説明

クロマトグラフ質量分析装置

【課題】安定同位体の存在比が近い元素を含む成分を含有する試料をオートMS2分析する際に、質量が異なる同位体元素を含む同一成分が連続的にプリカーサイオンとして選択されることを防止し、近い保持時間に溶出する多様な成分のMS2分析を可能とする。
【解決手段】プリカーサ選択条件として自動除外の期間と任意のm/zに対するm/z範囲(-p,q)とをユーザが予め設定できるようにする。プリカーサ選択部は分析実行時に、得られたMSスペクトルに対し所定の選択条件に従ってプリカーサを選択し、設定されている繰り返し回数だけ該プリカーサイオン(m/z=M)に対するMS2分析を実行する。その後、指定された自動除外期間の間、M-p〜M+qのm/z範囲のイオンをプリカーサ選択対象から除外する。m/z=Mであるイオンの元の成分と同位体元素のみが異なる成分由来のイオンはこの除外されるm/z範囲に入るため、プリカーサイオンとはならない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガスクロマトグラフ(GC)や液体クロマトグラフ(LC)の検出器としてMS2分析が可能な質量分析装置を用いたクロマトグラフ質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
三連四重極型質量分析装置(TQMS)やイオントラップ飛行時間型質量分析装置(IT-TOFMS)では、分析対象成分由来の各種イオンの中で特定の質量電荷比m/zを持つイオンをプリカーサイオンとして選択し、そのプリカーサイオンを衝突誘起解離(Collision Induced Dissociation=CID)により解離させ、それによって生成されたプロダクトイオンを質量分析することでMS/MS(=MS2)スペクトルを作成することができる。
【0003】
LCやGCとMS2分析可能な質量分析装置とを組み合わせたクロマトグラフ質量分析装置では、試料に含まれる成分が既知であれば、その成分の保持時間においてMS2分析の対象であるプリカーサイオンの質量電荷比を予め分析条件として設定しておき、目的成分のMS2スペクトルを取得することができる。しかしながら、試料に含まれる成分が未知である場合にはプリカーサイオンの質量電荷比を予め設定しておくことはできないし、目的成分以外に試料に含まれる未知成分のMS2分析結果を得ることもできない。これに対し、CIDを伴わないMS分析により得られた結果から適切なプリカーサイオンを自動的に選定しリアルタイムでMS2分析を実行する機能(以下、「オートMS2」という)を備える質量分析装置が従来知られている。
【0004】
例えば特許文献1には、MS分析により得られたMSスペクトルに現れる複数のピークの中で、信号強度が高いものから順にピークを選択し、それに対応したイオン種をプリカーサイオンとして自動的に設定してMS2分析を行うことが記載されている。また、同文献には、信号強度が所定の強度範囲に入るピークを選択しそれに対応したイオン種をプリカーサイオンとして自動的に設定してMS2分析を行うことも記載されている。また、特許文献2、非特許文献1には、MS分析により得られたMSスペクトルに現れる複数のピークの中で、単に信号強度や質量電荷比の順序のみでなく、モノアイソトピックピークや価数などによるフィルタリングを実行して、或いは特定の質量電荷を持つイオンを除外したり逆に優先したりしたうえで自動的にプリカーサイオンを選択しMS2分析を行うことも記載されている。
【0005】
図5により、一般的なクロマトグラフ質量分析装置におけるオートMS2機能を概略的に説明する。ここでは、MSスペクトルにおいて信号強度が閾値th以上であるピークの中で信号強度ができるだけ大きなものを1つだけプリカーサイオンとして選択するものとする。但し、除外イオンリストと優先イオンリストとが別途設定されており、除外イオンリストに登録されている質量電荷比を持つイオンは仮に上記基準に適合するものであってもプリカーサイオンとして選択しないようにし、逆に、優先イオンリストに登録されている質量電荷比を持つイオンはピークが存在していさえすれば上記基準に適合しないものであってもプリカーサイオンとして選択するようにする。通常、除外イオンリストは、試料に含まれる既知の夾雑成分、妨害成分や分析する必要がないことが予め分かっている成分がプリカーサイオンとして選択されないようにするために利用される。これとは逆に、優先イオンリストは、微量であっても分析したい成分がプリカーサイオンとして選択されるようにするために利用される。なお、1つのMSスペクトルに対して選択可能なプリカーサイオンの数を制限しているのは、リアルタイムでMS2分析を実行する時間に制約があるからである。
【0006】
図5(a)に示すように全イオン電流(トータルイオン)クロマトグラム(TIC)の波形が得られる場合、いま時刻t1においてAに示すMSスペクトルが得られたとする。このMSスペクトルにおいて上述した信号強度の基準に従ってピークfがプリカーサイオンの候補として挙げられるが、このピークfに対応した質量電荷比が除外イオンリストに登録されていたとすると、これはプリカーサイオンとして選択されない。一方、ピークgはその信号強度が閾値thを下回るが、これに対応した質量電荷比が優先イオンリストに登録されていたとすると、このピークgに対応したイオンはプリカーサイオンとして選択され、このプリカーサイオンに対するMS2分析が直ちに(つまりMS分析に引き続いて)実行される。その結果、Bに示すMS2スペクトルが得られる。
【0007】
別の或る時刻t2ではCに示すMSスペクトルが得られたとする。このMSスペクトルでは閾値th以上の信号強度を持つピークが5個あり、そのうちの強度の大きい順にピーク選択を試みる。いま、ピークb、dに対応した質量電荷比が除外イオンリストに登録されていたとすると、これらを除いて次に強度の大きなピークaに対応したイオンをプリカーサイオンとして選択し、このプリカーサイオンに対するMS2分析を直ちに実行する。その結果、Dに示すMS2スペクトルが得られる。オートMS2機能を利用した分析では、このようにCIDを伴わない通常のMS分析を繰り返し実行しつつ、その分析結果に基づいてプリカーサ選択条件を満たすイオンが存在する場合には、それをプリカーサイオンに設定してリアルタイムでMS2分析を実行してゆく。
【0008】
クロマトグラフ質量分析装置において上記のようにオートMS2機能を利用した分析を行う場合、次のような問題が起こる。即ち、分析対象試料に保持時間の近い成分が多数含まれていた場合、その保持時間付近では、プリカーサイオンとして選択されるイオンの候補の種類が多くなる。このとき、或る同一成分由来のイオンのみが繰り返しプリカーサイオンとして選択されMS2分析が実施されると、別の重要な成分由来のイオンがMS2分析に供される前にカラムからの該成分の溶出が終了してしまうおそれがある。つまり、後者の成分のMS2分析漏れが生じるおそれがある。そこで、これを避けるために、従来、同一質量電荷比(実際には許容質量誤差範囲内で同一とみなせる質量電荷比)を持つイオンがプリカーサイオンとして選択される繰り返し回数の上限を、プリカーサイオン選択条件の一つとして設定できるようにしている。
【0009】
しかしながら、上記従来の装置では、例えば臭素のように安定同位体の存在比がほぼ1:1である元素を含む化合物の場合、その化合物由来のイオンを所定回数繰り返してプリカーサイオンとして選択した後に、引き続いて、同位体元素を含む同一化合物由来のイオンをプリカーサイオンとして選択してしまう可能性がある。その結果、その化合物とは別の成分に対するMS2分析が実施されない、或いは、実施されても該成分の濃度が下がっているために十分な感度のMS2スペクトルが得られない、といった不都合が起こるおそれがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2008−298427号公報
【特許文献2】国際公開2009/095957号パンフレット
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】「液体クロマトグラフ質量分析計LCMS-IT-TOF オートMSn機能」、[online]、株式会社島津製作所、[平成22年5月25日検索]、インターネット<URL : http://www.an.shimadzu.co.jp/lcms/it-tof10.htm>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は上記課題に鑑みて成されたものであり、その目的とするところは、CID等の解離操作を伴わないMS分析結果に基づいて自動的に適切なプリカーサイオンを選定してMS2分析を実行するクロマトグラフ質量分析装置において、実質的に同一である成分由来のイオンが多数回繰り返しプリカーサイオンとして選択されてしまうことを回避することにより、多様な成分についての良好なMS2分析結果を取得することができるクロマトグラフ質量分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するためになされた本発明は、試料に含まれる試料成分を時間方向に分離するクロマトグラフ部と、試料成分由来のイオンに対する解離操作を伴うMS2分析と解離操作を伴わないMS分析とを選択的に実施可能な質量分析部と、を組み合わせたクロマトグラフ質量分析装置において、
a)MS分析により得られるMSスペクトルに基づいてMS2分析のプリカーサイオンを選択するための選択条件をユーザが入力設定するための手段であって、該選択条件の一つとして、任意のプリカーサイオンに対するMS2分析が実行された後にプリカーサイオンの選択から除外する質量電荷比範囲を定めるべく、実行されたMS2分析のプリカーサイオンの質量電荷比に対する質量電荷比の差を規定する情報を入力設定する選択条件設定手段と、
b)MSスペクトルを取得するためのMS分析と後記プリカーサ選択手段により指示されたプリカーサイオンに対するMS2分析とが繰り返し実行されるように前記質量分析部を制御する分析制御手段と、
c)MS分析により取得されたMSスペクトルについて前記選択条件設定手段により設定された選択条件に従ってプリカーサイオンを抽出して前記分析制御手段に指示する手段であって、該選択条件に適合したイオンをプリカーサイオンに設定したMS2分析を所定回数繰り返して実行した後に、該プリカーサイオンの質量電荷比に対して前記選択条件設定手段により設定されている質量電荷比差で定まる除外質量電荷比範囲をプリカーサイオンの選択から所定時間除外するようにプリカーサイオンを決定するプリカーサ選択手段と、
を備えることを特徴としている。
【0014】
本発明に係るクロマトグラフ質量分析装置において、選択条件に適合したイオンをプリカーサイオンに設定したMS2分析を繰り返し実行する際の「所定回数」は、選択条件の一つとして選択条件設定手段によりユーザが入力設定できるようにしておくとよい。また、除外質量電荷比範囲をプリカーサイオンの選択から除外する「所定時間」についても同様に、選択条件の一つとして選択条件設定手段によりユーザが入力設定できるようにしておくとよい。
【0015】
また、MSスペクトルに基づいてMS2分析のプリカーサイオンを選択するための基本的な選択条件としては、例えば、MS2スペクトル上のピークの中で、信号強度の下限値を超え且つできるだけ信号強度の大きなものを選択するとよい。このような選択条件が定められている場合、プリカーサ選択手段は、上記選択条件に従って、或るピークがプリカーサイオンの候補として挙げられたときに、該イオンの質量電荷比が上記除外質量電荷比範囲に入っていれば、この候補を除外して次に信号強度の大きなピークを選択することになる。
【0016】
本発明に係るクロマトグラフ質量分析装置において、除外質量電荷比範囲を定めるための質量電荷比の差の値(下限値)は、一般的な安定同位体元素の質量差をカバー可能であるように定めておく。したがって、例えば質量電荷比の差が2以上で任意に決められるように定めておくとよい。
【0017】
本発明に係るクロマトグラフ質量分析装置では、分析実行中にプリカーサ選択手段は、MS分析により実際に取得されたMSスペクトルに対し選択条件設定手段により設定された上記のような選択条件に従ってプリカーサイオンを決定する。その際に、選択条件に適合したイオンをプリカーサイオンとしたMS2分析が所定回数繰り返されるように分析制御手段にプリカーサイオンを指示する。一方、プリカーサ選択手段は、或るプリカーサイオンに対するMS2分析が所定回数繰り返して実行された後には、該プリカーサイオンの質量電荷比に対して選択条件設定手段により設定されている質量電荷比差で定まる除外質量電荷比範囲に入る質量電荷比を持つイオンをプリカーサイオンの選択対象から所定時間除外する。これにより、MS2分析が実行されたプリカーサイオンの元の成分と実質的には同一であって、同位体元素が異なるために質量が少しだけ異なる成分由来のイオンはプリカーサイオンとして選択されなくなる。
【0018】
また、入力設定可能な質量電荷比の差の値(下限値)を、一般的な安定同位体元素の質量差をカバー可能な値よりも大きな値としておくことにより、同位体元素を含む成分由来のイオンだけでなく、イオン化に伴って特定の物質(例えばNa、NH4など)が付加した付加イオンをも除去対象に加えることができる。これら付加イオンは実質的には上記特定の物質が付加していないイオンと同じであるから、これをプリカーサイオンの選択対象から外すことで別の成分由来のイオンをプリカーサイオンとして選択する機会が増える。
【0019】
また、除外質量電荷比範囲を定めるための質量電荷比の差は、質量電荷比値が大きくなる方向の差と質量電荷比値が小さくなる方向の差とが独立して定められるようになっていることが好ましい。
【発明の効果】
【0020】
本発明に係るクロマトグラフ質量分析装置によれば、或る化合物由来のイオンがプリカーサイオンとして自動的に選定されてMS2分析が1乃至複数回繰り返し実行された後に、質量の相違する安定同位体元素を含む実質的に同一の化合物由来のイオンが再びプリカーサイオンとして選択されることを回避することができる。それにより、クロマトグラフのカラムから複数の化合物がほぼ同時に溶出した場合でも、同じ化合物のみがMS2分析に供されることを防止し、多様な化合物に対するMS2分析結果を取得できる可能性が高まる。その結果、多様な化合物を含む試料を分析する際に、化合物のMS2分析漏れを少なくすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の一実施例であるLC-MSシステムの概略構成図。
【図2】本実施例のLC-MSシステムにおけるプリカーサ選択条件設定画面の一例を示す図。
【図3】本実施例のLC-MSシステムにおけるオートMS2分析実行時の動作を示すタイミング図。
【図4】本実施例のLC-MSシステムにおけるオートMS2分析実行時の制御・処理フローチャート。
【図5】一般的なクロマトグラフ質量分析装置におけるオートMS2機能の概略説明図。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明に係るクロマトグラフ質量分析の一実施例であるLC-MSシステムについて、添付図面を参照して説明する。図1は本実施例によるLC-MSシステムの概略構成図である。
【0023】
このシステムは、液体試料中の含有成分を時間的に分離する液体クロマトグラフ(LC)1と、分離された各成分を質量電荷比m/zに応じて分離して検出するものであって且つMS2分析が可能な質量分析計(MS)2と、質量分析計2で取得されたデータを処理するとともに質量分析計2の動作を制御するパーソナルコンピュータ(PC)3と、を備える。パーソナルコンピュータ3には専用のデータ処理/制御用ソフトウエアがインストールされており、このソフトウエアをパーソナルコンピュータ3で実行することにより、図示したデータ処理部31、測定データ保存部32、プリカーサ選択部34、プリカーサ選択情報記憶部35、などを含む制御部33の機能が実現される。またパーソナルコンピュータ3には、キーボードやマウス等のポインティングデバイスである操作部4と、表示部5とが接続されている。
【0024】
質量分析計2は、前段の四重極マスフィルタで選択されたプリカーサイオンを衝突室内でCIDにより解離させ、それにより生成されたプロダクトイオンを後段の四重極マスフィルタで質量分離して検出することが可能な三連四重極型質量分析装置である。ただし、質量分析計2はMS分析とMS2分析とが可能でありさえすればその構成を問わず、試料由来のイオンをイオントラップに一旦捕捉した後にプリカーサイオンの選別、CID、及びプロダクトイオンの質量分離をイオントラップ内で行うイオントラップ質量分析装置、試料由来のイオンをイオントラップに一旦捕捉した後にプリカーサイオンの選別、CIDをイオントラップ内で行いプロダクトイオンの質量分離はイオントラップ外部の飛行時間型質量分析装置で行うイオントラップ飛行時間型質量分析装置、などでもよい。
【0025】
本実施例によるLC-MSシステムでは、分析実行前に分析者(ユーザ)は操作部4で所定の操作を行い、プリカーサイオンを自動的に選択するためのプリカーサイオン選択条件を設定する。ここで入力設定された情報はプリカーサ選択情報記憶部35に格納され、後述するオートMS2分析の際に参照される。図2はプリカーサ選択条件設定画面の一例を示す図である。
【0026】
図2において、「信号強度下限値」は、MSスペクトルにおいてプリカーサイオンを選択する際の信号強度の下限値を定めるパラメータである。ここでは、MSスペクトルに現れるピークの中で信号強度が上記下限値以上であって且つ強度ができるだけ大きなものを選定するものとする。「最小繰り返し回数」は或るイオンをプリカーサイオンとして選択してMS2分析を実行する際に、同じプリカーサイオンに対するMS2分析を繰り返し実行する回数を定めるパラメータである。また、「自動除外」のチェックボックスにチェックがされているときにプリカーサイオンの自動除外機能は有効となり、その場合、「自動除外期間」は自動除外を実行する時間を定めるパラメータ、「除外m/z範囲」は、自動除外の対象となったプリカーサイオンの質量電荷比に対して自動除外する質量電荷比の差を定めるパラメータである。例えば、図2に示した例では、自動除外される質量電荷比は自動除外の対象となったプリカーサイオンの質量電荷比をMとするとM−10〜M+25の範囲であり、自動除外期間は、自動除外される質量電荷比を持つプリカーサイオンに対するMS2分析が最小繰り返し回数「5」だけ繰り返された時点から600[sec]が経過するまでの期間である。
【0027】
なお、プリカーサ選択条件をさらに細かく設定するために、例えば、特定の質量電荷比を持つイオンを除外イオンリスト及び優先イオンリストにそれぞれ登録し、除外イオンリストに登録されているイオンは如何に信号強度が大きくてもプリカーサイオンから除外し、他方、優先イオンリストに登録されているイオンは信号強度が小さくてもピークが存在する限りはプリカーサイオンとして優先的に選択するようにしてもよい。また、信号強度の大きいものから順にプリカーサイオンの候補とするのではなく、信号強度が下限値以上の範囲で質量電荷比の小さい順又は大きい順にプリカーサイオンの候補としてもよい。
【0028】
次に、本実施例のLC-MSシステムにおいて、オートMS2分析を実行する際の動作の一例を図3のタイミング図及び図4のフローチャートに従って説明する。
【0029】
分析開始の指示により分析が開始され液体クロマトグラフ1に液体試料が導入されると、試料中の含有成分はカラム(図示せず)を通過する間に時間的に分離されて溶出する。質量分析計2は、制御部33による制御に従って、所定の質量電荷比範囲の質量走査を伴うスキャン測定(MS分析)を一定時間間隔で繰り返す。質量分析計2において1回のMS分析が実行されると(ステップS1)、例えば図5中のA又はCに示すような1つのMSスペクトルを構成するデータが得られる。データ処理部31は取得されたデータに基づきMSスペクトルを作成する(ステップS2)。
【0030】
制御部33にあってプリカーサ選択部34はまず、上記「最小繰り返し回数」で決まる最小繰り返し範囲内であるか否かを判定する(ステップS3)。最小繰り返し範囲内である場合には、新たなプリカーサイオンの選択処理を行うことなく、直前に実行されたMS2分析のプリカーサイオンを再設定し(ステップS13)ステップS10へと進む。一方、最小繰り返し範囲内でない場合にはステップS3からS4以降へと進み、プリカーサイオンの自動選択処理を実施する。即ち、まず得られたMSスペクトルにおいて、プリカーサ選択条件の一つとして入力された下限値以上の信号強度を持つピークがあるか否かを判定する(ステップS4)。取得されたMSスペクトルに下限値以上の信号強度を持つピークが1つもない場合には、選択すべきプリカーサイオンは存在しないためステップS4からS11へと進む。この場合には、MS2分析は実施されず、次のMS分析タイミングまで待機する。
【0031】
ステップS4で下限値以上の信号強度を持つピークが少なくとも1つも存在すると判定されると、プリカーサ選択部34はそのピークの中で最大強度のピークを抽出する(ステップS5)。そして、抽出されたピークの質量電荷比が、直前に実施されたMS2分析のプリカーサイオンの質量電荷比Mと上記「除外m/z範囲」とで決まる質量電荷比範囲内であって、且つ上記「自動除外期間」で決まる除外期間中であるか否か、つまりプリカーサ選択除外対象に相当するか否かを判定する(ステップS6)。例えば選択条件が図2に示すように設定されている場合、質量電荷比がM−10〜M+25の質量電荷比範囲に入るピークはプリカーサ選択対象から外される。
【0032】
ステップS5で抽出されたピークがプリカーサ選択除外対象に相当するものである場合には、プリカーサ選択部34は下限値以上の信号強度を持つピークの中で次に信号強度が大きなピークを抽出する(ステップS7)。これによってピークが抽出されればステップS8でYesと判定されステップS6に戻るが、ピークが抽出されなければステップS8からS11へと進んで次のMS分析タイミングまで待機する。したがって、ステップS5〜S8の処理では、信号強度が下限値以上である範囲で、プリカーサ選択除外対象に相当しないピークが求まるまで信号強度が小さくなる方向に順次ピークを抽出する。MSスペクトルにおいてプリカーサ選択除外対象に相当しないピークが見つかれば、ステップS6からS9へと進み、抽出されたピークの質量電荷比を次のMS2分析のプリカーサイオンとして設定する。制御部33は、ステップS1で実行されたMS分析に引き続いて、ステップS9又はS13で設定されたプリカーサイオンに対するMS2分析を実行するように質量分析計2の動作を制御する(ステップS10)。
【0033】
データ処理部31はMS2分析に伴ってMS2スペクトルデータを取得し、測定データ保存部32に格納する。MS2分析終了後には次のMS分析が実行されるタイミングまで待機し(ステップS11)、予め決められた分析終了タイミングでなければステップS12からS1へと戻る。図3に示すように、MS分析は所定時間間隔で繰り返し実施され、各MS分析でそれぞれMSスペクトルが得られる。なお、1つのMSスペクトルに含まれる全てのイオン強度を合算しこれを時間方向に並べたものが、図5(a)に示すTICである。
【0034】
また、MS分析の結果に基づいてプリカーサイオンが抽出されなかった場合を除き、MS分析に引き続きMS2分析が実施される。図3に示すように、時刻t0で得られたMSスペクトルに対する上記ステップS4〜S8の処理により適切なプリカーサイオン(m/z=M)が抽出されてMS2分析が実施された場合、「最小繰り返し回数」で規定される回数「5」だけ同じプリカーサイオンに対するMS2分析が無条件に(つまり仮に該イオンの信号強度がなくなった場合でも)繰り返される。そのMS2分析の繰り返しが終了した時点t1から600[sec]の自動除外期間の間、M−10〜M+25の質量電荷比範囲はプリカーサ選択対象から除外される。即ち、この自動除外期間中には、MSスペクトルにおいてM−10〜M+25の質量電荷比範囲に大きな信号強度のピークが存在していても、該ピークはプリカーサイオンとして選択されない。これにより、M−10〜M+25以外の質量電荷比を持つイオンがプリカーサイオンとして選択される機会が増加する。
【0035】
例えば、時刻t0で得られたMSスペクトルに基づいて選択されたプリカーサイオンの元の成分が、安定同位体の存在比が比較的近い元素(例えば臭素、塩素など)を含んでいる場合、MSスペクトルにはそれら同位体元素を含む実質的に同一の成分由来のピークが異なる質量電荷比の位置にそれぞれ現れる筈である。そうした場合、最小繰り返し回数で規定される回数だけ同じプリカーサイオンに対するMS2分析が繰り返された後に、MSスペクトルにおいて同位体元素を含む同成分の強度が十分に高かったとしても、その質量電荷比はM−10〜M+25の範囲に収まるため、同位体元素を含む同一成分由来のイオンがプリカーサイオンに選択されることは避けられる。これにより、同位体元素を含む同一成分由来のイオンが最小繰り返し回数を超えてプリカーサイオンとして選択されることがなくなり、別の成分由来のイオンのMS2分析を行うことができる。
【0036】
なお、上記の自動的なプリカーサ選択除外で意図しているのは主として同位体元素を含む成分由来のイオンであるが、除外m/z範囲における上側(値が大きくなる方向の)値を23以上に設定しておけば、質量が相違する同位体元素を含む成分以外に、目的成分由来のナトリウム付加イオンやアンモニウム付加イオンもプリカーサ選択対象から除外することができる。こうした付加イオンは実質的には、つまりMS2分析を行う上では元のイオンと同じであるから、これら付加イオンをプリカーサ選択対象から除外することで、別の成分由来のイオンのMS2分析を行える可能性が高まり、MS2分析漏れを少なくすることができる。
【0037】
上記実施例は本発明をLC-MSに適用したものであるが、GC-MSに適用できることは明らかである。また、上記実施例は本発明の一例にすぎず、本発明の趣旨に沿った範囲で適宜変形や修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【符号の説明】
【0038】
1…液体クロマトグラフ(LC)
2…質量分析計(MS)
3…パーソナルコンピュータ(PC)
31…データ処理部
32…測定データ保存部
33…制御部
34…プリカーサ選択部
35…プリカーサ選択情報記憶部
4…操作部
5…表示部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料に含まれる試料成分を時間方向に分離するクロマトグラフ部と、試料成分由来のイオンに対する解離操作を伴うMS2分析と解離操作を伴わないMS分析とを選択的に実施可能な質量分析部と、を組み合わせたクロマトグラフ質量分析装置において、
a)MS分析により得られるMSスペクトルに基づいてMS2分析のプリカーサイオンを選択するための選択条件をユーザが入力設定するための手段であって、該選択条件の一つとして、任意のプリカーサイオンに対するMS2分析が実行された後にプリカーサイオンの選択から除外する質量電荷比範囲を定めるべく、実行されたMS2分析のプリカーサイオンの質量電荷比に対する質量電荷比の差を規定する情報を入力設定する選択条件設定手段と、
b)MSスペクトルを取得するためのMS分析と後記プリカーサ選択手段により指示されたプリカーサイオンに対するMS2分析とが繰り返し実行されるように前記質量分析部を制御する分析制御手段と、
c)MS分析により取得されたMSスペクトルについて前記選択条件設定手段により設定された選択条件に従ってプリカーサイオンを抽出して前記分析制御手段に指示する手段であって、該選択条件に適合したイオンをプリカーサイオンに設定したMS2分析を所定回数繰り返して実行した後に、該プリカーサイオンの質量電荷比に対して前記選択条件設定手段により設定されている質量電荷比差で定まる質量電荷比範囲をプリカーサイオンの選択から所定時間除外するプリカーサ選択手段と、
を備えることを特徴とするクロマトグラフ質量分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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