説明

サルモネラ・ワクチン

【課題】致死性、全身性、呼吸器或いは消化器疾患を起こすサルモネラ症を予防するための不活化抗原を用いたワクチンを提供する。
【解決手段】サルモネラ菌増殖用培地に特定の塩、有機酸を加え、免疫応答反応を高める効果を有する防御関連蛋白の発現を誘導する。得られた菌体を不活化し、リポソームを主体とするアジュバントと組み合わせることにより、実用性の高いサルモネラ用不活化ワクチンとなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動物のサルモネラ症を予防する不活化ワクチン製剤に関する。
【背景技術】
【0002】
サルモネラ菌は、細胞内寄生細菌であり、これに対する防御免疫は細胞性免疫を必要とする。このため病原性に関与する遺伝子を欠損させた弱毒生ワクチンの開発が進められている。aroA,aroC,hupA,dlksAなどの病原性に関与する遺伝子を欠損させれば、細胞内寄生の効率や生存率が低下するなどの作用を表す。しかし、弱毒生ワクチンはサルモネラ・コレラスイス(Salmonella choleraesuis)の病原性プラスミド欠損菌以外、産業利用されていないのが現状である。
【0003】
サルモネラ菌は、生体内に侵入後、菌が発現する蛋白を変化させる。これは腸内、腸管上皮細胞、マクロファージといった微小環境に対して発現する遺伝子が変化することによる。腸管内ではSalmonella Pathogenic Island 1(SPI1)の遺伝子群が作用し、腸管上皮細胞やマクロファージ内ではSPI2の遺伝子群が作用してこれらに対応する蛋白質が発現し、殺菌を免れる。
【0004】
細菌の防御に関連する抗原は、定着因子である線毛、運動を司る鞭毛、毒素などが特定されている。しかしながらサルモネラ菌においては、それら単体を抗原としたサブユニット・ワクチンは実験室レベルでは製造できても産業利用には程遠い現状である。
【0005】
サルモネラ菌体の不活化ワクチンも状況は同様である。主として鶏用不活化ワクチンとして、O4群に属するサルモネラ菌の不活化ワクチチン(特許文献1を参照)、それにO9群及びO7群に属するサルモネラ菌を加えた3価の不活化ワクチン(特許文献2を参照)及びS.エンテリティディスの不活化菌体または不活化菌体由来成分からなるワクチンが報告されているに過ぎない(特許文献3を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平6−192126号
【特許文献2】特開2009−215226号
【特許文献3】特開2002−80396号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
サルモネラ菌の弱毒生ワクチンが産業利用されるまでには多くの課題を解決しなければならない。一方、不活化ワクチンでは防御に関連する抗原を効率よく発現させることとサルモネラ菌感染に対する防御免疫を誘導することが必要である。
【0008】
多くの不活化ワクチンでは防御免疫を誘導するためにアジュバントを用いている。しかし、用いたアジュバントにより注射部位にワクチンが残留、または注射部位筋肉の変性などの副反応が起こることがある。このため食肉用動物への注射には制限が設けられることがあり、これら制限がないワクチン製剤の開発が望まれている。
【0009】
本発明の発明者は、そのようなワクチン製剤の開発のため鋭意研究の結果、サルモネラ感染症の予防に困難と言われた不活化ワクチンで動物の致死性感染を防御、或いは症状を軽減させることに成功した。さらに、産業利用可能な抗原の効率的発現、防御免疫の誘導法及び注射を制限することがないアジュバントを見出した。
【課題が解決するための手段】
【0010】
サルモネラ菌が増殖する基本的な培地(例えば、LB培地)に酢酸ナトリウム、塩化ナトリウム、酪酸、プロピオン酸、ナリジクス酸、エタノール、シュクロース、過酸化水素或いはビピリジルを添加することにより、増殖中のサルモネラ菌に感染防御に関わる抗原蛋白の発現を誘導した。これを不活化した後、全菌体のまま或いはホモジナイザー等で破砕して陽性荷電リポソームなどのアジュバントを加えて、ワクチン製剤とした。
【発明の効果】
【0011】
本発明のワクチン製剤は、サルモネラ菌による致死感染の防御或いは菌の排泄や臨床症状の軽減をすることができる。また、注射部位におけるワクチンの残留や筋肉の変性などの副反応が起きない。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】誘導発現した抗原のSDS−PAGE電気泳動図。
【図2】培地の種類と抗原発現量を示した平面図。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明は、防御に関連する抗原を誘導・発現させることを目的とし、可能な限り腸管内、細胞内等の微小環境に近似した培地或いは動物体内には無い環境を模した培地で培養したサルモネラ菌を用いたワクチン製剤である。誘導された抗原蛋白は、機能が明らかでないものの、従来の培地で培養したサルモネラ菌体単独に比べ有為に高い免疫誘導効果が得られている。
【0014】
サルモネラ菌を増殖する培地として、ルリア・ベルターニ(LB)、ラバポート・バシリアディス(RV)、ミューラーヒントン(MH)、マグネシウム最小培地(MgM)、ブレインハートインフュージョン(BHI)、トリプトース・ソイ・ブロス(BHI)、EEMブイヨン等が挙げられる。これらのうち特に好ましい培地はLB培地である。抗原蛋白発現を誘導する培地添加剤は、塩化ナトリウム、酢酸ナトリウム、酪酸、プロピオン酸、ナリジクス酸、エタノール、シュクロース、過酸化水素或いはビピリジルなどから1種または複数選択する。
【0015】
サルモネラ菌種によって培地、添加物及び培養菌体の形態(全菌体又は菌体破砕物)を適宜変更する。例えばサルモネラ・ティフィムリウム(S.typhimurium)においては、LB培地に塩化ナトリウムとビピリジルを添加し不活化した菌体破砕物を使用し、サルモネラ・コレラスイスではLB培地に酢酸ナトリウムを添加して不活化した全菌体を使用する。ホルマリンによって不活化後、必要なら超音波、超高圧ホモジナイザー等で破砕しワクチン抗原とする。
【0016】
添加物の至適濃度は、以下の通りである;
塩化ナトリウム;0.5〜6w/v%、より好ましくは1〜3w/v%
ビピリジル:0.05〜0.3mM、より好ましく0.2〜0.3mM
酢酸ナトリウム:10〜400mM、より好ましくは30〜150mM
酪酸:20〜300mM、より好ましくは40〜250mM
プロピオン酸:5〜50mM、より好ましくは20〜30mM
ナリジスク酸:10〜100μg/mlより好ましくは40〜70μg/ml
【0017】
効果的な免疫を誘導するために、アジュバントとして水酸化アルミニウムゲル、油性アジュバント、リポソームなどを抗原と混合する。注射部位のワクチンの残留や注射局所筋肉等の変性の少ないリポソームの使用が好ましく、鎖長が2〜22のポリエチレングリコールの修飾脂肪酸を0.01〜0.1w/v%含む陽性荷電リポソームが好ましい。
【実施例】
【実施例1】
【0018】
(サルモネラ・コレラスイスの培養)
サルモネラ・コレラスイスを種々の組成の培地で培養し、菌数を測定した。培地はルリア・ベルターニ(LB)、ラバポート・バシリアディス(RV)、ミューラーヒントン(MH)、マグネシウム最小培地(MgM)、ブレインハートインフュージョン(BHI)、トリプトース・ソイ・ブロス(BHI)、M9、或いはLB培地に以下の物質を添加したものを用いた。添加物は0.2mMビピリジル、20w/v% シュクロース、3w/v% 塩化ナトリウム、10mMブチレート、30mM酢酸ナトリウム、60μg/mlナリジクス酸などである。
【0019】
(誘導・発現した抗原の反応性比較)
集菌してリン酸緩衝食塩液(PBS)で菌体を洗浄後、少量の滅菌水に菌を浮遊した。浮遊菌液を60℃で20分間感作して遠心上清(加熱抽出抗原)を採取し、蛋白量をBCA法で測定した。蛋白量を10μg/mlに0.05mol/L炭酸−重炭酸緩衝液(pH9.5)で合わせ、丸底のELISAプレートのウェルに固相した。サルモネラ・コレラスイス感染豚血清とペルオキシダーゼ標識抗豚IgG抗体を用いてELISA(酵素抗体)法を行い、誘導・発現した抗原の感染豚血清との反応性を比較検討した。
【0020】
(誘導・発現した抗原の分子量)
先の加熱抽出抗原をSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS−PAGE)で分離し、ゲルをクマシー・ブリリアントブルー(CBB)で染色して誘導・発現した抗原の分子量を比較検討した(図1参照)。
【0021】
(抗血清との反応性)
菌数は7×10〜4.9×10cfu/mlで、最小がマグネシウム最小培地(MgM)、最高が30mM酢酸ナトリウム添加LB(pH6.7)培地で培養した時であった。ELISA法によるサルモネラ・コレラスイス感染豚血清との反応性は、3w/v%塩化ナトリウム添加LB培地、10mMブチレート添加LB培地、30mM酢酸ナトリウム添加LB培地(pH6.7)の順に良かった(図2参照)。また、SDS−PAGEによる加熱抽出抗原の解析では、0.2mMビピリジル添加LB培地、20w/v%シュクロース添加LB培地、3w/v%塩化ナトリウム添加LB培地、30mM酢酸ナトリウム添加LB培地で培養・作製した時、高分子量領域で他の検体との違いが認められた(図1参照)。
【実施例2】
【0022】
(ワクチンの製造)
サルモネラ・コレラスイスをLB培地で37℃、一晩振盪培養した。次に、3w/v%塩化ナトリウム添加LB培地、30mM酢酸ナトリウム添加LB培地(pH6.7)、5w/v%トリプトース・フォスフェイト・ブロス(TPB)添加MgM培地、10w/v%TPB添加M9培地の各培地へ菌液を1/100量接種して37℃で一晩振盪培養した。各培養菌液を7,000rpm、4℃、20分間の遠心にかけ集菌した。菌体を元の培地の1/10量のりん酸緩衝食塩液(PBS)に浮遊し、ホルマリンを0.3vol%加えた。37℃で一晩感作して菌を不活化した。
【0023】
陽性荷電リポソームは、水素添加大豆リン脂質0.6w/v%、コレステロール0.3w/v%、塩化ジステアリル・ジメチルアンモニウム0.15w/v%を組成とし、ジステアリン酸ポリエチレングリコール0.02w/v%を少量のクロロホルムに溶解して薄膜法で作製した。この陽性荷電リポソームと不活化前生菌数で約1×1010cfu/mlとした各菌体抗原を等量に混合した。
【実施例3】
【0024】
実施例2で調製した4種の不活化ワクチンを1群2頭の3週齢のSpecific freepathogen(SPF)豚の頸部筋肉内に1mlを3週間隔2回注射した。また攻撃試験として、3週後にLB培地で培養したサルモネラ・コレラスイスNo.3株(動物衛生研究所より分与)1.96×1010cfuを鼻腔内に投与した。結果を表1に示す。
【0025】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
サルモネラ菌が増殖し得る基本的な培地に特定の添加物を加え、感染防御に有用な蛋白質の発現を誘導したサルモネラ菌を用いることを特徴とするサルモネラ菌症用ワクチン製剤。
【請求項2】
サルモネラ菌の全菌体及び/又は菌体破砕物を不活化することを特徴とする請求項1に記載のワクチン製剤。
【請求項3】
特定の添加物が、塩化ナトリウム、酢酸ナトリウム、酪酸、プロピオン酸、ナリジクス酸、エタノール、シュクロース、過酸化水素或いはビピリジルから少なくとも1種選択されることを特徴とする請求項1〜2に記載のワクチン製剤。
【請求項4】
添加物の濃度が、塩化ナトリウム0.5〜6%、酢酸ナトリウム10〜400mM、ビピリジル0.05〜0.3mMの範囲であることを特徴とする請求項1〜3に記載のワクチン製剤。
【請求項5】
サルモネラ菌がサルモネラ・ティフィムリウム(Salmonella typhimurium)、サルモネラ・コレラスイス、サルモネラ・エンテリティディス(S.choleraesuis、S.enteritidies)、サルモネラ・ダブリン(S.dublin)、サルモネラ・インファンティス(S.infantis)である請求項1〜4に記載のワクチン製剤。
【請求項6】
塩化ナトリウム及びビピリジルを添加して培養したサルモネラ・ティフィムリウムの菌体破砕物を不活化したことを特徴とする請求項1〜4に記載のワクチン製剤。
【請求項7】
酢酸ナトリウムを添加して培養したサルモネラ・コレラスイスの全菌体を不活化したことを特徴とする請求項1〜4に記載のワクチン製剤。
【請求項8】
アジュバントに水酸化アルミニウムゲル、リポソーム、油性アジュバントなどを用いることを特徴とする請求項1〜7に記載のワクチン製剤。
【請求項9】
リポソームが、水素添加大豆リン脂質、コレステロール、塩化ジステアリル・ジメチルアンモニウムを組成とし、ポリオキシエチレンステロール、ポリエチレングリコール脂肪酸エステルなどの修飾ポリエチレングリコールを含むことを特徴とする請求項1〜8に記載のワクチン製剤。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−126701(P2012−126701A)
【公開日】平成24年7月5日(2012.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−294706(P2010−294706)
【出願日】平成22年12月16日(2010.12.16)
【出願人】(591193370)株式会社微生物化学研究所 (14)
【Fターム(参考)】