クロストリジウム属細菌を用いたブタノールの生産方法
【課題】クロストリジウム(Clostridium)属細菌の異なる性質を利用して、セルロースの糖化とブタノールの生産をクロストリジウム(Clostridium)属細菌のみで実施することが可能なブタノール生産技術を提供する。
【解決手段】クロストリジウム(Clostridium)属細菌の混合培養によるセルロース基質からのブタノール生産方法であって、セルロース資化能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌によりセルロース基質を糖化する工程と、ブタノール生産能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌によりブタノールを生産する工程と、を有する、ブタノール生産方法により解決する。
【解決手段】クロストリジウム(Clostridium)属細菌の混合培養によるセルロース基質からのブタノール生産方法であって、セルロース資化能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌によりセルロース基質を糖化する工程と、ブタノール生産能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌によりブタノールを生産する工程と、を有する、ブタノール生産方法により解決する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クロストリジウム属細菌を用いたブタノールの生産方法に関し、より具体的には、クロストリジウム属細菌の混合培養によるセルロースを基質としたブタノールの生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、化石燃料への依存による地球温暖化問題がクローズアップされている。同時に、石油の枯渇が指摘されており、エネルギー確保が人類共通の重要課題となっている。そこで、石油由来の燃料生産に代わりバイオマス由来の燃料生産が求められている。殊に、食物と競合しない非食料バイオマス由来のバイオマス燃料への期待が高まっている。
【0003】
バイオマス燃料としてはバイオエタノールが知られているが、バイオマス燃料としてのブタノールも注目されている。ブタノールは燃焼エネルギー効率がエタノールよりも高く、既存の化石燃料へ高い比率で混合することができる。また、溶剤としても従来よりよく利用されているなど、利用用途の広さという観点でも、エタノールよりも優れているといえる。
【0004】
これまで知られているバイオマス燃料としてのブタノール生産技術としては、例えば、特開2005−328801号公報に開示されている、食品残渣と焼酎粕に水を配合したものを用いて培養液を調製し、当該培養液をClostridium saccharoperbutylacetonicum N1−4やClostridium saccharoperbutylacetonicum ATCC 27021Tのブタノール生産菌によりブタノール発酵を行うブタノールの生産方法(特許文献1)や、特開2005−261239号公報に開示されている、セルロース系物質及び/又はセルロース系物質由来の糖質を含む培地で、ジオバシラス属に属し、セルロース系物質及び/又はセルロース系物質由来の糖質から1−ブタノールなどの低級アルコールを生産する能力を有する微生物を培養し、培養物から1−ブタノールなどの低級アルコールを採取する低級アルコールの製造法(特許文献2)が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−328801号公報
【特許文献2】特開2005−261239号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ブタノール生産菌としては、代表的なものとしてクロストリジウム(Clostridium)属細菌が知られている。しかしながら、ブタノール生産菌はセルロースを資化することができず、また、セルロース資化菌は高ブタノール生産能を有しない。そのため、クロストリジウム(Clostridium)属細菌による高ブタノール生産技術の開発が望まれていた。
【0007】
そこで本発明は、クロストリジウム(Clostridium)属細菌の異なる性質を利用して、セルロースの糖化とブタノールの生産をクロストリジウム(Clostridium)属細菌のみで実施することが可能なブタノール生産技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、セルロース資化菌によるセルロース糖化と、高ブタノール生産菌によるブタノール発酵を1つの系で行う混合培養法を実施したところ、セルロース基質からのブタノール生産を効率よく実施することができるとの知見を得た。
【0009】
本発明はかかる知見に基づきなされたものであり、クロストリジウム(Clostridium)属細菌の混合培養によるセルロース基質からのブタノール生産方法であって、セルロース資化能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌によりセルロース基質を糖化する工程と、ブタノール生産能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌によりブタノールを生産する工程と、を有する、ブタノール生産方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明のブタノール生産方法によれば、セルロース資化菌によるセルロース糖化と、高ブタノール生産菌を組み合わせた混合培養により、1つの系でセルロース基質の糖化を行いつつブタノールを生産することができるため、セルロース基質を用いたブタノール生産を効率よく実施することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】ブタノール生産菌の添加時期の検討結果を示す図である。
【図2】セルロース資化菌とブタノール生産菌の添加量の違いによるブタノール生産量の経時的変化を示す図である。
【図3】セルロース資化菌とブタノール生産菌の添加量の違いによる最終発酵産物量の比較データを示す図である。
【図4】培養温度の違いによるブタノール生産量の経時的変化を示す図である。
【図5】培養温度の違いによる最終発酵産物量の比較データを示す図である。
【図6】基質濃度の違いによるブタノール生産量の経時的変化を示す図である。
【図7】基質濃度の違いによる発酵産物量の比較データを示す図である。
【図8】ブタノール生産菌の違いによるブタノール生産量の経時的変化を示す図である。
【図9】ブタノール生産菌の違いによる発酵産物量の比較データを示す図である。
【図10】基質の違いによるブタノール生産量の経時的変化を示す図である。
【図11】基質の違いによる発酵産物量の比較データを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の実施形態について詳細に説明する。本発明のブタノール生産方法は、クロストリジウム(Clostridium)属細菌の混合培養によるセルロース基質からのブタノール生産方法であって、セルロース資化能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌によりセルロース基質を糖化する工程と、ブタノール生産能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌によりブタノールを生産する工程と、を有する。
【0013】
セルロース基質としては、セルロース系バイオマスであればその種類に限定されない。ここで、セルロース系バイオマスとは、セルロースを含む物質を意味し、例えば、レーヨン、綿、麻などの植物系の繊維のわた、糸、布帛などの繊維類;新聞紙、ろ紙、雑誌、コピー紙やダンボールなどの紙類;稲わら、野菜くずなどの農産廃棄物のほか、結晶性セルロースなどを挙げることができる。
【0014】
セルロース基質の濃度は、ブタノールの生産効率の観点からは、0.5〜10%(w/w)であることが好ましく、2〜8%(w/w)であることがより好ましく、3〜5%(w/w)であることがさらに好ましい。
【0015】
なお、前記セルロース基質には、ヘミセルラーゼを添加することが好ましい。ヘミセルラーゼを添加することにより、ヘミセルロースを含むセルロース系バイオマスの糖化が促進され、ブタノール生産菌が資化するためのセロビオースやグルコースの量が増加する結果、ブタノール生産量を増加させることができる。ヘミセルラーゼの添加量は任意に設定することができるが、添加量が多ければ糖化をより促進させることができる。
【0016】
前記ヘミセルロースを含むセルロース系バイオマスとしては、木質系バイオマスが挙げられる。本実施形態において木質系バイオマスとは、植物体の一部をなしていた木質系部分を含む材料であって、家畜等の動物の消化管を通ったことがなく、かつ、工業的に食品または飼料とするために加工又は分解工程を受けたことがなく、かつ、食品又は食品原料として不適である、主としてセルロース、ヘミセルロースおよびリグニンから構成されるバイオマスをいう。具体的には、例えば、間伐材、剪定枝葉、木材チップ、おが屑や籾殻、製材工場等の残廃材、建築廃材、建築解体材などが挙げられる。
【0017】
前記セルロース資化能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌は、セルロース基質中のセルロースを資化(糖化)する能力が高いという観点から、クロストリジウム サーモセラム(Clostridium thermocellum)NBRC 103400株であることが好ましい。クロストリジウム サーモセラム(Clostridium thermocellum)は、セルロースを嫌気的条件下で糖化してセロビオース及びグルコースを生成する。また、好熱性菌としても知られ、その至適温度は55〜60℃と、他のクロストリジウム(Clostridium)属細菌の至適温度と比較すると高い。
【0018】
また、前記セルロース資化能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌として、遺伝子組み換えにより、セルロース資化能が高められた組み換え体を用いることもできる。従って、本実施形態においては、セルロース資化能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌には、遺伝子組み換えにより、セルロース資化能が高められた組み換え体も含まれる。
【0019】
前記ブタノール生産能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌は、ブタノール生産能が高いという観点から、クロストリジウム サッカロパーブチルアセトニカム(Clostridium saccharoperbutylacetonicum)N1-4株であることが好ましい。クロストリジウム サッカロパーブチルアセトニカム(Clostridium saccharoperbutylacetonicum)は、前記クロストリジウム サーモセラム(Clostridium thermocellum)NBRC 103400株がセルロースを糖化して生成したセロビオース及び/又はグルコースを基質として嫌気的条件下でブタノール発酵を行い、主にブタノールを生産するほか、エタノール、酢酸、酪酸、アセトンなどを生産する。また、至適温度は25〜34℃であり、37℃を超えるとブタノール生産を停止してしまうという性質を有している。
【0020】
また、前記ブタノール生産能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌として、遺伝子組み換えにより、ブタノール生産能が高められた組み換え体を用いることもできる。従って、本実施形態においては、ブタノール生産能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌には、遺伝子組み換えにより、ブタノール生産能が高められた組み換え体も含まれる。
【0021】
クロストリジウム(Clostridium)属細菌の混合培養は、前記セルロース基質を糖化する工程を開始してから少なくとも24時間経過後に、前記ブタノールを生産する工程を実施することにより行われる。
【0022】
すなわち、前記ブタノール生産菌はセルロース基質を直接資化することができないため、前記ブタノール生産菌がブタノールを生産するためには、前記セルロース資化菌がセルロース基質を糖化する工程が前提として必要となる。そのため、仮に前記セルロース資化菌と前記ブタノール生産菌を同時に培地に添加しても、所望量のブタノールを生産することができない。
【0023】
しかし、前記セルロース資化菌がセルロースを糖化し始めれば、同時並行的に前記ブタノール生産菌がブタノールを生産することが可能となる。
【0024】
前記セルロース基質を糖化する工程は、前記セルロース資化能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌の至適温度で実施し、前記ブタノールを生産する工程を、前記ブタノール生産能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌の至適温度で実施することがブタノールの効率的生産の観点から好ましい。
【0025】
前記セルロース資化能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌の至適温度は55〜60℃であり、前記ブタノール生産能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌の至適温度は25〜34℃である。従って、前記セルロース基質を糖化する工程は、60℃前後で実施することが好ましく、前記ブタノールを生産する工程は、30℃前後で実施することが好ましい。
【0026】
ブタノール生産工程の終了後、必要に応じて、得られたブタノールを蒸留し高濃度のブタノールを分取する蒸留工程を実施する。蒸留工程では、培養液を蒸留装置等によって蒸留し、ブタノール濃度を所望の濃度に濃縮する。
【0027】
蒸留工程で副生された蒸留残渣はセルロース基質(セルロース系バイオマス)やクロストリジウム(Clostridium)属細菌に由来する栄養素を豊富に含み、栄養学的に優れていることから、飼料化や肥料化を行うことにより、家畜の飼料や農作物の肥料として有効利用することができる。
【0028】
蒸留残渣を家畜の飼料として利用する場合は、例えば、蒸留残渣をそのまま又は乾燥処理を実施した上で、家畜に供給することができる。また、蒸留残渣を農作物の肥料として利用する場合は、例えば、必要に応じて炭素源又は窒素源を添加し、C/N比を適宜調整することにより、作物に有用な肥料が得られる。
【実施例】
【0029】
1.ブタノール生産菌の添加時期の検討
セルロース資化菌として、クロストリジウム サーモセラム(Clostridium thermocellum)NBRC 103400株(=ATCC27405)(以下、「NBRC 103400株」という)を使用し、このNBRC 103400株の初発菌体量をOD600nm=0.1に調製し、2%(wt/vol)結晶性セルロース(Avicel cellulose、Sigma-Aldrich社製)を基質として植菌し、嫌気的条件下、60℃で培養した。一方、ブタノール生産菌としては、クロストリジウム サッカロパーブチルアセトニカム(Clostridium saccharoperbutylacetonicum) N1-4株(以下、「N1-4株」という)を使用した。このN1-4株の初発菌体量をOD600nm=0.1に調製し、N1-4株を添加してから培地の温度を30℃に変更して、嫌気的条件下、所定期間培養した。ここで、N1-4株の添加時期を、NBRC 103400株の植菌後0h、24h(1日)、48h(2日)、72h(3日)、96h(4日)を経過した後に添加することで、適切なブタノール生産菌の添加時期を検討した。なお、NBRC 103400株の植菌後0h経過後にN1-4株を添加した場合、すなわちNBRC 103400株とN1-4株を同時に添加して混合培養した場合は、30℃で実施した。
【0030】
結果を図1に示す。NBRC 103400株の植菌後0h経過後にN1-4株を添加した場合、すなわちNBRC 103400株とN1-4株を同時に添加して混合培養した場合は、ブタノールの生産はほとんど認められなかった。
【0031】
NBRC 103400株の植菌後24h(1日)経過後にN1-4株を添加した場合、NBRC 103400株の植菌後48h(2日)経過後にN1-4株を添加した場合、NBRC 103400株の植菌後72h(3日)経過後にN1-4株を添加した場合、NBRC 103400株の植菌後96h(4日)経過後にN1-4株を添加した場合については、順調にブタノールの生産が認められた。
【0032】
以上の結果から、NBRC 103400株の植菌後、少なくとも24h(1日)経過後にN1-4株を添加すれば、結晶性セルロースを基質としてブタノール生産が可能であることが明らかとなった。なお、結晶性セルロースに代えて、ろ紙、新聞紙、綿、稲わらを基質とした場合でも同様の傾向が認められた。
【0033】
2.ブタノール生産菌の添加量の検討
NBRC 103400株の初発菌体量をOD600nm=0.1又は1.0に調製し、2%(wt/vol)結晶性セルロース(Avicel cellulose、Sigma-Aldrich社製)を基質としてそれぞれ植菌し、24h(1日)、嫌気的条件下、60℃で培養した。培養開始から24h(1日)経過後、各培地にN1-4株をOD600nm=0.1又は1.0に調製したものを添加し、培地の温度を30℃に変更して嫌気的条件下で培養した。培養期間中、経時的にブタノール生産量を測定した。
【0034】
OD600nmの値と菌株の組み合わせを表1に示す。また、ブタノール生産量の経時的変化の結果を図2に示し、最終発酵産物量の比較を図3に示す。図2、図3に示すように、NBRC 103400株の初発の菌体量が多いほどブタノール生産量が増加する傾向が認められた。これはNBRC 103400株の初発の菌体量が多いほどブタノール生産菌が資化するためのセロビオースやグルコースの量が増加するためと推察される。なお、結晶性セルロースに代えて、ろ紙、新聞紙、綿、稲わらを基質とした場合でも同様の傾向が認められた。
【0035】
【表1】
【0036】
3.ブタノール生産菌添加後の培養温度の検討
NBRC 103400株の初発菌体量をOD600nm=1.0に調製し、2%(wt/vol)結晶性セルロース(Avicel cellulose、Sigma-Aldrich社製)を基質として植菌し、嫌気的条件下、24h(1日)、60℃で培養した。培養開始から24h(1日)経過後、各培地にN1-4株をOD600nm=1.0に調製したものを添加し、培地の温度を下げて嫌気的条件下で培養した。
【0037】
ここで、N1-4株の培養温度を、25℃、30℃、34℃、37℃、42℃に設定することで、ブタノール生産菌添加後の適切な培養温度を検討した。
【0038】
図4にブタノール生産量の経時的変化を測定した結果を示し、図5に最終発酵産物量の比較データを示す。図4、図5に示すように、ブタノール生産菌添加後の培養温度を30℃に設定した場合に最もブタノール生産性が高くなることが判明した。また、高温になるにつれて酪酸生成量が増加する傾向が認められた。なお、結晶性セルロースに代えて、ろ紙、新聞紙、綿、稲わらを基質とした場合でも同様の傾向が認められた。
【0039】
4.基質濃度の検討
NBRC 103400株の初発菌体量をOD600nm=1.0に調製し、結晶性セルロース(Avicel cellulose、Sigma-Aldrich社製)を基質として植菌し、嫌気的条件下、24h(1日)、60℃で培養した。培養開始から24h(1日)経過後、N1-4株の初発菌体量をOD600nm=1.0に調製したものを添加し、培地の温度を30℃に変更して嫌気的条件下で培養した。
【0040】
ここで、基質濃度が0.5%(wt/vol)、1%(wt/vol)、2%(wt/vol)、3%(wt/vol)、4%(wt/vol)、5%(wt/vol)のものを調製し、適切な基質濃度を検討した。
【0041】
図6にブタノール生産量の経時的変化を測定した結果を示し、図7に培養9日後の発酵産物量の比較データを示す。図6、図7に示すように、基質濃度が増加するにつれてブタノール生産量も増加する傾向が認められた。また、基質濃度は4%(wt/vol)のときが最も高いブタノール生産量であることが明らかとなった。なお、結晶性セルロースに代えて、ろ紙、新聞紙、綿、稲わらを基質とした場合でも同様の傾向が認められた。
【0042】
5.種々のブタノール生産菌を用いた発酵生産
NBRC 103400株の初発菌体量をOD600nm=1.0に調製し、4%(wt/vol)結晶性セルロース(Avicel cellulose、Sigma-Aldrich社製)を基質として植菌し、嫌気的条件下、24h(1日)、60℃で培養した。培養開始から24h(1日)経過後、ブタノール生産菌の初発菌体量をOD600nm=1.0に調製したものを添加し、培地の温度を30℃に変更して嫌気的条件下で培養した。
【0043】
ここで、ブタノール生産菌として、N1-4株のほか、比較対照として、クロストリジウム アセトブチリカム(Clostridium acetobutylicum)ATCC824株(以下、「ATCC824株」という)およびクロストリジウム ベイジェリンキー(Clostridium beijerinckii)NCIMB8052株(以下、「NCIMB8052株」という)を使用し、ブタノール生産菌の違いによるブタノール生産性を検討した。なお、これらのブタノール生産菌は、グルコースを基質としてブタノール生産を行った場合は、その生産量に大きな差異はないことを確認している。
【0044】
図8にブタノール生産量の経時的変化を測定した結果を示し、図9に培養11日後の発酵産物量の比較データを示す。図8、図9に示すように、試験したブタノール生産菌の中では、N1-4株が最もブタノール生産量が多く、混合培養によるブタノール生産に最も適している菌株であることが判明した。一方、ATCC824株およびNCIMB8052株ではブタノールではなく酪酸が主生産物となることが判明した。なお、結晶性セルロースに代えて、ろ紙、新聞紙、綿、稲わらを基質とした場合でも同様の傾向が認められた。
【0045】
6.基質の検討
NBRC 103400株の初発菌体量をOD600nm=1.0に調製し、濃度4%(wt/vol)の基質に植菌し、嫌気的条件下、24h(1日)、60℃で培養した。培養開始から24h(1日)経過後、N1-4株の初発菌体量をOD600nm=1.0に調製したものを添加し、培地の温度を30℃に変更して嫌気的条件下で所定期間培養した。
【0046】
ここで、基質としてグルコース(関東化学株式会社製)、結晶性セルロース(Avicel cellulose、Sigma-Aldrich社製)、ろ紙(アドバンテック株式会社製)、新聞紙、稲わら及び稲わらにヘミセルラーゼを添加したものを用い、基質の違いによるブタノール生産量の相違を検討した。
【0047】
なお、グルコースを基質に用いた場合はセルロース資化菌であるNBRC 103400株を用いる必要がないため、培地には添加しなかった。また、ろ紙、新聞紙、稲わらはミルサー(タイガー魔法瓶株式会社製)にて物理的粉砕処理を行ったものをセルロース基質として使用した。稲わらにヘミセルラーゼを添加する場合、アスペルギルス ニガー(Aspergillus niger)由来のヘミセルラーゼ(Sigma社製)を30U/mlとなるように培地に添加した。
【0048】
図10にブタノール生産量の経時的変化を測定した結果を示し、図11に培養11日後の発酵産物量の比較データを示す。図10、図11に示すように、基質の種類によって生産量の違いはあるものの、今回使用したすべての基質でブタノールが主生産物として生産されたことから、種々のセルロース系基質でクロストリジウム属の混合培養によるブタノールの生産が可能であることが示唆された。
【0049】
また、図11に示すように、ヘミセルラーゼを稲わら基質に添加した場合は、添加しない場合と比較して、約2.0倍ものブタノールが得られた。稲わらはセルロースのほかヘミセルロースを有している。そのため、ヘミセルロースを構成糖として含むセルロース基質を用いる場合は、ヘミセルラーゼを添加することでブタノール生産量を高められることが明らかとなった。この結果から、ヘミセルロースを含む木質系バイオマスを基質として用いた場合であっても、良好なブタノール生産が可能となることが示唆された。
【技術分野】
【0001】
本発明は、クロストリジウム属細菌を用いたブタノールの生産方法に関し、より具体的には、クロストリジウム属細菌の混合培養によるセルロースを基質としたブタノールの生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、化石燃料への依存による地球温暖化問題がクローズアップされている。同時に、石油の枯渇が指摘されており、エネルギー確保が人類共通の重要課題となっている。そこで、石油由来の燃料生産に代わりバイオマス由来の燃料生産が求められている。殊に、食物と競合しない非食料バイオマス由来のバイオマス燃料への期待が高まっている。
【0003】
バイオマス燃料としてはバイオエタノールが知られているが、バイオマス燃料としてのブタノールも注目されている。ブタノールは燃焼エネルギー効率がエタノールよりも高く、既存の化石燃料へ高い比率で混合することができる。また、溶剤としても従来よりよく利用されているなど、利用用途の広さという観点でも、エタノールよりも優れているといえる。
【0004】
これまで知られているバイオマス燃料としてのブタノール生産技術としては、例えば、特開2005−328801号公報に開示されている、食品残渣と焼酎粕に水を配合したものを用いて培養液を調製し、当該培養液をClostridium saccharoperbutylacetonicum N1−4やClostridium saccharoperbutylacetonicum ATCC 27021Tのブタノール生産菌によりブタノール発酵を行うブタノールの生産方法(特許文献1)や、特開2005−261239号公報に開示されている、セルロース系物質及び/又はセルロース系物質由来の糖質を含む培地で、ジオバシラス属に属し、セルロース系物質及び/又はセルロース系物質由来の糖質から1−ブタノールなどの低級アルコールを生産する能力を有する微生物を培養し、培養物から1−ブタノールなどの低級アルコールを採取する低級アルコールの製造法(特許文献2)が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−328801号公報
【特許文献2】特開2005−261239号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ブタノール生産菌としては、代表的なものとしてクロストリジウム(Clostridium)属細菌が知られている。しかしながら、ブタノール生産菌はセルロースを資化することができず、また、セルロース資化菌は高ブタノール生産能を有しない。そのため、クロストリジウム(Clostridium)属細菌による高ブタノール生産技術の開発が望まれていた。
【0007】
そこで本発明は、クロストリジウム(Clostridium)属細菌の異なる性質を利用して、セルロースの糖化とブタノールの生産をクロストリジウム(Clostridium)属細菌のみで実施することが可能なブタノール生産技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、セルロース資化菌によるセルロース糖化と、高ブタノール生産菌によるブタノール発酵を1つの系で行う混合培養法を実施したところ、セルロース基質からのブタノール生産を効率よく実施することができるとの知見を得た。
【0009】
本発明はかかる知見に基づきなされたものであり、クロストリジウム(Clostridium)属細菌の混合培養によるセルロース基質からのブタノール生産方法であって、セルロース資化能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌によりセルロース基質を糖化する工程と、ブタノール生産能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌によりブタノールを生産する工程と、を有する、ブタノール生産方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明のブタノール生産方法によれば、セルロース資化菌によるセルロース糖化と、高ブタノール生産菌を組み合わせた混合培養により、1つの系でセルロース基質の糖化を行いつつブタノールを生産することができるため、セルロース基質を用いたブタノール生産を効率よく実施することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】ブタノール生産菌の添加時期の検討結果を示す図である。
【図2】セルロース資化菌とブタノール生産菌の添加量の違いによるブタノール生産量の経時的変化を示す図である。
【図3】セルロース資化菌とブタノール生産菌の添加量の違いによる最終発酵産物量の比較データを示す図である。
【図4】培養温度の違いによるブタノール生産量の経時的変化を示す図である。
【図5】培養温度の違いによる最終発酵産物量の比較データを示す図である。
【図6】基質濃度の違いによるブタノール生産量の経時的変化を示す図である。
【図7】基質濃度の違いによる発酵産物量の比較データを示す図である。
【図8】ブタノール生産菌の違いによるブタノール生産量の経時的変化を示す図である。
【図9】ブタノール生産菌の違いによる発酵産物量の比較データを示す図である。
【図10】基質の違いによるブタノール生産量の経時的変化を示す図である。
【図11】基質の違いによる発酵産物量の比較データを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の実施形態について詳細に説明する。本発明のブタノール生産方法は、クロストリジウム(Clostridium)属細菌の混合培養によるセルロース基質からのブタノール生産方法であって、セルロース資化能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌によりセルロース基質を糖化する工程と、ブタノール生産能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌によりブタノールを生産する工程と、を有する。
【0013】
セルロース基質としては、セルロース系バイオマスであればその種類に限定されない。ここで、セルロース系バイオマスとは、セルロースを含む物質を意味し、例えば、レーヨン、綿、麻などの植物系の繊維のわた、糸、布帛などの繊維類;新聞紙、ろ紙、雑誌、コピー紙やダンボールなどの紙類;稲わら、野菜くずなどの農産廃棄物のほか、結晶性セルロースなどを挙げることができる。
【0014】
セルロース基質の濃度は、ブタノールの生産効率の観点からは、0.5〜10%(w/w)であることが好ましく、2〜8%(w/w)であることがより好ましく、3〜5%(w/w)であることがさらに好ましい。
【0015】
なお、前記セルロース基質には、ヘミセルラーゼを添加することが好ましい。ヘミセルラーゼを添加することにより、ヘミセルロースを含むセルロース系バイオマスの糖化が促進され、ブタノール生産菌が資化するためのセロビオースやグルコースの量が増加する結果、ブタノール生産量を増加させることができる。ヘミセルラーゼの添加量は任意に設定することができるが、添加量が多ければ糖化をより促進させることができる。
【0016】
前記ヘミセルロースを含むセルロース系バイオマスとしては、木質系バイオマスが挙げられる。本実施形態において木質系バイオマスとは、植物体の一部をなしていた木質系部分を含む材料であって、家畜等の動物の消化管を通ったことがなく、かつ、工業的に食品または飼料とするために加工又は分解工程を受けたことがなく、かつ、食品又は食品原料として不適である、主としてセルロース、ヘミセルロースおよびリグニンから構成されるバイオマスをいう。具体的には、例えば、間伐材、剪定枝葉、木材チップ、おが屑や籾殻、製材工場等の残廃材、建築廃材、建築解体材などが挙げられる。
【0017】
前記セルロース資化能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌は、セルロース基質中のセルロースを資化(糖化)する能力が高いという観点から、クロストリジウム サーモセラム(Clostridium thermocellum)NBRC 103400株であることが好ましい。クロストリジウム サーモセラム(Clostridium thermocellum)は、セルロースを嫌気的条件下で糖化してセロビオース及びグルコースを生成する。また、好熱性菌としても知られ、その至適温度は55〜60℃と、他のクロストリジウム(Clostridium)属細菌の至適温度と比較すると高い。
【0018】
また、前記セルロース資化能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌として、遺伝子組み換えにより、セルロース資化能が高められた組み換え体を用いることもできる。従って、本実施形態においては、セルロース資化能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌には、遺伝子組み換えにより、セルロース資化能が高められた組み換え体も含まれる。
【0019】
前記ブタノール生産能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌は、ブタノール生産能が高いという観点から、クロストリジウム サッカロパーブチルアセトニカム(Clostridium saccharoperbutylacetonicum)N1-4株であることが好ましい。クロストリジウム サッカロパーブチルアセトニカム(Clostridium saccharoperbutylacetonicum)は、前記クロストリジウム サーモセラム(Clostridium thermocellum)NBRC 103400株がセルロースを糖化して生成したセロビオース及び/又はグルコースを基質として嫌気的条件下でブタノール発酵を行い、主にブタノールを生産するほか、エタノール、酢酸、酪酸、アセトンなどを生産する。また、至適温度は25〜34℃であり、37℃を超えるとブタノール生産を停止してしまうという性質を有している。
【0020】
また、前記ブタノール生産能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌として、遺伝子組み換えにより、ブタノール生産能が高められた組み換え体を用いることもできる。従って、本実施形態においては、ブタノール生産能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌には、遺伝子組み換えにより、ブタノール生産能が高められた組み換え体も含まれる。
【0021】
クロストリジウム(Clostridium)属細菌の混合培養は、前記セルロース基質を糖化する工程を開始してから少なくとも24時間経過後に、前記ブタノールを生産する工程を実施することにより行われる。
【0022】
すなわち、前記ブタノール生産菌はセルロース基質を直接資化することができないため、前記ブタノール生産菌がブタノールを生産するためには、前記セルロース資化菌がセルロース基質を糖化する工程が前提として必要となる。そのため、仮に前記セルロース資化菌と前記ブタノール生産菌を同時に培地に添加しても、所望量のブタノールを生産することができない。
【0023】
しかし、前記セルロース資化菌がセルロースを糖化し始めれば、同時並行的に前記ブタノール生産菌がブタノールを生産することが可能となる。
【0024】
前記セルロース基質を糖化する工程は、前記セルロース資化能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌の至適温度で実施し、前記ブタノールを生産する工程を、前記ブタノール生産能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌の至適温度で実施することがブタノールの効率的生産の観点から好ましい。
【0025】
前記セルロース資化能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌の至適温度は55〜60℃であり、前記ブタノール生産能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌の至適温度は25〜34℃である。従って、前記セルロース基質を糖化する工程は、60℃前後で実施することが好ましく、前記ブタノールを生産する工程は、30℃前後で実施することが好ましい。
【0026】
ブタノール生産工程の終了後、必要に応じて、得られたブタノールを蒸留し高濃度のブタノールを分取する蒸留工程を実施する。蒸留工程では、培養液を蒸留装置等によって蒸留し、ブタノール濃度を所望の濃度に濃縮する。
【0027】
蒸留工程で副生された蒸留残渣はセルロース基質(セルロース系バイオマス)やクロストリジウム(Clostridium)属細菌に由来する栄養素を豊富に含み、栄養学的に優れていることから、飼料化や肥料化を行うことにより、家畜の飼料や農作物の肥料として有効利用することができる。
【0028】
蒸留残渣を家畜の飼料として利用する場合は、例えば、蒸留残渣をそのまま又は乾燥処理を実施した上で、家畜に供給することができる。また、蒸留残渣を農作物の肥料として利用する場合は、例えば、必要に応じて炭素源又は窒素源を添加し、C/N比を適宜調整することにより、作物に有用な肥料が得られる。
【実施例】
【0029】
1.ブタノール生産菌の添加時期の検討
セルロース資化菌として、クロストリジウム サーモセラム(Clostridium thermocellum)NBRC 103400株(=ATCC27405)(以下、「NBRC 103400株」という)を使用し、このNBRC 103400株の初発菌体量をOD600nm=0.1に調製し、2%(wt/vol)結晶性セルロース(Avicel cellulose、Sigma-Aldrich社製)を基質として植菌し、嫌気的条件下、60℃で培養した。一方、ブタノール生産菌としては、クロストリジウム サッカロパーブチルアセトニカム(Clostridium saccharoperbutylacetonicum) N1-4株(以下、「N1-4株」という)を使用した。このN1-4株の初発菌体量をOD600nm=0.1に調製し、N1-4株を添加してから培地の温度を30℃に変更して、嫌気的条件下、所定期間培養した。ここで、N1-4株の添加時期を、NBRC 103400株の植菌後0h、24h(1日)、48h(2日)、72h(3日)、96h(4日)を経過した後に添加することで、適切なブタノール生産菌の添加時期を検討した。なお、NBRC 103400株の植菌後0h経過後にN1-4株を添加した場合、すなわちNBRC 103400株とN1-4株を同時に添加して混合培養した場合は、30℃で実施した。
【0030】
結果を図1に示す。NBRC 103400株の植菌後0h経過後にN1-4株を添加した場合、すなわちNBRC 103400株とN1-4株を同時に添加して混合培養した場合は、ブタノールの生産はほとんど認められなかった。
【0031】
NBRC 103400株の植菌後24h(1日)経過後にN1-4株を添加した場合、NBRC 103400株の植菌後48h(2日)経過後にN1-4株を添加した場合、NBRC 103400株の植菌後72h(3日)経過後にN1-4株を添加した場合、NBRC 103400株の植菌後96h(4日)経過後にN1-4株を添加した場合については、順調にブタノールの生産が認められた。
【0032】
以上の結果から、NBRC 103400株の植菌後、少なくとも24h(1日)経過後にN1-4株を添加すれば、結晶性セルロースを基質としてブタノール生産が可能であることが明らかとなった。なお、結晶性セルロースに代えて、ろ紙、新聞紙、綿、稲わらを基質とした場合でも同様の傾向が認められた。
【0033】
2.ブタノール生産菌の添加量の検討
NBRC 103400株の初発菌体量をOD600nm=0.1又は1.0に調製し、2%(wt/vol)結晶性セルロース(Avicel cellulose、Sigma-Aldrich社製)を基質としてそれぞれ植菌し、24h(1日)、嫌気的条件下、60℃で培養した。培養開始から24h(1日)経過後、各培地にN1-4株をOD600nm=0.1又は1.0に調製したものを添加し、培地の温度を30℃に変更して嫌気的条件下で培養した。培養期間中、経時的にブタノール生産量を測定した。
【0034】
OD600nmの値と菌株の組み合わせを表1に示す。また、ブタノール生産量の経時的変化の結果を図2に示し、最終発酵産物量の比較を図3に示す。図2、図3に示すように、NBRC 103400株の初発の菌体量が多いほどブタノール生産量が増加する傾向が認められた。これはNBRC 103400株の初発の菌体量が多いほどブタノール生産菌が資化するためのセロビオースやグルコースの量が増加するためと推察される。なお、結晶性セルロースに代えて、ろ紙、新聞紙、綿、稲わらを基質とした場合でも同様の傾向が認められた。
【0035】
【表1】
【0036】
3.ブタノール生産菌添加後の培養温度の検討
NBRC 103400株の初発菌体量をOD600nm=1.0に調製し、2%(wt/vol)結晶性セルロース(Avicel cellulose、Sigma-Aldrich社製)を基質として植菌し、嫌気的条件下、24h(1日)、60℃で培養した。培養開始から24h(1日)経過後、各培地にN1-4株をOD600nm=1.0に調製したものを添加し、培地の温度を下げて嫌気的条件下で培養した。
【0037】
ここで、N1-4株の培養温度を、25℃、30℃、34℃、37℃、42℃に設定することで、ブタノール生産菌添加後の適切な培養温度を検討した。
【0038】
図4にブタノール生産量の経時的変化を測定した結果を示し、図5に最終発酵産物量の比較データを示す。図4、図5に示すように、ブタノール生産菌添加後の培養温度を30℃に設定した場合に最もブタノール生産性が高くなることが判明した。また、高温になるにつれて酪酸生成量が増加する傾向が認められた。なお、結晶性セルロースに代えて、ろ紙、新聞紙、綿、稲わらを基質とした場合でも同様の傾向が認められた。
【0039】
4.基質濃度の検討
NBRC 103400株の初発菌体量をOD600nm=1.0に調製し、結晶性セルロース(Avicel cellulose、Sigma-Aldrich社製)を基質として植菌し、嫌気的条件下、24h(1日)、60℃で培養した。培養開始から24h(1日)経過後、N1-4株の初発菌体量をOD600nm=1.0に調製したものを添加し、培地の温度を30℃に変更して嫌気的条件下で培養した。
【0040】
ここで、基質濃度が0.5%(wt/vol)、1%(wt/vol)、2%(wt/vol)、3%(wt/vol)、4%(wt/vol)、5%(wt/vol)のものを調製し、適切な基質濃度を検討した。
【0041】
図6にブタノール生産量の経時的変化を測定した結果を示し、図7に培養9日後の発酵産物量の比較データを示す。図6、図7に示すように、基質濃度が増加するにつれてブタノール生産量も増加する傾向が認められた。また、基質濃度は4%(wt/vol)のときが最も高いブタノール生産量であることが明らかとなった。なお、結晶性セルロースに代えて、ろ紙、新聞紙、綿、稲わらを基質とした場合でも同様の傾向が認められた。
【0042】
5.種々のブタノール生産菌を用いた発酵生産
NBRC 103400株の初発菌体量をOD600nm=1.0に調製し、4%(wt/vol)結晶性セルロース(Avicel cellulose、Sigma-Aldrich社製)を基質として植菌し、嫌気的条件下、24h(1日)、60℃で培養した。培養開始から24h(1日)経過後、ブタノール生産菌の初発菌体量をOD600nm=1.0に調製したものを添加し、培地の温度を30℃に変更して嫌気的条件下で培養した。
【0043】
ここで、ブタノール生産菌として、N1-4株のほか、比較対照として、クロストリジウム アセトブチリカム(Clostridium acetobutylicum)ATCC824株(以下、「ATCC824株」という)およびクロストリジウム ベイジェリンキー(Clostridium beijerinckii)NCIMB8052株(以下、「NCIMB8052株」という)を使用し、ブタノール生産菌の違いによるブタノール生産性を検討した。なお、これらのブタノール生産菌は、グルコースを基質としてブタノール生産を行った場合は、その生産量に大きな差異はないことを確認している。
【0044】
図8にブタノール生産量の経時的変化を測定した結果を示し、図9に培養11日後の発酵産物量の比較データを示す。図8、図9に示すように、試験したブタノール生産菌の中では、N1-4株が最もブタノール生産量が多く、混合培養によるブタノール生産に最も適している菌株であることが判明した。一方、ATCC824株およびNCIMB8052株ではブタノールではなく酪酸が主生産物となることが判明した。なお、結晶性セルロースに代えて、ろ紙、新聞紙、綿、稲わらを基質とした場合でも同様の傾向が認められた。
【0045】
6.基質の検討
NBRC 103400株の初発菌体量をOD600nm=1.0に調製し、濃度4%(wt/vol)の基質に植菌し、嫌気的条件下、24h(1日)、60℃で培養した。培養開始から24h(1日)経過後、N1-4株の初発菌体量をOD600nm=1.0に調製したものを添加し、培地の温度を30℃に変更して嫌気的条件下で所定期間培養した。
【0046】
ここで、基質としてグルコース(関東化学株式会社製)、結晶性セルロース(Avicel cellulose、Sigma-Aldrich社製)、ろ紙(アドバンテック株式会社製)、新聞紙、稲わら及び稲わらにヘミセルラーゼを添加したものを用い、基質の違いによるブタノール生産量の相違を検討した。
【0047】
なお、グルコースを基質に用いた場合はセルロース資化菌であるNBRC 103400株を用いる必要がないため、培地には添加しなかった。また、ろ紙、新聞紙、稲わらはミルサー(タイガー魔法瓶株式会社製)にて物理的粉砕処理を行ったものをセルロース基質として使用した。稲わらにヘミセルラーゼを添加する場合、アスペルギルス ニガー(Aspergillus niger)由来のヘミセルラーゼ(Sigma社製)を30U/mlとなるように培地に添加した。
【0048】
図10にブタノール生産量の経時的変化を測定した結果を示し、図11に培養11日後の発酵産物量の比較データを示す。図10、図11に示すように、基質の種類によって生産量の違いはあるものの、今回使用したすべての基質でブタノールが主生産物として生産されたことから、種々のセルロース系基質でクロストリジウム属の混合培養によるブタノールの生産が可能であることが示唆された。
【0049】
また、図11に示すように、ヘミセルラーゼを稲わら基質に添加した場合は、添加しない場合と比較して、約2.0倍ものブタノールが得られた。稲わらはセルロースのほかヘミセルロースを有している。そのため、ヘミセルロースを構成糖として含むセルロース基質を用いる場合は、ヘミセルラーゼを添加することでブタノール生産量を高められることが明らかとなった。この結果から、ヘミセルロースを含む木質系バイオマスを基質として用いた場合であっても、良好なブタノール生産が可能となることが示唆された。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
クロストリジウム(Clostridium)属細菌の混合培養によるセルロース基質からのブタノール生産方法であって、
セルロース資化能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌によりセルロース基質を糖化する工程と、
ブタノール生産能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌によりブタノールを生産する工程と、
を有する、ブタノール生産方法。
【請求項2】
前記セルロース資化能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌が、クロストリジウム サーモセラム(Clostridium thermocellum)NBRC 103400である、請求項1に記載のブタノール生産方法。
【請求項3】
前記ブタノール生産能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌が、クロストリジウム サッカロパーブチルアセトニカム(Clostridium saccharoperbutylacetonicum) N1-4である、請求項1又は2に記載のブタノール生産方法。
【請求項4】
前記セルロース基質が、セルロース系バイオマス又は木質系バイオマスを含む、請求項1〜3のいずれか1項に記載のブタノール生産方法。
【請求項5】
前記セルロース基質を糖化する工程を開始してから少なくとも24時間経過後に、前記ブタノールを生産する工程を実施する、請求項1〜4のいずれか1項に記載のブタノール生産方法。
【請求項6】
前記セルロース基質を糖化する工程を、前記セルロース資化能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌の至適温度で実施し、前記ブタノールを生産する工程を、前記ブタノール生産能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌の至適温度で実施する、請求項1〜5のいずれか1項に記載のブタノール生産方法。
【請求項7】
前記セルロース資化能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌の至適温度が60℃であり、前記ブタノール生産能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌の至適温度が30℃である、請求項6に記載のブタノール生産方法。
【請求項8】
前記セルロース基質を糖化する工程において、ヘミセルラーゼを添加する工程を更に有する、請求項1〜7のいずれか1項に記載のブタノール生産方法。
【請求項1】
クロストリジウム(Clostridium)属細菌の混合培養によるセルロース基質からのブタノール生産方法であって、
セルロース資化能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌によりセルロース基質を糖化する工程と、
ブタノール生産能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌によりブタノールを生産する工程と、
を有する、ブタノール生産方法。
【請求項2】
前記セルロース資化能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌が、クロストリジウム サーモセラム(Clostridium thermocellum)NBRC 103400である、請求項1に記載のブタノール生産方法。
【請求項3】
前記ブタノール生産能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌が、クロストリジウム サッカロパーブチルアセトニカム(Clostridium saccharoperbutylacetonicum) N1-4である、請求項1又は2に記載のブタノール生産方法。
【請求項4】
前記セルロース基質が、セルロース系バイオマス又は木質系バイオマスを含む、請求項1〜3のいずれか1項に記載のブタノール生産方法。
【請求項5】
前記セルロース基質を糖化する工程を開始してから少なくとも24時間経過後に、前記ブタノールを生産する工程を実施する、請求項1〜4のいずれか1項に記載のブタノール生産方法。
【請求項6】
前記セルロース基質を糖化する工程を、前記セルロース資化能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌の至適温度で実施し、前記ブタノールを生産する工程を、前記ブタノール生産能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌の至適温度で実施する、請求項1〜5のいずれか1項に記載のブタノール生産方法。
【請求項7】
前記セルロース資化能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌の至適温度が60℃であり、前記ブタノール生産能を有するクロストリジウム(Clostridium)属細菌の至適温度が30℃である、請求項6に記載のブタノール生産方法。
【請求項8】
前記セルロース基質を糖化する工程において、ヘミセルラーゼを添加する工程を更に有する、請求項1〜7のいずれか1項に記載のブタノール生産方法。
【図1】
【図2】
【図4】
【図6】
【図8】
【図10】
【図3】
【図5】
【図7】
【図9】
【図11】
【図2】
【図4】
【図6】
【図8】
【図10】
【図3】
【図5】
【図7】
【図9】
【図11】
【公開番号】特開2011−239710(P2011−239710A)
【公開日】平成23年12月1日(2011.12.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−113603(P2010−113603)
【出願日】平成22年5月17日(2010.5.17)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 社団法人日本農芸化学会 日本農芸化学会2010年度(平成22年度)大会講演要旨集 2010年3月5日
【出願人】(598096991)学校法人東京農業大学 (85)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年12月1日(2011.12.1)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年5月17日(2010.5.17)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 社団法人日本農芸化学会 日本農芸化学会2010年度(平成22年度)大会講演要旨集 2010年3月5日
【出願人】(598096991)学校法人東京農業大学 (85)
【Fターム(参考)】
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