説明

キトサンとコラーゲンを含む構造体

【課題】低い組織接着性を有する癒着防止材料に適したキトサン及びコラーゲンの混合物からなる構造物を提供すること。
【解決手段】キトサン及びコラーゲンの混合物からなる構造物であって、(i)キトサンの脱アセチル度が50%〜70%であり、(ii)キトサンとコラーゲンの重量比が70/30以上80/20以下である、上記構造物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、キトサンとコラーゲンを含む構造体に関する。
【背景技術】
【0002】
手術後の臓器間の癒着は程度の差はあれ、ほとんどの手術で起こり、しばしば再手術を必要とする。さらに重篤な場合は死にまで至らしめる。従って、外科医師は手術後の臓器間の癒着を防止できる癒着防止材料の開発を求めている。癒着は組織修復の過程で生成されるコラーゲン繊維により引き起こされる。特に、炎症や血液が多く存在する部分で頻発する。すなわち、炎症細胞が血液から生成されるフィブリンを足場として繊維形成されることにより癒着が起こる。
【0003】
癒着防止効果を示す方法論としては大きく、1.抗炎症剤の投与、2.臓器間の物理的な隔離が行われている。前者に対しては、副作用として通常の組織修復の過程を阻害する効果もあるため、現在のところ癒着防止を狙った処置としては後者の臓器間の物理的な隔離が主流である。
【0004】
臓器間の物理的隔離を狙った癒着防止材料として求められる性質としては、1.非炎症性である、2.細胞非接着性である、3.適度な生体内分解性(通常1週間から1ヶ月程度)、4.適度な組織接着性(材料が臓器から剥がれない程度)、5.適度な操作性が挙げられる。
【0005】
これまで、Seprafilm(カルボキシメチルセルロース−ヒアルロン酸ナトリウム)やInterceed(ポリテトラフルオロエチレン)等が上市されている。しかしながらこれらの製品も癒着防止材料として要求される性質を完全に満たしているとはいえない。すなわち、前者では、適度な組織接着性や操作性(濡れた際にフィルムが術者の手にこびりついて扱いづらい)が、後者では生体内分解性に問題がある。特に、心臓血管外科領域では、術後に漏出する血液を排出するチューブを塞ぐ恐れがあるため、使用することができないのが現状である。
【0006】
上記の問題点を解決するべく、ゼラチンを用いた癒着防止膜が開示されている。(特許文献1)しかし、この材料は天然ゼラチンから構成されているため、上記1〜3の課題を精密に設計することはできなかった。また、抗菌性においても課題があった。また、上記の癒着防止膜はゼラチンが熱架橋されているため、タンパク質分子が切断されてしまい、所望の効果を発揮できない可能性がある。
【0007】
一方、キトサンは、工業的には主として、カニやエビなどの甲殻類の外骨格から得られるキチンを、濃アルカリ中での煮沸処理等により脱アセチル化して得られるアミノ多糖類である。一般に酢酸水溶液に容易に溶解し、その溶解液からフィルム、繊維、スポンジなど種々の成形体を作成することが可能であるため、化粧品分野、医療分野、食品分野などで広く使用され、天然の素材として好ましく使用されており、カチオン性の性質を有するため、組織への吸着性が高いという性質を利用し、生体表面で用いるための創傷被覆剤、癒着防止剤として用いられており、その抗菌活性も広く知られているところである。
【0008】
特に生体表面又は生体内で用いる材料としてキトサンを用いる場合、生物的、化学的、物理的、および構造的要素の最適化が必要である。これらの総和として得られる生体内分解性は生体内で用いる材料にとって最も重要な要素の一つであるが、生体に存在しない多糖類であるキトサン単独では好ましい範囲にすることが困難な場合があり、生体由来の別の高分子との複合材料が検討されている。
【0009】
このうち、生体由来高分子であるコラーゲンの複合材は従来から検討されており、人工皮膚、人工血管又は創傷被覆材、癒着防止剤としての用途が検討されている(特許文献2,3)が、作成されたキトサン/生体由来高分子複合体における分解性と接着性の両立は達成されていなかった。
【0010】
【特許文献1】特開2007−44080号公報
【特許文献2】特開昭56−133344
【特許文献2】特開昭63−59706
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、上記した従来技術の問題点を解消することを解決すべき課題とした。即ち、本発明は、低い組織接着性を有する癒着防止材料に適したキトサン及びコラーゲンの混合物からなる構造物を提供することを解決すべき課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記問題点を解決すべく鋭意検討した結果、キトサン及びコラーゲンの混合物からなる構造物において、脱アセチル度50%〜70%のキトサンを使用し、かつキトサンとコラーゲンの重量比を70/30以上80/20以下とすることによって、低い組織接着性を有する構造物を製造できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
即ち、本発明によれば、キトサン及びコラーゲンの混合物からなる構造物であって、(i)キトサンの脱アセチル度が50%〜70%であり、(ii)キトサンとコラーゲンの重量比が70/30以上80/20以下である、上記構造物が提供される。
【0014】
好ましくは、コラーゲンは遺伝子組み換えコラーゲンである。
好ましくは、本発明の構造物は、脱アセチル度50%〜70%のキトサン、及びコラーゲンを、キトサンとコラーゲンの重量比が70/30以上80/20以下となる量で溶媒中に溶解することによって溶液を製造し、次いで該溶液を乾燥することによって製造される。
【0015】
さらに本発明によれば、脱アセチル度50%〜70%のキトサン、及びコラーゲンを、キトサンとコラーゲンの重量比が70/30以上80/20以下となる量で溶媒中に溶解することによって溶液を製造し、次いで該溶液を乾燥することを含む、上記した本発明の構造物の製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0016】
本発明により、低い組織接着性を有する癒着防止材料に適したキトサン及びコラーゲンの混合物からなる構造物を提供することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
<キトサン>
本発明で用いるキトサンとは、カニ、エビ等甲殻類の外骨格等に含まれるアミノ多糖類キチンの脱アセチル化物のことで、化学構造は、グルコサミン又はグルコサミンと少量のN−アセチルグルコサミンを繰り返し単位とする天然高分子である。一般的にはキトサンは甲殻類の外骨格などをアルカリ水溶液で脱蛋白し、塩酸水溶液で脱カルシウム処理して得られるキチンを、さらに苛性ソーダなどの高濃度アルカリ水溶液で脱アセチル化したものを言う。一般的には、キトサンの脱アセチル化度は任意に調節が可能である。これらは水に溶解せず酢酸をはじめとした有機溶媒を含有する水溶液に溶解する性質がある。
【0018】
キトサンの製造方法は、例えば新鮮な紅ズワイガニ殻を苛性ソーダなどの希アルカリ水溶液処理により脱蛋白処理し、塩酸などの希酸水溶液により脱カルシウム処理することによって得たキチンを、40〜60wt%程度の濃いアルカリ水溶液中で90℃程度以上の温度を保持しながら、5〜20時間程度処理が一般的である。この製造で得られるものは通常固形のフレーク状であり、乾燥してこれを粉末として使用するのが一般的である。得られたキトサンは、高分子であり精製後も高い分子量を有するが、一般的には10万〜300万程度である。通常分子量は、一定の酢酸水溶液に溶解させて、溶液粘度を測定し、管理することが出来る。標準の粘度測定は、通常0.5wt%のキトサンを、酢酸水溶液に溶解し、20℃にてB型粘度計で粘度を測定する。 通常のキトサンの粘度は、上記の測定方法で、3〜500mPa・sであり、一般的には10〜250mPa・sである。例えば、分子量約30万のキトサンの溶液粘度は約10mPa・sである。
【0019】
<コラーゲン>
本明細書でいう「コラーゲン」とは、コラーゲンに特徴的なGXY部分を有するコラーゲン又はゼラチンのことを意味する。本明細書において、「コラーゲン」「ゼラチン」の語が混在することがあるが、何れも上記を意味する。コラーゲンに特徴的なGXY部分とは、ゼラチン・コラーゲンのアミノ酸組成および配列における、他のタンパク質と比較して非常に特異的な部分構造である。この部分においてはグリシンが全体の約3分の1を占め、アミノ酸配列では3個に1個の繰り返しとなっている。グリシンは最も簡単なアミノ酸であり、分子鎖の配置への束縛も少なく、ゲル化に際してのヘリックス構造の再生に大きく寄与している。X及びYであらわされるアミノ酸はイミノ酸(プロリン、オキシプロリン)が多く含まれ、全体の10%〜45%を占める。タンパク質の由来は特に限定せず、ヒト、牛、豚、魚、および遺伝子組み換え体のいずれを用いても良い
【0020】
本明細書で用いられる遺伝子組み換えコラーゲンは、例えばEP0926543B、WO02/052342、EP1063565B、WO2004085473、EP1014176A、米国特許6,992,172号などに記載の手法及びものを目的に応じて用いることができる。
【0021】
本発明で用いる遺伝子組み換えコラーゲンは当然生体適合性や非感染性には優れている。また、本発明で用いる遺伝子組み換えコラーゲンは天然のものに比して均一であり、配列が決定されているので、強度、分解性においても後述の架橋等によってブレを少なく精密に設計することが可能である。
【0022】
本明細書で用いられる遺伝子組み換えコラーゲンは、以下の特徴(1)を有するコラーゲン、及び以下の特徴(2)を有するコラーゲンが特に好ましい。
(1)構成する全アミノ酸のうち、極性アミノ酸の割合が30〜60%であり、且つ該極性アミノ酸中の無電荷アミノ酸の割合が70%以上である遺伝子組み換えゼラチン。
本発明者らは上記のアミノ酸配列を有する遺伝子組み換えゼラチンを用いることによって、ゼラチン組成物の生分解性を抑えることができることを見出した。一般的なゼラチンは極性アミノ酸のうち、電荷を持つものと無電荷のものが1:1で存在する。ここで、極性アミノ酸とは具体的にシステイン、アスパラギン酸、グルタミン酸、ヒスチジン、リジン、アスパラギン、グルタミン、セリン、スレオニン、チロシンを指し、このうち極性無電荷アミノ酸とはシステイン、アスパラギン、グルタミン、セリン、スレオニン、チロシンを指す。極性アミノ酸として好ましくはセリン、グルタミン、アスパラギンであり、これらを合計した割合が全アミノ酸の30〜60%であることがより好ましい。
【0023】
また、好ましくは、極性無電荷アミノ酸におけるグルタミン組成が30%以上80%以下であるゼラチンであり、より好ましくは40%以上60%以下である。また、極性の無電荷アミノ酸における側鎖の1級アミドに対するヒドロキシル基の割合が50%以下であることが好ましく、30%以下がより好ましい。より具体的には、グルタミン数に対するセリンとトレオニン数の和の割合が60%以下である。より好ましくは40%以上60%以下である。より好ましくは、グルタミン数に対するセリン数の割合が40%以上60%以下である。さらに好ましくは50%である。
【0024】
(2)アミノ酸配列が、1分子中3〜50個のRGD配列を含むことを特徴とする、ゼラチン。
本発明者らは上記のアミノ酸配列を有する遺伝子組み換えゼラチンを用いることによって、ゼラチン組成物の生分解性を促進することができることを見出した。
【0025】
一般にポリペプチドにおいて、RGD配列は細胞接着シグナルとして働く最小アミノ酸配列として知られている。(例えば、株式会社永井出版発行「病態生理」Vol.9、No.7(1990年)527頁)。本発明で用いる遺伝子組み換えゼラチンでは、1分子中3〜50個のRGD配列を有することが好ましく、さらに好ましくは4〜30個、特に好ましくは5〜20個である。本発明の遺伝子組み換えゼラチンにおいてはこれらの配列を制御して発現させることで目的を達成した。
【0026】
上記した(1)又は(2)に記載した遺伝子組み換えゼラチンを含めた本発明で用いる遺伝子組み換えゼラチンは、天然コラーゲンをコードする核酸により調製された実質的に純粋なコラーゲン用材料である。遺伝子組み換えゼラチンは部分的に加水分解されていてもよい。該ゼラチンは生体由来のコラーゲンの配列とのアミノ酸同一性が40%であればよく、より好ましくは50%以上である。より好ましくは80%以上、最も好ましくは90%以上である。ここで言うコラーゲンとは天然に存在するものであればいずれであっても構わない。一般に、必要とされる配列の種類は治療用途により大きく異なる。すなわち、それぞれの組織に必要なコラーゲンの配列に近いものが望ましい。例えば、軟骨を治療する材料表面の場合はII型コラーゲンの配列であることが望ましい。血管であれば、外膜はI型、内膜はIV型であることが望ましい。好ましくはI型、II型、III型、IV型、およびV型である。より好ましくは、I型、II型、III型である。別の形態によると、該コラーゲンの由来は好ましくは、ヒト、ウシ、ブタ、マウス、ラットである。より好ましくはヒトであり、最も好ましくはヒトコラーゲンα1のアミノ酸配列との相同性が80%以上である。また、遺伝子組み換えゼラチンの等電点は4〜10であり、好ましくは6〜10であり、より好ましくは7〜9である。遺伝子組み換えゼラチンはコラーゲンに特徴的なGXY部分を有し、分子量が2 KDa以上100 KDa以下である。より好ましくは2.5 KDa以上95KDa以下である。より好ましくは5 KDa以上90 KDa以上である。最も好ましくは、10 KDa以上90KDa以下である。
【0027】
遺伝子組み換えゼラチン単独では性能が不十分である場合は、他の材料と混合や複合化を行っても構わない。例えば、天然及び種類の異なる遺伝子組み換えゼラチンや他の生体高分子や合成高分子と混合しても構わない。生体高分子としては、多糖、ポリペプチド、タンパク質、核酸、抗体等があげられる。好ましくは、多糖、ポリペプチド、タンパク質である。多糖、ポリペプチド、タンパク質としては例えば、ヒアルロン酸やヘパリンに代表されるグリコサミノグリカン、キチン、キトサン、ポリ−γ−グルタミン酸、コラーゲン、ゼラチン、アルブミン、フィブロイン、カゼインが挙げられる。さらにこれらは必要に応じて部分的に化学修飾を施されていても構わない。例えば、ヒアルロン酸エチルエステルを用いても良い。
【0028】
本発明で用いる遺伝子組み換えゼラチンは用途に応じて、化学的に修飾することができる。化学的な修飾としては、遺伝子組み換えゼラチンの側鎖のカルボキシル基やアミノ基への低分子化合物あるいは各種高分子(生体高分子(糖、タンパク質)、合成高分子、ポリアミド)の導入や、遺伝子組み換えゼラチン間の架橋が挙げられる。該遺伝子組み換えゼラチンへの低分子化合物の導入としては、例えばカルボジイミド系の縮合剤が挙げられる。
【0029】
本発明において、ゼラチンは架橋されていてもよい。架橋は、好ましくは、熱、光、縮合剤、又は酵素を用いて行うことができる。本発明で用いる架橋剤は本発明を実施可能である限りは特に限定はなく、化学架橋剤でも酵素でもよい。化学架橋剤としては、例えば、ホルムアルデヒド、グルタルアルデヒド、カルボジイミド、シアナミドなどが挙げられる。好ましくは、ホルムアルデヒド、グルタルアルデヒドであり、最も好ましくはグルタルアルデヒドである。
【0030】
酵素による架橋を行う場合、酵素としては、遺伝子組み換えゼラチン鎖間の架橋作用を有するものであれば特に限定されないが、好ましくはトランスグルタミナーゼおよびラッカーゼ、最も好ましくはトランスグルタミナーゼを用いて架橋を行うことができる。トランスグルタミナーゼで酵素架橋するタンパク質の具体例としては、リジン残基およびグルタミン残基を有するタンパク質であれば特に制限されない。トランスグルタミナーゼは、哺乳類由来のものであっても、微生物由来のものであってもよく、具体的には、味の素(株)製アクティバシリーズ、試薬として発売されている哺乳類由来のトランスグルタミナーゼ、例えば、オリエンタル酵母工業(株)製、Upstate USA Inc.製、Biodesign International製などのモルモット肝臓由来トランスグルタミナーゼ、ヤギ由来トランスグルタミナーゼ、ウサギ由来トランスグルタミナーゼなど、ヒト由来の血液凝固因子(Factor XIIIa、Haematologic Technologies, Inc.社)などが挙げられる。該遺伝子組み換えゼラチンをトランスグルタミナーゼにより架橋する際には、グルタミン組成が高いことで、架橋効率を向上することができる。従って、好ましくは、アミノ酸の側鎖の1級アミド基がカルボン酸基の2倍以上である。好ましくは3倍以上である。1級アミドとしてより詳しくは、グルタミンがグルタミン酸に対して多いことが望ましい。好ましくはグルタミン数がグルタミン酸の2倍以上である。より好ましくは3倍以上である。
【0031】
遺伝子組み換えゼラチンの架橋にはゼラチン溶液と架橋剤を混合する過程とそれらの均一溶液の反応する過程の2つの過程を有する。
【0032】
本発明においてゼラチンを架橋剤で処理する際の混合温度は、溶液を均一に攪拌できる限り特に限定されないが、好ましくは0℃〜40℃であり、より好ましくは0℃〜30℃であり、より好ましくは3℃〜25℃であり、より好ましくは3℃〜15℃であり、さらに好ましくは3℃〜10℃であり、特に好ましくは3℃〜7℃である。
【0033】
ゼラチンと架橋剤を攪拌した後は温度を上昇させることができる。反応温度としては架橋が進行する限りは特に限定はないが、生体高分子の変性や分解を考慮すると実質的には0℃〜60℃であり、より好ましくは0℃〜40℃であり、より好ましくは3℃〜25℃であり、より好ましくは3℃から15℃であり、さらに好ましくは3℃〜10℃であり、特に好ましくは3℃〜7℃である。
【0034】
<複合材料>
次に、本発明のキトサン及びコラーゲンの混合物からなる構造物について説明する。 本発明においては、脱アセチル度を50〜70%、好ましくは55〜65%、更に好ましくは60〜65%のキトサンと、ゼラチンとの複合体における驚くべき性質を見出した。すなわち、キトサンとゼラチンの重量比が70/30以上80/20以下の範囲、好ましくは72/28以上78/22以下の範囲の場合に、特異的に組織接着性が低くなる、という現象である。ゼラチンに対するキトサンの割合が増えるに従い、通常組織接着性は高くなることが想定される。然しながら、キトサンの脱アセチル度を50〜70%とすることによって、キトサン/ゼラチン=75/25前後において組織接着性が低下することは全く予想外であった。同様の組織接着性はゼラチンの割合が高い範囲においても達成できるが、ここではキトサンの割合が少ないため、上述のように抗菌性に課題が残るほか、適度な組織接着性においても課題があった。なお、この現象は脱アセチル度が高いキトサンでは観察されない。
【0035】
該複合構造物と組織との接着性は通常用いられる引張り試験機を用いた定量化が可能であるが、組織との癒着が発生しないためには、接着エネルギーはラット肝臓表面に対して1.0mJ以下であることが好ましく、更に好ましくは0.7mJ以下である。一方で、適度な接着性も要求されるため、0.1mJ以上が好ましい。なお、接着エネルギーはPharm Pharmaceut Sci (www.ualberta.ca/~csps) 3(3):303-311, 2000に記載の方法に従って測定することができる。
【0036】
<製造方法>
次に、本発明におけるキトサン/コラーゲンの構造物の製造方法について説明する。本発明の構造物の製造方法は、本発明の方法を用いる限り特に限定されないが、例えば、特公昭63−59706実施例、特公昭56−133344に記載されている方法に準拠して作成することが出来る。
【0037】
例えば、脱アセチル度50%〜70%のキトサン、及びコラーゲンを、キトサンとコラーゲンの重量比が70/30以上80/20以下となる量で溶媒中に溶解することによって溶液を製造し、次いで該溶液を乾燥することによって、本発明の構造物を製造することができる。
【0038】
医療用途での使用の際には有機溶媒の残留が問題となる。該構造物中の有機溶媒の残留量は好ましくは1%以下である。より好ましくは0.1%以下である。最も好ましくは0.01%以下である。脱酸処理法として、水酸化ナトリウムや水酸化カリウムなどのアルカリ溶液で処理する方法や、水やアルコールなど、有機溶媒と親和性のある別溶媒を含む気体で処理する方法を提示できる。
【0039】
<構造物>
構造物の形態は特に限定されないが、例えばゲル、スポンジ、フィルム、不織布、ファイバー(チューブ)、粒子などが挙げられるが、フィルムまたはスポンジであることが好ましい。スポンジは均質の多孔質構造からなるもので、平均ポアーサイズは、直径10〜200μmを呈し、密度は、0.05以下のものが一般的である。
【0040】
形状はいずれの形状でも適用可能であるが、例えば角錐、円錐、角柱、円柱、球、紡錘状の構造物および任意の型により作成した構造物が挙げられる。好ましくは、角柱、円柱、紡錘状の構造物および任意の型により作成した構造物である。より好ましくは、角錐、円錐、角柱、円柱である。最も好ましくは角柱、円柱である。該構造物の大きさは特に限定されないが、ゲル、スポンジ、不織布であれば好ましくは500 cm四方以下である。好ましくは100 cm以下である。特に好ましくは50cm以下である。最も好ましくは10 cm以下である。ファイバー(チューブ)であれば、ファイバーまたはチューブの直径(または一辺)は1 nm以上10 cm以下である。好ましくは1nm以上1 cm以下である。より好ましくは1 nm以上100 μmである。特に好ましくは1 nm以上1μm以下である。最も好ましくは1 nm以上10 nm以下である。また、長さは特に限定されるものではないが、好ましくは10 μm以上100 m以下である。より好ましくは100 μm以上10 m以下である。さらに好ましくは1 mm以上1 m以下である。最も好ましくは1 cm以上30 cm以下である。粒子であれば、好ましくは直径1 nmから1 mm、より好ましくは10 nmから200 μm、さらに好ましくは50 nmから100 μm、特に好ましくは100 nmから10μmである。
【0041】
構造物の厚さについては特に限定されないが、好ましくは1 nm以上である。より好ましくは、10 nm以上である。より好ましくは100 nm以上である。より好ましくは1 μm以上である。さらに好ましくは10 μm以上である。最も好ましくは100 μm以上である。
【0042】
該組成物には必要に応じて添加剤を加えても良い。添加剤の例としては、薬剤、色素剤、柔軟剤、経皮吸収促進剤、保湿剤、界面活性剤、防腐剤、香料、pH調整剤が挙げられる。
【0043】
薬剤の具体例としては、例えば抗癌剤(例えば、パクリタキセル、トポテシン、タキソテール、5-フルオロウラシル)、免疫抑制剤(例えば、ラパマイシン、タクロリムス、シクロスポリン)、抗炎症剤、抗血栓剤、抗精神剤、抗うつ剤、抗酸化剤、抗アレルギー剤、増殖因子、ホルモン、サプリメント成分、化粧品成分が挙げられる。
【0044】
用途は特に限定することはないが、癒着防止材料、創傷被覆材、経皮吸収剤、局所治療剤、経口治療剤、化粧品、サプリメント、食品および色素材である。好ましくは、癒着防止材料、創傷被覆材、経皮吸収剤、局所治療剤、経口治療剤、化粧品である。さらに好ましくは癒着防止材料、経皮吸収剤、局所治療剤、経口治療剤、創傷被覆材であり、最も好ましくは癒着防止材料、経皮吸収剤、局所治療剤、創傷被覆材である。
【0045】
以下の実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。
【実施例】
【0046】
(I)材料の調製
(1)脱アセチル化度60%のキトサン粉末の調製
カニ殻から精製したキチン粉末を、40% の苛性ソーダ水溶液で処理し、脱アセチル化度60%のキトサン粉末を得た。
【0047】
(2)脱アセチル化度90%のキトサン粉末の調製
カニ殻から精製したキチン粉末を、40% の苛性ソーダ水溶液で処理し、脱アセチル化度90%のキトサン粉末を得た。
【0048】
(3)遺伝子組み換えゼラチンの調製
以下の遺伝子組み換えゼラチンCBE3を、欧州特許出願公開EP1014176A 、及び国際公開WO04/085473に記載の方法に従って作製した。
【0049】
【表1】

【0050】
CBE3(配列番号1):
分子量:51.6kD
構造: [(GXY)64]3
アミノ酸数:576個
(GAPGAPGLQGAPGLQGMPGERGAAGLPGPKGERGDAGPKGADGAPGAPGLQGMPGERGAAGLPGPKGERGDAGPKGADGAPGKDGVRGLAGPIGPPGERGAAGLPGPKGERGDAGPKGADGAPGKDGVRGLAGPIGPPGPAGAPGAPGLQGMPGERGAAGLPGPKGERGDAGPKGADGAPGKDGVRGLAGPP)3
【0051】
(II)スポンジの作製
(比較例1)
脱アセチル化度60%のキトサン粉末2gを2重量%の酢酸水溶液100gに徐々に添加して40℃で2時間攪拌して溶解し、放置脱泡した。この溶液をプラスチック製トレイ(長さ10cm×10cm、深さ1cm)に流し込み、―40℃で6時間凍結乾燥した後、24時間真空乾燥することにより、スポンジ状シートを得た。
【0052】
(比較例2)
脱アセチル化度60%のキトサン0.46g、ゼラチン(CBE3)1.54gを2重量%の酢酸水溶液100gに徐々に添加して40℃で2時間攪拌して溶解し、放置脱泡した。この溶液を比較例1と同様に凍結乾燥し、スポンジ状シートを得た。
【0053】
(比較例3)
脱アセチル化度60%のキトサン0.60g、ゼラチン(CBE3)1.40gを2重量%の酢酸水溶液100gに徐々に添加して40℃で2時間攪拌して溶解し、放置脱泡した。この溶液を比較例1と同様に凍結乾燥し、スポンジ状シートを得た。
【0054】
(比較例4)
脱アセチル化度60%のキトサン0.80g、ゼラチン(CBE3)1.20gを2重量%の酢酸水溶液100gに徐々に添加して40℃で2時間攪拌して溶解し、放置脱泡した。この溶液を比較例1と同様に凍結乾燥し、スポンジ状シートを得た。
【0055】
(比較例5)
脱アセチル化度60%のキトサン1.00g、ゼラチン(CBE3)1.00gを2重量%の酢酸水溶液100gに徐々に添加して40℃で2時間攪拌して溶解し、放置脱泡した。この溶液を比較例1と同様に凍結乾燥し、スポンジ状シートを得た。
【0056】
(比較例6)
脱アセチル化度60%のキトサン1.20g、ゼラチン(CBE3)0.80gを2重量%の酢酸水溶液100gに徐々に添加して40℃で2時間攪拌して溶解し、放置脱泡した。この溶液を比較例1と同様に凍結乾燥し、スポンジ状シートを得た。接着仕事は1.93Jであった。
【0057】
(実施例1)
脱アセチル化度60%のキトサン1.40g、ゼラチン(CBE3)0.60gを2重量%の酢酸水溶液100gに徐々に添加して40℃で2時間攪拌して溶解し、放置脱泡した。この溶液を比較例1と同様に凍結乾燥し、スポンジ状シートを得た。
【0058】
(実施例2)
脱アセチル化度60%のキトサン1.50g、ゼラチン(CBE3)0.50gを2重量%の酢酸水溶液100gに徐々に添加して40℃で2時間攪拌して溶解し、放置脱泡した。この溶液を比較例1と同様に凍結乾燥し、スポンジ状シートを得た。
【0059】
(実施例3)
脱アセチル化度60%のキトサン1.60g、ゼラチン(CBE3)0.40gを2重量%の酢酸水溶液100gに徐々に添加して40℃で2時間攪拌して溶解し、放置脱泡した。この溶液を比較例と同様に凍結乾燥し、スポンジ状シートを得た。
【0060】
(比較例7)
脱アセチル化度90%のキトサン粉末1.40g、ゼラチン(CBE3)0.60gを2重量%の酢酸水溶液100gに徐々に添加して40℃で2時間攪拌して溶解し、放置脱泡した。この溶液を比較例1と同様に凍結乾燥し、スポンジ状シートを得た。
【0061】
(比較例8)
脱アセチル化度90%のキトサン1.50g、ゼラチン(CBE3)0.50gを2重量%の酢酸水溶液100gに徐々に添加して40℃で2時間攪拌して溶解し、放置脱泡した。この溶液を比較例1と同様に凍結乾燥し、スポンジ状シートを得た。
【0062】
(比較例9)
脱アセチル化度90%のキトサン1.60g、ゼラチン(CBE3)0.40gを2重量%の酢酸水溶液100gに徐々に添加して40℃で2時間攪拌して溶解し、放置脱泡した。この溶液を実施例1と同様に凍結乾燥し、スポンジ状シートを得た。
【0063】
実施例1から3及び比較例1から9で作製したスポンジ状シートを用いて、以下の方法で組織接着性を評価した。評価の結果を表2に示す。表2の結果から分かるように、本発明の実施例1から3では、低い組織接着性を示し、良好な結果が得られた。
【0064】
組織接着性評価:
Sprague-Dawleyラット (SDラット)(雄、10週令)の肝臓を切除した。乾燥防止のため、生理食塩水を肝臓表面にスプレーした。この肝臓表面に直径10mmのサンプルを載せ、50gの加重を1分間加えることで用いて貼り付けた後、引っ張り試験機でサンプルとの接着強度を測定した。
【0065】
【表2】

【0066】
上記実施例の遺伝子組み換えゼラチンを酸処理ゼラチン(PSPゼラチン、ニッピ社製)に変更して、同様の実験を行ったところ、同様の結果が得られた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
キトサン及びコラーゲンの混合物からなる構造物であって、(i)キトサンの脱アセチル度が50%〜70%であり、(ii)キトサンとコラーゲンの重量比が70/30以上80/20以下である、上記構造物。
【請求項2】
コラーゲンが遺伝子組み換えコラーゲンである、請求項1に記載の構造物。
【請求項3】
脱アセチル度50%〜70%のキトサン、及びコラーゲンを、キトサンとコラーゲンの重量比が70/30以上80/20以下となる量で溶媒中に溶解することによって溶液を製造し、次いで該溶液を乾燥することによって製造される、請求項1又は2に記載の構造物。
【請求項4】
脱アセチル度50%〜70%のキトサン、及びコラーゲンを、キトサンとコラーゲンの重量比が70/30以上80/20以下となる量で溶媒中に溶解することによって溶液を製造し、次いで該溶液を乾燥することを含む、請求項1から3の何れかに記載の構造物の製造方法。