説明

シャペロンを利用するFc結合性タンパク質の製造方法

【課題】 ヒトFc受容体等のFc結合性タンパク質を安価に製造可能な、微生物を利用したFc結合性タンパク質の製造方法において、リフォールディング操作の不要な、活性を有したFc結合性タンパク質を高効率に製造する方法を提供すること。
【解決手段】 Fc結合性タンパク質とGroEL、GroES、TF(トリガーファクター)のいずれか一つ以上を含むシャペロンタンパク質とを宿主で共発現させる製造方法により、前記課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗体と親和性があり、抗体を精製するためのアフィニティークロマトグラフィー用のリガンドとして利用可能なFc結合性タンパク質を、高効率に製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
抗体は、ガン等に対する治療薬、診断薬、研究試薬等に用いられており、バイオテクノロジー産業の中核的な物質および技術を担っている。抗体を工業的に製造する際は、前記抗体を産生可能な動物細胞(CHO細胞等)を培養し、培養上清中に前記抗体を分泌産生後、細胞除去、粗精製工程、クロマトグラフィーによる精製工程を経ることで、高純度な抗体を製造している。
【0003】
抗体を製造する際、精製工程で用いるクロマトグラフィーは、イオン交換クロマトグラフィー、疎水クロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィーの他に、抗体との特異的な結合性を利用したアフィニティークロマトグラフィーもよく用いられる。抗体を精製するためのアフィニティークロマトグラフィー用リガンドとして、黄色ブドウ球菌(Staphyrococcus aureus)の細胞表面に存在するプロテインAが従来より用いられている。しかしながら、例えば医薬品用途といった、高い精製度が要求される分野では、プロテインAよりも高い特異性を有するクロマトグラフィー用リガンドが求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2002−531086号公報
【特許文献2】特開2008−245580号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】J.V.Ravetch等,Annu.Rev.Immunol.,9,457,1991
【非特許文献2】A.Paetz等,Biochem.Biophys.Res.Commun.,338,1811,2005
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
プロテインAに代わる抗体精製用アフィニティークロマトグラフィー用リガンドの候補として、抗体の定常領域であるFc領域と結合するヒトFc受容体があげられる。ヒトFc受容体は免疫細胞表面に存在する分子量数万のタンパク質であり、抗体IgGの受容体としてFcγRI、FcγRIIa、FcγRIIb、FcγRIIIのサブタイプに分類される(非特許文献1)。なかでも、FcγRIとIgGの結合親和性は高く、その平衡解離定数(Kd)は10−8M以下である(非特許文献2)。FcγRIはIgGとの結合に直接関わるα鎖と、γ鎖の2種類のサブユニットによって構成されており、γ鎖は細胞膜貫通領域と細胞外領域の境界にあるシステインを介した共有結合によりホモダイマーを形成している(非特許文献1)。
【0007】
ヒトFc受容体に限らず、ヒトタンパク質を発現・製造するためにはCHO細胞等の動物細胞を用いる方法が一般的である。しかしながら、前記方法は動物細胞を培養するための培地が非常に高価であるため、製造コストが高くなる問題点がある。一方、培養するための培地原料が安価、かつ増殖速度の速い、微生物を利用したヒトFc受容体の発現・製造方法が報告されている(特許文献1)。しかしながら、微生物を利用した製造方法で得られたヒトFc受容体は不活性化型として発現するため、活性を有したヒトFc受容体を得るには煩雑なリフォールディング操作を必要とした(特許文献1)。
【0008】
そこで本発明は、ヒトFc受容体等のFc結合性タンパク質を安価に製造可能な、微生物を利用したFc結合性タンパク質の製造方法において、リフォールディング操作が不要な、活性を有したFc結合性タンパク質を高効率に製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本願発明者らは上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、Fc結合性タンパク質と特定のシャペロンタンパク質とを宿主で共発現させることにより、活性を有したFc結合性タンパク質を高効率に発現することを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0010】
すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
【0011】
(1)Fc結合性タンパク質とシャペロンタンパク質とを宿主で共発現させるFc結合性タンパク質の製造方法であって、
シャペロンタンパク質がGroEL、GroES、TF(トリガーファクター)のいずれか一つ以上を含むタンパク質である、前記製造方法。
【0012】
(2)Fc結合性タンパク質をコードするポリヌクレオチドを含む発現ベクターと、シャペロンタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含むプラスミドとで宿主を形質転換して得られる形質転換体を用いて、Fc結合性タンパク質とシャペロンタンパク質とを宿主で共発現させるFc結合性タンパク質の製造方法であって、
シャペロンタンパク質がGroEL、GroES、TF(トリガーファクター)のいずれか一つ以上を含むタンパク質である、前記製造方法。
【0013】
(3)シャペロンタンパク質がGroEL、GroESおよびTFからなるタンパク質である、(1)または(2)に記載の製造方法。
【0014】
(4)Fc結合性タンパク質が、配列番号1に記載のアミノ酸配列のうち16番目のグルタミンから289番目のバリンまでのアミノ酸を含むFc結合性タンパク質、または16番目のグルタミンから289番目のバリンまでのアミノ酸のうちの一つ以上が他のアミノ酸に置換されたポリペプチドを含むFc結合性タンパク質である、(1)から(3)のいずれかに記載の製造方法。
【0015】
(5)(1)から(4)のいずれかの製造方法により得られた、Fc結合性タンパク質。
【0016】
(6)Fc結合性タンパク質をコードするポリヌクレオチドを含む発現ベクターと、GroEL、GroES、TF(トリガーファクター)のいずれか一つ以上を含むシャペロンタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含むプラスミドとで宿主を形質転換して得られる、形質転換体。
【0017】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0018】
本発明の製造方法で発現させるFc結合性タンパク質は、抗体のFc領域と結合する細胞表面に存在する受容体タンパク質である。Fc結合性タンパク質がヒトFc受容体の場合、ヒトFcγRI、ヒトFcγRIIa、ヒトFcγRIIb、ヒトFcγRIIIなどがあげられる。
【0019】
ヒトFc受容体のうち、ヒトFcγRIのα鎖は図1に示す構造をとり、N末端側から15アミノ酸からなるシグナルペプチド領域(SS、配列番号1に記載のアミノ酸配列のうち1番目のメチオニンから15番目のグリシンまでのアミノ酸)、277アミノ酸からなる細胞外領域(EC、配列番号1に記載のアミノ酸配列のうち16番目のグルタミンから292番目のヒスチジンまでのアミノ酸)、21アミノ酸からなる細胞膜貫通領域(TM、配列番号1に記載のアミノ酸配列のうち293番目のバリンから313番目のイソロイシンまでのアミノ酸)、61アミノ酸からなる細胞内領域(C、配列番号1に記載のアミノ酸配列のうち314番目のアルギニンから374番目までのスレオニンまでのアミノ酸)から構成される。
【0020】
本発明の製造方法で発現させるFc結合性タンパク質の一態様として、ヒトFcγRIのうち抗体と結合する領域を含むタンパク質があげられ、具体的には、配列番号1に記載のアミノ酸配列のうち、16番目のグルタミンから292番目のヒスチジンまでの細胞外領域(図1のEC領域)中の、少なくとも16番目のグルタミンから289番目のバリンまでのアミノ酸を含むヒトFcγRIがあげられる。なお、EC領域のN末端側にあるシグナルペプチド領域(図1のSS領域)の全てまたは一部が含まれていてもよいし、EC領域のC末端側にある膜貫通領域(図1のTM領域)の全てまたは一部や細胞内領域(図1のC領域)の一部が含まれていてもよい。また、ポリヒスチジンタグといった、精製などを行なうためのタグペプチドがN末端側またはC末端側に付加されていてもよい。
【0021】
本発明の製造方法で発現させるFc結合性タンパク質の別の態様として、配列番号1に記載のアミノ酸配列のうち、少なくとも16番目のグルタミンから289番目のバリンまでのアミノ酸を含むヒトFcγRIであって、16番目のグルタミンから289番目のバリンまでのアミノ酸のうちの一つ以上が他のアミノ酸に置換されたヒトFcγRIがあげられる。前記アミノ酸置換を行なう箇所および置換数は、抗体結合活性を失わない限り任意設定が可能であり、一例として、配列番号1に記載のアミノ酸配列のうち少なくとも16番目のグルタミンから289番目のバリンまでのアミノ酸を含むヒトFcγRIであって、
(ア)配列番号1の20番目のスレオニンがプロリンに置換
(イ)配列番号1の25番目のスレオニンがリジンに置換
(ウ)配列番号1の38番目のスレオニンがアラニンまたはセリンに置換
(エ)配列番号1の46番目のロイシンがアルギニンまたはプロリンに置換
(オ)配列番号1の62番目のアラニンがバリンに置換
(カ)配列番号1の63番目のスレオニンがイソロイシンに置換
(キ)配列番号1の69番目のセリンがフェニルアラニンまたはスレオニンに置換
(ク)配列番号1の71番目のアルギニンがヒスチジンに置換
(コ)配列番号1の77番目のバリンがアラニンまたはグルタミン酸に置換
(サ)配列番号1の78番目のアスパラギンがアスパラギン酸に置換
(シ)配列番号1の94番目のアスパラギン酸がグルタミン酸に置換
(ス)配列番号1の100番目のイソロイシンがバリンに置換
(セ)配列番号1の110番目のセリンがアスパラギンに置換
(ソ)配列番号1の114番目のフェニルアラニンがロイシンに置換
(タ)配列番号1の125番目のヒスチジンがアルギニンに置換
(チ)配列番号1の131番目のロイシンがアルギニンまたはプロリンに置換
(ツ)配列番号1の149番目のトリプトファンがロイシンに置換
(テ)配列番号1の156番目のロイシンがプロリンに置換
(ト)配列番号1の160番目のイソロイシンがメチオニンに置換
(ナ)配列番号1の163番目のアスパラギンがセリンに置換
(ニ)配列番号1の195番目のアスパラギンがスレオニンに置換
(ヌ)配列番号1の199番目のスレオニンがセリンに置換
(ネ)配列番号1の206番目のアスパラギンがリジン、セリンまたはスレオニンに置換
(ノ)配列番号1の207番目のロイシンがプロリンに置換
(ハ)配列番号1の218番目のロイシンがバリンに置換
(ヒ)配列番号1の240番目のアスパラギンがアスパラギン酸に置換
(フ)配列番号1の248番目のロイシンがセリンに置換
(へ)配列番号1の283番目のロイシンがヒスチジンに置換
(ホ)配列番号1の285番目のロイシンがグルタミンに置換
のいずれかのアミノ酸置換を一つ以上含む、ヒトFcγRIがあげられる(特願2010−052789号)。
【0022】
本発明の製造方法で発現させるFc結合性タンパク質をコードするポリヌクレオチドの作製方法として、
(I)Fc結合性タンパク質(たとえばヒトFcγRI)のアミノ酸配列からヌクレオチド配列に変換し、前記ヌクレオチド配列を含むポリヌクレオチドを人工的に合成して作製する方法や、
(II)Fc結合性タンパク質(たとえばヒトFcγRI)遺伝子の全体または部分配列を含むポリヌクレオチドを直接人工的に、またはFc結合性タンパク質のcDNAなどからPCR法といったDNA増幅法を用いて調製し、調製した前記ポリヌクレオチドを適当な方法で連結し作製する方法、が例示できる。
【0023】
なお、前記(I)において、アミノ酸配列からヌクレオチド配列に変換する際は、形質転換させる宿主におけるコドンの使用頻度を考慮して変換するのが好ましい。一例として、宿主が大腸菌(Escherichia coli)の場合は、アルギニン(Arg)ではAGA/AGG/CGG/CGAが、イソロイシン(Ile)ではATAが、ロイシン(Leu)ではCTAが、グリシン(Gly)ではGGAが、プロリン(Pro)ではCCCが、それぞれ使用頻度が少ないため(いわゆるレアコドンであるため)、それらのコドンを避けるように変換すればよい。コドンの使用頻度の解析は公的データベース(例えば、かずさDNA研究所のホームページにあるCodon Usage Database等)を利用することによっても可能である。また、前記(I)および(II)の方法で作製した、Fc結合性タンパク質をコードするポリヌクレオチドの5’末端側に、シグナルペプチドをコードするポリヌクレオチドを付加してもよく、宿主が大腸菌の場合は、前記シグナルペプチドとしてpelB、DsbA、MalE、TorTといったペリプラズムにタンパク質を分泌させるシグナルペプチドをあげることができる(特願2009−256180号)。
【0024】
本発明の製造方法は、Fc結合性タンパク質とシャペロンタンパク質とを宿主で共発現させてFc結合性タンパク質を高効率に製造する方法である。シャペロンタンパク質は、宿主内でタンパク質の高次構造化を手助けするタンパク質の総称であり、GroEL、GroES、TF(トリガーファクター)、dnaK、dnaJ、grpEが例示できる。このうち、GroEL、GroES、TFが本発明の製造方法でFc結合性タンパク質と共発現させるシャペロンタンパク質として好ましく、GroEL、GroESおよびTFをシャペロンタンパク質としてFc結合性タンパク質と共発現させるとより好ましい。GroELのアミノ酸配列の一態様として配列番号3(GenBank No.AAL55999)が、GroESのアミノ酸配列の一態様として配列番号4(GenBank No.AAG59341)が、TFのアミノ酸配列の一態様として配列番号2(GenBank No.AAA62791)がそれぞれあげられる。一方、実施例に記載のように、シャペロンタンパク質としてdnaK、dnaJ、grpEの全てが含まれているとFc結合性タンパク質が発現しないことから、シャペロンタンパク質としてdnaK、dnaJ、grpEの全てが含まれるのは好ましくない。
【0025】
本発明の製造方法で使用する宿主は、バチルス属(ブレビバチルス属細菌やパエニバチルス属細菌のような広義のバチルス属細菌も含む)や大腸菌に代表される細菌、サッカロマイセス属、ピキア属、シゾサッカロマイセス属に代表される酵母、麹菌に代表される糸状菌が例示できるが、取扱いの簡便な大腸菌(Escherichia coli)を宿主とするのが好ましい。本発明の製造方法で使用する宿主として好ましい大腸菌の一例として、大腸菌 C600株、DH5α株、LE392株、JM83株、JM105株、JM109株、MN522株、M15株、BL21株、HB101株があげられる。
【0026】
本発明の製造方法において、Fc結合性タンパク質とシャペロンタンパク質とを共発現可能な宿主を得る方法としては、
(A)シャペロンタンパク質をコードするポリヌクレオチドを、Fc結合性タンパク質を発現する宿主に導入して得る方法、
(B)Fc結合性タンパク質をコードするポリヌクレオチドおよびシャペロンタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含む発現ベクターで宿主を形質転換して得る方法、
(C)Fc結合性タンパク質をコードするポリヌクレオチドを含む発現ベクターと、シャペロンタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含むベクター(プラスミド)とで宿主を形質転換して得る方法、
が例示できる。このうち、発現ベクター(プラスミド)を用いてFc結合性タンパク質とシャペロンタンパク質とを共発現可能な宿主を得る方法(前記(B)および(C)の方法)が、Fc結合性タンパク質とシャペロンタンパク質との共発現が可能な宿主が安定的に得られる点で好ましい。
【0027】
Fc結合性タンパク質をコードするポリヌクレオチドを挿入するのに用いる発現ベクターとしては、宿主が大腸菌の場合、pUCベクター、pTrc99aベクター、pBBRベクターが例示できる。シャペロンタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含むベクター(プラスミド)としては、シャペロンタンパク質GroELおよびGroESをコードするポリヌクレオチドを含むプラスミドpGro7、シャペロンタンパク質TFをコードするポリヌクレオチドを含むプラスミドpTf16、シャペロンタンパク質GroEL、GroESおよびTFをコードするポリヌクレオチドを含むプラスミドpG−Tf2、が例示できる。
【0028】
Fc結合性タンパク質とシャペロンタンパク質との共発現が可能な本発明の宿主(形質転換体)を培養し、培養液からFc結合性タンパク質を抽出することにより、Fc結合性タンパク質を製造することができる。本発明の形質転換体は、形質転換体(宿主)の培養に適した培地で培養すればよく、宿主が大腸菌の場合は、必要な栄養源を補ったLB(Luria−Bertani)培地が好ましい培地の一例としてあげられる。なお、Fc結合性タンパク質をコードするポリヌクレオチドを含む発現ベクターの導入の有無によって形質転換体の増殖を選択的に可能とするために、培地に前記発現ベクターに含まれる薬剤耐性遺伝子に対応した薬剤を添加して培養すると好ましい。例えば、前記発現ベクターがカナマイシン耐性遺伝子を含んでいる場合は、培地にカナマイシンを添加すればよい。また培地には、炭素、窒素および無機塩供給源の他に、適当な栄養源を添加しても良く、所望により、グルタチオン、システイン、シスタミン、チオグリコレート、ジチオスレイトールからなる群から選択される一種類以上の還元剤を含んでもよい。
【0029】
本発明の形質転換体の培養温度は形質転換体(宿主)が大腸菌の場合、一般に10℃から40℃、好ましくは25℃から35℃、より好ましくは30℃前後であるが、発現させるFc結合性タンパク質の特性により選択すればよい。培地のpHは形質転換体(宿主)が大腸菌の場合、pH6.8からpH7.4が好ましく、pH7.0前後がより好ましい。
【0030】
Fc結合性タンパク質をコードするポリヌクレオチドを含む発現ベクターに誘導性のプロモータを含んでいる場合は、前記Fc結合性タンパク質を含むポリペプチドが良好に発現できるような条件下で誘導すればよい。誘導剤としてはIPTG(isopropyl−β−D−thiogalactopyranoside)やアラビノースを例示することができる。形質転換体(宿主)が大腸菌の場合、培養液の濁度(600nmにおける吸光度)を測定し、約0.5から1.0となったときに適当量のIPTGを添加後、引き続き培養することで、Fc結合性タンパク質の発現を誘導することができる。IPTGの添加濃度は0.005から1.0mMの範囲から適宜選択すればよいが、0.01から0.5mM程度が好ましい。IPTG誘導に関する種々の条件は当該技術分野において周知の条件で行なえばよい。
【0031】
本発明の形質転換体の培養液からFc結合性タンパク質を抽出するには、発現の形態によって適宜抽出方法を選択すればよい。培養上清に発現する場合は菌体を遠心分離操作によって分離し、得られる培養上清からFc結合性タンパク質を抽出すればよい。一方、細胞内(原核生物においてはペリプラズムも含む)に発現する場合には、遠心分離操作により菌体を集めた後、酵素処理剤や界面活性剤などを添加することにより菌体を破砕して、Fc結合性タンパク質を抽出すればよい。抽出タンパク質の中からFc結合性タンパク質を分離・精製するには、当該技術分野において公知の方法を用いればよい。一例として、液体クロマトグラフィーを用いた分離・精製があげられる。液体クロマトグラフィーとしては、イオン交換クロマトグラフィー、疎水性相互作用クロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィーなどがあげられる。これらのクロマトグラフィーを組み合わせて精製操作を行なうことによって、本発明のFc結合性タンパク質を高純度に精製することができる。
【発明の効果】
【0032】
本発明の製造方法は、Fc結合性タンパク質と、GroEL、GroES、TF(トリガーファクター)のいずれか一つ以上を含むシャペロンタンパク質とを宿主内で共発現させることを特徴とし、本発明の製造方法によりFc結合性タンパク質を高効率に製造することができる。本発明の製造方法で得られたFc結合性タンパク質は、抗体の免疫活性測定用試薬、抗体精製用クロマトグラフィー用リガンド、抗Fc結合性タンパク質抗体を作製するための免疫原などに用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】ヒトFc受容体FcγRIの構造の概略を示す図である。
【実施例】
【0034】
以下、実施例をあげて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0035】
実施例1 シャペロンプラスミドにより形質転換された形質転換体の作製
(1)下記に示す市販のシャペロンプラスミド(Chaperone Plasmid Set、タカラバイオ社製、製品コード3340)を、大腸菌E.coli BL21(DE3)株(タカラバイオ社製)に、それぞれヒートショック法で導入し、20μg/mLのクロラムフェニコールを含むLB寒天培地で形質転換した。
(a)シャペロンタンパク質GroELおよびGroESをコードするポリヌクレオチドを含むシャペロンプラスミドpGro7、
(b)シャペロンタンパク質TF(トリガーファクター)をコードするポリヌクレオチドを含むシャペロンプラスミドpTf16、
(c)シャペロンタンパク質GroEL、GroESおよびTFをコードするポリヌクレオチドを含むシャペロンプラスミドpG−Tf2、
(d)シャペロンタンパク質dnaK、dnaJおよびgrpEをコードするポリヌクレオチドを含むシャペロンプラスミドpKJE7、
(e)シャペロンタンパク質GroEL、GroES、dnaK、dnaJおよびgrpEをコードするポリヌクレオチドを含むシャペロンプラスミドpG−KJE8。
(2)各シャペロンプラスミドで形質転換して得られた形質転換体を釣菌し、20μg/mLのクロラムフェニコールを含むLB培地で培養した(30℃・18時間)。
(3)培養後、市販のプラスミド調製キット(QIAprep Spin Miniprep Kit、キアゲン社製)を使用しプラスミドを調製した。調製液を0.9%のアガロース電気泳動に供した結果、各シャペロンプラスミド(pGro7、pTf16、pG−Tf2、pKJE7、pG−KJE8)の導入を確認した。
【0036】
実施例2 Fc結合性タンパク質の発現
(1)実施例1で作製した、各シャペロンプラスミドで形質転換して得られた形質転換体のコンピテントセルを以下の方法で作製した。
(1−1)実施例1で作製した形質転換体を、20μg/mLのクロラムフェニコールを含むLB培地3mLに接種し培養した(30℃・18時間)。
(1−2)得られた培養液0.4mLを(1−1)の培地40mLを添加した100mL容量のバッフル付三角フラスコに接種後培養し、600nmの吸光度をモニターすることにより対数増殖期の菌体培養液を調製した。
(1−3)調製した菌体培養液を50mL容量の遠沈管に移し、氷中で5分間冷却し、遠心分離操作(3000rpm・5分間)後、遠心上清を除去し菌体を集菌した。
(1−4)集菌した菌体に冷却した50mMの塩化カルシウム溶液40mLを添加し、懸濁後、再度遠心分離操作に供した。
(1−5)上清を除去し、冷却した塩化カルシウム溶液2mLを添加し、懸濁菌体をコンピテントセルとした。
(2)特許文献2に記載の方法に従い、配列番号1に記載のアミノ酸配列のうち16番目のグルタミンから289番目のバリンまでのアミノ酸を含むFc結合性タンパク質をコードする、ポリヌクレオチドを含んだ発現ベクターpETECFcRを作製した。
(3)(1)のコンピテントセルにヒートショック法により、pETECFcRを導入し、50μg/mLのカナマイシンおよび20μg/mLのクロラムフェニコールを含むLB寒天培地にて形質転換した。
【0037】
実施例3 Fc結合性タンパク質の発現および調製
(1)実施例2で作製した形質転換体を50μg/mLのカナマイシンおよび20μg/mLのクロラムフェニコールを含むLB培地で前培養(30℃・18時間)し、得られた培養液0.4mLを、同培地40mLを添加した100mL容バッフル付フラスコに接種した。併せて、シャペロンタンパク質発現用の誘導物質(インデューサー)を、各シャペロプラスミドに適した濃度になるようにそれぞれ添加した(表1)。
【0038】
【表1】

(2)600nmにおける吸光度をモニターしながら30℃で振とう培養し、OD600nmが2.5から3.0になった時点で培養液を氷上で冷却した。
(3)培養液を12℃まで冷却した後、IPTGを終濃度0.1mMとなるように添加し、12℃の低温で振とう培養を開始した。
(4)IPTG誘導開始後、適時、培養液を1mLずつ採取し、遠心分離で菌体ペレットを得た。
(5)得られた菌体ペレットから、BugBuster抽出液(Novagen社製)を用いてタンパク質を抽出した。
【0039】
実施例4 Fc結合性タンパク質の活性測定
実施例3で調製したタンパク質抽出液を用いて活性型として発現しているFc結合性タンパク質量を下記に示すELISA法により定量した。
(1)Fc結合性タンパク質を定量するためのELISAプレートを下記の方法で作製した。
(1−1)マキシソープ96well plate(NUNC社製)に、10μg/mLのヒトガンマグロブリン製剤(化学及血清療法研究所製)100μLを各ウェルに添加し、4℃で16時間静置することによってヒトガンマグロブリンをプレート固相に固定化した。
(1−2)ヒトガンマグロブリンを固定化したプレートを0.2%Tween 20、150mM NaClを含む20mM Tris−HCl緩衝液(pH8.0)(以下、TBST)で洗浄し、次いで、StartingBlock Blocking Buffer(PIERCE社製)200μLを各ウェルに添加した。
(1−3)30℃で2時間の静置によりブロッキング工程を終え、Fc結合性タンパク質定量用のELISAプレートを作製した。
(2)(1)で作製したFc結合性タンパク質定量用のELISAプレートの各ウェルに、適当な倍率で希釈した実施例3で調製したタンパク質抽出液を100μLずつ添加後、30℃で1時間反応させた。
(3)TBSTにて洗浄し、10000倍希釈したHis−probe(H−15)HRP抗体(Santa Cruz Biotechnology社製)100μLを各ウェルに添加後、30℃で1時間反応させた。
(4)反応後、TBSTによりプレートを洗浄し、HRPの基質(TMB:ナカライテスク社製)を添加した。2分後、1Mのリン酸水溶液を添加して反応を止め、450nmの吸光度を測定した。なお、定量のための標準物質として市販のヒトFcγRI(R&D SYSTEMS社製)を使用し、その吸光度との比較からFc結合性タンパク質を定量した。なお、シャペロンプラスミドで形質転換されていない、大腸菌E.coli BL21(DE3)/pETECFcRを別途作製し対照として用いた。
【0040】
培養42時間後における、各形質転換体でのFc結合性タンパク質生産量を比較した結果を表2に示す。表2の通り、シャペロンタンパク質としてdnaK、dnaJおよびgrpEを用いた系(pKJE7で形質転換した形質転換体)、ならびにGroEL、GroES、dnaK、dnaJおよびgrpEを用いた系(pG−KJE8で形質転換した形質転換体)では大腸菌の増殖阻害により、採取したタンパク質抽出液からFc結合性タンパク質を検出することができなかった。一方、シャペロンタンパク質としてGroELおよびGroESを用いた系(pGro7で形質転換した形質転換体)、ならびにTFを用いた系(pTF16で形質転換した形質転換体)では、対照であるシャペロンプラスミドで形質転換していない系(シャペロンタンパク質と共発現させていない系)と比較し、有意に生産性が向上した。さらに、シャペロンタンパク質としてGroEL、GroESおよびTFを用いた系(pG−Tf2で形質転換した形質転換体)では、対照と比較し約10倍(1257μg/L(培養液))のFc結合性タンパク質を生産していた。以上より、GroEL、GroES、TFのいずれか一つ以上を含むシャペロンタンパク質と、Fc結合性タンパク質とを、宿主で共発現させることで、Fc結合性タンパク質の生産量を向上させることができた。
【0041】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
Fc結合性タンパク質とシャペロンタンパク質とを宿主で共発現させるFc結合性タンパク質の製造方法であって、
シャペロンタンパク質がGroEL、GroES、TF(トリガーファクター)のいずれか一つ以上を含むタンパク質である、前記製造方法。
【請求項2】
Fc結合性タンパク質をコードするポリヌクレオチドを含む発現ベクターと、シャペロンタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含むプラスミドとで宿主を形質転換して得られる形質転換体を用いて、Fc結合性タンパク質とシャペロンタンパク質とを宿主で共発現させるFc結合性タンパク質の製造方法であって、
シャペロンタンパク質がGroEL、GroES、TF(トリガーファクター)のいずれか一つ以上を含むタンパク質である、前記製造方法。
【請求項3】
シャペロンタンパク質がGroEL、GroESおよびTFからなるタンパク質である、請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
Fc結合性タンパク質が、配列番号1に記載のアミノ酸配列のうち16番目のグルタミンから289番目のバリンまでのアミノ酸を含むFc結合性タンパク質、または16番目のグルタミンから289番目のバリンまでのアミノ酸のうちの一つ以上が他のアミノ酸に置換されたポリペプチドを含むFc結合性タンパク質である、請求項1から3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
請求項1から4のいずれかの製造方法により得られた、Fc結合性タンパク質。
【請求項6】
Fc結合性タンパク質をコードするポリヌクレオチドを含む発現ベクターと、GroEL、GroES、TF(トリガーファクター)のいずれか一つ以上を含むシャペロンタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含むプラスミドとで宿主を形質転換して得られる、形質転換体。

【図1】
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【公開番号】特開2012−19699(P2012−19699A)
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−157889(P2010−157889)
【出願日】平成22年7月12日(2010.7.12)
【出願人】(000003300)東ソー株式会社 (1,901)
【Fターム(参考)】