説明

クリープ破断強度予測方法及びクリープ破断強度予測装置

【課題】高クロムフェライト鋼を高温環境下で使用する前に、高クロムフェライト鋼中の組織評価を行うことにより、高クロムフェライト鋼の長時間クリープ破断強度を高精度で短時間に予測する。
【解決手段】使用前の高クロムフェライト鋼中の析出物を検出し、該検出した析出物中の微細析出物の割合を算出し、該算出した微細析出物の割合と、微細析出物の割合とクリープ破断強度との相関を表すマスターカーブとを照合して、前記算出した微細析出物の割合に対応するクリープ破断強度を取得するクリープ破断強度の予測方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高温環境下で使用する前に高クロムフェライト鋼のクリープ破断強度を予測する方法、及び、クリープ破断強度の予測装置に関する。
【背景技術】
【0002】
蒸気タービンやガスタービンのロータ、弁、車室、動翼、ボルトなどの高温部材に用いられる高クロムフェライト鋼は、600℃近傍の高温領域で長期間使用されるため、10万時間を超える長時間領域で優れたクリープ破断強度を有することが要求される。
【0003】
一般に、長時間クリープ破断強度は、実使用温度での設計寿命である10万時間から30万時間の試験を実施することは現実的に困難であるため、温度加速試験で得られる比較的短時間のクリープ破断強度から実使用温度における長時間クリープ破断強度を予測評価することが一般的である。異なる温度で実施したクリープ破断試験結果を温度補償する手法として、ラーソンミラーパラメータ法などがある。ラーソンミラーパラメータ法は、クリープ破断時間と温度の関数であるラーソンミラーパラメータと負荷応力との関係を用いて、短時間クリープ破断強度から長時間クリープ破断強度を外挿する手法である。
【0004】
また、特許文献1には、高クロムフェライト鋼中の析出物とクリープ損傷との相関について記載されており、高温での使用により高クロムフェライト鋼中に析出した炭化物の析出分布からクリープ損傷を評価する方法が開示されている。
【特許文献1】特許第3015599号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、高クロムフェライト鋼では、例えば図2に示すように、同じ負荷応力において、高温(650℃)で短時間のクリープ試験結果(ラーソンミラーパラメータ値)と実使用温度(600℃)で長時間のクリープ試験結果とが一致しない現象が発生している。すなわち、実使用温度での長時間領域において、クリープ破断強度がラーソンミラーパラメータから予測される値よりも大幅に低下している。なお、図2において、横軸はラーソンミラーパラメータ(Tは温度、trはクリープ破断時間、Cは定数)であり、縦軸は負荷応力である。
一般に、種々の温度でのデータのばらつきが最小となるように、定数Cの値を決定する。しかし、本事象は、実使用温度での長時間領域においてのみ発生する。従って、全ての時間領域において1つの定数Cを用いて予測評価することが困難となる。精度良くクリープ破断強度を予測評価するためには、長時間領域の試験データを多数取得し、長時間領域のデータのみについて最適な定数Cを決定する必要がある。しかし、長時間領域の試験データを多数取得することは、時間とコストの観点から非常に困難である。
【0006】
また、高クロムフェライト鋼は、製造方法、溶解チャージ、及び、溶解重量によりクリープ破断強度にばらつきが発生するので、それぞれの場合について長時間クリープ試験を実施してクリープ破断強度を得る必要がある。
【0007】
以上のように、高クロムフェライト鋼の長時間でのクリープ破断強度を精度良く予測できる方法は確立されておらず、長時間クリープ破断強度を高精度で得るためには、製造方法やチャージ毎に数万時間のクリープ破断試験を行わなければならなかった。高クロムフェライト鋼材からタービンの高温部材を製造する場合、鋼材のタービン実機への適用可否をクリープ破断強度により判断するので、鋼材ごとに長時間のクリープ破断試験を行うのでは、適用可否の判断が実機生産開始に間に合わないといった問題があった。
【0008】
また、特許文献1に開示されている方法は、高温使用中の析出物の変化を検出することにより、残存寿命を評価したものである。従って、特許文献1の方法を用いて高温使用前の初期状態からクリープ破断寿命を予測することはできない。
【0009】
本発明は、上記問題に鑑みなされたものであり、高クロムフェライト鋼を高温環境下で使用する前に、高クロムフェライト鋼中の組織評価を行うことにより、高クロムフェライト鋼の長時間クリープ破断強度を高精度で短時間に予測する方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記問題を解決するために、本発明は、使用前の高クロムフェライト鋼中の析出物を検出し、該検出した析出物中の微細析出物の割合を算出し、該算出した微細析出物の割合と、微細析出物の割合とクリープ破断強度との相関を表すマスターカーブとを照合して、前記算出した微細析出物の割合に対応するクリープ破断強度を取得するクリープ破断強度の予測方法を提供する。
【0011】
本発明者らが、実際にクリープ試験を実施して長時間クリープ破断強度に差異が認められた高クロムフェライト鋼に対して、クリープ試験前の同材料の組織観察を行った結果、高クロムフェライト鋼中の析出物、特に微細析出物がクリープ破断時間に影響を与え、微細析出物の割合とクリープ破断時間とに非常に良い相関があることを見出した。この際、材料毎の析出物の総量には差異が認められなかった。従って、上記のように、使用前の高クロムフェライト鋼に析出した析出物中の微細析出物の割合を算出し、算出した微細析出物の割合を、微細析出物の割合とクリープ破断強度との相関を表すマスターカーブと照合することで、クリープ破断強度を取得することができる。本発明によれば、高温での使用前に高クロムフェライト鋼のクリープ破断強度を高精度に短時間で予測することが可能である。
【0012】
上記発明において、前記微細析出物の大きさが、0.1μm以下であることが好ましい。特に、大きさが0.1μm以下の析出物がクリープ破断強度に影響するので、予測精度を向上させることができる。
【0013】
上記発明において、前記析出物及び前記微細析出物が、前記高クロムフェライト鋼の組織中のMX型炭窒化物からなる析出物であることが好ましい。MX型炭窒化物がクリープ破断強度に最も影響を与える。従って、MX型炭窒化物析出物のみを抽出し検出すれば、クリープ破断強度の予測精度を向上させることができる。
【0014】
上記発明において、前記微細析出物の割合が、前記検出した析出物中の前記微細析出物の個数率とすれば、クリープ破断強度の予測精度が更に向上するので好ましい。なお本発明において、個数率とは、検出した析出物の個数に対する微細析出物の個数割合とする。
【0015】
更に本発明は、上記の高クロムフェライト鋼のクリープ破断強度の予測方法を用いて、タービンを運転する前に、高クロムフェライト鋼からなるタービン部材のクリープ破断強度を取得するタービン部材のクリープ破断強度の予測方法を提供する。
【0016】
上述したように、高クロムフェライト鋼材は、製造方法、溶解チャージ、及び、溶解重量によって長時間クリープ強度にばらつきがある。本発明の高クロムフェライト鋼のクリープ破断強度の予測方法を用いれば、タービン運転前に高クロムフェライト鋼からなるタービン部材のクリープ破断強度を短時間で予測でき、高クロムフェライト鋼材毎に実機適用可否の判断を迅速に行うことができる。また、クリープ破断強度を高精度で予測できるので、タービン部材のクリープ破断強度のばらつきを抑制してタービン部材の信頼性を向上させるとともに、設計寿命以前の経年損傷によるタービン取替えなどの経済的損失を未然に防止することができる。
【0017】
また、本発明は、使用前の高クロムフェライト鋼中の析出物を検出する検出手段と、該検出手段で検出された析出物中の微細析出物の割合を算出する算出手段と、該算出手段で算出された前記微細析出物の割合と、微細析出物の割合とクリープ破断強度との相関を表すマスターカーブとを照合して、前記算出した微細析出物の割合に対応するクリープ破断強度を取得する取得手段とを備えるクリープ破断強度の予測装置を提供する。
【0018】
上記の予測装置を用いれば、高クロムフェライト鋼のクリープ破断強度を使用前に容易に予測することが可能である。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、長時間のクリープ試験を実施することなく、高クロムフェライト鋼のクリープ破断強度を短時間で精度良く予測することが可能となる。
本発明の高クロムフェライト鋼のクリープ強度予測方法を用いれば、高クロムフェライト鋼材のタービン部材への適用可否を短時間で容易に判断できる。更に、使用前にクリープ破断強度を予測することで、タービン部材のクリープ破断強度のばらつきを抑制して、タービン部材の信頼性向上させ、設計寿命以前の経年損傷によるタービン取替えなどの経済的損失を回避することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
高クロムフェライト鋼中には、製造時にニオブ(Nb)またはバナジウム(V)を主体としたMX型炭窒化物や、クロム(Cr)を主体としたM23が、結晶粒内に析出する。このうち、結晶粒内の微細なMX型炭窒化物は、転位の運動を阻害する効果が大きく、クリープ破断強度の向上に有効である。本発明は、微細析出物の割合とクリープ破断強度との相関に基に、高温での使用前の高クロムフェライト鋼中の微細析出物の割合を算出することにより、クリープ破断強度の予測を可能とした。
【0021】
以下に、本発明に係る高クロムフェライト鋼のクリープ破断強度の予測装置及び予測方法の一実施形態を説明する。
【0022】
本実施形態において、予測装置はコンピュータである。
まず、本実施形態の予測装置は、MX型炭窒化物からなる微細析出物の割合とクリープ破断時間との相関を表すマスターカーブを作成する。
【0023】
オペレータは、サンドペーパー及びバフにより研磨した高クロムフェライト鋼供試材の表面を、電子顕微鏡で組織観察する。あるいは、供試材表面の組織のレプリカを採取し、採取したレプリカフィルムを電子顕微鏡で観察する。レプリカを採取する方法は、サンドペーパー及びバフにより研磨した高クロムフェライト鋼の研磨面をエッチング液を用いて組織が現出するまでエッチングし、エッチング面をアルコール洗浄し乾燥させる。次いで、エッチング面に酢酸メチルを塗布し、酢酸メチルが乾燥する前にアセチルセルロースフィルム等のレプリカフィルムを貼り付ける。レプリカフィルムが乾燥した後、エッチング面から剥がし、高クロムフェライト鋼表面の析出物を転写し付着させたレプリカを採取する。
【0024】
オペレータは、電子顕微鏡観察により取得した画像を予測装置に入力する。予測装置は、検出手段において、電子顕微鏡写真を画像処理し、MX型炭窒化物からなる析出物のみを検出する。この際、例えばエネルギフィルタ型透過電子顕微鏡(EF−TEM)を用い、バナジウムまたはニオブについて元素マッピングを行って取得した画像を処理すれば、MX型炭窒化物からなる析出物を容易に高精度で検出できる。
【0025】
予測装置は、算出手段において、検出手段で検出したMX型炭窒化物からなる析出物のうち、微細析出物(例えば、析出物径が0.1μm以下の析出物)の微細析出物の割合を算出する。MX型炭窒化物の中でも、結晶粒内の0.1μm以下の微細析出物は、高温使用中にも粗大化などの変化が小さいため、クリープ破断強度に最も影響を与える。一方、未固溶のニオブ炭化物(NbC)は粗大に析出しており、クリープ破断強度に影響しない。従って、例えば0.1μm以下の微細MX型炭窒化物を抽出し、微細MX型炭窒化物の割合を算出することで、評価精度が向上する。
微細析出物の割合は、個数率とされる。ここで、個数率とは、組織観察によって検出したMX型炭窒化物析出物の全個数に対する微細MX型炭窒化物析出物の個数割合である。
【0026】
次に、オペレータは、MX型炭窒化物からなる微細析出物の割合が異なる高クロムフェライト鋼供試材に対して長時間のクリープ破断試験を行い、クリープ破断時間を測定する。具体的に、温度600℃、引張荷重14kg/mm、試験時間1万5千時間以上の条件にてクリープ破断試験を行う。
【0027】
オペレータは、クリープ破断試験により得られた高クロムフェライト鋼供試材のクリープ破断時間を予測装置に入力する。予測装置は、算出手段で算出された微細析出物の個数率と、入力されたクリープ破断時間とから、微細析出物の個数率とクリープ破断時間との相関を表すマスターカーブを作成する。図1に、マスターカーブの一例として、材料A〜材料Dの外周部及び中心部についての0.1μm以下のMX型炭窒化物からなる微細析出物の割合と、クリープ破断時間比との相関を表すグラフを示す。同図において、横軸は材料Aの個数率を1とした場合の0.1μm以下の微細析出物の個数率比、縦軸は材料Aの個数率を1とした場合のクリープ破断時間比である。
【0028】
作成されたマスターカーブは、コンピュータのメモリに格納される。
【0029】
次に、本実施形態の予測装置は、長時間クリープ破断時間が未知の高クロムフェライト鋼について、上記の方法で作成したマスターカーブを用いて、クリープ破断時間を取得する。
オペレータは、上記と同様の手順にて、高クロムフェライト鋼の研磨面あるいは研磨面から組織を採取したレプリカフィルムを電子顕微鏡観察し、得られた画像を予測装置に入力する。予測装置は、検出手段において、電子顕微鏡写真を画像処理して、MX型炭窒化物からなる析出物のみを検出する。
【0030】
予測装置は、算出手段において、検出手段で検出されたMX型炭窒化物からなる析出物のうち、微細析出物(例えば、析出物径が0.1μm以下の析出物)の個数率を算出する。
【0031】
そして、予測装置は、取得手段において、算出手段で算出された微細析出物の個数率と、メモリに格納されたマスターカーブとを照合して、算出手段で算出された個数率に対応するクリープ破断時間を取得する。取得されたクリープ破断時間を、高クロムフェライト鋼の予測されるクリープ破断時間とする。
【0032】
次に、本発明の高クロムフェライト鋼のクリープ破断強度の予測方法を用いて、タービン部材のクリープ破断強度を予測する場合の一実施形態を説明する。
【0033】
オペレータは、使用前の高クロムフェライト鋼材から試験片を成形する。例えば、試験用材料の残材を用いると良い。このとき、鋼材表層から深い位置、すなわちタービンロータの中心部またはタービンロータ表面から深い位置に対応する部分から試験片を採取することが好ましい。中心部近くや表面から深い位置ほど、冷却速度などの差が生じやすいため、材料間のばらつきを効果的に評価できる。クリープ破断強度の予測は、高クロムフェライト鋼材からタービン部材を機械加工により製造する前に行うことが好ましい。
【0034】
オペレータは、EF−TEMを用いて試験片表面の組織観察を行う。予測装置は、検出手段において、観察領域においてバナジウムの元素マッピング画像を取得し、元素マッピング画像を画像処理し、MX型炭窒化物からなる析出物のみを検出する。
【0035】
予測装置は、算出手段において、検出手段で検出されたMX型炭窒化物からなる析出物のうち、径が0.1μm以下の微細析出物の個数率を算出する。
【0036】
予測装置は、取得手段において、算出手段で算出された微細析出物の個数率と、コンピュータのメモリに格納されたマスターカーブ(例えば、図1に示すマスターカーブ)とを照合し、算出手段で算出された微細析出物の個数率に対応するクリープ破断時間を取得する。取得されたクリープ破断時間を、高クロムフェライト鋼材から製造されるタービン部材の予測クリープ破断時間とする。
【0037】
予測装置は、予測されたクリープ破断時間を、タービン部材に使用される高クロムフェライト鋼のクリープ破断時間の規格値と比較し、高クロムフェライト鋼材をタービン実機に適用可能であるかを判断することも可能である。
【0038】
本発明により、タービン部材に使用される高クロムフェライト鋼のクリープ破断強度を短時間で容易に予測評価でき、タービン実機への適用可否判断を迅速に行うことができる。本発明により高精度でクリープ破断強度を得ることができるため、タービン部材の長時間クリープ強度のばらつきを抑制でき、タービンの信頼性向上を図ることができる。更に、設計寿命以前の経年損傷によるタービン取替えなどの経済的損失を回避することができる。
【0039】
なお、本発明のクリープ破断時間の予測方法は、上述した実施形態に限定されるものではなく、本発明の範囲内で任意に組み合わせ可能である。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】0.1μm以下の微細析出物の個数率比とクリープ破断時間比との相関を表すマスターカーブの一例である。
【図2】高クロムフェライト鋼の650℃で短時間のクリープ破断試験結果と600℃で長時間のクリープ破断試験結果を、ラーソンミラーパラメータで規格化したグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
使用前の高クロムフェライト鋼中の析出物を検出し、
該検出した析出物中の微細析出物の割合を算出し、
該算出した微細析出物の割合と、微細析出物の割合とクリープ破断強度との相関を表すマスターカーブとを照合して、前記算出した微細析出物の割合に対応するクリープ破断強度を取得するクリープ破断強度の予測方法。
【請求項2】
前記微細析出物の大きさが、0.1μm以下である請求項1に記載のクリープ破断強度の予測方法。
【請求項3】
前記析出物及び前記微細析出物が、前記高クロムフェライト鋼の組織中のMX型炭窒化物からなる析出物である請求項1または請求項2に記載のクリープ破断強度の予測方法。
【請求項4】
前記微細析出物の割合が、前記検出した析出物中の前記微細析出物の個数率である請求項1乃至請求項3のいずれか1項に記載のクリープ破断強度の予測方法。
【請求項5】
請求項1乃至請求項4のいずれか1項に記載されるクリープ破断強度の予測方法を用いて、タービンを運転する前に、高クロムフェライト鋼からなるタービン部材のクリープ破断強度を取得するタービン部材のクリープ破断強度の予測方法。
【請求項6】
使用前の高クロムフェライト鋼中の析出物を検出する検出手段と、
該検出手段で検出された析出物中の微細析出物の割合を算出する算出手段と、
該算出手段で算出した前記微細析出物の割合と、微細析出物の割合とクリープ破断強度との相関を表すマスターカーブとを照合して、前記算出された微細析出物の割合に対応するクリープ破断強度を取得する取得手段とを備えるクリープ破断強度の予測装置。

【図1】
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【図2】
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