説明

コーティング剤、X線遮蔽用塗膜およびコーティング剤の製造方法

【課題】 鉛を含まずにX線遮蔽能を有すると共に、透明性の良好なX線遮蔽用塗膜を形成し得るコーティング剤、このコーティング剤を用いて形成されたX線遮蔽用塗膜および前記コーティング剤の製造方法を提供する。
【解決手段】 (A)分子中に酸素原子以外の不対電子含有元素を含む官能基を有する金属アルコキシドの加水分解・縮合物と、(B)ビスマスとを含むコーティング剤、このコーティング剤によって形成されてなるX線遮蔽用塗膜、並びに(a)ビスマス塩と、酸素原子以外の不対電子含有元素を含む官能基を有する金属アルコキシドと、有機溶媒を含む溶液を調製する工程、および(b)前記溶液に触媒を加え、金属アルコキシドを加水分解、縮合させる工程、を含むコーティング剤の製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コーティング剤、X線遮蔽用塗膜およびコーティング剤の製造方法
に関する。さらに詳しくは、本発明は、ビスマスイオン、あるいは金属ビスマス微粒子および/または酸化ビスマス微粒子を含むと共に、バインダーとして、これらに相互作用を有する官能基をもつ金属アルコキシドの加水分解・縮合物を含み、透明性を有するX線遮蔽用塗膜を形成し得るコーティング剤、このコーティング剤を用いて形成された透明なX線遮蔽用塗膜、および前記コーティング剤の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
X線診断施設などのX線を取り扱う施設においては、X線室内部の観察やマジックハンドによる遠隔操作のために、通常のぞき窓が設けられている。こののぞき窓は、X線遮蔽能力とX線室内を鮮明に視認し得る高い透明性が要求される。
【0003】
したがって、従来、前記のぞき窓には、酸化鉛を含み、X線遮蔽能を有し、かつ透明性に優れるガラスやアクリル樹脂が用いられている。しかしながら、鉛は人体に対して有害であるため、近年、環境問題から、鉛を使用しないX線遮蔽材料が求められている。また、ガラスは重くて割れやすく、運搬や取扱いが不便であるという問題を有している。
【0004】
ところで、ビスマスと鉛は、周期表で隣に位置し、Bi3+とPb2+イオンは、共に6s2電子配置をとる。このため、両者は共に高い分極率を示すなど、多くの性質に類似点が認められるものの、有毒性は鉛よりもビスマスの方がはるかに低いことが知られている。
【0005】
このようなビスマスを透明プラスチック中に均一に分散させてX線診断用の透明フィルターとしてX線遮蔽材料とすることが提案されている(例えば、特許文献1参照)。しかしながら、このようなビスマスを内部に分散したプラスチックを、X線室におけるのぞき窓の材料として用いた場合、X線室側の表層部がX線により分解して、分解物がゴミとなってX線室内に入るなど、好ましくない事態を招来する。
【0006】
また、有機高分子材料とX線遮蔽材からなる医療用X線防護材料においてX線遮蔽材としてビスマス又はビスマス化合物、タングステン又はタングステン化合物のうち少なくとも1種を15〜95質量%含むことを特徴とする複合材料が開示されている(例えば、特許文献2参照)。しかしながら、この複合材料は、ゴムや樹脂などの有機高分子材料に、前記のX線遮蔽材と、必要に応じカーボンブラックなどの着色剤、滑剤、カップリング剤、帯電防止剤、可塑剤、安定剤などを加えて混練したものを、所望の形状に成形して、使用するものであって、X線遮蔽能と共に遮光性が要求される医療用X線防護材料に用いられる。すなわち、この複合材料は、X線遮蔽能は要求されるが、透明性は要求されず、むしろ遮光性が要求される。
【0007】
一方、アクリル樹脂は、X線遮蔽能及び透明性に優れることが知られおり、このアクリル樹脂を厚くして、X線室におけるのぞき窓の材料として用いることが考えられるが、この場合、前記特許文献1の説明で記載したように、X線室側の表層部がX線により分解して、その分解物がゴミとなってX線室内に入るといった問題がある。
【特許文献1】特開昭55−57200号公報
【特許文献2】特開2001−83288号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、このような事情のもとで、鉛を含まずにX線遮蔽能を有すると共に、透明性の良好なX線遮蔽用塗膜を形成し得るコーティング剤、およびこのコーティング剤を用いて有機基材上に形成されてなる、X線により劣化(分解)しにくい透明なX線遮蔽用塗膜を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、前記目的を達成するために鋭意研究を重ねた結果、分子中に酸素原子以外の不対電子含有元素を含む官能基を有する金属アルコキシドの加水分解・縮合物と、ビスマスイオンあるいは金属ビスマス粒子および/または酸化ビスマス粒子を含むコーティング剤により、その目的を達成し得ること、そしてこのコーティング剤は、特定の工程を施すことにより製造し得ることを見出した。本発明は、かかる知見に基づいて完成したものである。
【0010】
すなわち、本発明は、
(1) (A)分子中に酸素原子以外の不対電子含有元素を含む官能基を有する金属アルコキシドの加水分解・縮合物と、(B)ビスマスとを含むことを特徴とするコーティング剤、
(2) 分子中に酸素原子以外の不対電子含有元素を含む官能基を有する金属アルコキシドが、一般式(I)
(m−n)M(OR) …(I)
(式中、Rは不対電子含有官能基、Rは炭素数1〜6のアルキル基、MはSi、Ti、ZrまたはAl、mはMの価数で、3または4を示し、nはSi、TiまたはZrの場合は1〜3であり、Alの場合は1または2である。)
で表される化合物である上記(1)項に記載のコーティング剤、
(3) 金属アルコキシドがアルコキシシランである上記(1)または(2)項に記載のコーティング剤、
(4) 酸素原子以外の不対電子含有元素を含む官能基が、メルカプトアルキル基および/またはアミノアルキル基である上記(1)〜(3)項のいずれか1項に記載のコーティング剤、
(5) ビスマスに対する酸素原子以外の不対電子含有元素を含む官能基の含有割合が、モル基準で0.5〜1000倍である上記(1)〜(4)項のいずれか1項に記載のコーティング剤、
(6) 固形分中のビスマス濃度が、0.1〜75質量%である上記(1)〜(5)項のいずれか1項に記載のコーティング剤、
(7) ビスマスを、イオンの形態、あるいは金属粒子の形態および/または酸化ビスマス粒子の形態で含む上記(1)〜(6)項のいずれか1項に記載のコーティング剤、
(8) X線遮蔽膜形成用である上記(1)〜(7)項のいずれか1項に記載のコーティング剤、
(9) 上記(1)〜(8)項のいずれか1項に記載のコーティング剤によって形成されたX線遮蔽用塗膜、
(10) 透明有機基材上に、厚み0.01〜100μmで設けられ、かつ前記透明有機基材を含む全光線透過率が、25%以上である上記(9)項に記載のX線遮蔽用塗膜、
(11) 分子中に酸素原子以外の不対電子含有元素を含む官能基を有する金属アルコキシドの加水分解・縮合物と、ビスマスとを含むコーティング剤を製造する方法であって、
(a)ビスマス塩と、酸素原子以外の不対電子含有元素を含む官能基を有する金属アルコキシドと、有機溶媒を含む溶液を調製する工程、および
(b)前記溶液に触媒を加え、金属アルコキシドを加水分解、縮合させる工程、
を含むことを特徴とするコーティング剤の製造方法、および
(12) (a)工程と(b)工程との間、または(b)工程の後に、(c)ビスマス塩の還元剤を加える工程を設ける上記(11)項に記載の方法、
を提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、ビスマスイオン、あるいは金属ビスマス微粒子および/または酸化ビスマス微粒子を含むと共に、バインダーとして、これらに相互作用を有する官能基をもつ金属アルコキシドの加水分解・縮合物を含み、透明X線遮蔽用塗膜を形成し得るコーティング剤、このコーティング剤を用いて形成された透明性を有し、耐X線劣化性の良好なX線遮蔽用塗膜、および前記コーティング剤の製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
まず、本発明のコーティング剤について説明する。
本発明のコーティング剤は、(A)分子中に酸素原子以外の不対電子含有元素を含む官能基を有する金属アルコキシドの加水分解・縮合物と、(B)ビスマスとを含むことを特徴とする。
【0013】
前記(A)成分は、本発明のコーティング剤によって形成されるX線遮蔽用塗膜におけるバインダー成分としての機能を有すると共に、(B)成分のビスマスとの相互作用を有し、金属ビスマス粒子や酸化ビスマス粒子が形成された場合、それらの凝集を阻害し、ナノレベルの粒子として塗膜中に均一に分散させる作用を有している。したがって、該塗膜は良好な透明性を有するものになる。
【0014】
また、前記金属アルコキシドの加水分解・縮合物は、有機−無機複合材料であるポリオルガノシロキサンであって、有機材料と異なり、X線の照射により劣化を受けにくい。例えば、有機基材上に、当該コーティング剤を用いてX線遮蔽用塗膜を形成し、この塗膜がX線室側に位置するように、前記有機基材をのぞき窓に用いた場合、該塗膜がX線の照射により劣化(分解)し、分解物がゴミとなって、X線室内に入るのを抑制することができる。
【0015】
本発明のコーティング剤において、(A)成分の加水分解・縮合物の原料である、分子中に酸素原子以外の不対電子含有元素を含む官能基を有する金属アルコキシドとしては、例えば一般式(I)
(m−n)M(OR) …(I)
で表される化合物を用いることができる。
【0016】
前記一般式(I)において、Rは酸素原子以外の不対電子含有元素を含む官能基を示す。この不対電子含有元素を含む官能基としては、不対電子をもつ酸素原子以外の元素(例えば硫黄原子、窒素原子など)を有する官能基であればよく、特に制限はないが、例えば炭素数2〜5程度のメルカプトアルキル基やアミノアルキル基などを好ましく挙げることができる。具体的には2−メルカプトエチル基、3−メルカプトプロピル基、2−メルカプトプロピル基、4−メルカプトブチル基、3−メルカプトブチル基、2−メルカプトブチル基、2−アミノエチル基、3−アミノプロピル基、2−アミノプロピル基、4−アミノブチル基、3−アミノブチル基、2−アミノブチル基などが挙げられる。
【0017】
一方、Rは炭素数1〜6のアルキル基を示し、直鎖状、分岐状、環状のいずれであってもよく、その例としては、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、イソブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基などが挙げられる。
【0018】
MはSi、Ti、ZrまたはAlを示し、mはMの価数で、3または4を示し、nはSi、TiまたはZr(いずれも価数4)の場合は1〜3であり、Al(価数3)の場合は1または2である。
【0019】
本発明においては、前記MがSiであるものが好ましく、前記一般式(I)で表される金属アルコキシドとしては、例えば2−メルカプトエチルトリメトキシシラン、2−メルカプトエチルトリエトキシシラン、2−メルカプトエチルトリ−n−プロポキシシラン、2−メルカプトエチルトリイソプロポキシシラン、2−メルカプトエチルトリ−n−ブトキシシラン、2−メルカプトエチルトリイソブトキシシラン、3−メルカプトプロピルトリメトキシシラン、3−メルカプトプロピルトリエトキシシラン、3−メルカプトプロピルトリ−n−プロポキシシラン、3−メルカプトプロピルトリイソプロポキシシラン、3−メルカプトプロピルトリ−n−ブトキシシラン、3−メルカプトプロピルトリイソブトキシシラン、2−アミノエチルトリメトキシシラン、2−アミノエチルトリエトキシシラン、2−アミノエチルトリ−n−プロポキシシラン、2−アミノエチルトリイソプロポキシシラン、2−アミノエチルトリ−n−ブトキシシラン、2−アミノエチルトリイソブトキシシラン、3−アミノプロピルトリメトキシシラン、3−アミノプロピルトリエトキシシラン、3−アミノプロピルトリ−n−プロポキシシラン、3−アミノプロピルトリイソプロポキシシラン、3−アミノプロピルトリ−n−ブトキシシラン、3−アミノプロピルトリイソブトキシシランなどを挙げることができる。これは1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0020】
本発明においては、前記の酸素原子以外の不対電子含有元素を含む官能基を有するアルコキシシラン化合物と共に、形成される塗膜の耐X線劣化性などを向上させるために、必要に応じ他の金属アルコキシド化合物やそのオリゴマーを併用することができる。他の金属アルコキシド化合物としては、ケイ素、チタン、ジルコニアなどのアルコキシド化合物があり、例えばテトラメトキシシラン、テトラエトキシシラン、テトラ−n−プロポキシシラン、テトライソプロポキシシラン、テトラ−n−ブトキシシラン、テトライソブトキシシラン、テトラ−sec−ブトキシシラン、テトラ−tert−ブトキシシランなどのテトラアルコキシシラン、並びにこれらに対応するテトラアルコキシチタンおよびテトラアルコキシジルコニウム、さらにはトリメトキシアルミニウム、トリエトキシアルミニウム、トリ−n−プロポキシアルミニウム、トリイソプロポキシアルミニウム、トリ−n−ブトキシアルミニウム、トリイソブトキシアルミニウム、トリ−sec−ブトキシアルミニウム、トリ−tert−ブトキシアルミニウムなどが挙げられる。また、金属アルコキシド化合物のオリゴマーとしては、例えば市販品のアルコキシシランオリゴマーである「メチルシリケート51」、「エチルシリケート40」(いずれもコルコート社製商品名)、「MS−51」、「MS−56」(いずれも三菱化学社製商品名)などが挙げられる。
【0021】
その他、柔軟性や屈折率調整など、各種用途に合わせて塗膜の特性を変化させたい場合には、必要に応じて非加水分解性基を有する金属アルコキシド化合物を組み合わせてもよい。
【0022】
本発明においては、前記の酸素原子以外の不対電子含有元素を含む官能基を有するアルコキシシラン化合物と、テトラアルコキシシラン化合物やそのオリゴマーとの使用割合は、通常質量比で95:5〜50:50程度である。この使用割合が上記範囲にあれば、後述の(B)成分であるビスマスに対して良好な相互作用を有し、かつ塗膜の耐X線劣化性などを向上させることができる。好ましい使用割合は、質量比で90:10〜60:40である。
【0023】
これらの金属アルコキシドを加水分解・縮合させることにより、本発明のコーティング剤における(A)成分が形成される。加水分解・縮合方法については、後で述べる本発明のコーティング剤の製造方法の説明において詳述する。
【0024】
本発明のコーティング剤において、(B)成分として含まれるビスマスは、形成される塗膜にX線遮蔽能を付与する作用を有しており、この形態については特に制限はなく、例えばイオンの形態、あるいは金属粒子の形態および/または酸化ビスマス粒子の形態などを挙げることができる。なお、金属ビスマス粒子や酸化ビスマス粒子は、ビスマスイオンの還元によってコーティング剤中で生成させることが好ましい。この場合、前記(A)成分中の酸素原子以外の不対電子含有元素を含む官能基のビスマスに対する相互作用により、生成した金属ビスマス粒子や酸化ビスマス粒子の凝集を抑制することで、前記粒子をナノレベルのサイズでコーティング剤中に均一に分散させることができる。
【0025】
本発明のコーティング剤においては、ビスマスに対する不対電子含有官能基の含有割合は、該不対電子含有官能基がビスマスに対して良好な相互作用を有し、かつ所望の物性を有する塗膜を形成し得る観点から、モル基準で0.5〜1000倍程度が好ましく、0.8〜100倍がより好ましく、1〜50倍が特に好ましい。
【0026】
また、固形分中のビスマス濃度は、形成される塗膜のX線遮蔽能および他の物性のバランスなどの観点から、Biとして1〜60質量%が好ましく、5〜40質量%がより好ましい。
【0027】
本発明のコーティング剤には、通常有機溶媒が用いられる。この有機溶媒としては、アルコール類が好ましく、炭素数3以上のエーテル系酸素を有するアルコール類が、加水分解−縮合反応の制御および縮合物の安定化の点からさらに好ましい。この炭素数3以上のエーテル系酸素を有するアルコール類としては、例えばエチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールモノプロピルエーテル、エチレングリコールモノブチルエーテルなどのセロソルブ系溶剤、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールモノエチルエーテル、ジエチレングリコールモノプロピルエーテル、ジエチレングリコールモノブチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノエチルエーテル、プロピレングリコールモノプロピルエーテル、プロピレングリコールモノブチルエーテルなどを挙げることができる。これらの中で、特にセロソルブ系溶剤が好ましい。これらの溶剤は1種を単独で用いもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0028】
本発明のコーティング剤における固形分濃度についは、塗布するのに適した濃度であればよく、特に制限はないが、通常0.5〜30質量%程度、好ましくは10〜20質量%である。
【0029】
前記の(A)成分と(B)成分を含む本発明のコーティング剤を製造する方法に特に制限はないが、以下に示す本発明の方法に従えば、効率よく所望のコーティング剤を製造することができる。
【0030】
本発明のコーティング剤の製造方法においては、
(a)ビスマス塩と、酸素原子以外の不対電子含有元素を含む官能基を有する金属アルコキシドと、有機溶媒を含む溶液を調製する工程、および
(b)前記溶液に触媒を加え、金属アルコキシドを加水分解、縮合させる工程、
を含み、さらに前記(a)工程と(b)工程との間、または(b)工程の後に、(c)ビスマス塩の還元剤を加える工程、
を設けることができる。
【0031】
前記(a)工程において用いられる酸素原子以外の不対電子含有元素を含む官能基を有する金属アルコキシド、および有機溶媒については、前述で説明したとおりである。
【0032】
ビスマス塩としては、使用するセロソルブ系などのアルコール系有機溶媒に溶解し得るものであればよく、特に制限されず、様々な化合物を用いることができる。代表的なビスマス塩として、三塩化ビスマスを挙げることができる。
【0033】
(b)工程は、前記(a)工程で調製された有機溶媒溶液に、触媒を加え、金属アルコキシドを加水分解、縮合させる工程である。
【0034】
前記触媒としては、例えば塩酸、硫酸、硝酸などの酸、あるいは固体酸としてのカチオン交換樹脂が用いられ、通常0〜100℃、好ましくは20〜60℃の温度にて加水分解処理し、固体酸を用いた場合には、それを除去する。温度が低すぎる場合は加水分解が進まず、高すぎる場合は逆に加水分解・重合反応が速く進みすぎ、制御が困難となる。
【0035】
本発明においては、イオンの形態で存在するBi3+を還元処理して、金属ビスマス粒子や酸化ビスマス粒子を形成させてもよい。
【0036】
この場合、(c)工程の還元処理は、前記(a)工程と(b)工程との間に設けてもよいし、(b)工程の後に設けてもよい。
【0037】
還元処理に用いられる還元剤に特に制限はなく、様々な化合物を用いることができる。代表的な還元剤としては、水素化ホウ素ナトリウム、水素化リチウムアルミニウム、水素化リチウムホウ素などが挙げられる。還元処理温度は、通常10〜50℃程度である。
【0038】
この還元処理により形成された金属ビスマス粒子や酸化ビスマス粒子は、(A)成分中の酸素原子以外の不対電子含有元素を含む官能基による相互作用によって凝集が抑制され、ナノレベルのサイズでコーティング剤中に均一に分散する。その結果、形成される塗膜は透明性を有するものになる。
【0039】
このようにして、各工程を実施したのち、所望により溶媒を留去または添加し、塗布するのに適した粘度に調節して、塗工液からなる本発明のコーティング剤を調製する。
【0040】
このようにして調製された本発明のコーティング剤は、X線遮蔽膜形成用として用いられる。
本発明はまた、前述の本発明のコーティング剤によって形成されたX線遮蔽用塗膜をも提供する。
【0041】
本発明のX線遮蔽用塗膜は、透明有機基材上に設けることができる。また、その厚さは、用途及び基材の種類に応じ適宜選定されるが、通常0.01〜100μm程度、好ましくは0.5〜20μm、より好ましくは1〜5μmである。
【0042】
当該塗膜の形成方法としては、透明有機基材上に、塗工液からなる本発明のコーティング剤を、例えばディップコート法、フローコート法、スピンコート法、スプレーコート法、バーコート法、ナイフコート法、ロールコート法、ブレードコート法、ダイコート法、グラビアコート法などの公知の手段により塗布し、公知の乾燥処理、例えば40〜150℃程度の温度で加熱乾燥処理する方法を用いることができる。
【0043】
また、当該塗膜の全光線透過率は、それが設けられた基材と共に測定した値が25%以上であることが好ましく、40%以上がより好ましい。なお、全光線透過率の測定方法については、後で説明する。
【0044】
本発明のX線遮蔽用塗膜が形成される透明有機基材としては特に制限はないが、例えばアクリル系樹脂、ポリエチレン系樹脂、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレートなどのポリエステル系樹脂、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリメチルペンテンなどのポリオレフィン系樹脂、シクロオレフィン系樹脂、塩化ビニル系樹脂、ポリカーボネート系樹脂などを挙げることができる。形態としては、用途に応じて、フィルム状、シート状、板状などの中から適宜選ばれる。その厚さについては特に制限はなく、通常5μm〜50mmの範囲で選ばれる。板状の基材としては、X線遮蔽能に優れるアクリル系樹脂が好ましい。
【0045】
本発明のX線遮蔽用塗膜は、このようにX線遮蔽能を有すると共に、透明性に優れることから、透明有機基板上に形成し、X線室内部の観察やマジックハンドによる遠隔操作のためののぞき窓用として好適に用いることができる。また、バインダーとしてポリオルガノシロキサンを用いていることから、耐X線劣化性も良好である。
【実施例】
【0046】
次に、本発明を実施例により、さらに詳細に説明するが、本発明は、これらの例によってなんら限定されるものではない。
【0047】
なお、各例で得られた、表面に塗膜を有するPETフィルムおよびアクリル板の評価は、以下に示す方法に従って行った。
<サンプルの作製>
PETフィルムの場合には、塗工液をスピンコート法(1200rpm、30秒)にて塗布したのち、120℃で1分間、60℃にて3日間乾燥処理してサンプルとした。
【0048】
アクリル板の場合には、塗工液をフローコート法により塗布したのち、120℃で1分間、60℃にて3日間乾燥処理してサンプルとした。
(1)色
肉眼による目視により評価した。
(2)蛍光X線(XRF)によるビスマスのカウント数
蛍光X線測定装置(セイコー電子工業 (株)製、機種名「SEA2120」)を用い、時間100秒、管電圧50Kv、管電流17μA、コリメーターφ10mm、雰囲気大気、フィルタオフで測定した。
(3)全光線透過率(TT)
ヘイズメーター(日本電色工業 (株)製、機種名「NDH2000」)を用い、JISK7361に準拠して全光線透過率を測定した。
(4)X線遮蔽率
フォトイオナイザー「L9490」(浜松ホトニクス (株)製)をX線源(X線エネルギー9.5keV、プライマリ線量15mSv/h)とし、サンプルを透過するX線量を、1m離れた位置に設置したサーベイメーター「Victoreen451B」(Global Calibration Laboratory社製)で読み取り、下記のようにしてX線遮蔽率を算出した。
【0049】

遮蔽率=(1-X1/X2)×100(%)
X1:サンプルをおいた場合の透過X線量、
X2:何もおかない場合の透過X線量

実施例1、2
3−メルカプトプロピルトリメトキシシラン(MPTMS)188gおよびテトラメトキシシランのオリゴマー(三菱化学(株)製、商品名「MS−51」)28gの混合物に、エチルセロソルブ400gを添加し、十分に撹拌した。これにBiCl 75gを添加し、完全に溶解させたのち、0.1N硝酸15gと水110gとエチルセロソルブ60gの混合溶液を添加した。
【0050】
次いで、30℃にて1時間撹拌したのち、この液に水素化ホウ素ナトリウム9gとエチルセロソルブ115gを含む溶液を滴下した。これを30℃にて15時間撹拌して黒色のコーティング剤(塗工液)を調製した。
【0051】
次に、得られた塗工液を用いて、スピンコート法により、片面ハードコート付きポリエチレンテレフタレート(PET)フィルム(キモト(株)製「G01」、厚さ188μm)のPET面に、前述の方法にて塗膜を形成した(実施例1)。また、前記塗工液を、前記PETフィルムのPET面に2回重ね塗りして、上記と同様に塗膜を形成した(実施例2)。
【0052】
これらの塗膜が設けられたPETフィルムの評価結果を表1に示す。
実施例3、4
MPTMS188gおよび「MS−51」(前出)28gの混合物に、エチルセロソルブ467gを添加し、十分に撹拌した。これにBiCl 75gを添加し、完全に溶解させたのち、0.1N硝酸15gと水110gとエチルセロソルブ117gの混合溶液を添加した。
【0053】
次いで、30℃にて16時間撹拌して黄色の透明コーティング剤(塗工液)を調製した。
【0054】
次に、得られた塗工液を用いて、スピンコート法により、片面ハードコート付きPETフィルム「G01」(前出)のPET面に、前述の方法にて塗膜を形成した(実施例3)。また、前記塗工液を、前記PETフィルムのPET面に2回重ね塗りして、上記と同様に塗膜を形成した(実施例4)。
【0055】
これらの塗膜が設けられたPETフィルムの評価結果を表1に示す。
実施例5、6、7
MPTMS120gおよび「MS−51」(前出)80gの混合物に、エチルセロソルブ377gを添加し、十分に撹拌した。これにBiCl 193gを添加し、完全に溶解させたのち、濃硝酸58gと水10gとエチルセロソルブ162gの混合溶液を添加した。
【0056】
次いで、30℃にて20時間撹拌して黄色の透明コーティング剤(塗工液)を調製した。
【0057】
次に、得られた塗工液を用いて、フローコート法により、アクリル基板(三菱化学社製「アクリライト」、厚さ2mm)に、前述の方法にて塗膜を形成した(実施例5)。また、前記塗工液を、前記アクリル基板に2回重ね塗り(実施例6)および両面に2回ずつ重ね塗り(実施例7)して、上記と同様に塗膜を形成した。
【0058】
これらの塗膜が設けられたアクリル板の評価結果を表1に示す。
実施例8、9
実施例5において、アクリル基板として厚さ5mm(実施例8)、および10mm(実施例9)のものを用いた以外は、実施例5と同様にして塗膜を形成した。
【0059】
これらの塗膜が設けられたアクリル板の評価結果を表1に示す。
比較例1
MPTMS295gおよび「MS−51」(前出)196gの混合物に、エチルセロソルブ239gを添加し、十分に撹拌したのち、これに0.1N硝酸126gと水25gとエチルセロソルブ103gの混合溶液を添加した。次いで、これを30℃にて20時間撹拌して、無色透明の固形分濃度30質量%のゾルを得た。
【0060】
得られたゾル173gにイソプロピルアルコール(IPA)307gを添加し、撹拌しながらアルミナ粒子(IPA分散15質量%、平均粒径31nm)520gを添加し、十分に撹拌して塗工液を調製した。
【0061】
得られた塗工液を用いて、フローコート法により、アクリル基板(三菱化学社製「アクリライト」、厚さ2mm)に、前述の方法にて塗膜を形成した。
【0062】
この塗膜が設けられたアクリル板の評価結果を表1に示す。
比較例2
比較例1と同様にして、無色透明の固形分濃度30質量%のゾルを得た。
【0063】
得られたゾル173gにIPA47gを添加し、撹拌しながらセリウム粒子(水分散10質量%、平均粒径14nm)780gを添加し、十分に撹拌して塗工液を調製した。
【0064】
得られた塗工液を用い、比較例1と同様にしてアクリル板に塗膜を形成した。この塗膜が設けられたアクリル板の評価結果を表1に示す。
比較例3
比較例1と同様にして、無色透明の固形分濃度30質量%のゾルを得た。
【0065】
得られたゾル173gにIPA307gを添加し、撹拌しながら銅粒子(IPA分散15質量%、平均粒径48nm)520gを添加し、十分に撹拌して塗工液を調製した。
【0066】
得られた塗工液を用い、比較例1と同様にしてアクリル板に塗膜を形成した。この塗膜が設けられたアクリル板の評価結果を表1に示す。
比較例4
比較例1と同様にして、無色透明の固形分濃度30質量%のゾルを得た。
【0067】
得られたゾル173gにIPA307gを添加し、撹拌しながらスズ粒子(トルエン分散15質量%、平均粒径21nm)520gを添加し、十分に撹拌して塗工液を調製した。
【0068】
得られた塗工液を用い、比較例1と同様にしてアクリル板に塗膜を形成した。この塗膜が設けられたアクリル板の評価結果を表1に示す。
比較例5
比較例1と同様にして、無色透明の固形分濃度30質量%のゾルを得た。
【0069】
得られたゾル173gにIPA47gを添加し、撹拌しながらイットリウム粒子(水分散10質量%、平均粒径33nm)780gを添加し、十分に撹拌して塗工液を調製した。
【0070】
得られた塗工液を用い、比較例1と同様にしてアクリル板に塗膜を形成した。この塗膜が設けられたアクリル板の評価結果を表1に示す。
比較例6
比較例1と同様にして、無色透明の固形分濃度30質量%のゾルを得た。
【0071】
得られたゾル173gにIPA307gを添加し、撹拌しながら亜鉛粒子(IPA分散15質量%、平均粒径34nm)520gを添加し、十分に撹拌して塗工液を調製した。
【0072】
得られた塗工液を用い、比較例1と同様にしてアクリル板に塗膜を形成した。この塗膜が設けられたアクリル板の評価結果を表1に示す。
【0073】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明のコーティング剤は、透明性を有し、耐X線劣化性の良好なX線遮蔽用塗膜を形成することができる。このX線遮蔽用塗膜は、例えば透明有機基板上に形成し、X線室内部の観察やマジックハンドによる遠隔操作のためののぞき窓用などとして好適に用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)分子中に酸素原子以外の不対電子含有元素を含む官能基を有する金属アルコキシドの加水分解・縮合物と、(B)ビスマスとを含むことを特徴とするコーティング剤。
【請求項2】
分子中に酸素原子以外の不対電子含有元素を含む官能基を有する金属アルコキシドが、一般式(I)
(m−n)M(OR) …(I)
(式中、Rは不対電子含有官能基、Rは炭素数1〜6のアルキル基、MはSi、Ti、ZrまたはAl、mはMの価数で、3または4を示し、nはSi、TiまたはZrの場合は1〜3であり、Alの場合は1または2である。)
で表される化合物である請求項1に記載のコーティング剤。
【請求項3】
金属アルコキシドがアルコキシシランである請求項1または2に記載のコーティング剤。
【請求項4】
酸素原子以外の不対電子含有元素を含む官能基が、メルカプトアルキル基および/またはアミノアルキル基である請求項1〜3のいずれか1項に記載のコーティング剤。
【請求項5】
ビスマスに対する酸素原子以外の不対電子含有元素を含む官能基の含有割合が、モル基準で0.5〜1000倍である請求項1〜4のいずれか1項に記載のコーティング剤。
【請求項6】
固形分中のビスマス濃度が、0.1〜75質量%である請求項1〜5のいずれか1項に記載のコーティング剤。
【請求項7】
ビスマスを、イオンの形態、あるいは金属粒子の形態および/または酸化ビスマス粒子の形態で含む請求項1〜6のいずれか1項に記載のコーティング剤。
【請求項8】
X線遮蔽膜形成用である請求項1〜7のいずれか1項に記載のコーティング剤。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか1項に記載のコーティング剤によって形成されたX線遮蔽用塗膜。
【請求項10】
透明有機基材上に、厚み0.01〜100μmで設けられ、かつ前記透明有機基材を含む全光線透過率が、25%以上である請求項9に記載のX線遮蔽用塗膜。
【請求項11】
分子中に酸素原子以外の不対電子含有元素を含む官能基を有する金属アルコキシドの加水分解・縮合物と、ビスマスとを含むコーティング剤を製造する方法であって、
(a)ビスマス塩と、酸素原子以外の不対電子含有元素を含む官能基を有する金属アルコキシドと、有機溶媒を含む溶液を調製する工程、および
(b)前記溶液に触媒を加え、金属アルコキシドを加水分解、縮合させる工程、
を含むことを特徴とするコーティング剤の製造方法。
【請求項12】
(a)工程と(b)工程との間、または(b)工程の後に、(c)ビスマス塩の還元剤を加える工程を設ける請求項11に記載の方法。

【公開番号】特開2007−332235(P2007−332235A)
【公開日】平成19年12月27日(2007.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−164338(P2006−164338)
【出願日】平成18年6月14日(2006.6.14)
【出願人】(000120010)宇部日東化成株式会社 (203)
【Fターム(参考)】