コーヒー抽出液の製造方法
【課題】コーヒーの風味成分を苦味成分と区別して抽出することが可能なコーヒー抽出液の製造方法を提供する。
【解決手段】下記工程イ)〜ハ)、イ)コーヒー顆粒Mを制動部材で略密封にした状態で顆粒収容部2に収容する工程、ロ)前記顆粒収容部に抽出溶媒を第1の方向より導き抽出を行う工程、およびハ)顆粒収容部に貯留されたコーヒー抽出液を前記第1の方向より回収する工程を含む方法でコーヒー抽出液を得る。
【解決手段】下記工程イ)〜ハ)、イ)コーヒー顆粒Mを制動部材で略密封にした状態で顆粒収容部2に収容する工程、ロ)前記顆粒収容部に抽出溶媒を第1の方向より導き抽出を行う工程、およびハ)顆粒収容部に貯留されたコーヒー抽出液を前記第1の方向より回収する工程を含む方法でコーヒー抽出液を得る。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コーヒーの風味成分を苦味成分と区別して抽出することが可能なコーヒー抽出液の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
焙煎したコーヒー豆を粉砕して顆粒状としたもの(以下、コーヒー顆粒という)から熱水または水で抽出して得られるコーヒー抽出液が、コーヒー飲料として飲用に供されている。コーヒー飲料には、300種類を超える風味成分と10種類程度の栄養成分が含まれることが知られ、嗜好飲料としてだけでなく栄養機能飲料としての役割も担っている。したがって、長期間に渡って通常の生活においてコーヒー飲料の摂取を続けるためには、風味の良いコーヒー抽出液を得ることが重要である。
コーヒーを抽出するときの最初の濃い数滴は、「エキスコーヒー」と呼ばれ、濃厚かつ香り高いコーヒー液で、口に含むとトロっとしており、しかも後味がよく、すっきり消えるコーヒーとして知られ、このエキスの魅力を最大限に引き出して入れたコーヒーこそ至高のコーヒーであるとの報告がある(非特許文献1参照)。
【0003】
コーヒーの抽出方法は、濾過法(ドリップ式)、浸漬法(撹拌またはボイリング式)、およびエスプレッソ法(蒸気式)に大別される。それぞれの抽出方法においても、風味の良いコーヒー抽出液を得る方法が種々提案されており、例えば、湯量を制限して一定時間放置するという浸漬法(非特許文献2参照)や、両端が解放されたガラス管にコーヒー顆粒を詰め、ガラス容器に入れた冷水を上部からゆっくりと滴下し、長時間を掛けて溶出液をガラス容器に回収する方法(ダッチコーヒー、水出しコーヒー、または点滴コーヒーと呼ばれる)がある。
また、不快成分の抽出を抑える、或いは不快成分を選択除去することにより、コーヒー抽出液の風味を改善する方法が報告されている。例えば、コーヒー顆粒を抽出器に充填し、抽出器の下方から熱水を注入し、コーヒー顆粒と熱水とを混合した後、抽出器の下方からコーヒー抽出液を流出させる方法がある。この方法では、コーヒー顆粒と抽出溶媒(熱水)とを十分に撹拌混合することにより、抽出時間の短縮化が可能となり、長時間の抽出で溶出していたコーヒー豆中のエグミや渋味などの不快成分を減少できることが記載されている(特許文献1、2参照)。不快成分を選択的除去する方法としては、例えば、吸着剤として平均再孔半径が30〜100Å付近に分布した活性炭を使用し、この吸着剤を内蔵するフィルター部を着脱自在にコーヒー抽出部の下に設けたコーヒーメーカーが報告されている。このコーヒーメーカーによると、コーヒー抽出液中の渋味の原因となるクロロゲン酸の多量体などの高分子黒褐色成分を選択的に吸着除去できることが記載されている(特許文献3)。
【0004】
さらに、抽出器に抽出溶媒を注入する際にコーヒー顆粒が運動しないよう、コーヒー顆粒を上下2枚のフィルター間に収容してコーヒー抽出器に静置し、コーヒー顆粒の上方から下方に向けて、或いはコーヒー顆粒の下方から上方に向けて熱水等の抽出溶媒を流して抽出を行う、清澄なコーヒー抽出液の製造方法についての報告もある(特許文献4、5参照)。
一方、コーヒー豆を焙煎すると、ハチの巣構造(ハニカム構造)が形成されることが知られ、ハニカム構造の隔壁は、その表面積が多孔質ゲルに匹敵する広い面積であり成分吸着能を有することが報告されている。(非特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平01−148152号公報
【特許文献2】特開2004−16586号公報
【特許文献3】特許第2578316号公報
【特許文献4】特許第3827079号公報
【特許文献5】特開2002−291412号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】広瀬幸雄、他、コーヒー学講義、人間の科学社(東京)、2003
【非特許文献2】高木 誠、コーヒー文化研究、15、113-134、2008
【非特許文献3】M.R.Jisha, et al., Mater. Chem. Phys., 115, 33-39, 2009
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、コーヒーの風味成分を苦味成分と区別して抽出することが可能なコーヒー抽出液の製造方法を提供することを目的とし、特に本発明は、コーヒーの風味成分を苦渋味成分と区別して抽出することが可能なコーヒー抽出液の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
コーヒー抽出液の好ましくない呈味として知覚される苦渋味は、苦味と舌に残る渋味に起因している。本発明者らは、苦味成分は通常のドリップ抽出で初期に溶出すること、そして舌に残る渋味成分はドリップ抽出の中期から後期にかけて溶出することを発見した。
【0009】
さらに本発明者らは、上記初期に溶出する苦味成分がコーヒー豆のハニカム構造の隔壁と親和力が強いことを発見した。そして、この親和力を利用してクロマトグラフィー式に苦味成分を除去すべく検討した結果、コーヒー顆粒を制動部材で略密封にした状態で顆粒収容部に収容し、堆積したコーヒー顆粒の層内を抽出溶媒が往復動するように通液させることによって、強過ぎる苦味成分を分離して抽出できることを見出した。そして、苦味成分をクロマトグラフィー式に分離し、抽出率を低くして舌に残る渋味成分を回収せずに分離することで、エキスコーヒーと同等以上の濃厚かつ香り高いコーヒー抽出液で、かつエキスコーヒーよりも顕著に苦渋味が抑制された、後味が極めてよいコーヒー抽出液が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち本発明は、以下に関する。
1.下記工程イ)〜ハ)、
イ)コーヒー顆粒を制動部材で略密封にした状態で顆粒収容部に収容する工程、
ロ)前記顆粒収容部に抽出溶媒を第1の方向より導き抽出を行う工程、および
ハ)顆粒収容部に貯留されたコーヒー抽出液を前記第1の方向より回収する工程
を含む、コーヒー抽出液の製造方法。
2.工程ハ)において、第1の方向と対向する第2の方向から水を導くことによりコーヒー抽出液の回収を行う、1に記載の製造方法。
3.工程ハ)において、抽出率20%以下となるように抽出液を回収する、1又は2に記載の製造方法。
4.制動部材が網目部材である、1〜3のいずれかに記載の製造方法。
5.コーヒー顆粒が、軸線に沿う方向の断面形状において略四角形状に堆積した状態で収容されている、1〜4のいずれかに記載の製造方法。
6.制動部材が、コーヒー顆粒の堆積層に対して、第1の方向と対向する面に当接又は近接する位置に配置されている、1〜5のいずれかに記載の製造方法。
7.第1の方向がコーヒー顆粒の堆積層の下方である、1〜6のいずれかに記載の製造方法。
8.工程ロ)において、コーヒー堆積層の上面と略一致する位置まで抽出溶媒を注入する、1〜7のいずれかに記載の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の製造方法によると、コーヒーの風味成分を苦味成分(特に、苦渋味成分)と区別して抽出することができ、極めて風味の良いコーヒー抽出液を簡便に得ることができる。また、風味の良いコーヒー抽出液が比較的高収率で製造できるという利点もある。
【0011】
さらに、本発明の製造方法で得られるコーヒー抽出液は、清澄性が高く優れた保存安定性を有するという特徴もある。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】図1は、本発明の製造方法における各成分の挙動の概念図を示す。
【図2】図2は、本発明の製造方法に用いることができる抽出装置の一例を示す(コーヒー抽出装置1)。
【図3】図3は、直径45mmの円形フィルター(図3A)、および制動部材11(図3B)を示す。
【図4】図4は、コーヒー顆粒Mの堆積層全体を、制動部材である不織布で覆った形態、すなわち袋状の制動部材を備えた顆粒収容部2を図示している。
【図5】図5は、制動部材11が蓋体の形態の場合の図である。
【図6】図6は、図2と同様のコーヒー抽出装置で、さらに第1の方向と対向する方向である顆粒収容部2の上端に開口部2Aが形成され、この開口部2Aに水を導く導管路5’が接続されたコーヒー抽出装置1の図示である。
【図7】図7は、試験例1で使用したコーヒー抽出装置を示す説明図である。
【図8】図8は、試験例1で使用したコーヒー抽出装置を示す説明図である。
【図9】図9は、実施例4で使用したコーヒー抽出装置を示す説明図である。
【図10】図10は、各成分の相対濃度を、その対数を画分ごとにプロットして図である。
【図11】図11は、CC法、CD法及びPD法により得られた抽出液を用いた濁度の測定結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
一般に、クロマトグラフィーとは、固定相と移動相との親和性の差を利用して物質を分離する方法であるが、本発明のコーヒー抽出液の製造方法では、焙煎コーヒー豆のハニカム構造を利用して、クロマトグラフィー式に強過ぎる苦味成分を捕捉して分離することを特徴とするものである。
【0014】
コーヒー抽出液中には、通常、香味的に好ましい成分である(1)水溶性呈味成分と(2)香気成分と、好ましくない成分(不快成分)である(3)苦渋味成分とが存在する。本発明者らの検討によると、(3)苦渋味成分のうち強過ぎる苦味として知覚される成分は、コーヒー豆の露出したハニカム構造の隔壁との親和性が、上記の成分(1)や(2)よりも極めて高いことが判明した。本発明は、露出したハニカム構造の隔壁表面にコーヒー抽出液を通過させることにより、強過ぎる苦味成分を分離して抽出することができる。
コーヒー生豆を焙煎するとギ酸塩、酢酸塩、ニコチン酸、N−メチルピリジニウム陽イオン、および構造未知の渋味成分が新たに産生する。これら焙煎中に産生する成分の多くは、焙煎によってできるコーヒー豆のハチの巣構造(ハニカム構造)の隔壁に吸着している(非特許文献1)。焙煎中に産生した成分のうち、沸点の高い非流動性成分と、沸点が低くても陽イオンと塩を形成した有機酸等は、産生した順に隔壁に層をなして蓄積するので、特に焙煎の最終段階で産生する苦味の強い成分は、最表面に吸着していると考えられる。
本発明の製造方法では、このハニカム構造の隔壁に吸着した焙煎により産生した成分を離脱させ、ハニカム構造の隔壁を露出させた後、前記離脱した成分のうちの最表面に吸着していた強過ぎる苦味成分などの呈味的に好ましくない成分(不快成分)をハニカム構造に捕捉させる(再吸着させる)ことを連続的に行うものである(図1参照)。
以下、本発明の製造方法について、その具体的実施の形態を図面に基づき説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
図2には、縦向き姿勢となるコーヒー抽出装置1が図示されている。上端の上部開口2A、下端の下部開口2B(注入口兼取出し口)が形成され、コーヒー顆粒Mを貯留する抽出部Eを備える顆粒収容部2と、前記上部開口2Aに対して着脱自在となる蓋体3と、前記顆粒収容部2の下部開口2Bに連通する導管路8と、抽出溶媒タンク4と、この抽出溶媒タンク4から前記下部開口2Bに抽出溶媒を注入する供給路5と、下部開口2Bからコーヒー抽出液を貯留タンク6に送る送液管路7とで構成されている。前記導管路8は三方弁9で、供給路5および送液管路7と接続されている。
(工程イ)
図2に示す装置を用いた場合、本発明の製造方法では、まずコーヒー顆粒を制動部材で略密封にした状態で抽出部Eに収容する。具体的には、顆粒収容部2の下部(第1の方向)に下部濾材10(第1の濾材)を設置し、この上面にコーヒー顆粒Mを収容する。そして、コーヒー顆粒Mの堆積層に対して対向する面(最上面)に当接する位置又は近接する位置に制動部材(第2の濾材)11を設置する。ここで、本明細書では、コーヒー顆粒収容部2のうち、コーヒー顆粒Mを略密封状態で収容する部分、すなわち顆粒収容部2の下端位置に備えた下部濾材10の位置と、この下部顆粒より上方位置で顆粒収容部2に内接する位置に着脱自在に備えられる制動部材11の位置との間の領域内を抽出部Eと表記する。
【0015】
コーヒー顆粒Mは、焙煎したコーヒー豆を粉砕して顆粒状としたものであればよい。コーヒー豆の栽培樹種は、特に限定されないが、例えば、アラビカ種、ロブスタ種、リベリカ種などが挙げられる。また、品種についても特に限定されず、例えば、モカ、ブラジル、コロンビア、グァテマラ、ブルーマウンテン、コナ、マンデリン、キリマンジャロなどが挙げられる。複数品種のコーヒー豆をブレンドして用いてもよい。焙煎の度合(通常、浅煎り、中煎り、深煎りの順に表現される)についても、特に限定されないが、深く焙煎したコーヒー豆を用いた場合、栄養成分の抽出効率が改善されるとともに、本発明の風味改善効果を顕著に知覚できるコーヒー抽出液を製造することができる。したがって、中煎り、深煎りは特に好ましい態様の一つである。また、焙煎されたコーヒー豆の粉砕度合(通常、粗挽き、中挽き、細挽きなどに分類される)についても特に限定されず、各種の粒度分布の粉砕豆を用いることができるが、粉砕度合が小さくし過ぎると第1の濾材で目詰まりが発生しやすくなり、抽出に時間を要して過抽出を引き起こす可能性があることから、特に中挽き及び/又は粗挽きは本発明の好ましい態様の一つである。
第1の濾材は、抽出溶媒および抽出液が通過可能でコーヒー顆粒がコーヒー抽出液に落下して混入するのを防止できるものであれば特に制限はない。具体的には、金属メッシュ、不織布(ネル布、リント布など)、紙フィルターなどの網目部材を例示できる。濾材のメッシュを小さくし過ぎると目詰まりが発生しやすく、抽出に時間を要して過抽出を引き起こす可能性があることから、メッシュサイズは金属メッシュの場合、アメリカ式メッシュ20〜200番程度のものを用いるのが好ましい。また、コーヒー抽出液に含まれる油分を吸着除去できる観点からは、不織布を用いることが好ましい。
後述する工程ロにおいて、コーヒー顆粒Mに均一に抽出溶媒が接触するよう、抽出溶媒の進行方向(図1においては下方から上方の方向)に対して、ほぼ均一の内径を有する形状の顆粒収容部2に堆積させて収容する。すなわち、コーヒー顆粒Mの堆積層の軸線に沿う方向の断面形状が略四角形状となるよう、円柱状または直方体状(立方体状を含む)に堆積させる。
通常、コーヒーの抽出においては、抽出溶媒の注入に応じてコーヒー顆粒が流動する。例えば、ドリップ式の抽出では、コーヒー顆粒が液面近くまで浮上したり、抽出溶媒の注入経路に応じて移動したりするし、浸漬法の抽出では、コーヒー顆粒が液面近くまで浮上したり、自然対流または攪拌によりコーヒー顆粒が大きく流動する。本発明では、コーヒー顆粒Mの最上面に当接する位置又は近接する位置に、制動部材11を設置することにより、コーヒー顆粒Mを略密封にホールドし、抽出時にコーヒー顆粒を運動させないようにする。コーヒー顆粒が運動しないことにより、露出したコーヒーハニカム構造の隔壁に対象となる苦味成分が再吸着することが可能となるのである。
したがって、制動部材11は、コーヒー顆粒Mを略密封にホールドしうるもので、顆粒収容部2に内接しうるものであれば、その材質や形状など特に制限されない。制動部材としては、第1の濾材と同様の網目部材(本明細書中、第2の濾材と表記することもある)を例示することができる。網目部材を用いる場合、その周辺部を弾力性のある素材(例えば、綿ネルなど)で構成し、制動部材11を顆粒収容部2の内面に圧着するようにして、制動機能を強化するのが好ましい(図3参照)。また、図4には、コーヒー顆粒Mの堆積層全体を、制動部材である不織布で覆った形態、すなわち袋状の制動部材を備えた顆粒収容部2が図示されている。この形態では、第1の濾材および第2の濾材の区別がなく、制動部材が第1の濾材としても機能する。さらに、図5に示すような制動部材11が蓋体の形態である形態も本発明に含まれるものとする。
制動部材は、コーヒー顆粒Mを略密封する状態になるよう、乾燥状態のコーヒー顆粒Mの堆積層の最上面に当接する位置または近接する位置に設置する。近接する位置とは、コーヒー顆粒Mを抽出溶媒で湿潤させた際に、コーヒー顆粒が自然に膨潤する分(空隙)だけコーヒー顆粒Mの堆積層の最上面から離間した位置をさす。具体的にはコーヒー顆粒を僅かに圧縮する位置(コーヒー顆粒の体積の約0.9倍)から、抽出溶媒に接触させた後のコーヒー顆粒の膨潤を考慮し、コーヒー顆粒の体積の約2倍(好ましくは約1.5倍)に対応する位置との間の領域内をさす。
なお、抽出溶媒の注入時に発生する泡による抽出効率の低下を防止するため、抽出部Eの形状(断面積と高さの関係)が重要となる。顆粒収容部2が図2に示すような円筒形状である場合、抽出部Eの高さが直径の1.5倍を超えると工程ハの操作を大気圧の下で行うことが難しくなる。コーヒー顆粒の粒度等の特性にもよるが、一般的には、抽出部Eの軸線の沿う方向の略四角形状の断面形状において、四角形の幅(L)と高さ(H)の比(H/L)が0.5〜5.0の範囲となるように抽出部Eにコーヒー顆粒を収容するのが好ましい。
(工程ロ)
上述した工程イに次いで、抽出部Eに抽出溶媒を第1の方向より導き抽出を行う(工程ロ)。図2に示す装置では、本発明でいう「第1の方向」が、コーヒー顆粒の堆積層の下方として図示されている。
抽出溶媒には15〜100℃の水、好ましくは50〜98℃の熱水、より好ましくは60〜95℃の熱水を用いるのが好ましい。本発明の製造方法では、工程イにおいて略密封に収容されたコーヒー顆粒Mに対して水(好ましくは熱水)を接触させることにより、焙煎コーヒー豆のハニカム構造の隔壁に吸着している成分(主に焙煎時に産生した成分)を離脱させ、ハニカム構造の隔壁表面を露出させることができ、本発明の特徴とするクロマトグラフィー式の苦味成分の分離を効率よく行うための準備が整えられる。
【0016】
抽出溶媒の量は、コーヒー顆粒Mの堆積層の略上面まで注入することが好ましい。具体的には、抽出部Eに対して、0.9〜2.0倍、好ましくは1.0〜1.5倍の高さとなるまで抽出溶媒を注入する。この量の水を注入することにより、後述する工程ハにおいて、強過ぎる苦味成分を分離した抽出液を回収することができる。この量より多い量の抽出溶媒を注入すると、渋味が過度に溶出してしまうことがある。抽出溶媒の注入量は、顆粒収容部に液位計を設けて制御してもよいし、コーヒー顆粒層の容積から計算して求めてもよい。一般に、中煎り・中挽きのコーヒー顆粒の嵩比重は0.3〜0.5であり、例えば、コーヒー顆粒10gを内径55mmのガラス管に充填した場合、抽出部の容積はほぼ25mLであり、抽出部の上面を満たすのに必要な抽出溶媒の容積は、顆粒10gあたり15mLとなる。すなわち、コーヒー顆粒の0.5〜2.0倍体積の抽出溶媒量、好ましくは1.0〜1.8倍体積の抽出溶媒量、より好ましくは1.5倍体積程度の抽出溶媒量である。
(工程ハ)
工程ロでは、コーヒー顆粒に抽出溶媒(水、好ましくは熱水)を接触させることにより、隔壁の最表面に吸着している焙煎の最終段階で産生する苦味の強い成分が最初に離脱し、この成分を高濃度で含む溶液が第1の方向と対向する方向(図2ではコーヒー顆粒Mの堆積層の上方)に一旦転送されると考えられる(図1(b)参照)。このコーヒー抽出液を、第1方向と対向する方向から第1の方向に向けて回収する(工程ハ)。コーヒー抽出液がハニカム構造の隔壁が露出したコーヒー顆粒Mの堆積層を通過することにより、強過ぎる苦味成分がハニカム構造の隔壁に再吸着し分離することができると考えられる(図1(c)(d)参照)。
コーヒー抽出液を第1の方向から回収する手段は、特に制限されない。例えば、(i)第1の方向(図2では抽出部下方)からポンプ等で吸引して回収する方法、(ii)第1の方向と対向する方向(図1では抽出部上方)から空気等を導入して圧力をかける、すなわち押圧により回収する方法、(iii)第1の方向と対向する方向(図2では抽出部上方)から水を注入し、水で押して(本明細書中、「水押し」と表記することもある)コーヒー抽出液を回収する方法等が挙げられる。圧力をかける方法((i)、(ii)の方法)では、その圧力の大きさにより、隔壁に吸着した苦味成分が脱着してしまうこともあることから、水押しによりコーヒー抽出液を回収する方法が簡便であり、好適な態様の一つである。
図6には、図2と同様のコーヒー抽出装置で、さらに第1の方向と対向する方向である顆粒収容部2の上端に開口部2Aが形成され、この開口部2Aに水を導く導管路5’が接続されたコーヒー抽出装置1が図示されている。図6に基づき、水押しによりコーヒー抽出液を回収する方法について詳述する。
【0017】
縦向きの姿勢となる筒状の顆粒収容部2の抽出部Eに、コーヒー顆粒Mの上面及び下面をフィルターで挟み略密封状にした状態でコーヒー顆粒を収容している。三方弁9を開放操作して、溶媒タンク4(例えば、熱水タンク)から開口部2Bへ抽出溶媒(水、好ましくは熱水)を注入し、コーヒー顆粒Mの堆積層の下方からコーヒー顆粒Mの堆積層の略上面まで抽出溶媒を満たす。このとき、抽出溶媒がコーヒー顆粒Mの堆積層の略上面に到達するまで、抽出液の取出しは行わず、静粛なホールド状態を維持しておく。所定の位置まで抽出溶媒が注入されたら、次に供給弁5A’を開放操作して抽出溶媒タンク4から蓋部3に設けられた開口部3Aを介して顆粒収容部2の上部開口2Aへ抽出溶媒(水、好ましくは熱水)を注入し、水押しにより、顆粒収容部2の下部開口2Bよりコーヒー抽出液を取出す。開口部2Aから注入される水は、水押しできる状態であれば、その温度等特に限定されない。本発明者らの検討によると、焙煎時に隔壁の最表面に吸着する苦味成分は水(特に熱水)に接触させることにより簡単に離脱するが、露出したハニカム構造の隔壁に再吸着させると、その親和力は強く、熱水を接触しても離脱しにくくなる性質がある。したがって、水押しした後の抽出部Eに開口部2Aから引き続き水を注入し、この水で抽出を続行すると、コーヒー顆粒Mの隔壁最表面に吸着していた強過ぎる苦味成分を分離して風味の良いコーヒー抽出液を回収することができる。このように、水押しと抽出の目的から、開口部2Aから注ぎ入れる水の温度を適宜設定すればよい。一般に、コーヒーの水溶性呈味成分や香気成分などの好ましい成分は、中温から高温の水に溶出しやすいことが知られている。したがって、本発明の第2の方向から導き入れる水の温度は、15〜100℃、好ましくは50〜98℃、より好ましくは60〜95℃程度である。
【0018】
工程ロで抽出部Eに抽出溶媒を注入すると、コーヒー顆粒内に封入されている気泡が抽出部Eに放出され、気泡となって存在する。抽出液の流速には、抽出部E内に存在する気泡が大きく影響する。したがって流速を制御しやすくするために、また抽出に要する時間がかかり過ぎることによる渋味成分の溶出(過抽出)を防止するために、工程ハの前及び/又は工程ハと同時に抽出部の気泡を除去することが好ましい。抽出部の気泡を除去する手段は特に限定されない。顆粒収容部2にコーヒー顆粒を収容する前又は収容した後に、公知の方法でガス抜きすればよく、公知のガス抜き方法としては、例えば、減圧処理、抽出部Eに振動など物理的刺激を与えてガス抜きする方法、超音波によりガス抜きする方法、ガス抜き管挿入によりガス抜き方法などが挙げられる。本発明者らは、抽出部の外側から市販のハンディーバイブレーター(スライヴ(登録商標)大東電機工業)を用いて、軽くカラムに振動を与えることで、顆粒層内の泡が上部に移動して網目部材11から気泡が排除されることを確認している。
なお、本発明の工程ハは、工程ロの後を行った後に実施してもよいし、工程ロと同時に行ってもよい。ただし、抽出溶媒(水、好ましくは熱水)が、略密封状態に堆積したコーヒー顆粒Mの層内を、往復動するようにが通過するよう、流れを制御する必要がある。したがって、図6に示すように制御装置Cを設け、抽出溶媒の流れる方向と量(流速)を制御しうる流れ制御装置を設けることが好ましい。
本発明者らの検討によると、コーヒー抽出液の好ましくない成分としては、コーヒー豆の隔壁最表面に吸着した強過ぎる苦味成分の他に、抽出の中期から後期にかけて溶出してくる舌に残る渋味成分が存在する。コーヒー抽出液の苦渋味を低減させ風味が改善されたコーヒー抽出液を得る目的からは、この抽出の中期から後期にかけて溶出する舌に残る渋味成分を回収しないように抽出を制御することも重要である。この舌に残る渋味成分を分離して抽出するために、工程ハにおけるコーヒー抽出液の抽出率が20%以下、好ましくは15%以下となるようにコーヒー抽出液を回収するのがよい。ここで、回収率とは、次式により表される数値をいう。
【0019】
コーヒー抽出率(%)={抽出液の重量(g)}×{抽出液のBrix(%)}/{コーヒー顆粒の重量(g)}
(Brixは糖度計で測定される可溶性固形分を示す。糖度計は株式会社アタゴ製 デジタル屈折計 RX-5000α等を例示できる。)
このように、本発明のコーヒー抽出液の製造方法では、略密封状態に堆積したコーヒー顆粒の層内を、往復動するように水(好ましくは、熱水)が通過する。すなわち、第1の方向からその対向方向(第2の方向)へ水(好ましくは、熱水)を通液した後、次いで第2の方向から第1の方向に向けて吐出される。抽出部より最初に吐出されるコーヒー抽出液は、コーヒー顆粒の層内をほとんど通過しておらず、したがって、最初に吐出される抽出液は非常に希薄な溶液である。この最初の溶液を廃棄した後、抽出液を回収するのが好ましいが、苦味成分や舌に残る渋味成分を含むものではないことから、その後の抽出液とともに回収しても構わない。希薄な溶液として吐出される液は、抽出率1%程度に相当する抽出ごく初期に吐出される液体である。
【実施例】
【0020】
以下、本発明を実施例に基づき詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
<試験例1>
図7は、試験例1で使用した本発明の1実施形態に係るコーヒー抽出装置1を示す説明図である。コーヒー抽出装置1は、上下に開口(2A,2B)を有する略円柱状の顆粒収容部2(上部開口2Aの内径:55mm、長さ:250mm)を備え、顆粒収容部2の下端に形成された3方コック付き抽出管(ガラス管/クロマトグラフ管)8と、抽出管8の3方コック9にチューブ5を介して接続された内径50mm、長さ100mmの熱水容器(ガラス管)4とを有している。
顆粒収容部2の底部にフィルター10を設置し、その上面にコーヒー顆粒(イタリアンタイプに焙煎したエチオピア産アラビカ種の焙煎豆を中挽きにしたもの)40gを収容し、コーヒー顆粒の堆積面の上面から僅かに離間した位置(抽出溶媒を接触させコーヒー顆粒が膨潤したときに、膨潤したコーヒー顆粒の堆積面の上面が当接する位置)にコーヒー顆粒の流動を制する制動部材11を配置した。フィルター10には、直径1mmの針金で製した直径35mmのオーリングと、中央部に厚みを設けるため適量のリント布小片を封入して、6枚重ねのリント布を重ねて縫製した、直径45mmの円形フィルター(図3A)を使用し、制動部材11には、直径1mmの針金で製した直径47mmのオーリングを8枚重ねのリング状リント布に縫製した外径58mm、内径37mmのリング部材の内径部分を綿製ガーゼ(1枚)で目張りしたもの(図3B)を使用した。
【0021】
3方コック9を閉じた状態で熱水容器4に熱水(95℃)100mLを加え、熱水容器4の下部先端を抽出部Eの上端(制動部材11の位置)に合わせ、3方コック9を開放操作して熱水を下方(第1の方向)から抽出部Eに注入した(図8A)。抽出部Eの顆粒層を上昇する熱水の表面が制動部材11に接触したところでコック9を閉じ、続いてコーヒー顆粒の体積層の上方(第2の方向)にある上部開口2Aから抽出部Eに向けて熱水(90℃)400mLを注入し(図8B)、コック9を開放操作して流出するコーヒー抽出液を100mLメスシリンダーに回収した(図8C)。抽出途中で発生する気泡で目詰まりが生じたら、制動部材18に取り付けてある位置調節用の紐1gを操作して気泡を抜きとり、流出速度を調節した。抽出液を20mLずつの画分に分取し、12画分を回収した。各画分の抽出液0.5mLずつをNMR測定管に取り、内部標準物質として0.58mmolのTSP−d4 (3-(trimethylsilyl)propionic-2,2,3,3-d4 acid sodium salt)を加えてよく撹拌し、核磁気共鳴装置(スイス国Bruker Biospin 社製、Avance 600装置)を用いて、1D- NOESY-presaturation pulse sequence techniqueで測定した。次に、NMRスペクトルの化学シフト0.00ppmに観察されるTSP−d4の標準シグナルと各成分の特定シグナルの高さを比較した。各成分の特定シグナルとは、カフェインの3.23ppmの一重線、酢酸塩の1.95ppmの一重線、ギ酸塩の8.45ppmの一重線、トリゴネリンの9.11pp mの一重線、N−メチルピリジニウム陽イオンの8.79ppmの二重線、ニコチン酸の8.95ppmの一重線、および構造未知の苦味成分の9.65ppmの一重線とした。これらのシグナル高とTSP−d4のシグナル高の比を内部標準TSP−d4に対する各成分の相対濃度とし、その対数を画分ごとにプロットして図10の結果を得た。図10から、画分1〜7、好ましくは画分2〜7、より好ましくは画分2〜5を回収することで、コーヒーの主な栄養成分が高効率で抽出できる、すなわち短時間のうちに無駄なく抽出できることが判明した。
また、本試験で得られた抽出液の画分について、専門パネラー(10名)による官能評価を行った。官能評価は、本試験と同一の焙煎豆(同一の条件で粉砕したもの)40gと熱水200mLを用 いて、従来のドリップ式(カリタ式ドリッパー、型番:102D、2〜4人用)で得た抽出液(対照)と比較とした際の風味の好ましさを、パネラーの合議により5段階により評価した。結果を表1に示す。この結果から明らかなとおり、画分2と3の40mLは非常に優れた風味をもっており、5倍に希釈しても対照のドリップ式で得た抽出液より優れた風味を有していた。また、画分1の味は悪くはないが希薄であり、飲用には適さなかった。画分4と5は画分2と3には及ばないが、対照よりは優れた風味を有していた。また、画分6と7は対照と同程度の風味を有しており、その他の画分は渋味成分を有し飲用には適さないものだった。これより、本発明の製造方法において、画分1〜7(抽出率1〜20%)、好ましくは画分2〜7(抽出率5〜20%)、より好ましくは画分2〜5(抽出率5〜15%)を回収すると風味が格段に優れたコーヒー抽出液を得ることができることが判明した。
以上の結果から、本発明のクロマトグラフィー式の分離を用いた抽出を行い、抽出後半に溶出する舌に残る渋味成分を回収しない方法により、焙煎コーヒーの良好な風味成分を苦渋味成分と分離して抽出できることが示唆された。また、コーヒーの良好な風味成分とともに、生活習慣病の発生を予防する栄養成分も高効率で抽出できることが示唆された。
【0022】
【表1】
【0023】
<試験例2>
中煎り・中挽きしたグアテマラ産アラビカ豆30gを用いてコーヒー抽出液を製造した。抽出装置には、図1にと同型で顆粒収容部2の内径が25mmのコーヒー抽出装置をもちいた(以下、CC法:Column Chromatographyという)。下部濾材10にはネル布を、制動部材(上部濾材)11には金属メッシュ80程度の周りにシリコンパッキンを装着させカラムとの密着性を高めたものを用い、それぞれコーヒー顆粒の堆積層の下面及び上面と当接する一致する位置に配置した。3方コック9を操作して下方から抽出部Eに熱水(90℃)90mLを注入し、コーヒー顆粒層を上昇する熱水の表面が上部濾材11に接触したところでコック9を閉じた。続いて、上部開口2Aから抽出部Eに向けて熱水(90℃)1200mLを加え、抽出率10%、15%、20%、25%となるように抽出液を回収し、その風味を評価した。比較として、同量かつ同一の焙煎豆(同一の条件で粉砕したもの)を図1に示すコーヒー抽出装置を用い、一方向通行で抽出を行う方法でコーヒー抽出液を得た(CD法:Column Drip)。また、抽出装置を従来のドリップ式(カリタ式ドリッパー、型番:102D、2〜4人用)で、同量かつ同一の焙煎豆(同一の条件で粉砕したもの)と同様の熱水を用いて、コーヒー抽出液を得た(PD法:Paper Drip)。
表2に、官能評価結果を示す。従来のCD法、PD法の抽出では、抽出初期から渋味や苦味を感じるのに対し、本発明のCC法によると抽出初期の渋味や苦味を分離して抽出することができ、かつ香り高く甘みのあるコーヒー抽出液が得られた。一方、抽出の中期から後期、すなわち抽出率25%程度の時点から溶出する舌に残る渋味は、いずれの方法を用いても分離できないことが判明した。この舌に残る渋味を除去するためには、抽出率を低く抑えることが有効であることがわかる。
【0024】
【表2】
【0025】
<試験例3>
試験例2で製造されたCD法によるコーヒー抽出液を、分画分子量約100,000の限外ろ過膜(ザルトリウス社ビバスピン20 分画分子量100,000)処理して通過液を回収し、試験例2のCC法により得られたコーヒー抽出液と風味を比較した。結果を表3に示す。従来のCD法で得られたコーヒー抽出液に限外ろ過膜処理を施すと、抽出初期に知覚された苦味や渋味が除去されていた。これより、本発明のCC法によると、分子量が約100,000以上となる高分子の苦味や渋味成分を効率よく除去できていることが示唆された。なお、表3から明らかなように、本発明のCC法では、甘味の点で限外ろ過膜処理したCD法よりも優れていた。
【0026】
【表3】
【0027】
<試験例4>
試験例2と同様に、コーヒー顆粒を略密封に顆粒収容部2に収容した後、抽出部Eの下方からコーヒー顆粒が完全に浸るまで、熱湯又は水を注入した。続いて、上部開口2Aから熱湯又は水を注ぎ、コーヒー抽出液を得た(抽出率14.1%)(CC法)。また、比較として、同一の焙煎コーヒー豆(同条件で粉砕したもの)を市販のコーヒードリッパー(カリタ社製)に詰め、上部から熱湯又は水を注いでコーヒー抽出液を得た(抽出率13.7%)(PD法)。これらのコーヒー抽出液について、専門パネラー6名で官能評価を実施した。評価は、苦味、香り、呈味の項目について5点法(苦味:点数が高いほど苦味が少ない、香り:点数が高いほど香りが多い、呈味:点数が高いほど、呈味(良好)が強い)で行った。
結果を表4に示す。本発明のCC法では苦味がほぼ除去され好ましい呈味を有していた。特に、工程ロ及び工程ハにおける水の温度が熱水(約90℃)であると、従来のウォータードリップ(PD法で約20℃で抽出したもの)よりも格段に香りの優れたコーヒー抽出液が製造できることがわかった。また、CC法により第1の抽出(工程ロ)及び第2の抽出(工程ハ)を20℃で行った場合、PD法で20℃で抽出したものよりも高容量を短時間で製造することができ、本発明のCC法が高収率の製造方法であることがわかった。
【0028】
【表4】
【0029】
<試験例5>
市販のコーヒー豆を粗挽き粉砕し、15gを軽量してCC法、CD法、PD法による抽出に用いた。CC法では、試験例2で用いたのと同じ装置(下部及び上部濾材も同じものを使用)を用い、抽出部Eの下部からコーヒー顆粒が完全に浸るまで、熱湯(約90℃)を注入した後、上部開口2Aから熱湯(約90℃)を注ぎ、抽出液を回収した。CD法では、CC法と同様の装置にコーヒー顆粒を収容し、上部開口2Aから熱湯(約90℃)を注ぎ、下部開口2Bより抽出液を回収した。PD法では、従来のドリップ式抽出器(カリタ式ドリッパー、型番:102D、2〜4人用)を用い、コーヒー顆粒を市販のコーヒーフィルター(カリタ製)に詰め、上部から熱湯を注いで抽出液を回収した。表5に、回収した抽出液の量(採液量:g)、Brix(%)、抽出率(%)を示す(ここで、Brixは、株式会社アタゴ製 デジタル屈折計 RX-5000αで測定した値である)。
【0030】
【表5】
【0031】
CC法、CD法及びPD法により得られた抽出液を、それぞれBrix2.0%となるように水を加えて調整し、ろ紙(2号)でろ過した後、HACH社NTU濁度計(2100AN TURBIDIMETER)にてNTU濁度を測定した。結果を図11に示す。図より明らかなように、本発明による抽出液の濁度が最も低く、清澄性が高いことが判明した。これより、本発明のコーヒー抽出液は、保存安定性が高いことも示唆された。
【0032】
<実施例1>
試験例1と同様のコーヒー抽出装置1を使用した。フレンチタイプに焙煎したインドネシア産ロブスタ種の焙煎豆30gを中挽きにして顆粒収容部2に収容し、3方コック9を閉じた状態で、熱水容器4に熱水(95℃)100mLを注入し、熱水容器4の下部先端を抽出部E上端(制動部材11の位置)に合わせ、3方コック9を開放操作して、下部開口2Bより熱水を抽出部Eに注入した。抽出部Eの顆粒層を上昇する熱水の表面が制動部材11を通過し、さらに制動部材11の上部10mmに達したら、コック9を閉じた。続いて、顆粒収容部の上部開口2Aから熱水350mLを注入し、コック9を開いて無色および薄黄色の流出液(抽出率1%程度)を廃棄し、流出液が褐色を呈し始めたら風味を確認しながら回収を開始し、濃褐色となった後に再度薄くなってきたら、同じく風味を確認しながら、「非常に優れている」が流出し終わるまで回収を続け、次に回収容器を変えて回収を続け、「優れている」が流出し終わった時点で終了とした。回収した抽出液の量は、「非常に優れている」が60mL(本発明品1)、「優れている」が40mL(本発明品2)であった。
【0033】
比較として、本実施例と同一の焙煎豆(同一の条件で粉砕したもの)を、熱水(95℃)350mLを使ってドリップ式(カリタ式ドリッパー、型番:102D、2〜4人用)で抽出率15%程度となるように抽出を行った(比較例1)。6名の専門パネラーで、本発明品1、本発明品2および本発明品1と本発明品2の全量を混合したもの(本発明品3)について、比較例1と風味を比較した。パネラーの全員が、本発明品1〜3のいずれもが比較例1と比べて格段に風味がよいと判断した。本発明品1〜3は、濃厚かつ香り高いコーヒー液で強過ぎる苦味がなく、後味のすっきり感が極めて高く後味に舌に残る渋味がない、優れた風味を有するコーヒーであった。
<実施例2>
市販価格が最も安価であったインドネシア産アラビカ種の豆をイタリアンタイプに焙煎し、中挽きにした顆粒30gずつを用い、抽出部Eの下方から注入する抽出溶媒量を変える以外は、実施例1と同様にしてコーヒー抽出液を製造した。抽出溶媒量は、抽出部Eの顆粒層を上昇する熱水の表面が制動部材11に接触する時点までと、抽出部Eの顆粒層を上昇する熱水の表面が制動部材11を通過し、さらに制動部材11の上部10mmに達するまでの2通りで行った。専門パネラー6名で回収液の風味を評価したところ、いずれも顕著に苦渋味が抑制された、美味なコーヒー抽出液であった。
【0034】
<実施例3>
アイスコーヒー用として最も深く焙煎したと表示して市販されているブレンドコーヒー豆30gを中挽きにし、実施例1と同様の手法にて抽出し、60mLの「非常に優れている」コーヒー抽出液と、40mLの「優れている」コーヒー抽出液を得た。「非常に優れている」コーヒー抽出液60mLを300mLに冷水で希釈して冷蔵庫(5℃)で冷却した(本発明品4)。
比較として、ボダム社製フレンチプレス(500mL型)に本実施例と同一のコーヒー顆粒30gを入れ、95℃の熱水を注ぎ、4分経過後に抽出液を分離して、コーヒー抽出液300mLを製造し、冷蔵庫(5℃)で冷却した(比較例2)。本発明品4と比較例2について、専門パネラー6名で風味を評価した。本発明品4のアイスコーヒーは、ブラックで飲用しても適度な苦味で濃厚な香りを有する美味なコーヒーであるのに対し、比較例2は、苦味が強く直接飲用に適するものではないと感じられるものであった。
【0035】
<実施例4>
抽出装置として、図9に示す上下に開口(2A,2B)を有する略円柱状のガラス管(内径:50mm、長さ:150mm)を顆粒収容部2とするコーヒー抽出装置を用いた。顆粒収容部2の下部開口2Bは、2方コック付抽出管(ガラス管/クロマトグラフ管)9’を備える。実施例1と同じ下部濾材10を設置し、イタリアンタイプに焙煎したエチオピア産アラビカ種の焙煎豆30gを中挽きにしたコーヒー顆粒を下部濾材の上面に収容し、その上部には、直径1mmの針金で製した直径40mmのオーリングを、4枚重ねのリント布で縫製した、外径54mmの制動部材11を装着した。顆粒収容部2の上部にジョイント12を介して安全ピペッター13を装着した。顆粒収容部2の下部の回収ロ8に50mLの熱水(95℃)を入れたビーカーを置き、回収ロ8を熱水中に挿入し、2方コック9’と安全ピペッター13を操作して、抽出部Eの上端まで熱水を吸い上げた。次に、2方コック9’を閉じ、安全ピペッター13を取り外して、顆粒収容部2の上部開口2Aから抽出部Eに100mLの熱水(約90℃)を注入し、再度安全ピペッター13を装着し、顆粒収容部2に空気圧を加えてから2方コック9’を開き、最初に流出した10mLを捨て、次の流出液60mLを回収した。この回収液の風味を確認したところ、「非常に優れている」に属していた。
【技術分野】
【0001】
本発明は、コーヒーの風味成分を苦味成分と区別して抽出することが可能なコーヒー抽出液の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
焙煎したコーヒー豆を粉砕して顆粒状としたもの(以下、コーヒー顆粒という)から熱水または水で抽出して得られるコーヒー抽出液が、コーヒー飲料として飲用に供されている。コーヒー飲料には、300種類を超える風味成分と10種類程度の栄養成分が含まれることが知られ、嗜好飲料としてだけでなく栄養機能飲料としての役割も担っている。したがって、長期間に渡って通常の生活においてコーヒー飲料の摂取を続けるためには、風味の良いコーヒー抽出液を得ることが重要である。
コーヒーを抽出するときの最初の濃い数滴は、「エキスコーヒー」と呼ばれ、濃厚かつ香り高いコーヒー液で、口に含むとトロっとしており、しかも後味がよく、すっきり消えるコーヒーとして知られ、このエキスの魅力を最大限に引き出して入れたコーヒーこそ至高のコーヒーであるとの報告がある(非特許文献1参照)。
【0003】
コーヒーの抽出方法は、濾過法(ドリップ式)、浸漬法(撹拌またはボイリング式)、およびエスプレッソ法(蒸気式)に大別される。それぞれの抽出方法においても、風味の良いコーヒー抽出液を得る方法が種々提案されており、例えば、湯量を制限して一定時間放置するという浸漬法(非特許文献2参照)や、両端が解放されたガラス管にコーヒー顆粒を詰め、ガラス容器に入れた冷水を上部からゆっくりと滴下し、長時間を掛けて溶出液をガラス容器に回収する方法(ダッチコーヒー、水出しコーヒー、または点滴コーヒーと呼ばれる)がある。
また、不快成分の抽出を抑える、或いは不快成分を選択除去することにより、コーヒー抽出液の風味を改善する方法が報告されている。例えば、コーヒー顆粒を抽出器に充填し、抽出器の下方から熱水を注入し、コーヒー顆粒と熱水とを混合した後、抽出器の下方からコーヒー抽出液を流出させる方法がある。この方法では、コーヒー顆粒と抽出溶媒(熱水)とを十分に撹拌混合することにより、抽出時間の短縮化が可能となり、長時間の抽出で溶出していたコーヒー豆中のエグミや渋味などの不快成分を減少できることが記載されている(特許文献1、2参照)。不快成分を選択的除去する方法としては、例えば、吸着剤として平均再孔半径が30〜100Å付近に分布した活性炭を使用し、この吸着剤を内蔵するフィルター部を着脱自在にコーヒー抽出部の下に設けたコーヒーメーカーが報告されている。このコーヒーメーカーによると、コーヒー抽出液中の渋味の原因となるクロロゲン酸の多量体などの高分子黒褐色成分を選択的に吸着除去できることが記載されている(特許文献3)。
【0004】
さらに、抽出器に抽出溶媒を注入する際にコーヒー顆粒が運動しないよう、コーヒー顆粒を上下2枚のフィルター間に収容してコーヒー抽出器に静置し、コーヒー顆粒の上方から下方に向けて、或いはコーヒー顆粒の下方から上方に向けて熱水等の抽出溶媒を流して抽出を行う、清澄なコーヒー抽出液の製造方法についての報告もある(特許文献4、5参照)。
一方、コーヒー豆を焙煎すると、ハチの巣構造(ハニカム構造)が形成されることが知られ、ハニカム構造の隔壁は、その表面積が多孔質ゲルに匹敵する広い面積であり成分吸着能を有することが報告されている。(非特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平01−148152号公報
【特許文献2】特開2004−16586号公報
【特許文献3】特許第2578316号公報
【特許文献4】特許第3827079号公報
【特許文献5】特開2002−291412号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】広瀬幸雄、他、コーヒー学講義、人間の科学社(東京)、2003
【非特許文献2】高木 誠、コーヒー文化研究、15、113-134、2008
【非特許文献3】M.R.Jisha, et al., Mater. Chem. Phys., 115, 33-39, 2009
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、コーヒーの風味成分を苦味成分と区別して抽出することが可能なコーヒー抽出液の製造方法を提供することを目的とし、特に本発明は、コーヒーの風味成分を苦渋味成分と区別して抽出することが可能なコーヒー抽出液の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
コーヒー抽出液の好ましくない呈味として知覚される苦渋味は、苦味と舌に残る渋味に起因している。本発明者らは、苦味成分は通常のドリップ抽出で初期に溶出すること、そして舌に残る渋味成分はドリップ抽出の中期から後期にかけて溶出することを発見した。
【0009】
さらに本発明者らは、上記初期に溶出する苦味成分がコーヒー豆のハニカム構造の隔壁と親和力が強いことを発見した。そして、この親和力を利用してクロマトグラフィー式に苦味成分を除去すべく検討した結果、コーヒー顆粒を制動部材で略密封にした状態で顆粒収容部に収容し、堆積したコーヒー顆粒の層内を抽出溶媒が往復動するように通液させることによって、強過ぎる苦味成分を分離して抽出できることを見出した。そして、苦味成分をクロマトグラフィー式に分離し、抽出率を低くして舌に残る渋味成分を回収せずに分離することで、エキスコーヒーと同等以上の濃厚かつ香り高いコーヒー抽出液で、かつエキスコーヒーよりも顕著に苦渋味が抑制された、後味が極めてよいコーヒー抽出液が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち本発明は、以下に関する。
1.下記工程イ)〜ハ)、
イ)コーヒー顆粒を制動部材で略密封にした状態で顆粒収容部に収容する工程、
ロ)前記顆粒収容部に抽出溶媒を第1の方向より導き抽出を行う工程、および
ハ)顆粒収容部に貯留されたコーヒー抽出液を前記第1の方向より回収する工程
を含む、コーヒー抽出液の製造方法。
2.工程ハ)において、第1の方向と対向する第2の方向から水を導くことによりコーヒー抽出液の回収を行う、1に記載の製造方法。
3.工程ハ)において、抽出率20%以下となるように抽出液を回収する、1又は2に記載の製造方法。
4.制動部材が網目部材である、1〜3のいずれかに記載の製造方法。
5.コーヒー顆粒が、軸線に沿う方向の断面形状において略四角形状に堆積した状態で収容されている、1〜4のいずれかに記載の製造方法。
6.制動部材が、コーヒー顆粒の堆積層に対して、第1の方向と対向する面に当接又は近接する位置に配置されている、1〜5のいずれかに記載の製造方法。
7.第1の方向がコーヒー顆粒の堆積層の下方である、1〜6のいずれかに記載の製造方法。
8.工程ロ)において、コーヒー堆積層の上面と略一致する位置まで抽出溶媒を注入する、1〜7のいずれかに記載の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の製造方法によると、コーヒーの風味成分を苦味成分(特に、苦渋味成分)と区別して抽出することができ、極めて風味の良いコーヒー抽出液を簡便に得ることができる。また、風味の良いコーヒー抽出液が比較的高収率で製造できるという利点もある。
【0011】
さらに、本発明の製造方法で得られるコーヒー抽出液は、清澄性が高く優れた保存安定性を有するという特徴もある。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】図1は、本発明の製造方法における各成分の挙動の概念図を示す。
【図2】図2は、本発明の製造方法に用いることができる抽出装置の一例を示す(コーヒー抽出装置1)。
【図3】図3は、直径45mmの円形フィルター(図3A)、および制動部材11(図3B)を示す。
【図4】図4は、コーヒー顆粒Mの堆積層全体を、制動部材である不織布で覆った形態、すなわち袋状の制動部材を備えた顆粒収容部2を図示している。
【図5】図5は、制動部材11が蓋体の形態の場合の図である。
【図6】図6は、図2と同様のコーヒー抽出装置で、さらに第1の方向と対向する方向である顆粒収容部2の上端に開口部2Aが形成され、この開口部2Aに水を導く導管路5’が接続されたコーヒー抽出装置1の図示である。
【図7】図7は、試験例1で使用したコーヒー抽出装置を示す説明図である。
【図8】図8は、試験例1で使用したコーヒー抽出装置を示す説明図である。
【図9】図9は、実施例4で使用したコーヒー抽出装置を示す説明図である。
【図10】図10は、各成分の相対濃度を、その対数を画分ごとにプロットして図である。
【図11】図11は、CC法、CD法及びPD法により得られた抽出液を用いた濁度の測定結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
一般に、クロマトグラフィーとは、固定相と移動相との親和性の差を利用して物質を分離する方法であるが、本発明のコーヒー抽出液の製造方法では、焙煎コーヒー豆のハニカム構造を利用して、クロマトグラフィー式に強過ぎる苦味成分を捕捉して分離することを特徴とするものである。
【0014】
コーヒー抽出液中には、通常、香味的に好ましい成分である(1)水溶性呈味成分と(2)香気成分と、好ましくない成分(不快成分)である(3)苦渋味成分とが存在する。本発明者らの検討によると、(3)苦渋味成分のうち強過ぎる苦味として知覚される成分は、コーヒー豆の露出したハニカム構造の隔壁との親和性が、上記の成分(1)や(2)よりも極めて高いことが判明した。本発明は、露出したハニカム構造の隔壁表面にコーヒー抽出液を通過させることにより、強過ぎる苦味成分を分離して抽出することができる。
コーヒー生豆を焙煎するとギ酸塩、酢酸塩、ニコチン酸、N−メチルピリジニウム陽イオン、および構造未知の渋味成分が新たに産生する。これら焙煎中に産生する成分の多くは、焙煎によってできるコーヒー豆のハチの巣構造(ハニカム構造)の隔壁に吸着している(非特許文献1)。焙煎中に産生した成分のうち、沸点の高い非流動性成分と、沸点が低くても陽イオンと塩を形成した有機酸等は、産生した順に隔壁に層をなして蓄積するので、特に焙煎の最終段階で産生する苦味の強い成分は、最表面に吸着していると考えられる。
本発明の製造方法では、このハニカム構造の隔壁に吸着した焙煎により産生した成分を離脱させ、ハニカム構造の隔壁を露出させた後、前記離脱した成分のうちの最表面に吸着していた強過ぎる苦味成分などの呈味的に好ましくない成分(不快成分)をハニカム構造に捕捉させる(再吸着させる)ことを連続的に行うものである(図1参照)。
以下、本発明の製造方法について、その具体的実施の形態を図面に基づき説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
図2には、縦向き姿勢となるコーヒー抽出装置1が図示されている。上端の上部開口2A、下端の下部開口2B(注入口兼取出し口)が形成され、コーヒー顆粒Mを貯留する抽出部Eを備える顆粒収容部2と、前記上部開口2Aに対して着脱自在となる蓋体3と、前記顆粒収容部2の下部開口2Bに連通する導管路8と、抽出溶媒タンク4と、この抽出溶媒タンク4から前記下部開口2Bに抽出溶媒を注入する供給路5と、下部開口2Bからコーヒー抽出液を貯留タンク6に送る送液管路7とで構成されている。前記導管路8は三方弁9で、供給路5および送液管路7と接続されている。
(工程イ)
図2に示す装置を用いた場合、本発明の製造方法では、まずコーヒー顆粒を制動部材で略密封にした状態で抽出部Eに収容する。具体的には、顆粒収容部2の下部(第1の方向)に下部濾材10(第1の濾材)を設置し、この上面にコーヒー顆粒Mを収容する。そして、コーヒー顆粒Mの堆積層に対して対向する面(最上面)に当接する位置又は近接する位置に制動部材(第2の濾材)11を設置する。ここで、本明細書では、コーヒー顆粒収容部2のうち、コーヒー顆粒Mを略密封状態で収容する部分、すなわち顆粒収容部2の下端位置に備えた下部濾材10の位置と、この下部顆粒より上方位置で顆粒収容部2に内接する位置に着脱自在に備えられる制動部材11の位置との間の領域内を抽出部Eと表記する。
【0015】
コーヒー顆粒Mは、焙煎したコーヒー豆を粉砕して顆粒状としたものであればよい。コーヒー豆の栽培樹種は、特に限定されないが、例えば、アラビカ種、ロブスタ種、リベリカ種などが挙げられる。また、品種についても特に限定されず、例えば、モカ、ブラジル、コロンビア、グァテマラ、ブルーマウンテン、コナ、マンデリン、キリマンジャロなどが挙げられる。複数品種のコーヒー豆をブレンドして用いてもよい。焙煎の度合(通常、浅煎り、中煎り、深煎りの順に表現される)についても、特に限定されないが、深く焙煎したコーヒー豆を用いた場合、栄養成分の抽出効率が改善されるとともに、本発明の風味改善効果を顕著に知覚できるコーヒー抽出液を製造することができる。したがって、中煎り、深煎りは特に好ましい態様の一つである。また、焙煎されたコーヒー豆の粉砕度合(通常、粗挽き、中挽き、細挽きなどに分類される)についても特に限定されず、各種の粒度分布の粉砕豆を用いることができるが、粉砕度合が小さくし過ぎると第1の濾材で目詰まりが発生しやすくなり、抽出に時間を要して過抽出を引き起こす可能性があることから、特に中挽き及び/又は粗挽きは本発明の好ましい態様の一つである。
第1の濾材は、抽出溶媒および抽出液が通過可能でコーヒー顆粒がコーヒー抽出液に落下して混入するのを防止できるものであれば特に制限はない。具体的には、金属メッシュ、不織布(ネル布、リント布など)、紙フィルターなどの網目部材を例示できる。濾材のメッシュを小さくし過ぎると目詰まりが発生しやすく、抽出に時間を要して過抽出を引き起こす可能性があることから、メッシュサイズは金属メッシュの場合、アメリカ式メッシュ20〜200番程度のものを用いるのが好ましい。また、コーヒー抽出液に含まれる油分を吸着除去できる観点からは、不織布を用いることが好ましい。
後述する工程ロにおいて、コーヒー顆粒Mに均一に抽出溶媒が接触するよう、抽出溶媒の進行方向(図1においては下方から上方の方向)に対して、ほぼ均一の内径を有する形状の顆粒収容部2に堆積させて収容する。すなわち、コーヒー顆粒Mの堆積層の軸線に沿う方向の断面形状が略四角形状となるよう、円柱状または直方体状(立方体状を含む)に堆積させる。
通常、コーヒーの抽出においては、抽出溶媒の注入に応じてコーヒー顆粒が流動する。例えば、ドリップ式の抽出では、コーヒー顆粒が液面近くまで浮上したり、抽出溶媒の注入経路に応じて移動したりするし、浸漬法の抽出では、コーヒー顆粒が液面近くまで浮上したり、自然対流または攪拌によりコーヒー顆粒が大きく流動する。本発明では、コーヒー顆粒Mの最上面に当接する位置又は近接する位置に、制動部材11を設置することにより、コーヒー顆粒Mを略密封にホールドし、抽出時にコーヒー顆粒を運動させないようにする。コーヒー顆粒が運動しないことにより、露出したコーヒーハニカム構造の隔壁に対象となる苦味成分が再吸着することが可能となるのである。
したがって、制動部材11は、コーヒー顆粒Mを略密封にホールドしうるもので、顆粒収容部2に内接しうるものであれば、その材質や形状など特に制限されない。制動部材としては、第1の濾材と同様の網目部材(本明細書中、第2の濾材と表記することもある)を例示することができる。網目部材を用いる場合、その周辺部を弾力性のある素材(例えば、綿ネルなど)で構成し、制動部材11を顆粒収容部2の内面に圧着するようにして、制動機能を強化するのが好ましい(図3参照)。また、図4には、コーヒー顆粒Mの堆積層全体を、制動部材である不織布で覆った形態、すなわち袋状の制動部材を備えた顆粒収容部2が図示されている。この形態では、第1の濾材および第2の濾材の区別がなく、制動部材が第1の濾材としても機能する。さらに、図5に示すような制動部材11が蓋体の形態である形態も本発明に含まれるものとする。
制動部材は、コーヒー顆粒Mを略密封する状態になるよう、乾燥状態のコーヒー顆粒Mの堆積層の最上面に当接する位置または近接する位置に設置する。近接する位置とは、コーヒー顆粒Mを抽出溶媒で湿潤させた際に、コーヒー顆粒が自然に膨潤する分(空隙)だけコーヒー顆粒Mの堆積層の最上面から離間した位置をさす。具体的にはコーヒー顆粒を僅かに圧縮する位置(コーヒー顆粒の体積の約0.9倍)から、抽出溶媒に接触させた後のコーヒー顆粒の膨潤を考慮し、コーヒー顆粒の体積の約2倍(好ましくは約1.5倍)に対応する位置との間の領域内をさす。
なお、抽出溶媒の注入時に発生する泡による抽出効率の低下を防止するため、抽出部Eの形状(断面積と高さの関係)が重要となる。顆粒収容部2が図2に示すような円筒形状である場合、抽出部Eの高さが直径の1.5倍を超えると工程ハの操作を大気圧の下で行うことが難しくなる。コーヒー顆粒の粒度等の特性にもよるが、一般的には、抽出部Eの軸線の沿う方向の略四角形状の断面形状において、四角形の幅(L)と高さ(H)の比(H/L)が0.5〜5.0の範囲となるように抽出部Eにコーヒー顆粒を収容するのが好ましい。
(工程ロ)
上述した工程イに次いで、抽出部Eに抽出溶媒を第1の方向より導き抽出を行う(工程ロ)。図2に示す装置では、本発明でいう「第1の方向」が、コーヒー顆粒の堆積層の下方として図示されている。
抽出溶媒には15〜100℃の水、好ましくは50〜98℃の熱水、より好ましくは60〜95℃の熱水を用いるのが好ましい。本発明の製造方法では、工程イにおいて略密封に収容されたコーヒー顆粒Mに対して水(好ましくは熱水)を接触させることにより、焙煎コーヒー豆のハニカム構造の隔壁に吸着している成分(主に焙煎時に産生した成分)を離脱させ、ハニカム構造の隔壁表面を露出させることができ、本発明の特徴とするクロマトグラフィー式の苦味成分の分離を効率よく行うための準備が整えられる。
【0016】
抽出溶媒の量は、コーヒー顆粒Mの堆積層の略上面まで注入することが好ましい。具体的には、抽出部Eに対して、0.9〜2.0倍、好ましくは1.0〜1.5倍の高さとなるまで抽出溶媒を注入する。この量の水を注入することにより、後述する工程ハにおいて、強過ぎる苦味成分を分離した抽出液を回収することができる。この量より多い量の抽出溶媒を注入すると、渋味が過度に溶出してしまうことがある。抽出溶媒の注入量は、顆粒収容部に液位計を設けて制御してもよいし、コーヒー顆粒層の容積から計算して求めてもよい。一般に、中煎り・中挽きのコーヒー顆粒の嵩比重は0.3〜0.5であり、例えば、コーヒー顆粒10gを内径55mmのガラス管に充填した場合、抽出部の容積はほぼ25mLであり、抽出部の上面を満たすのに必要な抽出溶媒の容積は、顆粒10gあたり15mLとなる。すなわち、コーヒー顆粒の0.5〜2.0倍体積の抽出溶媒量、好ましくは1.0〜1.8倍体積の抽出溶媒量、より好ましくは1.5倍体積程度の抽出溶媒量である。
(工程ハ)
工程ロでは、コーヒー顆粒に抽出溶媒(水、好ましくは熱水)を接触させることにより、隔壁の最表面に吸着している焙煎の最終段階で産生する苦味の強い成分が最初に離脱し、この成分を高濃度で含む溶液が第1の方向と対向する方向(図2ではコーヒー顆粒Mの堆積層の上方)に一旦転送されると考えられる(図1(b)参照)。このコーヒー抽出液を、第1方向と対向する方向から第1の方向に向けて回収する(工程ハ)。コーヒー抽出液がハニカム構造の隔壁が露出したコーヒー顆粒Mの堆積層を通過することにより、強過ぎる苦味成分がハニカム構造の隔壁に再吸着し分離することができると考えられる(図1(c)(d)参照)。
コーヒー抽出液を第1の方向から回収する手段は、特に制限されない。例えば、(i)第1の方向(図2では抽出部下方)からポンプ等で吸引して回収する方法、(ii)第1の方向と対向する方向(図1では抽出部上方)から空気等を導入して圧力をかける、すなわち押圧により回収する方法、(iii)第1の方向と対向する方向(図2では抽出部上方)から水を注入し、水で押して(本明細書中、「水押し」と表記することもある)コーヒー抽出液を回収する方法等が挙げられる。圧力をかける方法((i)、(ii)の方法)では、その圧力の大きさにより、隔壁に吸着した苦味成分が脱着してしまうこともあることから、水押しによりコーヒー抽出液を回収する方法が簡便であり、好適な態様の一つである。
図6には、図2と同様のコーヒー抽出装置で、さらに第1の方向と対向する方向である顆粒収容部2の上端に開口部2Aが形成され、この開口部2Aに水を導く導管路5’が接続されたコーヒー抽出装置1が図示されている。図6に基づき、水押しによりコーヒー抽出液を回収する方法について詳述する。
【0017】
縦向きの姿勢となる筒状の顆粒収容部2の抽出部Eに、コーヒー顆粒Mの上面及び下面をフィルターで挟み略密封状にした状態でコーヒー顆粒を収容している。三方弁9を開放操作して、溶媒タンク4(例えば、熱水タンク)から開口部2Bへ抽出溶媒(水、好ましくは熱水)を注入し、コーヒー顆粒Mの堆積層の下方からコーヒー顆粒Mの堆積層の略上面まで抽出溶媒を満たす。このとき、抽出溶媒がコーヒー顆粒Mの堆積層の略上面に到達するまで、抽出液の取出しは行わず、静粛なホールド状態を維持しておく。所定の位置まで抽出溶媒が注入されたら、次に供給弁5A’を開放操作して抽出溶媒タンク4から蓋部3に設けられた開口部3Aを介して顆粒収容部2の上部開口2Aへ抽出溶媒(水、好ましくは熱水)を注入し、水押しにより、顆粒収容部2の下部開口2Bよりコーヒー抽出液を取出す。開口部2Aから注入される水は、水押しできる状態であれば、その温度等特に限定されない。本発明者らの検討によると、焙煎時に隔壁の最表面に吸着する苦味成分は水(特に熱水)に接触させることにより簡単に離脱するが、露出したハニカム構造の隔壁に再吸着させると、その親和力は強く、熱水を接触しても離脱しにくくなる性質がある。したがって、水押しした後の抽出部Eに開口部2Aから引き続き水を注入し、この水で抽出を続行すると、コーヒー顆粒Mの隔壁最表面に吸着していた強過ぎる苦味成分を分離して風味の良いコーヒー抽出液を回収することができる。このように、水押しと抽出の目的から、開口部2Aから注ぎ入れる水の温度を適宜設定すればよい。一般に、コーヒーの水溶性呈味成分や香気成分などの好ましい成分は、中温から高温の水に溶出しやすいことが知られている。したがって、本発明の第2の方向から導き入れる水の温度は、15〜100℃、好ましくは50〜98℃、より好ましくは60〜95℃程度である。
【0018】
工程ロで抽出部Eに抽出溶媒を注入すると、コーヒー顆粒内に封入されている気泡が抽出部Eに放出され、気泡となって存在する。抽出液の流速には、抽出部E内に存在する気泡が大きく影響する。したがって流速を制御しやすくするために、また抽出に要する時間がかかり過ぎることによる渋味成分の溶出(過抽出)を防止するために、工程ハの前及び/又は工程ハと同時に抽出部の気泡を除去することが好ましい。抽出部の気泡を除去する手段は特に限定されない。顆粒収容部2にコーヒー顆粒を収容する前又は収容した後に、公知の方法でガス抜きすればよく、公知のガス抜き方法としては、例えば、減圧処理、抽出部Eに振動など物理的刺激を与えてガス抜きする方法、超音波によりガス抜きする方法、ガス抜き管挿入によりガス抜き方法などが挙げられる。本発明者らは、抽出部の外側から市販のハンディーバイブレーター(スライヴ(登録商標)大東電機工業)を用いて、軽くカラムに振動を与えることで、顆粒層内の泡が上部に移動して網目部材11から気泡が排除されることを確認している。
なお、本発明の工程ハは、工程ロの後を行った後に実施してもよいし、工程ロと同時に行ってもよい。ただし、抽出溶媒(水、好ましくは熱水)が、略密封状態に堆積したコーヒー顆粒Mの層内を、往復動するようにが通過するよう、流れを制御する必要がある。したがって、図6に示すように制御装置Cを設け、抽出溶媒の流れる方向と量(流速)を制御しうる流れ制御装置を設けることが好ましい。
本発明者らの検討によると、コーヒー抽出液の好ましくない成分としては、コーヒー豆の隔壁最表面に吸着した強過ぎる苦味成分の他に、抽出の中期から後期にかけて溶出してくる舌に残る渋味成分が存在する。コーヒー抽出液の苦渋味を低減させ風味が改善されたコーヒー抽出液を得る目的からは、この抽出の中期から後期にかけて溶出する舌に残る渋味成分を回収しないように抽出を制御することも重要である。この舌に残る渋味成分を分離して抽出するために、工程ハにおけるコーヒー抽出液の抽出率が20%以下、好ましくは15%以下となるようにコーヒー抽出液を回収するのがよい。ここで、回収率とは、次式により表される数値をいう。
【0019】
コーヒー抽出率(%)={抽出液の重量(g)}×{抽出液のBrix(%)}/{コーヒー顆粒の重量(g)}
(Brixは糖度計で測定される可溶性固形分を示す。糖度計は株式会社アタゴ製 デジタル屈折計 RX-5000α等を例示できる。)
このように、本発明のコーヒー抽出液の製造方法では、略密封状態に堆積したコーヒー顆粒の層内を、往復動するように水(好ましくは、熱水)が通過する。すなわち、第1の方向からその対向方向(第2の方向)へ水(好ましくは、熱水)を通液した後、次いで第2の方向から第1の方向に向けて吐出される。抽出部より最初に吐出されるコーヒー抽出液は、コーヒー顆粒の層内をほとんど通過しておらず、したがって、最初に吐出される抽出液は非常に希薄な溶液である。この最初の溶液を廃棄した後、抽出液を回収するのが好ましいが、苦味成分や舌に残る渋味成分を含むものではないことから、その後の抽出液とともに回収しても構わない。希薄な溶液として吐出される液は、抽出率1%程度に相当する抽出ごく初期に吐出される液体である。
【実施例】
【0020】
以下、本発明を実施例に基づき詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
<試験例1>
図7は、試験例1で使用した本発明の1実施形態に係るコーヒー抽出装置1を示す説明図である。コーヒー抽出装置1は、上下に開口(2A,2B)を有する略円柱状の顆粒収容部2(上部開口2Aの内径:55mm、長さ:250mm)を備え、顆粒収容部2の下端に形成された3方コック付き抽出管(ガラス管/クロマトグラフ管)8と、抽出管8の3方コック9にチューブ5を介して接続された内径50mm、長さ100mmの熱水容器(ガラス管)4とを有している。
顆粒収容部2の底部にフィルター10を設置し、その上面にコーヒー顆粒(イタリアンタイプに焙煎したエチオピア産アラビカ種の焙煎豆を中挽きにしたもの)40gを収容し、コーヒー顆粒の堆積面の上面から僅かに離間した位置(抽出溶媒を接触させコーヒー顆粒が膨潤したときに、膨潤したコーヒー顆粒の堆積面の上面が当接する位置)にコーヒー顆粒の流動を制する制動部材11を配置した。フィルター10には、直径1mmの針金で製した直径35mmのオーリングと、中央部に厚みを設けるため適量のリント布小片を封入して、6枚重ねのリント布を重ねて縫製した、直径45mmの円形フィルター(図3A)を使用し、制動部材11には、直径1mmの針金で製した直径47mmのオーリングを8枚重ねのリング状リント布に縫製した外径58mm、内径37mmのリング部材の内径部分を綿製ガーゼ(1枚)で目張りしたもの(図3B)を使用した。
【0021】
3方コック9を閉じた状態で熱水容器4に熱水(95℃)100mLを加え、熱水容器4の下部先端を抽出部Eの上端(制動部材11の位置)に合わせ、3方コック9を開放操作して熱水を下方(第1の方向)から抽出部Eに注入した(図8A)。抽出部Eの顆粒層を上昇する熱水の表面が制動部材11に接触したところでコック9を閉じ、続いてコーヒー顆粒の体積層の上方(第2の方向)にある上部開口2Aから抽出部Eに向けて熱水(90℃)400mLを注入し(図8B)、コック9を開放操作して流出するコーヒー抽出液を100mLメスシリンダーに回収した(図8C)。抽出途中で発生する気泡で目詰まりが生じたら、制動部材18に取り付けてある位置調節用の紐1gを操作して気泡を抜きとり、流出速度を調節した。抽出液を20mLずつの画分に分取し、12画分を回収した。各画分の抽出液0.5mLずつをNMR測定管に取り、内部標準物質として0.58mmolのTSP−d4 (3-(trimethylsilyl)propionic-2,2,3,3-d4 acid sodium salt)を加えてよく撹拌し、核磁気共鳴装置(スイス国Bruker Biospin 社製、Avance 600装置)を用いて、1D- NOESY-presaturation pulse sequence techniqueで測定した。次に、NMRスペクトルの化学シフト0.00ppmに観察されるTSP−d4の標準シグナルと各成分の特定シグナルの高さを比較した。各成分の特定シグナルとは、カフェインの3.23ppmの一重線、酢酸塩の1.95ppmの一重線、ギ酸塩の8.45ppmの一重線、トリゴネリンの9.11pp mの一重線、N−メチルピリジニウム陽イオンの8.79ppmの二重線、ニコチン酸の8.95ppmの一重線、および構造未知の苦味成分の9.65ppmの一重線とした。これらのシグナル高とTSP−d4のシグナル高の比を内部標準TSP−d4に対する各成分の相対濃度とし、その対数を画分ごとにプロットして図10の結果を得た。図10から、画分1〜7、好ましくは画分2〜7、より好ましくは画分2〜5を回収することで、コーヒーの主な栄養成分が高効率で抽出できる、すなわち短時間のうちに無駄なく抽出できることが判明した。
また、本試験で得られた抽出液の画分について、専門パネラー(10名)による官能評価を行った。官能評価は、本試験と同一の焙煎豆(同一の条件で粉砕したもの)40gと熱水200mLを用 いて、従来のドリップ式(カリタ式ドリッパー、型番:102D、2〜4人用)で得た抽出液(対照)と比較とした際の風味の好ましさを、パネラーの合議により5段階により評価した。結果を表1に示す。この結果から明らかなとおり、画分2と3の40mLは非常に優れた風味をもっており、5倍に希釈しても対照のドリップ式で得た抽出液より優れた風味を有していた。また、画分1の味は悪くはないが希薄であり、飲用には適さなかった。画分4と5は画分2と3には及ばないが、対照よりは優れた風味を有していた。また、画分6と7は対照と同程度の風味を有しており、その他の画分は渋味成分を有し飲用には適さないものだった。これより、本発明の製造方法において、画分1〜7(抽出率1〜20%)、好ましくは画分2〜7(抽出率5〜20%)、より好ましくは画分2〜5(抽出率5〜15%)を回収すると風味が格段に優れたコーヒー抽出液を得ることができることが判明した。
以上の結果から、本発明のクロマトグラフィー式の分離を用いた抽出を行い、抽出後半に溶出する舌に残る渋味成分を回収しない方法により、焙煎コーヒーの良好な風味成分を苦渋味成分と分離して抽出できることが示唆された。また、コーヒーの良好な風味成分とともに、生活習慣病の発生を予防する栄養成分も高効率で抽出できることが示唆された。
【0022】
【表1】
【0023】
<試験例2>
中煎り・中挽きしたグアテマラ産アラビカ豆30gを用いてコーヒー抽出液を製造した。抽出装置には、図1にと同型で顆粒収容部2の内径が25mmのコーヒー抽出装置をもちいた(以下、CC法:Column Chromatographyという)。下部濾材10にはネル布を、制動部材(上部濾材)11には金属メッシュ80程度の周りにシリコンパッキンを装着させカラムとの密着性を高めたものを用い、それぞれコーヒー顆粒の堆積層の下面及び上面と当接する一致する位置に配置した。3方コック9を操作して下方から抽出部Eに熱水(90℃)90mLを注入し、コーヒー顆粒層を上昇する熱水の表面が上部濾材11に接触したところでコック9を閉じた。続いて、上部開口2Aから抽出部Eに向けて熱水(90℃)1200mLを加え、抽出率10%、15%、20%、25%となるように抽出液を回収し、その風味を評価した。比較として、同量かつ同一の焙煎豆(同一の条件で粉砕したもの)を図1に示すコーヒー抽出装置を用い、一方向通行で抽出を行う方法でコーヒー抽出液を得た(CD法:Column Drip)。また、抽出装置を従来のドリップ式(カリタ式ドリッパー、型番:102D、2〜4人用)で、同量かつ同一の焙煎豆(同一の条件で粉砕したもの)と同様の熱水を用いて、コーヒー抽出液を得た(PD法:Paper Drip)。
表2に、官能評価結果を示す。従来のCD法、PD法の抽出では、抽出初期から渋味や苦味を感じるのに対し、本発明のCC法によると抽出初期の渋味や苦味を分離して抽出することができ、かつ香り高く甘みのあるコーヒー抽出液が得られた。一方、抽出の中期から後期、すなわち抽出率25%程度の時点から溶出する舌に残る渋味は、いずれの方法を用いても分離できないことが判明した。この舌に残る渋味を除去するためには、抽出率を低く抑えることが有効であることがわかる。
【0024】
【表2】
【0025】
<試験例3>
試験例2で製造されたCD法によるコーヒー抽出液を、分画分子量約100,000の限外ろ過膜(ザルトリウス社ビバスピン20 分画分子量100,000)処理して通過液を回収し、試験例2のCC法により得られたコーヒー抽出液と風味を比較した。結果を表3に示す。従来のCD法で得られたコーヒー抽出液に限外ろ過膜処理を施すと、抽出初期に知覚された苦味や渋味が除去されていた。これより、本発明のCC法によると、分子量が約100,000以上となる高分子の苦味や渋味成分を効率よく除去できていることが示唆された。なお、表3から明らかなように、本発明のCC法では、甘味の点で限外ろ過膜処理したCD法よりも優れていた。
【0026】
【表3】
【0027】
<試験例4>
試験例2と同様に、コーヒー顆粒を略密封に顆粒収容部2に収容した後、抽出部Eの下方からコーヒー顆粒が完全に浸るまで、熱湯又は水を注入した。続いて、上部開口2Aから熱湯又は水を注ぎ、コーヒー抽出液を得た(抽出率14.1%)(CC法)。また、比較として、同一の焙煎コーヒー豆(同条件で粉砕したもの)を市販のコーヒードリッパー(カリタ社製)に詰め、上部から熱湯又は水を注いでコーヒー抽出液を得た(抽出率13.7%)(PD法)。これらのコーヒー抽出液について、専門パネラー6名で官能評価を実施した。評価は、苦味、香り、呈味の項目について5点法(苦味:点数が高いほど苦味が少ない、香り:点数が高いほど香りが多い、呈味:点数が高いほど、呈味(良好)が強い)で行った。
結果を表4に示す。本発明のCC法では苦味がほぼ除去され好ましい呈味を有していた。特に、工程ロ及び工程ハにおける水の温度が熱水(約90℃)であると、従来のウォータードリップ(PD法で約20℃で抽出したもの)よりも格段に香りの優れたコーヒー抽出液が製造できることがわかった。また、CC法により第1の抽出(工程ロ)及び第2の抽出(工程ハ)を20℃で行った場合、PD法で20℃で抽出したものよりも高容量を短時間で製造することができ、本発明のCC法が高収率の製造方法であることがわかった。
【0028】
【表4】
【0029】
<試験例5>
市販のコーヒー豆を粗挽き粉砕し、15gを軽量してCC法、CD法、PD法による抽出に用いた。CC法では、試験例2で用いたのと同じ装置(下部及び上部濾材も同じものを使用)を用い、抽出部Eの下部からコーヒー顆粒が完全に浸るまで、熱湯(約90℃)を注入した後、上部開口2Aから熱湯(約90℃)を注ぎ、抽出液を回収した。CD法では、CC法と同様の装置にコーヒー顆粒を収容し、上部開口2Aから熱湯(約90℃)を注ぎ、下部開口2Bより抽出液を回収した。PD法では、従来のドリップ式抽出器(カリタ式ドリッパー、型番:102D、2〜4人用)を用い、コーヒー顆粒を市販のコーヒーフィルター(カリタ製)に詰め、上部から熱湯を注いで抽出液を回収した。表5に、回収した抽出液の量(採液量:g)、Brix(%)、抽出率(%)を示す(ここで、Brixは、株式会社アタゴ製 デジタル屈折計 RX-5000αで測定した値である)。
【0030】
【表5】
【0031】
CC法、CD法及びPD法により得られた抽出液を、それぞれBrix2.0%となるように水を加えて調整し、ろ紙(2号)でろ過した後、HACH社NTU濁度計(2100AN TURBIDIMETER)にてNTU濁度を測定した。結果を図11に示す。図より明らかなように、本発明による抽出液の濁度が最も低く、清澄性が高いことが判明した。これより、本発明のコーヒー抽出液は、保存安定性が高いことも示唆された。
【0032】
<実施例1>
試験例1と同様のコーヒー抽出装置1を使用した。フレンチタイプに焙煎したインドネシア産ロブスタ種の焙煎豆30gを中挽きにして顆粒収容部2に収容し、3方コック9を閉じた状態で、熱水容器4に熱水(95℃)100mLを注入し、熱水容器4の下部先端を抽出部E上端(制動部材11の位置)に合わせ、3方コック9を開放操作して、下部開口2Bより熱水を抽出部Eに注入した。抽出部Eの顆粒層を上昇する熱水の表面が制動部材11を通過し、さらに制動部材11の上部10mmに達したら、コック9を閉じた。続いて、顆粒収容部の上部開口2Aから熱水350mLを注入し、コック9を開いて無色および薄黄色の流出液(抽出率1%程度)を廃棄し、流出液が褐色を呈し始めたら風味を確認しながら回収を開始し、濃褐色となった後に再度薄くなってきたら、同じく風味を確認しながら、「非常に優れている」が流出し終わるまで回収を続け、次に回収容器を変えて回収を続け、「優れている」が流出し終わった時点で終了とした。回収した抽出液の量は、「非常に優れている」が60mL(本発明品1)、「優れている」が40mL(本発明品2)であった。
【0033】
比較として、本実施例と同一の焙煎豆(同一の条件で粉砕したもの)を、熱水(95℃)350mLを使ってドリップ式(カリタ式ドリッパー、型番:102D、2〜4人用)で抽出率15%程度となるように抽出を行った(比較例1)。6名の専門パネラーで、本発明品1、本発明品2および本発明品1と本発明品2の全量を混合したもの(本発明品3)について、比較例1と風味を比較した。パネラーの全員が、本発明品1〜3のいずれもが比較例1と比べて格段に風味がよいと判断した。本発明品1〜3は、濃厚かつ香り高いコーヒー液で強過ぎる苦味がなく、後味のすっきり感が極めて高く後味に舌に残る渋味がない、優れた風味を有するコーヒーであった。
<実施例2>
市販価格が最も安価であったインドネシア産アラビカ種の豆をイタリアンタイプに焙煎し、中挽きにした顆粒30gずつを用い、抽出部Eの下方から注入する抽出溶媒量を変える以外は、実施例1と同様にしてコーヒー抽出液を製造した。抽出溶媒量は、抽出部Eの顆粒層を上昇する熱水の表面が制動部材11に接触する時点までと、抽出部Eの顆粒層を上昇する熱水の表面が制動部材11を通過し、さらに制動部材11の上部10mmに達するまでの2通りで行った。専門パネラー6名で回収液の風味を評価したところ、いずれも顕著に苦渋味が抑制された、美味なコーヒー抽出液であった。
【0034】
<実施例3>
アイスコーヒー用として最も深く焙煎したと表示して市販されているブレンドコーヒー豆30gを中挽きにし、実施例1と同様の手法にて抽出し、60mLの「非常に優れている」コーヒー抽出液と、40mLの「優れている」コーヒー抽出液を得た。「非常に優れている」コーヒー抽出液60mLを300mLに冷水で希釈して冷蔵庫(5℃)で冷却した(本発明品4)。
比較として、ボダム社製フレンチプレス(500mL型)に本実施例と同一のコーヒー顆粒30gを入れ、95℃の熱水を注ぎ、4分経過後に抽出液を分離して、コーヒー抽出液300mLを製造し、冷蔵庫(5℃)で冷却した(比較例2)。本発明品4と比較例2について、専門パネラー6名で風味を評価した。本発明品4のアイスコーヒーは、ブラックで飲用しても適度な苦味で濃厚な香りを有する美味なコーヒーであるのに対し、比較例2は、苦味が強く直接飲用に適するものではないと感じられるものであった。
【0035】
<実施例4>
抽出装置として、図9に示す上下に開口(2A,2B)を有する略円柱状のガラス管(内径:50mm、長さ:150mm)を顆粒収容部2とするコーヒー抽出装置を用いた。顆粒収容部2の下部開口2Bは、2方コック付抽出管(ガラス管/クロマトグラフ管)9’を備える。実施例1と同じ下部濾材10を設置し、イタリアンタイプに焙煎したエチオピア産アラビカ種の焙煎豆30gを中挽きにしたコーヒー顆粒を下部濾材の上面に収容し、その上部には、直径1mmの針金で製した直径40mmのオーリングを、4枚重ねのリント布で縫製した、外径54mmの制動部材11を装着した。顆粒収容部2の上部にジョイント12を介して安全ピペッター13を装着した。顆粒収容部2の下部の回収ロ8に50mLの熱水(95℃)を入れたビーカーを置き、回収ロ8を熱水中に挿入し、2方コック9’と安全ピペッター13を操作して、抽出部Eの上端まで熱水を吸い上げた。次に、2方コック9’を閉じ、安全ピペッター13を取り外して、顆粒収容部2の上部開口2Aから抽出部Eに100mLの熱水(約90℃)を注入し、再度安全ピペッター13を装着し、顆粒収容部2に空気圧を加えてから2方コック9’を開き、最初に流出した10mLを捨て、次の流出液60mLを回収した。この回収液の風味を確認したところ、「非常に優れている」に属していた。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記工程イ)〜ハ)、
イ)コーヒー顆粒を制動部材で略密封にした状態で顆粒収容部に収容する工程、
ロ)前記顆粒収容部に抽出溶媒を第1の方向より導き抽出を行う工程、および
ハ)顆粒収容部に貯留されたコーヒー抽出液を前記第1の方向より回収する工程
を含む、コーヒー抽出液の製造方法。
【請求項2】
工程ハ)において、第1の方向と対向する第2の方向から水を導くことによりコーヒー抽出液の回収を行う、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
工程ハ)において、抽出率20%以下となるように抽出液を回収する、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
制動部材が網目部材である、請求項1〜3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
コーヒー顆粒が、軸線に沿う方向の断面形状において略四角形状に堆積した状態で収容されている、請求項1〜4のいずれかに記載の製造方法。
【請求項6】
制動部材が、コーヒー顆粒の堆積層に対して、第1の方向と対向する面に当接又は近接する位置に配置されている、請求項1〜5のいずれかに記載の製造方法。
【請求項7】
第1の方向がコーヒー顆粒の堆積層の下方である、請求項1〜6のいずれかに記載の製造方法。
【請求項8】
工程ロ)において、コーヒー堆積層の上面と略一致する位置まで抽出溶媒を注入する、請求項1〜7のいずれかに記載の製造方法。
【請求項1】
下記工程イ)〜ハ)、
イ)コーヒー顆粒を制動部材で略密封にした状態で顆粒収容部に収容する工程、
ロ)前記顆粒収容部に抽出溶媒を第1の方向より導き抽出を行う工程、および
ハ)顆粒収容部に貯留されたコーヒー抽出液を前記第1の方向より回収する工程
を含む、コーヒー抽出液の製造方法。
【請求項2】
工程ハ)において、第1の方向と対向する第2の方向から水を導くことによりコーヒー抽出液の回収を行う、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
工程ハ)において、抽出率20%以下となるように抽出液を回収する、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
制動部材が網目部材である、請求項1〜3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
コーヒー顆粒が、軸線に沿う方向の断面形状において略四角形状に堆積した状態で収容されている、請求項1〜4のいずれかに記載の製造方法。
【請求項6】
制動部材が、コーヒー顆粒の堆積層に対して、第1の方向と対向する面に当接又は近接する位置に配置されている、請求項1〜5のいずれかに記載の製造方法。
【請求項7】
第1の方向がコーヒー顆粒の堆積層の下方である、請求項1〜6のいずれかに記載の製造方法。
【請求項8】
工程ロ)において、コーヒー堆積層の上面と略一致する位置まで抽出溶媒を注入する、請求項1〜7のいずれかに記載の製造方法。
【図2】
【図4】
【図5】
【図6】
【図1】
【図3】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図4】
【図5】
【図6】
【図1】
【図3】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2011−160800(P2011−160800A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−7366(P2011−7366)
【出願日】平成23年1月17日(2011.1.17)
【出願人】(309007911)サントリーホールディングス株式会社 (307)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年1月17日(2011.1.17)
【出願人】(309007911)サントリーホールディングス株式会社 (307)
【Fターム(参考)】
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