説明

コラーゲン分子の集合体からなる線維状マトリックスおよびこれを用いた人工軟骨様組織

【課題】 人工的にコラーゲン分子を会合させた線維状マトリックス、および、コラーゲン線維とアグリカン会合体の両者が共存するマトリックス内部に軟骨細胞が局在するような人工軟骨組織を提供すること。
【解決手段】 バイオリアクターを用いてコラーゲン分子を膜上に蓄積させてコラーゲン線維を形成させ、線維形成の過程で軟骨細胞を添加し、コラーゲン線維とアグリカン会合体の両者が共存する軟骨マトリックスとその内部に軟骨細胞が局在するような人工軟骨組織を作製した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は人工的にコラーゲン分子を会合させた線維状マトリックス、および、コラーゲン線維とアグリカン会合体の両者が共存するマトリックス内部に軟骨細胞が局在するような人工軟骨組織の作製に関する。
【背景技術】
【0002】
軟骨は関節、耳介、鼻部等に限局し、その特徴的な細胞外マトリックスによって運動機能を助けている。軟骨の細胞外マトリックスの主成分は、コラーゲンとアグリカン会合体で、代表的な関節軟骨では水分が80%、II型コラーゲンが12%、アグリカン会合体が約2%を占めている。II型コラーゲンは他のコラーゲンと共に線維を形成して軟骨に剛性を与え、線維の間隙を埋めるアグリカン会合体は高い水分保持作用によって軟骨に独特の硝子様形態と弾力性を与えている。
【0003】
軟骨マトリックスはこれら特異的構成成分による微小環境によって軟骨細胞を維持している。慢性関節リウマチや変型性膝関節症等の進行性関節破壊疾患において問題となるのは運動機能の障害をもたらす軟骨の破壊である。軟骨は、その細胞成分が軟骨細胞のみであり、特有の細胞外マトリックスを持ち、血管がないため、再生・修復力の極めて乏しい組織である。一度破壊された軟骨を修復するために様々な軟骨組織の再生と組織工学の試みが行われているが、いまだ決定的な手法は考案・開発されていない。
【0004】
軟骨組織の作製技術の成功の鍵は、1)軟骨細胞に分化する細胞の選択、2)軟骨細胞の分化を維持する手法、3)成熟した軟骨マトリックスを形成する三次元培養技術の開発に要約される。しかしこれらの要素は、最終的にはいかにして機能的軟骨マトリックス形成するかに収束する。大量のヒアルロン酸とアグリカンを合成・分泌しうるのは軟骨細胞であることから、軟骨細胞の獲得と維持が重要な課題となっているが、たとえヒアルロン酸やアグリカンが大量に存在しても軟骨の形態はコラーゲン線維なくしては創成できない。これまでに様々な支持体(スカフォールド)が試みられてきたが徐々に形成されるコラーゲン線維に置換される適切な生体吸収物質はこれまでに開発されていない。
【0005】
例えば、コンドロイチン4−硫酸等を利用して化学的に架橋することで作製されたコラーゲンマトリックス(特許文献1)や、物理的架橋方法や化学的架橋剤により作製された医療用コラーゲン膜(特許文献2)がある。しかし、このような架橋剤を用いた手法では、製造にコストと時間がかかる上、天然のコラーゲン線維同様の生体適合性は得られない。
【0006】
また、グリコサミノグリカン‐プロテオグリカン凝集体にコラーゲンを混合する方法による軟骨様複合体の製造方法もあるが(特許文献3)、あらかじめグリコサミノグリカン‐プロテオグリカン凝集体を調製する必要があり、コラーゲン線維からなるマトリックスを代替するものではない。このように、コラーゲン線維マトリックスを、化学的架橋剤を用いずに作製して人工軟骨様組織の製造に用いた例はこれまでにない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2003−180815
【特許文献2】特開2000−093497
【特許文献3】WO07/032404
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
人工軟骨様組織の製造に不可欠であるコラーゲン線維は、コラーゲン分子のみでは適度な強度を保持できず、従来法では紫外線等による物理的架橋や、化学的架橋剤を用いてコラーゲン分子同士を架橋することで強度を維持している。しかし、これらの手法では、製造工程に時間とコストがかかる上に、生体適合性や、天然の軟骨組織同様の強度や低摩擦性を有しているかの問題がある。本発明ではこれらの問題点を考慮し、より天然の軟骨に近い軟骨様組織の製造が可能となるコラーゲン線維マトリックスおよびこれを用いた軟骨様組織の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明では、上記課題を解決するために、バイオリアクターを用いてコラーゲン分子を膜上に蓄積させてコラーゲン線維を形成させ、線維形成の過程で軟骨細胞を添加し、コラーゲン線維とアグリカン会合体の両者が共存する軟骨マトリックスとその内部に軟骨細胞が局在するような人工軟骨組織を作製した。
請求項1記載の発明は、膜上に堆積させたコラーゲン分子の集合体からなる線維状マトリックスを提供する。
請求項2記載の発明は、請求項1の線維状マトリックスに沿って、周囲に無定形物質を局在させた軟骨細胞を配置した人工軟骨様組織を提供する。
請求項3記載の発明は、任意の試料より調整したコラーゲン分子を架橋剤非存在下で会合させることによる線維状マトリックスの製造方法を提供する。
請求項4記載の発明は、コラーゲン溶液、軟骨細胞懸濁溶液、グリコサミノグリカン或いは/およびプロテオグリカンの順で作用させることを特徴とする請求項3記載の線維状マトリックスの製造方法を提供する。
請求項5記載の発明は、請求項3及び4記載の方法により製造された線維状マトリックスからなり、軟骨組織の形態維持が可能な支持体を提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明により作製される軟骨様組織は、従来の架橋剤を用いた製法と異なり、天然の軟骨同様の素材からなるので、生体適合性に優れている。また、コラーゲン線維形成段階において軟骨細胞を添加することにより、軟骨様組織中に軟骨細胞が配置され、天然の軟骨同様の剛性及び弾力性を備えた軟骨様組織が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】軟骨膜を形成させるためのバイオリアクターの組み立て図を示している。
【図2】膜上に形成された軟骨様組織を示している。
【図3】免疫染色の結果を示している。II型コラーゲンが線維状に染色されている。
【図4】免疫染色の結果を示している。アグリカンがコラーゲン線維に沿うように染色された。
【図5】ビオチン化ヒアルロン酸結合蛋白質を用いてヒアルロン酸の分布を調べた結果、無定形物質様に染色された。
【図6】電子顕微鏡(SEM)による観察結果、コラーゲン細線維が観察され、LTC細胞の周囲にはヒアルロン酸・プロテオグリカンと思われる無定形物質が局在していた。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、コラーゲン分子の集合体からなる線維状マトリックスを用いて作製される人工軟骨様組織、及びその製造方法に関する内容である。さらに、本発明におけるコラーゲン線維状マトリックスは、軟骨細胞の培養足場としても利用され得る。本発明において、コラーゲンとは、I型コラーゲンでもII型コラーゲンでも良い。コラーゲンの抽出は、牛、豚、鳥類、魚類、兎、羊、ネズミ、人、などの皮膚、腱、骨、軟骨、臓器等からペプシン、トリプシンなどの蛋白質分解酵素あるいは酸・アルカリ・中性薬剤による可溶化処理等の従来用いられている技術により行うことが出来る。また、コラーゲンは天然抽出物に限らず、遺伝子組み換え技術によって調製されたものや、市販されているコラーゲン溶液を使用しても良い。
【0013】
本発明において、コラーゲン分子は例えばバイオリアクターに固定された膜上において集合体を形成させることが可能であるが、これに限定されず、集合体の形成が可能であればどのような方法を用いても良い。このようにして形成されたコラーゲン分子の集合体は、軟骨細胞培養の足場としてそのまま利用することも可能である。すなわち、本発明によるコラーゲン線維の膜上あるいはコラーゲン線維と線維の空間において、二次元的あるいは三次元的な軟骨細胞の培養が可能である。
【0014】
本発明は、また、上記のようにして製造されるコラーゲン線維に、軟骨細胞を添加混合することで得られる軟骨様組織を提供する。軟骨細胞の添加により、コラーゲン線維に沿って軟骨細胞が配置され、天然に近い軟骨様組織を得ることが出来る。さらに、柔軟性に優れた軟骨様組織を得るためには、軟骨細胞添加後にグリコサミノグリカン或いは/およびプロテオグリカンを添加することが好ましい。
【0015】
グリコサミノグリカンとは、アミノ糖とウロン酸又はガラクトースが結合した2糖の繰り返し構造からなる酸性多糖類である。本発明において用いられるグリコサミノグリカンとしては、コンドロイチン硫酸、デルマタン硫酸、ヘパラン硫酸、ケラタン硫酸、ヘパリン、ヒアルロン酸いずれでも良いが、ヒアルロン酸を用いることが好ましい。
【0016】
プロテオグリカンとは、一つの核となるタンパク質に、一本、あるいは多数のグリコサミノグリカン鎖が結合したものである。本発明において用いられるプロテオグリカンとしては特に制限はなく、例えば、アグリカン、バーシカン、ニューロカン、ブレビカン、デコリン、ビグリカン、セルグリシン、パールカン、シンデカン、グリピカン、ルミカン、ケラトカン等が挙げられるが、アグリカンを用いることが好ましい。
【0017】
本発明におけるコラーゲン分子集合体からなるコラーゲン線維膜は、例えば図1のようなバイオリアクターに設置した膜上に形成される。図1のバイオリアクターは、孔9及びリブ10を有する筒状部材8の内部に、シリコンゴムリング1、金属の重し2、シリコンゴムリング3、金属メッシュ4、濾紙5、金属メッシュ6、シリコンゴムリング7を順に堆積させた構造になっている。なお、金属メッシュ4は金属メッシュ6よりも細かい目であることが望ましい。例えば、金属メッシュ4のメッシュ数は100であるのに対し、金属メッシュ6のメッシュ数は25であることが望ましい。このようなバイオリアクター内に、あらかじめ調製しておいたコラーゲン溶液を一定速度で注入する。コラーゲン溶液は、軟骨細胞の培養に適した培地に溶解させて使用することが好ましく、任意の培地を用いることが出来るが、好ましくはDMEMが良い。コラーゲン溶液は終濃度0.005〜0.5%に溶解させることが好ましく、より好ましくは終濃度0.05%が好ましく、バイオリアクター内に分速1ml〜10ml、より好ましくは分速5 mlで注入する。このような条件下で2時間以上運転することで、膜上にコラーゲン分子集合体が形成される。このようにして得られたコラーゲン線維膜は、そのまま軟骨細胞の培養足場として利用することが出来る。
【0018】
また、本発明における人工軟骨様組織は、上記で得られたコラーゲン線維膜を利用して製造することが出来る。具体的には、上記バイオリアクターへの注入液を軟骨細胞含有溶液に置換して10時間以上運転し、コラーゲン線維に沿って軟骨細胞を配置させることで、人工軟骨様組織を製造することが出来る。軟骨細胞は任意の生物由来のものを使用することが出来るが、ラット軟骨肉腫由来LTC細胞を使用することが好ましい。
【0019】
このようにして得られた人工軟骨様組織は、軟骨細胞がアグリカン及びヒアルロン酸を産生し、天然の軟骨組織に近い組織となるが、さらにアグリカン或いは/及びヒアルロン酸溶液を上記バイオリアクターに注入して、30分以上運転することが好ましい。アグリカン及びヒアルロン酸は、それぞれ、0.1〜1.5mg/mlの溶液として調製されることが好ましい。より好ましくは0.5〜1.5mg/mlの溶液であり、さらに好ましくは0.75〜1.25mg/mlの溶液である。このようにアグリカン或いは/及びヒアルロン酸溶液を最後に注入することで、さらに安定した構造および弾力性を軟骨様組織に付与することが出来る。
【0020】
以下に実施例を記載するが、この方法に限定されることはない。
【実施例1】
【0021】
[軟骨コラーゲン、アグリカンの調製]
特記しない限り全ての実験過程を4゜Cにて行った。生後1歳未満のブタ肩甲骨部の軟骨を薄切し、湿重量を計測後、試料に10倍量(w/v)の4 M グアニジン塩酸を加え24時間、プロテオグリカンとヒアルロン酸を抽出した。試料を遠心後、上清を第1抽出液とし、沈殿に5倍量の4 M グアニジン塩酸(プロティナーゼインヒビター: 1mM Phenylmethyl sulfonyl fluoride、10 mM N-ethylmaleimide、25 mM EDTAを含む)を加え、さらに12時間抽出し、遠心後上清を第2抽出液とした。第1および第2抽出液を混合し、溶液量を測定し、比重1.47となるように塩化セシウムを添加し、100,000×gにて36時間超遠心分離し、6層(底部よりD1、D2と順に命名)のうちのD1およびD2画分を採取し、50 mM Tris-HCl,pH7.5にて透析後、さらに蒸留水に対して透析を行い、凍結乾燥させてアグリカンを単離精製した。アグリカンの存在はドットブロット法にて、試料の純度はSDS-PAGEにて確認した。
【0022】
上記の沈殿を冷アセトンにて乾固し、乾燥重量を測定後、200倍量(w/v)の0.5M酢酸溶液を添加し24時間浸漬して乾固試料を膨潤させた。当該溶液にペプシン粉末を最終濃度0.1%となるよう添加し24時間処理した。溶液を2,000×gにて遠心し、上清を採取後、水酸化ナトリウム溶液を用いてpHを中性域に合わせて一度ペプシンを不活化し、最終濃度3 Mとなるように塩化ナトリウムを添加し溶解させて12時間静置した。その後試料を2,000×gにて40分間遠心し、沈殿物を回収した。沈殿物を1 M塩化ナトリウムにて洗った後、蒸留水を添加して沈殿物を溶解させ、5 mM酢酸に対して透析した。透析内容液を凍結乾燥して軟骨コラーゲンとした。SDS-PAGEにより軟骨コラーゲンの殆どがII型コラーゲンであることを確認した。
【実施例2】
【0023】
[軟骨膜の形成]
ラジアルフロー型バイオリアクター(エイブル株式会社製造)に図1のように膜を組み込み、蒸留水にて約1時間運転し、その後、溶液1を分速約5 mlにて注入し6時間運転した。その後、ラット軟骨肉腫由来LTC細胞を含む溶液2に置換して22時間運転した。その後、溶液3に置換して2時間運転した。運転後膜をザンボニー液にて24時間固定した後半切し、半分を組織学的・免疫組織学的解析に、残り半分を電子顕微鏡解析に用いた。
【0024】
溶液1:氷上にてDMEM 180 mlにI型コラーゲン溶液(0.5%、高研 IPC-50)20 mlを徐々に添加して溶解したものを溶液1とした。
溶液2:10%ウシ血清含有DMEMに1×107個のLTC細胞を懸濁した溶液22 mlを溶液2とした。
溶液3:10%ウシ血清含有DMEMにヒアルロン酸(アルツ、生化学工業、 1 mg/ml) 250ulと上記精製アグリカン (1mg/ml)250ulを添加したものを溶液3とした。
【0025】
[結果]
1.膜上に厚さ約2mmまでの軟骨様組織ができた。当該組織の中と表面にLTC細胞が認められた(図2)。
2.免疫染色ではII型コラーゲンが線維状に染色された(図3)。
3.免疫染色ではアグリカンが線維に沿うように染色された(図4)。
4.ビオチン化ヒアルロン酸結合蛋白質を用いてヒアルロン酸の分布を検討したところ組織に無定形物質様に染色された(図5)。
5.電子顕微鏡(SEM)ではコラーゲン細線維が観察され、LTC細胞の周囲にはヒアルロン酸・プロテオグリカンと思われる無定形物質が局在していた(図6)。
【産業上の利用可能性】
【0026】
本発明によるコラーゲン分子の集合体からなる線維状マトリックスは、従来使用されている架橋剤を用いることなく軟骨様組織を形成することが可能であり、生体適合性に優れ、剛性及び弾力性を有する軟骨様組織を提供することが出来る。
【符号の説明】
【0027】
1 シリコンゴムリング
2 金属の重し
3 シリコンゴムリング
4 金属メッシュ
5 濾紙
6 金属メッシュ
7 シリコンゴムリング
8 筒状部材
9 孔
10 リブ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
膜上に堆積させたコラーゲン分子の集合体からなる線維状マトリックス。
【請求項2】
請求項1の線維状マトリックスに沿って、周囲に無定形物質を局在させた軟骨細胞を配置した人工軟骨様組織。
【請求項3】
任意の試料より調整したコラーゲン分子を架橋剤非存在下で会合させることによる線維状マトリックスの製造方法。
【請求項4】
コラーゲン溶液、軟骨細胞懸濁溶液、グリコサミノグリカン或いは/およびプロテオグリカンの順で作用させることを特徴とする請求項3記載の線維状マトリックスの製造方法。
【請求項5】
請求項3及び4記載の方法により製造された線維状マトリックスからなり、軟骨組織の形態維持が可能な支持体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−97996(P2011−97996A)
【公開日】平成23年5月19日(2011.5.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−253226(P2009−253226)
【出願日】平成21年11月4日(2009.11.4)
【出願人】(509305756)
【Fターム(参考)】