト重合できず、基材表面に形成したラジカルを有効に利用することができない。結果、形成されたマクロモノマーの表面密度は低くなってしまう。
【0008】
また、重合性モノマーをグラフトする吸着剤と同様、基材表面のラジカル形成に高エネルギー放射線(電子線やガンマー線等)を用いるため、安全性の面での不安があり、大がかりな製造装置を設ける必要があることから、製作された吸着剤が高コストになるという問題を抱えていた。
【0009】
一方、ポリマー鎖を基材に高密度にグラフトする手法が検討されてきたが、最近、表面開始リビングラジカル重合法を用いて、鎖長および鎖長分布の制御された従来にない高密度なポリマー鎖を基材に固定化したグラフト表面固体が報告されている(特許文献3)。リビングラジカル重合は、ラジカル重合であるため分子量分布が狭く、しかも構造の明確なポリマーを大がかりな製造装置を用いず簡便に合成できるため世界的に注目されている重合法で、適用可能なモノマー種が広範囲であることや操作が簡便且つ安全であることなど、他のリビング重合系にはない利点を有しており、様々な分野での適用が検討されている。
【0010】
表面開始リビングラジカル重合法を用いてガス状有害物質に対する吸着能を有する官能基を持つポリマー鎖を基材に高密度でグラフトできれば、上記で説明したモノマーやマクロモノマーを重合した場合と比較して重量あたりの官能基の容量を桁違いに向上させることができると考えられる。
【0011】
しかしながら、表面開始リビングラジカル重合法を用いて作製したポリマー薄膜は、隣接ポリマー鎖の間隙が非常に狭く、ガス状有害物質が薄膜内部に侵入できない又は侵入しにくいため、ポリマー膜内部を利用した吸着能及び寿命の優れた吸着剤とは成りえなかった。
【特許文献1】特公平6−20554号公報
【特許文献2】特開平6−327969号公報
【特許文献3】特開平11−263819号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、その目的とするところは、ガス状有害物質に対する吸着能、特に吸着容量が高く、長期にわたって高吸着能が維持されるガス状有害物質吸着剤、および安全性が高く、低コストな、高吸着能ガス状有害物質吸着剤の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明のガス状有害物質吸着剤は、基材と、基材表面を修飾したポリマー薄膜からなり、前記ポリマー薄膜は、前記基材表面に重合開始基を介して結合されたポリマー鎖の集合体から構成され、前記ポリマー鎖は、前記基材表面から遠ざかる方向へ直線状に伸びており、ガス状有害物質に対する吸着能を有する官能基を含む。
【0014】
本発明のガス状有害物質吸着剤においては、ガス状有害物質は、VOC(揮発性有機化合物)、アルデヒド類、アンモニア、硫化水素、アミン類、メルカプタン類、一酸化炭素、窒素酸化物、硫黄酸化物からなる群から選択される少なくとも1種である。また、ガス状有害物質に対する吸着能を有する官能基は、アミノ基、スルホン基、ヒドロキシル基、アルデヒド基、カルボキシル基、カルボニル基、ニトロ基、ホスホン酸基、アンモニウム基からなる群から選択される少なくとも1種である。
【0015】
本発明のガス状有害物質吸着剤においては、ポリマー鎖間の平均間隔が0.5〜5.0nmであることが好ましい。
【0016】
また本発明のガス状有害物質吸着剤においては、ポリマー鎖の重合度が10〜10000であることが好ましい。
【0017】
また本発明は、少なくとも以下の工程(a)および(b)を含む、上記ガス状有害物質吸着剤の製造方法も提供する。
【0018】
(a)基材表面に重合開始基を導入する重合開始基導入工程、
(b)重合開始基が導入された基材表面に、ガス状有害物質に対する吸着能を有する官能基を含む重合性モノマーを接触させ、リビングラジカル重合により、前記重合開始基が導入された基材表面に重合開始基を介してポリマー鎖を形成させるリビングラジカル重合工程。
【0019】
前記重合開始基導入工程においては、重合開始基とともに非重合性官能基を基材表面に導入することが好ましい。
【0020】
重合開始基および非重合性官能基を基材表面に導入することは、重合開始剤および重合開始基の表面密度制御剤を含む溶液に基材を浸漬させることにより行なわれることが好ましい。
【0021】
また、重合開始基の表面密度制御剤は、その一端が基材に固定化し得る官能基であり、その他端が非重合性官能基であることが好ましい。
【0022】
重合開始基の表面密度制御剤としては、2−(4−フェニル)エチルホスホン酸を好適に用いることができる。
【発明の効果】
【0023】
本発明のガス状有害物質吸着剤は、吸着容量に優れているため、長期間にわたって高吸着能を維持することができる。このような本発明のガス状有害物質吸着剤は、ガス状有害物質を吸着除去する目的で、オフィスビル、工場、病院、老人ホーム、映画館、一般家庭などの大規模空間から小規模空間まで幅広い範囲で好適に使用され得る。また、本発明のガス状有害物質吸着剤は、これをフィルタとして用いた空気清浄機など様々な分野に応用が可能である。
【0024】
さらに、本発明のガス状有害物質吸着剤の製造方法によれば、放射線を用いず、大掛かりな装置も必要としないため、安全かつ低コストで高吸着能を有するガス状有害物質吸着剤を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
図1は、本発明の好ましい一例のガス状有害物質吸着剤の概略断面図である。図1に示すように、本発明のガス状有害物質吸着剤は、基材101と、当該基材表面を修飾したポリマー薄膜102からなり、そのポリマー薄膜102は基材表面に重合開始基105を介して結合されたポリマー鎖103の集合体から構成される。また、ポリマー鎖103は基材表面より遠ざかる方向に直線状に伸びており、ガス状有害物質に対する吸着能を有する官能基104を有している。重合開始基105は、後述するように、基材101に重合開始剤を作用させることによって導入される。なお、重合開始剤およびポリマー鎖を形成する重合性モノマーについては後述する。
【0026】
ここで、本明細書中において「ガス状有害物質」とは、気体であって、人間にとって有害とされる物質を指す。このような物質は特に限定されないが、たとえば、VOC(揮発性有機化合物)、アルデヒド類、アンモニア、硫化水素、アミン類、メルカプタン類、一酸化炭素、窒素酸化物、硫黄酸化物などを挙げることができる。
【0027】
本発明で使用される基材101は、その種類に特に制限はなく、その表面に重合開始剤を作用させることにより、重合開始基105を導入することが可能である材料からなるものであればよい。そのような材料としては、たとえば、シリコン樹脂、セルロース、ポリオレフィン、ポリアクリロニトリル、ポリエステル、ポリアミド、活性炭などの有機材料や、シリカ、アルミナ、ゼオライト等の無機材料を挙げることができる。
【0028】
また、基材101の形状も特に制限されるものではなく、たとえば、ハニカム状、粉末状、球状、粒状、発泡体状、繊維状、布状、あるいはリング状など、一般的に使用されている形状が使用可能である。
【0029】
ポリマー鎖103は、基材表面から遠ざかる方向に直線状に伸びている。ここで、本明細書中において「基材表面から遠ざかる方向」とは、各ポリマー鎖が一斉に同一の方向を向いていることを意味するものではなく、各ポリマー鎖はそれぞれ基材表面に対して異なる角度をなして伸びていることを含むものであり、このように各ポリマー鎖は種々の角度を有しながらも、およそ基材表面に対して垂直な方向に向かって伸びていることを意味するものである。また、本明細書中において「直線状」とは、完全に直線であることを意味するものではなく、およそある一定方向に向かってまっすぐ伸びている状態を意味し、ランダムコイル状でないことを指すものである。このように、ポリマー鎖103が基材表面から遠ざかる方向に直線状に伸びていることは、断面TEM観察等により確認することができる。
【0030】
ポリマー鎖103をランダムコイル状ではなく直線状にするには、重合方法および隣接するポリマー鎖の間隔が重要となる。重合方法としては、後述するように、リビングラジカル重合が好適に用いられる。
【0031】
本発明においては、ポリマー鎖103間の平均間隔は0.5nm〜5.0nmであることが好ましい。隣接するポリマー鎖103間の隙間は、ポリマー鎖103間の平均間隔からポリマー鎖の分子直径を引いたものであるので、吸着対象となるガス状有害物質がポリマー膜内部に侵入するためには、ポリマー鎖103間の平均間隔はポリマー鎖の臨海分子直径+ガス状有害物質の臨海分子直径より大きくしておく必要がある。ポリマー鎖103間の平均間隔が0.5nm未満である場合には、ポリマー鎖103の密度は増加するものの、ガス状有害物質がポリマー膜内部に侵入できない、または侵入しにくくなり、吸着剤としての機能を果たせなくなる虞がある。たとえば、ガス状有害物質の一例である、ホルムアルデヒドの臨海分子直径は0.5nm、トルエンの臨海分子直径は0.67nm、アンモニアの臨海分子直径は0.36nmである。また、間隔が5.0nmより大きい場合には、ポリマー鎖103の密度が低下するばかりではなく、3次元方向(基材101の表面に対して垂直な方向)への成長が乏しくなり、吸着容量の低下をもたらす虞がある。これは、本発明において好適に用いられるリビングラジカル重合においては、隣り合うポリマー鎖同士の立体反発を利用して2次元方向ではなく3次元方向への成長を促進させているため、隣接するポリマー鎖間の間隔が非常に大きい場合には、ポリマー鎖同士によるコンフォメーション規制の度合いが弱くなり、結果ランダムコイル状に近づき3次元方向への成長を阻んでしまうと考えられるからである。
【0032】
本発明において、ポリマー鎖103の重合度は、特に制限されないが、10〜10000であることが好ましい。重合度が10未満では、吸着容量は極めて低いものとなる。重合度を高くすることにより、ガス状有害物質に対する吸着能を有する官能基の数を増加させることができるため、吸着容量を大きくすることができる。ポリマー鎖103の重合度は、重合条件を制御することにより、任意の値とすることが可能である。なお、HF加水分解処理によりポリマー鎖を切り出し、そのポリマー鎖をGPC(Gel Permeation Chromatography)装置(たとえば、島津製GPCシステム)を用いて分子量および分子量分布を決定し、得られたポリマー鎖の分子量からポリマー鎖の重合度を算出することができる。
【0033】
以上のような構成を採ることにより、2次元方向(基材表面方向)にガス状有害物質に対する吸着能を有する官能基の密度が高いだけでなく、3次元方向(基板表面に対し垂直な方向)にも官能基の数を増加させることができるため、吸着容量の極めて大きいガス状有害物質吸着剤が実現される。このような本発明のガス状有害物質吸着剤が有する官能基の数は、酸・アルカリ溶液処理法、放射線グラフトモノマー重合法、放射線グラフトマクロモノマー重合法等の官能基を導入するための従来表面修飾法と比べて極めて多い。また、吸着容量が高いため、高吸着能を長期間維持することができる。
【0034】
本発明は、上記ガス状有害物質吸着剤を製造する方法をも提供する。上記したように、ポリマー鎖間の間隔を制御することは吸着能を向上させるための重要なファクターである。そこで、ポリマー鎖間の間隔を制御する方法について本発明者は鋭意研究を重ねた。その結果、重合開始基を導入する工程において、重合開始基とともに、重合開始基の表面密度制御剤を用いて非重合性官能基を導入し、その重合開始基の表面密度制御剤の添加量により重合開始基の表面密度を制御することができること、並びに、重合開始基の表面密度とその重合開始基を介してリビングラジカル重合するポリマー鎖の密度とは非常に良い相関関係を示すことを見出した。すなわち、重合開始基の表面密度制御剤の添加量により、隣接するポリマー鎖間の間隔を制御することが可能であることを見出した。
【0035】
本発明のガス状有害物質吸着剤の製造方法は、上記研究成果に基づくものである。すなわち、本発明の製造方法は、少なくとも以下の工程、
(a)基材表面に重合開始基を導入する重合開始基導入工程、
(b)重合開始基が導入された基材表面に、ガス状有害物質に対する吸着能を有する官能基を含む重合性モノマーを接触させ、リビングラジカル重合により、前記重合開始基が導入された基材表面に重合開始基を介してポリマー鎖を形成させるリビングラジカル重合工程を含むことを特徴とする。
【0036】
ここで、重合開始基導入工程(a)においては、重合開始基とともに非重合性官能基を基材表面に導入することが好ましく、好適には重合開始剤および重合開始基の表面密度制御剤を含む溶液に基材を浸漬させることにより行なわれる。重合開始基の表面密度制御剤としては、その一端が基材に固定化し得る官能基であり、その他端が非重合性官能基である化合物が好適に使用される。このようなものとしてはたとえば、2−(4−フェニル)エチルホスホン酸を挙げることができる。以下、本発明のガス状有害物質吸着剤の製造方法の好ましい実施形態を図2および図3を参照しながら詳細に説明する。
【0037】
本実施形態においては、まず、基材表面に重合開始基を導入するにあたり、重合開始剤を適当な溶媒に溶解させて、重合開始基導入溶液を調製する。当該重合開始基導入溶液には、さらに重合開始基の表面密度制御剤を溶解させることが好ましい。重合開始基の表面密度制御剤を添加することにより、重合開始基の表面密度を制御することが可能となり、ひいてはポリマー鎖間の間隔を制御することが可能となる。
【0038】
ここで、重合開始剤としては、従来公知のものを使用することができ、たとえば、下記の一般式(1)〜(6)で表わされる。
【0039】
(1)W−(CH2p−Z−(CH2q−SiCln3-n
(2)W−(CH2p−Z−(CH2q−Si(OR)n3-n
(3)W−(CH2p−Z−(CH2q−PO32
(4)W−(CH2p−Z−(CH2q−COOH
(5)W−(CH2p−Z−(CH2q−NO22
(6)W−(CH2p−Z−(CH2q−SH
一般式(1)〜(6)における置換基および変数について説明する。Wとしては、たとえば下記に示すような構造が挙げられ、重合開始基を含む。尚、これらに限定されるものではない。
【0040】
【化1】

【0041】
Zは、−CH2−、アルケニレン、アルキニレン、フェニレン、アミノフェニレン、アルキルフェニレン、フェニレンビニレン、フェニレンエチニレン、ピリジニレン、ピリジルビニレン、ピリジルエチニル、チエニレン、ピロニレン、アセン(すなわち、縮合多環)の骨格、ピリジノピリジニレンなどが挙げられる。Xは、低級アルキル基であり、−CH3または−C25が特に好ましい。Rは、−Hまたは低級アルキル基であり、たとえば−CH3などが挙げられる。nは、1〜3の整数である。pおよびqは、負を含まない整数であり、p+q=2〜30程度が最も取り扱い易く、好ましい。
【0042】
本発明に用いられる重合開始剤は、一端に重合開始基を、他端に基材の表面に直接化学吸着する官能基を有する直鎖の有機分子により形成されていることが好ましい。重合開始剤の濃度は特に限定されないが、たとえば0.002mM〜5mMとすることができる。
【0043】
重合開始基の表面密度制御剤としては、好適にはその分子の一端が基材に固定化し得る官能基であり、他端が非重合性官能基である化合物が使用される。このような一端が基材に固定化し得る官能基であり、他端が非重合性官能基である重合開始基の表面密度制御剤としては、従来公知のものを挙げることができ、たとえば、下記の一般式(7)〜(12)で表わされる。
【0044】
(7) V−(CH2p−Z−(CH2q−SiCln3-n
(8) V−(CH2p−Z−(CH2q−Si(OR)n3-n
(9) V−(CH2p−Z−(CH2q−PO32
(10)V−(CH2p−Z−(CH2q−COOH
(11)V−(CH2p−Z−(CH2q−NO22
(12)V−(CH2p−Z−(CH2q−SH
一般式(7)〜(12)における置換基および変数について説明する。Vとしては、たとえば下記に示すような構造が挙げられ、非重合性官能基を含む。尚、非重合性官能基であればいかなるものでもよく、これらに限定されるものではない。
【0045】
【化2】

【0046】
Zは、−CH2−、アルケニレン、アルキニレン、フェニレン、アミノフェニレン、アルキルフェニレン、フェニレンビニレン、フェニレンエチニレン、ピリジニレン、ピリジルビニレン、ピリジルエチニル、チエニレン、ピロニレン、アセン(すなわち、縮合多環)の骨格、ピリジノピリジニレンなどが挙げられる。Xは、低級アルキル基であり、−CH3または−C25が特に好ましい。Rは、−Hまたは低級アルキル基であり、たとえば−CH3などが挙げられる。nは、1〜3の整数である。pおよびqは、負を含まない整数であり、p+q=2〜30程度が最も取り扱い易く、好ましい。
【0047】
本発明に用いられる表面密度制御剤は、一端に非重合性官能基を、他端に基材の表面に直接化学吸着する官能基を有する直鎖の有機分子により形成されていることが好ましい。重合開始基の表面密度制御剤の濃度は特に限定されないが、たとえば0.002mM〜5mMとすることができる。
【0048】
ここで、本明細書中において「重合開始基の表面密度制御剤」とは、重合開始剤と同様に基材表面に固定化されるが、これを介してはグラフト重合されない性質を有し、この性質により、重合開始基の表面密度を変化させることができる剤を意味し、また、「重合開始基の表面密度」とは、一定表面積あたりの重合開始基の数と定義される。なお、「重合開始基の表面密度」は、高感度反射赤外分光法等により測定することができる。
【0049】
重合開始基の表面密度は重合開始剤に対する重合開始基の表面密度制御剤の添加量の割合が増加するに従い減少する。よって、用いる基材、重合開始剤、重合開始基の表面密度制御剤の組み合わせごとに求めた重合開始基の表面密度と添加量との関係を考慮して、所望の重合開始基の表面密度になるよう適宜、重合開始基の表面密度制御剤の添加量を調整する。重合開始基の表面密度制御剤の添加量を調整して重合開始基の表面密度を所望の値とすることにより、ポリマー鎖間の間隔を所望の値とすることができる。
【0050】
なお、その分子の一端が基材に固定化し得る官能基であり、他端が非重合性官能基である重合開始基の表面密度制御剤において、当該基材に固定化し得る官能基は、重合開始剤の基材に固定化し得る官能基と同一であることが好ましい。また、非重合性官能基以外の分子構造は、重合開始剤の対応する部分と同一もしくは類似の構造であることが好ましい。これは、それぞれの分子がドメイン構造(相分離)をとらず、両分子がほぼ均一に分散した状態で基材に接触することが可能となるからである。
【0051】
重合開始剤、重合開始基の表面密度制御剤を溶解させる溶媒は、両剤を溶解させることができるものであれば特に限定されないが、たとえば水、メタノール、エタノール、プロパノール、2−プロパノール、アセトン、2−ブタノンおよびこれらの混合物、ヘキサン、デカン、ヘキサデカン、ベンゼン、トルエン、キシレン、四塩化炭素、クロロホルム、塩化メチレン、1,1,2−トリクロロエタン、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジオキサン、1,2−ジメトキシエタンおよびこれらの混合物などを挙げることができる。
【0052】
次に、上記の重合開始基導入溶液を用いて、基材の表面に重合開始基を導入する(工程(a))。重合開始基導入溶液に重合開始基の表面密度制御剤が含まれている場合には重合開始基とともに非重合性官能基も導入される。
【0053】
図2は、表面に重合開始基および非重合性官能基が導入された基材の概略断面図である。重合開始剤204および重合開始基の表面密度制御剤207は、それぞれ基材に固定化できる官能基202および205を介して基材201に結合している。これにより、基材201の表面に重合開始基203および非重合性官能基206が導入される。なお、図2においては、重合開始基203および非重合性官能基206が1:1の比で導入されているが、勿論これに限られるものではなく、その比率は添加量の調整により任意の値とすることができる。
【0054】
重合開始基導入溶液を用いて、基材表面に重合開始基および非重合性官能基を導入する方法としては、従来公知の方法を用いることができ、たとえば、自己組織化化学吸着法、ラングミュア−ブロジェット法(LB法)などを挙げることができる。これらの方法は、放射線ラジカル形成法と比べて大掛かりな装置を必要とせず、簡易かつ安全に行なうことができ、また、基材にダメージを与えることがないため非常に優れた方法である。基材を重合開始基導入溶液に浸漬させる、自己組織化化学吸着法の場合、従来より知られている手段を適用することができ、浸漬時間は特に制限されないが、温度が低いと処理に長時間を要し、温度が高いと短時間で処理が終了することから、一般に1分〜1日の範囲が好ましく、5分〜5時間の範囲が特に好ましい。また、浸漬時の温度も特に制限はないが、−10〜100℃の範囲が好ましく、0〜50℃の範囲が特に好ましい。また、ラングミュア−ブロジェット法(LB法)についても従来より知られている手段を適用することができる。
【0055】
このように、基材表面に重合開始基および非重合性官能基が導入されるが、結果形成された重合開始基および非重合性官能基からなる膜は、図2に示されているような単分子膜であることが好ましい。単分子膜が形成されていることは、AFM(Atomic Force Microscope)装置等により、確認することができる。
【0056】
なお、基材に重合開始基を導入する前に、たとえば、シリコン樹脂を基材とする場合に、表面の水酸基密度を向上させる目的で、基材に硝酸処理を施し表面を酸化する、前処理工程を設けてもよい。また、基材を重合開始基導入溶液に浸漬させた後に、表面に付着した過剰の重合開始剤、重合開始基の表面密度制御剤を除去する目的で、基材を溶媒で洗浄する工程および基材を乾燥させるために、Arガス等でブローする工程を設けてもよい。洗浄に用いる溶媒に特に制限はないが、重合開始基導入溶液の調製に用いた溶媒と同一であることが好ましい。
【0057】
続く工程において、重合開始基が導入された基材表面に、ガス状有害物質に対する吸着能を有する官能基を含む重合性モノマーを接触させ、リビングラジカル重合により、前記重合開始基が導入された基材表面に重合開始基を介してポリマー鎖を形成させる(工程(b))。ここで、工程(a)において、重合開始基とともに非重合性官能基が基材表面に導入されている場合には、当該重合開始基を介してポリマー鎖がグラフトされ、非重合性官能基は非重合性であるため、これを介してはポリマー鎖はグラフトされない。
【0058】
図3は、本発明の製造方法の好ましい実施形態に従って製造されたガス状有害物質吸着剤の概略断面図である。図3において、基材301の表面には、重合開始基306および非重合性官能基309が導入されており、ポリマー鎖303は、重合開始基306を介してのみグラフトされている。重合開始基の表面密度制御剤310を用いて、非重合性官能基309を導入することにより、重合開始基の表面密度を制御し、ひいてはポリマー鎖303間の間隔を制御することが可能となる。すなわち、ポリマー鎖303は非重合性官能基309にはグラフトされないので、非重合性官能基309の密度が増加すると重合開始基の表面密度は減少し、ポリマー鎖303間の間隔は大きくなる。逆に、非重合性官能基309の密度が減少すると重合開始基の表面密度は増加し、ポリマー鎖303間の間隔は狭まることになる。このようにポリマー鎖303間の間隔を制御するとともに、適切な重合方法を選択することにより、ポリマー鎖303を基材表面から遠ざかる方向に直線状に伸ばすことが可能となる。本発明においては、このような適切な重合方法としてリビングラジカル重合法を用いる。
【0059】
リビングラジカル重合においては、すべてのポリマー鎖がほぼ均一に成長するため、隣接ポリマー鎖間の立体障害が少なくなり基材表面より遠ざかる方向に直線状に形成される。なお従来の重合法ではランダムコイル状に成長し、直線状に成長させることができなかった。
【0060】
リビングラジカル重合法によるポリマー鎖303のグラフトは、従来公知の手段によって行なうことができる。従来公知のリビングラジカル重合法としては、たとえば、解離―結合機構に基づくニトロキシル系リビングラジカル重合、繊維金属錯体を触媒とするハロゲン原子の移動に基づく原子移動ラジカル重合、交換連鎖移動機構に基づく可逆的付加―解裂連鎖移動重合などを挙げることができる。重合条件は、ポリマー鎖303を構成する重合性モノマー311の種類、重合開始基307および重合開始基の表面密度制御剤310の種類等に応じて、適宜選択される。典型的には、重合性モノマーを含む溶液に工程(a)を経た基材を浸漬させ、加熱することにより重合を行なう。たとえば、重合温度は約15〜200℃、重合温度は5〜120分とすることができる。当該重合性モノマーを含む溶液には適宜重合反応を促進させるための触媒やその他添加剤を混入させてもよい。
【0061】
本発明において、リビングラジカル重合によってポリマー鎖を形成するのに用いられる重合性モノマー311は、ガス状有害物質に対して吸着能を有する官能基304を持つリビングラジカル重合性モノマーである。
【0062】
このようなリビングラジカル重合性モノマーは、ガス状有害物質に対して吸着能を有する官能基304を有するものであれば特に制限はないが、たとえば、アクリル酸、メタクリル酸、スチレンスルホン酸、ビニルスルホン酸、アリルスルホン酸、メタリルスルホン酸、メタリルオキシベンゼンスルホン酸、スルホエチルメタクリレート、スルホブチルメタクリレート、ビニルベンジルスルホン酸、メタリルスルホン酸ナトリウム、アリルスルホン酸ナトリウム、ビニルベンジルトリメチルアンモニウムクロライド、ジエチルアミノエチルメタクリレート、ジメチルアミノエチルメタクリレート、ジエチルアミノエチルアクリレート、ジエチルアミノメチルメタクリレート、ターシャリーブチルアミノエチルアクリレート、ターシャリーブチルアミノエチルメタクリレート、ジメチルアミノプロピルアクリルアミド、アクリルアミド、メタクリルアミド、ジメチルアミノプロピルアクリルアミド、ジメチルアクリルアミド、アクリルアミドメチルプロパンスルホン酸、ビニルカルボン酸、スチレンカルボン酸、アリルカルボン酸、ビニルホスホン酸、アリルホスホン酸、ビニルヒドロキシアルコキ、アリルヒドロキシカルボキシレート、アクリルアルデヒド、アリルアルデヒド、スチレンアンモニウム、アクリルニトロなどを用いることができる。このような重合性モノマーを用いることにより、これらが有する官能基:アミノ基、スルホン基、ヒドロキシル基、アルデヒド基、カルボキシル基、カルボニル基、ニトロ基、ホスホン酸基、アンモニウム基などの極性を利用して、効果的にVOC(揮発性有機化合物)、アルデヒド類、アンモニア、硫化水素、アミン類、メルカプタン類、一酸化炭素、窒素酸化物、硫黄酸化物などのガス状有害物質を吸着することが可能となる。
【0063】
リビングラジカル重合反応に用いる溶媒としては、生成するポリマー鎖の良溶媒でありかつ連鎖移動定数の小さな溶媒が好ましく、たとえば、水、メタノール、ジフェニルエーテル、テトラヒドロフラン、ベンゼン、トルエン、キシレン等が挙げられる。
【0064】
リビングラジカル重合によりグラフトされるポリマー鎖の重合度は重合時間により制御することができ、10〜10000の任意の値とすることが可能である。重合度を増加させることにより、吸着能を有する官能基の数も増加する。
【0065】
以上のような本発明の方法によれば、吸着容量を極めて高いガス状有害物質吸着剤を製造することができる。なお、本発明のガス状有害物質吸着剤の製造方法の特徴は、ポリマー鎖間の間隔を、吸着対象となるガス状有害物質のサイズに応じて、任意の値とすることができる点にあることは上述したとおりである。ポリマー鎖間の間隔は、重合開始基の表面密度制御剤の添加量を調節することにより制御することが可能である。
【0066】
以下、本発明を実施例に基づいてさらに具体的に説明するが、実施例で使用した材料およびその量、処理温度や処理時間などの数値的条件などは一例に過ぎず、これらの実施例により本発明が限定されるものではない。
【0067】
<実施例1>
[本発明のガス状有害物質吸着剤の製造]
重合開始剤として2−(4−クロロスルホニルフェニル)エチルホスホン酸、重合開始基の表面密度制御剤として2−(4−フェニル)エチルホスホン酸、溶媒としてエタノールを用い、重合開始剤の濃度が1mM、重合開始基の表面密度制御剤の濃度がそれぞれ0、0.2、0.4、0.6、0.8、1.0、2.0、3.0、4.0、5.0mMとなるように、重合開始基導入溶液を調製した。次に、あらかじめ基材表面の水酸基密度を向上させる目的で硝酸を用いて酸化処理を施したシリコン基板(大きさ:2×2cm、厚さ:500μm)を上記重合開始基導入溶液に浸漬し、25℃で、約1時間保持した。その後、基板をエタノールで洗浄して表面に付着した過剰の重合開始剤および重合開始基の表面密度制御剤を除去した後、これをArガスブローにより十分乾燥させ、シリコン基材表面上に重合開始基および非重合性官能基を単分子膜として導入した。ついで、真空脱気下、4,4’−ジ−n−ヘプチル−2,2’−ビピリジン(25mM)とCuBr(15mM)を含むジフェニルエーテルにジメチルアミノエチルメタクリレート(10mM)と4−トルエンスルフォニルクロライド(2.5mM)を加えポリマー薄膜作製用溶液を調製した後、これに上記重合開始基および非重合性官能基が導入された基板を25℃で浸漬させ、脱気封管後80℃に加熱して、1〜10時間保持することにより、リビングラジカル重合法によるグラフト重合を行ない、本発明のガス状有害物質吸着剤を得た。
【0068】
[製造したガス状有害物質吸着剤の物性評価]
(単分子膜の形成およびその膜厚)
シリコン基材表面上に重合開始基および非重合性官能基が単分子膜として導入されていることの確認および単分子膜の膜厚の測定は、AFM(Atomic Force Microscope)装置(Digital Instruments社製NanoscopeIII)を用いて行なった。具体的には単分子膜がFull−Coverageに至るまでのシリコン基材の表面形状の変化(浸漬時間依存)を観察することにより、単分子膜がアイランド成長していき、完全に単分子膜でシリコン基材表面が完全に覆われていく様子が確認できる。また、Full−Coverageに至っていない状態で観察したAFM像において、単分子膜表面とシリコン基材表面との段差を測定することにより、単分子膜の膜厚を測定することができる。測定結果より、単分子膜であることが確認され、その膜厚は4Åであった。
【0069】
(重合開始基の表面密度)
単分子膜の重合開始基表面密度はFT−IR測定(Nicolet製)を用いて、SO2の対称伸縮ピーク面積比またはSO2の非対称伸縮ピーク面積比より算出した。図4に重合開始基の表面密度制御剤の添加量(mM)と単分子膜の重合開始基表面密度(個/nm2)の関係を示す。重合開始基の表面密度制御剤2−(4−フェニル)エチルホスホン酸の添加量の増加に伴い、形成された単分子膜の重合開始基表面密度が減少しており、重合開始基の表面密度制御剤の添加量を調整することにより重合開始基の表面密度を制御できることがわかる。
【0070】
(ポリマー薄膜の乾燥膜厚)
形成されたポリマー薄膜の乾燥膜厚は、TEM(Transmission Electron Microscope)装置(日本FEI製TECNAI)を用いて断面観察を行ない、断面TEM像より計測した。重合開始基の表面密度制御剤の添加量が0.2mMである場合における、重合反応時間(加熱後の保持時間をいう)とポリマー薄膜の膜厚の関係を図5に示す。重合反応時間の増加に伴い膜厚がほぼ比例して増加しており、3次元方向(基材表面に対して垂直な方向)への官能基量の増加を重合反応時間の増加により行なえることがわかる。また、高分解能TEM観察を行なうことにより、本発明のガス状有害物質吸着剤のポリマー鎖がランダムコイル状ではなく、直線状に伸びていることを確認した。
【0071】
(ポリマー鎖の分子量、分子量分布および重合度)
ポリマー鎖の分子量及び分子量分布を次に述べる手順に従って測定した。すなわち、HF加水分解処理によりポリマー鎖を切り出し、そのポリマー鎖をGPC装置(島津製GPCシステム)を用いて分子量および分子量分布を決定した。また、得られたポリマー鎖の分子量からポリマー鎖の重合度を算出した。重合開始基の表面密度制御剤の添加量が0.2mMである場合における、重合反応時間(加熱後の保持時間をいう)とポリマー鎖の重合度の関係を図6に示す。
【0072】
(隣接ポリマー鎖間の間隔)
ポリマー薄膜の乾燥膜厚とポリマー鎖の分子量の関係からポリマー薄膜を構成するポリマー鎖間の間隔を算出した。重合時の重合反応時間が5時間の場合における、重合開始基の表面密度制御剤の添加量と隣接ポリマー鎖間の平均間隔の関係を図7に示す。重合開始基の表面密度制御剤の添加量の増加に伴い形成されたポリマー薄膜を構成するポリマー鎖間の間隔が広くなっており、重合開始基の表面密度制御剤の添加量を調整することにより、ポリマー鎖間の間隔を制御することが可能であることがわかる。
【0073】
[製造したガス状有害物質吸着剤の吸着能評価]
上記のごとくして得られた本発明のガス状有害物質吸着剤(重合反応時間が5時間のものを使用)の吸着容量を、ガス状有害物質としてホルムアルデヒドガスを用いたワンパス試験を連続的に行なうことにより評価した。表1に重合開始基表面密度制御剤の添加量(mM)とホルムアルデヒド総吸着容量(mmol/g)の関係を示す。比較品として市販の脱臭用活性炭についても評価した。
【0074】
【表1】

【0075】
重合開始基の表面密度制御剤を添加しない場合を除き、本発明の吸着剤のいずれも市販の脱臭活性炭に比べ、ホルムアルデヒド総吸着容量は極めて高いことがわかる。特に、重合開始基の表面密度制御剤の添加量が0.4mMであるガス状有害物質吸着剤は、市販の脱臭用活性炭と比べて、ホルムアルデヒド総吸着容量は約4000倍であり、除去能力が桁違いに高いことがわかる。重合開始基の表面密度制御剤を添加しない場合にホルムアルデヒドを全く吸着できなかったのは、隣接するポリマー鎖間の間隔が狭く、ホルムアルデヒドがポリマー薄膜内に侵入できないためと考えられる。重合開始基の表面密度制御剤の添加量が0.2mMである吸着剤はポリマー鎖の密度は高いにも関わらず0.4mMと比べてホルムアルデヒド総吸着容量が少なくなっている。これについても同様に、隣接するポリマー鎖間の間隔が狭く、ホルムアルデヒドがポリマー薄膜内へ侵入しにくくなっているためと考えられる。
【0076】
以上のように、重合開始基の表面密度制御剤の添加量を調節することにより、ポリマー鎖間の間隔を制御することが可能であり、ポリマー鎖間の間隔を制御することにより、従来にない吸着能、特に吸着容量が極めて優れたガス状有害物質吸着剤を実現することができる。本発明のガス状有害物質吸着剤は、極めて吸着容量が大きいため、長期間にわたって高吸着能を維持することができる。また、本発明のガス状有害物質吸着剤の製造方法によれば、吸着対象となるガス状有害物質のサイズに応じて、ポリマー鎖間の間隔を任意の値とすることができるため、様々なガス状有害物質に対応できる。
【0077】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【図面の簡単な説明】
【0078】
【図1】本発明の好ましい一例のガス状有害物質吸着剤の概略断面図である。
【図2】表面に重合開始基および非重合性官能基が導入された基材の概略断面図である。
【図3】本発明の製造方法の好ましい実施形態に従って製造されたガス状有害物質吸着剤の概略断面図である。
【図4】実施例1における重合開始基の表面密度制御剤の添加量と単分子膜の重合開始基表面密度の関係を示したグラフである。
【図5】実施例1における重合反応時間とポリマー薄膜の膜厚の関係を示したグラフである。
【図6】実施例1における重合反応時間とポリマー鎖の重合度の関係を示したグラフである。
【図7】実施例1における重合開始基の表面密度制御剤の添加量と隣接ポリマー鎖間の平均間隔の関係を示したグラフである。
【符号の説明】
【0079】
101,201,301 基材、102,302 ポリマー薄膜、103,303 ポリマー鎖、104,304 ガス状有害物質に対する吸着能を有する官能基、105,203,306 重合開始基、202,205,305,308 基材に固定化できる官能基、204,307 重合開始剤、206,309 非重合性官能基、207,310 重合開始基の表面密度制御剤、311 重合性モノマー。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、基材表面を修飾したポリマー薄膜からなり、
前記ポリマー薄膜は、前記基材表面に重合開始基を介して結合されたポリマー鎖の集合体から構成され、
前記ポリマー鎖は、前記基材表面から遠ざかる方向へ直線状に伸びており、
前記ポリマー鎖は、ガス状有害物質に対する吸着能を有する官能基を含む、ガス状有害物質吸着剤。
【請求項2】
ガス状有害物質は、VOC(揮発性有機化合物)、アルデヒド類、アンモニア、硫化水素、アミン類、メルカプタン類、一酸化炭素、窒素酸化物、硫黄酸化物からなる群から選択される少なくとも1種である、請求項1に記載のガス状有害物質吸着剤。
【請求項3】
ガス状有害物質に対する吸着能を有する官能基は、アミノ基、スルホン基、ヒドロキシル基、アルデヒド基、カルボキシル基、カルボニル基、ニトロ基、ホスホン酸基、アンモニウム基からなる群から選択される少なくとも1種である、請求項1または2に記載のガス状有害物質吸着剤。
【請求項4】
前記ポリマー鎖間の平均間隔が0.5〜5.0nmであることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のガス状有害物質吸着剤。
【請求項5】
前記ポリマー鎖の重合度が10〜10000であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のガス状有害物質吸着剤。
【請求項6】
少なくとも、
(a)基材表面に重合開始基を導入する重合開始基導入工程と、
(b)重合開始基が導入された基材表面に、ガス状有害物質に対する吸着能を有する官能基を含む重合性モノマーを接触させ、リビングラジカル重合により、前記重合開始基が導入された基材表面に重合開始基を介してポリマー鎖を形成させるリビングラジカル重合工程と、
を含む、
請求項1〜5のいずれかに記載のガス状有害物質吸着剤の製造方法。
【請求項7】
前記重合開始基導入工程において、重合開始基とともに非重合性官能基を基材表面に導入することを特徴とする請求項6に記載の方法。
【請求項8】
重合開始剤および重合開始基の表面密度制御剤を含む溶液に基材を浸漬させることにより、重合開始基および非重合性官能基を基材表面に導入することを特徴とする請求項7に記載の方法。
【請求項9】
重合開始基の表面密度制御剤は、その一端が基材に固定化し得る官能基であり、その他端が非重合性官能基である請求項8に記載の方法。
【請求項10】
重合開始基の表面密度制御剤は、2−(4−フェニル)エチルホスホン酸である請求項9に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−313400(P2007−313400A)
【公開日】平成19年12月6日(2007.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−143987(P2006−143987)
【出願日】平成18年5月24日(2006.5.24)
【出願人】(000005049)シャープ株式会社 (33,933)
【Fターム(参考)】