説明

キナ酸および/またはカフェ酸の製造法

【課題】 コーヒー粕の有効な利用法として、コーヒー粕中に含まれるクロロゲン酸より、医薬品や機能性素材の原料となるキナ酸および/またはカフェ酸の製造法を提供する。
【解決手段】 コーヒー粕中のクロロゲン酸を原料として、コーヒー粕に生育させたクロロゲン酸加水分解酵素を有するアスペルギルス ニガー(Aspergillus niger)、アスペルギルス アワモリ(Aspergillus awamori)、アスペルギルス ソーヤ(Aspergillus sojae)、ペニシリウム クリソジェナム(Penicillium chrysogenum)、ケカビ(Mucorales mucor)、クモノスカビ(Mucorales rhyzopus)、ベニコウジカビ(Monascus purpureus)から選択される少なくとも1つの微生物から調製された微生物触媒を反応させることを特徴とするキナ酸および/またはカフェ酸の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コーヒー粕を原料とした、キナ酸および/またはカフェ酸の製造法に関する。詳しくは、糸状菌を生育させて得られたコーヒー粕麹からなる微生物触媒を用いて、コーヒー粕中のクロロゲン酸より、キナ酸および/またはカフェ酸を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、コーヒーは嗜好品として広く世界中で消費されている。それに伴い大量に排出されるコーヒー粕は特段の有効な利用面のないまま廃棄されている。これまで、コーヒー粕の用途として提案されてきたことは、好気性菌により発酵させ、その発酵熱による乾燥、燃焼行程を経て素炭を製造する方法(特許文献1)、リグニン分解菌で処理して農業用有機資材を製造する方法(特許文献2)、コーヒー粕の処理法で焼却に変わり得る方法として、酸またはアルカリで処理した後、嫌気性消化処理を行う方法(特許文献3)、生ごみ用分解促進剤としての利用(特許文献4)などがあるが、医薬品の原料として利用する報告はない。
【0003】
コーヒー豆には、抗酸化作用等の機能性を有するクロロゲン酸が含有されていることが知られている(特許文献5)。コーヒー豆は、焙煎によって香りと味が変わるが、これは、クロロゲン酸が分解されて、キナ酸とカフェ酸が生成されるためと考えられている。
【0004】
キナ酸は、多数の抗生物質、アルカロイド、除草活性物質などの有用な原料として用いられるシキミ酸の原料となり得ることを、本発明者らは、先の出願で明らかにした(特許文献6)。シキミ酸は、特に近年になって、世界的な流行を引き起こすと懸念されているヒトインフルエンザ及び鳥インフルエンザウイルスに対し、最も効果が期待されているタミフル(登録商標)の重要な原料化合物となっている。WHO(世界保健機関)が、広く警告を出しているにもかかわらず、世界中で利用できる程充分な備蓄はない。その理由の1つとして、原料となるシキミ酸の調製が難しいことがあげられる。グルコースからシキミ酸に至るまでシキミ酸経路は、二つの異なった代謝経路より得られたホスホエノールピルビン酸とエリスロースー4−リン酸の縮合反応から始まる多段階の代謝経路を経由しなくてはならない。そのため、最新技術の代謝制御法や遺伝子増幅法を駆使してシキミ酸経路の代謝中間体を効率良く製造しても、シキミ酸まで到達するには障壁が大き過ぎるという欠点があった。本発明者らは特許文献6で、酢酸菌中の細胞膜結合型キナ酸脱水素酵素(Quinoprotein quinate dehydrogenase:QDH)を用いて、キナ酸からシキミ酸経路の中間体である3-デヒドロシキミ酸を製造する方法を明らかにし、また酢酸菌の単独培養系でキナ酸からシキミ酸を製造する方法も提供している(非特許文献1)。
【0005】
キナ酸は、コーヒー豆のほか、キナ皮、サトウダイコンなどの植物に含まれ、これらの材料から抽出・精製されることが報告されている。コーヒー豆を原料として、アルカリ加水分解後強塩基性陰イオン交換樹脂で処理した後アルカリで処理し、さらにイオン交換膜電気泳動装置で脱塩精製する方法(特許文献7)、原料液中のキナ酸を金属塩または金属水酸化物により金属塩として析出させて分離後、酸を用いてキナ酸を精製する方法(特許文献8)、キナ酸を含有している原料液を酸触媒によってケトン類またはアルデヒド類と反応させて、キナ酸アセタール体にして精製した後、加水分解により得る方法(特許文献9)、あるいは、キナ酸誘導体を含有する植物体(キナ皮、タラ豆のさや、コーヒー豆、タバコ葉、サツマイモ、ナシ葉、リンゴ等)、又はその処理物より有機溶媒を用いて、キナ酸誘導体を抽出し、抽出物を酸または塩基触媒下で加水分解処理して精製する方法(特許文献10)、コーヒー豆を、酵素を用いて加水分解し、吸着剤により精製するビタミン臭抑制剤としてのキナ酸の製法(特許文献11)、茶葉から水または極性有機溶媒で抽出して、あるいはコーヒー豆から酵素を使って加水分解し、精製して辛味増強用のキナ酸誘導体を得る方法(特許文献12)、サツマイモ葉をアルコール、含水アルコール、水で抽出し、抽出液を濃縮後、水に溶解させ、極性有機溶媒で分配し得られた区分を、カラムクロマトグラフィーで精製してキナ酸誘導体を得る方法(特許文献13)、セイヨウミツバチの巣から得られるプロポリスを原料とし、親水性溶媒で細胞増殖抑制剤のためのキナ酸誘導体を抽出する方法(特許文献14)、コーヒー生豆、焙煎コーヒー豆、その粉砕物等から水抽出後、カラムに吸着させ、エタノールで抽出して、キナ酸誘導体を85%以上含むクロロゲン酸類を得る方法(特許文献15)などが知られているが、麹を使ってキナ酸を製造する方法はない。
【0006】
一方、カフェ酸も、抗酸化能や、癌細胞の転移や増殖を抑制する効果が認められており、機能性素材として求められているものである。カフェ酸の糖転移物質は、抗微生物活性を有するため、それを含有した歯磨剤、口腔清浄剤又は口腔殺菌剤への利用が開示されている(特許文献16)。カフェ酸の製造法としては、甘しょ焼酎蒸留粕中のポリフェノールに米麹抽出液を作用させて、不純物であるモノ又はジカフェオイルキナ酸を除去し、カフェ酸を精製する方法が開示されている(特許文献17)が、コーヒー粕を原料として、コーヒー粕麹によるキナ酸、あるいはカフェ酸の製造を示唆するものではない。
【特許文献1】特許第3532151号公報
【特許文献2】特開平10−95975号公報
【特許文献3】特開2003−200138号公報
【特許文献4】特開平8−224564号公報
【特許文献5】特開平6−38723号公報
【特許文献6】特開2007−300809号公報
【特許文献7】特開平7−8169号公報
【特許文献8】特開平11−140014号公報
【特許文献9】特開平11−263746号公報
【特許文献10】特開2000−86575号公報
【特許文献11】特開2001−316295号公報
【特許文献12】特開2005−204555号公報
【特許文献13】特開2005−298382号公報
【特許文献14】特開2006−213636号公報
【特許文献15】特開2006−241006号公報
【特許文献16】特開2004−315386号公報
【特許文献17】特開2004−350619号公報
【非特許文献1】Adachi O.et al. Biosci.Biotecnol.Biochem.,67:2124−2131,2003
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、コーヒー粕の有効な利用法として、コーヒー粕中に含まれるクロロゲン酸より、医薬品や機能性素材の原料となるキナ酸および/またはカフェ酸の製造法を提供することを主な課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、糸状菌を生育させて得られたコーヒー粕麹からなる微生物触媒を用いて、コーヒー粕中のクロロゲン酸より、キナ酸および/またはカフェ酸を製造する方法を見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、以下の(1)〜(4)を提供する。
【0010】
(1)キナ酸および/またはカフェ酸の製造において、コーヒー粕中のクロロゲン酸を原料として、コーヒー粕に生育させたクロロゲン酸加水分解酵素を有する微生物を微生物触媒として反応させることを特徴とするキナ酸および/またはカフェ酸の製造方法。
【0011】
(2)微生物触媒が、アスペルギルス ニガー(Aspergillus niger)、アスペルギルス アワモリ(Aspergillus awamori)、アスペルギルス ソーヤ(Aspergillus sojae)、ペニシリウム クリソジェナム(Penicillium chrysogenum)、ケカビ(Mucorales mucor)、クモノスカビ(Mucorales rhyzopus)、ベニコウジカビ(Monascus purpureus)から選択される少なくとも1つの微生物から調製されたものである上記(1)に記載のキナ酸および/またはカフェ酸の製造方法。
【0012】
(3)微生物触媒が、コーヒー粕1部に対し、種菌となる微生物を0.001〜0.1部含む培養液と共に、予備培養後、製麹用道具を用いて、25〜37℃で切り返しを行いながら5〜10日間本培養を行い製造したコーヒー粕麹であることを特徴とする上記(1)または(2)記載のキナ酸および/またはカフェ酸の製造方法。
【0013】
(4)加水分解酵素を有する微生物を生育させたコーヒー粕であって、上記(1)〜(3)のいずれかに記載のキナ酸および/またはカフェ酸の製造を行うために調製した、クロロゲン酸加水分解酵素活性を有するコーヒー粕麹。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、大量に廃棄されるコーヒー粕を、キナ酸やカフェ酸の製造に使用することが出来るため、安価な材料で有用な医薬品や機能性素材を製造することが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明は、インスタントコーヒー製造後に排出されるコーヒー粕や、コーヒーショップから排出されるコーヒー粕に、微生物を接種して、コーヒー粕全面に菌糸を生育させて作製したコーヒー粕麹からなる微生物触媒を使用して、コーヒー粕中に含有されるクロロゲン酸を加水分解することにより、キナ酸および/またはカフェ酸を製造するものである。
【0016】
本発明の微生物触媒であるコーヒー粕麹は、以下のようにして製造することができる。すなわち、集めたコーヒー粕に含まれる過剰の水分を除去し、密閉性の耐熱性容器で加熱殺菌する。加熱殺菌は、100〜130℃で、3〜10分程度行うが、望ましくは、110〜120℃で、5〜7分行う。室温まで放冷後、別途培養しておいた微生物を含む培養液(種菌)を加える。コーヒー粕あたりの種菌の量としては、コーヒー粕中の水分量、培養液中の種菌の生育量により変わるが、コーヒー粕1部に対し、種菌となる微生物を0.001〜0.1部含む培養液70〜200ml、好ましくは100ml前後の培養液を加える。種菌として使用するのは、コーヒー粕に生育可能な微生物であればいかなるものでも良いが、糸状菌が望ましい。種菌の製法は、一般的に行われる(微生物の)培養法で製造することができ、微生物が生育可能な培地で1〜2日間培養して製造する。
【0017】
種菌を加えたコーヒー粕は、培養室または孵卵器内で予備的に培養して菌糸の伸長を促したのち、本培養を行うことが望ましい。予備培養は、25〜37℃で、12〜24時間行うが、菌糸の成長を確認できれば本培養へ移すことができる。本培養の形態は、コーヒー粕に付着した微生物が充分に生育できる状態であれば、どのような形であっても良いが、酒造用の麹蓋など表面積を広くとることができる道具を使用することが望ましい。麹蓋に予備培養した内容物を移して、25〜37℃で、好ましくは30〜35℃で、5〜10日間、好ましくは5〜7日間培養する。培養中には、胞子の着生を妨げ、菌糸の伸長を促すために、切り返しを一日数回行うことが望ましい。培養経過とともに水分の蒸散、菌糸の伸長が起こり、コーヒー粕の塊から、さらさらしたコーヒー粕麹を製造することができる。このようにして製造したコーヒー粕麹は、自然乾燥により長期保存が可能である。また、コーヒー粕麹製造に際し、製麹を容易にするために一部を仕込みに加えることもできる。
【0018】
本発明のコーヒー粕麹は、伸長した微生物の菌糸の外側に加水分解酵素が安定に保持されているものである。このため、該コーヒー粕麹を微生物触媒として使用することができる。とくに糸状菌を使用した場合は、コーヒー粕の微細な間隙にまで菌糸を伸長させることができるので、生産効率の良い微生物触媒を作製することができる。微生物触媒として使用する場合は、例えば、50〜60℃で、約30分間の熱処理を行い、微生物の生育能力を喪失させてから行うことが望ましい。微生物は、熱処理によって増殖できなくなるが、加水分解酵素活性、特にクロロゲン酸加水分解酵素活性は、耐熱性であり加熱処理後も安定に保持されている。該微生物触媒は、一種の固定化微生物触媒の形態を保有しているので、さらに特別な固定化処理をすることなく、そのまま水または生理食塩水に懸濁して反応液に加えて使用することもできる。
【0019】
クロロゲン加水分解酵素が、コーヒー粕麹に存在することは、コーヒー粕麹を粉砕し、水または0.7〜1.0%程度の生理食塩水で抽出して確認することができる。すなわち、溶液に浸漬したコーヒー粕麹から抽出した後、固形物や菌糸を除くためにろ紙で濾過し、ろ液を飽和硫安水で透析する。透析中に酵素液の水分は減少するとともに、酵素タンパク質や共存する他のタンパク質などは沈殿する。遠心分離器で沈殿をあつめ、新たな透析膜に沈殿を入れて、再度0.7〜1.0%の生理食塩水で透析する。透析後に発生している不溶性の沈殿を遠心分離して除去することにより濃縮された酵素液が得られる。クロロゲン酸加水分解酵素の1単位(unit)は、1分間にクロロゲン酸を1μmole加水分解できる酵素力を1単位とする。
【0020】
本発明のコーヒー粕麹からなる微生物触媒としては、クロロゲン酸加水分解酵素を生成することができる微生物であれば、いかなるものでも使用できるが、糸状菌を使用することが望ましい。糸状菌としては、アスペルギルス ニガー(Aspergillus niger)、アスペルギルス アワモリ(Aspergillus awamori)、アスペルギルス ソーヤ(Aspergillus sojae)、ペニシリウム クリソジェナム(Penicillium chrysogenum)、ケカビ(Mucorales mucor)、クモノスカビ(Mucorales rhyzopus)、ベニコウジカビ(Monascus purpureus)をあげることができる。
【0021】
具体的には、アスペルギルス ニガー AKU 3333、アスペルギルス アワモリAKU 3306、アスペルギルス ソーヤ AKU 3312、ペニシリウム クリソジェナム AKU3407などの菌株をあげることができる。
【0022】
本発明のキナ酸および/またはカフェ酸を製造するための原料となるコーヒー粕には、キナ酸とカフェ酸の前駆体であるクロロゲン酸が多く含有されている。その含有量は、生豆時が多く、5.5〜8.0%であり、焙煎後で1.2〜2.3%とされている。原料として使用するコーヒー粕としては、焙煎コーヒー豆から得られた粉砕粕、インスタントコーヒー製造後の粕、コーヒー店等で排出されるコーヒー抽出後の粕があげられる。
【0023】
コーヒー粕に、加水分解活性を有する微生物触媒を作用させて、キナ酸および/またはカフェ酸を製造するためには、例えば、コーヒー粕を0.1〜50%、好ましくは1〜20%の濃度になるように、水、生理食塩水、バッファーなどを加えて懸濁溶液にして、あるいは熱水で抽出した後に、加水分解酵素を含有するコーヒー粕麹からなる微生物触媒に接触させ、10〜50℃、好ましくは30〜40℃で、1〜24時間、好ましくは3〜8時間反応させることもできるが、コーヒー粕からクロロゲン酸を抽出して、クロロゲン酸を原料とすることもできる。クロロゲン酸を原料とする場合は、酵素の必要量が明確であり、生成したキナ酸やカフェ酸の精製が容易であることから、クロロゲン酸を用いることが望ましい。コーヒー粕からからクロロゲン酸を抽出する方法は、一般的な有機酸の抽出法に準じて行うことができる。例えば、コーヒー粕を熱水抽出して、活性炭で脱色し、陰イオン交換樹脂のダウエックス(登録商標)カラムに吸着させ、酢酸を含有するメタノール、エタノール、イソプロパノール、アセトン、アセトニトリルなどの水溶性有機溶媒で溶出して分離精製し、溶媒を除去することでクロロゲン酸を容易に得ることができる。
【0024】
クロロゲン酸を原料として、キナ酸および/またはカフェ酸を製造する方法は、例えば、以下のように行うことができる。クロロゲン酸に、クロロゲン酸加水分解酵素0.5〜10単位、好ましくは1〜3単位を含んでいるコーヒー粕麹からなる微生物触媒を加えて、pH5〜8、好ましくはpH6〜7の緩衝液、例えば酢酸緩衝液、リン酸緩衝液で、10〜50℃、好ましくは30〜40℃で、1〜24時間、好ましくは3〜8時間反応させる。微生物触媒の量が多い場合は反応時間を短くすることができる。また、微生物触媒をカラム等に入れて固定化して、クロロゲン酸を吸着溶出させて加水分解反応を行うこともできる。
【0025】
コーヒー粕麹からなる微生物触媒を用いて製造したキナ酸および/またはカフェ酸を精製する方法は、一般的に行われる有機酸の精製法を用いることができるが、例えば、イオン交換樹脂を使用した足立らの方法(Adachi,O.,Ano,Y.,Toyama,H.,and Matsushita,Biosci.Biotechnol.Biochem.,70:3081−3083,2006)に準じて行う場合は、クロロゲン酸、キナ酸及びカフェ酸が混在する反応液を陰イオン交換樹脂のダウエックス(登録商標)カラムに吸着させ、適切な溶出液、例えば、メタノール、エタノール、イソプロパノール、アセトン、アセトニトリルなどの水溶性有機溶媒に、酢酸、ギ酸、塩酸、硝酸などの酸を加え、分離して溶出させる。キナ酸は低濃度の塩化ナトリウムなどの塩類溶液で容易にカラムから溶出され、カフェ酸は、1M 酢酸−メタノール溶液等で溶出させることができ、未反応のクロロゲン酸は、酢酸濃度をあげることにより溶出させることができる。あるいは、逆相クロマトグラフィーを用いる場合は、上記水溶性有機溶媒に低濃度の弱酸を加えることにより、キナ酸、クロロゲン酸、カフェ酸の順に分離して溶出させることができる。
【0026】
以下、本発明を更に詳しく説明するため、実施例を挙げるが本発明はこれに限定されない。
【実施例1】
【0027】
<コーヒー粕麹の製造>
コーヒー粕4.5kgを集め、布袋に入れて洗濯機の脱水槽で1〜2分脱水して過剰の水分を除去した。これを密閉できる耐熱性容器(3リットル容フラスコ)3個(1個あたり約1.5kgのコーヒー粕)に入れて、口を綿栓とアルミホイルで覆い、1気圧120℃で、約5分間殺菌した。室温まで放冷後、別途、Czapek培地で培養しておいたアスペルギルス ソーヤ AKU 3312を含む培養液を1kgのコーヒー粕あたりそれぞれ100ml加えた。培養液を付着させたコーヒー粕の入ったフラスコを、30℃の培養室内で一夜放置して菌糸の伸長を促したのち、酒造用の麹蓋(縦×横×高さ=29.0cm×44.0cm×5.0cm)3枚に各フラスコ内容物を移して、30℃で培養を継続した。子嚢胞子の着生を妨げ、菌糸の伸長を促すために、米麹の製造と同様に切り返しを1日あたり2〜3度行った。菌糸の伸長にともない培養経過とともに水分の蒸散もあり、当初見られたコーヒー粕の塊は徐々に小さくなり、7日目でさらさらしたコーヒー粕麹ができた(図1)。
【実施例2】
【0028】
<クロロゲン酸加水分解酵素液の調製>
実施例1で得られたコーヒー粕麹の酵素活性を確認するための対照として、あらかじめコーヒー粕麹の表面についている糸状菌からの酵素液を調製した。すなわち、コーヒー粕麹50gを家庭用のジューサーに入れて、0.7%生理食塩水に浸漬して撹拌し、固形物や菌糸を除くためにろ紙で濾過した。これを、塩は除去できるがタンパク質は通過できない構造を有する透析膜でできた袋に入れ、飽和硫安水(pH7.0)に一夜透析した。透析中に酵素液の水分は減少するとともに、酵素タンパク質や共存する他のタンパク質などは沈殿する。沈殿を集めることができる遠心分離器で沈殿を集め、新たな透析膜に沈殿を入れて1.0%の生理食塩水に一夜透析した。透析後に発生している不溶性の沈殿を遠心分離で除去し、透明な上清を取り、濃縮された酵素液を得た。
【実施例3】
【0029】
<コーヒー粕麹によるクロロゲン酸の加水分解反応>
実施例1で、アスペルギルス ソーヤ AKU 3312 を用いて製造したコーヒー粕麹、および対照とする実施例2で調製した酵素液を用いてクロロゲン酸の加水分解反応を行った。すなわち、クロロゲン酸50μmole(17.7mg相当)に、1)120℃で5分間の熱処理をしたクロロゲン酸加水分解酵素1単位を含んでいるコーヒー粕麹、2)熱処置しないクロロゲン酸加水分解酵素1単位を含んでいるコーヒー粕麹、3)120℃で5分間の熱処理をしたクロロゲン酸加水分解酵素1単位を含んでいる酵素液、4)熱処置しないクロロゲン酸加水分解酵素1単位を含んでいる酵素液を加え、0.1M 酢酸緩衝液(pH6.5)で反応液量を1mlに調節し、30℃で3時間反応させた。反応液の一部(5μl)を薄層にスポットして、n−ブタノール:酢酸:水=4:2:1の展開溶液で薄層クロマトグラフィーを行った。図2に示したように、熱処理しないで行った反応液2)と4)中には、カフェ酸(Rf=0.85)の存在を示すスポットが見られ、酵素液と同様に、コーヒー粕麹中にクロロゲン酸加水分解酵素が存在することが明らかになった。また、熱処理した反応液1)と3)中にはクロロゲン酸(Rf=0.65)が分解されずに残存し、酵素液、コーヒー粕麹、両者共に、クロロゲン酸加水分解酵素活性が失われていることを示している。また、標準物のキナ酸から位置を特定して、反応液2)と4)中には、かすかにキナ酸(Rf=0.15)の存在を示すスポットが確認できた。
【実施例4】
【0030】
<クロロゲン酸を原料とするキナ酸とカフェ酸の製造>
実施例1で、アスペルギルス ソーヤ AKU 3312を用いて製造したクロロゲン酸加水分解酵素を含んでいるコーヒー粕麹を用いてクロロゲン酸の加水分解反応を行った。すなわち、クロロゲン酸100μmole(35.4mg相当)に、クロロゲン酸加水分解酵素2単位を含んでいるコーヒー粕麹を加え、0.1M 酢酸緩衝液(pH6.5)で反応液量を1mlに調節して、30℃で5時間反応させた。反応液の1μlを液体クロマトグラフィー(装置 Shimadzu LC−20AD、カラム Mightysil RP−18(4.6x150mm)、溶媒 50mM酢酸:アセトニトリル=8:2、流速 0.8ml/分、検出器 RID)で分析した。得られたチャートを図3に示した。反応前に存在したクロロゲン酸(100μmole/ml)は完全に消滅して、化学量論的にカフェ酸とキナ酸が生成された。反応液中にはカフェ酸と等量のキナ酸が生成されていることが証明された。
【実施例5】
【0031】
<コーヒー粕中のクロロゲン酸を原料とするキナ酸とカフェ酸の製造>
コーヒー粕1kgを1時間熱水抽出して、ろ過し、ろ液を活性炭で脱色して陰イオン交換樹脂のダウエックス(登録商標)カラムにかけた。塩化ナトリウム水溶液、メタノール、1M酢酸−メタノールの順に溶出溶媒を変えて不純物を溶出させた後、5M酢酸−メタノール溶液でクロロゲン酸をカラムから溶出し、溶媒を除去してクロロゲン酸得た。このクロロゲン酸を原料として、実施例4と同様にしてカフェ酸とキナ酸を製造し、反応液を液体クロマトグラフィーにかけカフェ酸とキナ酸の生成を確認した。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明により、医薬品や機能性素材となるキナ酸やカフェ酸が、廃棄されるコーヒー粕から製造することができるため、コーヒー粕の有効利用が可能になり、また、シキミ酸およびシキミ酸経路の代謝中間体の原料となるキナ酸を安価で提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】酒造用の麹蓋に製造したコーヒー粕麹を示した図面に代わる写真である。BはAを拡大した写真である。
【図2】クロロゲン酸の加水分解反応によるカフェ酸の生成を示す図である。1:加熱したコーヒー粕麹、2:非加熱のコーヒー粕麹、3:加熱した酵素液、4:非加熱の酵素液を使用して加水分解反応を行っている。
【図3】クロロゲン酸の加水分解反応によるキナ酸とカフェ酸の生成を示す液体クロマトグラフィーの図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
キナ酸および/またはカフェ酸の製造において、コーヒー粕中のクロロゲン酸を原料として、コーヒー粕に生育させたクロロゲン酸加水分解酵素を有する微生物を微生物触媒として反応させることを特徴とするキナ酸および/またはカフェ酸の製造方法。
【請求項2】
微生物触媒が、アスペルギルス ニガー(Aspergillus niger)、アスペルギルス アワモリ(Aspergillus awamori)、アスペルギルス ソーヤ(Aspergillus sojae)、ペニシリウム クリソジェナム(Penicillium chrysogenum)、ケカビ(Mucorales mucor)、クモノスカビ(Mucorales rhyzopus)、ベニコウジカビ(Monascus purpureus)から選択される少なくとも1つの微生物から調製されたものである請求項1に記載のキナ酸および/またはカフェ酸の製造方法。
【請求項3】
微生物触媒が、コーヒー粕1部に対し、種菌となる微生物を0.001〜0.1部含む培養液と共に、予備培養後、製麹用道具を用いて、25〜37℃で切り返しを行いながら5〜10日間本培養を行い製造したコーヒー粕麹であることを特徴とする請求項1または2に記載のキナ酸および/またはカフェ酸の製造方法。
【請求項4】
加水分解酵素を有する微生物を生育させたコーヒー粕であって、請求項1〜3のいずれかに記載のキナ酸および/またはカフェ酸の製造を行うために調製した、クロロゲン酸加水分解酵素活性を有するコーヒー粕麹。


【図3】
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【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−201473(P2009−201473A)
【公開日】平成21年9月10日(2009.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−49837(P2008−49837)
【出願日】平成20年2月29日(2008.2.29)
【出願人】(304020177)国立大学法人山口大学 (579)
【Fターム(参考)】