説明

グリセロールの嫌気醗酵

【課題】安価なグリセロールの世界的過剰を他の供給原料化学物質に生体変換する方法を提供する。
【解決手段】本発明はグリセロール基質上で嫌気的(発酵的)に生育させるための細菌に対する適切な培養条件の開発に関する。方法は、機能的1,2−プロパンジオール経路及び機能的II型グリセロールデヒドロゲナーゼ−ジヒドロキシアセトンキナーゼ経路を有する細菌を、高濃度のグリセロール、中性〜弱酸性pH、低レベルのカリウム及びホスフェート、及び高レベルのCOを含有する培地中において、グリセロールが所望の生成物、例えばエタノール、水素、ホルメート、スクシネート又は1,2−プロパンジオールに変換されるように培養することを必要とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
(先の関連出願)
本願は、先願の2006年3月31日に出願された米国仮特許出願第60/788,512号、および2006年11月28日に出願された米国仮特許出願第60/867,581号に対する優先権を主張する。これらは双方とも、本明細書中にその全体が参考として援用される。
【0002】
(連邦財政支援研究に関する陳述)
本発明は政府基金により部分的に財政支援されており、合衆国政府は本発明に特定の権利を有する。
【0003】
(マイクロフィッシュ付録の参照)
適用せず。
【0004】
(技術分野)
本発明はグリセロール基質上で発酵的に(即ち電子受容体の非存在下)生育させるための細菌に対する適切な培養条件の開発に関する。本発明はグリセロールをより高い価値の生成物、例えばエタノール、水素、ホルメート、スクシネート、及び1,2−プロパンジオールに変換することができる方法及び菌株の開発のために特に使用される。
【背景技術】
【0005】
大量のグリセロールはバイオディーゼル生産における副産物として生産され、グリセロールの生産は、バイオディーゼル生産における著しい世界成長により、増え続けると予測されている。グリセロールの現在の過剰は既に過去2年間で約10倍の価格低下をもたらしている。
【0006】
従って粗製のグリセロールは部分的にはその低コストのために発酵プロセスのための興味深い炭素源となっている。グリセロールは豊富に存在するのみならず、セルロース性の糖類と比較した場合のより高度に還元されたその状態は、還元性の同等品の易入手性により糖類からの生産が制限されている化学物質の生成物収率を顕著に増大させる可能性が高い。グリセロールにおける炭素のより高度に還元された状態を利用することは、嫌気的発酵の使用を必要とする(即ち、そうしなければ、電子受容体が所望の生成物、例えば燃料又は還元された化合物に「付着する」代わりに電子を「獲得する」ことになる)。しかしながら、発酵プロセスにおける炭素源としてのグリセロールの潜在的使用は、外部の電子受容体の非存在下にグリセロールを発酵することがエシェリシア・コリ(近代バイオテクノロジーの担い手)のような工業用微生物には不可能であることにより、阻止されている。グリセロールを発酵する能力は極少ない生物に限定されており、その大部分は病原性、厳密な嫌気的条件の必要性、生理学的情報およびその修飾のための遺伝子的ツールの欠如、及び高い栄養必要性のために工業的用途には順応させることができない。
【0007】
グリセロールはジヒドロキシアセトン(DHA)を形成する酵素グリセロールデヒドロゲナーゼ(GldA、gldAによりコードされる)により直接酸化されることができる。しかしながらII型グリセロールデヒドロゲナーゼ(glyDH−II)として特徴づけられるGldAは隠蔽性であるか、又は野性型E.coli菌株においては発現されないと考えられる。E.coliにおけるGldAの活性化はglpK、glpR、及びglpDの活性化、その後の突然変異誘発及び選択操作法を必要としており、これによりグリセロールを代謝するその能力を回復した突然変異体菌株が得られている(非特許文献1;非特許文献2;非特許文献3)。しかしながら、その突然変異体の菌株においてさえも、GldAはグリセロールを発酵的に代謝する能力をE.coliに与えていない(非特許文献1;非特許文献2;非特許文献3)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Jin,R.Z.ら、J.Mol.Evol.19:429−436(1983)
【非特許文献2】Tang,J.C.ら、J.Bacteriol.152:1169−1174(1982)
【非特許文献3】Tang,J.C.ら、J.Bacteriol.152:1001−1007(1982)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
当該分野で必要とされているものは、安価なグリセロールの世界的過剰を他の供給原料化学物質に生体変換する方法である。方法は、グリセロールにおける炭素のより還元された状態を利用することを嫌気的発酵に基づくものとすれば、特に好都合となる。嫌気的プロセスは、それと相対する好気的プロセスがより高い資本投資を必要とし、より高い運転コストを要することから、コスト有利性もたらすことになる。
【課題を解決するための手段】
【0010】
(発明の開示)
本発明者等はE.coliが実際は特定の条件下で電子受容体非存在下にグリセロールを発酵できることを発見した。本発明者等の所見はE.coliおよび他の腸内細菌におけるグリセロール発酵の新しいパラダイムを提示するものであり、そして低価値の粗グリセロールを高価値の薬品及び燃料に変換する微生物プラットホームの開発を可能にすることになる。
【0011】
pH、CO濃度、グリセロール濃度、カリウム濃度、ホスフェート濃度及びヒドロキシアセトン(HA)濃度をコントロールすることにより所望の化学的前駆体へのグリセロールの発酵的代謝を可能にするグリセロール発酵方法を記載する。
【0012】
向上したグリセロール発酵はpHがほぼ中性か弱酸性の場合に得られる。好ましい実施形態においては、pHは5.5〜7.5であり、より好ましくはpHは6.0〜6.5であり、最も好ましい実施形態においてはpHは約6.3である。
【0013】
CO濃度は必然的にpHに連結しており、そしてpHが上昇するにつれCOは重炭酸、HCOに変換されるために低下する。COを20〜30%上昇させることにより7.0を超える上昇pHの負の作用を低減することができる。向上したグリセロール発酵はpH6.3及び10%CO、pH7.5及び20%COの場合に観察されている。より高い濃度のCOも有利である。
【0014】
グリセロール中の炭素の高度に還元された状態のため、酸化還元バランスを維持することは、細胞塊へのグリセロールの取り込みは還元性等価物の実質的発生をもたらすため、極めて「デリケート」なこととなる。Hは数種の反応(例えばフマレート還元酵素)においては電子供与体として作用し、これにより酸化還元バランスを相殺する。H濃度が低下すればこれは起こらず、そしてグリセロール発酵は最適に進行する。ヘッドスペースを増大させることにより、Hは希釈され、そしてグリセロール発酵は向上している。ヘッドスペースを不活性ガス又はCOでフラッシュすることにより過剰なHが除去され、グリセロール発酵が更に増進される。培地を通してガスでスパージ又はバブリングすることにより、大部分のHは除去され、最良のグリセロール発酵条件がもたらされている。
【0015】
向上したグリセロール発酵はグリセロールの供給濃度が高値、例えば5又は10g/L超、又は更に高値(25g/L、50g/L、75g/L、100g/L)である場合に達成できる。好ましい実施形態においてはグリセロール濃度は100g/L超である。
【0016】
向上したグリセロール発酵は低カリウム及び低ホスフェート濃度で達成できる。カリウム濃度は好ましくは10mM未満、より好ましくは5又は2mM未満、そして最も好ましくは0.6mM未満となっている。ホスフェート濃度は好ましくは50mM未満、より好ましくは25又は10mM未満となっている。より好ましくは5mM未満、最も好ましくは1.3mM未満である。低ホスフェート及びカリウムはグリセロールデヒドロゲナーゼ−ジヒドロキシアセトンキナーゼ及び1,2−PDO経路の作動に好都合であり、後者が酸化還元バランスのとれた条件を可能にする。
【0017】
HA(少なくとも10、20、又は30mM)を培地に補充することが培養条件を更に向上させている。トリプトン補充は培地にHAを補充している場合は必要ではなかった。
【0018】
1つの実施形態においては、グリセロール発酵は、E.coliを10g/Lグリセロール、pH6.3、0.6mMカリウム、及び1.3mMホスフェートと共に、37℃においてCO、Ar又はNをスパージしながら培養することにより最適化された。
【0019】
他の実施形態においては、本発明は炭素源としてグリセロールを用いたスクシネート、エタノール、ホルメートまたは、水素および1,2−PDOといった所望の最終生成物の合成のような特定の用途のために使用できる。
本発明はまた、以下の項目を提供する。
(項目1)
グリセロールが生成物に変換されるような嫌気的条件下で培地中細菌細胞を培養することを含む、グリセロールを嫌気的に発酵させることにより生成物を製造するための方法であって、
ここで該細菌細胞は機能的1,3−プロパンジオール経路を欠いているが、機能的1,2−プロパンジオール経路、機能的II型グリセロールデヒドロゲナーゼ−ジヒドロキシアセトンキナーゼ経路、及び機能的F−ATPase経路を有しており、
ここで該培地は炭素源としての少なくとも10g/Lグリセロール、10mM未満のカリウム、50mM未満のホスフェート、10%以上のCO、及び5.0と7.5との間のpHを含む、方法。
(項目2)
上記培地にヒドロキシアセトン(HA)を補充するがトリプトンは補充しない項目1に記載の方法。
(項目3)
上記培地に30mM HAを補充する項目1に記載の方法。
(項目4)
上記培地のpHが6.5以下の場合に細菌細胞が機能的FHL経路も有する項目1に記載の方法。
(項目5)
上記pHが約7.5の場合にCOが少なくとも20%である項目1に記載の方法。
(項目6)
上記培地が2mM以下のカリウム及び10mM以下のホスフェートを有する項目1に記載の方法。
(項目7)
上記培地が1mM以下のカリウム及び5mM以下のホスフェートを有する項目1に記載の方法。
(項目8)
上記生成物がエタノール、コハク酸、ギ酸、水素、1,2−PDO、プロパノールアミド、プロピオン酸、及びブタノールよりなる群から選択される項目1に記載の方法。
(項目9)
上記培地が1mM以下のカリウム及び2mM以下のホスフェートを有する項目8に記載の方法。
(項目10)
上記pHが約6.3であり、そして上記培地が不活性ガスでスパージされており、そして上記生成物がエタノール及び水素である項目9に記載の方法。
(項目11)
ネイティブのグリセロールデヒドロゲナーゼ−ジヒドロキシアセトンキナーゼ経路が過剰発現され、pta及びfrdAが不活性化され、上記グリセロールが粗製のグリセロールであり、そして上記培地が更にコーンスチープリカーを含むがトリプトンを含まない項目10に記載の方法。
(項目12)
上記細菌細胞が機能的FHL酵素を欠いており、上記pHが約7であり、そして上記培地が不活性ガスでスパージされ、そして上記生成物がエタノール及びホルメートである項目9に記載の方法。
(項目13)
ネイティブのグリセロールデヒドロゲナーゼ−ジヒドロキシアセトンキナーゼ経路が過剰発現され、pta及びfrdAが不活性化され、上記グリセロールが粗製のグリセロールであり、そして上記培地が更にコーンスチープリカーを含むがトリプトンを含まない項目12に記載の方法。
(項目14)
上記細菌細胞がネイティブのジヒドロキシアセトンキナーゼを欠いており、そしてC.freundii由来のジヒドロキシアセトンキナーゼを発現し、そして上記生成物がスクシネートである項目9に記載の方法。
(項目15)
上記培地が10〜20%COを含み、そして上記pHが6〜7.5である項目14に記載の方法。
(項目16)
ネイティブのグリセロールデヒドロゲナーゼ及びC.freundiiジヒドロキシアセトンキナーゼが過剰発現され、ネイティブのホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼが不活性化され、E.coli又はA.succinogenes由来のホスホエノールピルビン酸カルボキシキナーゼが過剰発現され、pta及びadhEが不活性化され、上記グリセロールが粗製のグリセロールであり、そして上記培地が更にコーンスチープリカーを含む項目15に記載の方法。
(項目17)
ネイティブのグリセロールデヒドロゲナーゼ及びジヒドロキシアセトンキナーゼが過剰発現され、そして上記生成物が1,2−PDOである項目9に記載の方法。
(項目18)
上記ネイティブのジヒドロキシアセトンキナーゼがC.freundiiジヒドロキシアセトンキナーゼにより置き換えられ、そして酵素メチルグリオキサルシンターゼ、グリセロールデヒドロゲナーゼ、及びメチルグリオキサル還元酵素が全て過剰発現される項目17に記載の方法。
(項目19)
グリセロールをヒドロキシアセトンに変換することができる操作された、又は天然に存在するグリセロールデヒドラターゼが過剰発現される項目17に記載の方法。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】2g/Lトリプトンを補充した最少培地(MM)中のE.coliMG1655によるグリセロール発酵である。細胞生育(▲)、グリセロール消費(■)、及びエタノールの蓄積(●)、スクシネート(◆)及びホルメート+アセテート(*)。
【図2】Na、K、PO3−、及びグリセロールの濃度の影響を示す。Na(34mM)、K(128mM)及びPO3−(98mM)を記載の通り培地に添加した。特段の記載が無い限り、実験はpH7.5、37℃、10g/Lグリセロール、2g/Lトリプトンを用いてアルゴンでヘッドスペースをフラッシュしながら実施した。グリセロール発酵(直線)及び細胞生育(棒グラフ)を示す。棒グラフの色はpH6.3(灰色)又は7.5(白)である。
【図3】E.coli及びII型glyDHを保有する他の腸内細菌におけるグリセロール発酵に関する新しいパラダイムを示す。E.coliにおける解糖系中間体DHAPへのグリセロールの変換のための提案される経路は酵素GldA及びDHAKを包含する。
【図4】グリセロール発酵の間のエタノール(直線)−H(黒棒グラフ)及びエタノール(直線)−ギ酸(白棒グラフ)の同時生産を示す。(I)MG1655:pH6.3、アルゴン;(II)ΔhycB:pH7.5、アルゴン。HycBはFHL系の必要性分である。
【図5】グリセロールからのコハク酸の生産を示す。(I)MG1655:pH6.3、アルゴン;(II)MG1655:pH6.3、10%CO、(III)MG1655:pH7.5、20%CO;及び(IV) ΔdhaKLM(pZSKLcf):pH7.5、20%CO。プラスミドpZSKLcfはC.freundiiのDHAキナーゼサブユニットDhaKLを発現する。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明は有用な化合物を製造するために細菌を用いてグリセロールを発酵する新規な方法を提供する。
【0022】
「隠蔽」遺伝子とは発現されないものであるか、又は遺伝子発現のための条件が未知の場合を指す。
【0023】
「不均衡化する」とは酸化及び還元することである。
【0024】
「破壊」及び「破壊株」という用語は本明細書においては、ネイティブの遺伝子又はプロモーターが、それによりコードされる酵素の活性を低下させるような態様において突然変異、欠失、中断又はダウンレギュレートされている細胞株を指す。遺伝子は全ゲノムDNA配列のノックアウト又は除去により完全(100%)に低減される。フレームシフト突然変異、早期停止コドン、重要な残基の点突然変異、又は欠失又は挿入等の使用は、活性蛋白の転写及び/又は翻訳を完全に防止することにより遺伝子産物を完全に不活性化(100%)できる。
【0025】
「異化作用」とは生物が物質を排出化合物に変換する代謝プロセスである。
【0026】
「外因性」という用語は蛋白又は核酸が起源の種に関わらず生物又は系の外部から導入された非ネイティブの分子であることを示す。例えば、外因性ペプチドは細胞培養物に適用してよく;外因性RNAは細胞内にトランスフェクトされた組み換えDNAから発現されてよく;又は、ネイティブ遺伝子は外因性の調節配列の制御下にあってよい。
【0027】
「発酵」とは、外部の電子受容体の完全な非存在下における炭素源の代謝又は異化を意味する。
【0028】
「機能的1,2−プロパンジオール経路」とは、1種以上の異なる経路により1,2−PDOを生成するために必要な遺伝子(及びこれによる酵素)を細菌が機能的に発現することを意味する。例えば機能的mgsA(メチルグリオキサルシンターゼ:MGS)、yeaE、yghZおよびyafB遺伝子(アルド−ケト還元酵素:AKR)、gldA(グリセロールデヒドロゲナーゼ、GldA)が各々必要である。重要な区別は所定の生物は特定の経路の遺伝子/酵素を有するが、経路は隠蔽性である点である。
【0029】
「機能的II型グリセロールデヒドロゲナーゼ−ジヒドロキシアセトンキナーゼ経路」とは、細菌が外部電子受容体の非存在下にグリセロールからDHAホスフェート(DHAP)を生成するために必要な酵素を有しており、これはグリセロールをDHAにそしてDHAPに変換することにより行われることを意味している。例えば、細菌はGldA(gldA)及びDHAキナーゼ(DHAK:dhaKLM)を有さなければならない。
【0030】
「機能的F−ATPシンターゼ経路」とは、プロトンポンプにATP合成をカップリングするために必要な酵素のすべてを細菌が有することを意味する。例えば、細菌はatpFおよびatpDを含む機能的atpオペロンを有さなければならない。
【0031】
「機能的ホルメート−水素リアーゼ(FHL)経路」とは細菌がホルメートをCO及び水素に不均衡化するために必要な酵素の全てを有することを意味する。例えば活性ホルメートデヒドロゲナーゼ(例えばFDH−F:fdhF)及びヒドロゲナーゼ3(hycオペロン)が挙げられる。
【0032】
「機能的1,3−プロパンジオール経路」とは1,3−PDOを生成するために必要な遺伝子又は酵素を意味する。例えば、グリセロールデヒドラターゼ(GD)及び/又は1,3−PDO還元酵素(1,3−PDOR)は機能的1,3−プロパンジオール経路を欠いている細胞においては不活性であるか、又は非存在である。
【0033】
「グリセロール」とは参照により本明細書に組み込まれるNCBI(商標)PubChem#753及びCASReg#56−81−5に記載されている。
【0034】
「過剰発現される」とは野生型と比較して増大した活性を有するように遺伝子(又は蛋白)が修飾されていることを意味する。これは遺伝子のより多くのコピーを細胞に加えることにより、抑制配列を欠失するように遺伝子を突然変異することにより、抑制剤を除去することにより、又は、活性が増大するように蛋白を変更すること等により、行うことができる。
【0035】
本明細書においては、「組み換え」とは遺伝子操作された物質に関連するか、それより誘導されるか、又はそれを含有している。
【0036】
「低減された活性」又は「不活性な」とは本明細書においては適切な対照種と比較した場合に蛋白活性が少なくとも75%低減していることとして定義される。好ましくは、少なくとも80、85、90又は95%の活性低減が達成され、最も好ましい実施形態においては、活性は排除される(100%)。蛋白は抑制剤を用いて、突然変異により、又は発現又は翻訳の抑制等により不活性化できる。「ヌル突然変異体」又は「ヌル突然変異」とは、蛋白活性が完全に不活性化されることを意味する。1つの例においては、目的の遺伝子を有さない対照プラスミドを挿入する。別の例においては、目的の遺伝子を組み換えにより完全に除去する。更に又、目的の遺伝子を不活性化、突然変異、又は活性を失わせるトランケーションにより除去してよい。
【0037】
「スクシネート」及び「コハク酸」及び「ホルメート」及び「ギ酸」という用語は本明細書においては互換的に使用する。本明細書における化学物質は参照により本明細書に組み込まれるNATIONAL LIBRARY OF MEDINICE(登録商標)PUBCHEM(商標)データベース(pubchem.ncbi.nlm.nih.gov)に記載されている。細菌の代謝経路は参照により本明細書に組み込まれるLehninger(1993)のPrinciples of Biochemistry第2版及び多くの他の生化学テキストに記載されている。
【0038】
【表1】

【実施例】
【0039】
(実施例1)材料及び方法
本明細書全体を通じて、遺伝子破壊突然変異体は以下の命名法、即ち:遺伝子1の単一の破壊についてはΔ遺伝子1、又は二重破壊についてはΔ遺伝子1Δ遺伝子2を用いて言及する。
【0040】
野生型E.coliK12菌株MC4100(ATCC35695)、W3110(ATCC27325)、野生型E.coliB(ATCC11303)及び腸内細菌エンテロバクター・クロアカエサブエスピークロアカエNCDC279−56(ATCC13047)、ブチオウキセラ・アグレスチス(ATCC33994)、セラチア・プリムチカ(ATCC15928)及びレミノレラ・リカルジ(ATCC33998)はAMERICAN TYPE CULTURE COLLECTION(登録商標)より入手した。単一の突然変異体の組み換え菌株Δpta、ΔadhE、ΔcydA、ΔcyoB、ΔfrdA、ΔfixA、ΔglpA、ΔglpD、ΔmgsA、ΔyeaE、ΔyghZ、ΔyafB、ΔfucO、ΔatpF、ΔatpD、ΔpykF及びΔhycBはE.coliのゲノムプロジェクト(ウイスコンシン大学、Madison,www.genome.wisc,edu)から入手するか、又はDatsenko and Wanner(2000)により記載された方法を用いて構築した。K12菌株MG1655(F−ラムダ−ilvG−rfb−50rph−1)は遺伝子破壊突然変異体を作成するための野生型として使用した。菌株ΔgldA、ΔdhaKLM及びΔfdhFはMG1655及びW3110(ATCC27325)の両方において構築した。多重遺伝子破壊はP1ファージトランスダクションの使用を介して単一突然変異を組み合わせることにより達成した。各突然変異はカナマイシンカセットを除去した後に1回1つ菌株に加えた。
【0041】
プラスミドpZSKLM(E.coliDHAキナーゼサブユニットDhaKLMを発現する)及びpZSKLcf(Citrobacter freundiiDHAキナーゼサブユニットDhaKLを発現する)はDr.B.Erni,Universitat
Bern,Switzerland(Bachler等、2005)から供与された。酵素DHAK及びGldAを発現するプラスミドpZSKLM_gldAは以下の通り構築した。gldA遺伝子の完全なオープンリーディングフレームをそのリボソーム結合部位とともにPCR増幅した。PstI及びMluI部位は、プライマーを介してPCR産物の両端に導入することにより、プラスミドpSZKLM中のdhaKLMオペロンの下流にgldA遺伝子をクローニングし易くした。プラスミド及びPCR産物の両方をPstI及びMluIで消化し、ライゲーションし、DH5α中に形質転換し、そして陽性コロニーを得るためのスクリーニングを行った。プラスミドの良好な構築は、PCRを介して、そしてコードされた酵素の活性の特性化により確認した。プラスミドをE.coli菌株に形質転換し、適切な抗生物質を補充したLuria Bertani(LB)上で選択した。
【0042】
標準的な組み換えDNA手法を用いて、クローニング、プラスミド単離、ファージP1トランスダクション、エレクトロポレーション、及びポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を実施した(Sambrook等、1989)。菌株は32.5%グリセロール保存用液中−80℃に維持した。プレートは1.5%寒天を含有するLB培地を用いて作成した。抗生物質及びインデューサーを以下の濃度、即ち100μg/mlアンピシリン、30μg/mlクロラムフェニコール、50μg/mlカナマイシン、及び12.5μg/mlテトラサイクリン、0.001〜0.1mMIPTG及び100ng/mlアンヒドロテトラサイクリンにおいて、適宜、含有させた。
【0043】
特段の記載が無い限り、0.03〜0.2%トリプトン、5μMセレナイト、及び1.32mMNaHPOをKHPOの代わりに補充したNeidhardt等(1974)により考案された最少培地(MM)を使用した。MOPS(3−(N−モルホリノ)プロパンスルホン酸)自体のみを試験管中で実施した実験(後述)において、又はトリプトン補充を行わなかった実験において、含有させた。指定に応じて、培地には特定の濃度の以下の化合物、即ち、1塩基性及び2塩基性のナトリウム及びカリウムのリン酸塩、1塩基性及び2塩基性のリン酸アンモニウム、塩化ナトリウム、硫酸ナトリウム、塩化カリウム、硫酸カリウム、L−アミノ酸、ヌクレオチド及びビタミンを補充した。全ての薬品は特段の記載が無い限りSIGMA−ALDRICH(登録商標)Co.(St.Louis,MS)より入手した。
【0044】
全実験は嫌気的条件下、そして特段の記載が無い限り37℃において実施した。試験管内の実験は、培地を完全に充填された、又は連続的にアルゴンでスパージされた密封嫌気性試験管(HUNGATE(商標)試験管:BELLCO GLASS(登録商標)Inc.NJ,USA)中において実施した(初期pH7.2)。発酵システム及びその嫌気的条件下の作動と植菌手法は文献既知である(Dharmadi等、2006)。
【0045】
使用の前において、保存培養物(−80℃においてグリセロール保存株として保存)をLBプレートに画線し、COガス発生キット(OXOID(登録商標)Ltd.Basingstoke,Hampshire,UK)を用いながらOXOID(商標)嫌気性ジャー中において37℃で一夜インキュベートした。単一のコロニーを用いて培地(10g/Lトリプトン、5g/L酵母抽出物及び5g/Lグリセロールを補充したMM)を完全に充填した17.5mL容のHUNGATE(商標)試験管に植菌した。試験管を37℃において〜0.4のOD550に到達するまでインキュベートした。この活発に生育している予備培養物の適切な容量を遠心分離し、ペレットを洗浄し、そして各発酵器中培地350mLに植菌するために使用し、その際、目標とする出発光学密度は550nmにおいて0.05とした。
【0046】
発酵は6本の500ml容の作業容量の容器を有し、温度、pHおよび攪拌速度(200rpm)の独立した制御による、SIXFORS(商標)多重発酵システム(INFORS(登録商標)HT,Bottmingen,Switzerland)において実施した。システムは完全装備であり、製造元のIRIS NTソフトウエアを用いてコンピューター制御した。各容器には蒸発を防止するための凝縮器が付いており、これを0℃の冷却メタノール−水供給により作動させた。嫌気的条件は0.01LPMにおいて超高純度アルゴン(MATHESON TRI−GAS(登録商標),Inc.Houston,TX)を用いてヘッドスペースをフラッシュすることにより維持した。酸素トラップ(ALLTECH ASSOCIATES(登録商標),Inc.Deerfield,IL)を使用することによりガス流から酸素の痕跡量を除去した。滅菌性を維持するために、0.2μm及び0.45μmのHEPAフィルター(MILLIPORE(登録商標),Billerica,CA)を使用してそれぞれ導入口及び排出口を固着させた。
【0047】
光学密度は550nmで測定し、細胞密度の尺度として使用した(1 O.D。=0.34gDW/L)。遠心分離の後、上澄みを−20℃で保存し、HPLC分析用とした。グリセロール、ラクテート、アセテート、ホルメート、スクシネート及びエタノールの濃度を定量するために、試料をHPX−87H有機酸カラム(BIO−RAD(登録商標)Hercules,CA)を装着したSHIMADZU PROMINENCE SIL20(商標)システム(SHIMADZU SCIENTIFIC INSTRUMENTS(登録商標)Inc.Columbia,MD)を用いたイオンエクスクルージョンHPLCにより分析した。ピーク分離を最適化するための作動条件(移動相中30mM HSO、カラム温度42℃)は予め記載された研究法を用いて測定した(Dharmadi and Gonzalez,2005)。水素の生産は選択された試料においてガスクロマトグラフィーを用いて測定した。水素も又(エタノール+アセテート)とホルメートのモル量の間の差として計算した。1,2−PDO濃度は後述する通り、そして標準物質としてテトラメチルシラン(TMS)を使用しながらNMR(核磁気共鳴)実験により測定した。
【0048】
発酵産物の同定は1D1H(プロトン)NMR実験により行った。60μlのDO及び1μlの600mMのNMR内標準TSP(3−(トリメチルシリル)プロピオン酸−D4、ナトリウム塩)を540μlの試料に添加した。次に得られた溶液を5mmのNMR試験管に移し、1DプロトンNMRスペクトル分析はPENTA(商標)プローブを装着したVARIAN(登録商標)500MHzINOVA(商標)スペクトル分析器において実施した。以下のパラメーター、即ち:8,000Hzスイープ幅;2.8秒獲得時間;256獲得;6.3μsパルス幅;1.2sパルス反復遅延;及び予備飽和2秒を使用した。得られたスペクトルをソフトウエアFELIX(商標)2001(ACCELRYS SOFTWARE(登録商標)Inc.Burlington,MA)を用いて分析した。ピークはその化学シフト及びJ−カップリング値により同定し、これらは代謝産物標準物質(2mM終濃度)を用いて試料をスパイクした別個の実験により得たものである。
【0049】
試料の別の特性化は2D1H−1HCOSY(相関スペクトル分析)NMR実験により行った。ウォーターゲート溶媒抑制による二重量子フィルターCOSYスペクトルはパルスシーケンスのBIOPACK(商標)スイートの一部であるwgdqfcosyパルスシーケンスを用いて得た(VARIAN(登録商標),Inc.)。以下のパラメーター、即ち:6,000Hzスイープ幅;0.5秒獲得時間;t1次元において600複合点;32遷移;5.5μsパルス幅;及び1秒の相対遅延、を使用した。
【0050】
蛋白発生性のバイオマス内へのグリセロールの取り込みは、E.coliにおいて50%U−13C−標識グリセロールを発酵させることにより評価した。3日(72時間)後、試験管を採取し、発酵ブロスを遠心分離した。細胞ペレットを1回9g/LNaCl溶液で洗浄し、再度遠心分離した。得られた細胞ペレットをREACTI−THERM(商標)加水分解システム(PIERCE(登録商標)Rockford,IL)を用いながら24時間110℃において6Nの定常煮沸HClで加水分解した。HClを除去するために、得られた溶液をCENTRIVAP(商標)システム(LABCONCO(登録商標)Corp.Kansas City,MO)を用いながら2時間真空下に75℃で急速蒸発に付した。乾燥試料を1mlのDO(Cambridge Isotope Laboratories,Camridge,MA)中に再建し、−80℃で凍結し、その後、24時間4.5LのFREEZONE(商標)凍結乾燥システム(LABCONCO(登録商標)Corp)中で凍結乾燥した。次に試料を600μLのDO中に再建し、濾過して細胞粒子を除去した。1μLのTSP標準物質を試料に添加し、内容物をNMR試験管に移した。13Cリッチ化を測定するために、1Dプロトンスピンエコーを用いながら、炭素50上の同時90°パルスの存在下又は非存在下に分析した。炭素上の90°パルスは13C炭素原子を再照準し、これにより、プロトン−炭素スピンカップリングにより生じる13Cサテライトを抑制できる。この現象は、12C炭素原子では生じなかった。これらの実験に関して、本発明者等は市販のパルスシーケンスpwxcalを500MHzVarianInnovaTMスペクトル分析機上で使用した。以下のパラメーター、即ち::8,000Hzスイープ幅;2.7秒獲得時間;256遷移;及び25℃でpwx10及び90°を使用した。個々のアミノ酸はスペクトルの化学シフト及び細密構造に基づいて同定した。
【0051】
酵素試験を実施するために、〜0.7のOD550の嫌気的培養物に由来する細胞を遠心分離(2分、10,000 × g)により採取し、9g/リットルのNaClで洗浄し、細胞ペレットとして−20℃で保存した。細胞をそれぞれの緩衝液0.2ml中に再懸濁し、そしてクロロホルムと共に回転混合することにより透過性とした(Tao等、2001)。グリセロールデヒドロゲナーゼは50mM Tris・塩酸(pH7.6)、2mM MgCl、500μM NAD+、10mMグリセロール、及び10〜100μlの粗細胞抽出物を含有する混合物中、340nm及び25℃における吸光度の変化を測定することにより試験した。HAによるグリセロールデヒドロゲナーゼ活性、メチルグリオキサル還元酵素活性、アルド−ケト還元酵素活性、及び反応の一次性(蛋白濃度及び時間)を全ての調製品に関して確立した。結果はマイクロモル分−1細胞蛋白ミリグラム−1として表示し、そして少なくとも3点の細胞調製品に関して平均した。
【0052】
細胞生育(μ)、グリセロール消費、及び生成物合成に関する特定の速度は、総細胞、グリセロール、又は生成物濃度vs細胞濃度の積分値(ICC)をプロットし、これらの区画を多項式関数にフィットさせることにより推定した。
【0053】
(実施例2)グリセロール発酵及び培地組成の影響
E.coliにおけるグリセロールの代謝は呼吸条件により限定されていると考えられるが、本発明者等は電子受容体の非存在下においてこの生物がグリセロールを代謝できることを発見している。図1は2g/Lトリプトンを補充した培地中の野生型菌株MG1655に関する典型的な発酵プロファイルを示す(追加的詳細は暫定出願60/788,512ならびに60/867,581及びGonzalez等、2007に記載されている)。約1〜2g/Lのグリセロールは定常期培養の培地中において未発酵状態で残存していた。エタノール、1,2−プロパンジオール(1,2−PDO)及びコハク酸、及びギ酸は異なるNMR手法を用いた場合に発酵生成物として検出された。
【0054】
本発明者等は次にグリセロール発酵に対する種々のパラメーターの影響を発見しようと試みた。カリウム、ホスフェート、ナトリウム、グリセロール、HA、pH及びCOは細胞生育のために典型的な方法に従って滴定した。
【0055】
E.coliにおけるグリセロール代謝の以前の試験で使用した典型的な培地は高レベルのホスフェート、カリウム及びナトリウムを含有しており、その主要目的は7〜7.5に培養pHを制御することであった。この培地は当初Tanaka等(1967)により報告され、そしてその後、E.coliにおけるグリセロール代謝の研究において殆どの研究者らにより使用されている。本発明者等はそのようなレベルのホスフェート、カリウム、及びナトリウム(即ち34mM NaHPO及び64mM KHPO)を本発明者等の培地に補充することはグリセロール発酵を高度に損なう(図2)ことを発見しており、アルカリ性pHにおいて特に有害な作用であった。カリウム及びホスフェートは負の作用を担っているがナトリウムは異なっていた(図2)。本発明者等の実験におけるグリセロール消費パターンの分析によればグリセロールのかなりの量が培地中未代謝で残存しており(典型的には10〜30mM)、グリセロールの嫌気的発酵を制限する閾値濃度の存在を示唆していた。興味深いことに、グリセロール代謝の以前の研究も又典型的には20〜30mMの範囲のグリセロール濃度において実施されている。本発明者等は今回、高レベルのホスフェート及びカリウム、2g/Lのグリセロールを含有する培地を使用し、そして発酵をpH7.5及び37℃で実施する場合に、グリセロール発酵および細胞生育は完全に損なわれることを観察した(図2)。
【0056】
総括すれば、本発明者等の結果は、グリセロール発酵に負の影響を与える条件において実験を全て実施したために、E.coliを用いてグリセロールを嫌気的に発酵しようとする以前の試みが成功しなかったことを明確に示している。そのような条件は中性〜アルカリ性pH(7〜7.5)、高濃度のカリウム及びホスフェート、比較的低い濃度のグリセロール、37℃及び封鎖容器の使用を包含する。後者は水素の蓄積及びその結果としての酸化還元バランスへの影響のためにグリセロール発酵を損なうことを本発明者等が示した条件である。
【0057】
(実施例3)グリセロール発酵の経路及び機序
腸内細菌によるグリセロールの嫌気的発酵は、活性な1,3−PDO経路を有する種の特権であると考えられてきた。しかしながら本発明者等は、E.coliは機能する1,2−PDO経路及びglyDH−II−DHAK経路が存在している限り、1,3−PDO非依存性の態様においてグリセロールを発酵的に代謝できることを明らかにしている。
【0058】
Dharmadi等(2006)、Gonzalez等(2007)及び暫定出願60/867,581及び60/788,512(各々参照により本明細書に組み込まれる)により詳細に説明されている本発明者等の所見に基づいて、本発明者等は腸内細菌におけるグリセロール発酵のための新しいパラダイムを提案するものであり、それにおいては(i)1,2−PDO経路は細胞塊の合成の間に発生する還元性等価物を消費するための手段を提供し、これにより酸化還元のバランスの取れた条件を可能にし、そして(ii)酸化還元のバランスの取れた経路を介したエタノールの合成は、基質レベルのホスホリル化を介してATPを発生することによりエネルギーの要求性を満足する。ホルメート水素リアーゼの活性及びF−ATPase系も又、恐らくは細胞内pH及びCO供給の維持を支援することによりグリセロールの発酵性代謝を促進することが分かっている。解糖系中間体にグリセロールを変換する経路は2つの酵素(図3)、即ちグリセロールデヒドロゲナーゼ(glyDH)及びDHAキナーゼ(DHAK)を含むことを示しており、前者は以前には生理学的役割が未知であった。
【0059】
【表2】

実験は0.2%トリプトン及び10%グリセロールの存在下に実施した。
NG:生育観察せず;ND:検出せず;SD:標準偏差。
μM:指数生育期に計算した最大特異的生育速度(h−1)。
Yx/s:消費されたグリセロール当たりの菌体塊の増大として計算した生育収率(mg細胞/gグリセロール)。
1,2−PDOの合成は記載した通りNMRで識別した。
【0060】
菌株MG1655がグリセロールを発酵できるという本発明者等の所見は、他の被験菌株(W3110、MC4100及びE.coliB)も又グリセロールを発酵できたため、E.coliの主に一般的な特性である(表2)。2つの他のglyDH類、即ちglyDH−III及びglyDH−IVはエンテロバクターのメンバーにおいて発見されているため、本発明者等はグリセロールの嫌気的発酵におけるそれらの関与を検討した。やはりE.coliのようにglyDH−II(2)保有しているエンテロバクター・クロアカエNCDC279−56はグリセロールを発酵することができた(表2)。酵母サッカロマイセス・セレビシアエを用いた本発明者等の予備的結果は、同様の経路がこの生物におけるグリセロール発酵を支援していることを示していると考えられた。
【0061】
上記経路はグリセロール発酵に対するpH及びカリウム、ホスフェート及びグリセロールの濃度の観察された作用を説明するためのフレームワークを与える(暫定出願60/867,581の実施例2及びGonzalez等、2007参照)。例えば高レベルのホスフェートはDHA及びHA(上記した経路の2つの重要な中間体)の両方の分解を増進し、そしてGldAの活性及びHAによるその誘導性に負の影響をもたらす。更に又、1,2−PDO合成を担っている重要な酵素であるMGシンターゼは高ホスフェートレベルにより抑制される。高濃度のカリウムは1,2−PDO合成における重要な中間体であるMGの毒性を増大させる。グリセロールに対するGldAの低い親和性[Kmが3〜40mM]はその発酵代謝のために高濃度のグリセロールが必要であること、及び、10〜30mMグリセロールが未代謝のまま培地中に残存していたという本発明者等の観察結果の両方を説明している。
【0062】
グリセロール発酵に対するpHの影響は又、上記した経路に対するその影響にも関連している(暫定出願60/867,581の実施例2及びGonzalez等、2007参照)。GldAは強力なpH依存性と、より高い高アルカリ性pHでの酸化活性及び中性〜アルカリ性条件での還元活性を示す。酸性条件はglyDHの活性のみならず、1,2−PDOの合成に必要なMG還元活性も低減する。一方でアルカリ性条件は1,2−PDOの合成における重要な中間体であるMGの毒性を増大させる。明らかに、細胞内pHは重要な酵素の低活性及びMGの毒性を回避するために慎重に制御する必要がある。例えば、6.3の細胞外pHは明らかにMG毒性を防止するが、glyDH及びMGR/AKR活性を可能にするレベルより低値までpHが低下することを防止するためのシステムを、細胞はなお必要としている。ギ酸からCO及びHへの変換により、FHLシステムは細胞質の酸性化を防止することが知られており、これはなぜFHLが酸性条件におけるグリセロール発酵のために必要であるかを説明している。しかしなおFHLの活性は、蓄積すればグリセロール発酵に負の影響を与える過剰な水素を発生する場合がある。アルカリ性条件において、F−ATPase系は細胞質のアルカリ性化を防止するため、即ちMG毒性を回避するために必要となる。
【0063】
(実施例4)工業用培地中のグリセロール発酵の生産性及び実現性の向上
グリセロール発酵の向上のための本発明者等の所見の意義を明らかにするために、本発明者等は野生型菌株MG1655における発見された主幹経路(GldA−DHAK)を過剰発現させ、そして細胞生育及びグリセロール発酵の両方において2倍超の増大を観察した。GldA−DHAK経路の増幅はプラスミドpZSdhaKLM_gldAでMG1655を形質転換することにより達成した。生産性を更に向上させるためにはGldA−DHAK経路と共に解糖系酵素(例えばトリオース−ホスフェートイソメラーゼ)の一致した過剰発現が必要であると考えられる。更に又、培地、培養系及び作動様式を更に最適化することを包含する幾つかのプロセス系の改良が実施中である。
【0064】
工業レベルでグリセロール発酵を適用することはバイオディーゼルの製造の間に誘導されるグリセロールの使用を必要とする。本発明者等はMG1655を純粋なグリセロール及びFutureFurel Chemical Companyにより運転されているバイオディーゼル工場から得られたグリセロールの2試料上で培養したところ、同様の細胞生育及びグリセロール発酵を観察しており:培養48時間の後、細胞は4(純粋)、3.9(精製)及び3.8(粗製)g/Lのグリセロールを発酵しており、そして1.2(純粋)、0.96(精製)及び0.98(粗製)の光学密度に達していた。
【0065】
経費効率的な工業用補充物でトリプトン補充物を置き換えることが、商業的成功のための別の重要な要因である。しかしながら、本発明者等はコーンスチープリカー(工業用発酵で使用されている安価な補充物)による培地補充がトリプトン補充で観察されたものと同様のレベルにグリセロール発酵を支援することを既に明らかにしている(Dharmadi等、2006)。
【0066】
本発明者等は又、補充物を含まない最少培地中で生育することができるMG1655突然変異体も入手した(0.36のOD550であり、8.1g/Lのグリセロールが発酵された)。これらの突然変異体は漸減量のHA又はトリプトンを含有する培地中でグリセロールを発酵することができる菌株の選択を多数回行うことにより作成した。
【0067】
(実施例5):グリセロールからの生成物
本発明者等は又炭素源としてのグリセロール及び上記した培地を用いた生成物形成の例示的呈示を行った。例えば、本発明者等は図4に示すエタノールの生産を示している。本発明者等の結果は、僅かな遺伝子的及び環境的な改変により、E.coliがエタノールとH−CO(pH6.3)又はエタノールとギ酸(pH7.5及びFHL系の破壊)の何れかへのグリセロールの変換のための良好な生体触媒となることを示している。糖類の発酵を介したエタノールの生産は、対照的に、Hやギ酸の同時生成の可能性を全く与えず、従って低効率のプロセスとなっている。エタノールとH及びエタノールとギ酸の収率を更に向上させることは、スクシネート及びアセテート経路を排除することによりもたらされることになる(frdA及びpta突然変異:Gonzalez等、2007及び暫定出願60/867,581)。生産性及び工業用培地の使用における向上は実施例4において上記した通りである。
【0068】
別の例はコハク酸であり、その糖類からの生産は還元性等価物の利用性により限定されている。幸運なことに、グリセロールからのその合成は酸化還元バランスの取れた経路を介して可能となる。しかしながら、グリセロールからのスクシネートの極めて低い生産がMG1655を用いた本発明者等の実験では観察されており、PEP依存性GldA−DHAK経路を介してグリセロールが異化される結果である(即ち低PEP利用性)。適切なpH及びCO濃度を用いながら、E.coliPEP依存性DHAKをC.freundiiATP依存性DHAKに置き換えることにより、本発明者等は上記した培地を用いた場合にスクシネート収率のほぼ10倍増加を達成している(図4)。スクシネート収率を更に向上させることはエタノール及びアセテート経路の排除からもたらされることになる(adhE及びpta突然変異:Gonzalez等、2007及び暫定出願60/867,581)。生産性及び工業用培地の使用における向上は、C.freundiiATP−依存性DHAKがネイティブのDHAKの代わりに過剰発現されることになることを除き、実施例4において上記した通りである。コハク酸経路をエネルギー的により望ましいものとするために、本発明者等はE.coliのホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ(PEPC、遺伝子ppcによりコードされる)及びホスホエノールピルビン酸カルボキシキナーゼ(PEPCK)の過剰発現をE.coli(pckA)、アクチノバチルス・スクシノゲネス(pckA)又は酵素データベースBRENDAに記載されている他の微生物から排除しているところである(Schomburg等、2004)。スクシネート経路を介したより高いエネルギー生産(PEPCと異なり、PEPCKはATPを形成する)はより高値の生産性及び収率の両方をもたらすはずである。
【0069】
自身の合成がグリセロールにおける炭素の高度に還元された状態から利益を被る別の生成物は1,2−PDOである。GldA−DHAK経路の増幅は上昇した生産性をもたらすのみならず、1,2−PDOの合成におけるほぼ20倍の増大ももたらし:MG1655はわずか0.026mMの1,2−PDOのみ生産していたのに対し、組み換え菌株MG1655(pZSdhaKLM_gldA)はこの生成物0.51mMを蓄積していた。これらの結果は、恐らくは1,2−PDOの合成におけるGldAの関与によるものである(Gonzalez等、2007)。
【0070】
本発明者等は今回、下記の通りグリセロールから高レベルの1,2−PDOを生産するための数種の方策を追求している。
(1)E.coliのネイティブのPEP依存性DHAK(dhaKLM)をC.freundiiのATP依存性DHAK(dhaKLサブユニット)と置き換えること、および、ネイティブのグリセロールデヒドロゲナーゼ(gldA)と並行したその過剰発現。(2)DHAPから1,2−PDOへの変換に全て関与している酵素メチルグリオキサルシンターゼ、グリセロールデヒドロゲナーゼ及びメチルグリオキサル還元酵素の過剰発現(Gonzalez等、2007及び暫定出願60/867,581)。
(3)トランスヒドロゲナーゼの過剰発現を介したNADHからNADPHへの変換を向上させること、又はグリセロールデヒドロゲナーゼ、グリセロール−3−Pデヒドロゲナーゼ、グリセルアルデヒドデヒドロゲナーゼ、ピルビン酸デヒドロゲナーゼ等を包含する中心的代謝経路における酵素のコファクター特異性を操作することにより、DHAPから1,2−PDOの変換を駆動するためのNADPHの利用性を増大させること等。或いは、自身のネイティブの形態においてはコファクターとしてNADPを使用するこれらの酵素の変異を他の生物からクローニングしてE.coli中で発現させることができる。
(4)1工程におけるHAへのグリセロールの変換のためのグリセロールデヒドラターゼ(GD、天然にはグリセロールを3−ヒドロキシプロピオンアルデヒドに変換することによりこれを脱水する)の操作。次に本発明者等が既に培地に初期より存在するHAを化学量論的に1,2−PDOに変換した実験において明らかにした通り、HAをE.coliにおいてGldA又は他の酵素により1,2−PDOに変換する(暫定出願60/867,581)。この経路は中間体としてのメチルグリオキサル(極めて毒性の生成物)を回避することになり、そしてATPが消費されないために1,2−PDOへのグリセロールの最もエネルギー効率的な経路となり、収率を顕著に増大させる。操作されたGDは他のGDとは異なり活性のために補酵素B12を必要としないC.butyricum GD(dhaBI)を突然変異誘発することにより得られる。本発明者等は又、グリセロールをHAに変換できるネイティブの微生物GDを得るために検索を実施中である。発見されればこの活性はE.coliにクローニングされ、発現されることになる。
(5)化学的(グリセロールからHA)及び生物学的(HAから1,2−PDO)な方策を組み合わせる。グリセロールからHAへの脱水は固体触媒、中程度の温度(〜200℃)及び大気圧を使用するプロセスを用いて効率的に達成されている(Crabtree等、2006)。生成物はHAと水のみである。本発明者等はグリセロールを含有する培地中のE.coliによるHAから1,2−PDOへの効率的変換を明らかにしている(Gonzalez等、2007及び暫定出願60/867,581)。消費されるグリセロールの量は最小限であり、HAから1,2−PDOへの化学量論的変換は極めて短時間の発酵により達成される。
【0071】
上記及び図4及び5に示した結果はグリセロールからの燃料及び還元された化学物質の生産のためのプラットホームを開発することの実現性を明確に示している。グリセロール発酵経由の生産が好都合である他の生成物は、プロパノールアミド、プロピオン酸、ブタノール等を包含する(Gonzalez等、2007)。これらのプロセスは真のバイオリファイナリーの実施を可能にし、そしてその経済面を大きく向上させることによりバイオ燃料産業に革命をもたらすと考えられる。
【0072】
(参考文献)
全ての参考文献は読者の都合のために掲示している。各々は参照により全体が本明細書に組み込まれる。
【0073】
【数1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
明細書中に記載の発明。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−245012(P2012−245012A)
【公開日】平成24年12月13日(2012.12.13)
【国際特許分類】
【外国語出願】
【出願番号】特願2012−204469(P2012−204469)
【出願日】平成24年9月18日(2012.9.18)
【分割の表示】特願2009−503326(P2009−503326)の分割
【原出願日】平成19年3月30日(2007.3.30)
【出願人】(504080087)ライス ユニバーシティー (6)
【Fターム(参考)】