説明

シバ属内の種間及び種内雑種の鑑別に有用なSSRプライマー対とその利用

【課題】シバSSRマーカーを検出するプライマー対及び簡便かつ正確にシバ属種間及び種内雑種の鑑別を行う方法を提供する。
【解決手段】シバ属内の種間及び種内雑種の鑑別に有用なプライマー対であって、シバゲノム上におけるSSR領域を検出するためのプライマー対、及びシバ種間及び種内雑種を鑑別する方法であって、シバ属のゲノム上におけるSSR(Simple Sequence Repeats)領域を検出するプライマーから増幅されるマーカーを使用し、識別対象のシバ種間及び種内雑種DNAのPCRによる増幅を行い、その増幅産物を両親と照合することで雑種個体の鑑別を行うことを特徴とする雑種個体の鑑別方法。
【効果】シバ種間及び種内雑種の雑種個体の鑑別方法を提供することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シバ属内の種間及び種内雑種を鑑別するため、特定のSSR領域を増幅させるための遺伝子増幅用プライマーのFプライマー及びRプライマー対及び該プライマー対を利用したシバ属の種間及び種内雑種の鑑別方法に関するものである。従来、シバの種間及び種内での系統間の形態的特徴に差異が少なく、簡単で確実に真の雑種を同定する方法がなかったが、本発明は、特定のSSRマーカー検出用プライマーを利用することで、幼苗期において、シバ属の種間及び種内雑種を簡単かつ正確に鑑別することを可能とする雑種個体の鑑別方法を提供するものである。
【背景技術】
【0002】
シバ属(Zoysia)は、8種ほど存在するが、日本では、主にノシバ(Z.japonica)、コウライシバ(Z.tenuifolia)及びコウシュンシバ(Z.matrella)が栽培され、主に芝生用で、ノシバは、暖地型飼料作物としても利用される。シバ属は、多年生のイネ科植物である。シバ属の植物は、栄養繁殖と種子繁殖をするが、種子繁殖では、部分自殖も行う他殖性である。
【0003】
シバの品種識別法として、先行技術文献では、例えば、SSRマーカーを使用した品種識別法が提案されている(特許文献1参照)。この方法では、シバ品種の「朝駆」から137種類の特定のSSRマーカーを開発し、これらのマーカーを鋳型としてPCR増幅を行い、増幅産物の分子量を確認することでシバの品種識別を行っている。
【0004】
シバの育種は、栄養系から選抜する方法が主流であるが、現在、交配育種も盛んに行われている。しかし、シバの多くは、生殖器官である花が小さく、その他の植物で行われる雄蘂の除去が特に難しい。また、シバの多くは、自殖も行い、特にノシバでは、自殖率も高く、交配で得た個体は、真の雑種かどうか形態的な観察に頼るしかない。ただし、シバの種間及び種内での系統間の形態的特徴に差異が少なく、簡単で確実に真の雑種を同定する方法がないのが現状である。
【0005】
【特許文献1】特開2005−27566号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このような状況の中で、本発明者らは、上記従来技術に鑑みて、シバの種間及び種内雑種の鑑別に有用なSSRプライマー対及び当該雑種の鑑別方法を開発することを目標として鋭意研究を積み重ねた結果、シバのゲノム上におけるSSR領域の両側の塩基配列を用いて作成したプライマー対を利用することにより所期の目的を達成し得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
本発明は、従来の形態的な観察法より正確で、幼苗期で少量の葉由来のDNAをテンプレートDNAとすることにより植物を育てる時間を省き、なおかつ正確なシバ属種間及び種内雑種の鑑別を可能にするPCR用のSSRマーカープライマー対及び当該雑種の鑑別方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するための本発明は、以下の技術的手段から構成される。
(1)シバ属内の種間及び種内雑種の鑑別に有用なプライマー対であって、シバゲノム上におけるSSR領域を検出するためのプライマー対。
(2)シバゲノム上におけるSSR領域の両側の塩基配列を用いて作成された、前記(1)に記載のプライマー対。
(3)表1のF(Foward)プライマー1〜838及びR(Reverse)プライマー839〜1676の対を1対とするシバ属のSSR増幅用プライマー対である、前記(1)に記載のプライマーセット。
(4)シバ種間及び種内雑種を鑑別する方法であって、シバ属のゲノム上におけるSSR(Simple Sequence Repeats)領域を検出するプライマーから増幅されるマーカーを使用し、識別対象のシバ種間及び種内雑種DNAのPCRによる増幅を行い、その増幅産物を両親と照合することで雑種個体の鑑別を行うことを特徴とする雑種個体の鑑別方法。
(5)前記(3)に記載のプライマー対から増幅されるSSRマーカーを使用し、雑種DNAのPCR増幅を行う、前記(4)に記載の方法。
(6)PCRによる増幅断片のバンドサイズ及び/又はバンドパターンを指標として雑種の鑑別を行う、前記(4)又は(5)に記載の方法。
(7)識別対象のシバ属が、ノシバ、コウライシバ、コウシュンシバ、又はオニシバである、前記(4)又は(5)に記載の方法。
【0009】
次に、本発明について更に詳細に説明する。
本発明は、シバ属内の種間及び種内雑種の鑑別に有用なプライマー対であって、シバゲノム上におけるSSR領域を検出するためのプライマー対である。本発明は、上記プライマー対が、シバゲノム上におけるSSR領域の両側の塩基配列を用いて作成されたこと、表1のF(Foward)プライマー1〜838及びR(Reverse)プライマー839〜1676の対を1対とするシバ属のSSR増幅用プライマー対である、こと、を好ましい実施の態様としている。
【0010】
また、本発明は、シバ種間及び種内雑種を鑑別する方法であって、シバ属のゲノム上におけるSSR(Simple Sequence Repeats)領域を検出するプライマーから増幅されるマーカーを使用し、識別対象のシバ種間及び種内雑種DNAのPCRによる増幅を行い、その増幅産物を両親と照合することで雑種個体の鑑別を行うことを特徴とするものである。本発明では、上記のプライマー対から増幅されたSSRマーカーを使用し、雑種DNAのPCR増幅を行うこと、を好ましい実施の態様としている。
【0011】
この発明の特徴は、シバのゲノム上におけるSSR領域の両側の塩基配列を用いて作成したプライマー対から、鑑別対象の雑種個体及びそれらの親個体のゲノム領域の特定マーカーをPCR増幅し、そのマーカーのサイズ及びバンドパターンを確認することで雑種の鑑別を行う点にある。
【0012】
本発明で使用されるSSRプライマー対は、ノシバとコウシュンシバの雑種系統F8由来のSSR濃縮ライブラリーから単離したもので、具体的に、まず、SSR繰り返し配列モチーフGA/CT、CA/TG、AAG/TTC及びAAT/TTAの濃縮ライブラリーを作成した。その後、各ライブラリーからそれぞれ2000クロンの塩基配列を決定した。これらの塩基配列からSSR繰り返しモチーフを含むクロンを重複したものを除き、プライマーを設計した。更に設計したプライマーを8系統のシバDNAをスクリーニングし、増幅しかつ多型があるものを本発明のSSRプライマー対とした。ノシバ、コウライシバ、コウシュンシバ及びオニシバ(Z.macrostachya)に使用できる。なお、プライマー設計は、ソフトウエア「Primer 5.0,ftp://ftp−genome.wi.mit.edu/distribution/software/Primer0.5」を使用してゲノム領域増幅用プライマーの838対のプライマーを設計した(表1参照)。
【0013】
本発明では、2〜3塩基が高頻度に繰り返された配列からなるSSR領域の両側を挟むように設計したゲノム領域増幅用プライマーの838対のプライマー(表1参照)で、使用する系統によって一つのプライマー対を使用し、対象となる雑種個体DNAのテンプレートについてPCR増幅を行い、その増幅断片を交配親のバンドと比較することで雑種を鑑別する。
【0014】
本発明では、シバゲノム上のSSR領域の両側の塩基配列を用いてプライマー対として設計する。対象となるシバ属種間及び種内雑種の親個体のDNAをまずSSRマーカーで選抜し、両親が違うサイズのバンドを示すマーカーを鑑別マーカーとする。その後、選抜した鑑別マーカーを使って雑種集団の個体を真の雑種として識別する。つまり、両親から1本ずつのバンドを継承しているので真の雑種である。逆に、それ以外の個体は真の雑種ではない。
【0015】
本発明で使用されるSSR領域としては、シバゲノム上に分布するGA/CT、CA/TG、AAG/TTC及びAAT/TTAの繰り返しをある程度(2塩基繰り返しの場合は9反復以上、3塩基の場合は5反復以上)含む領域である。上記SSR領域を検出するプライマーとして表1に示す838対のプライマーを設計した。
【0016】
後記する実施例では、シバSSRマーカーのZ0028〜Z0032、SSRマーカーZ0416を上記プライマー対で分析し、これらのマーカーは、雑種の鑑別に適していることが認められたが、本発明者らの同じ8シバ系統を使った試験をした結果、同様に配列表にあるすべてのプライマー対は本発明の鑑別に有用である。
【0017】
本発明で使用する機器としては、例えば、T GRADIENT Themocycler(Biometra)、及びGene Amp PCR System 9700(ABI)、DNAシーケンシングシステムLIC−4200L(s)(アロカ社)が例示されるが、これらに限定されるものではない。
【0018】
本発明で使用する試薬としては、以下のものが例示される。
〈50%アクリルアミドゲル〉
尿素(和光)、Long Ranger Gel solution DNA Sequencing用(タカラバイオ株式会社)、10xTBE buffer、10%APS、TEMED(和光)。
【0019】
〈PCR反応液〉
Gene Taq NT(和光純薬工業株式会社)、1pmol/μl M13Foward(−29)Primerは、IRD700もしくはIRD800の蛍光標識を含む(日清紡)。
色素マーカー:
50−350bp SIZING STANDARD−BULK (アロカ)
本発明では、アロカ社のプロトコールに基づいてゲルと色素マーカーの作成を行うことができる。しかし、試薬は、上記のものに限定されるものではない。
【0020】
国内で育成されたシバ8品種・系統からCTAB法を用いてゲノムDNAを抽出する。抽出したDNA溶液は、例えば、滅菌水でDNA濃度を20ng/μlに調整し、PCR用のテンプレートDNAとして用いた。PCR反応液及びPCR反応条件は、例えば、以下のものが例示されるが、使用する機器及び試薬によって、適宜変更することができる。
【0021】
PCR反応液:〈計10μl〉
検定対象系統から抽出したDNA(20ng/μl):1μl
10xGene Taq Universal buffer:1μl
2.5mM dNTP Mixture:0.8μl
ddH2O:6.5μl
Primer Forwad(20pmol/μl):0.06μl
Primer Reverse(20pmol/μl):0.3μl
M13Forward(−29)Primer:0.3μl
Gene Taq NT(5 unit/μl):0.1μl
【0022】
PCR反応条件
最初に95℃5分、それから95℃1分−65℃1分−72℃1分30秒(2サイクル)、95℃1分−65℃1分−72℃1分30秒(10サイクル。1サイクルごとに65℃を1℃ずつ下げていく)、95℃1分−55℃1分−72℃1分30秒(30サイクル)、最後に72℃7分で反応させた。PCR増幅産物は、色素マーカー5μlを加え、90℃3分のディネーチャーを行った後、遮光し、氷上で1時間以上静置させることで安定させた後、アクリルアミドゲルを使用して電気泳動を行い、マーカーの増幅を確認する。
【発明の効果】
【0023】
本発明により、次のような効果が奏される。
(1)本発明により、シバ属の種間及び種内雑種を簡単かつ正確に鑑別するシバのSSRマーカーを検出するプライマーセットが提供される。
(2)これらのマーカーを利用することでほとんどの雑種を鑑別することが可能となる。
(3)シバ種間及び種内雑種の雑種個体の鑑別方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
次に、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0025】
(雑種個体鑑別SSRマーカーの選定)
本実施例では、俵山北1、首里、F2、室蘭2、松島2、F8、A29及び首里2の8系統をテンプレートとして使用した。そのうち、F8は、室蘭2と松島2の雑種個体、F2は、俵山北1と首里の雑種個体であると言われている。
【0026】
上記8系統のDNAを使って、シバSSRマーカーのZ0028〜Z0032のF及びRプライマーで分析した結果、Z0031プライマーは、8系統すべてで近いバンドを示すため、このマーカーは、上記の8系統の雑種の判別に適してないと思われる。これに対して、その他の4マーカーでは、雑種のF2とF8を除く6系統でほとんど異なるバンドを持っているので、これらのマーカーは、雑種の鑑別に適していると考えられる(図1)。
【0027】
また、図1から、F8は、Z0031プライマー(8系統すべてで近いバンドを示すため除外)以外の4マーカーでは、すべて両親の室蘭2と松島2から1バンドずつ継承し、両親のヘテロ状態であるから、F8は、この両親の室蘭2と松島2の真の雑種であることを証明した。これに対して、F2は、Z0031プライマー以外の4マーカーは、すべて母親の俵山北1から1バンド継承するだけで、父親の首里からバンドを継承していないことから、このF2系統は、その両親と言われている俵山北1と首里の真の雑種ではなく、母親俵山北1の自殖後代であることが明らかになった(図1)。
【実施例2】
【0028】
(人工交配で得た雑種集団からの真の雑種個体の鑑別)
室蘭2と俵山北1を使って、人工交配を行った。具体的には、開花期に両親個体を同じ交配用袋に入れ、自由に受粉させることで交配した。
【0029】
室蘭2から得た種子を播種、育苗し、植物が4葉期ぐらいに、0.2gの葉をサンプリングし、DNAをCTAB法で抽出した。
【0030】
抽出したDNAを20ng/μlの濃度に薄め、該DNAをテンプレートとして、シバSSRマーカーZ0416をF及びRプライマー対で増幅した。Z0416マーカーは、交配親の室蘭2と俵山北1において、それぞれ違う位置に2本のバンドを持っている。つまり、両方の親は、Z0416の遺伝子座において、ともにヘテロ状態である。
【0031】
図2に示したように、*印の個体は、ともに両親から1本ずつのバンドを継承しているので、真の雑種である。逆に、それ以外の個体は、母親室蘭2の2本のバンドのうち、1本か2本継承しただけで、もう一方の親俵山北1から継承していないため、真の雑種ではない。
【0032】
表1に、マーカーリスト及び本発明のプライマー対の塩基配列を示す。
【0033】
【表1】

【0034】


【0035】


【0036】


【0037】


【0038】


【0039】


【0040】


【0041】


【0042】


【0043】


【0044】


【0045】


【0046】


【0047】


【0048】


【0049】


【0050】


【0051】


【0052】


【0053】


【0054】


【0055】


【0056】


【0057】


【0058】


【産業上の利用可能性】
【0059】
以上詳述したように、本発明は、シバ属内の種間及び種内雑種の鑑別に有用なSSRプライマー対とその利用に係るものであり、本発明により、シバ属の種間及び種内雑種を簡単かつ正確に鑑別するシバのSSRマーカーを検出するプライマーセットが提供される。これらのマーカーを利用することでほとんどの雑種を鑑別することが可能となる。本発明は、シバ種間及び種内雑種の雑種個体の鑑別方法を提供するものとして有用である
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】実施例1におけるZ0028〜Z0032マーカーをF及びRプライマー対を用いたPCR増幅産物の電気泳動の結果を示す。
【図2】実施例2におけるZ0416マーカーをF及びRプライマー対を用いた雑種集団のPCR増幅産物の電気泳動の結果を示す。*印の個体:本当の雑種個体。
【符号の説明】
【0061】
1 俵山北1
2 首里
3 F2
4 室蘭2
5 松島2
6 F8
7 A29
8 首里2

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シバ属内の種間及び種内雑種の鑑別に有用なプライマー対であって、シバゲノム上におけるSSR領域を検出するためのプライマー対。
【請求項2】
シバゲノム上におけるSSR領域の両側の塩基配列を用いて作成された、請求項1に記載のプライマー対。
【請求項3】
表1のF(Foward)プライマー1〜838及びR(Reverse)プライマー839〜1676の対を1対とするシバ属のSSR増幅用プライマー対である、請求項1に記載のプライマーセット。
【請求項4】
シバ種間及び種内雑種を鑑別する方法であって、シバ属のゲノム上におけるSSR(Simple Sequence Repeats)領域を検出するプライマーから増幅されるマーカーを使用し、識別対象のシバ種間及び種内雑種DNAのPCRによる増幅を行い、その増幅産物を両親と照合することで雑種個体の鑑別を行うことを特徴とする雑種個体の鑑別方法。
【請求項5】
請求項3に記載のプライマー対から増幅されるSSRマーカーを使用し、雑種DNAのPCR増幅を行う、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
PCRによる増幅断片のバンドサイズ及び/又はバンドパターンを指標として雑種の鑑別を行う、請求項4又は5に記載の方法。
【請求項7】
識別対象のシバ属が、ノシバ、コウライシバ、コウシュンシバ、又はオニシバである、請求項4又は5に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−245572(P2008−245572A)
【公開日】平成20年10月16日(2008.10.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−90660(P2007−90660)
【出願日】平成19年3月30日(2007.3.30)
【出願人】(501025388)社団法人日本草地畜産種子協会 (11)
【Fターム(参考)】