説明

コハク酸の生産方法

【課題】代謝工学によりラクトバシルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)NCIMB8826株のグルコース代謝経路を改変し、有用有機酸であるコハク酸を生産させることを目的とする。
【解決手段】乳酸デヒドロゲナーゼ遺伝子を欠損させた乳酸菌を、炭素源及び二酸化炭素源を含有する培地に添加し、培養することにより、前記乳酸菌にコハク酸を生成させることを特徴とする、コハク酸の生産方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コハク酸の生産方法に関する。詳細には、特定の乳酸菌を用いたコハク酸の生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
プラスチックは軽くて、強く、耐久性があり加工しやすい等の利点から現代社会において多量に利用されてきたが、最近では地球温暖化や廃棄物増加につながるなど問題点が指摘されている。そこで環境に配慮した資源循環型社会への担い手として生分解性プラスチックへの期待が高まっている。代表的な生分解性プラスチックには乳酸を原料とするポリ乳酸( PLA )とコハク酸を原料とするポリブチレンサクシネート( PBS )がある。PLAは硬質であるのに対し、PBSは軟質という特徴があることから用途によって使い分けることが可能である。
【0003】
PBSはコハク酸と1,4-ブタンジオールを原料とし、脱水重縮合により合成される。しかし、現在コハク酸は石油資源を原料として生産されているためバイオマス資源による発酵生産が強く望まれている。
【0004】
従来のコハク酸の生産方法としては、例えば、特開平5−68576号公報には、ブレビバクテリウム・フラバム(Brevibacterium flavum)をNADH又はNADを含む培養液中で振盪培養した後、反応液を遠心分離し、上澄み中のコハク酸を回収するコハク酸の製造法が記載されている(特許文献1)。
【0005】
また、特開2005−211041号公報には、乳酸デヒドロゲナーゼ、ピルビン酸デヒドロゲナーゼ、アセチルCoAシンターゼなどの発現が抑制された大腸菌、枯草菌、酵母、コリネバクテリウムを用い、好気的に菌体を培養した後、培地で嫌気発酵させるコハク酸の製造法が記載されている(特許文献2)。
【0006】
また、特開2006−6344号公報には、反応液に外部から炭酸ガスを供給しながら、反応液中でコリネ型細菌を嫌気的に作用させてコハク酸を含む有機酸を製造する方法が記載されている(特許文献3)。
【0007】
また、特開2006−305540号公報には、稲藁を硫酸で糖化した糖化原料を含む培地にクルイエロミセス・サーモトレランス(Kluyreromyces thermotolerans)を添加し、乳酸及びコハク酸を生産する方法が記載されている(特許文献4)。
【特許文献1】特開平5−68576号公報
【特許文献2】特開2005−211041号公報
【特許文献3】特開2006−6344号公報
【特許文献4】特開2006−305540号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ラクトバシルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)は乳酸桿菌の一種で、植物性発酵食品や人の腸管内など幅広い場所に存在し、プロバイオティクスの面においても有用な乳酸菌である。その中でもラクトバシルス プランタラムWCFS1株は2002年にMichiel Kleerebezemらが中心となりその全ゲノムのシークエンス解析が行われた。現在ではインターネット上の NCBI、DDBJ 等のデータベースにその全塩基配列が登録されているため、代謝工学( metabolic engineering )を行う上で非常に有用な菌株である。
【0009】
ラクトバシルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)NCIMB8826株はそのゲノムデータと過去の研究により、不完全なTCA回路を保持していることが明らかとなっており、コハク酸合成経路が存在している。
【0010】
従って、本発明は、代謝工学によりラクトバシルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)NCIMB8826株のグルコース代謝経路を改変し、有用有機酸であるコハク酸を生産させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の課題を解決するために、本発明者らは鋭意検討を行ったところ、特定の乳酸菌を用いてコハク酸生産を行わせることにより、コハク酸の生産量を高めることができるとの知見を得た。本発明はかかる知見に基づきなされたものであり、[1]乳酸デヒドロゲナーゼ遺伝子を欠損させた乳酸菌を、炭素源及び二酸化炭素源を含有する培地に添加し、培養することにより、前記乳酸菌にコハク酸を生成させることを特徴とする、コハク酸の生産方法を提供するものである。
【0012】
本発明の好ましい態様は次のとおりである。
[2]前記乳酸菌が、ラクトバシルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)であることを特徴とする、前記[1]に記載のコハク酸の生産方法;
[3]前記乳酸菌が、ピルビン酸カルボキシラーゼ遺伝子が導入されたピルビン酸カルボキシラーゼ高発現株であることを特徴とする、前記[1]又は[2]に記載のコハク酸の生産方法;
[4]前記乳酸菌が、ラクトバシルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)NITE AP−307菌株であることを特徴とする、前記[1]又は[2]に記載のコハク酸の生産方法;
[5]前記乳酸菌が、ラクトバシルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)NITE AP−308菌株であることを特徴とする、前記[1]〜[3]のいずれか1項に記載のコハク酸の生産方法;
[6]前記炭素源が、グルコースであることを特徴とする、前記[1]〜[5]のいずれか1に記載のコハク酸の生産方法;
[5]前記炭素源の添加量が、0.1〜20 重量%であることを特徴とする、前記[1]〜[6]のいずれか1に記載のコハク酸の生産方法;
[8]前記二酸化炭素源が、炭酸水素ナトリウムであることを特徴とする、前記[1]〜[7]のいずれか1に記載のコハク酸の生産方法;
[9]前記二酸化炭素源の添加量が、10〜200 mMであることを特徴とする、[1]〜[8]のいずれか1に記載のコハク酸の生産方法;
[10]前記培養が、通性嫌気条件下又は嫌気条件下で行われることを特徴とする、前記[1]〜[9]のいずれか1に記載のコハク酸の生産方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、乳酸デヒドロゲナーゼ遺伝子を欠損させた乳酸菌を用いて培養することにより、効率よくコハク酸を生産させることができるため、従来、石油資源を原料として生産されていたコハク酸を、バイオマス資源を原料として、発酵というマイルドな条件でコハク酸を生産することが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明は、既述のとおり、乳酸デヒドロゲナーゼ遺伝子を欠損させた乳酸菌を、炭素源及び二酸化炭素源を含有する培地に添加し、培養することにより、前記乳酸菌にコハク酸を生成させることを特徴とする、コハク酸の生産方法である。
【0015】
乳酸菌としては、ゲノム情報が解読され代謝経路を把握しやすいという理由および取り扱いの容易性等の観点から、ラクトバシルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)であることが好ましい。
【0016】
乳酸デヒドロゲナーゼ遺伝子を欠損させた乳酸菌は、公知の遺伝子工学の手法を用いて製造することができる。例えば、ラクトバシルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)を2ml培養し、alkalin lysis procedure(Sambrook, J., Fritsch, E.F., and Maniatis, T. ( 1989 ) Molecular Cloning: A Laboratory Manual. Cold Spring Harbor, Cold Spring Harbor Laboratory Press.)を用いてプラスミドpMH101を抽出する。そして、このプラスミドを用いてエレクトロポーレーション法によりラクトバシルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)を形質転換する(Aarnikunnas J, Von Weymarn N, Ronnholm K, Leisola M, Palva A (2003) Metabolic engineering of Lactobacillus fermentum for production of mannitol and pure L-lactic acid or pyruvate. Biotechnol Bioeng 82:653-663)。これにより、乳酸デヒドロゲナーゼ遺伝子が欠損されたラクトバシルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)を得ることができる。
【0017】
上述したような、乳酸デヒドロゲナーゼ遺伝子が欠損した乳酸菌としては、例えば、ラクトバシルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)NITE AP−307菌株を挙げることができる。
【0018】
前記乳酸菌は、ピルビン酸カルボキシラーゼ遺伝子が導入されたピルビン酸カルボキシラーゼ高発現株であることが好ましい。乳酸デヒドロゲナーゼ遺伝子が欠損し、かつ、ピルビン酸カルボキシラーゼ遺伝子が導入された乳酸菌は、ピルビン酸をオキサロ酢酸への変換を促進し、コハク酸の収率を向上させることができる。また、乳酸デヒドロゲナーゼ遺伝子が欠損し、かつ、ピルビン酸カルボキシラーゼ遺伝子が導入された乳酸菌は、二酸化炭素源の添加に応じてコハク酸の収量を向上させることができる。
【0019】
ピルビン酸カルボキシラーゼ遺伝子を乳酸菌に導入する方法としては、公知の遺伝子工学の手法を用いて製造することができる。例えば、図2に示す乳酸菌用発現プラスミドpMHを用いることができる。
【0020】
乳酸菌用発現プラスミドpMHはラクトバシルス ロイテリ(Lactobacillus reuteri)のmapAオペロンのプロモーター領域を利用し、システイン濃度依存的に挿入遺伝子の発現量を調節できる。また、発現タンパク質のN-末端側6残基のヒスチジンを付加するため、His抗体による western blot解析を行うことで容易に発現の有無を確認することが出来る。
【0021】
得られた乳酸菌用発現プラスミドpMH を用いてラクトバシルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)のピルビン酸カルボキシラーゼ遺伝子( pyc ) をクローニングし、ラクトバシルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)に形質転換を行う(Aarnikunnas J, Von Weymarn N, Ronnholm K, Leisola M, Palva A ( 2003 ) Metabolic engineering of Lactobacillus fermentum for production of mannitol and pure L-lactic acid or pyruvate. Biotechnol Bioeng 82:653-663)。これにより、ピルビン酸カルボキシラーゼ遺伝子が導入されたラクトバシルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)を得ることができる。
【0022】
なお、上述した、乳酸デヒドロゲナーゼ遺伝子欠損株の製造と、ピルビン酸カルボキシラーゼ高発現株の製造の順序は問わない。
【0023】
上述したような、乳酸デヒドロゲナーゼ遺伝子が欠損し、かつ、ピルビン酸カルボキシラーゼ遺伝子が導入された乳酸菌としては、例えば、ラクトバシルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)NITE AP−308菌株を挙げることができる。
【0024】
培養に用いる培地は、乳酸菌が増殖し、コハク酸を生産するための基質となるものである。乳酸菌は菌体増殖と物質生産を並行して行うため、培地としては、乳酸菌培養に一般的に用いられる種々の培地を用いることができる。培地は液体培地でも固体培地でもよいが、コハク酸を回収する工程を考慮すれば、液体培地を選択することが好ましい。
【0025】
好適な液体培地としては、例えば、MRS培地、GYP培地等を挙げることができる。この中でも、MRS培地を用いることがより好ましい。
【0026】
炭素源は、乳酸菌が解糖系を介してピルビン酸を生合成するための基質となるものである。炭素源としては、乳酸菌が資化できるものであれば特に限定されないが、入手の容易性及びコスト等の観点からはグルコースであることが好ましい。なお、MRS培地を用いる場合は、グルコースが含まれている。
【0027】
前記培地中の炭素源の添加量は、培養条件及び対糖収率等を考慮して適宜決定することができるが、0.1〜20重量%であることが好ましく、0.3〜10重量%であることがより好ましく、0.5〜5重量%であることがさらに好ましい。なお、炭素源は、培地を調製する際に添加しても、培養中に継続的に添加してもよい。
【0028】
二酸化炭素源は、解糖系で生合成されたピルビン酸をオキサロ酢酸へと変換しTCA回路に移行する際に固定される二酸化炭素の供給源となるものである。培地中に二酸化炭素源がもともと含まれていれば、積極的に二酸化炭素源を添加しなくても先述した乳酸菌はコハク酸を生産することは可能であるが、コハク酸の収量を向上させる観点からは、二酸化炭素源を培地中に添加することが好ましい。
【0029】
二酸化炭素源としては、例えば、炭酸水素ナトリウム、CO2ガス、炭酸カルシウム等を挙げることができる。なお、二酸化炭素源は、培地を調製する際に添加しても、培養中に継続的に添加してもよい。
【0030】
前記二酸化炭素源の添加量は、培地のpH及びコハク酸の収率等を考慮して適宜決定することができるが、10〜200 mMであることが好ましく、50〜150 mMであることがより好ましい。
【0031】
前記培養は、乳酸菌が通性嫌気性菌又は嫌気性菌であることを考慮すれば、通性嫌気条件下又は嫌気条件下で行われることが好ましい。例えば、培養は静置培養で行うことができる。但し、本実施形態においては、所望のコハク酸収量を得るためには窒素等のガス置換は必須ではない。
【0032】
前記培地のpHは、乳酸菌の至適pH等を考慮すれば、pH6〜8に調整することが好ましい。なお、二酸化炭素源の添加量に応じて培地pHは上昇するが、その場合はpH調整剤等を添加して培地のpHを調整することもできる。
【0033】
培養温度は、15〜45 ℃の範囲で適宜決定することができるが、乳酸菌の至適温度を考慮すれば、25〜40 ℃に設定することが好ましい。
【実施例】
【0034】
1.ラクトバシルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)NCIMB8826 によるコハク酸生産における炭酸水素ナトリウムの影響
(1)ラクトバシルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)NCIMB8826 株はゲノム情報よりコハク酸合成経路を遺伝子的に保持していることが知られている。コハク酸は主に解糖系で得られるホスホエノールピルビン酸、またはピルビン酸より、オキサロ酢酸、リンゴ酸、フマル酸を経て合成される(図1)。この経路において、ホスホエノールピルビン酸、またはピルビン酸をオキサロ酢酸へと変換するためには二酸化炭素を固定することが必須である。
【0035】
本試験では、CO2 源として炭酸水素ナトリウムを用いてラクトバシルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)を培養することで、コハク酸生産量の上昇を試みた。
【0036】
(2)供試菌株とプラスミド
本試験に用いる供試菌株としては、ラクトバシルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)NCIMB8826を使用した。このNCIMB8826は、National Collections of Industrial, Food and Marine Bacteriaに保存されている菌株である。本試験に用いるプラスミドとしては、pMH::pycを使用した。このpMH::pycは、ラクトバシルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)NCIMB8826にpyc遺伝子を発現させるためのプラスミドである。
【0037】
(3)生育条件と有機酸生産
ラクトバシルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)NCIMB8826 株はMRS 培地( Difco 社製)を用いて、37℃で静置培養した。
【0038】
有機酸を生産させるため、試験管によりラクトバシルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)NCIMB8826 株を2ml、14〜16時間前培養し、MRS培地に200mM の炭酸水素ナトリウムを加えた培地10mlに1/100 〜1/1000 接種した。
【0039】
(4)HPLCによる有機酸分析
24時間後の培養液2mlを遠心分離(15000rpm, 4℃, 1min )し、上清中の有機酸をHPLC( Waters 社製)により解析した。
【0040】
(5)結果・考察
表1に、MRS培地とMRS培地+200mM炭酸水素ナトリウムによる24時間後の培養上清中の有機酸をHPLC にて定量した結果を示した。
【0041】
【表1】

【0042】
表1に示すように、両培地共に主要代謝産物は乳酸であるが炭酸水素ナトリウムを加えた培地で 4.67 mM のコハク酸の産生が見られた。
【0043】
これらのことよりNCIMB8826 株は機能を有したコハク酸合成経路をもち、炭酸水素ナトリウムを二酸化炭素源とし、コハク酸を生産する能力があることが示唆された。
【0044】
2.ラクトバシルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)のピルビン酸カルボキシラーゼ(以下「PC」と称する)過剰発現株の作成
(1)乳酸菌用発現プラスミドの作成
PC を過剰発現するにあたり、乳酸菌用発現プラスミド(以下「pMH」と称する)を作成した(図2)。
【0045】
pMH はラクトバシルス ロイテリ(Lactobacillus reuteri)の mapA オペロンのプロモーター領域を利用し、システイン濃度依存的に挿入遺伝子の発現量を調節できる。また、発現タンパク質の N-末端側に6残基のヒスチジンを付加するため、His 抗体によるウェスタンブロット解析を行うことで発現の有無を確認することができる。
【0046】
(2)PC高発現株の作出
pMH を用いてラクトバシルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)のピルビン酸カルボキシラーゼ遺伝子( pyc ) をクローニングし、ラクトバシルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)NCIMB8826 株に形質転換を行った(Aarnikunnas J, Von Weymarn N, Ronnholm K, Leisola M, Palva A ( 2003 ) Metabolic engineering of Lactobacillus fermentum for production of mannitol and pure L-lactic acid or pyruvate. Biotechnol Bioeng 82:653-663)。得られた形質転換体をNCIMB8826 (pMH::pyc) 株とした。
【0047】
(3)培養条件と有機酸分析
NCIMB8826 ( pMH ) 株とNCIMB8826 ( pMH::pyc ) 株を用い、上記1(3)と同様の条件で培養し、培養上清中の有機酸をHPLCにより分析した。
【0048】
(4)結果・考察
培養開始から24時間後の培養上清中のコハク酸をHPLC にて定量した結果を図3に示した。コントロール株とPC 過剰発現株を比較するとコハク酸産生量にほとんど変化が見られなかった。このことより、ラクトバシルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)はピルビン酸を乳酸へと変換する酵素である乳酸デヒドロゲナーゼ(以下「LDH」と称する)とピルビン酸の基質親和性が非常に強く、既存のPC を過剰発現することではグルコース代謝経路を改変し、コハク酸を生産することは出来ないことが示された。
【0049】
3.ラクトバシルス プランタラム(Lactobacillus plantarum) LDH 欠損株を宿主としたピルビン酸カルボキシラーゼ過剰発現株の作成
(1)LDH 欠損株によるPC 過剰発現株の作出
NCIMB8826 ( pMH101 ) 株を2ml培養し、alkalin lysis procedure(Sambrook, J., Fritsch, E.F., and Maniatis, T. ( 1989 ) Molecular Cloning: A Laboratory Manual. Cold Spring Harbor, Cold Spring Harbor Laboratory Press.)を用いてプラスミドpMH101 を抽出した。このプラスミドを用いてエレクトロポーレーション法により、LDH欠損株であるラクトバシルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)VL103株に形質転換を行った(Aarnikunnas J, Von Weymarn N, Ronnholm K, Leisola M, Palva A ( 2003 ) Metabolic engineering of Lactobacillus fermentum for production of mannitol and pure L-lactic acid or pyruvate. Biotechnol Bioeng 82:653-663)。得られた形質転換体をVL103( pMH::pyc )とした。なお、前記VL103株はラクトバシルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)NITE AP−307菌株であり、前記VL103( pMH::pyc )はラクトバシルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)NITE AP−308菌株である。以下、ラクトバシルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)NITE AP−307菌株を「VL103株」と表記し、ラクトバシルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)NITE AP−308菌株を「VL103 ( pMH::pyc )株」と表記する。さらに、コントロールとして、ラクトバシルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)VL103株にPC遺伝子を含まないベクターを導入したVL103( pMH ) 株を作成し、以下、「VL103( pMH ) 株」と表記する。
【0050】
(2)培養条件と有機酸分析
VL103 株とVL103 ( pMH::pyc ) 株を用い、上記1(3)と同様の条件で培養し、培養上清中の有機酸をHPLCにより分析した。また、添加する炭酸水素ナトリウム(NaHCO3)の濃度を50、100、150mM とし、培養液の濁度を660nm の波長で分光高度計を用いて測定した。
【0051】
なお、コントロールとして、wild-type のラクトバシルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)NCIMB8826株 と、PC遺伝子が導入されたラクトバシルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)NCIMB8826株 (pMH::pyc) についても上記と同様に培養し、培養上清中の有機酸を測定した。
【0052】
(3)結果・考察
イ MRS 培地中の炭酸水素ナトリウム(NaHCO3)濃度と、wild-type ( NCIMB8826 ) 株とLDH 欠損株でのPC過剰発現と、コハク酸生産の関係を図4に示した。
【0053】
LDH欠損株であるVL103株およびVL103 ( pMH::pyc ) 株は、wild-type であるNCIMB8826 株及び NCIMB8826( pMH::pyc )株と比較して著しくコハク酸生産量が多いことが判明した。VL103 株は炭酸水素ナトリウム依存的に生育が悪くなり、コハク酸生産量も減少した。このことから、添加する炭酸水素ナトリウム(NaHCO3)の量は50mMで十分であることが判明した。一方、ピルビン酸カルボキシラーゼ遺伝子が導入されたVL103 ( pMH::pyc ) 株は炭酸水素ナトリウム依存による生育抑制が改善され、炭酸水素ナトリウム依存的にコハク酸生産量が増加した。
【0054】
ロ 24、48、72時間後の培養上清中の有機酸濃度をHPLCにより定量した結果を図5に示した。図5は、VL103 ( pMH )株とVL103 ( pMH::pyc ) 株の有機酸生産と生育曲線を示す図である。図5において、(A)はPC遺伝子が導入されていないVL103 ( pMH )株を添加した培地に炭酸水素ナトリウム(NaHCO3)を添加しなかった場合を示し、(B)はPC遺伝子が導入されたVL103 ( pMH::pyc ) 株を添加した培地に炭酸水素ナトリウム(NaHCO3)を添加しなかった場合を示し、(C)は前記VL103 ( pMH::pyc ) 株を添加した培地に炭酸水素ナトリウム(NaHCO3)を添加した場合を示す。
【0055】
図5(A)〜(C)に示すように、LDH欠損株であるVL103 ( pMH ) 株及びVL103 ( pMH::pyc ) 株は有機酸として主にコハク酸を生産し、乳酸をほとんど生産しない。図5(A)及び(B)に示すように、PCを過剰発現させたVL103 (pMH::pyc) 株は、到達O.D. がVL103 (pMH) よりも1ほど下がる。しかしながら、VL103 (pMH::pyc)は、72時間後のコハク酸生産量は、約5g/lまで増加した。また、図5(C)に示すように、炭酸水素ナトリウムを加えPCを過剰発現させると、菌体増殖は図5(A)のVL103 ( pMH ) 株に比べ著しく低下するが、72時間後のコハク酸生産量は約7g/l(58 mMに相当)まで増加した。
【0056】
この結果より、乳酸菌としてVL103 (pMH::pyc) 株を用い、培地に炭酸水素ナトリウムを加え培養することで、菌体増殖に対して、より効率よくコハク酸を生産できることが示された。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】ラクトバシルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)NCIMB8826株のグルコース代謝経路を示す図である。
【図2】乳酸菌用の発現プラスミドpMHの制限酵素地図を示す図である。
【図3】MRS培地とMRS培地+200mM炭酸水素ナトリウムによる24時間後のwild-type ( NCIMB8826 )株とPC過剰発現株( NCIMB8826 (pMH::pyc) )の培養上清中のコハク酸濃度を測定した結果を示す図である。
【図4】MRS培地中の炭酸水素ナトリウム濃度とwild-type株とLDH欠損株でのPC過剰発現とコハク酸生産の関係を示す図である。
【図5】VL103 ( pMH )とVL103 ( pMH::pyc )の有機酸生産と生育曲線を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳酸デヒドロゲナーゼ遺伝子を欠損させた乳酸菌を、炭素源及び二酸化炭素源を含有する培地に添加し、培養することにより、前記乳酸菌にコハク酸を生成させることを特徴とする、コハク酸の生産方法。
【請求項2】
前記乳酸菌が、ラクトバシルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)であることを特徴とする、請求項1に記載のコハク酸の生産方法。
【請求項3】
前記乳酸菌が、ピルビン酸カルボキシラーゼ遺伝子が導入されたピルビン酸カルボキシラーゼ高発現株であることを特徴とする、請求項1又は2に記載のコハク酸の生産方法。
【請求項4】
前記乳酸菌が、ラクトバシルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)NITE AP−307菌株であることを特徴とする、請求項1又は2に記載のコハク酸の生産方法。
【請求項5】
前記乳酸菌が、ラクトバシルス プランタラム(Lactobacillus plantarum)NITE AP−308菌株であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項に記載のコハク酸の生産方法。
【請求項6】
前記炭素源が、グルコースであることを特徴とする、請求項1〜5のいずれか1項に記載のコハク酸の生産方法。
【請求項7】
前記炭素源の添加量が、0.1〜20 重量%であることを特徴とする、請求項1〜6のいずれか1項に記載のコハク酸の生産方法。
【請求項8】
前記二酸化炭素源が、炭酸水素ナトリウムであることを特徴とする、請求項1〜7のいずれか1項に記載のコハク酸の生産方法。
【請求項9】
前記二酸化炭素源の添加量が、10〜200 mMであることを特徴とする、請求項1〜8のいずれか1項に記載のコハク酸の生産方法。
【請求項10】
前記培養が、通性嫌気条件下又は嫌気条件下で行われることを特徴とする、請求項1〜9のいずれか1項に記載のコハク酸の生産方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−187934(P2008−187934A)
【公開日】平成20年8月21日(2008.8.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−23873(P2007−23873)
【出願日】平成19年2月2日(2007.2.2)
【出願人】(598096991)学校法人東京農業大学 (85)
【Fターム(参考)】