説明

ケモカイン受容体作用増強剤

【課題】
経済的であり、短時間で効果的に作用するケモカイン受容体CXCR4の作用増強剤を提供することを課題とする。また、CXCR4の作用増強剤を用いたCXCR4作用調節物質のスクリーニング方法を提供することを課題とする。
【解決手段】
N−アセチルノイラミン酸硫酸エステル若しくはN−アセチルノイラミン酸ホモポリマー硫酸エステル、又はその薬学的に許容される塩により、CXCR4作用増強剤が提供される。造血幹細胞のCXCR4作用を増強させることができれば、造血幹細胞移植後の骨髄へのホーミングや生着が増強されることが予想され、従来より少ない幹細胞数でも移植を成立させる可能性があり、造血幹細胞移植補助剤として使用することができる。さらに、このCXCR4作用増強剤のCXCR4増強作用を利用することで、効果的に感度よくCXCR4作用調節物質をスクリーニングすることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、N−アセチルノイラミン酸硫酸エステルの新規用途に関する。具体的には、N−アセチルノイラミン酸硫酸エステルを有効成分として含むケモカイン受容体CXCR4作用増強剤、並びに該CXCR4作用増強剤を用いたCXCR4作用調節物質のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ケモカインは、ジスルフィド結合形成に関与するシステイン残基の性質により特徴付けられる走化性誘起作用タンパク質のスーパーファミリーである。ケモカインは、様々な生物学的反応を調節し、白血球及びリンパ球等の複数系統の生体臓器組織への補充を促進する。ケモカインのうち、Stromal cell-derived factor-1/間質細胞由来因子1α(SDF−1/CXCL12)は、リンパ球やマクロファージ、造血幹・前駆細胞等を適切な場所に誘導する強力な走化性誘起因子である。細胞が本来存在すべき臓器に特異的に遊走(走化)する現象を、「我が家に帰る」という意味で「ホーミング」という。例えば骨髄移植は、提供者の骨髄に存在する造血幹細胞を受容者の末梢血中に輸中することで成り立つが、該輸中された末梢血中の造血幹細胞は、受容者の骨髄を探してホーミングし、そこで造血を再開する。
【0003】
SDF−1/CXCL12ケモカイン受容体として、CXCR4が知られている。CXCR4は7回膜貫通タンパク質にカップリングしたGタンパク質の一種である。CXCR4はSDF−1/CXCL12を感知することにより、造血幹細胞を骨髄に維持したり、骨髄移植後に造血幹細胞を骨髄に誘導するうえで、不可欠な役割を果たしている。その他、CXCR4は、Bリンパ球の生成や小脳顆粒細胞層の形成、心室中隔の形成、血管の形成などにかかわるともいわれている。CXCR4を遮断したり、あるいは増強させたりすることで、標的細胞の移動や各種の作用を制御することができる。
【0004】
CXCR4アンタゴニストとしてペプチドについて開示がある(特許文献1)。特許文献1には、該ペプチドは、造血幹細胞の骨髄部から末梢血部への動員作用を有し、また癌治療用医薬品及び自己免疫疾患治療用医薬品として使用できる旨の記載がある。
他のCXCR4アンタゴニストとしてAMD3100が、G−CSFによる造血幹細胞動員効果を増強させることが報告されている(非特許文献1)。
【0005】
CXCR4アゴニストとしてのペプチドについても開示がある(特許文献2)。特許文献2には、該ペプチドは、SDF−1ポリペプチド及びSDF−1ポリペプチド同属体を含み、自家、同種の末梢血幹細胞移植への使用や、細胞障害性物質(例えば抗癌剤)の細胞障害性に対する細胞の感受性を低下させるために使用できる旨の記載がある。
その他、CXCR4作用を増強させる方向に作用するものとして、フコイダン(非特許文献2)、TGF−β1(Transforming growth factor β1)(非特許文献3、4)や、リゾホスファチジルコリン(Lysophosphatidylcholine:LPC)(非特許文献5)が研究レベルで報告されている。TGF−β1は、造血幹・前駆細胞に対して、反応性の減弱したCXCR4の作用を定常状態にまで戻す作用があると報告されているが(非特許文献6)、その作用を通常より強める薬剤については未だ報告されていない。また、TGF−β1及びLPCのいずれも、効果発現のためには18〜48時間という比較的長時間にわたる暴露が必要といわれている(非特許文献3〜6)。
【0006】
一方、N−アセチルノイラミン酸硫酸エステル等については、多く報告されており、天然のN−アセチルノイラミン酸ホモポリマーの混合物であるコロミン酸を原料として生産することができる(特許文献3,4)。コロミン酸は、1957年にバリー等により発見された物質で、シアル酸(アセチルノイラミン酸)を構成単位とし、α2→8で結合した分子量3万程度の高分子ポリマーである。大腸菌、髄膜炎双球菌などの血清型分類において非常に重要である。また、医薬品や化粧品の原料としても重要である。医薬品としては、例えば抗HIV剤(特許文献3,4)、抗ロタウイルス剤(特許文献5)、抗炎症剤(特許文献6)、抗血栓剤(特許文献7)、線維芽細胞増殖因子(特許文献8)等が開示されている。
【0007】
しかしながら、N−アセチルノイラミン酸硫酸エステル等とCXCR4との関係については報告されておらず、CXCR4に対する作用も不明であった。
【0008】
【特許文献1】特表2003-532683号公報
【特許文献2】特表2003-530355号公報
【特許文献3】特開平6-279503号公報
【特許文献4】特許第3062906号公報
【特許文献5】特開平9-278660号公報
【特許文献6】特開平9-25576号公報
【特許文献7】特開平10-158174号公報
【特許文献8】特開平10-310602号公報
【非特許文献1】Transfusion, 45, p.295-300, 2005
【非特許文献2】BLOOD, 101 (11), p.4245-4252, 2003
【非特許文献3】Immunology, 114, p.565-574, 2005
【非特許文献4】Eur. J. Immunol., 32, p.193-202, 2002
【非特許文献5】J. Leukocyte Biology, 76, p.195-202, 2004
【非特許文献6】Blood First Edition, p.1-39, prepublished online Mar. 29, 2005
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、経済的であり、短時間で効果的に作用するケモカイン受容体CXCR4(以下、単に「CXCR4」という。)の作用増強剤を提供することを課題とする。また、CXCR4作用調節物質のスクリーニング方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、N−アセチルノイラミン酸硫酸エステルが、CXCR4作用を増強することを見いだし、本発明を完成した。さらに、N−アセチルノイラミン酸硫酸エステルのCXCR4増強作用を利用することで、効果的にCXCR4作用調節物質をスクリーニングすることができることを見出し、本発明を完成した。
【0011】
すなわち本発明は以下よりなる。
1.N−アセチルノイラミン酸硫酸エステルを有効成分として含有するケモカイン受容体CXCR4作用増強剤。
2.N−アセチルノイラミン酸硫酸エステルを有効成分として含有する造血幹細胞移植補助剤。
3.前項1又は2に記載のN−アセチルノイラミン酸硫酸エステルは、下記一般式(I):
【化1】

[式中、Rは、同一又は異なって水素原子又はSOHを示し、nは1〜1000の整数を示す。但し、N−アセチルノイラミン酸残基1分子あたりのSOH基の数は0.1〜3である。]
で表されるN−アセチルノイラミン酸モノマー硫酸エステル若しくはN−アセチルノイラミン酸ホモポリマー硫酸エステル、又はその薬学的に許容される塩である、CXCR4作用増強剤又は造血幹細胞移植補助剤。
4.CXCR4の測定系において、前項3に記載の一般式(I)で表されるN−アセチルノイラミン酸硫酸エステルの相互作用を調べることを特徴とするCXCR4作用調節物質のスクリーニング方法。
5.CXCR4の測定系において、被験化合物を加えた系と、前項3に記載の一般式(I)で表されるN−アセチルノイラミン酸硫酸エステルを加えた系での測定結果を比較することを特徴とするCXCR4作用調節物質のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0012】
N−アセチルノイラミン酸硫酸エステルは、in vitroの実験系において、3時間程度で効果的にCXCR4作用を増強することが確認され、TGF−β1やリゾホスファチジルコリンに比べて、短時間で効果を発揮することが判明した。これにより、N−アセチルノイラミン酸硫酸エステルを有効成分として含有するCXCR4作用増強剤が得られる。造血幹細胞のCXCR4作用を増強させることができれば、造血幹細胞移植後の骨髄へのホーミングや生着が増強されることが予想され、従来より少ない幹細胞数でも移植を成立させる可能性がある。したがって、本発明のCXCR4作用増強剤は、造血幹細胞移植補助剤として使用することができる。さらに、N−アセチルノイラミン酸硫酸エステルをCXCR4の測定系に使用することにより、CXCR4作用調節物質を効果的にスクリーニングすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の「N−アセチルノイラミン酸硫酸エステル」は、N−アセチルノイラミン酸モノマー硫酸エステル及びN−アセチルノイラミンホモポリマー硫酸エステルを含み、さらにこれらの薬学的に許容できる塩をも含む概念で使用される。本発明のCXCR4作用増強剤は、N−アセチルノイラミン酸硫酸エステルを有効成分として含み、いいかえればN−アセチルノイラミン酸モノマー硫酸エステル若しくはN−アセチルノイラミン酸ホモポリマー硫酸エステル、又はその薬学的に許容できる塩を有効成分として含む。
【0014】
本発明において、N−アセチルノイラミン酸硫酸エステルは、例えば特許文献3〜8に記載のものを使用することができる。原料は特に限定されるものではないが、重合度(n)が一定の数であるホモポリマーを用いても良く、例えばコロミン酸のような天然のN−アセチルノイラミン酸ホモポリマーの混合物を用いても良い。また取得の由来も特に限定されず、天然から抽出、精製したものでも良く、化学的手法により合成したものであっても良い。
【0015】
本発明のN−アセチルノイラミン酸硫酸エステルは、N−アセチルノイラミン酸残基1分子あたりのSOH基の数が0.1〜3であることが好ましい。このような化合物として、具体的には以下に示す一般式(I)で表すことができる。ここにおいて、式中Rは、同一又は異なって水素原子、又はSOHを示し、nは1〜1000の整数、好ましくは3〜200の整数、より好ましくは6〜100の整数を示す。本発明のN−アセチルノイラミン酸硫酸エステルは、nが1種のみである単一化合物であっても良く、また、5〜1000の範囲内でnの値が異なる複数のN−アセチルノイラミン酸ホモポリマーの硫酸エステルの混合物であってもよい。好ましい分子量としては、平均分子量が5,000〜50,000であり、より好ましくは8,000〜30,000である。分子量は、プルラン、シアル酸オリゴマーなどを標準物質とし、HPLCにより測定することができる。
【0016】
【化2】

【0017】
本発明におけるN−アセチルノイラミン酸硫酸エステルは、以下の方法に従い製造することができる。N−アセチルノイラミン酸モノマー若しくはN−アセチルノイラミン酸ホモポリマー1重量部に対し、溶媒の存在下又は不存在下に触媒0.5〜200重量部、硫酸化剤0.2〜30重量部を反応させる。反応時間は0.1〜48時間程度であり、反応温度は−40〜90℃程度である。
【0018】
触媒としては、ピリジン、ジメチルアミノピリジン、トリエチルアミンなどが挙げられる。硫酸化剤としては、クロロスルホン酸、ピペリジン硫酸、サルファトリオキシド・トリメチルアミン錯体などが挙げられる。触媒としてピリジンなどを過剰量使用する場合には、溶媒を使用する必要はない。溶媒は、必ずしも使用する必要はないが、使用する場合には、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、ホルムアミドなどを使用することができる。
硫酸化反応終了後は、公知の方法、例えば濃縮、ゲルろ過、イオン交換などの各種クロマトグラフィー、再沈殿、透析などの処理を行うことができる。
【0019】
本発明において、薬学的に許容される塩とは、ナトリウム、カリウム、リチウムなどのアルカリ金属塩、マグネシウム、カルシウムなどのアルカリ土類金属塩などが挙げられる。これらの塩は、N−アセチルノイラミン酸若しくはそのホモポリマーの硫酸化反応液を水酸化ナトリウム、炭酸カリウムなどの塩で中和することで製造することもでき、また、いったん硫酸化糖の遊離の酸として得た後、それを用いて塩の形態としてもよい。更に、イオン交換樹脂、イオン交換ゲル、イオン交換セルロースカラムを用いて塩の形態にしても良い。
【0020】
本発明のN−アセチルノイラミン酸硫酸エステルは、薬学的に許容される種々の添加剤とともに、CXCR4作用増強剤として用いることができる。本発明のCXCR4作用増強剤は、特に限定されるものではないが、例えば、注射剤や、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、細粒剤、乳剤などの経口剤などの種々の形態の医薬製剤として用いることができる。また、本発明のCXCR4作用増強剤は、前記医薬製剤のほか、健康食品、健康飲料としても用いることができる。
【0021】
本発明のCXCR4作用増強剤を注射剤として調製する場合、添加剤としては、pH調整剤、緩衝剤、安定化剤、張化剤等を適宜配合することができる。該注射剤は、例えば静脈内、筋肉内又は皮下に投与される。また、経口剤として調製する場合は、賦形剤、崩壊剤、滑沢剤、結合剤、矯臭剤、矯味剤などを適宜配合することができる。
【0022】
また、本発明のCXCR4作用増強剤は、単剤で、又は既に市販されている製剤と併用して使用することができる。特に本発明のCXCR4作用増強剤を造血幹細胞移植補助剤として使用する場合には、造血細胞移植用ドナー細胞(自家・同種の骨髄細胞、自家・同種の末梢血幹細胞、または臍帯血幹細胞)を本剤により処理し、その後、レシピエントに輸注することで効率のよい移植が成立する可能性がある。
【0023】
本発明のCXCR4作用増強剤を単剤として使用する場合の投与量は、投与すべき患者の年齢、性別、体重、症状などにより変動するが、有効成分として含有されるN−アセチルノイラミン酸硫酸エステルは、一般的には、ヒト成人に対する1投与単位当たり、経口剤では0.1〜7000mg程度、好ましくは20〜1000mg、注射剤では0.1〜7000mg、好ましくは20〜2000mg程度の間から適宜選択することができる。また、既に市販されている製剤と併用して使用する場合は、症状ならびに併用される市販剤の種類、投与量との関係において、適宜決定することができる。
【0024】
さらに、本発明のCXCR4作用増強剤は、CXCR4の測定系において試薬として用いることができる。例えば、試料中のCXCR4の有無を確認したい場合において、通常のCXCR4の測定系では検出限界以下のCXCR4しか存在しない場合であっても、本発明のCXCR4作用増強剤とともに検出検査を行うと、微量のCXCR4の作用が増強されることで、感度良くCXCR4の有無を確認することができる。
【0025】
ケモカインとその受容体CXCR4を介した情報伝達により、走化性の誘導、細胞増殖、アポトーシスの減少等をもたらすといわれている。本発明のCXCR4作用増強剤は、上記の細胞増殖、アポトーシスの減少等の効果を利用することで、特許文献2に記載のCXCR4アゴニストペプチドと同様、自家、同種の末梢血幹細胞移植への使用や、細胞障害性物質(例えば抗癌剤)の細胞障害性に対する細胞の感受性を低下させるための用途が期待される。また、造血幹細胞のCXCR4作用を増強させることができれば、造血幹細胞移植後の骨髄へのホーミングや生着が増強されることが予想され、従来より少ない幹細胞数でも移植を成立させる可能性がある。したがって、本発明のCXCR4作用増強剤は、造血幹細胞移植補助剤として使用することができる。
【0026】
一方、ケモカインとその受容体CXCR4を介した情報伝達は、腫瘍細胞の増殖、HIV感染のメカニズム等にも関与するといわれている。CXCR4の作用を抑制することで、腫瘍細胞の増殖抑制や、HIV感染抑制の効果も期待できる。このように、CXCR4作用の調節は、生体機能を維持するために重要である。そこで、CXCR4の作用を調節しうる物質をスクリーニングし、新規なCXCR4アゴニスト若しくはアンタゴニスト等を得ることができれば、各種疾患の治療に応用されうる。
【0027】
本発明は、CXCR4作用調節物質のスクリーニング方法にも及ぶ。具体的には、CXCR4の測定系に、被験化合物及びN−アセチルノイラミン酸硫酸エステルを加え、該被験化合物とN−アセチルノイラミン酸硫酸エステルの相互作用を評価する方法が挙げられる。他として、CXCR4の測定系において、被験化合物を加えた系とN−アセチルノイラミン酸硫酸エステルを加えた系での測定結果を比較し、評価する方法も挙げられる。
【0028】
CXCR4の測定系とは、自体公知の測定系であってもよいし、今後開発されうる新規な測定系であっても良い。具体的には、CXCR4タンパク質の検出系が挙げられ、フローサイトメトリーやウエスタンブロット法などを適用することができる。また、ケモカインの細胞走化性を利用した走化性試験(Chemotaxis Assay)などを適用することができる。例えば、CXCR4と、化学的に合成若しくは遺伝子組換により産生したSDF−1を用いて白血球等の細胞の遊走能を調べることによる。また、SDF−1によるシグナル伝達の結果、細胞内Ca2+流入量の増加を測定するなど、SDF−1のケモカインとしての生物学的活性を調べるなどの方法も適用することができる。
【実施例】
【0029】
以下実施例により本発明を説明するが、本発明はこれらに限定されるものではないことは明らかである。
【0030】
(実施例1)N−アセチルノイラミン酸ホモポリマー硫酸エステルの調製
ジメチルホルムアミド20mLに平均分子量約17,000のコロミン酸90mg、サルファトリオキシド・ピリジン複合体477mg及びジメチルアミノピリジン37mgを加え、30℃にて24時間撹拌した。反応後氷冷し、反応液を1M炭酸水素ナトリウム50mLに滴下し、中和した。中和後、濾過により固形物を分離し、透析チューブ(VISKASE SALES社製、分画分子量12,000〜14,000)を用いて、透析を行った。
透析後、ナトリウムイオン型のイオン交換樹脂(アンバーライトIR−120B、オルガノ(株)社製)カラムに通した。カラム流出液を減圧下で濃縮し、凍結乾燥により、平均分子量約22,000の標記化合物126mgを粉体として得た。
本実施例において、得られたN−アセチルノイラミン酸ホモポリマー硫酸エステルを、便宜上、硫酸化コロミン酸(SCA)と呼ぶ。
【0031】
(試験例1)マウス造血前駆細胞とSDF−1の結合能によるCXCR4作用の確認
マウス造血前駆細胞株(FDCP−mix)を、リン酸緩衝液(PBS)に浮遊させ、10/mLの細胞浮遊液を調製した。実施例1で調製した硫酸化コロミン酸(SCA)をPBSに溶解したものを、最終濃度が1mg/mLになるように該細胞浮遊液に加え、37℃で30分処理した。対照としてSCAを加えないPBSのみの系について同様の処理を行った。その後、PBSで細胞を2回洗浄し、CXCL12/SDF−1α受容体検出用キット(FLUOROKINE Receptor Detection Kit CXCL12/SDF-1, R&D Systems社製)を用いて、SDF−1のFDCP−mixへの特異結合を調べた。具体的には、キットの使用説明書に従い、フローサイトメトリーを用いて計測した。測定機器は、FACScan (Becton Dickinson社)を使用した。
【0032】
その結果を図1に示した。SCAを加えた系(B)では、SCAを加えない対照の系(A)に比べ、FDCP−mixにSDF−1がよく結合していることが観察された(a)。各々の系について、抗SDF−1抗体を混合した系(b)及びコントロールタンパク質(大豆タンパク質トリプシン阻害剤)を用いた系(c)についても調べた。(A)及び(B)について、(b)の系では、コントロールタンパク質の系(c)と同様の傾向を示していることから、(a)の結果は、FDCP−mixにSDF−1が結合した結果を示していることが確認された。これにより、FDCP−mixの細胞表面に発現したCXCR4の作用が増強していることが推察された。
【0033】
フローサイトメトリーで得られた結果について、蛍光強度を数値化し、コントロールタンパク質の系(c)で得られた結果を差し引いた値を図2に示した。その結果、SCAで処理した場合は、対照のPBSのみの場合に比べて2倍以上の蛍光強度が確認された。これにより、SCAで処理した場合、すなわちN−アセチルノイラミン酸ホモポリマー硫酸エステルで処理した場合は、CXCR4の作用が2倍以上増強することが推察された。
【0034】
(試験例2)SDF−1の走化性によるCXCR4作用の確認
マウス造血前駆細胞株(FDCP−mix)を、Iscove's Modified Dulbecco's Medium(IMDM)に浮遊させ、107/mLの細胞浮遊液を調製した。実施例1で調製した硫酸化コロミン酸(SCA)を最終濃度が1mg/mLになるようにPBSに溶解したものを該細胞浮遊液に加え、37℃で30分処理した。その後、IMDM+0.5v/v%ウシ血清アルブミン(BSA)で細胞を2回洗浄した。トランスウエル(Transwell, 直径6.5mm、ポアサイズ5μm、 Corning社)の下層(600μL容量)に、PBS若しくは遺伝子組換SDF−1(R&D Systems社)10μg/mLを12μL(最終濃度200ng/mL)加えた。トランスウェルの上層に106個の細胞を加え、37℃で3時間放置した後、下層に遊走した細胞数を血球計算板を用いた目算により計測し、細胞の走化性を調べた。その結果を図3に示した。
【0035】
SDF−1を加えない系に比べ、SDF−1を加えた系では細胞の走化性が明らかに観察され、さらに細胞をSCA処理した場合は、処理しない場合に比べてSDF−1に対する走化性が3倍以上に観察された(n=3)。これにより、SCAで処理した場合、すなわちN−アセチルノイラミン酸ホモポリマー硫酸エステルで処理した場合は、CXCR4の作用が3倍以上増強することが推察された。
【産業上の利用可能性】
【0036】
以上説明したように、N−アセチルノイラミン酸硫酸エステルは、in vitroの実験系において、効果的にCXCR4の作用を増強することが確認され、TGF−β1やリゾホスファチジルコリンに比べて、短時間で効果を発揮することが判明した。
これにより、N−アセチルノイラミン酸硫酸エステルを有効成分として含有するCXCR4作用増強剤が得られる。造血幹細胞のCXCR4作用を増強させることができれば、造血幹細胞移植後の骨髄へのホーミングや生着が増強されることが予想され、従来より少ない幹細胞数でも移植を成立させられる可能性がある。したがって、本発明のCXCR4作用増強剤は、造血幹細胞移植補助剤として使用することができる。
さらに、被験化合物のCXCR4作用調節能の測定において、N−アセチルノイラミン酸硫酸エステルを測定系に使用することで、CXCR4作用調節物質を効果的に感度よくスクリーニングすることができる。そこで、新規なCXCR4作用調節物質、例えばCXCR4アゴニスト若しくはアンタゴニスト等を得ることができ、各種疾患の治療に応用されうる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】マウス造血前駆細胞株(FDCP−mix)とSDF−1の結合能を、フローサイトメトリーで調べた結果を示す図である。(試験例1)
【図2】FDCP−mixとSDF−1の結合能を蛍光強度で示す図である。(試験例1)
【図3】FDCP−mixの走化性に及ぼす影響を示す図である。(試験例2)
【符号の説明】
【0038】
a FDCP−mixとSDF−1の結合(図1)
b 抗SDF−1抗体を加えた場合(図1)
c FDCP−mixとコントロールタンパク質の結合(図1)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
N−アセチルノイラミン酸硫酸エステルを有効成分として含有するケモカイン受容体CXCR4作用増強剤。
【請求項2】
N−アセチルノイラミン酸硫酸エステルを有効成分として含有する造血幹細胞移植補助剤。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のN−アセチルノイラミン酸硫酸エステルは、下記一般式(I):
【化1】

[式中、Rは、同一又は異なって水素原子又はSOHを示し、nは1〜1000の整数を示す。但し、N−アセチルノイラミン酸残基1分子あたりのSOH基の数は0.1〜3である。]
で表されるN−アセチルノイラミン酸モノマー硫酸エステル若しくはN−アセチルノイラミン酸ホモポリマー硫酸エステル、又はその薬学的に許容される塩である、CXCR4作用増強剤又は造血幹細胞移植補助剤。
【請求項4】
CXCR4の測定系において、請求項3に記載の一般式(I)で表されるN−アセチルノイラミン酸硫酸エステルの相互作用を調べることを特徴とするCXCR4作用調節物質のスクリーニング方法。
【請求項5】
CXCR4の測定系において、被験化合物を加えた系と、請求項3に記載の一般式(I)で表されるN−アセチルノイラミン酸硫酸エステルを加えた系での測定結果を比較することを特徴とするCXCR4作用調節物質のスクリーニング方法。

【図2】
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【図3】
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【図1】
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【公開番号】特開2007−22940(P2007−22940A)
【公開日】平成19年2月1日(2007.2.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−204387(P2005−204387)
【出願日】平成17年7月13日(2005.7.13)
【出願人】(504147243)国立大学法人 岡山大学 (444)
【出願人】(302069859)マルキンバイオ株式会社 (3)
【Fターム(参考)】