説明

グラファイト薄膜の製造方法および製造装置

【課題】自由度の高い成長条件で、大規模集積化のための微細加工に適した大きさで、かつ単一結晶領域が実用的な大きさであり、欠陥が少ない高品質で、層数を原子層単位で精密に制御したグラフェンの層が形成できるようにする。
【解決手段】真空チャンバ102の内部に基板101を配置し、排気部103を動作させ、真空チャンバ102の内部を分子流領域の圧力に減圧する。次に、ガス送出部104を動作させ、原料ガス供給部106より供給される例えばエタノールガスを基板101の上に送出させる。加えて、真空チャンバ102の内部に配置された分解部105を動作させ、分解部105を構成するタングステンフィラメントが2000℃程度に加熱する状態とし、上述したように送出されるエタノールガスを通過させることで分解し、これが基板101の上に送出される状態とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、集積化を可能とするデバイスを構成する部品材料として用いるために、基板を用いてグラファイト薄膜を形成するグラファイト薄膜の製造方法および製造装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
グラファイトは黒鉛とも呼ばれ、炭素の同素体のひとつで層状の物質であり、古くから電気を良く通す物質として知られている。グラフェンは、厳密にはグラファイトを構成する1原子層分の層状の膜を指し、炭素原子がsp2結合(sp2混成軌道による結合)で同じ面内に結合を作って六角形を形成し、これが蜂の巣状に平面状に広がったシート状の物質である。
【0003】
このようなグラフェンによる2〜3原子層以下(1原子層も含む)で構成される物質を用いて電界効果トランジスタを作製することで、非常に高い移動度を観測したことが報告されている(非特許文献1参照)。この報告がなされて以来、バルクのグラファイトとは異なるグラフェンの物理的な特性が次々に発見され、非常に多くの注目を集めている。
【0004】
上述したように、バルクのグラファイトとは異なって2次元的な特性を示すため、グラフェン層が10層以下で構成される物質については、広義でグラフェンと呼ばれるようになってきた。一方で、狭義の1原子層のグラフェンと区別するため、10層以下のグラフェン層で構成される物質については、少数層グラフェンという呼び方も広まっている。
【0005】
このような少数層グラフェンの形成方法としては、大きく分けて剥離法と触媒CVD(気相成長)法と熱分解法の3つの方法が報告されている。剥離法では、まず、粘着テープを用いて高配向熱焼成グラファイト(HOPG)を何回か劈開する。この劈開により最後に残った部分を、特定の膜厚のシリコン酸化膜を形成したシリコン基板の表面に付着させる。これらのことにより、シリコン基板の表面に少数層グラフェンの層を作製する。
【0006】
この剥離法の場合、HOPG中の小さな単結晶グラフェンのグレインが基板表面に残るので、これらの無数にあるグレインの中から数層以下の少数グラフェン層を探し出す必要がある。この時に有効なのが特定の膜厚(100nmや300nmなど)のシリコン酸化膜である。このような膜厚のシリコン酸化膜があることにより、干渉効果で、原子層程度に薄いグラフェン層は、基板と色が異なって観察されるため、光学顕微鏡で探しだすことが可能になる(非特許文献1参照)。
【0007】
次に、熱分解法は、真空中またはAr雰囲気中などで、SiCを高温に加熱してグラフェン層をSiC表面に形成する方法である。真空中または不活性な希ガスであるArなどの雰囲気中で、1000℃以上に加熱すると、SiC表面で熱分解が起き、シリコン原子が蒸発する。このとき、炭素原子が表面に残り、残った炭素原子が整ったSiC表面の原子配列に影響を受けてエピタキシャルにグラフェン層を形成する(非特許文献2参照)。
【0008】
次に、触媒CVD法では、炭化水素ガスをNiなど触媒能のある金属の表面に照射してグラフェン層を形成する(非特許文献3参照)。この方法では、炭化水素ガスが、基板である金属の触媒作用によって分解された後に、基板表面にエピタキシャルの関係を持って成長できる方法である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】K. S. Novoselov, A. K. Geim, S. V. Morozov, D. Jiang, Y. Zhang, S. V. Dubonos, I. V. Grigorieva, A. A. Firsov,“Electric Field Effect in Atomically Thin Carbon Films” Science vol.306, pp.666-669, (2004).
【非特許文献2】A.J.van Bommel, J.E.Crombeen, and A.van Tooren, "LEED AND AUGER ELECTRPN OBSERVATIONS OF THE SiC(0001) SURFACE",Surf. Sci. VOL.48, PP.463-472, (1975).
【非特許文献3】C. Oshima and A. Nagashima, "Ultra-thin epitaxial films of graphite and hexagonal born nitride on solid surfaces", J. Phys.: Condens. Matter 9,pp.1-20, (1997).
【非特許文献4】M.Yudasaka, R.Kikuchi, T.Matsui, H.Kamo, Y.Ohki, S.Yoshimura, and E.Ota,"Graphite thin film formation by chemical vapor deposition" Appl. Phys. Lett. vol.64, pp.842-844, (1994).
【非特許文献5】S.Matsumoto, Y.Sato, M.Tsutsumi, N.Setaka,"Growrh of diamond particles from methane-hydrogen gas" J.Materials Science 17, pp.3106-3112, (1982).
【非特許文献6】J.A.Herb, M.G.Peters, S.C.Terry, and J.H.Jerman, "PECVD Diamond for Use in Silicon Microstructures", Sensors and Actuators, A21-A23, pp.982-987, (1990).
【非特許文献7】S.Shimabukuro, Y.Hatakeyama, M.Takeuchi, T.Itoh, and S.Nonomura,"Preparation of Carbon Nanowall by Hot-Wire Chemical Vapor Deposition and Effect of Substrate Heating Temperature and Filament Temperature", Jpn. J. App. Phys. Vol.47, No.11, pp.8635-8640, (2008).
【非特許文献8】T.Itoh, S.Shimabukuro, S.Kawamura, and S.Nonomura,"Preparation and electron field emission of carbon nanowall by Cat-CVD", Thin Solid Films 501, pp.314-317, (2006).
【非特許文献9】F.Maeda, S.Suzuki, Y.Kobayashi, D.Takagi, and Y.Homma, "Surface Reaction of Metal Catalysts in Ethanol-CVD Ambient at Low-pressure Studied by in-situ Photoelectron Spectroscopy",Mater. Res. Soc. Symp. Proc. Vol.963 (2007) 0963-Q05-04.
【非特許文献10】G.Speranza and L.Minati,"The surface and bulk core lines in crystalline and disordered polycrystalline graphite", Surf. Sci. 600, pp.4438-4444, (2006).
【非特許文献11】D.C.Elias, R.R.Nair, T.M.G.Mohiuddin, S.V.Morozov, P.Blake, M.P.Halsall, A.C.Ferrari, D.W.Boukhvalov, M.I.Katsnelson, A.K.Geim, and K.S.Novoselov,"Control of Graphene's Properties by Reversible Hydrogenation Evidence for Graphane", Science 323, 610, (2009).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、まず、剥離法では、上述したように少数グラフェン層を探し出すことになるため、必ず少数層グラフェンが得られる訳ではなく、得られても少量しか得られない。また、大面積を得るのは困難であり、また、位置も制御できない。さらに、光学顕微鏡で探す上で必要なシリコン酸化膜の膜厚が、少数グラフェン層との間で干渉が生じる程度の特定の特殊な基板しか使えないという欠点がある。
【0011】
また、熱分解法では、SiC基板の熱分解を利用するので、炭素の供給量は熱分解の速度、即ち加熱温度で律速される。また、基板温度が高温になれば炭素原子の脱離も始まり、グラフェン層を形成するための炭素の供給量と、基板温度とを独立に設定することができない。このため、熱分解法は、ドメインの大面積化や層数制御を目指した場合、成長条件の設定という観点で制限があるという欠点がある。
【0012】
また、触媒CVD法では、下地は炭化水素ガスを分解する触媒能を持つ金属に限られ、デバイス応用上不都合である。また、容易に1層程度は形成できるが、2層以上はなかなか成長せず、成長量の制御が難しいために、1層程度以上成長する場合には、ガスの供給量を桁違いに多くする必要がある(非特許文献4参照)。ところが、このようの大量のガスを供給すると大量に成長してしまうため、少数層程度で成長を停止することは、極めて困難になる。また、基板表面に到達した原料ガスが分解されて初めて炭素として供給されるため、成長基板温度で成長材料の供給が律速され、成長条件である基板温度,材料供給量および成長速度を独立に制御することは困難であるという欠点もある。
【0013】
ここで、剥離法では、HOPGのグレインを基板に貼り付けるので、高品質なHOPG結晶を用いれば品質の高いグラフェンを得ることができる。現状ではこの手法により最高品質のグラフェンが得られており、移動度の最高値などはこの手法により得られたグラフェン膜を用いて得られている。このように、単一のデバイスを作るのは可能であるが、剥離法には前述の欠点があるため、偶然に見つけ出されるもので、確実に単一の層数のグラフェン膜を大量に得ることが原理的に不可能である。ポストCMOSを目指した次世代デバイス材料として考えた場合、大規模集積化は必須であり、このような用途には剥離法は適していない。
【0014】
大規模に集積化するためには、一様なグラフェン膜を作製した後、このグラフェン膜を微細加工技術により加工してデバイスを作製することが望ましい。このような目的には、成長法によるグラフェン膜の作製法が適しており、熱分解法と触媒CVD法が候補としてあげられる。しかし、これらふたつの成長方法は、現状では大規模集積化に適したデバイスの作製を可能とする、層数を制御した上で大きな単一結晶領域の膜の作製は達成できていない。また、欠陥などの量に起因する膜の品質では、剥離法で得られる膜に劣り、高品質化も課題となっている。
【0015】
このような課題を克服するため、熱分解法および触媒CVD法では、異なる成長条件で成長を試みて研究が進められている。しかしながら、前述のように成長条件を自由に設定でない制限がある。さらに、CVD法では、前述の通り2層以上の場合に原子層単位で層数を制御することは困難であり、少量成長と層数制御技術も課題となっている。
【0016】
この課題を克服する方法として、HF(Hot Filament)CVD法やPE(Plasma-enhanced)CVD法などにより、あらかじめ分解したガスを基板表面へ供給して成長する方法に着目した。これらの成長方法は、良質なダイアモンド薄膜の成長に用いられる方法であり、HFCVD法ではガスの分解を基板表面の近傍に設置した高温にした高融点金属線によって行い(非特許文献5)、PECVD法では外部から導入する高周波などでプラズマ化しすることによりガスの分解を行う(非特許文献6)。上述の通り、通常のCVD法では基板温度とガスの分解効率が関連するので、表面への成長材料供給量と基板温度を独立に制御ができない。これに対し、HFCVD法およびPECVD法では、ガス分解を別の方法に任せるので、各々を独立に制御することが可能である。現在、この方法で、メタンガスを水素で希釈したガスを用い、高品質のダイアモンド薄膜を作製することが可能になっている。
【0017】
一方、垂直に配向した多結晶グラファイト膜であるカーボンナノウォール(CNW)の作製について同様な方法が報告されている。このCNWは、グラファイトより構成されたものであるが、基板表面に平行に整然と層状に成長したものではなく、前述の通りグラフェン層の方向が基板表面に対してほぼ垂直な他は方位は揃っていない。このため、バルクグラファイト単結晶を基準とすれば、CNWは「乱れた多結晶グラファイト」と見なすことができる。このCNWの成長機構は未だ解明されていない。ただし、HFCVD法で成長する場合には、水素ラジカルの存在が重要であり(非特許文献7参照)、また、炭化水素ガスのみで水素ガスによる希釈を行わない場合には、フィラメントを基板表面に非常に近い場所に設置する必要がある(非特許文献8参照)。
【0018】
しかしながら、これらのHFCVD法やPECVD法により、整然と層状に成長した単相のグラファイト結晶が得られたという報告は無い。グラファイト構造を基本として持つCNWが成長できるので、乱れのない整然としたグラファイト薄膜を成長することは予測されるが、何らかの要因が、整然としたグラファイト薄膜の成長を妨げることになっており、この問題を解決しない限りは、必要とされるグラファイト薄膜を成長することはできない。しかしながら、CNWの成長機構は未だ解明されておらず、単純にその解決方法を推定することは不可能である。
【0019】
本発明は、以上のような問題点を解消するためになされたものであり、自由度の高い成長条件で、大規模集積化のための微細加工に適した大きさで、かつ単一結晶領域が実用的な大きさであり、欠陥が少ない高品質で、層数を原子層単位で精密に制御したグラフェンの層が形成できるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明に係るグラファイト薄膜の製造方法は、処理室の内部に基板を配置して処理室内を分子流領域の圧力に減圧する第1工程と、炭化水素のガスを処理室の内部で電圧の印加により加熱したフィラメントからなる分解手段を通過させることで分解して基板の上に送出し、基板の表面にグラフェンの層を形成する第2工程とを少なくとも備える。
【0021】
上記グラファイト薄膜の製造方法において、炭化水素は、2つの炭素を備えるものであればよい。例えば、炭化水素は、エタノールであればよい。この場合、フィラメントの加熱は、1600℃以上にすればよい。また、フィラメントは、タングステンフィラメントであればよい。
【0022】
また、本発明に係るグラファイト薄膜の製造装置は、処理対象の基板が配置される処理室と、この処理室の内部を分子流領域の圧力に減圧する排気手段と、処理室内に配置された基板の表面に炭化水素のガスを送出するガス送出手段と、基板の表面に送出されているガスの送出経路の途中に配置され、電圧の印加により加熱するフィラメントを備えてガスを処理室内で分解する分解手段とを少なくとも備える。
【0023】
上記グラファイト薄膜の製造装置において、炭化水素は、2つの炭素を備えるものであればよい。例えば、炭化水素は、エタノールであればよい。この場合、フィラメントは、1600℃以上に加熱すればよい。また、フィラメントは、タングステンフィラメントであればよい。
【発明の効果】
【0024】
以上説明したように、本発明では、処理室の内部に基板を配置して処理室内を分子流領域の圧力に減圧し、この後、炭化水素のガスを処理室の内部で電圧の印加により加熱したフィラメントからなる分解手段を通過させることで分解して基板の上に送出することで、基板の表面にグラフェンの層を形成するようにした。この結果、本発明によれば、自由度の高い成長条件で、大規模集積化のための微細加工に適した大きさで、かつ単一結晶領域が実用的な大きさであり、欠陥が少ない高品質で、層数を原子層単位で精密に制御したグラフェンの層が形成できるという優れた効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明の実施の形態におけるグラファイト薄膜の製造装置の構成を示す構成図である。
【図2】本実施の形態における製造方法による分解温度とシリコン基板表面への炭素の堆積量との関係を示す特性図である。
【図3】本実施の形態における製造方法で製造した薄膜の炭素1s内殻準位の光電子スペクトルを示す特性図である。
【図4】本実施の形態における製造方法で製造したグラファイト薄膜の透過電子顕微鏡像による写真である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の実施の形態について図を参照して説明する。図1は、本発明の実施の形態におけるグラファイト薄膜の製造装置の構成を示す構成図である。この製造装置は、まず、処理対象の基板101が配置される真空チャンバ(処理室)102と、真空チャンバ102の内部を分子流領域の圧力に減圧する排気部103と、真空チャンバ102内に配置された基板101の表面に炭化水素ガスを送出するガス送出部104と、基板101の表面に送出されている炭化水素ガスの送出経路の途中に配置され、電圧の印加により加熱するフィラメントを備えて炭化水素ガスを分解する分解部105とを備える。分解部105により、真空チャンバ102の内部で炭化水素ガスは分解される。
【0027】
ガス送出部104は、原料ガス供給部106より供給される原料ガス(炭化水素ガス)を、真空チャンバ102内の基板101の表面に送出する。原料ガスは、例えば、エタノールのガスであり、原料ガス供給部106は、エタノールを気化してエタノールガスを生成して原料ガスとして供給する。このようにして供給される原料ガスを、ガス送出部104は、真空チャンバ102に配置された吐出口より吐出する。例えば、ガス送出部104は、真空チャンバ102の内部より高い圧力とした原料ガスを、上記吐出口に輸送可能としている。また、ガス送出部104は、バルブ107を備え、原料ガスの送出を制御している。
【0028】
また、分解部105は、例えば、電圧印加が可能とされたタングステン線のコイル(タングステンフィラメント)から構成されたヒータであり、ガス送出部104の吐出口の近傍に配置されている。分解部105のタングステンフィラメントに電圧を印加して高温状態としておけば、ここを通過させることで、ガス送出部104の吐出口より吹き出された原料ガスを分解することができる。
【0029】
ガス送出部104の吐出口が基板101の方向を向いていれば、吐出口より吐出された原料ガスは、分子流領域とされている雰囲気の中で、基板101の表面に飛行していく。このようにして、基板101の上に送出されている原料ガスが、分解部105を通過することで分解される。結果として、分解された原料ガスが、基板101の上に送出されることになる。
【0030】
真空チャンバ102の内部には、基板101を固定する基板固定部108を備え、基板固定部108は、固定している基板101を加熱する加熱機構109を内蔵している。また、基板固定部108は、固定部移動機構110に固定され、固定部移動機構110により真空チャンバ102の内部で移動可能とされている。
【0031】
排気部103は、排気配管111を介して真空チャンバ102の内部を排気可能としている。排気部103は、ガス送出部104により真空チャンバ102内にガスが導入されている状態で、真空チャンバ102の内部を分子流領域である0.133Pa以下の圧力(真空度)に排気可能としている。
【0032】
次に、上述した本実施の形態における装置を用いたグラファイト薄膜の製造方法について説明する。まず、真空チャンバ102の内部に基板101を配置する。基板101は、基板固定部108に固定する。次に、真空チャンバ102の内部を分子流領域の圧力に減圧する。例えば、排気部103を動作させ、真空チャンバ102の内部圧力を0.1Pa以下とする。また、加熱機構109を動作させ、基板101を、例えば600℃に加熱しておく。
【0033】
次に、ガス送出部104を動作させ、原料ガス供給部106より供給される例えばエタノールガスを基板101の上に送出させる。加えて、真空チャンバ102の内部に配置された分解部105を動作させ、分解部105を構成するタングステンフィラメントが2000℃程度に加熱する状態とし、上述したように送出されるエタノールガスを通過させることで分解し、これが基板101の上に送出される状態とする。このようにして、エタノールガスを分解して送出することで、加熱されている基板101の上には分解により生成した成長材料(炭素)が送出されるようになり、基板101の表面には、グラフェンの層が基板表面と平行な状態で堆積して形成されるようになる。このように、本実施の形態によれば、基板温度と、原料ガスの分解温度とを個別に制御することが可能となる。
【0034】
次に、上述した製造方法により、原料ガスを分解して生成した炭素材料が基板に堆積することの確認実験を行った結果について示す。なお、この確認実験では、まず、原料の炭化水素としてエタノールを用いる。また、基板101として、化学処理によって膜厚1nm程度の酸化膜を表面に形成したシリコン基板を用いる。また、基板温度は、600℃とし、エタノールガスの送出量(吐出量)は、2.0sccmとした。ここで、sccmは、流量の単位であり、0℃・1気圧の流体が1分間に1cm3流れることを示している。
【0035】
まず、分解部105を構成しているタングステンフィラメントの温度を変更し、シリコン基板表面への炭素の堆積量を測定した結果について図2を用いて説明する。この実験では、基板101の表面にグラフェン層(グラファイト薄膜)を形成(成長)した後、ガス送出部104による原料ガスの送出を停止し、真空チャンバ102より原料ガスを排気して真空チャンバ102の内部を超高真空の状態にした後、X線光電子分光装置により、基板101表面における炭素1s内殻準位の光電子強度を測定した。なお、X線光電子分光装置は、本実施の形態における装置に取り付けて用いる。
【0036】
このように大気に曝すことなく、成長した直後に測定することにより、大気曝露に起因する炭化水素ガスの吸着など、成長工程で付着させた炭素以外の炭素物質に影響されず、純粋に基板101の表面に堆積した炭素量を評価することができる。図2に示すように、原料ガスとしてエタノールガスを用いた場合には、タングステンフィラメントの温度を1600℃程度以上にすることで、不活性な基板101の表面にも炭素を堆積できることがわかる。これにより、活性な触媒金属などではない不活性な表面にも、結晶成長可能な高い基板温度で炭素材料を堆積できるという知見をはじめて得ることができた。
【0037】
上述した分解部105としてのタングステンフィラメントの温度は、エタノールを分解するために重要な因子であり、図2から分かるように、温度が高ければ高いほど分解効率が高くなる。但し、輻射熱で成長基板温度が上昇して最適温度に設定できなくなり、また、真空チャンバ102が損傷する可能性もある。また、タングステンの融点は3422℃であるので、タングステンフィラメントを用いる場合、この温度は最大でも3400℃の範囲で、許容できる温度に設定する必要がある。
【0038】
次に、本発明の製造方法によりグラファイト薄膜を実際に形成できることを確認する成長実験を行った。この実験では、基板101として、熱分解法によって約3原子層のグラフェン薄膜を表面に形成した6H−SiC(0001)基板を用いた。また、基板温度約600℃、エタノールガスの流量2.0sccm、タングステンフィラメント温度2000℃の条件で成長した。
【0039】
上述した成長条件で成長した直後に、基板温度を室温に冷却し、この後、前述同様に、真空チャンバ102で大気に曝さずにX線光電子分光を測定した。このようにして測定した炭素1s内殻準位の光電子スペクトルを図3に示す。主ピークの結合エネルギー値は284.3eVであり、290eV付近にπプラズモンに起因するエネルギー損失ピークが観測され、典型的なグラファイトから測定される内殻準位光電子スペクトルが得られた(非特許文献10参照)。これは、炭素がsp2結合に基づいた結合でネットワークを構成していることを示しており、6H−SiC(0001)基板の上に、グラファイト膜が形成されたことを示す結果である。
【0040】
次に、上述したようにしてグラファイト膜を形成した基板を真空チャンバ102から取り出し、透過電子顕微鏡像を観察した。図4に、透過電子顕微鏡像の写真を示す。SiC格子像と、この上に層状の構造が7層程度形成されているのが判る。光電子分光の結果から表面に存在するのは、炭素原子で構成されるグラファイト構造を持つ物質であると同定されていることから、この層状の構造物はグラファイトであると同定できる。この結果は、成長前に3層程度であったグラフェン層が7層まで増加していることを示しており、言い換えると、上述した製造方法により、4層程度のグラフェン層が成長されていることを示している。
【0041】
以上の実験結果によって、本実施の形態によれば、原子層レベルの膜厚でグラファイト薄膜が形成できることを、はじめて検証することができた。
【0042】
以下に、本発明に至った経緯について説明する。まず、前述したHFCVD法やPECVD法における問題点を解決するために、これらの方法による成長時の基板の環境について注目し、前述した問題が、成長中に基板表面および成長した膜へのダメージが原因であると考えた。
【0043】
HFCVD法の場合には、前述の通り水素ラジカルが必要であり、このような活性な水素は、基板表面をエッチングし、また、成長した膜の炭素と容易に反応するため、膜中に欠陥を作りやすい。また、PECVD法では、HFCVD法よりガスの分解効率が高いが、イオンの発生が避けられず、基板へのダメージがさらに高い方法である。このように、両成長法における成長環境は過酷な条件であり、CNW成長中にはグラファイト膜が形成されていたとしても、ダメージが入ることが予測され、このダメージがCNW構造形成に関与していることが示唆される。
【0044】
ここで、前述の通りHFCVD法において、水素ガスによる希釈を行わずに炭化水素ガスのみで成長を行う場合には、加熱のためのフィラメントを基板表面に非常に近い場所に設置する必要がある。このことは、水素ガスを希釈ガスとして用いない場合には、炭化水素ガスの分解により水素ラジカルが発生するが、発生する水素ラジカルの量が少なく、さらに発生した水素ラジカルの寿命が短いために、励起装置を基板表面の至近に配置する必要があることを示している。
【0045】
これに対し、水素ガスを希釈ガスとして用いず、しかもフィラメントなどの励起装置と基板の距離を基板表面から充分遠くできる成長方法ならびにこれを実現する成長装置であれば、前述した問題が解決できると考えた。ただし、単純に上述したCVD法の延長で距離を離した場合、成長雰囲気は粘性流量域の圧力であり、この条件では途中に存在するガスのために分解した材料は基板表面へ到達できず成長に寄与することはできない。
【0046】
これに対し、この問題を解決するには、成長中の真空度を分子流量域まで下げればよいと考えた。これにより、材料ガスの分解手段を基板表面から充分離すことが可能になり、グラファイト薄膜の製造が可能になった。
【0047】
このような本発明における成長方法は、分子線エピタキシー(MBE)成長法に類似する。MBE法は、高真空を基本とした真空槽の中で、基板温度を成長温度に設定した後、結晶表面に成長材料を供給することにより基板上に高品質な薄膜を形成する方法である。超高真空を基本とするため、材料分子線の供給量が少なくても不純物の混入は非常に少なく、成長速度を極端に遅くすることも可能で、原子層単位の精密な膜厚制御などを容易としている。高品質のデバイス用半導体結晶の成長に用いられている点では、一般のCVD成長法と並ぶものである。
【0048】
本発明における製造方法は、このMBE法の優れた点を有するものとなる。しかし、このような方法を用いて単相のグラファイトを成長した報告例は無いため、成長材料となる原料ガスとこの分解方法が問題となる。この、原料ガスと分解方法との組み合わせを新たに見出したことに本発明の新規性がある。
【0049】
ところで、グラフェンと類似の構造をもつカーボンナノチューブを13.3Pa程度の減圧雰囲気で、炭化水素ガスのひとつであるアルコールを用いて成長した場合に、カーボンナノチューブ以外に、グラファイトに近いアモルファス構造の物質が表面に堆積することが見出されている(非特許文献9参照)。この技術において、酸素を含むアルコールを材料としているが、炭素の酸化物は存在しなかった。このことから、MBEの成長材料としてアルコールなど酸素を含む分子であっても炭化水素を用いれば、グラファイトを基板表面に形成できるのではないかと考えた。
【0050】
ところが、アルコールは真空中では気体として振る舞い、基板表面で分解されない限りは、アルコール分子のまま吸着するか再脱離するため、炭素原子のみが基板表面へ堆積することはない。カーボンナノチューブ成長の場合には、触媒金属が存在することによって分解されて炭素が堆積したものと考えられる。従って、アルコールを用いたカーボンナノチューブ成長における現象は、アルコールを何らかの方法で分解すればグラファイトを堆積できることを示している。
【0051】
これに対し、MBE成長で成長前の表面処理に原子状の水素を照射する方法が、アルコールガスの分解にも適用できるのではないかと考え、金属フィラメントを電圧の印加により高温にして、ここにアルコールガスを通過させることにより分解する方法を見いだした。この分解は、熱の作用、熱電子の供給による作用、または、高温とされたフィラメントによる触媒作用などにより起こるものと考えられる。なお、前述した実施の形態では、タングステンフィラメントを用いる場合について説明したが、これに限るものではない。電圧の印加により1600℃以上の高温状態とすることができる他の材料からなるフィラメントを用いるようにしてもよい。例えば、HFCVD法やMBE法で用いられているフィラメントであれば用いることができる。
【0052】
より詳細に説明すると、分子流量域の減圧状態とした処理室内で、炭化水素ガスを分解して基板表面へ供給する上述の方法を発明し、この方法における具体的な成長材料と分解方法を実現して、効果を前述した実験結果に示すように確認することによって、初めてグラファイト薄膜の成長方法の課題を解決する手段とすることができ、本発明に至ったものである。本発明により、熱分解法や触媒CVD法よりも成長条件のパラメータを高い自由度で設定できるグラファイト薄膜の成長方法が提供でき、原子層単位で精密に膜厚を制御して基板表面へ高品質なグラフェン層を形成できる条件を探索し、これを実現することが可能になる。このように、本発明は、上述したMBE成長法の知識と減圧下でのカーボンナノチューブ成長の経験と知見、およびグラフェン成長の問題点を把握した上で検討し、各々の効果を確認した知見から初めてなされたものであり、単純な過去の技術の類推から得られたものではない。
【0053】
以上に説明した本発明によれば、グラファイト薄膜を原子層単位で精密に制御して基板表面に形成することが可能になる、剥離法、触媒CVD法,熱分解法とは異なる成長法を提供できることになる。具体的には、本発明では、触媒CVD法や熱分解法とは異なり、成長材料の供給量と成長基板温度を独立に制御できるため、成長条件について自由度の高い設定が可能になる。これにより、高品質かつ大面積のグラファイト薄膜を形成する研究を著しく促進できることとなる。また、成長用の基板は触媒能を持つ金属に限られず、表面が不活性な半導体や絶縁性の物質を用いることが可能になり、利用可能な基板を様々な材料から探索することが可能になり、デバイス作製における自由度を著しく広げることとなる。
【0054】
また、水素ラジカルの存在は、高品質なグラフェン膜であっても水素化して絶縁物化させるという報告もあり(非特許文献11参照)、純粋なグラフェン膜を作製するには障害となる。一方、水素ガスを混入せずに水素ラジカルの発生を抑制した場合では、基板表面にフィラメントが非常に近くしなくてはならない。このような状態では、基板表面におけるそれそれの場所に対してフィラメントとの距離は均等ではなくなり、基板が大きくなれば表面での温度や材料供給量の場所依存性が生じ、成長レート(速度)の一様性に問題が生じ、均一な層状構造結晶を得ることは困難になると考えられる。本発明によれば、これらの問題も克服できる。
【0055】
さらに、メタンガスやアセチレンなどの爆発性の高い炭化水素ガスに比較してエタノールは取り扱いが容易であり、警報器を備えた高価なボンベボックスや希釈用のガス設備ならびに原料ガスの廃棄設備を用意する必要性はない。このため、簡素な成長装置によって成長を実現することができ、低コストの製造方法を提供できることとなる。
【0056】
以上の効果に加え、この発明では、分子流領域であらかじめ分解した成長材料を供給するという方法であるため、供給(送出)する原料ガスの直進性が高く、一般的なMBE法の有する利点を有している。このため、マスクなどを間に介して物理的に遮ることにより、特定の位置に選択的に薄膜を形成するようなことも可能となる効果がある。これは、CVD法や熱分解法では不可能である。
【0057】
なお、上述では、エタノールを原料となる炭化水素として用いたが、これに限るものではない。触媒能のある金属を用いてカーボンナノチューブを成長する触媒CVD方では、エタンやアセチレンなど、2つの炭素を備える炭化水素であれば、分子流領域の高真空状態でもカーボンナノチューブの成長が可能である。このことより、本発明においても、すくなくとも2つの炭素を備える炭化水素であれば、用いることが可能であるものと考えられる。
【符号の説明】
【0058】
101…基板、102…真空チャンバ(処理室)、103…排気部、104…ガス送出部、105…分解部、106…原料ガス供給部、107…バルブ、108…基板固定部、109…加熱機構、110…固定部移動機構、111…排気配管。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
処理室の内部に基板を配置して前記処理室内を分子流領域の圧力に減圧する第1工程と、
炭化水素のガスを前記処理室の内部で電圧の印加により加熱したフィラメントからなる分解手段を通過させることで分解して前記基板の上に送出し、前記基板の表面にグラフェンの層を形成する第2工程と
を少なくとも備えることを特徴とするグラファイト薄膜の製造方法。
【請求項2】
請求項1記載のグラファイト薄膜の製造方法において、
前記炭化水素は、2つの炭素を備えることを特徴とするグラファイト薄膜の製造方法。
【請求項3】
請求項2記載のグラファイト薄膜の製造方法において、
前記炭化水素は、エタノールであることを特徴とするグラファイト薄膜の製造方法。
【請求項4】
請求項3記載のグラファイト薄膜の製造方法において、
前記フィラメントの加熱は、1600℃以上にすることを特徴とするグラファイト薄膜の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載のグラファイト薄膜の製造方法において、
前記フィラメントは、タングステンフィラメントであることを特徴とするグラファイト薄膜の製造方法。
【請求項6】
処理対象の基板が配置される処理室と、
この処理室の内部を分子流領域の圧力に減圧する排気手段と、
前記処理室内に配置された基板の表面に炭化水素のガスを送出するガス送出手段と、
前記基板の表面に送出されている前記ガスの送出経路の途中に配置され、電圧の印加により加熱するフィラメントを備えて前記ガスを前記処理室内で分解する分解手段と
を少なくとも備えることを特徴とするグラファイト薄膜の製造装置。
【請求項7】
請求項6記載のグラファイト薄膜の製造装置において、
前記炭化水素は、2つの炭素を備えることを特徴とするグラファイト薄膜の製造装置。
【請求項8】
請求項7記載のグラファイト薄膜の製造装置において、
前記炭化水素は、エタノールであることを特徴とするグラファイト薄膜の製造装置。
【請求項9】
請求項8記載のグラファイト薄膜の製造装置において、
前記フィラメントは、1600℃以上に加熱することを特徴とするグラファイト薄膜の製造装置。
【請求項10】
請求項6〜9のいずれか1項に記載のグラファイト薄膜の製造装置において、
前記フィラメントは、タングステンフィラメントであることを特徴とするグラファイト薄膜の製造装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−269944(P2010−269944A)
【公開日】平成22年12月2日(2010.12.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−120636(P2009−120636)
【出願日】平成21年5月19日(2009.5.19)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】