説明

クロマトグラフィー用充填剤

【課題】糖の鋳型重合における高選択性の充填剤を提供すること。
【解決手段】メタクリル酸、4−ビニルピリジンなどのモノマー、エチレンジメタクリレート、メチレンビスアクリルアミドなどの架橋剤、トルエンなどの溶媒を用いて二段階膨潤重合法で重合を行い、得られたポリマーにガラクトース、グルコース、マンノースなどの糖を吸着させて加熱処理を施すことで製造されたポリマーゲルをクロマトグラフィー用充填剤として用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリマーゲルからなるクロマトグラフィー用充填剤に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質であるレクチンのように、糖類を特異的に識別する高分子ホストの研究が活発に行われている。その調製法の1つとして、分子インプリント法を用いた手法が提案されている。
【0003】
分子インプリント法は、特異的な分子認識能を有する高分子の調製法として注目されている。その一般的な調製法は、ホストとなるモノマーとゲストとなるプリント分子を試験管等に入れ重合する、いわゆる塊状重合法を用いるのが一般的である。具体的には、まずプリント分子とモノマーを加える。このとき、プリント分子とモノマーとの間には非共有結合型の相互作用が形成される。次に架橋剤を加え、重合を開始する。重合終了後、高分子を洗浄し、プリント分子を除去する。得られた高分子には、プリント分子の大きさと官能基の位置を記憶したサイトが調製される。かかる分子インプリント法を図1に模式的に示す。
【0004】
この塊状重合法は系中に水が存在しないので、ホストモノマーとプリント分子との間に形成される水素結合等の弱い相互作用が阻害されない利点がある。しかし、この重合では、一般的に油溶性のプリント分子しか適用できない制限があり、特に、生体高分子の代替として、水溶性物質を特異的に認識する合成高分子を調製する場合に問題となる。例えば、糖を鋳型とする分子インプリント法の問題点として、水をはじめとする極性溶媒に鋳型を溶解させねばならず、ホストモノマーと鋳型との間の相互作用が不利になる点が挙げられる。
【0005】
近年、単糖類を鋳型とした水媒体中での分子インプリント法について報告されている(例えば非特許文献1,2参照)。また、鋳型をホストに存在させた状態で、120℃に加熱することで、鋳型に対する識別能が大きくなる報告もなされている(例えば非特許文献3参照)。
【0006】
しかしながら、鋳型として用いた糖に対して、まだ十分な識別能を発現するまでに至っていない。
さらに、塊状重合法で得られた高分子の塊は、粉砕することでHPLC(高速液体クロマトグラフィー)用充填剤として利用可能であるものの、分級などの操作が煩雑であり、また、粒子径が不均一であることから得られるカラムの性能が高くないという欠点があった。
【非特許文献1】細矢他、第45回高分子学会予稿集、45(1996)1764
【非特許文献2】K.Tsukagoshi et al., Chem. Lett., 1994, 681
【非特許文献3】B. Sellergen et al., J. Chromatogr., 635 (1993) 31
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、これまでの調製法(塊状重合法)の問題点を克服し、糖を特異的に認識するポリマーゲルからなるクロマトグラフィー用充填剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、鋭意研究の結果、メタクリル酸および架橋剤を用いて重合を行い、さらに鋳型分子である糖の存在下に加熱処理を施した場合に、糖類に対する選択識別性がより大きく発現することを見いだした。さらに、その選択識別性は鋳型だけではなく鋳型と類似の構造を有する糖類にも及ぶことを見いだした。本発明はこれらの知見に基づいて完成したものである。
【0009】
すなわち本発明は、メタクリル酸または4−ビニルピリジンであるモノマー、架橋剤、溶媒を原料として重合で得られたポリマーに糖を吸着させて加熱処理を施すことを特徴とするポリマーゲルの製造方法により得られたポリマーゲルからなるクロマトグラフィー用充填剤に関する。
【発明の効果】
【0010】
糖を鋳型として調製した本発明のポリマーゲルからなるクロマトグラフィー用充填剤は、糖類に対する選択性がより大きく発現する。しかもその選択性は鋳型だけを識別するのではなく、アルドペントース/アルドヘキソース、N−アセチルヘキソサミンをそれぞれ2つのグループとして識別した。したがって、本発明は糖の鋳型重合における高選択性の充填剤の提供を可能にし、糖質の分析に止まらず複合糖質全般の分離に大きく寄与するものと考えられる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明において用いる糖(プリント分子)としてはガラクトース(Gal)、グルコース(Glc)、マンノース(Man)等の単糖類が挙げられる。本発明において用いるモノマー(ホストモノマー)としては、メタクリル酸(MA)あるいはビニルピリジン(VP)が挙げられる。また、本発明において用いる架橋剤としては、エチレンジメタクリレート(EDMA)またはメチレンビスアクリルアミドが挙げられる。さらに、本発明において用いる溶媒としては、トルエンが挙げられる。
【0012】
本発明においてモノマー、架橋剤および溶媒を用いて行う重合における重合条件は次の通りである。すなわち、温度は室温〜50℃程度であり、重合時間は4時間〜8時間である。なお、重合方法としては光重合を用いることもできる。
【0013】
重合終了後に溶媒を除去し、目的とするポリマーゲルを得る。さらに、重合終了後に溶媒を除去して得られたポリマーに糖を吸着させ、加熱処理を施す。この場合、加熱温度は一般に100℃〜300℃の範囲が好ましく、特に250℃前後が好ましい。
【0014】
このようにして製造された本発明のポリマーゲルは、糖質の分析および複合糖質全般の分離を目的とする高速液体クロマトグフィー(HPLC)、キャピラリー電気クロマトグラフィー(CEC)等種々のクロマトグフィーの充填剤として使用することができる。上記ポリマーゲルをクロマトグフィーの充填剤として使用する場合におけるポリマーゲルのポリマー粒子の粒子径は、使用するクロマトグラフィーの種類、分離する対象となる物質の種類等に応じて適宜設定することができる。望ましい粒子径は、通常は2μm〜300μm,好ましくは2μm〜20μmであるが、この範囲に限定されない。
【0015】
以下の実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は実施例によって何ら制限されるものではない。
【実施例1】
【0016】
架橋剤としてエチレンジメタクリレート2ml(11ミリモル)、溶媒としてトルエン4mlを原料として二段階膨潤重合法で50℃で重合反応し、さらに得られたポリマーゲル表面にホストモノマーとしてメタクリル酸1ml(12ミリモル)、架橋剤としてメチレンビスアクリルアミド0.5g(3ミリモル)を重合で導入した。重合反応終了後、ポリマーゲルを洗浄し、グルコースをポリマーゲル表面に吸着させ、250℃で30分間加熱処理を施した。得られたポリマー粒子を充填剤とする高速液体クロマトグラフィーを用いて下記の条件下で、D−キシロース(Xyl)、L−アラビノース(Ara)、D−マンノース(Man)、N−アセチルD−グルコサミン(GlcNAc)、N−アセチル−D−ガラクトサミン(GalNAc)、D−グルコース(Glc)およびD−ガラクトース(Gal)の糖混合物を用いて糖類の識別を調べた。
【0017】
クロマトグラフィー条件:
移動相:95%アセトニトリル水溶液および90%アセトニトリル水溶液流速:1ml/分
カラムサイズ:4.6mm(i.d.)×150mm
カラム温度:30℃
検出:RI
結果を図2に示す。図2から次のことが分かる。
(1)鋳型を入れずに加熱処理した場合、糖類に対する選択性は加熱処理前と大きく変化しない。
(2)鋳型を入れた効果について比較すると、加熱処理することで、アミド基を有する糖類に対する選択性が大きく変化することが示された。
(3)その選択性は鋳型だけを識別するものではなく、特に、アセチルヘキソサミンとアルドペントース/アルドヘキソースを2つのグループとして識別する。
(4)鋳型が存在する条件で加熱処理することで、充填剤表面のカルボキシル基の状態に何らかの変化が生じ、アミド基との相互作用が変化したものと推測される。
【0018】
なお、図2において、縦軸および横軸の符号は下記の意味を表す。
【0019】
【表1】

【実施例2】
【0020】
ホストモノマーとしてビニルピリジンを用いて、実施例1に記載されたポリマー粒子を充填剤とする高速液体クロマトグラフィーを用いて下記の条件下で、D−ガラクトース(Gal)、L−アラビノース(Ara)、D−グルコース(Glc)、D−キシロース(Xyl)、D−マンノース(Man)およびD−リキソース(Lyx)の糖混合物を用いて糖類の識別を調べた。
【0021】
クロマトグラフィー条件:
移動相:85%アセトニトリル水溶液
流速:1ml/分
カラムサイズ:4.6mm(i.d.)×150mm
カラム温度:50℃
検出:RI
注入量:140nmol
結果を表2に示す。下記表2に示すように、ホストモノマーとしてビニルピリジンを用いた場合においても、糖類の識別に関して、メタクリル酸をホストモノマーとした場合と同様に、グループにより識別する傾向を示した。
【0022】
【表2】

【実施例3】
【0023】
ホストモノマーとしてメタクリル酸を用いたポリマーについて、加熱時間によるイオン交換容量の変化を測定したところ、下記表3に示すように、加熱時間が長くなるに従ってイオン交換容量の減少が見られた。なお、イオン交換容量の測定条件は次の通りである。
【0024】
ポリマーを内径4.6mm、長さ150mmのカラムに充填した。次にそのカラムに0.1N塩化カリウム水溶液を通液し、溶出溶液を0.1N水酸化カリウム水溶液で滴定することによりイオン交換容量を求めた。
【0025】
【表3】

【0026】
ホストモノマーとしてメタクリル酸を用いたポリマーについて、加熱処理によるポリマーの組成変化は見られないことをFT−IRスペクトルにより確認した。
【実施例4】
【0027】
濃度が1.7μmol/Lの酢酸水溶液、並びに酢酸1.7μmol/LおよびD−グルコース0.17μmol/Lを含む水溶液を用いて、両者のUVスペクトルを測定した。また、濃度が47mg/Lのポリメタクリル酸水溶液、並びにポリメタクリル酸47mg/LおよびD−グルコース58μmol/Lを含む水溶液を用いて、同様にして両者のUVスペクトルを測定した。結果を図3および図4に示す。両者の図から次のことが分かる。
(1)ポリメタクリル酸のn→π°遷移による吸収帯において、水中でグルコースの存在により、浅色移動と濃色効果が見られ、モノメリックな酢酸ではこのような顕著な差異が見られなかった。
(2)ポリメタクリル酸とグルコースは、水中においても水素結合により相互作用する可能性がある。
【0028】
糖類および官能基に関する加熱時間による識別能への影響を調べたところ、下記表4に示すように、糖を鋳型として加熱処理することで、単糖およびアミンの保持に関して相対的に有利になる傾向を示した。加熱処理によりイオン交換基が消失するものの、鋳型が存在することにより、その減少が抑制されたか、または、ある部位にイオン交換基が集中して残存したと推測される。
【0029】
【表4】

【0030】
なお、上記表4における各物質の測定条件は以下の通りである。
(1)D−キシロース、D−グルコース、N−アセチル−D−グルコサミンの場合
移動相:98%アセトニトリル水溶液
流速:1mL/分
カラムサイズ:4.6mm(i.d.)×150mm
カラム温度:30℃
検出:RI
注入量:140nmol
(2)リエチルアミン、ジエチレントリアミンの場合
移動相:pH4.8クエン酸緩衝液
流速:1mL/分
カラムサイズ:4.6mm(i.d.)×150mm
カラム温度:30℃
検出:RI
注入量:140nmol
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】分子インプリント法の工程を説明した図である。
【図2】ホストモノマーとしてメタクリル酸を用い加熱処理することにより調製したポリマーゲル充填剤による糖の識別能を示すグラフである。
【図3】酢酸による糖の識別を表すUVスペクトルである。
【図4】ポリメタクリル酸による糖の識別を表すUVスペクトルである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
メタクリル酸または4−ビニルピリジンであるモノマー、架橋剤、溶媒を原料として重合で得られたポリマーに糖を吸着させて加熱処理を施すことを特徴とするポリマーゲルの製造方法により得られたポリマーゲルからなるクロマトグラフィー用充填剤。
【請求項2】
糖がガラクトース、グルコースおよびマンノースからなる群より選択される請求項1に記載のクロマトグラフィー用充填剤。
【請求項3】
架橋剤がエチレンジメタクリレートまたはメチレンビスアクリルアミドである請求項1または請求項2に記載のクロマトグラフィー用充填剤。
【請求項4】
溶媒がトルエンである、請求項1ないし3のいずれか1項に記載のクロマトグラフィー用充填剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−17445(P2007−17445A)
【公開日】平成19年1月25日(2007.1.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−198361(P2006−198361)
【出願日】平成18年7月20日(2006.7.20)
【分割の表示】特願平10−99494の分割
【原出願日】平成10年4月10日(1998.4.10)
【出願人】(597145779)ジーイーヘルスケア バイオサイエンス株式会社 (5)
【Fターム(参考)】