説明

クラフト蒸解の改善方法

【課題】 見掛け密度が異なる混合系の木材チップをクラフト蒸解する工程において、パルプ収率、蒸解速度、及びパルプ品質を向上させる。
【解決手段】 スチーミング処理後の見掛け密度が0.9g/cm未満である木材チップに対して、該木材チップがスチーミングベッセルに移送される前に浸透性改善剤を添加してスチーミング処理後の見掛け密度を0.9〜1.05g/cmの範囲とすることにより、混合系の木材チップの見掛け密度を均一化して、蒸解釜内における木材チップの落下速度を均一化し蒸解釜内の滞留時間、すなわち、蒸解反応時間を均一とすることにより蒸解度のばらつきを小さくする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、製紙用パルプの製造において、木材チップをクラフト法により蒸解してパルプを得る蒸解方法に関する。
【背景技術】
【0002】
クラフトパルプの製造においては、蒸解釜への木材チップ供給路にスチーミングベッセルを介在させ、このスチーミングベッセル内で木材チップを移送しつつ、内部に導入する水蒸気にて木材チップ原料中に含まれる空気を水と置換することにより、木材チップへの薬液の浸透性が高まり釜内で沈降するようになる。
【0003】
紙パルプ技術協会編 紙パルプ製造技術シリーズ1「クラフトパルプ」p.63(非特許文献1)に示されている図2.43は、蒸解釜の頂部装置のトップ・セパレーターの概観である。この図には、木材チップが釜頂部より供給され、釜内を沈降していく様子が示されている。
【0004】
【非特許文献1】紙パルプ技術協会編 紙パルプ製造技術シリーズ1「クラフトパルプ」
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、原料とする木材は樹種により構造は異なり、また同じ樹種でも成育条件の違いや採取部位によって差があるため、薬液の浸透性にも違いがある。通常、実操業において使用される木材チップは、異なる樹種の混合チップである場合が多く、スチーミング処理・薬液浸漬後の混合チップの見掛け密度も不均一となる。
【0006】
ここで、見掛け密度とは、木材チップの体積当りの重量で、木材チップ内の空隙中の空気が除去され薬液などが浸透すれば見掛け密度は上昇するものである。本発明においては、通常のクラフト蒸解では前処理としてスチーミング処理が行われていることを考慮し、木材チップをスチーミング処理し、続いて熱水を浸漬させた状態での見掛け比重を指標としている。この見掛け密度は蒸解釜内の木材チップの沈降性と密接な関係があるため、重要な指標である。
【0007】
この見掛け密度が不均一であることは、蒸解釜内部における木材チップの下降速度も不均一であることを意味する。さらに蒸解釜の内部には下降流及び上昇流が存在するため、見掛け密度が不均一である木材チップは、蒸解釜内での下降速度が不均一になり易い。特に、見掛け密度が0.9g/cm未満である木材チップは蒸解釜内で沈降しないため、操業トラブルを生じることもある。
【0008】
また、釜内で木材チップの落下速度が不均一となると蒸解釜内の滞留時間、すなわち、蒸解反応時間が不均一となるため蒸解度のばらつきが大きくなり、得られる未晒パルプの品質が安定せず、最終的に得られるパルプ品質の安定性も悪くなるという問題があった。
【0009】
さらに、比較的見掛け密度が均一な木材チップ(単材蒸解を含む)の蒸解系においても、該木材チップの見掛け密度が1g/cmを大きく下回ると蒸解釜内で沈降しないため、パルプ生産において大きなトラブルとなることが容易に予想される。
【0010】
我々は、これらの原因として特に容積重(スチーミング処理・薬液浸漬前の木材チップ体積当りの重量)の低い木材チップはスチーミング処理・薬液浸漬後の見掛け比重が低く、混合系木材チップを用いた場合には蒸解性に悪影響を及ぼす可能性があり、この影響はスチーミング処理時の温度が低い時ほど顕著になることを見出した。
【0011】
一方、上述のような蒸解度のばらつきを避けるためには、スチーミングベッセル内で界面活性剤を添加して木材チップへの薬液浸透性を高める手法は種々考えられているが、混合系の木材チップ全体に添加しても見掛け密度の不均一性を根本的には改善することはできなかった。また、特開平6−33386号公報(特許文献1)には、界面活性剤を蒸解助剤として使用することが記載されているが、これはアントラキノンをパルプ蒸解液中に分散、溶解させることが目的であり、本発明とは課題が異なる。
【0012】
【特許文献1】特開平6−33386号公報
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、見掛け密度の異なる混合系の木材チップのクラフト蒸解工程において、パルプ収率、蒸解速度、及びパルプ品質の向上を図る目的で、鋭意研究を重ねた結果、見掛け密度の低い木材チップのみに対して浸透性改善剤を添加することにより、スチーミング処理・薬液浸漬時の吸水量を調整し、見掛け密度の低い木材チップを見掛け密度の高い木材チップに近づけることにより、混合系木材チップ全体の見掛け密度を均一にし、蒸解後のパルプ収率の向上、カッパー価のばらつきの減少、蒸解速度の向上、蒸解時の蒸気エネルギーの低減、蒸解液の硫化度の低減、蒸解液の活性アルカリの低減、パルプ品質の向上等が可能となることを見出した。
【0014】
より具体的には、スチーミング処理・薬液浸漬後の見掛け密度が0.9g/cm未満である木材チップに対して、スチーミング処理・薬液浸漬後の見掛け密度が0.9〜1.05g/cmの範囲となるように、浸透性改善剤を添加するものである。
【0015】
この他に混合系木材チップの見掛け密度を均一にする手段としては、
(1)見掛け密度の高い木材チップを疎水化し、浸透を阻害する。
(2)見掛け密度の低い木材チップに機械的処理を行う。
(3)見掛け密度の低い木材チップのチップサイズを小さくする。
(4)見掛け密度の低い木材チップ専用のスチーミング装置を設置する。
などが挙げられる。しかしながら、(1)においては、疏水化により薬液の浸透も阻害され、蒸解反応自体が不均一となり蒸解の改善という目的に反する。また、(2)〜(4)は新たに設備を導入する必要があり、また既存設備ラインにスペースの余裕がない場合には、簡単に導入できないという問題がある。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、見掛け密度の低い木材チップにのみ浸透性改善剤を添加するという比較的簡単な処理で、スチーミング処理・薬液浸漬後の見掛け密度を向上させることにより、以下のような効果を有する。
1)混合系木材チップのスチーミング処理・薬液浸漬後における見掛け密度の不均一性を解消する。
2)これにより蒸解釜内における混合系木材チップの落下速度が均一となり、蒸解の不均一性を解消する。
【0017】
以上のような効果を有することから、本発明は、パルプ製造において重要な原木原単位やエネルギー原単位を低下させることが可能となり、良質な製品を経済的に生産することが可能で、極めて実用的に使用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明は、スチーミング処理・薬液浸漬後の見掛け密度が0.9g/cm未満である木材チップを対象とする。このスチーミング処理条件は温度100℃以下の水蒸気を用い、処理時間15分未満であることが好ましい。これは、通常のクラフト蒸解のスチーミング処理に比べると温和な条件であり、このような条件で処理後の見掛け密度が0.9g/cm未満である木材チップは、薬液の浸透性が低いと言える。本発明は、浸透性改善剤を添加することにより、前記木材チップのスチーミング処理・薬液浸漬後の見掛け密度を0.9〜1.05g/cmの範囲とするものであり、結果的に薬液の浸透性も改善される。
【0019】
浸透性改善剤の添加場所としては、スチーミング処理・薬液浸漬後の見掛け比重の低い木材チップのみに対して効率的に添加することが可能である場所が望ましく、見掛け密度の低い木材チップと見掛け密度の高い木材チップが混合されるチップサイロより前の工程、例えば、木材チップを移送するコンベア上等が適切であるが、本発明の趣旨が反映されればこれに限定されない。具体的には、チップヤードとサイロの間に設置されているコンベア上などが挙げられる。
【0020】
仮に木材チップが混合された後に浸透性改善剤を添加した場合、見掛け密度の異なる木材チップのそれぞれの見掛け密度が上昇してしまい、見掛け密度の不均一性を根本的に改善することはできない。
【0021】
また、本発明の木材チップへの浸透性改善剤の添加方法は、木材チップに浸透性改善剤を含む水溶液を噴霧する方法、または塗布する方法、あるいは浸透性改善剤を含む水溶液中に木材チップを浸漬する方法等がある。設備的な簡便さの観点から、木材チップに浸透性改善剤を含む水溶液を噴霧する方法が好ましい。
【0022】
本発明は、スチーミング処理条件が弱い時に特に有効である。具体的にはスチーミング温度が100℃以下、あるいは処理時間が5分以下である場合などに有効である。このような条件では、木材チップに十分に薬液が浸透しないので、見掛け密度の低い木材チップは十分に蒸解されない。
【0023】
本発明で使用する浸透性改善剤としては、界面活性剤が好適である。使用する界面活性剤の種類は、木材チップの見掛け密度を調整できるものであれば、特に限定されるものではない。具体的には、アニオン性界面活性剤、カチオン性界面活性剤、非イオン性界面活性剤、両性界面活性剤などがあるが、特に限定されるものではない。また、化学構造としては、硫酸エステル塩、ポリオキシエチレンエーテル型、スルホコハク酸誘導体など多数あるが、特に限定されるものではない。界面活性剤の添加量は、特に限定されるものではないが、絶乾木材チップ重量に対して100〜500ppmが好適である。
【0024】
通常使用される木材チップの容積重は0.4〜0.5g/cmであるが、本発明はこれにさらに容積重の低い木材チップを混合する場合に有効である。すなわち、容積重の低い木材チップは見掛け密度も低い傾向があるからである。本発明の対象である見掛け密度が0.9g/cm未満の樹種、または容積重が0.4g/cm未満の樹種は、ポプラ、スプルース、杉などが挙げられる。
【0025】
なお、本発明は、通常のクラフト蒸解法の他、修正クラフト蒸解法(MCC)、拡大修正クラフト蒸解法(EMCC)、アイソサーマル蒸解法(ITC)、ローソリッド蒸解法(Lo−solid)にも適用できる。また、アントラキノン、ポリサルファイドなどの助剤を添加した蒸解にも適用できる。
【実施例】
【0026】
以下、実施例及び比較例により、本発明をさらに説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。実施例1、2及び比較例1で実施した木材チップのスチーミング処理・浸漬処理、木材チップのスチーミング処理・浸漬処理後の見掛け密度の測定方法、木材チップの容積重の測定法、界面活性剤の添加方法について下記に示す。
<使用した木材チップ>
実施例、比較例で使用した木材チップは、杉(容積重:0.332g/cm)、ラジアータパイン(容積重:0.440g/cm)、ダグラスファー(容積重:0.449g/cm)の3種類である。
<木材チップのスチーミング処理・浸漬処理>
2.4L容量の密閉圧力容器中に絶乾重量100gの木材チップを投入し、圧力開放状態で、温度100℃で15分間水蒸気を吹き込んでスチーミング処理した。スチーミング処理後、90℃に加温した熱水1.5Lを密閉容器内に満たし、木材チップ全体が完全に熱水に浸された状態で1分間保持して、浸漬処理した。
<スチーミング処理・浸漬後の木材チップの見掛け密度>
スチーミング処理・浸漬後、木材チップを30秒間遠心脱水し、浸漬後重量を求めた。また、この木材チップを水に沈め増加した体積を求めた。浸漬後重量を増加体積で除し、スチーミング処理・浸漬後の見掛け密度とした。
<木材チップの容積重>
木材チップの容積重はJIS P 8014に準拠して測定した。
<界面活性剤の添加方法>
スチーミング処理前の木材チップに界面活性剤を100〜500ppm(対チップ絶乾重量)添加した。界面活性剤添加後の木材チップ含水率が40%となるように所定量の界面活性剤を含む水を加え浸漬させた。
【0027】
[実施例1]
杉の木材チップに上記界面活性剤添加方法により界面活性剤(商品名:DI-750、サンノプコ社製)を500ppm(対絶乾木材チップ重量)となるように添加し、スチーミング処理・浸漬し、見掛け密度を求めた。一方、ラジアータパイン、ダグラスファーの木材チップには界面活性剤を添加せず、スチーミング処理・浸漬した後、見掛け密度を測定した。3材種の見掛け密度の最大値と最小値の差、及び3材種の平均値を求めた。結果は表1に示した。なお、容積重ではダグラスファー(容積重:0.449g/cm)がラジアータパイン(容積重:0.440g/cm)より大きい値を示したが、見掛け比重ではラジアータパインの方が大きい値を示した。
【0028】
[実施例2]
杉の木材チップに上記界面活性剤添加方法により界面活性剤(商品名:DI-750、サンノプコ社製)を100ppm(対絶乾木材チップ重量)となるように添加し、スチーミング処理・浸漬し、見掛け密度を測定した。一方、ラジアータパイン、ダグラスファーの木材チップには界面活性剤を添加せず、スチーミング処理・浸漬した後、見掛け密度を測定した。3材種の見掛け比重の最大値と最小値の差、及び3材種の平均値を求めた。結果は表1に示した。
【0029】
[比較例1]
杉、ラジアータパイン、ダグラスファーのいずれの木材チップにも界面活性剤を添加せず、スチーミング処理・浸漬した後、見掛け密度を測定した。3材種の見掛け密度の最大値と最小値の差、及び3材種の平均値を求めた。結果は表1に示した。
【0030】
【表1】

【0031】
表1より、比較例1に対して、実施例では木材チップ間の見掛け密度の差が小さくなることは明らかとなった。また、3材種の木材チップの見掛け密度の平均値も大きくなり釜内での沈降性が良くなることが示され、本発明の効果が実証された。



【特許請求の範囲】
【請求項1】
スチーミング処理後の見掛け密度が0.9g/cm未満である木材チップに対して、該木材チップがスチーミングベッセルに移送される前に浸透性改善剤を添加してスチーミング処理後の見掛け密度を0.9〜1.05g/cmの範囲とすることを特徴とするクラフト蒸解の改善方法。
【請求項2】
スチーミング処理の条件が100℃以下の水蒸気を用い、処理時間が15分未満である請求項1記載のクラフト蒸解の改善方法。
【請求項3】
浸透性改善剤が界面活性剤である請求項1ないし2記載のクラフト蒸解の改善方法。
【請求項4】
容積重が0.4g/cm以下である木材チップを対象とした請求項1〜3のいずれかに記載のクラフト蒸解の改善方法。
【請求項5】
容積重が0.4g/cm以下である木材チップを単独で蒸解する工程で、該木材チップの見掛け密度を1g/cmに近づける請求項1〜4いずれかに記載のクラフト蒸解の改善方法。