説明

サブマージアーク肉盛溶接用フラックス

【課題】高温及び激しい摩耗に曝され、水蒸気腐食しやすい環境下で使用される部材の肉盛溶接部において、優れた耐高温磨耗性及び耐水蒸気腐食性が得られるサブマージアーク肉盛溶接用フラックスを提供する。
【解決手段】サブマージアーク肉盛溶接用フラックス1は、SiO、MgO、金属炭酸塩及び金属フッ化物の含有量、造滓剤としての作用を有するAl及びZrOの総量、並びにアーク安定剤としての作用を有するKO及びNaOの総量が最適化され、C及びCrを適量含有することにより、溶接部に優れた耐高温磨耗性及び耐水蒸気腐食性が得られ、フラックス中の塩基性成分と酸化性成分とが最適なバランスで添加されることにより、高温環境下においても、溶接部に優れた耐割れ性が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サブマージアーク肉盛溶接用フラックスに関し、特に、製鉄ロール等、高温及び激しい摩耗に曝され、水蒸気腐食しやすい環境下で使用される部材の溶接部において、優れた耐高温磨耗性及び耐水蒸気腐食性が得られるサブマージアーク肉盛溶接用フラックスに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、製鉄ロール等、高温及び激しい摩耗に曝され、水蒸気腐食しやすい環境下で使用される部材においては、肉盛溶接を施工する方法として、サブマージアーク溶接又はエレクトロスラグ溶接が採用されている。しかし、エレクトロスラグ溶接は、サブマージアーク溶接に比して溶接作業環境が劣化しやすく、また、特殊な溶接装置の導入が必要であり、溶接装置の調整も煩雑であることから、近時、サブマージアーク溶接が実施される場合が増加している。サブマージアーク溶接は粒状のフラックス(融剤)と消耗式電極(ワイヤ又はバンドフープ)を使用し、電極と母材との間の空間をフラックス中に埋没した状態で、電極と母材との間に電圧を印加し、発生するアーク熱により電極及び母材を溶融させて溶接する方法であり、効率の高い溶接方法である。
【0003】
このサブマージアーク肉盛溶接により得られる溶接部には、割れ及び気孔等の溶接欠陥が発生していないこと、スラグ剥離性が良好であること、及びビード形状が良好であることが求められ、優れた溶接作業性で健全な溶接部が得られる消耗電極及びワイヤの組成が検討されている。また、溶接金属においては、耐高温磨耗性及び耐水蒸気腐食性が優れ、肉盛溶接の施工時及び使用中における耐割れ性を備えていることが重要であり、これらの性能を確保するために、肉盛溶接金属の化学成分や施工方法に関して、従来、多くの研究がなされている。
【0004】
例えば、特許文献1には、酸化マグネシウム、酸化アルミニウム、酸化ケイ素、炭酸カルシウム等を含有する帯状電極用フラックスにおいて、フッ化カルシウム及びフッ化ナトリウムの総量及び両者間の重量比を規定することにより、溶接作業性が良好で、靭性が高く、且つ耐割れ性に優れた溶着金属が得られることが開示されている。
【0005】
また、特許文献2には、化学反応容器及び原子炉反応容器等、ステンレス鋼からなる母材をステンレス鋼からなる帯状電極により肉盛溶接する際に使用されるサブマージアーク肉盛溶接用フラックスが開示されている。この特許文献2のサブマージアーク肉盛溶接用フラックスにおいては、SiO:30乃至60質量%及びMgO:30乃至50質量%を含有するSiO−MgO系複合酸化物を、フラックスの全質量比で10乃至60質量%含有させ、更に、Alを15乃至25質量%含有させることにより、溶接ビード形状及び溶接ビード端部のなじみ性の劣化を防止し、また、アンダーカット等の溶接欠陥の発生も防止できることが開示されている。
【0006】
特許文献3には、多層肉盛溶接した上層の溶接金属から割れ及び熱亀裂が母材に急速に伝播することを防止するために、下盛層の高温靭性を高めるフラックスの組成が開示されており、造滓剤としてのCaO又はCaCO、CaF、Al、MgO及びSiO量、脱酸剤としてのC、Si、Mn、Ni、Cr及びFe量が規定されている。
【0007】
特許文献4には、化学反応容器及び原子炉反応容器等、ステンレス鋼からなる母材をステンレス鋼からなる帯状電極により多層盛溶接する方法が開示されており、帯状電極及びフラックス中のC、Si、Mn、Ni、Cr、Mo及びNbの含有量、Nb及びCの含有量比、並びに塩基度を規定することにより、溶接金属中の合金の歩留まりを良好に維持し、良好な溶接作業性が得られることが開示されている。
【0008】
特許文献5には、耐火建築構造用鋼のサブマージアーク溶接に使用されるフラックスが開示されており、酸化物及びフッ化物を除いた成分中のC、Si、Mn、Ni、Cr、Mo、V、Nb及びAlの含有量を最適化することにより、800℃までの温度における耐火性に優れた溶接金属が得られることが開示されている。そして、この特許文献5の溶接方法においては、溶接作業性等を向上させるために、フラックス中に、金属酸化物として、TiO:8質量%以下、SiO:10乃至16質量%、CaO:3乃至20質量%、ZrO:1乃至9質量%、Al:8乃至18質量%及びMgO:10乃至23質量%を含有させ、CaF等の金属フッ化物を1乃至18質量%含有させ、CaCO及びBaCO等の金属炭酸塩を3乃至6質量%含有させることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開昭59−64193号公報
【特許文献2】特開2001−334393号公報
【特許文献3】特開昭58−9795号公報
【特許文献4】特開昭60−210394号公報
【特許文献5】特開2003−311477号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、上記特許文献1乃至5のフラックスは、いずれも、製鉄ロール等、高温及び激しい摩耗に曝され、水蒸気腐食しやすい環境下で使用される部材において、十分な耐高温酸化性及び耐食性が得られるものではない。特に、特許文献2及び4に開示されたフラックスは、いずれも、化学反応容器及び原子炉反応容器等、ステンレス鋼からなる母材をステンレス鋼からなる帯状電極により肉盛溶接する際に使用されるものであり、製鉄ロール等、高温及び激しい摩耗に曝され、水蒸気腐食しやすい環境下で使用される部材を肉盛溶接する場合には、好適ではない。また、特許文献5のフラックスも、耐火建築構造用鋼の溶接に使用されるものであり、製鉄ロール等の肉盛溶接には好適ではない。
【0011】
また、特許文献1においては、溶着金属中の拡散性水素量を低減し、靭性を向上させる成分として、フッ化カルシウム及びフッ化ナトリウムを多量に添加しており、アーク熱により多量に分解されるフッ素ガスにより、溶接金属にポックマークと呼ばれるガスの圧痕が多く発生し、ビード外観が損なわれる虞がある。
【0012】
特許文献3に開示されたフラックスは、多層肉盛溶接を行う場合の下盛層の溶接のみに使用されるものであり、上層と下層とで肉盛溶接に使用するフラックスを使い分ける必要がある。
【0013】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、高温及び激しい摩耗に曝され、水蒸気腐食しやすい環境下で使用される部材の肉盛溶接部において、優れた耐高温磨耗性及び耐水蒸気腐食性が得られるサブマージアーク肉盛溶接用フラックスを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明に係るサブマージアーク肉盛溶接用フラックスは、フラックス全質量あたり、
SiO:10乃至30質量%、MgO:4乃至10質量%、金属炭酸塩:CO換算値で1乃至10質量%、金属フッ化物:F換算値で2乃至10質量%、Al及びZrOの少なくとも一方:総量で10乃至30質量%、及びKO及びNaOの少なくとも一方:総量で1.5乃至5.0質量%を含有し、
更に、金属粉又は合金粉として、C:0.1乃至0.5質量%及びCr:11乃至25質量%を含有し、
残部がFe及び不純物であり、
フラックス中のCaO、CaF、MgO、NaO及びKOの総量Xは、フラックス中のSiO、Al及びZrOの含有量を夫々[SiO]、[Al]及び[ZrO]として下記数式1から算出される数値Yに対する比X/Yが0.3乃至1.5であることを特徴とする。
【0015】
【数1】

【0016】
本発明に係るサブマージアーク肉盛溶接用フラックスは、更に、金属粉又は合金粉として、Mo:0.5乃至3.5質量%及びV:0.1乃至2.0質量%からなる群から選択された1以上の成分を含有することが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明のサブマージアーク肉盛溶接用フラックスは、SiO、MgO、金属炭酸塩及び金属フッ化物の含有量、造滓剤としての作用を有するAl及びZrOの総量、並びにアーク安定剤としての作用を有するKO及びNaOの総量が最適化されており、サブマージアーク肉盛溶接において、アーク安定性及びスラグ剥離性が優れ、良好な形状のビードを形成することができる。また、フラックス中のC及びCrの含有量が最適化されていることにより、溶接部に優れた耐高温磨耗性及び耐水蒸気腐食性が得られ、フラックス中の塩基性成分と酸化性成分とが最適なバランスで添加されているため、高温環境下においても、溶接部に優れた耐割れ性が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明のフラックスを使用したサブマージアーク肉盛溶接方法を一例として示す模式図である。
【図2】本発明の実施例における多層肉盛溶接部を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。本願発明者等は、製鉄ロール等、高温及び激しい摩耗に曝され、水蒸気腐食しやすい環境下で使用される部材において、溶接部に優れた耐高温磨耗性及び耐水蒸気腐食性を得るためのフラックスの組成について、鋭意実験検討を行った。そして、サブマージアーク肉盛溶接を施工する際に、優れたアーク安定性及びスラグ剥離性を得、良好な形状のビードを形成するためには、造滓剤及びアーク安定剤としての作用を有するSiO、MgO、金属炭酸塩、金属フッ化物、Al、ZrO、KO及びNaOの含有量を最適化すればよいことを知見した。
【0020】
即ち、本発明に係るサブマージアーク肉盛溶接用フラックスは、フラックス全質量あたりSiO:10乃至30質量%、MgO:4乃至10質量%、金属炭酸塩:CO換算値で1乃至10質量%及び金属フッ化物:F換算値で2乃至10質量%を含有する。また、造滓作用を有するAl及びZrOの少なくとも一方を総量で10乃至30質量%含有し、アーク安定作用を有するKO及びNaOの少なくとも一方を総量で1.5乃至5.0質量%含有する。
【0021】
本願発明者等は、上記知見の下に、製鉄ロール等のように、高温及び激しい摩耗に曝され、水蒸気腐食しやすい環境下で使用される部材において、溶接部に優れた耐高温磨耗性及び耐水蒸気腐食性を得るためには、C及びCrの添加量を適正化すればよいことを知見し、更に、フラックス中の塩基性成分と酸化性成分とを最適なバランスで添加することにより、高温環境下においても、優れた耐割れ性を有する溶接部が得られることを知見し、本発明を見出した。
【0022】
即ち、サブマージアーク肉盛溶接用フラックスは、溶接金属の組成を調整する合金剤として、金属粉又は合金粉の状態で、C:0.1乃至0.5質量%及びCr:11乃至25質量%を含有する。そして、フラックス中のCaO、CaF、MgO、NaO及びKOの総量Xは、フラックス中のSiO、Al及びZrOの含有量を夫々[SiO]、[Al]及び[ZrO]として前記数式1から算出される数値Yに対する比X/Yが0.3乃至1.5である。
【0023】
本発明に係るサブマージアーク肉盛溶接用フラックスは、更に、合金剤として、金属粉又は合金粉の状態で、Mo:0.5乃至3.5質量%及びV:0.1乃至2.0質量%の少なくとも一方の成分を含有することが好ましく、これにより、高温環境下における耐摩耗性を更に向上させることができる。なお、サブマージアーク肉盛溶接用フラックスの上記成分以外の残部は、Fe及び不純物である。
【0024】
以下、本発明のサブマージアーク肉盛溶接用フラックスの組成限定理由について説明する。
【0025】
「SiO:10乃至30質量%」
SiOは造滓作用を有する成分として添加され、ガラス状のスラグの骨格を形成する。SiOの含有量が10質量%未満であると、スラグの粘性が低下し、溶接ビード形状が劣化する。一方、SiOの含有量が30質量%を超えると、スラグの粘性が高くなりすぎて、ビード形状が粗くなる。よって、本発明においては、SiOの含有量を10乃至30質量%と規定する。
【0026】
「MgO:4乃至10質量%」
MgOは、造滓作用を有する成分として添加され、適量添加することにより、スラグの剥離性を向上させる。MgOの含有量が4質量%未満であると、スラグ剥離性を高める効果を十分に得られない。一方、MgOの含有量が10質量%を超えると、スラグの粘性が高くなりすぎて、スラグ剥離性が劣化し、ビード形状も劣化する。従って、本発明においては、MgOの含有量を4乃至10質量%と規定する。
【0027】
「金属炭酸塩:CO換算値で1乃至10質量%」
金属炭酸塩は、CaCOを主体として添加され、溶接時の高温によって、CaO等の金属酸化物とCOとに分解される。CaO等の金属酸化物は造滓作用を有し、COはアーク及び溶融金属を大気から遮蔽する役割を果たす。金属炭酸塩の含有量がCO換算値で1質量%未満であると、分解により生成するCO量は少なくなり、大気からの十分な遮蔽作用が得られず、肉盛溶接金属に気孔が発生しやすくなり、溶接金属の耐食性も劣化する。一方、金属炭酸塩の含有量がCO換算値で10質量%より多いと、分解により多く生成したCa等の金属酸化物により、スラグの粘性が高くなりすぎて、ビード形状が粗くなる。よって、本発明においては、金属炭酸塩の含有量をCO換算値で1乃至10質量%と規定する。なお、金属炭酸塩としては、CaCOの他に、BaCO、MgCO等が挙げられる。
【0028】
「金属フッ化物:F換算値で2乃至10質量%」
金属フッ化物は、造滓作用及びアーク安定作用を有する成分として添加され、スラグ剥離性及びアーク安定性の改善に寄与する。しかし、F換算値で2質量%未満ではこれらの効果が得られない。一方、金属フッ化物の含有量がF換算値で10質量%を超えると、高温のアーク熱によって多量のフッ素ガスが分解されることにより、溶接金属にポックマークと呼ばれるガスの圧痕が多く発生し、ビード外観が損なわれる。このため、本発明においては、金属フッ化物の含有量をF換算値で2乃至10質量%と規定する。なお、金属フッ化物としては、例えばCaF、NaF、BaF及びKSiF等が挙げられるが、金属フッ化物である限り、これらの成分に限定されない。
【0029】
「Al及びZrO:少なくとも一方を総量で10乃至30質量%」
Al及びZrOは造滓作用を有するため、その一種以上が添加される。これらの酸化物成分はCaO及びMgO等の強塩基性成分並びにSiO等の強酸性成分との中間的な性質を有し、10質量%以上添加することにより、美麗なビード形状の形成に寄与する。しかし、Al及びZrOの含有量が総量で30質量%を超えると、スラグの剥離性が劣化する。よって、本発明においては、造滓作用を有するAl及びZrOは、その少なくとも一方を総量で10乃至30質量%添加する。
【0030】
「KO及びNaO:少なくとも一方を総量で1.5乃至5.0質量%」
O及びNaOは仕事関数が小さい(放電しやすい)化合物であり、適量添加することにより、アークを安定化させると共に、美麗なビード形状の形成に寄与する。これらの含有量が総量で1.5質量%未満であると、上記効果を十分に得られない。一方、KO及びNaOの含有量が総量で5.0質量%を超えると、KO及びNaOが蒸発して溶接金属に気孔欠陥が発生しやすくなる。よって、本発明においては、KO及びNaOの含有量を総量で1.5乃至5.0質量%と規定する。
【0031】
「金属粉又は合金粉として、C:0.1乃至0.5質量%」
Cは溶接金属の組成を調整する合金剤及び脱酸剤として添加する。Cの含有量が0.1質量%未満であると、肉盛溶接金属に十分な硬度が得られず、製鉄ロール等の部品において、耐摩耗性が劣化する。一方、Cが0.5質量%より多くなると、肉盛溶接時に溶接割れが発生しやすくなり、溶接金属の耐高温割れ性も劣化する。よって、本発明においては、Cを0.1乃至0.5質量%添加する。このCは、例えば、鋳鉄粉、CrC、MnC、WC及びMoC等の金属粉、又は高炭素のFe−Cr及び高炭素のFe−Mn等の合金粉として添加する。
【0032】
「金属粉又は合金粉として、Cr:11乃至25質量%」
Crは、溶接金属の組成を調整する合金剤として、添加する。本発明においては、肉盛溶接金属に十分な耐高温酸化性及び耐食性を確保するために、Crを必須成分として従来よりも多く添加する。Crの含有量が11質量%未満であると、十分な耐高温酸化性及び耐食性が得られない。一方、Crの含有量が25質量%を超えると、肉盛溶接金属にCrが過剰に歩留まり、フェライトの形成が促進されて肉盛溶接金属の硬度が低下して耐高温割れ性が劣化し、耐摩耗性も低下する。また、多量のCrの添加はスラグ剥離性を劣化させる。よって、本発明においては、Crは、11乃至25質量%添加する。このCrは、Crの金属粉、又はFe−Cr、Cr−Ni、Cu−Cr及びCr−Mo等の合金粉として添加する。
【0033】
「比X/Y:0.3乃至1.5」
肉盛層は、高温に長時間曝されることにより、割れが発生する場合がある。即ち、高温長時間の使用中に肉盛溶着金属の粒界に炭化物が析出し、粒界強度が弱くなり、粒界割れが発生しやすくなる。本発明においては、この粒界割れを防止するために、肉盛溶着金属中の酸素量を制御する。即ち、肉盛溶着金属中の酸素量を制御することにより、適量の酸化物が肉盛溶着金属中に分散され、粒界にベイナイト組織が析出し、粒界割れの発生リスクを低減することができる。肉盛溶着金属中の酸素量は、主に溶接フラックスの組成により、コントロールできる。即ち、フラックス中の塩基性成分と酸化性成分との間で、適度なバランスを図ることにより、粒界割れを効果的に防止できる。本発明においては、フラックスに塩基性成分として添加されるCaO、CaF、MgO、NaO及びKOの総量を、酸化性成分として添加されるSiO、Al及びZrOに対して最適化する。即ち、CaO、CaF、MgO、NaO及びKOの総量Xを前記数式1から算出される数値Yに対する比X/Yで0.3乃至1.5とすることにより、粒界割れを効果的に防止できる。前記比X/Yが0.3未満であると、肉盛溶着金属中の酸素量が過多となり、C及びCrの歩留まりが悪くなり、結果として、溶接金属の耐摩耗性及び耐食性が劣化する。一方、前記比X/Yが1.5を超えると、肉盛溶着金属中の酸素量は少なく、高温長時間の使用において、肉盛溶着金属に割れが発生しやすくなる。
【0034】
「金属粉又は合金粉として、Mo:0.5乃至3.5質量%」
Moは、溶接金属の組成を調整する合金剤として、添加する。Moは、主に溶着金属のマトリックス中に分配され、常温及び高温環境下におけるマトリックスの強度を高め、溶着金属の耐摩耗性を改善する効果がある。しかし、Moの含有量が0.5質量%未満ではその効果が十分に得られず、3.5質量%を超えると耐摩耗性の改善効果が飽和し、不経済である。よって、本発明においては、Moの含有量を0.5乃至3.5質量%と規定する。
【0035】
「金属粉又は合金粉として、V:0.1乃至2.0質量%」
Vは、溶接金属の組成を調整する合金剤として、添加する。Vは、主に初晶炭化物中に分配され、その硬度を高め耐摩耗性を向上させる。しかし、Vの含有量が0.1質量%未満ではその効果が十分に得られず、2.0質量%を超えると耐摩耗性の改善効果が飽和し、また、スラグの剥離性も劣化する。よって、本発明においては、Vの含有量を0.1乃至2.0質量%と規定する。
【0036】
次に、本実施形態のサブマージアーク肉盛溶接用フラックスを使用した肉盛溶接について説明する。先ず、図1に示すように、母材3上に帯状電極11及びホッパー10を配置し、ホッパー10からフラックス1を供給する。そして、帯状電極11と母材3との間の空間をフラックス1中に埋没した状態で帯状電極11と母材3との間に電圧を印加する。すると、帯状電極11と母材3との間にアークが発生し、アーク熱により、フラックス1中のスラグ成分、帯状電極11及び母材3が溶融して溶融金属4cとなる。また、溶融金属4c上には、フラックス1中のスラグ成分が溶融して溶融スラグ4bが層状に形成される。
【0037】
そして、ホッパー10及び帯状電極11を溶接方向に前進させると、ホッパー10及び帯状電極11の後方に、溶融金属4c及び溶融スラグ4bが夫々凝固していき、ビード4(溶接金属4d)及びその上部の凝固スラグ4aが層状に形成されていく。多層肉盛溶接の場合には、凝固スラグ4aを剥離した後、その上に層上に次層のビードを形成していく。
【0038】
溶接の際、フラックスの散布量が多すぎると、ビード4の表面にポックマーク(圧痕)が発生しやすくなり、溶接部の品質上、問題がある。即ち、フラックス粉末による圧力がアーク雰囲気のガス圧よりも大きくなることにより、溶融部に圧痕が発生する。よって、ポックマークの発生を抑制するためには、アーク雰囲気のガス圧をフラックスの重量による圧力以上にした上で、フラックスの溶融により発生したガスの通気性を高めるため、例えば溶接方向におけるフープ材の後方のフラックス散布量を減らすことが好ましい。
【実施例】
【0039】
以下、本発明の構成による効果について、本発明の範囲を満足する実施例をその比較例と対比して、具体的に説明する。溶接方法は、図1に模式図で示すように、軟鋼からなる消耗式の帯状電極11(幅w:50mm、厚さt:0.4mm)を送給ローラ12により連続的に送給すると共に、母材3上にフラックス1を散布して、母材3と帯状電極11との間の空間をフラックス中に埋没した状態で、母材3と帯状電極との間に電圧を印加し、帯状電極11と母材3との間にアークを発生させてサブマージアーク肉盛溶接を実施した。表1に本実施例で使用した母材3の組成を示す。また、表2に本実施例における溶接条件を示す。帯状電極11としては、下記表3に示す組成を有するものを使用し、表4−1乃至表4−3及び表5−1乃至表5−3に示す種々のフラックス1を使用して、図2に示すように、3層5パスの多層肉盛溶接を実施した。なお、表4−3及び表5−3に示す比較例の組成において、数値に付した下線は、本発明の範囲を満足しないことを意味する。
【0040】
【表1】

【0041】
【表2】

【0042】
【表3】

【0043】
【表4−1】

【0044】
【表4−2】

【0045】
【表4−3】

【0046】
【表5−1】

【0047】
【表5−2】

【0048】
【表5−3】

【0049】
上記各実施例及び比較例のサブマージアーク肉盛溶接用フラックスを使用した肉盛溶接において、スラグ剥離性、ビード形状及び溶接欠陥の有無を溶接作業性として評価した。スラグ剥離性は、スラグが自然剥離するか、又は手工具を使用して容易に除去できた場合を極めて良好(○)、エア工具は使用しないが手工具を使用しないとスラグが除去できない場合を良好(△)、エア工具を使用しないとスラグが除去できない場合を不良(×)と判定した。ビード形状については、滑らかなビードが形成された場合を良好(○)、形成されたビードが粗く、凹凸が大きかった場合を不良(×)と判定した。溶接欠陥は、気孔欠陥、溶接部の割れ又はスラグ巻き込み等が発生しなかった場合を良好(○)、前記溶接欠陥がいずれか1つでも発生した場合を不良(×)と判定した。各実施例及び比較例の溶接作業性について、各判定結果を表6−1乃至表6−3に示す。
【0050】
また、肉盛溶接金属の耐摩耗性、耐割れ性及び耐食性の評価も行った。耐摩耗性は、ASTM G65−00e1規格に準拠し、溶接金属の摩耗量により評価した。そして、溶接金属の摩耗量が2g以下であった場合を◎+、摩耗量が2gを超え4g以下であった場合を◎、摩耗量が4gを超え6g以下であった場合を○、摩耗量が6gを超えた場合を×と評価した。耐割れ性は、非特許文献1(「溶接学会誌 第33巻 第9号(内木、岡林、粂:応力除去焼戻割れに関する研究(第2報))」、社団法人溶接学会、1964年、第718乃至725頁)に記載されたCリング割れ試験方法に準拠した加速割れ試験方法により評価し、溶接金属に割れが発生しなかった場合を○、割れが発生した場合を×と評価した。耐食性は、JIS Z2290,Z2292規格に準拠し、溶接金属の単位面積あたりの腐食減量により評価した。そして、溶接金属の腐食減量が0.5mg/cm以下であった場合を○、0.5mg/cmを超えた場合を×と評価した。各実施例及び比較例の耐摩耗性、耐割れ性及び耐食性の評価結果を表6−1乃至表6−3にあわせて示す。また、スラグ剥離性、ビード形状、溶接欠陥、耐摩耗性、耐割れ性及び耐食性の全ての項目の評価が良好であった場合には、総合評価を○、いずれか1つの項目でも×であった場合には、総合評価を×として表6−1乃至表6−3に示す。
【0051】
【表6−1】

【0052】
【表6−2】

【0053】
【表6−3】

【0054】
表6−1乃至表6−3に示すように、実施例No.1乃至38は、フラックスの組成が本発明の範囲を満足するので、本発明の範囲を満足しない比較例No.38乃至56に比して、スラグ剥離性、ビード形状、溶接欠陥、耐摩耗性、耐割れ性及び耐食性の1以上の項目が優れていた。
【0055】
フラックスの組成が本発明の範囲を満足する実施例No.1乃至38のうち、実施例No.30乃至32及び実施例No.34乃至37は、Mo及びVの含有量が本発明の請求項2を満足するので、他の実施例に比して、肉盛溶接金属の耐摩耗性が更に向上した。特に、Mo及びVの双方を含有する実施例No.31及び35は、夫々の含有量が請求項2の範囲を満足するので、溶接金属の耐摩耗性が飛躍的に向上した。実施例No.38は、Vを含有するものの、その含有量が過多となり、スラグ剥離性が若干劣化した。
【0056】
比較例No.39は、フラックス中のSiOの含有量が本発明の範囲未満であったため、ビード形状が劣化した一方、比較例No.40はSiOの含有量が過剰となり、スラグの粘性が高くなりすぎてビード形状が劣化した。
【0057】
比較例No.41は、フラックス中の金属炭酸塩が少なく、気孔欠陥が発生し、溶接金属の耐食性も劣化した。比較例No.42は、フラックス中の金属炭酸塩量が多いことにより、スラグの粘性が高くなり、ビード形状が劣化した。
【0058】
比較例No.43は、フラックス中のMgOの含有量が少なく、スラグ剥離性が劣化した。一方、比較例No.44は、フラックス中のMgO量が過多となり、ビード形状が劣化した。
【0059】
比較例No.45は、フラックス中の金属フッ化物量不足により、スラグ剥離性が劣化し、また、アークの安定性が劣化することにより、形成されるビードの形状が劣化した。一方、比較例No.46は、金属フッ化物量が過多となり、ポックマークの発生によりビード形状が劣化した。
【0060】
比較例No.47は、造滓剤としてのAl及びZrOの総量が少なく、ビード形状が劣化した一方、比較例No.48は、Al及びZrOが過多となったことにより、スラグ剥離性が劣化した。
【0061】
比較例No.49は、アーク安定剤としてのKO及びNaOの総量が少なく、ビード形状が劣化した一方、比較例No.50は、KO及びNaOが過多となり、気孔欠陥が発生した。
【0062】
比較例No.51は、フラックス中の塩基性成分と酸化性成分との比X/Yが本発明の範囲未満であったため、溶接金属の耐摩耗性及び耐食性が劣化した。一方、比較例No.52は、フラックス中の塩基性成分と酸化性成分との比X/Yが本発明の範囲を超え、溶接金属の耐割れ性が劣化した。
【0063】
比較例No.53は、フラックス中のC量不足により、十分な耐摩耗性が得られなかった一方、比較例No.54は、C量が過多となり、溶接割れが発生し、溶接金属の耐高温割れ性も劣化した。
【0064】
比較例No.55は、フラックス中のCr量が少なく、溶接金属に十分な耐食性が得られなかった一方、比較例No.56は、Cr量が過多となり、スラグ剥離性が劣化し、溶接金属の耐割れ性及び耐摩耗性が劣化した。
【符号の説明】
【0065】
1:サブマージアーク肉盛溶接用フラックス、11:帯状電極(フープ)、12:送給ローラ、13:電源供給装置、3:母材、4:ビード、4a:凝固スラグ、4b:溶融スラグ、4c:溶融金属、4d:溶接金属

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フラックス全質量あたり、
SiO:10乃至30質量%、MgO:4乃至10質量%、金属炭酸塩:CO換算値で1乃至10質量%、金属フッ化物:F換算値で2乃至10質量%、Al及びZrOの少なくとも一方:総量で10乃至30質量%、及びKO及びNaOの少なくとも一方:総量で1.5乃至5.0質量%を含有し、
更に、金属粉又は合金粉として、C:0.1乃至0.5質量%及びCr:11乃至25質量%を含有し、
残部がFe及び不純物であり、
フラックス中のCaO、CaF、MgO、NaO及びKOの総量Xは、フラックス中のSiO、Al及びZrOの含有量を夫々[SiO]、[Al]及び[ZrO]として下記数式から算出される数値Yに対する比X/Yが0.3乃至1.5であることを特徴とするサブマージアーク肉盛溶接用フラックス。

【請求項2】
更に、金属粉又は合金粉として、Mo:0.5乃至3.5質量%及びV:0.1乃至2.0質量%の少なくとも一方を含有することを特徴とする請求項1に記載のサブマージアーク肉盛溶接用フラックス。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−771(P2013−771A)
【公開日】平成25年1月7日(2013.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−134008(P2011−134008)
【出願日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】