説明

ゲル形成用組成物

【課題】公知のゲル形成性組成物よりも迅速にゲルを形成することができるゲル形成性組成物を提供すること。
【解決手段】ゲル形成性組成物は、(1)親水性領域と疎水性領域を有するブロックコポリマーから形成され、前記親水性領域が外側、前記疎水性領域が内側に配置された高分子ミセルであって、前記親水性領域は、その外側端部に少なくとも1個のアルデヒド基を有する高分子ミセルと、ε−ポリ−L−リジンの高分子量化物であるポリアミンポリマーとを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、迅速にゲルを形成することができるゲル形成用組成物に関する。本発明のゲル形成用組成物は、外科手術時や創傷治療等における止血剤等として特に有用である。
【背景技術】
【0002】
外科手術時や創傷の治療において、迅速に止血を行うことが重要である。本願発明者らは、先に外側にアルデヒド基を有する高分子ミセルと、ポリアミンとから成る、止血剤として有用な組織接着性ゲル形成性組成物を発明した(特許文献1)。特許文献1記載の組成物を傷口に適用することにより、組織に接着するゲルがその場で形成され、傷口が確実に接着される。
【0003】
【特許文献1】特開2005-21454号公報
【特許文献2】特許第3502879号公報
【特許文献3】特開2003-171464号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
止血は可能な限り迅速に行うことが好ましいことは言うまでもない。したがって、特許文献1記載のゲル形成性組成物よりも迅速にゲルを形成できれば有利である。
【0005】
従って、本発明の目的は、公知のゲル形成性組成物よりも迅速にゲルを形成することができるゲル形成性組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、外表面上にアルデヒド基を有する水溶性高分子ミセルと、ε−ポリ−L−リジンの高分子量化物とを含む組成物が、迅速にゲルを形成することができることを見出し、本発明を完成した。
【0007】
すなわち、本発明は、(1)親水性領域と疎水性領域を有するブロックコポリマーから形成され、前記親水性領域が外側、前記疎水性領域が内側に配置された高分子ミセルであって、前記親水性領域は、その外側端部に少なくとも1個のアルデヒド基を有する高分子ミセルと、(2)下記一般式(I)
【0008】
【化1】

【0009】
(ただし、式(I)において、nは5〜40の整数)
で表されるε−ポリ−L−リジンの高分子量化物であるポリアミンポリマーとを含むゲル形成性組成物を提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、公知のゲル形成性組成物よりも迅速にゲルを形成することができるゲル形成性組成物が新たに提供された。本発明のゲル形成性組成物は、各成分を混ぜ合わせることにより迅速にゲルを形成する。このため、外科手術や創傷治療等において、迅速な止血を必要とする止血剤として威力を発揮する。また、本発明の組成物の調製に用いられるε−ポリ−L−リジンは、より広く知られているα−ポリ−L−リジンよりも細胞に対する毒性が低い。従って、本発明の組成物は、安全性も高い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
上記の通り、本発明のゲル形成性組成物は、親水性領域と疎水性領域を有するブロックコポリマーから形成され、前記親水性領域が外側、前記疎水性領域が内側に配置された高分子ミセルであって、前記親水性領域は、その外側端部に少なくとも1個のアルデヒド基を有する高分子ミセルと、水溶性ポリアミンポリマーとして、上記一般式(I)で表されるε−ポリ−L−リジンの高分子量化物を含む。上記高分子ミセルと、上記一般式(I)で表されるε−ポリ−L−リジンの高分子量化物とが反応してゲルを形成する。
【0012】
高分子ミセルは、本願発明者らが既に発明して公知になっており(特許文献1)、これを利用することができる。利用できる公知の高分子ミセルについて以下にさらに説明する。
【0013】
高分子ミセルは、上記ブロックコポリマーから形成され、前記親水性領域が外側、前記疎水性領域が内側に配置された高分子ミセルであって、前記親水性領域は、その外側端部に少なくとも1個のアルデヒド基を有するものである高分子ミセルであれば特に限定されないが、一般式(III)
(<H.philic>-L-)p<H.phobic>
(上式中、<H.philic>は、L側の末端と異なるもう一方の末端に少なくとも1個のアルデヒド基(またはホルミル:OHC−)を有する親水性ポリマーセグメントを表し、<H.phobic>は、L側の末端と異なるもう一方の末端に架橋結合を形成しうる官能基(例えば、エチレン系不飽和集合性基)を有するかまたは有しない疎水性ポリマーセグメントを表し、Lは、<H.philic>と<H.phobic>を連結する単結合または連結基を表し、そしてpは整数1または2である。)で表されるブロックコポリマーに由来し、かつ、水性媒体中に置いた場合に、親水性ポリマーセグメントからシエル部分が形成され、そして疎水性ポリマーセグメントからコア部分が形成された高分子ミセルであることが好ましい。
【0014】
一般式(II)で表されるブロックコポリマーは、上述したような水性媒体中でそれらの分子が自己集成され、コア部が、主として疎水性セグメントからなり、そしてシエル部が、主として親水性セグメントからなる高分子ミセルを形成するものであれば、どのような親水性ポリマーセグメントと疎水性ポリマーセグメントを含んでなるものであってもよい。これらのブロックコポリマーには、(親水性ポリマーセグメント)−(疎水性ポリマーセグメント)−(親水性ポリマーセグメント)からなる、所謂、ABA型(一般式(I)におけるpが2である。)ブロックコポリマーも包含される。本発明にいう「ポリマーセグメント」の語は、水性媒体中で高分子ミセルを形成することができる限り、一般的な「ポリマー」の概念に入らないで、「オリゴマー」の概念に相当するセグメントをも包含する意味で用いている。このような比較的低分子のブロックコポリマーから形成されるミセルも本発明では「高分子ミセル」と呼ぶ。なお、ブロックコポリマーの分子量は、特に限定されないが、通常、2000〜20000程度、好ましくは4000〜15000程度である。
【0015】
親水性ポリマーセグメントの一方の末端に存在するアルデヒド基は、ブロックコポリマーを製造する際のイニシエーターとして、例えばアセタール化ホルミル(換言すれば、保護されたアルデヒド基ともいえる。)化合物(例えば、アルコールを用いる(例えば、WO 96/33233または対応する米国特許第5,925,720号明細書参照。)か、また、適当な糖類を当該末端に導入するか、またはもともと糖残基を有するブロックコポリマー(例えば、WO 96/32434または対応する米国特許第5,973,069号明細書参照。)、例えば、マラプラード酸化(Malaprade oxidation)にかけ、糖残基をアルデヒド基に転化することにより、上記、少なくとも1個のアルデヒド基を有する親水性ポリマーセグメントを提供できる。また、かような糖類を適当に選ぶことにより、2個の以上のアルデヒド基を有する末端を提供することができる。
【0016】
かようなアルデヒド基を末端に含んでなる親水性ポリマーセグメント(一般式(I)の<H.philic>に相当する。)を構成するポリマー鎖としては、限定されるものでないが、ポリ(エチレンオキシド)、ポリ(ビニルアルコール)、ポリ(ビニルピロリドン)、ポリ(N,N−ジメチルアクリルアミド)、親水性ポリアクリル酸エステル、親水性ポリメタクリル酸エステル、親水性ポリアクリル酸アミド、親水性ポリメタクリル酸アミド、ポリリンゴ酸、デキストラン、プルラン、デキストラン硫酸、ポリサッカライド、ポリアスパラギン酸、ポリグルタミン酸および親水性ポリアミノ酸に由来するポリマー鎖が挙げられる。
【0017】
他方、疎水性ポリマーセグメント(一般式(I)の<H.phobic>に相当する。)を構成するポリマー鎖としては、限定されるものでないが、ポリ(D,L−乳酸)、ポリ(L−乳酸)、ポリ(グリコール酸)、ポリ(D,L−乳酸−CO−グリコール酸)、ポリ(L−乳酸−CO−グリコール酸)、ポリ(D,L−乳酸−CO−グリコール酸)−CO−ε−カプロラクトン)、ポリ(ε−カプロラクトン)、ポリ(δ−バレロラクトン)、ポリ(γ−ブチロラクトン)、疎水性ポリエステル、ポリ(β−ベンジル L−アスパルテート)、ポリ(β−置換アスパルテート)、ポリ(γ−ベンジル L−グルタメート)、ポリ(γ−置換グルタメート)、ポリ(フェニルアラニン)、ポリ(ロイシン)、ポリ(イソロイシン)、疎水性ポリアミノ酸、ポリ(プロピレンオキシド)、ポリ(テトラエチレンオキシド)、疎水性ポリエーテル、ポリ(エチレン)、ポリ(プロピレン)、ポリ(イソブチレン)、ポリ(ブタジエン)、ポリ(スチレン)、ポリ(メチルメタクリレート)、ポリ(ブチルメタクリレート)、疎水性ポリ(メタクリレート)、疎水性ポリ(アクリレート)および疎水性ポリ(アクリルアミド)および疎水性ポリ(メタクリルアミド)に由来するポリマー鎖が挙げられる。かようなポリマー鎖は、ポリマー主鎖中のいずれかの部位、好ましくは<H.philic>と結合する側とは別の末端部に側鎖として少なくとも1個の架橋結合を形成しうる官能基を有することができる。これらの官能基は2つの官能基が架橋結合を形成しうるものであればいかなる基であってもよいが、例えば、エチレン系不飽和重合性基、メルカプト基、アミノ基、水酸基、カルボキシル基が好ましい。なお、上記ポリマー鎖のうち、生分解性を有するエステル結合を有するものが、本発明の使用目的上好ましい。
【0018】
以上のごとき、少なくとも2種のセグメントを含んでなるブロックコポリマーは、いずれも公知の方法によって製造でき、それらのうち、好ましいものは、一般式(I)における、<H.philic>のアルデヒド基を除く部分が、ポリ(エチレンオキシド)のポリマー鎖を含んでなり、かつ、もし存在する場合には架橋結合を形成する官能基以外の<H.phobic>の部分が、ポリ(D,L−乳酸)、ポリ(L−乳酸)、ポリ(グリコール酸)、ポリ(D,L−乳酸−CO−グリコール酸)、ポリ(L−乳酸−CO−グリコール酸)、ポリ(ε−カプロラクトン)、ポリ(δ−バレロラクトン)およびポリ(γ−ブチロラクトン)からなる群より選ばれるポリマーのポリマー鎖を含んでなり、そしてLが単結合;直鎖もしくは分岐のC1−12アルキレン基;−NH−、−O−、−CONH−、−NHCO−、−COO−、−OCO−、−NHCOO−、−OCO−NH−および−NHCO−NH−からなる群より選ばれる1つの基がいずれか片方のもしくは両末端に存在するか、または該基によって中断されている直鎖もしくは分岐のC1−12アルキレン基である、ブロックコポリマーが挙げられる。さらに、特に好ましいブロックコポリマーとしては、一般式(I-A)
【0019】
【化2】

【0020】
(上式中、XはOHC−または
【0021】
【化3】

【0022】
を表し、
Yは式
【0023】
【化4】

【0024】
または−(CH−を表し、かつ、ここでRおよびRは独立して水素原子またはメチル基であり、sは3〜5の整数であり、
mおよびnは独立して、10〜10,000の整数であり、
qおよびrは0または1〜12の整数であり、
tは0または1の整数であり、
Zは、rが0であるとき、水素原子、アセチル、アクリロイル、メタクリロイル、シンナモイル、アリルまたはビニルベンジルを表し、rが1〜20の整数であるとき、C1−6アルコキシカルボニルを表す)で表されるブロックコポリマーを挙げることができる。これらの特に好ましいブロックコポリマーは、例えば、上述のWO 91/33233またはWO 96/32434に記載されているか、あるいは記載されている方法によって得ることができる。また、これらのPCT国際公開公報には、該ブロックコポリマーから高分子ミセルの形成方法を記載されており、該ブロックコポリマー以外の本発明で使用するブロックコポリマーも、上記方法または当業者に周知の方法で高分子ミセルを形成できる。高分子ミセルを形成した後、例えば存在する場合には、架橋結合を形成できる官能基の反応[一般式(I−A)のポリマーにあっては、アクリロイル基等のラジカル重合]により、架橋を形成してもよい。該重合に際し、スチレン、アクリルエステル等の希釈モノマーを共存させてもよい。
【0025】
高分子ミセルの形成には、上記ブロックコポリマーの2種以上の混合物を用いてもよく、またアルデヒド基を有するブロックコポリマーが少なくとも1重量%、好ましくは少なくとも5重量含み、アルデヒド基を含まないだけで他の構造は類似するブロックコポリマーが残りを占める混合物であってもよい。
【0026】
本発明で使用する上記の高分子ミセルと一緒に、複数個のアルデヒド基を有する水溶性ビニル高分子、複数個のアルデヒド基を有する水溶性ポリサッカライドおよび複数個のアルデヒド基を有する水溶性ポリエーテルからなる群から選ばれる水溶性ポリマーを含めることができる。限定されるものでないが、該水溶性ビニル高分子の具体的なものとしては、ポリアリルアルデヒドを挙げることができ、該水溶性ポリサッカライドとしては、酸化デンプン(過ヨウ素酸による)、酸化セルロース(過ヨウ素酸による)、を挙げることができ、そして該水溶性ポリエーテルとしては、両末端アルデヒド化ポリエチレングリコールを挙げることができる。
【0027】
上記の通り、本発明の組成物は、上記高分子ミセルに加え、さらに、上記一般式(I)で表されるε−ポリ−L−リジンの高分子量化物を含む。ここで、高分子量化物とは、一般式(I)で規定されるε−ポリ−L−リジンの分子同士をさらに反応、結合させてより高分子量化したものを意味する。高分子量化処理の方法としては、(1) ε−ポリ−L−リジン同士をさらに重縮合させる方法、(2) ε−ポリ−L−リジンを放射線処理して互いに結合させる方法、及び(3)架橋剤を介してε−ポリ−L−リジン分子同士を架橋する方法、等が挙げられる。なお、「高分子量化」は、必ずしも、全てのε−ポリ−L−リジン分子を結合させる必要はなく、上記のような高分子量化処理に付した結果、少なくとも一部のε−ポリ−L−リジン分子同士が結合して高分子量化した分子が出現していることが電気泳動等により確認できればよく、一部が未反応のまま残っていてもよい。もっとも、好ましくは、平均分子量で元の5倍以上にする処理、さらに好ましくは10倍以上、さらに好ましくは15倍以上にする処理が好ましい。
【0028】
(1)の重縮合処理は、好ましくは、ε−ポリ−L−リジンを好ましくは150℃〜200℃程度で20分間〜90分間程度、真空下又は不活性ガス雰囲気下で加熱することにより行なうことができる。この場合、処理は無溶媒、無触媒の条件下で行なうことができる。
【0029】
(2)の放射線処理は、例えば、特許文献2に記載された公知の方法により行なうことができる。すなわち、ε−ポリ−L−リジンの水溶液に、放射線や中性子線、好ましくはγ線を照射することにより行なうことができる。γ線を照射する場合、照射量は、特に限定されないが、通常、45〜250kGy程度である。
【0030】
(3)の架橋剤処理は、例えば、特許文献3に記載された公知の方法により行なうことができる。すなわち、エチレングリコールジグリシジルエーテルやジプロピレングリコールジグリシジルエーテル等の、グリシジル基を2個以上有するエポキシ化合物を架橋剤として用い、25℃〜100℃で、水溶液中でε−ポリ−L−リジンに該架橋剤を反応させて架橋することが好ましい。
【0031】
なお、本発明において使用される、前記式(I)のε−ポリ−L−リジンは、何れの方法によって得られたものであってもよく、リジンから化学合成により得られたものでもよいが、この化学合成品は合成に高度の技術を要し、また高価でもある為、好ましくは、特許第1245361号明細書に記載のストレプトマイセス・アルブラス・サブスピーシーズ・リジノポリメラスを、例えば、グルコース5重量%、酵母エキス0.5重量%、硫酸アンモニウム1重量%、リン酸水素二カリウム0.08重量%、リン酸二水素カリウム0.136重量%、硫酸マグネシウム・7水和物0.05重量%、硫酸亜鉛・7水和物0.004重量%、硫酸鉄・7水和物0.03重量%、pH6.8に調整した培地にて培養し、得られた培養物からε−ポリ−L−リジンを分離・採取することによって得られるε−ポリ−L−リジンや、特開2003−1714632号明細書に記載の、微生物発酵により得られるε−ポリ−L−リジンを用いることができる。
【0032】
本発明の組成物に含まれるε−ポリ−L−リジンの高分子量化物の分子量は、ゲル化形成能と細胞毒性・分解性の観点から、5000〜25万程度が好ましく、さらには、1万〜25万、さらには2万〜15万程度が好ましい。
【0033】
高分子量化処理したポリアミンポリマーは、所望により、分子量に基づいて分画しても良い。このような分画化により、所望の分子量範囲のポリアミンポリマーのみを集めることができる。分子量の分画方法は公知の何れの方法であっても良く、例としてゲル濾過クロマトグラフ法、限外ろ過法、イオン交換クロマトグラフ法、分取SDS−PAGE法等を挙げることが出来る。
【0034】
本発明の組成物は、ポリアミン成分として、上記したε−ポリ−L−リジンの高分子量化物に加え、さらに、下記一般式(II)
【0035】
【化5】

【0036】
(ただし、式(II)において、nは15〜400の整数)
で表されるキトサン及び/又はその高分子量化物を含んでいてもよい。一般式(II)で表されるキトサンは、高分子量化処理したものでもしていないものでもよい。高分子量化処理は、上記したε−ポリ−L−リジンの高分子量化処理と同様にして行なうことができ、また、高分子量化の程度もε−ポリ−L−リジンの場合と同様である。また、キトサン及び/又はその高分子量化物の好ましい分子量も上記したε−ポリ−L−リジンの高分子量化物の好ましい分子量範囲と同様である。
【0037】
ポリアミン成分として、上記ε−ポリ−L−リジンの高分子量化物を採用することにより、ゲル化の速度を大きくすることができる。一方、これにキトサン及び/又はその高分子量化物を併用することにより、ゲルをより堅固なものにすることができる。従って、キトサン及び/又はその高分子量化物の配合量は、所望のゲル化速度及びゲルの堅牢さの兼ね合いから所望により選択することができる。通常、ε−ポリ−L−リジンの高分子量化物の重量を100として、キトサン及び/又はその高分子量化物の配合量は、0〜100、好ましくは、0〜50程度である。
【0038】
本発明のゲル形成性組成物は、上記高分子ミセルと、上記ポリアミンポリマーとの反応、より詳細には、高分子ミセルのアルデヒド基と、ポリアミンポリマーのアミノ基との結合によりゲルを形成する。上記高分子ミセルと、上記ポリアミンポリマーとが接触すると直ちにゲル化が起きるので、本発明の組成物は、通常、前記高分子ミセルと、前記ポリアミンポリマーを別個に包含する2成分系の組成物の形態にある。好ましくは、高分子ミセルを含む水溶液と、前記ポリアミンポリマーを含む水溶液とを別個に包含する2成分系の組成物の形態にある。もっとも、例えば、pHを4未満又は11未満のように、高分子ミセルとポリアミンポリマーとが反応しない条件下で両成分を含むものであってもよい。この場合には使用時にpHを調整して両成分を反応させることができる。
【0039】
本発明のゲル形成性組成物は、上記両成分を接触させることにより迅速にゲル化が起きるので、温血動物組織の接着、より具体的には、外科手術時の傷口の止血や、創傷の治療のための止血剤として利用することができる。この場合、高分子ミセルは、その外側表面にアルデヒド基を複数有し、その一部が組織のタンパク質のアミノ基等と反応するため、ゲルは組織にも結合する。このため、処置時の止血の効果がより高まるのみならず、傷口の処置後、時間が経過してもゲルが移動せず、止血の効果を持続させることができる。また、ゲルが傷口から移動しないので、高分子ミセル内に薬剤を封入しておくことにより、薬剤を徐放することもできる。このような薬剤の好ましい例として、各種抗癌剤、抗炎症剤、抗生物質等を挙げることができるがこれらに限定されるものではない。薬剤の封入は、ブロックコポリマーをミセル化する際の水系媒体に、封入すべき薬剤を溶解しておくことにより容易に行なうことができる。
【0040】
高分子ミセルとポリアミンポリマーとの混合比率は、両者の反応によりゲルが形成される範囲であり、通常、高分子ミセルを構成するブロックコポリマーとポリアミンポリマーとの重量比率で、100:10〜100:200、好ましくは100:100〜100:150の範囲である。
【0041】
また、ゲル化に際しては、高分子ミセル水溶液とポリアミンポリマー水溶液の混合物のpHは4〜11、好ましくは4〜10に調節するのがよい。なお、混合前の高分子ミセル水溶液のpHは、高分子ミセルのアルデヒド基が他の物質と反応することを防止する観点から、pHを4未満にしておくのが好ましい。ポリアミンポリマー水溶液との混合の結果、pHが4〜11、好ましくは4〜10になればゲル化が容易に起きる。
【0042】
本発明の組成物は、高分子ミセル、好ましくは高分子ミセル水溶液と、水溶性ポリアミンポリマー、好ましくは水溶性ポリアミンポリマー水溶液とを、ゲルを留置しようとする部位、例えば、外科手術部位等においてその場で混合し、組織に適用する。使用直前に混合してから組織に適用してもよいし、組織上にそれぞれ別個に適用して組織上でその場で混合してもよい。あるいは、ゲル化がほとんど起きないpH、すなわち、pH4未満又は11超のpHにおいて両者を混合しておき、使用時(組織に適用後又は適用直前)にpHを4〜11、好ましくは4〜10に調整してもよい。したがって、上記の通り、本発明の組成物は、高分子ミセルとポリアミンポリマーとを別個に包含する2つの成分又は組成物の組み合わせから成る態様、及び両者を同時に含む1つの組成物から成る態様の両者を包含するものである。
【0043】
このようにして組成物を組織に適用すると、ゲルが形成され、かつ、ゲルが組織に強固に接着される。
【0044】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。なお、特に明示なき限り、反応は室温で行なった。
【実施例】
【0045】
1. 高分子量化ε−ポリ−L−リジンの調製
(1) 調製法
ε−ポリ−L−リジン(ε−PLL、数平均分子量4,000、チッソ(株)製)100mgをガラスマイクロチューブに入れ、ガラスチューブオーブン(柴田科学(株)製、Shibata GTO-350-RD)を用い、真空中185℃で40分間脱水縮合を行った。脱水縮合は、無溶媒、無触媒下で行った。以後、この40分間脱水縮合しものをε−PLL40と表記する。
【0046】
(2) 高分子量化ε−ポリ−L−リジンの分子量分画
ε−PLL40(50mg)を超純水10mlに溶解し限外濾過フィルター[Centriplus YM-50 (MILLIPORE社製)]を使用し、分子量50,000以上を分画した。以降、分子量50,000以上の画分をε−PLL40Hと表記する。上記で得られた濾液を用いて、更に限外濾過フィルター[Centricon Plus-20(MILLIPORE社製)]を使用し、分子量10,000以上の成分を分画した。以降、分子量10,000〜50,000の画分をε−PLL40Lと表記する。得られた分子量50,000以上の画分(ε−PLL40H)、10,000〜50,000の画分(ε−PLL40L)をそれぞれ、サンプルチューブに入れ、液体窒素を用いて凍結させた後、凍結乾燥し、白色粉末として各々12mgのε−PLL40L,及び10mgのε−PLL40Hを得た。元素分析値(重量%)及びそのN重量%から算出した、プロトン化可能窒素数を表1に示す。また、ε−PLL40L及びε−PLL40Hの数平均分子量を、市販の分子量測定装置であるマルバーン社のゼータサイザーナノZSを用い、静的光散乱法によって測定した。その結果、ε−PLL40L及びε−PLL40Hの数平均分子量は、それぞれ32,000及び60,000であり、出発原料であるε−PLLの数平均分子量(4,000)のそれぞれ8倍及び15倍であった。
【0047】
【表1】

【0048】
(3) SDS−PAGEによる分子量評価
アクリルアミド濃度15w/v%の分離ゲルを用い電気泳動を行った。泳動サンプル3μl(1mg/ml)に超純水(milliQ) 2μlと2×sample buffer(10w/v%2−メルカプトエタノール、4w/v%SDS、及び10w/v%スクロースを含む0.125M(mol/l)トリスバッファー)を5μl加え調製したサンプル溶液を95℃で3分間ボイルした。100V、30mAで約2時間泳動後、ゲルを一晩クーマシーブリリアントブルー溶液で染色した。その後、ゲルを約12時間脱色し、写真を撮影した(図1)。
【0049】
熱処理により分子量10,000以下の成分はほとんど全く見られなくなった。また、分子量分画によりε−PLL40Hには分子量50,000以下の成分はほとんど含有されていなかった。一方、ε−PLL40Lは分子量50,000以下の成分が主成分であった。
【0050】
(4) 細胞毒性評価
ε−PLLのα−ポリ−L−リジン(α−PLL)に対する優位性を明らかにするために両者を用いて、COS−1(アフリカ緑ザル腎細胞)に対する細胞毒性評価を行った。96穴マイクロプレートにCOS−1(アフリカ緑ザル腎細胞) 5×10 cells/well を播種し、一晩DME培地(牛胎児血清を10w/v%含む)を用い37℃、5v/v%COで培養した。細胞の培地をアスピレーターで取り除き、新たに1穴当り40μlずつ通常の濃度より1.25倍濃い培地を加えた。それぞれの濃度の高分子量化ε−ポリ−L−リジン溶液(10μl)を加え、37℃で3時間細胞を培養した。3時間培養後、アスピレーターで培地を取り除いて、新たに培地を1穴当り110μlずつ加え、37℃、5v/v%COインキュベーターで46時間前培養した。培地を交換し、WSTアッセイ(下記文献参照)液((株)同仁化学研究所製,Cell-counting Kit-8)を10μlずつ加え、37℃、5v/v%COインキュベーターで2時間培養し呈色反応を行った。プレートリーダー(ThermoLab Systems社製, MultiSkan Acent BIF)を用い、450nm(リファレンス 650nm)の吸光度を測定し細胞生存率を算出した。
文献:Ishiyama, M., Miyazono, Y., Sasamoto, K., Ohkura, Y., Ueno, K., Talanta, 44, 1299 (1997)。
【0051】
結果を図2に示した。一般に、トランスフェクション活性と比例して細胞毒性は増大する。ε−PLLはα−PLLと比較すると細胞毒性が高い結果となった。ε−PLLの安全性の高さが確認できた。
【0052】
(5) 高分子ミセル水溶液の調製
3,3'-ジエトキシプロパノール(1mmol)を溶解した無水テトラヒドロフラン(50mL)にカリウムナフタレン(1mmol)を添加し、末端メタル化反応(1時間)を行った。その後、エチレンオキサイド(110mmol)を添加し48時間攪拌後、DL-ラクチド(25mmol)を溶解した無水テトラヒドロフラン(50mL)を添加した。2-プロパノール中で再沈殿を行った後、ベンゼンによって凍結乾燥して、ブロックポリマーを得た。ゲル濾過クロマトグラフィー及びH−NMR測定より、ブロックポリマーの分子量は7,400(ポリエチレングリコール:4,500、ポリDL-乳酸:2,900)、末端アセタール化率は100%であった。さらに、ブロックポリマーを溶解したN,N’-ジメチルアセトアミドを水に対して一晩透析し、塩酸で二時間処理した後、水に対して再び一晩透析することによって、外殻にアルデヒド基を有する高分子ミセルを得た。
【0053】
(6) ゲル化特性評価
高分子ミセル水溶液(pH3、30w/w%)とε−PLL誘導体水溶液(pH8、10w/w%)をレオメーター(ThermoHaake社製RS600)上に同時に滴下して、そのゲル形成特性を評価した(測定温度:37℃)。ε−PLL誘導体の構造式は、下記式(IV)に示した。ゲル化時間は、貯蔵弾性率(G')>損失弾性率(G'')となる時間、ゲル強度はG’の絶対値として評価した。その結果、図3に示した通り、1秒以内にゲル化することがわかった。
【0054】
式(III)
【0055】
【化6】

(n=2〜30)
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】本発明の実施例で行った、ε−ポリ−L−リジンの高分子量化処理の前後の電気泳動写真である。
【図2】本発明の実施例に用いたε−ポリ−L−リジンの細胞毒性評価の結果を示す図である。
【図3】本発明の実施例で調製された組成物のゲル化特性を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1) 親水性領域と疎水性領域を有するブロックコポリマーから形成され、前記親水性領域が外側、前記疎水性領域が内側に配置された高分子ミセルであって、前記親水性領域は、その外側端部に少なくとも1個のアルデヒド基を有する高分子ミセルと、
(2) 下記一般式(I)
【化1】

(ただし、式(I)において、nは5〜40の整数)
で表されるε−ポリ−L−リジンの高分子量化物であるポリアミンポリマーとを含むゲル形成性組成物。
【請求項2】
下記一般式(II)
【化2】

(ただし、式(II)において、nは15〜400の整数)
で表されるキトサン及び/又はその高分子量化物をさらに含む請求項1記載の組成物。
【請求項3】
前記ε−ポリ−L−リジン及び/又は前記キトサンの高分子量化物が、前記ε−ポリ−L−リジン及び/又は前記キトサンを脱水縮合させたものである請求項1又は2記載の組成物。
【請求項4】
組成物中に含まれる前記ポリアミンポリマーの分子量が5000〜250000である請求項1ないし3のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項5】
前記高分子ミセルと、前記ポリアミンポリマーを別個に包含する請求項1ないし4のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項6】
前記高分子ミセルを含む水溶液と、前記ポリアミンポリマーを含む水溶液とを別個に包含する請求項5記載の組成物。


【図2】
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【図3】
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【図1】
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【公開番号】特開2008−93230(P2008−93230A)
【公開日】平成20年4月24日(2008.4.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−279565(P2006−279565)
【出願日】平成18年10月13日(2006.10.13)
【出願人】(591243103)財団法人神奈川科学技術アカデミー (271)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】