説明

キュウリのうどんこ病防除組成物

【課題】長期間保存しても安定してその剤型、効果を保持する、貯蔵安定性が良好な、安全性の高い天然成分を有効成分とするキュウリのうどんこ病防除組成物を提供すること。
【解決手段】ヒバ抽出液、台湾ヒノキ抽出液及びウエスタンレッドシダー抽出液からなる群より選ばれる一種以上とHLBが8以上の界面活性剤とを含有してなるキュウリのうどんこ病防除組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、キュウリのうどんこ病防除組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
うどんこ病の防除には、DMI剤やストロビルリン系殺菌剤が用いられている。しかしながら、これらの殺菌剤には、人体に対する安全性の問題に加え、病原菌の薬剤抵抗性の出現という大きな問題がある。
【0003】
農業分野では、様々な薬害が注目される中、減農薬栽培や有機栽培が広く普及しつつあり、安全性の高い天然成分を利用した植物栽培が注目されている。例えば、ヒバ油やヒノキチオールの抗菌性を利用した土壌の改質、植物の病害虫防除、植物の育成賦活等の試みがある(特許文献1〜8、非特許文献1等)。
【0004】
しかしながら、ヒバ油やヒノキチオールの利用形態は、不均一な状態の懸濁液を土壌に灌水、灌注あるいは病患部に塗布、あるいはおがくず等の担体に含浸させて土壌に散布するという、極めて限定的で手間のかかるものであった。
【0005】
というのは、ヒバ油やヒノキチオールは水への溶解性が低く、水に均一に分散させることが困難だったからである。また、いったん均一に分散させることができても、比較的短時間でヒバ油が分離したり、ヒノキチオールが結晶状態で析出してくる等の現象が生じてしまう。
【0006】
さらに、ヒノキチオールには植物生長阻害活性があることから(非特許文献1)、ヒノキチオールを、濃度勾配が生じた不均一な状態で植物や土壌に散布した場合、高濃度のヒノキチオールに曝された植物では、その生長が阻害される等の問題が生じる。そのため、上記利点があるにも関わらず、ヒバ油やヒノキチオールの農業分野での利用は未だに普及していない。
【0007】
加えて、これまでに天然成分を利用したキュウリのうどんこ病防除組成物についても、有効なものは知られていなかった。
【特許文献1】特開昭50−40725号公報
【特許文献2】特開昭50−52235号公報
【特許文献3】特開昭51−22819号公報
【特許文献4】特開昭60−90102号公報
【特許文献5】特開昭64−90103号公報
【特許文献6】特開昭64−90104号公報
【特許文献7】特開平4−182408号公報
【特許文献8】特開平6−40831号公報
【非特許文献1】Chem. Pharm. Bull. 39(9), p.2378-2381 (1991)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、長期間保存しても安定してその剤型、効果を保持する、貯蔵安定性が良好な、安全性の高い天然成分を有効成分とするキュウリのうどんこ病防除組成物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
即ち、本発明は、
〔1〕 ヒバ抽出液、台湾ヒノキ抽出液及びウエスタンレッドシダー抽出液からなる群より選ばれる一種以上とHLBが8以上の界面活性剤とを含有してなるキュウリのうどんこ病防除組成物、並びに
〔2〕 水溶性アルコールをさらに含有してなる前記〔1〕記載の組成物、

に関する。
【発明の効果】
【0010】
本発明の組成物によれば、人体や環境等に対して悪影響を及ぼすことなく、安全かつ効果的にキュウリのうどんこ病の防除を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
うどんこ病とは植物の葉、茎、又は若い枝の表面にうどんこをまいたような症状を示す病気である。キュウリのうどんこ病は、Erysiphaceae(ウドンコカビ科)のSphaerotheca属菌の寄生によって起こることが知られている。世界的に分布しており、約80種以上の植物に寄生する。また、うどんこ病菌には子のう殻の付属糸の形態と子のう数が異なる種類があり、Erysiphe graminis de Candolle(各種イネ科植物)、Podosphaera leucotricha E. S. Salmon(リンゴうどんこ病)、Microsphaera alni Salmon(ミズキ、ウツギ、クリ)、Uncinula necator Burrill(ブドウうどんこ病)、Phyllactinia quercus Homma(ナラ、カシ)が知られている(新植物病理学 p225 朝倉書店 1998年)。本発明においてはキュウリのうどんこ病の防除に、ヒバ抽出液等とHLBが8以上の界面活性剤とを含有してなる組成物が有効であることを初めて見出した。
【0012】
ヒバ油は、青森県に広く分布するヒバ(ヒノキ科アスナロ属ヒノキアスナロ)から抽出される樹木成分であり、抗菌性や防虫効果が知られている。ヒバ油の成分は大きく中性油と酸性油とに分けることができる。中性油の主成分はツヨプセン、セドロール、ウィドロール、その他多くのテルペン類等から成り、害虫忌避等の効果がある。酸性油の主成分はカルバクロール、1−ロジン酸、ヒノキチオール、β−ドラブリン、その他トロポロン誘導体やフェノール誘導体等から成り、抗菌効果がある。特に酸性油を精製して得られるヒノキチオールは高い安全性、広い抗菌スペクトル、強い抗菌性及び耐性菌を出現させない等の特徴を有しており、天然の抗菌剤として有用な化合物である。
【0013】
本発明に用いられる抽出液は、ヒバ、台湾ヒノキ(ヒノキ科ヒノキ属タイワンヒノキ)、ウエスタンレッドシダー(ヒノキ科クロベ属ウエスタンレッドシダー)から抽出される抽出液である。これらの抽出液にはヒノキチオールが含まれていることが知られている。かかる抽出液は単独で用いても良く、複数成分を併用しても良い。抽出液はその樹木のオガクズやチップを原料とした油剤抽出や水蒸気蒸留等の慣用の方法により得ることができる。取り分け、ヒバの抽出液はヒバ油として市販されているため、入手が容易である。
【0014】
一般にヒバ油の場合は水蒸気蒸留により抽出されている。例えば、ヒバのオガクズ約1トンから約10kgのヒバ油を得ることができる。ヒバ油には抗菌成分としてヒノキチオールやβ−ドラブリンが約1〜4重量%含まれている。
【0015】
抽出液中のヒノキチオールの含有量は特に限定されない。例えば、抽出液に天然及び/又は合成ヒノキチオールを添加し、任意の含有量に調整してもよい。抽出液中のヒノキチオールの含有量の下限値は、天然及び/又は合成ヒノキチオール添加前の抽出液のヒノキチオール含有量に依存するが、1.5重量%以上が好ましく、2重量%以上がより好ましい。また、その上限値は50重量%以下が好ましく、より好ましくは40重量%以下である。すなわち、抽出液中のヒノキチオールの含有量としては、好ましくは1.5〜50重量%、より好ましくは2〜40重量%である。
【0016】
界面活性剤は、抽出液中の親水性成分を乳化させるために使用される。界面活性剤としては、市販のノニオン性界面活性剤、アニオン性界面活性剤、カチオン性界面活性剤、両性界面活性剤を特に制限なく使用することができる。中でも、金属イオン(Al、Fe、Cu、Mg、Ca等)に対して安定で、刺激性や毒性が少なく、さらに土壌での生分解性が良好なことから、ノニオン性界面活性剤が好ましい。さらに、人体に与える影響を考えた場合、食品添加物や化粧品原料等に使用されるノニオン性界面活性剤がより好ましい。
【0017】
抽出液を良好に乳化させるためには、界面活性剤のHLB値は8以上であり、10〜20が好ましく、13〜18がより好ましい。界面活性剤は単独で用いても良く、複数を併用しても良い。
【0018】
本明細書において界面活性剤のHLBは、以下の方法により求める。すなわち、界面活性剤の構造が既知の場合、以下の式:

HLB=20×(MH/M)
(式中、Mは界面活性剤の分子量を、MHは親水基部分の分子量を示す。)

により求めることができる。一方、界面活性剤の構造が未知の場合、一定量の界面活性剤を用いて、等量の油と水を乳化し、乳化安定性を測定し、HLB既知の界面活性剤と対比することで求めることができる。乳化安定性の測定は、例えば、静置分離法で測定すればよい。すなわち、乳化液を油相の融点に応じた温度で放置し、分離してくるクリーム層、油層の厚さを経時的に測定する。界面活性剤のHLBの測定法に関しては、例えば、食品用乳化剤 第2版〔(株)幸書房 1991年3月1日発行〕を参照すればよい。
【0019】
好適なノニオン性界面活性剤としては、ポリオキシエチレングリセリン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンヒマシ油及び硬化ヒマシ油、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビトール脂肪酸エステル、ポリエチレングリコール脂肪酸エステル、脂肪酸モノグリセリド、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル等が挙げられる。
【0020】
本発明の組成物は、さらに水溶性アルコールを含有しても良い。かかるアルコールを含有させることにより、組成物の粘度を所望の程度に調整することができ、組成物の保存安定性をいっそう向上させることができる。
【0021】
水溶性アルコールとしては、例えば、メタノール、エタノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、ジエチレングリコール、ジプロピレングリコール、ポリエチレングリコール、グリセリン等を単独であるいは複数を組み合わせて使用してもよい。
【0022】
本発明の組成物における抽出液、界面活性剤及び所望により添加する水溶性アルコールの含有量は、抽出液1〜70重量%、界面活性剤1〜50重量%及び水溶性アルコール0〜50重量%が好ましく、抽出液1〜20重量%、界面活性剤5〜40重量%及び水溶性アルコール5〜50重量%がより好ましく、抽出液5〜20重量%、界面活性剤10〜40重量%及び水溶性アルコール10〜40重量%がさらに好ましい。製剤の安定性及び所定の効果を発揮させる観点から、かかる範囲が好ましい。また、本発明の組成物には、本発明により奏される効果を阻害しない限り、本分野で使用される公知の他の成分が含まれていても良い。
【0023】
なお、本発明の組成物中のヒノキチオールの含有量としては、通常、好ましくは0.5〜20重量%、より好ましくは1〜10重量%である。本明細書においてヒノキチオールの含有量とは、抽出液中に構成成分として含まれるヒノキチオール、及びかかるヒノキチオール以外に本発明の組成物に添加される天然ヒノキチオール及び/又は合成ヒノキチオールの合計含有量をいう。
【0024】
本発明の組成物は、以上の各成分を公知の方法により適宜混合することにより容易に調製することができる。
【0025】
本発明の組成物は、適宜水等で希釈して使用することができる。このときの希釈倍率としては、ヒノキチオールの含有量をもとに設定することが好ましい。本発明の組成物の希釈物中のヒノキチオールの含有量としては、うどんこ病防除効果を良好に発揮させる観点から、10〜1000ppmが好ましく、50〜750ppmがより好ましく、100〜500ppmがさらに好ましい。なお、当初より、本発明の組成物中のヒノキチオールの含有量をかかる範囲に調整してもよい。
【0026】
本発明の組成物は、キュウリのうどんこ病防除のために好適に使用することができる。その使用方法は公知の農薬の使用方法に準じればよい。また、本発明の組成物は、長期間安定してその剤型、活性を保持することができるため、従来では困難であった葉面散布、自動灌水、くん煙や超音波による蒸散といった利用形態に好適に適用できる。
【0027】
なお、本発明の組成物に含まれるヒノキチオールは食品添加物と同程度の安全性を有する。
【実施例】
【0028】
以下に実施例を示し、本発明をより詳細に説明するが、本発明はかかる実施例により何ら限定されるものではない。
【0029】
実施例1、比較例1〜2
グリセリン脂肪酸エステル(HLB=15.5、日光ケミカルズ社製)20重量部、ヒバ抽出液(ヒバ油;ヒノキチオール 2重量%含有、大阪有機化学工業社製)10重量部、エタノール18重量部、グリセリン2重量部及び水50重量部を混合してキュウリのうどんこ病防除組成物を得た(実施例1)。また、比較組成物として、グリセリン脂肪酸エステル(HLB=15.5、日光ケミカルズ社製)20重量部、エタノール18重量部、グリセリン2重量部及び水60重量部を混合したもの(比較例1)、並びにヒバ油に、全量中、1重量%となるようにTween80を加えたもの(比較例2)を調製した。
【0030】
試験例1 キュウリのうどんこ病に対する防除効果(ポット試験)
キュウリ(鈴成四葉)の種子を直径9cmポリポットに播種し、3つの試験区(各試験区:3個体)及び1つの対照区(3個体)に分けてハウス内で栽培した。2週間後、本葉2枚以上でうどんこ病が発生している別のキュウリから採取したうどんこ病胞子を栽培中のキュウリに接種した。3日後、各試験区で3個体の本葉に、実施例1及び比較例1〜2のいずれかの組成物の希釈液25mLを葉面散布し、対照区では水25mLを葉面散布した。さらに1週間栽培後、発病状況を調査し、発病度及び防除価を求めて各組成物のキュウリのうどんこ病に対する防除効果を評価した。なお、各試験区及び対照区の3個体について、本葉6枚を調査した。試験条件等の詳細は以下の通りである。
【0031】
発病度は以下の式により求めた。
発病度(%)=〔Σ(発病指数×調査葉数)/(4×調査葉数)〕×100
なお、発病指数は以下の通りである:
発病指数 0:病斑が見られない
1:病斑がわずかに見られる(葉面積の5%以下)
2:病斑が葉面積の1/4未満を占める
3:病斑が葉面積の1/4以上1/2未満を占める
4:病斑が葉面積の1/2以上を占める
一方、防除価は以下の式により求めた。
防除価=100−(試験区の発病度/対照区の発病度)×100
【0032】
各試験区で使用した各組成物は以下の希釈倍率で希釈して使用した。
1)実施例1の組成物:市水で300倍に希釈
2)比較例1の組成物:市水で300倍に希釈
3)比較例2の組成物:市水で3000倍に希釈
各組成物の希釈後の組成を表1に示す。なお、表中、ヒノキチオール組成は希釈物中のヒノキチオール含有量を示す。
【0033】
【表1】

【0034】
各組成物のキュウリのうどんこ病に対する防除効果(ポット試験)の評価結果を表2に示す。
【0035】
【表2】

【0036】
表2の結果より、実施例1の組成物は、ヒバ抽出液を欠く比較例1の組成物及び所定の界面活性剤を欠く比較例2の組成物と比べてキュウリのうどんこ病に対する防除効果が優れることが分かる。
【0037】
試験例2 キュウリのうどんこ病に対する防除効果(ハウス試験)
以下の条件の下、キュウリのうどんこ病に対する防除効果(ハウス試験)の評価を行った。
【0038】
試験ほ場:大阪府立食とみどりの総合技術センター場内のキュウリ栽培ハウス間口4.5 m×12m、品種はアルファー節成(台木スーパー雲竜)、畝幅130cm、 株間60cm、側技1節摘心、栽培管理及び収穫は慣行に従った。
散布薬剤:試験薬剤として前記実施例1及び比較例1の組成物の希釈物を用いた。なお、 対照区では水を用いた。
試験区及び対照区:1区4〜5株(3〜4m2)、2反復。
処理方法:定植後30日間栽培し、7日間隔で、肩掛け式噴霧器で10aあたり250L の割合で試験薬剤を散布した。
調査方法:試験例1と同様に発病度及び防除価を求めて各組成物のキュウリのうどんこ病 に対する防除効果を評価した。評価結果を表3に示す。
【0039】
【表3】

【0040】
表3の結果より、実施例1の組成物は2回の散布でキュウリのうどんこ病に対する充分な防除効果が得られることが分かる。
【0041】
試験例3 保存安定性とキュウリのうどんこ病に対する防除効果
実施例1で調製した組成物を室温(20〜25℃)にて6ヵ月間放置した。放置後の組成物を肉眼にて観察したところ、相分離の徴候や沈殿の生成は確認できなかった。また、孔径0.5mmのノズルを用いて1000mLの組成物を散布したところ、目詰まりなく散布することができた。さらに、試験例1と同様の方法にてキュウリのうどんこ病に対する防除効果を調べた結果、充分な防除効果を示した。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明は、長期間保存しても安定してその剤型、効果を保持する、貯蔵安定性が良好な、安全性の高い天然成分を有効成分とするキュウリのうどんこ病防除組成物を提供する。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒバ抽出液、台湾ヒノキ抽出液及びウエスタンレッドシダー抽出液からなる群より選ばれる一種以上とHLBが8以上の界面活性剤とを含有してなるキュウリのうどんこ病防除組成物。
【請求項2】
水溶性アルコールをさらに含有してなる請求項1記載の組成物。


【公開番号】特開2006−83107(P2006−83107A)
【公開日】平成18年3月30日(2006.3.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−270429(P2004−270429)
【出願日】平成16年9月16日(2004.9.16)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成16年3月16日 日本植物病理学会発行の「平成16年度 日本植物病理学会大会 プログラム・講演要旨予稿集」に発表
【出願人】(000205627)大阪府 (238)
【出願人】(000205638)大阪有機化学工業株式会社 (101)
【Fターム(参考)】