説明

キッチンシンク

【課題】耐温水密着性と生産性に優れたステンレス鋼製キッチンシンクを提供する。
【解決手段】シンク形状に絞り加工されたステンレス鋼板からなる基材、前記基材の上に設けられた有機無機複合クリア塗膜を含むキッチンシンクであって、前記有機無機複合クリア塗膜は、下記一般式(1)のリン酸エステル化合物を含む、キッチンシンクを用いる。
【化1】


[式(1)において、R、Rは、それぞれ独立に水素原子、メチル基またはエチル基を表し、Rは炭素数が1〜8のアルキル基を表し、aは1または2を表し、n、mはそれぞれ独立に1〜30を表す]

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐温水性に優れるステンレス鋼製キッチンシンクに関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼製キッチンシンクは、靭性、弾性特性に優れるため、茶碗等の食器が落下された場合も割れにくいという特性を有する。また、ステンレス鋼製キッチンシンクはステンレス鋼特有の美麗な外観を有する。これらの優れた特性から、ステンレス鋼製キッチンシンクは、業務用キッチンや、一般住宅のキッチン等に幅広く使用されている。
【0003】
しかし、ステンレス鋼製キッチンシンクは、表面硬度が低いため、疵付き易いことや、汚れやすいという問題がある。疵や汚れはステンレス鋼製キッチンシンクの外観を著しく損ねる。そこで、耐疵付き性、耐汚染性を改善するため、ステンレス鋼製キッチンシンクに塗装を施すことが提案されている。ところが、従来の塗装を施したステンレス鋼製キッチンシンクは、温水にさらされたときの塗膜とステンレス鋼板の密着性(「耐温水密着性」ともいう)が十分でないという課題が残されていた。
【0004】
耐温水密着性は、ステンレス鋼板の表面状態や鋼板表面に存在する酸化皮膜に大きく影響される。シンク基材に常用されているステンレス鋼板のBA材は、加工後に十分脱脂しても温水環境下での塗膜密着性が十分でない。この原因は、ステンレス鋼板が焼鈍される際に、ステンレス鋼板表面の酸化皮膜に、Si、Mn等の酸化物が濃縮されるためと考えられる。つまり、化学的に不活性なSi、Mnの酸化物がステンレス鋼板表面に濃縮されると、鋼板表面が塗料で濡れにくくなり、鋼板表面と塗膜が十分に結合されない部分が生じ、これにより耐温水密着性が低下すると考えられる。すなわち、従来のステンレス鋼板表面に直接塗料を塗装する方法では、満足の行く耐温水密着性は得られなかった。
【0005】
このようなことから、発明者らはこれまでに、シンク形状に絞り加工されたステンレス鋼板の表面に、OH基を有する酸化物層を介し有機無機複合クリア塗膜が設けられたキッチンシンク(特許文献1)や、有機無機複合クリア塗膜がフッ素樹脂塗膜を介して基材表面に設けられているキッチンシンク(特許文献2)を提案している。
【特許文献1】特開2007−126904号公報
【特許文献2】特開2007−126905号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記特許文献1、2の発明により、BA材のような耐温水密着性が十分でないステンレス鋼板を用いても耐温水密着性に優れたシンクを提供できる。しかし、これらの文献に記載の方法は、有機無機複合クリア塗膜を形成する前に、OH基を有する酸化物層、またはフッ素樹脂塗膜をステンレス鋼板表面に形成する工程が必要となる。この工程は、具体的にはスプレー等で処理液や塗料をステンレス鋼板表面に塗布した後、10〜20分間焼付け乾燥することにより行われる。従って、塗装工程が二回必要となり生産性に優れるとはいえなかった。特に、塗装設備と焼付け設備が一つしかない製造ラインの場合には、製造ラインを二回通す必要があり、生産性が十分でないという問題があった。
【0007】
本発明は、かかる事情に鑑み、耐温水密着性と生産性に優れたステンレス鋼製キッチンシンクを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは鋭意検討した結果、シンク形状に加工されたステンレス鋼板の上に、特定のリン酸エステルを含有する有機無機クリア塗膜を形成してなるキッチンシンクにより前記課題が解決されることを見出し、本発明を完成させた。すなわち、前記課題は以下の本発明により解決される。
【0009】
[1]シンク形状に加工されたステンレス鋼板からなる基材と、
前記基材の上に設けられた有機無機複合クリア塗膜を含むキッチンシンクであって、
前記有機無機複合クリア塗膜は、下記一般式(1)のリン酸エステル化合物を含む、キッチンシンク。
【化1】

式(1)において、R、Rは、それぞれ独立に水素原子、メチル基またはエチル基を表し、
は炭素数が1〜8のアルキル基を表し、
aは1または2を表し、
n、mはそれぞれ独立に1〜30を表す。
[2]前記リン酸エステル化合物は、前記一般式(1)において、Rが水素原子、Rがメチル基、Rがブチル基、aが1の化合物である、[1]記載のキッチンシンク。
[3]前記基材は、BA仕上げ、酸洗仕上げ、研磨仕上げ、またはエンボス加工されたステンレス鋼板である[1]または[2]記載のキッチンシンク。
[4]前記有機無機複合クリア塗膜は、
(A)アルコキシシランまたはオルガノアルコキシシランの部分加水分解縮合物、
(B)不飽和エチレン性単量体の重合体、および
(C)シリカ、をさらに含み、
前記(A)〜(C)の合計量に対して、前記(A)の含有量は20〜70質量%、前記(B)の含有量は20〜70質量%、前記(C)の含有量は10〜60質量%である、[1]〜[3]いずれかに記載のキッチンシンク。
[5]前記(B)不飽和エチレン性単量体の重合体は、アクリルシリコン樹脂を含む、[1]〜[4]いずれかに記載のキッチンシンク。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、耐温水密着性と生産性に優れたステンレス鋼製キッチンシンクを提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
1.キッチンシンク
本発明のキッチンシンクは、シンク形状に加工されたステンレス鋼板からなる基材、当該基材の上に設けられた有機無機複合クリア塗膜を含み、かつ当該有機無機複合クリア塗膜は、前記一般式(1)の化合物を含むことを特徴とする。以下各部材について説明する。
【0012】
(1)基材
本発明のキッチンシンクは、シンク形状に加工されたステンレス鋼板からなる基材を含む。基材は、所定形状に加工できるステンレス鋼板であれば限定されないが、絞り加工、特に深絞り加工でシンク形状に加工できるステンレス鋼板が好ましい。このようなステンレス鋼板の例には、オーステナイト系、フェライト系のステンレス鋼板が含まれる。ステンレス鋼板は、外観性に優れるため、BA仕上げされていることが好ましい。また、ステンレス鋼板に、研磨仕上げ、酸洗仕上げ等がなされると、表面から、塗膜密着性に有害なSi、Mnの濃化層が除去されるため好ましい。さらには、ステンレス鋼板はエンボス加工されたものでもよい。
【0013】
本発明のキッチンシンクの製造方法については後述するが、予めステンレス鋼板をシンク形状に絞り加工して基材とすることが好ましい。ステンレス鋼板をシンク形状に絞り加工する方法は、公知の方法を用いてよい。シンク形状に加工された基材は、必要に応じアルカリ脱脂、酸洗、リン酸塩処理の前処理が施されてもよい。本発明においてステンレス鋼板は、鋼板または原板とも呼ばれる。
【0014】
(2)有機無機複合クリア塗膜
有機無機複合クリア塗膜とは、金属酸化物等の無機系材料のマトリックス中に有機高分子化合物等の有機材料が複合化された塗膜であって、透明な塗膜をいう。以下、有機無機複合クリア塗膜を単に「本発明の塗膜」ということがある。
【0015】
1)リン酸エステル化合物
本発明の有機無機複合クリア塗膜は、下記一般式(1)で表されるリン酸エステル化合物(以下「本発明のリン酸エステル」ともいう)を含む。本発明のリン酸エステル化合物は、末端にリン酸基由来の水酸基を1または2個有する。当該水酸基は鋼板表面に存在する水酸基と脱水縮合しうるため、鋼板と塗膜の密着性を向上させると考えられる。従って、「塗膜が本発明のリン酸エステルを含む」とは、リン酸エステルの水酸基が鋼板表面の水酸基と脱水縮合して塗膜に存在していることも含む。
【0016】
また、本発明のキッチンシンクは、後述するとおり、所望の形状に加工された鋼板に、本発明の有機無機複合クリア塗膜を与えうる塗料を塗装して製造することが好ましい。この際に、塗料が、下記一般式(1)で表されるリン酸エステル化合物を含むと、塗料の脱泡性が著しく向上する。そのため、気泡をほとんど含有しない塗膜を形成できる。特に、鋼板と塗膜の界面に存在する気泡を低減できるため、塗膜と鋼板の密着性をより向上させるとともに、塗膜と鋼板の界面に水が浸透することを低減できると考えられる。塗膜と鋼板の界面に水が浸透しにくいキッチンシンクは耐温水密着性に優れる。
【0017】
この優れた脱泡性は、塗料の表面張力が低下したことによると推察される。そこで、本発明のリン酸エステルを含む塗料を調製して表面張力を測定したところ、当該塗料の表面張力は25dyne/cmであり、本発明のリン酸エステルを含まない塗料の表面張力は28dyne/cmであることが確認された。また、発明者らは、アルミ板に対するこれらの塗料の接触角を測定した。その結果、本発明のリン酸エステルを含む塗料の接触角は14度、本発明のリン酸エステルを含まない塗料の接触角は20度であった。接触角の低い塗料は、当然に基材との濡れ性も良好になることから、鋼板と塗膜の密着性が向上する。
【0018】
以上から、本発明のリン酸エステルは、塗膜の表面張力を低下させ、塗料からの脱泡性を向上させることにより、鋼板と塗膜の界面に存在する気泡を低減できるといえる。また、本発明のリン酸エステルは、鋼板との塗れ性を向上させることにより、塗膜と鋼板の密着性を向上できる。さらに、本発明のリン酸エステルは鋼板表面に存在する水酸基と化学的に結合しうるため、塗膜と鋼板の密着性をより向上できる。このようなメカニズムにより、一般式(1)で示されるリン酸エステルを含む塗膜を有するキッチンシンクは、耐温水密着性に優れると考えられる。
【0019】
【化2】

【0020】
式(1)において、R、Rは、それぞれ独立に水素原子、メチル基またはエチル基を表す。それぞれ独立にとは、RとRは同じであってもよいし、異なっていてもよいことを意味する。しかしながら、本発明においては、両者は異なっていることが好ましい。両者が同一であると、結晶性の度合いが高くなることがあり、溶剤等への溶解性が低下することがあるからである。RとRは一方が水素原子であって、他方がメチル基であることが好ましく、Rが水素原子であって、Rがメチル基であることがより好ましい。前記の鋼板と塗膜の密着性を向上させる効果をより発現しやすいからである。
【0021】
は炭素数が1〜8のアルキル基を表すが、ブチル基が好ましい。ブチル基の例には、n−ブチル基、iso−ブチル基、ter−ブチル基が含まれるが、n−ブチル基が好ましい。前記の鋼板と塗膜の密着性を向上させる効果をより発現しやすいからである。本発明において記号「〜」は、その両端の数値を含む。
【0022】
aは1または2を表すが、1であることが好ましい。
n、mはそれぞれ独立に1〜30を表すが、それぞれ2〜15であることが好ましく、3〜7であることがより好ましい。
【0023】
本発明のリン酸エステルの分子量は、数平均分子量が500〜2000であることが好ましく、800〜1500であることがより好ましい。数平均分子量は、GPCによりポリスチレン換算して求めてよい。
【0024】
本発明のリン酸エステルの含有量は、乾燥塗膜中0.3〜7質量%であることが好ましく、0.5〜1.0質量%であることがより好ましい。前記量が、0.3%未満あるいは7質量%を超える場合は、耐温水密着性向上が十分でないことがある。
【0025】
2)塗膜の主成分
本発明の塗膜は、前述のとおり、金属酸化物等の無機系材料のマトリックス中に有機高分子化合物等の有機材料が複合化された塗膜である。本発明においては、無機材料がアルコキシシランの加水分解縮合物またはシリカであり、有機材料がアクリル系の樹脂であることが好ましい。中でも、本発明の塗膜は、(A)アルコキシシランまたはオルガノアルコキシシラン部分加水分解縮合物と、(B)不飽和エチレン性単量体の重合体と、(C)シリカを含むことが好ましい。さらに、(A)〜(C)の合計量に対して、(A)は20〜70質量%、(B)は20〜70質量%、(C)は10〜60質量%であることが好ましい。
【0026】
(A)アルコキシシランまたはオルガノアルコキシシラン加水分解縮合物
アルコキシシランとは、一般式(2)で表される化合物である。
Si(OR) (2)
Rはそれぞれ独立に炭素数1〜4のアルキル基またはアリール基である。アルコキシシランの加水分解縮合物とは、前記式(2)の一部または全部のOR基が加水分解されてOH基になり、そのOH基が縮合した化合物をいう。本発明においては、Rはメチル基であることが好ましい。
【0027】
オルガノアルコキシシランとは、一般式(3)で表される化合物である。
X−Si(OR) (3)
Xは一価の有機基であり、その例には炭素数1〜3のアルキル基、ビニル基、3,4−エポキシシクロヘキシルエチル基、γ−グリシドキシプロピル基、γ−メルカプトプロピル基、γ−クロロプロピル基が含まれる。Rは前記式(2)と同様に定義される。オルガノアルコキシシランの加水分解縮合物とは、前記式(3)の一部または全部のOR基が加水分解されてOH基になり、そのOH基が縮合した化合物をいう。
【0028】
本発明においては、(A)成分であるアルコキシシランまたはオルガノアルコキシシラン加水分解縮合物の80質量%以上が、式(3)においてXとRがメチル基であるメチルトリメトキシランの加水分解縮合物であることが好ましい。得られる塗膜の硬度が高くなるからである。
【0029】
(A)成分の含有量は、(A)と(B)と(C)成分の合計(「固形分総量」ともいう)に対して、20〜70質量%の範囲が好ましく、50〜30質量%であることがより好ましい。前記値が20質量%未満では塗膜の密着性が低下することがある。一方、前記値が70質量%を超えると塗膜の耐疵付き性が低下することがある。
【0030】
(B)不飽和エチレン性単量体は、本発明の塗膜の有機材料ソースとなる。不飽和エチレン性単量体の例には、以下の化合物が含まれる。
メチルアクリレート、エチルアクリレート、2−エチルヘキシル(メタ)アクリレート、t−ブチル(メタ)アクリレート、2−ヒドロキシメチル(メタ)アクリレート、2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、2−ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、n−ブチル(メタ)アクリレート、イソブチル(メタ)アクリレート、グリシジル(メタ)アクリレート、ジメチルアミノエチル(メタ)アクリレート、ジエチルアミノエチル(メタ)アクリレート、メトキシジエチレングリコール(メタ)アクリレート、メトキシテトラエチレングリコール(メタ)アクリレート、アリル(メタ)アクリレート等のアクリル酸エステルやメタクリル酸エステル。
【0031】
γ−(メタ)アクリロキシプロピルトリメトキシシラン等のγ−(メタ)アクリロキシアルキルトリアルコキシシシラン。
その他、スチレン等のビニル基含有化合物。
【0032】
これらの単量体(「モノマー」ともいう)は、単独で用いてもよいが、複数を併用してもよい。中でも本発明においては、(B)成分として、γ−(メタ)アクリロキシプロピルトリメトキシシラン等のγ−(メタ)アクリロキシアルキルトリアルコキシシシランを用いることが好ましい。このモノマーの重合体は、(メタ)アクリル基が重合してなる有機材料部分と、アルコキシシランが加水分解反応して生成されたシラノール部分を有する、いわゆるアクリルシリコン樹脂である。シラノールは、縮合反応により金属酸化物(無機材料)を形成する。すなわち、アクリルシリコン樹脂は、有機成分と無機成分のいずれにも親和性を有するため、有機無機複合塗膜としたときに、塗膜の強度等を向上させる。よって、γ−(メタ)アクリロキシアルキルトリアルコキシシシランは、本発明の塗膜の原料として好適である。
【0033】
この際、γ−(メタ)アクリロキシアルキルトリアルコキシシシランは単独で用いてもよいが、前記例示のアクリル酸エステルやメタクリル酸エステルと併用されることがより好ましい。有機材料部分と無機材料部分のバランスに優れるポリマーを与えるからである。γ−(メタ)アクリロキシアルキルトリアルコキシシシランと前記例示のアクリル酸エステル等との配合比は、γ−(メタ)アクリロキシアルキルトリアルコキシシシラン1質量部に対して、前記例示のアクリル酸エステル等を1〜5質量部とすることが好ましい。
【0034】
また、アクリルシリコン樹脂は、塗装工程で塗膜表面に移行しやすいことが知られている。このため塗膜の表面に非粘着性を付与する。よって、サラダ油等の汚れが付着しても塗膜表面との結合力が弱いので流水洗浄で容易に除去できる。アクリルシリコン樹脂を含む塗膜を有するキッチンシンクは、防汚性に優れ、長期にわたって美麗な外観が維持される。
【0035】
(B)成分の含有量は、固形分総量に対し20〜70質量%であることが好ましく、20〜40質量%であることがより好ましい。この値が20質量%未満であると、数μm以上の膜厚の塗膜が得られにくく、熱収縮等で塗膜にクラックが発生することがある。逆に前記値が70質量%を超えると、塗膜硬度が低下して十分な耐疵付き性が得られないことがある。
【0036】
本発明の塗膜は(C)シリカを含んでいることが好ましい。シリカとは二酸化珪素のことである。本発明の塗膜は、コロイダルシリカがゲル化して形成されたシリカを含んでいることがより好ましい。(C)成分の含有量は、固形分総量に対し10〜60質量%であることが好ましく、10〜30質量%であることがより好ましい。
【0037】
本発明の塗膜は、無機成分を含むため膜の硬度が高く、優れた耐疵付き性を有する。しかしながら、さらに耐疵付き性を向上させるために、一般的に使用されている潤滑剤を塗膜に含ませてもよい。例えば、潤滑性を有する樹脂粉末を本発明の塗膜に配合すると、樹脂粉末の潤滑作用により、耐疵付き性が一層向上する。
潤滑性を有する樹脂粉末の例には、PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)、PE(ポリエチレン)−PTFE、PAN(ポリアクリロニトリル)、シリコーンレジン等が含まれる。これらは単独で用いてもよいが、複数を併用してもよい。
また、本発明の塗膜は、公知の界面活性剤等を含んでいてもよい。
【0038】
本発明の塗膜の厚みは、1〜30μmであることが好ましい。厚みが1μm未満であると、薄膜の均一性が失われやすい。また、膜厚が30μmを越えると塗膜の外観がゆず肌状になったり、ワキが発生しやすくなる。
【0039】
本発明の塗膜は透明である。透明性は、クリア塗膜の光透過率から判定できる。本発明では光透過率50%以上を透明という。具体的に透明性は、本発明の塗料をBA仕上げステンレス鋼板に10μmの乾燥膜厚で塗装した鋼板を準備し、ダブルビーム、ダイノードフィードバックによるダイレクトレシオ方式の分光光度計を用いて、前記鋼板に、波長500nmの可視光を照射したときの光透過率で評価される。光透過率は、前記測定値を式:E=−logT=log(I/I)〔E:吸光度、T:光透過率、I:入射光強度、I=透過率強度〕に代入することにより、算出される。
【0040】
2.塗料
本発明の塗膜は、前記(A)〜(C)と本発明のリン酸エステル化合物を含む塗料から形成されることが好ましい。塗料は、所望の量の前記成分を溶媒に溶解または分解させて調製してよい。溶媒としては、低級脂肪族アルコール、グリコール誘導体等の混合溶媒が好ましい。また塗料は、水性コロイダルシリカ等に由来する少量の水を含んでいてもよい。低級脂肪族アルコールの例には、メタノール、エタノ−ル、プロパノール、イソプロパノール、n−ブタノール、t−ブタノールが含まれる。グリコ−ル誘導体の例には、エチレングリコール、プロピレングリコール、ブチレングリコール、エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールモノブチルエーテル、酢酸エチレングリコールモノエチルエーテルが含まれる。
【0041】
本発明の塗料は、特に(C)として酸性のコロイダルシリカを用い、これに(A)成分としてオルガノアルコキシシランを添加し、よく攪拌する工程を含んで調製されることが好ましい。オルガノアルコキシシランは酸性雰囲気下においては、加水分解が進行しやすいからである。
【0042】
本発明の塗料は保存安定性を維持するため、好ましくはpH3〜6.5、より好ましくはpH3〜5の範囲に調整される。pHは公知の方法で調整してよい。前述のとおり、原料として酸性のコロイダルシリカを用いるとそもそも酸性になりやすいが、この場合、アンモニア水や、トリエタノールアミン、ジメチルアミノエーテル等の有機アミン類を適宜添加して、所期のpHに調整してよい。
【0043】
本発明で用いるコロイダルシリカは、平均粒径が150nm以下であるシリカ粒子が溶媒に分散しているものが好ましく、平均粒径が30nm以下であるシリカ粒子が溶媒に分散しているものがより好ましい。さらに、前記溶媒は、水またはアルコールであることが好ましく、前記シリカ粒子の含有量は、コロイド溶液中10〜60質量%であるものが好ましい。
【0044】
続いて、この混合物に、本発明のリン酸エステル化合物や(B)成分や溶媒を添加してよい。溶媒の量は、固形分総量が、塗料中20〜40質量%となるように添加されることが好ましい。
【0045】
3.キッチンシンクの製造方法
本発明のキッチンシンクは発明の効果を損なわない範囲で任意に製造されうるが、以下好ましい製造方法を説明する。
【0046】
本発明のキッチンシンクは、(a)シンク形状に絞り加工されたステンレス鋼板からなる基材を準備する工程と、(b)前記基材表面に本発明の塗料を塗装する工程を含む方法で製造されることが好ましい。
【0047】
(a)工程
本工程では、シンク形状に絞り加工されたステンレス鋼板からなる基材を準備する。準備する手段は特に限定されないが、既に述べたとおりの方法で準備してもよいし、購入して準備してもよい。
【0048】
(b)工程
本工程では、前記基材表面に本発明の塗料を塗装する。本発明の塗料は、既に述べた方法で調製できる。
塗料は、基材に塗布され塗布膜を形成する。その後、塗布膜を乾燥して塗膜が形成される。基材はすでにシンク状に加工されているため、本工程においては、スプレーにより塗布されることが好ましい。一般に、スプレー塗装は空気を巻き込みやすいため、塗膜に気泡が入りやすい。気泡は鋼板と塗膜の界面に入りやすく、特に鋼板がエンボス加工されていると、その度合いは顕著になる。しかし、本発明の塗料は既に述べたとおり、特定のリン酸エステル化合物を含んでいるため、気泡を巻き込みにくい。従って、本発明の塗料により、耐温水密着性に優れたキッチンシンクが得られる。
【0049】
このように、本発明においては、1回の塗装工程で、耐温水密着性に優れたキッチンシンクを製造できる。よって、本発明のキッチンシンクは生産性と耐温水密着性に優れているといえる。
【0050】
本発明においては、塗料を塗布して得た未乾燥の膜を「塗布膜」、塗布膜を乾燥させたものを「塗膜」という。塗布膜の乾燥温度は特に限定されないが、到達板温度が150〜300℃となるように焼付けられることが好ましい。焼付け温度が150℃未満であると、本発明のリン酸エステル化合物と基材表面に存在する水酸基との反応が起こりにくく、基材と塗膜の密着性が十分でないことがある。一方、前記温度が300℃を超えると塗膜にクラックが入り、温水環境下での塗膜密着性、すなわち耐水密着性が低下することがある。塗布膜の厚みは、塗膜としたときに既に述べたとおりの厚みになるように適宜調整される。
【実施例】
【0051】
[実施例1]
酸性の水性コロイダルシリカ分散液:21.2g(平均粒径:10〜20nm、固形分:20質量%)をメタノール性コロイダルシリカ分散液:38.8g(平均粒径:10〜20nm、固形分:30質量%)と混合した。この混合物に、メチルトリメトキシシラン:13.9gを加え、室温で5時間撹絆して加水分解を完了させた。得られた混合物にイソプロパノールを添加し、固形分:20質量%のコロイダルシリカ、オルガノアルコキシシランの分散液Aを得た。
【0052】
メチルメタクリレート:20g、γ−メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン:10gの混合物をイソプロパノール:20g、エチレングリコールモノブチルエーテル150gの混合溶媒で希釈し、定法により80℃で6時間重合させて、不飽和エチレン性単量体の重合体を含む樹脂溶液Bを得た。当該溶液は、固形分が30質量%であった。
【0053】
分散液A:83gと樹脂溶液B:22gを混合し、pH4.5の塗料1を調製した。この塗料に、本発明のリン酸エステル化合物を含む表面調整剤A(ビックケミー・ジャパン製Disperbyk−142)を乾燥塗膜に対して1質量%添加した。表面調整剤Aは、本発明のリン酸エステル化合物を主成分とするが、他成分として界面活性剤を含むため、表2に示すようなアミン価を有する。
【0054】
塗装原板にはエンボス加工を施した板厚が0.7mmのSUS304ステンレス鋼板を用い、シンク形状に絞り加工した。当該基材にアルカリ脱脂処理、水洗処理、乾燥処理を施した後、前記塗料をスプレー塗装した。その後、塗布膜を到達板温度180℃で20分間乾燥させて、膜厚が1μmの有機無機複合クリア塗膜が形成されたキッチンシンクを得た。
【0055】
このようにして得たステンレス鋼製キッチンシンクの底部から試験片を切り出し、耐温水密着試験、外観評価、耐摩耗性試験を行った。結果を表1に示す。
1)耐温水密着試験
85℃の温水に試験片を168時間連続して浸漬した後、乾燥し、テープ剥離を行い、塗膜密着性により評価した。評価基準は以下のとおりとした。
◎:剥離なし
○:テープを貼った面積に対する剥離部の面積の割合が10%以下
△:前記割合が10%を超えて50%以下
×:前記割合が50%を超える
【0056】
2)外観評価
目視により、以下の基準で評価した。
○:良好、×:ゆず肌
【0057】
3)耐摩耗試験
試験片の上に、4cm角のSUS304BA材を置き、ラビングテスターに図1に示すようにセットした。このとき、サンプルに31g/cmの荷重がかかるようにした。続いて、図の矢印方向にラビングテスターとともにSUS304BA材をスライドさせ、30000回往復させた。試験終了後の試験片のSUS304BA材で擦られた面(「摺動面」ともいう)を観察して、以下の基準により、耐摩耗性を評価した。
◎:「原板が露出した面積」の摺動面に占める割合が10%以下
○:前記割合が10%を超えて50%以下
△:前記割合が50%を超えて80%以下
×:前記割合が80%を超える
図1において、1は試験片、2はSUS304BA材、3はラビングテスターの可動部である。
【0058】
[実施例2〜5]
表面調整剤A(ビックケミー・ジャパン製Disperbyk−142)の添加量と、塗膜厚みを表1に示す値とした以外は実施例1と同様にして、キッチンシンクを製造し、同様の評価を行った。結果を表1に示す。
【0059】
[比較例1]
エンボス加工を施した板厚が0.7mmのSUS304ステンレス鋼板を用い、シンク形状に絞り加工した。塗装を施すことなく、実施例1と同様にして試験片を切り出し、同様に評価した。
【0060】
[比較例2、3]
表面調整剤A(ビックケミー・ジャパン製Disperbyk−142)を含まない以外は、塗料1と同様にして、比較用塗料R1を準備した。当該塗料を用いて、塗膜厚みを表1に示す値とした以外は実施例1と同様にして、キッチンシンクを製造し、同様の評価を行った。結果を表1に示す。
【0061】
[比較例4]
表面調整剤A(ビックケミー・ジャパン製Disperbyk−142)に代えて、表面調整剤B(ビックケミー・ジャパン製Disperbyk−106)を2.5質量%用いた以外は、塗料1と同様にして、比較用塗料R2を準備した。当該塗料を用いて、塗膜厚みを表1に示す値とした以外は実施例1と同様にして、キッチンシンクを製造し、同様の評価を行った。結果を表1に示す。表面調整剤Bは、酸性基を有するポリマー塩を主成分とする。その性状を表2に示した。
【0062】
[比較例5]
表面調整剤A(ビックケミー・ジャパン製Disperbyk−142)に代えて、表面調整剤C(ビックケミー・ジャパン製Disperbyk−182)を2.5質量%用いた以外は、塗料1と同様にして、比較用塗料R3を準備した。当該塗料を用いて、塗膜厚みを表1に示す値とした以外は実施例1と同様にして、キッチンシンクを製造し、同様の評価を行った。結果を表1に示す。表面調整剤Cは、ブロック共重合体を主成分とする。その性状を表2に示した。
【0063】
【表1】

【0064】
【表2】

【0065】
表1の結果から、本発明のキッチンシンクは、耐温水密着性、外観性、耐摩耗性に優れることが明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明のキッチンシンクは、生産性、耐温水密着性、さらには外観性や耐摩耗性にも優れるため、個人住宅用のシステムキッチンや、業務用のキッチンに好適である。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】耐摩耗試験を示す図
【符号の説明】
【0068】
1 試験片
2 SUS304BA材
3 ラビングテスターの可動部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シンク形状に加工されたステンレス鋼板からなる基材と、
前記基材の上に設けられた有機無機複合クリア塗膜を含むキッチンシンクであって、
前記有機無機複合クリア塗膜は、下記一般式(1)のリン酸エステル化合物を含む、キッチンシンク。
【化1】

[式(1)において、R、Rは、それぞれ独立に水素原子、メチル基またはエチル基を表し、
は炭素数が1〜8のアルキル基を表し、
aは1または2を表し、
n、mはそれぞれ独立に1〜30を表す]
【請求項2】
前記リン酸エステル化合物は、前記一般式(1)において、Rが水素原子、Rがメチル基、Rがブチル基、aが1の化合物である、請求項1記載のキッチンシンク。
【請求項3】
前記基材は、BA仕上げ、酸洗仕上げ、研磨仕上げ、またはエンボス加工されたステンレス鋼板である、請求項1記載のキッチンシンク。
【請求項4】
前記有機無機複合クリア塗膜は、
(A)アルコキシシランまたはオルガノアルコキシシランの部分加水分解縮合物、
(B)不飽和エチレン性単量体の重合体、および
(C)シリカ、をさらに含み、
前記(A)〜(C)の合計量に対して、前記(A)の含有量は20〜70質量%、前記(B)の含有量は20〜70質量%、前記(C)の含有量は10〜60質量%である、請求項1記載のキッチンシンク。
【請求項5】
前記(B)不飽和エチレン性単量体の重合体は、アクリルシリコン樹脂を含む、請求項1記載のキッチンシンク。

【図1】
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【公開番号】特開2009−191583(P2009−191583A)
【公開日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−36402(P2008−36402)
【出願日】平成20年2月18日(2008.2.18)
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)
【出願人】(000002222)サンウエーブ工業株式会社 (196)
【Fターム(参考)】