説明

シートベルトのリトラクタ装置及びシートベルト装置

【課題】軸部材の衝撃吸収タイミングと、別の衝撃吸収部材の衝撃吸収タイミングとをずらすことで、エネルギ吸収特性を変化させ容易に最適化する。
【解決手段】シートベルトを巻き取るための回転可能なスプール4の内側に同軸上に配置されてスプール4と一体回転可能に接続される捩れ変形可能なトーションバー5と、スプール4の軸端部に配置されてトーションバー5の軸方向他方側の外周部と一体回転可能に接続されたリング19と、一端側がリング19の外周部に固定され、他端側がスプール4の軸端部の内周部付近で自由端となる塑性変形可能なプレート部材20と、スプール4の内周面から突出され、トーションバー5がスプール4と一体回転を開始して捩れ変形によりトーションバー5の衝撃吸収荷重が一定となった後にプレート部材20の他端20bと当接してスプール4のそれ以上の回転時にプレート部材を塑性変形させる荷重を付与する凸部4cとを備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シートベルトを巻き取り可能なシートベルトのリトラクタ装置及びこれを備えたシートベルト装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車両の座席に設けられるシートベルト装置は、一般に、シートベルト(ウェビング)の一方側を引き出し可能に巻き取るシートベルトのリトラクタ装置と、シートベルトに設けたタングと、タングと係合することにより、シートベルトを乗員に装着させるバックル装置とを有する。
【0003】
シートベルトのリトラクタ装置は、シートベルトを巻取部材(スプール)に巻回してバネ力により内部に引き込むとともに、衝撃が作用する衝突時にはシートベルトの巻取部材からの引き出しをロックし、このロックされたシートベルトにより前方に急激に移動する乗員の身体を拘束する。このとき、前方へ移動する乗員が急激に拘束されることで、乗員の胸部等には、拘束された反作用による荷重がシートベルトを介して作用する。この乗員へ加わる荷重を緩和するために、ロック直後にシートベルトに一定以上の繰り出し抵抗をかけながらシートベルトの所定引張荷重を保持し、その状態のままシートベルトを所定長さだけ繰り出すようにして乗員に作用する衝突エネルギを吸収する(Energy Absorption;以下適宜、「EA」という)手法が、既に知られている。
【0004】
例えば、特許文献1に記載のリトラクタ装置では、軸部材(トーションバー)を備えたEA機構が開示されている。すなわち、このEA機構では、巻き取り部材の一方側端部を軸部材に連結すると共に、衝突時に軸部材の他方側端部をロックすることにより、軸部材のねじれによる塑性変形によって上記衝突エネルギを吸収する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2010−089528号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年、種々のニーズに対応し、車両構造や車種等の差異に応じて、あるいは乗員の体格等に応じて、リトラクタ装置の上記EA機構におけるエネルギ吸収特性を容易に最適化できる構成が望まれている。上記特許文献1のリトラクタ装置では、そのような点までは配慮されていない。すなわち、塑性変形する部材として軸部材とベンディングエレメントとが設けられているが、それらの塑性変形の時期が略同時期となっており、それらの塑性変形時期をずらすことで段階的にエネルギ吸収特性を変化させることはできなかった。
【0007】
本発明の目的は、軸部材の衝撃吸収タイミングと、軸部材とは別の衝撃吸収部材の衝撃吸収タイミングとをずらすことで、エネルギ吸収特性を変化させ容易に最適化することができる、シートベルトのリトラクタ装置及びこれを備えたシートベルト装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本願第1発明のシートベルトのリトラクタ装置は、シートベルトを巻き取るための回転可能な略円筒部材と、前記略円筒部材の内側に同軸上に配置されて前記略円筒部材と一体回転可能に接続される捩れ変形可能な軸部材と、前記略円筒部材の軸端部に配置されて前記軸部材の軸方向他方側の外周部と一体回転可能に接続されたプレート取付部材と、前記プレート取付部材のシートベルト引き出し方向の回転を阻止可能なロック機構と、一端側が前記プレート取付部材の外周部に固定され、他端側が前記略円筒部材の前記軸端部の内周部付近で自由端となる塑性変形可能な第1プレート部材と、前記略円筒部材の内周面から突出して設けられ、前記軸部材が前記略円筒部材と一体回転を開始して前記捩れ変形により前記軸部材の衝撃吸収荷重が一定となった後に前記第1プレート部材の前記他端側と当接して前記略円筒部材のそれ以上の回転時に前記第1プレート部材を塑性変形させる荷重を付与するための第1凸部と、を有することを特徴とする。
【0009】
本願第1発明のリトラクタ装置によれば、軸部材の衝撃吸収荷重が一定となった後に第1プレート部材の塑性変形による衝撃吸収荷重を加える。このように軸部材と第1プレート部材との衝撃吸収タイミングをずらすことで、エネルギ吸収特性を所望の態様に変化させることができる。この結果、エネルギ吸収特性を容易に最適化することができる。
【0010】
第2発明は、上記第1発明において、前記第1プレート部材の他端部と前記第1凸部とは、前記略円筒部材の周方向に沿って1/4周以上離間していることを特徴とする。
【0011】
これにより、軸部材の衝撃吸収荷重が一定となる期間を十分に確保することができる。
【0012】
第3発明は、上記第1又は第2発明において、一端側が前記プレート取付部材の外周部に固定され、他端側が前記略円筒部材の前記軸端部の内周部付近で自由端となる塑性変形可能な第2プレート部材と、前記略円筒部材の内周面のうち、前記第1プレート部材と前記第1凸部との同一周回上で、前記略円筒部材の回転に伴って前記第1凸部が前記第1プレート部材の他端側に当接するまでの移動軌跡とは反対側の部分から突出して設けられ、前記第2プレート部材の前記他端側と当接して前記第2プレート部材を塑性変形させる荷重を付与するための第2凸部と、を有し、前記第2プレート部材は、前記略円筒部材の回転に伴う、前記第2凸部が前記第2プレート部材の他端に当接するまでの移動軌跡が、前記第1凸部が前記第1プレート部材の他端に当接するまでの移動軌跡よりも短くなるように、前記プレート取付部材の外周部に固定されていることを特徴とする。
【0013】
これにより、段階的な衝撃吸収をさらに細やかに行うことができる。
【0014】
第4発明は、上記第3発明において、前記第2プレート部材は前記第1プレート部材よりも塑性変形が容易となる強度で構成されていること特徴とする。
【0015】
これにより、より緩やかに段階的な衝撃吸収を設定することができる。
【0016】
上記目的を達成するために、本願第5発明のシートベルト装置は、乗員を拘束するためのシートベルトと、前記シートベルトの一方側を引き出し可能に巻き取るシートベルトのリトラクタ装置と、前記シートベルトに設けたタングと、前記タングと係合することにより、前記シートベルトを乗員に装着させるバックル装置とを有するシートベルト装置であって、前記シートベルトのリトラクタ装置は、シートベルトを巻き取るための回転可能な略円筒部材と、前記略円筒部材の内側に同軸上に配置されて前記略円筒部材と一体回転可能に接続される捩れ変形可能な軸部材と、前記略円筒部材の軸端部に配置されて前記軸部材の軸方向他方側の外周部と一体回転可能に接続されたプレート取付部材と、前記プレート取付部材のシートベルト引き出し方向の回転を阻止可能なロック機構と、一端側が前記プレート取付部材の外周部に固定され、他端側が前記略円筒部材の前記軸端部の内周部付近で自由端となる塑性変形可能な第1プレート部材と、前記略円筒部材の内周面から突出して設けられ、前記軸部材が前記略円筒部材と一体回転を開始して前記捩れ変形により前記軸部材の衝撃吸収荷重が一定となった後に前記第1プレート部材の前記他端側と当接して前記略円筒部材のそれ以上の回転時に前記第1プレート部材を塑性変形させる荷重を付与するための第1凸部と、を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、軸部材の衝撃吸収タイミングと、軸部材とは別の衝撃吸収部材である第1プレート部材の衝撃吸収タイミングとをずらすことで、リトラクタ装置全体のエネルギ吸収特性を変化させ、容易に最適化することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の一実施形態のシートベルトのリトラクタ装置を備えたシートベルト装置の全体構造を、乗員と共に表す正面図である。
【図2】本実施形態のリトラクタ装置の全体概略構造を表す縦断面図である。
【図3】プレート部材の詳細な取り付け構造を表す、図2中のII−II断面による横断面図である。
【図4】プレート部材の時系列に沿った形状変化の状態を示す横断面図である。
【図5】プレート部材の時系列に沿った形状変化の状態を示す横断面図である。
【図6】プレート部材の時系列に沿った形状変化の状態を示す横断面図である。
【図7】プレート部材の時系列に沿った形状変化の状態を示す横断面図である。
【図8】衝撃荷重吸収時の荷重吸収特性変化を示すグラフである。
【図9】プレート部材を2種類設けた変形例を表す、要部横断面図である。
【図10】衝撃荷重吸収時の荷重吸収特性の変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施形態を図面を参照しつつ説明する。本実施形態は、本発明を自動車のシートベルト装置に適用した例である。
【0020】
図1は、本発明の一実施形態のシートベルトのリトラクタ装置を備えたシートベルト装置の全体構造を乗員と共に表す正面図である。図1において、シートベルト装置100は、車両の車体108内に配置されており、乗員Mを座席Sに拘束するためのシートベルト3と、このシートベルト3の一方側を引き出し可能に巻き取る本実施形態のリトラクタ装置1と、シートベルト3に摺動可能に設けたタング104と、このタング104と係合するバックル装置105とを備えている。シートベルト3は、上記したようにその一方側がリトラクタ装置1により巻き取られると共に、途中でショルダアンカ106に通され、その他方側端部が止め具107により車体108側に回動可能に接続されている。
【0021】
次に、本実施形態に係るリトラクタ装置1について、図2〜図9により詳細に説明する。図2は、本実施形態のリトラクタ装置の全体概略構造を表す縦断面図である。
【0022】
図2において、このリトラクタ装置1は、フレーム2と、シートベルト3を巻き取る略ボビン状のスプール(略円筒部材)4と、捩れ変形可能な材料で構成された略軸状のトーションバー(軸部材)5と、緊急時に発生する大きな車両減速度を感知して作動する減速度感知手段6と、スプール4の少なくともベルト引き出し方向の回転を阻止するロック機構7と、スパイラルスプリング(図示せず)を備えたスプリング手段8と、緊急時に作動しシートベルト巻き取りトルクを発生するプリテンショナー9と、プリテンショナー9のシートベルト巻き取りトルクをスプール4に伝達するブッシュ10とを有している。
【0023】
ロック機構7は、パウル11を揺動可能に保持するロッキングベース12と、ロックギヤ13とを備えている。ロックギヤ13は、公知の構成で足りるため詳細な構造の図示は省略するが、通常時はトーションバー5と一体回転する一方、緊急時は減速度感知手段6の作動で停止してトーションバー5との間に相対回転差を発生させ、これによってパウル11をフレーム2の側壁の内歯14に係合させる。この結果、ロッキングベース12(言い換えればスプール4)のシートベルト引き出し方向の回転が阻止されるようになっている。なお、このとき、詳細な図示を省略するが、シートベルト3の急激な引き出し時にも、ロック機構7のロッキングベース12がロックギヤ13に対してシートベルト引き出し方向に相対回転するようになっており、これによって上記と同様にしてシートベルト3の引き出しが阻止されるようになっている。
【0024】
トーションバー5は、スプール4の内周側(同軸上)に位置すると共に軸線方向に沿って(以下、単に「軸方向」と称する)に貫通するように遊嵌配置されている。またトーションバー5は、その軸方向一端側(図2の左側)に位置しスプール4の軸方向一端側に相対回転不能に係合するトルク伝達部15と、その軸方向他端側(図2の右側)に位置しロッキングベース12と相対回転不能に係合される(言い換えればロッキングベース12に一体回転可能に支持される)トルク伝達部16と、を備えており、スプール4の回転とロック機構7の回転とを連動する機能を果たす。
【0025】
スプール4は、シートベルト3の巻き取りを行う本体円筒部4aと、この本体円筒部4aよりも大きな外径を備えた大径円筒部4bとを備えており、フレーム2の両側壁間に回転可能に支持されている。またスプール4は、スプリング手段8のスパイラルスプリングのばね力によリ、ブッシュ17、トーションバー5、トーションバー5のトルク伝達部15、及びブッシュ10を介して常時シートベルト3の巻き取り方向に付勢されている。このような構造の結果、トーションバー5の軸方向一方側(図2の左側)はスプール4と一体回転可能に接続されている。また、プリテンショナー9の作動時には、プリテンショナー9で発生したベルト巻き取りトルクがブッシュ10を介してスプール4に伝達され、これによりスプール4はシートベルト3を所定量巻き取るようになっている。
【0026】
なお、スプール4とロッキングベース12の軸部12aとの間には、環状の相対回転ロック部材18が配設されている。この相対回転ロック部材18は、内周面に雌ねじ(図示せず)が形成されてロッキングベース軸部12aに形成された雄ねじ(図示せず)に螺合されるとともに、スプール4の軸方向孔に相対回転不能にかつ軸方向移動可能に嵌合されている。そして、スプール4がロッキングベース12に対してベルト引き出し方向に相対回転すると、相対回転ロック部材18がスプール4と一体回転して図2中右方に移動するようになっている。
【0027】
ここで、本実施形態の最も大きな特徴として、スプール4の図2における右側軸端部の内周側に配置されたリング19(プレート取付部材)と、塑性変形可能なプレート部材20(第1プレート部材)とが備えられている。
【0028】
リング19は、略円盤形状を備えており、その径方向中心側をトーションバー5に軸方向に貫通されるように遊嵌配置されている。また、このリング19は、図2の右側(ロッキングベース12側)に設けた係合凹部19aが、ロッキングベース12の図2の左側に設けた係合凸部12bと係合することにより、ロッキングベース12を介し、トーションバー5の軸方向他方側外周部と一体回転可能に接続されている。
【0029】
図3は、プレート部材20の詳細な取り付け構造を表す、図2のII−II断面による横断面図である。なお、図3は後述の図8のポイントAに対応する位置での横断面図に相当している。
【0030】
図3において、プレート部材20の一端20a(リング19及びスプール4の径方向内側)は、リング19の外周に開放する断面略U字形状の嵌合凹部19bに適宜の手法で強固に嵌合保持されている。また、プレート部材20の他端20b(リング19及びスプール4の径方向外側の自由端)は、スプール4の大径円筒部4bの内周面寄りに位置している。この際、他端20bは、大径円筒部4bの内周面と接触・非接触は問わないが、非接触が好ましい。さらに、一端20aと他端20bとの間に位置する中間部分20cは、塑性変形が可能となっており、図3に示す通常時にはスプール4のベルト引き出し方向に沿う回転方向(図示反時計回り方向)に向って凸となるように折り返すことによって略U字とされている。
【0031】
なお、プレート部材20に適用される材料には、塑性変形可能な金属材料が用いられ、特に、ステンレス鋼や軟鋼が好ましい。また、その際のプレート部材20の幅(トーションバー5の軸方向)は4.0mm〜10.0mm、プレート部材20の厚さは1.5mm〜2.5mmである。さらに、その際のプレート部材20が吸収する荷重設定(後述の図8のポイントD−Eまでの縦軸に示す荷重)は、1.0kN〜2.5kNの範囲とするのが好ましい。
【0032】
ところで、これらの材質、幅、厚さは任意であり、特に、車種等に応じて適宜採用される。一例としては、乗員(運転者)と車両先端との距離を確保し易いセダンタイプ等の普通自動車の場合、金属材料としてステンレス鋼を用いた場合、その幅は5mm〜8mm、その厚さは1.8mm〜2.2mmである。
【0033】
同様に、乗員(運転者)と車両先端との距離をある程度確保可能なステーションワゴン車等の場合、金属材料としてステンレス鋼を用いた場合、その幅は4mm〜6mm、その厚さは1.5mm〜1.9mmである。
【0034】
さらに、乗員(運転者)と車両先端との距離の確保が困難な軽自動車等の場合、金属材料としてステンレス鋼を用いた場合、その幅は8mm〜10mm、その厚さは2.1mm〜2.5mmである。
【0035】
一方、スプール4の大径円筒部4bの内周面には、トーションバー5が大径円筒部4bと一体回転を開始してからトーションバー5の衝撃吸収荷重が一定となった後にプレート部材20の他端20bと当接して大径円筒部4bのそれ以上の回転時にプレート部材20の塑性変形による荷重を付与する凸部4c(第1凸部)が一体に突出形成されている(なお、凸部4cはスプール4と別体でもよい)。この凸部4cから他端20bまでの大径円筒部4bのベルト引き出し方向の離間距離は、大径円筒部4bが回転を開始してから凸部4cが他端20bに当接するまでの時間、即ち、トーションバー5が大径円筒部4bと一体回転を開始してからトーションバー5の衝撃吸収荷重が一定となっている時間(後述の図8のポイントB−C間)を確保するものである。したがって、凸部4cから他端20bまでの大径円筒部4bのベルト引き出し方向の離間距離は、大径円筒部4bの1/4周以上離間しているのが好ましい。この場合、トーションバー5の衝撃吸収荷重が一定となる期間を十分に確保することができる。
【0036】
この際、他端20bから凸部4cまでのベルト巻取り方向に沿った離間距離は、上述した車種(普通自動車・ワゴン車・軽自動車等)による乗員(運転者)と車両先端との距離に応じて変更可能であり、例えば、普通自動車であれば3/4周付近、ワゴン車であれば2/4周付近、軽自動車であれば1/4周付近、のように設定することができる。
【0037】
以上のように構成した本実施形態のリトラクタ装置1の動作を以下に説明する。
【0038】
(I)通常時
まずシートベルト非装着時には、スプリング手段8の付勢力で、シートベルト3は完全に巻き取られている。そして、装着のためシートベルト3を通常の速度で引き出すと、スプール4(大径円筒部4b)がシートベルト引き出し方向に回転し、シートベルト3はスムーズに引き出される。引き出したシートベルト3に摺動自在に設けた図示しないタングが車体に設けたバックル装置のバックル(図示せず)に挿入係止された後、余分に引き出されたシートベルト3がスプリング手段8の付勢力でスプール4に巻き取られ、シートベルト3は乗員に圧迫感を与えない程度にフイットされる。
【0039】
(II)緊急時
緊急時においては、まず、プリテンショナー9で発生したベルト巻き取りトルクがブッシュ10を介してスプール4に伝達される。スプール4は、シートベルト3を所定量巻き取り、乗員を迅速に拘束する。
【0040】
一方、緊急時に発生する大きな車両減速度によって減速度感知手段6が作動してロックギヤ13のシートベルト引き出し方向の回転が阻止され、ロック機構7のパウル11が回動して、フレーム2の側壁の内歯14に係合する。すると、ロッキングベース12及びトーションバー5のシートベルト引き出し方向の回転が阻止されるので、慣性力により前方に移動しようとする乗員を拘束するシートベルト3の張力が、スプール4のトーションバー5に対するシートベルト引き出し方向の相対回転力となり、トーションバー5が捩られれつつスプール4のみがシートベルト引き出し方向に相対回転する。
【0041】
これ以後、相対回転がある一定以上となると、まずトーションバー5が上記相対回転に基づく捩れ力によって塑性変形を起こし、このときの塑性変形抵抗によって衝突エネルギを吸収していく。またこの動作に伴い、ロッキングベース12とともに回転するリング19とこれに対し相対回転するスプール4との間に設けたプレート部材20が塑性変形を起こしつつ、リング19の外周にシートベルト引き出し方向に巻き付けられていき、このときの塑性変形抵抗によってもさらに衝突エネルギを吸収していく。
【0042】
このときのプレート部材20の時系列に沿った形状変化による挙動を、図2のII−II断面による横断面図(但し理解の容易のためにトーションバー5の捩れ回転変位の図示は省略)に相当する図4〜図7と、リトラクタ装置における衝撃荷重吸収時の荷重変化を示すグラフである図8と、により説明する。なお、図8において、ポイントAからポイントBまでの期間はトーションバー5の捩れ力による塑性変形による荷重変化を示す。そして、ポイントBとポイントCとの間における図2のII−II断面での横断面が図4に相当し、ポイントCにおける横断面が図5に相当し、ポイントEにおける横断面が図6に相当し、ポイントF以降における横断面が図7に相当している。
【0043】
図4に示すように、その初期ではスプール4がトーションバー5に対する相対回転(図中反時計回り)をすると共に、その回転に伴って凸部4cが反時計回り方向に周回する。すなわち凸部4cは他端20bに当接することなく空走している。この期間(空走期間)は、図8に示すように、ポイントBからポイントCの衝撃吸収荷重が一定である平坦期間となる。
【0044】
その後、図5に示すように、凸部4cが他端20bに当接すると、それ以上のスプール4の回転に伴う凸部4cの移動に伴ってプレート部材20が塑性変形を開始し衝撃荷重を吸収する。この際、図8のポイントCからポイントDはプレート部材20の塑性変形開始に伴う荷重が加わる初動期間、ポイントDからポイントEはプレート部材20の塑性変形安定期間である。
【0045】
さらに、図6に示すように、凸部4cが他端20bとの当接状態から抜け出ようとすると、プレート部材20の塑性変形力(荷重)が緩やかとなり、図7に示すように、凸部4cが他端20bから抜ける。図8のポイントEからポイントFは図6から図7に至る過程での荷重変化期間、図8のポイントF以降はプレート部材20が関与しない離脱期間である。
【0046】
以上のようにして、本実施形態では、スプール4によるトーションバー5を捩りながらのシートベルト引き出し方向への相対回転において、トーションバー5の塑性変形とプレート部材20の塑性変形との両方でエネルギ吸収機構(EA機構)として機能し、全体のエネルギ吸収荷重は、トーションバー5が捩り変形を起こすときのエネルギ吸収荷重とプレート部材20がプレート取付部材の外周に巻き付くときのエネルギ吸収荷重との和となる。そして、トーションバー5の塑性変形時の捩りトルク及びプレート部材20の塑性変形によって、乗員の衝撃エネルギが吸収緩和され、シートベルト3に加えられる荷重が制限される。
【0047】
なお、このとき、本実施形態では、上述の相対回転ロック部材18によって上記のストロークには上限値を設けている。すなわち、ロッキングベース12に対するスプール4のベルト引き出し方向の相対回転につれて、相対回転ロック部材18が図2において軸方向右方へ移動する。そして、相対回転ロック部材18がロッキングベース12の雄ねじの終わリまで移動するとそれ以上軸方向右方へは移動できないので回転がロックされロッキングベース12に対して相対回転しなくなる。この結果、スプール4もロッキングベース12に対して相対回転しなくなる。つまリ、スプール4のベルト引き出し方向の回転がロックされ。シートベルト3は引き出されなくなり、乗員はシートベルト3によって慣性移動が阻止されて拘束されるのである。
【0048】
以上説明した本実施形態によれば、以下のような効果を得る。
【0049】
(1)エネルギ吸収特性の最適化
上述したように、本実施形態においては、トーションバー5の衝撃吸収荷重が一定となった後(図8のB−C間を過ぎた後)に、プレート部材20の塑性変形による衝撃吸収荷重分が加わる。このようにトーションバー5とプレート部材20との衝撃吸収タイミングをずらすことで、リトラクタ装置1の全体によるエネルギ吸収特性を容易に変化させることができる。この結果、近年のニーズに対応し、車両構造や車種等の差異に応じて、また乗員の体格に応じて、エネルギ吸収特性を容易に最適化することができる。
【0050】
(2)プレート部材20の係止離脱による効果
本実施形態のリトラクタ装置1によれば、衝突後期においてプレート部材20の他端20bが凸部4cから離脱し、その後はプレート部材20による衝突エネルギ吸収がなくなる。この結果、図8に示したように、それ以降についてはトーションバー5の塑性変形によってのみエネルギ吸収を行うように設定することが可能となる。したがって、上記(1)の効果に加え、この意味でもリトラクタ装置1による衝撃エネルギ吸収荷重の大きさやエネルギ吸収域をさらに自由自在に変化させて設定するでき、さらに柔軟に最適化を図ることができる。
【0051】
なお、本発明は、上記実施形態に限られず、その趣旨を逸脱しない範囲で種々の変形が可能である。図9及び図10は、そのような変形例を示している。図9は上記実施形態の図3に相当する要部断面図であり、図10は上記実施形態の図8に相当する衝撃荷重吸収時の荷重変化を示すグラフである。なお、上記実施の形態と同等の部分には同一の符号を付して説明を省略又は簡略化する。
【0052】
図9に示すように、この変形例では、リング19に、2種類のプレート部材20(第1プレート部材)及びプレート部材21(第2プレート部材)が設けられている。このプレート部材21には、例えば、プレート部材20の厚みよりも薄肉のものが用いられている。これにより、例えば、プレート部材20の最大耐荷重を1.5kN、プレート部材21の最大耐荷重を1.0kNといったように異らせ、プレート部材21を、プレート部材20よりも塑性変形しやすい強度とすることができる。この結果、より緩やかに段階的な衝撃吸収を設定することができる。
【0053】
また、プレート部材21は、その一端21a(リング19及びスプール4の径方向内側)は、リング19の外周に開放する断面略U字形状の嵌合凹部19cに適宜の手法で強固に嵌合保持されている。また、プレート部材21の他端21b(リング19及びスプール4の径方向外側の自由端)は、スプール4の大径円筒部4bの内周面寄りに位置している。この際、他端21bは、大径円筒部4bの内周面と接触・非接触は問わないが、非接触が好ましい。さらに、一端21aと他端21bとの間に位置する中間部分21cは、塑性変形が可能となっている。
【0054】
また、大径円筒部4bには、プレート部材20の他端20bと当接する凸部4cに加えて、プレート部材21の他端21bと当接する凸部4d(第2凸部)が一体に突出形成されている。この際、凸部4cと他端20b及び凸部4dと他端21bとは、凸部4dと他端21bとの当接の方が、凸部4cと他端20bとの当接よりも先に当接するように離間距離が設定されている。
【0055】
これにより、非常時にスプール4が回転すると、凸部4dが他端21bに当接してプレート部材21が塑性変形を開始した後に、凸部4bが他端20bに当接して塑性変形を開始するため、衝撃吸収荷重の大きさを段階的に加えることができる。すなわち、図10に示すポイントBからポイントC1の期間は図8に示したポイントB−C間に相当する衝撃吸収荷重が一定の期間に相当しており、ポイントC1−C2間はプレート部材21のみによる衝撃吸収荷重期間であり、ポイントC2−D間はプレート部材21による衝撃吸収にプレート部材20による衝撃吸収も加わった衝撃吸収荷重期間を示している。
【0056】
本変形例においては、上記のように、2種類のプレート部材21,20を用い、その衝撃吸収荷重の大きさを異ならせると共に、その衝撃吸収タイミングを、小荷重側のプレート部材21を先とし大荷重側のプレート部材20を後とすることにより、より細かい衝撃吸収荷重の設定を行うことができる。
【0057】
その際、プレート部材20,21及び凸部4c,4dを大径円筒部4bの同一周回上に配置・形成することにより、トーションバー5の軸方向に併設するものに比べて小型化に貢献することができる。また、プレート部材20,21は通常時及び非常時(塑性変形完了時)の何れにおいても互いに干渉しない長さに設定することができるため、トーションバー5の軸方向に併設する必要がなく、複数の衝撃吸収部材が同時に作用することなく、段階的な衝撃吸収荷重設定を容易に行うことができる。
【0058】
なお、凸部4c,4dは、例えば、大径円筒部4bの内周面に複数の雌ネジ孔を形成し、凸部4c,4dを任意の位置でネジ止め可能とすれば、リトラクタ装置1の組み立て前に車種等に応じたタイミング調整を容易に行うこともできる。
【0059】
なお、以上既に述べた以外にも、上記実施形態や各変形例による手法を適宜組み合わせて利用しても良い。
【0060】
その他、一々例示はしないが、本発明は、その趣旨を逸脱しない範囲内において、種々の変更が加えられて実施されるものである。
【符号の説明】
【0061】
1 リトラクタ装置
3 シートベルト
4 スプール(略円筒部材)
4c 凸部(第1凸部)
4d 凸部(第2凸部)
5 トーションバー(軸部材)
7 ロック機構
19 リング(プレート取付部材)
20 プレート部材(第1プレート部材)
21 プレート部材(第2プレート部材)
100 シートベルト装置
104 タング
105 バックル装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シートベルトを巻き取るための回転可能な略円筒部材と、
前記略円筒部材の内側に同軸上に配置されて前記略円筒部材と一体回転可能に接続される捩れ変形可能な軸部材と、
前記略円筒部材の軸端部に配置されて前記軸部材の軸方向他方側の外周部と一体回転可能に接続されたプレート取付部材と、
前記プレート取付部材のシートベルト引き出し方向の回転を阻止可能なロック機構と、
一端側が前記プレート取付部材の外周部に固定され、他端側が前記略円筒部材の前記軸端部の内周部付近で自由端となる塑性変形可能な第1プレート部材と、
前記略円筒部材の内周面から突出して設けられ、前記軸部材が前記略円筒部材と一体回転を開始して前記捩れ変形により前記軸部材の衝撃吸収荷重が一定となった後に前記第1プレート部材の前記他端側と当接して前記略円筒部材のそれ以上の回転時に前記第1プレート部材を塑性変形させる荷重を付与するための第1凸部と、
を有することを特徴とするシートベルトのリトラクタ装置。
【請求項2】
請求項1記載のシートベルトのリトラクタ装置において、
前記第1プレート部材の他端部と前記第1凸部とは、前記略円筒部材の周方向に沿って1/4周以上離間している
ことを特徴とするシートベルトのリトラクタ装置。
【請求項3】
請求項1又は請求項2記載のシートベルトのリトラクタ装置において、
一端側が前記プレート取付部材の外周部に固定され、他端側が前記略円筒部材の前記軸端部の内周部付近で自由端となる塑性変形可能な第2プレート部材と、
前記略円筒部材の内周面のうち、前記第1プレート部材と前記第1凸部との同一周回上で、前記略円筒部材の回転に伴って前記第1凸部が前記第1プレート部材の他端側に当接するまでの移動軌跡とは反対側の部分から突出して設けられ、前記第2プレート部材の前記他端側と当接して前記第2プレート部材を塑性変形させる荷重を付与するための第2凸部と、
を有し、
前記第2プレート部材は、
前記略円筒部材の回転に伴う、前記第2凸部が前記第2プレート部材の他端に当接するまでの移動軌跡が、前記第1凸部が前記第1プレート部材の他端に当接するまでの移動軌跡よりも短くなるように、前記プレート取付部材の外周部に固定されている
ことを特徴とするシートベルトのリトラクタ装置。
【請求項4】
請求項3に記載のシートベルトのリトラクタ装置において、
前記第2プレート部材は前記第1プレート部材よりも塑性変形が容易となる強度で構成されている
ことを特徴とするシートベルトのリトラクタ装置。
【請求項5】
乗員を拘束するためのシートベルトと、
前記シートベルトの一方側を引き出し可能に巻き取るシートベルトのリトラクタ装置と、
前記シートベルトに設けたタングと、
前記タングと係合することにより、前記シートベルトを乗員に装着させるバックル装置とを有するシートベルト装置であって、
前記シートベルトのリトラクタ装置は、
シートベルトを巻き取るための回転可能な略円筒部材と、
前記略円筒部材の内側に同軸上に配置されて前記略円筒部材と一体回転可能に接続される捩れ変形可能な軸部材と、
前記略円筒部材の軸端部に配置されて前記軸部材の軸方向他方側の外周部と一体回転可能に接続されたプレート取付部材と、
前記プレート取付部材のシートベルト引き出し方向の回転を阻止可能なロック機構と、
一端側が前記プレート取付部材の外周部に固定され、他端側が前記略円筒部材の前記軸端部の内周部付近で自由端となる塑性変形可能な第1プレート部材と、
前記略円筒部材の内周面から突出して設けられ、前記軸部材が前記略円筒部材と一体回転を開始して前記捩れ変形により前記軸部材の衝撃吸収荷重が一定となった後に前記第1プレート部材の前記他端側と当接して前記略円筒部材のそれ以上の回転時に前記第1プレート部材を塑性変形させる荷重を付与するための第1凸部と、
を有することを特徴とするシートベルト装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2013−35444(P2013−35444A)
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−173829(P2011−173829)
【出願日】平成23年8月9日(2011.8.9)
【出願人】(306009581)タカタ株式会社 (812)
【Fターム(参考)】