説明

シート状分離膜の製造方法

【課題】分離性能が均一なシート状分離膜を高速で製造することができるシート状分離膜の製造方法を提供する。
【解決手段】多孔性基材上に微多孔性層を形成したシート状分離膜の製造方法において、ポリマーを溶媒に溶解した製膜溶液を多孔性基材上に塗布する製膜溶液塗布工程と、製膜溶液が塗布された多孔性基材に液膜落下方式により凝固液を塗布する凝固液塗布工程と、凝固した微多孔性層から溶媒を除去する溶媒除去工程とを有することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、限外濾過膜、精密濾過膜または、逆浸透膜の支持膜などとして用いられるシート状分離膜を製造する方法である。
【背景技術】
【0002】
限外濾過膜や精密濾過膜などの分離膜は、超純水の製造、医薬品や食品工業における精製、濃縮、除菌、工業排水及び生活廃水の処理など様々な分野で広く用いられている。これらの分離膜には、管状、中空糸状、シート状等種々の形状のものがある。これらのうち、織布や不織布などの多孔性基材により補強したシート状分離膜は、膜素材自身の強度が低くても製膜ができるという利点がある。
【0003】
このため、セルロースアセテート、ポリスルホン、ポリアクリルニトリル、エチレン・ビニルアルコール共重合体、ポリ塩化ビニル、ポリアミド、ポリイミド、ポリフッ化ビニリデン等の種々の膜素材を用いたシート状分離膜(多孔性分離膜)が製造され、スパイラル型、プレート&フレーム型、回転平膜型などのモジュールに組み込まれ広い分野で利用されている。また、このようにして得られた多孔性分離膜を支持膜とする逆浸透膜も広く用いられている。
【0004】
前記のようなシート状分離膜は、一般に湿式凝固法(非溶媒誘起相分離法)と呼ばれる方法により製造される。この方法は通常、所定のポリマーを溶媒に溶解した製膜溶液を多孔性基材上に塗布し、不要な溶媒を蒸発させるとともに雰囲気中の水分によって液膜表面にミクロ相分離を生じさせ、その後、凝固液中に浸漬したり(例えば、特許文献1参照。)、凝固液を接触塗布したり(例えば特許文献2または3参照。)することで相分離層を凝固させ、シート状分離膜を形成する。さらに、中空糸膜などの製造においては、製膜溶液塗布後で、凝固液浸漬前に乾燥工程を設けた乾湿式凝固法も知られている。
【0005】
しかしながら、このような方法により長期間の製膜を行う場合、製膜溶液が凝固液と接触することにより、浸漬する場合には凝固液中の溶媒濃度やポリマー成分濃度が上昇することで、経時での分離膜性能の変化や、膜面の欠陥が生じやすくなる。このような問題に対しては従来、凝固液の交換を頻繁にしたり、凝固液槽を循環浴にしたりするなどの対応が試みられてきた。しかし、排水処理コストの増大や、凝固液槽の液面における揺らぎや気泡、濃度ムラなどが分離膜性能に悪影響を及ぼしやすかった。
【0006】
また、凝固液をボトムアップ方式または横方向から接触塗布する方法では、重力や基材膜面の状態により凝固液との接触が不均一になりやすく、不純物を噛み込んだ場合にはその影響が長期間継続しやすいため、結果として面内の分離膜性能が不均一になりやすい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2007−289938号公報
【特許文献2】特開2000−042385号公報
【特許文献3】特開平04−018923号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
したがって本発明は、湿式凝固法(非溶媒誘起相分離法)や乾湿式凝固法を用いてシート状分離膜を作製する際に、面内均一な分離膜を連続的に製造でき、長期間不具合の生じにくいシート状分離膜の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、前記課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、製膜溶液が塗布された多孔性基材に対し液膜落下方式により凝固液を塗布する方法によって、上記目的を達成できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
即ち、本発明のシート状分離膜の製造方法は、多孔性基材上に微多孔性層を形成したシート状分離膜の製造方法において、ポリマーを溶媒に溶解した製膜溶液を多孔性基材上に塗布する製膜溶液塗布工程と、製膜溶液が塗布された多孔性基材に液膜落下方式により凝固液を塗布する凝固液塗布工程と、凝固した微多孔性層から溶媒を除去する溶媒除去工程とを有することを特徴とする。
【0011】
本発明のシート状分離膜の製造方法では、非常にデリケートな微多孔性膜の製造方法において、製膜溶液が塗布された多孔性基材に、凝固液をより均一な圧力で接触させることを可能とする液膜落下方式を採用する。本発明者らは、この液膜落下方式により凝固液を塗布することで、製膜溶液と凝固液との接触開始位置が変動しにくく、塗布後の凝固液膜の厚みも安定して均一になることを見出した。その結果、凝固液による製膜溶液の凝固(相分離)が均一に生じるため、分離性能が均一なシート状分離膜を高速で製造することができることが判明した。
【0012】
上記において、前記凝固液塗布工程が、下流側を低くした傾斜部として凝固液を落下させる工程であることが好ましい。この方法により、凝固液が搬送の後方側に逆流しにくくなり、製膜溶液と凝固液との接触開始位置がより変動しにくくなるとともに、より均一な凝固液との接触が可能となることが判明した。このため、分離性能がより均一なシート状分離膜を得ることができる。
【0013】
また、前記傾斜部は、製膜溶液が塗布された多孔性基材が支持ロールで下方から支持されていることが好ましい。この方法により、多孔性基材が支持ロールで支持された状態となるため、多孔性基材の揺れ等による接触開始位置の変動や凝固液膜の厚み変化を効果的に抑制することができる。
【0014】
また、前記製膜溶液塗布工程と凝固液塗布工程の間に、前記製膜溶液を調湿雰囲気と接触させる調湿工程をさらに有することが好ましい。製膜溶液の塗布から凝固液塗布までの間は、溶媒蒸発や吸湿状態等が不均一になり易いため、調湿工程を実施することによって吸湿状態を均一化することができるので、分離性能がより均一なシート状分離膜を得ることができる。調湿工程の間に、製膜溶液が多孔性基材中に含浸して、多孔性基材との密着強度を高めるという副次的効果もある。
【0015】
その際、前記調湿工程は、製膜溶液が塗布された前記多孔性基材を調湿空間中で搬送しながら、その搬送方向に沿って逆方向に調湿雰囲気ガスを流動させるカウンターフロー方式で行われることが好ましい。このようなカウンターフロー方式によると、製膜溶液と調湿雰囲気ガスとの界面で乱流が生じにくく、ガスの流れによる膜面に伝わるダメージが少なくなるため、吸湿状態をより均一化することができるので、分離性能が更に均一なシート状分離膜を得ることができる。
【0016】
また、前記製膜溶液が、ポリスルホンまたはポリフッ化ビニリデンを含むことが好ましい。本発明の製造方法は、凝固液による製膜溶液の凝固(相分離)が均一に生じ易くなるため、凝固速度が大きいポリスルホン、または疎水性のポリフッ化ビニリデンに対して、特に有効である。
【0017】
また、前記凝固液塗布工程における凝固液の塗布速度が、20m/min以上であることが好ましい。従来の凝固液に浸漬させる方法や膜面に凝固液を吸着させる方法では、製膜速度を高めると、面内均一性の高い分離膜が得られ難かった。これに対して、本発明の製造方法は、凝固液による製膜溶液の凝固(相分離)が均一に生じ易くなるため、製膜速度を高速化しても、面内均一性の高い分離膜がより得られ易くなる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】実施例及び比較例の結果を示すグラフ
【図2】実施例及び比較例で得られた分離膜の表面を示す写真
【図3】本発明のシート状分離膜の製造方法に用いられる製造装置の一例を模式的に示す概略構成図
【図4】図3に示す製造装置の要部を示す概略構成図
【図5】図3に示す製造装置の要部の他の例を示す概略構成図
【図6】実施例で用いたバブルポイント試験機の概略図
【図7】図3に示す製造装置の要部を示す概略構成図
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明のシート状分離膜の製造方法は、多孔性基材上に微多孔性層を形成したシート状分離膜を製造するものである。シート状分離膜は、限外濾過膜及び精密濾過膜などの多孔性分離膜、あるいは逆浸透膜の支持膜などとして使用することができる。
【0020】
本発明の製造方法は、製膜溶液塗布工程と、凝固液塗布工程と、溶媒除去工程とを有しており、製膜溶液塗布工程と凝固液塗布工程の間に、調湿工程をさらに有することが好ましい。本発明の製造方法は、例えば図3に示す製造装置を用いて実施することができる。以下、各工程について説明する。
【0021】
製膜溶液塗布工程は、ポリマーを溶媒に溶解した製膜溶液を多孔性基材上に塗布する工程であり、多孔性基材を連続的に搬送しながら実施することが好ましい。この工程により、多孔性基材の表面に製膜溶液が塗布された状態となるが、製膜溶液の一部が多孔性基材に含浸された状態となることが、分離膜の強度を高める上で好ましい。
【0022】
図3に示す装置を用いる場合、ロール状に巻き取られた多孔性基材Bは、繰出装置1から繰出されて、複数のガイドローラ2を経て製膜溶液を塗布するバックアップローラ3まで搬送される。製膜溶液タンク4には、予め所定の濃度にポリマーと溶媒を溶解させた製膜溶液が、一定の温度・雰囲気に管理して保存され、送液ポンプ5によって、製膜溶液がダイコータ6に供給され、搬送されてきた搬送中の多孔性基材Bに、所定量にて塗布される。
【0023】
製膜溶液の塗布方式としては、製膜溶液を多孔性基材上に塗布できるものであれば、何れでもよいが、湿式製膜用の製膜溶液は雰囲気湿度の影響でゲル化しやすいものが多く、特にポリスルホンを溶解した製膜溶液は、極めてゲル化(凝固)しやすいため、空気との接触が少ないコーティング方法が好ましい。
【0024】
このため、製膜溶液塗布工程では、ファウンテンコータ、リップコータ、スロットダイコータなどのダイコータが特に好ましいが、コンマコータ、マイクロバーコータ等のバーコータを使用することも可能である。
【0025】
多孔性基材(以下、「基材」と略称する場合がある)としては、ポリエステル、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリアミド、ポリフェニレンサルファイド(PPS)等を素材とする織布、不織布、メッシュ状ネット等が挙げられるが、製膜性、耐薬品性及びコスト面からポリエステル製やPPS製の不織布が好適に用いられる。
【0026】
製膜溶液は、分離膜形成用のポリマーを1種類の溶媒または溶解性の異なる複数種の混合溶媒、または溶媒と非溶媒(貧溶媒を含む)の混合液に溶解することによって調製することができる。ポリマーの溶解は、溶解を促進する上で、加温して行うのが好ましい。
【0027】
ポリマーの種類としては、たとえば、セルロースアセテート、ニトロセルロース、ポリスルホン、スルホン化ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリアクリロニトリル、ポリビニルアルコール、エチレン・ビニルアルコール共重合体、ポリフッ化ビニリデン、ポリカーボネート、ポリアミド、ポリイミド等、特に限定するものでなくシート状分離膜の用途に応じて選択されるが、本発明に特に好適に用いられるポリマーとしては、疎水性の高いポリマーであり、ポリスルホンやポリフッ化ビニリデン等を挙げることができる。
【0028】
溶媒としては、ポリマーの種類等によって異なるが、凝固液と相溶性のある溶媒を使用することが好ましい。例えば、前記ポリスルホンやポリフッ化ビニリデンの溶媒としては、N−メチル−2−ピロリドン、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシドなどの極性溶媒が好ましく用いられ、また、これらの二種類以上を混合して用いても良い。
【0029】
非溶媒を混合する場合の非溶媒としては、エチレングリコール、ジエチレングリコール、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、グリセリン等の脂肪族多価アルコール、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール等の低級脂肪族アルコール、アセトンやメチルエチルケトン等の低級脂肪族ケトン等が好ましく用いられる。
【0030】
溶媒と非溶媒の混合溶媒中の非溶媒の含有量は、得られる混合溶媒が均一である限り特に制限されないが、通常、5〜50重量%であり、より均一性を高めるには、10〜30重量%が好ましい。
【0031】
製膜溶液には、多孔質構造の形成を促進または制御するために膨潤剤あるいは造孔剤と称される添加剤を用いても良い。このような添加剤としては、塩化リチウム、塩化ナトリウム、硝酸リチウム等の金属塩、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポリアクリル酸等の水溶性高分子又はその金属塩、ホルムアミド等が用いられる。混合溶媒中の膨潤剤の含有量は、材料に応じて適宜設定すればよく、製膜溶液が均一である限り特に制限されないが、通常、1〜50重量%であり、2〜30重量%が好ましい。
【0032】
ポリマー濃度はポリマーの種類や形成させる孔径にもよるが、通常10〜30重量%であり、溶解性および塗布のし易さの観点からは、15〜25重量%が好ましい。30重量%を越えるときは、得られる多孔質分離膜の透水性が実用性に乏しく、一方、10重量%未満になると十分な分離性能が得られないか、若しくは機械的強度が乏しくなる恐れがある。
【0033】
多孔性基材の搬送速度(製膜速度)は、分離膜の生産性、製膜の安定性に不具合が生じない限り、速ければ速いほど良いが、本発明の方法では、20m/min以上、特に20〜200m/minが好ましく、40〜150m/minがより好ましく、55〜100m/minが特に好ましい。本発明では、分離膜の分離性能を均一化できるという本発明の効果が、搬送速度が速いほど顕著になる。例えば、ポリスルホン系のシート状分離膜を製造する場合には、凝固液と接触した後に凝固が開始するまでの時間が約200msecと短く、本発明者らは凝固液が接触する瞬間の状態によって、分離膜の面内性能が変化することを見出しているため、特に接触する瞬間の状態を制御しにくい高速での製膜の際にこの課題が顕著となる。
【0034】
製膜溶液は多孔性基材における含浸性や塗布性の観点から、樹脂の濃度や樹脂の種類に応じて適宜設定されればよく、特に限定されるものではないが、通常、粘度は500〜1万mPa・s程度である。このとき、粘度が低すぎると膜面が乱れやすくなるため制御が難しくなり、粘度が高すぎると製膜することが困難になる。特に本発明の方法では、粘度の低い製膜溶液を用いた場合にも均一な膜面が得られやすくなるため、粘度1000mPa・s以下の製膜溶液にも好適に用いることができる。なお、ここでいう粘度とは、Haake社製Rheometerを用いた場合の温度30℃、せん断速度0.1〜14000/sで測定した場合のせん断速度100/sの数値を用いることができる。
【0035】
製膜液塗布直後の厚さ(Wet塗布厚み)は、分離膜の分離性能、分離膜の欠点発生率、原料コスト、脱溶媒効率の観点より、0.05〜1mm程度が好ましく、0.1〜0.5mmがより好ましい。この厚さは、製膜溶液の濃度等から計算で求めてもよいが、干渉法やレーザー測定により求めることができる。
【0036】
本発明では、前記製膜溶液塗布工程と凝固液塗布工程の間に、前記製膜溶液を調湿雰囲気と接触させる調湿工程をさらに有することが好ましい。この工程により、分離膜の分離性能を均一化できると共に、分離膜の性能を制御し易くなる。
【0037】
図3に示す装置を用いる場合、製膜溶液を塗布した基材Bは、調湿工程に搬送される。調湿工程は調湿空間7で実施され、調湿空間7には基材B出口側に加湿されたエアーを供給する給気口が設けられており、基材B入口側に排気口が設けられており、基材Bに平行して加湿されたエアーが流れる構造となっている。
【0038】
加湿エアーを製膜面と接触させる方法としては、特に限定されるものではないが、図7に示すように、製膜溶液が塗布された多孔性の基材Bを調湿空間7中で搬送しながら、その搬送方向D1に沿って逆方向に調湿雰囲気ガスAを流動させるカウンターフロー方式が好ましい。調湿雰囲気ガスAとしては、例えば加湿された空気、窒素ガスなどを用いることができる。
【0039】
このカウンターフロー方式では、基材Bの搬送方向D1の下流側に給気口21を設けると共に、この給気口21は、基材面に対する角度θを0〜20°に調整することが好ましく、2〜10°とすることがより好ましい。また、基材Bの搬送方向D1の上流側に設けられた排気口22も同程度の角度とすることが好ましい。これにより、分離膜表面が均一且つ平滑なシート状分離膜を得ることができる。
【0040】
さらには、このカウンターフロー方式では、加湿エアーの給気口21の出口付近の風速Vを1〜7m/sとすることが好ましく、これにより幅方向の均一性が良い分離膜を得ることができる。
【0041】
調湿工程における絶対湿度は、好ましくは10〜40g/mに管理されており、特に飽和湿度雰囲気が好ましい。基材に塗布された製膜溶液に水蒸気が接触することで、極表層部がミクロ相分離を引き起こし、ち密層を形成するので、分離性能を予めある程度制御することができる。
【0042】
製膜溶液と調湿雰囲気との接触時間(基材の滞留時間)は、好ましくは0.1〜1secであり、この接触時間となるように、生産速度に合わせて装置のライン長などの設計を行う。
【0043】
凝固液塗布工程は、製膜溶液が塗布された多孔性基材に液膜落下方式により凝固液を塗布する工程であり、製膜溶液が塗布された多孔性基材を連続的に搬送しながら実施することが好ましい。この工程により、製膜溶液がミクロ相分離を起こし、多孔性基材上に微多孔性層が形成される。
【0044】
図3及び図4に示す装置を用いる場合、凝固液は純水と溶媒を所定の濃度に混合されて、凝固液タンク9に保存され、一定温度に管理されており、これが送液ポンプ10によって、凝固液を液膜落下方式として塗布するためのダイコータ11に供給される。
【0045】
製膜溶液が塗布された多孔性基材Bは、調湿空間7を通過した直後に、凝固液塗布用のバックアップローラ8に搬送され、ダイコータ11により凝固液が塗布され、製膜溶液内部までミクロ相分離を引き起こす。
【0046】
液膜落下方式の塗布に用いることのできる装置としては、液膜状に製膜溶液を均一に落下させることができるもの(例えば、カーテンコータ)であれば特に限定されるものではなく、各種ファウンテンコータやダイコータが例示できる。なかでも、スロットダイコータやカーテンダイコータ、スライドダイコータ、エクストリュージョンダイコータを用いることができる。
【0047】
なお、液膜落下方式とは逆の方式として、スロットダイコータやファウンテンコータを用いてボトムアップ方式で凝固液を塗布する方法があるが、十分な接触時間を稼げないことや、ファウンテンコータなどで接触時間が稼げたとしても、必要十分な塗布厚み(Wet厚で1mm以上)を確保することができないなどという問題があった。
【0048】
前述の凝固液塗布用バックアップローラ8は、不織布裏面まで浸出した製膜溶液により汚染することがあるため、回転させることなく支持することが望ましい。さらに、ロール表面には摩擦抵抗を低減するために、フッ素コーティングやフッ素チューブを被覆したローラが好ましい。または、エアーを噴射することで基材Bを接触させずに搬送するターンバーを使用することも可能である。
【0049】
前述のバックアップローラ8の汚染を防止する方法として、図5に示したように、バックアップローラ8下部に純水を満たした受け皿17を設けて、基材B裏面に純水を塗布することも可能である。
【0050】
凝固液の種類は、ポリマーの非溶媒となるもので、純水が主として挙げられるが、相分離の速度を制御するために、製膜溶液の溶媒を混合することも可能である。例えば、ジメチルホルムアミドの10〜40重量%水溶液も適用することができる。また、表面張力を下げる意味からは、エタノール、イソプロピルアルコールなどのアルコール系溶媒を混合することも可能である。
【0051】
特に凝固液として粘度の低いもの、例えば純水などを用いる場合に、本発明の効果は顕著である。凝固液としてイソプロピルアルコール溶液など比較的粘度の低いものを用いることもできる。さらに、純水は表面張力が高いため、接触時間が短いとハジキや欠陥が生じやすいため、本発明の効果が顕著になる。
【0052】
前述の凝固液塗布用カーテンダイは、ダイ開口部が基材B上面(塗布面)より2〜200mmの高さHの位置に設置されることが好ましく、より好ましくは高さHが5〜50mmである。この高さが低すぎると、異物が混入した際に欠陥が生じやすくなり、高すぎると安定した均一面が得られにくくなる。また、凝固液が塗布される際の塗布面の粘度は700mPa・s程度であり、軟らかい状態の場合が多く、この高さが高すぎると、ムラが生じやすくなる。
【0053】
カーテンダイコータにより落下する凝固液が基材Bに衝突する速度は、下記の数式1で計算されることが知られている。ここで、Qは単位幅当りの流量、Shはダイのスロット部隙間、gは重力加速度、Hは基材Bからダイまでの距離を示す。本式より計算した衝突速度は、2.5〜10m/sである。両者の距離が上記範囲未満では、カーテン膜形成ができず、上記範囲を超えると、基材B上に塗布されている製膜溶液が乱れを生じたり、基材B上面ではじいた凝固液滴が、凝固前の製膜溶液に付着し、点状の欠点となることが考えられる。
【0054】
特に、ポリスルホン系樹脂は凝固速度が速いため、凝固液の添加ムラが凝固ムラにつながりやすく、膜面が不均一になりやすい。そのため、凝固液が塗布面に接触するときの力(圧力、衝突速度等)を一定にすることが好ましい。
【数1】

本発明では、図4に示すように、凝固液塗布工程が、下流側が低くなる傾斜部に対して均一に凝固液を落下させるものであることが、前述した理由より好ましい。その際、この傾斜部は、製膜溶液が塗布された多孔性基材Bが支持ロールで下方から支持された部分であることがより好ましい。また、支持ロールから基材Bが離反した位置に対して凝固液を落下させる場合でも、支持ロールとの接触位置からの距離が短い方が好ましい。
【0055】
更に、凝固液を塗布された基材Bは、図4に示すように、搬送方向D2の前方側が低くなるように傾斜角度αを設けて搬送されることが好ましく、具体的には、水平方向に対する傾斜角度αが10〜80°が好ましく、30〜50°がより好ましく、45°付近が最も好ましい。傾斜角度αを設けることにより、塗布した凝固液が基材B上に均一に液膜を形成し、均一なミクロ相分離が表面から内部にかけて起こり、分離性能がより均一な多孔質膜が形成される。
【0056】
本発明では、凝固液の供給速度と基材Bの搬送速度と傾斜角度αのバランスによって、凝固液の塗布部に流れが生じる場合があるが、塗布部に流下が生じる条件であると、凝固液のハジキも生じにくく、分離性能がより均一になるという効果が得られ易い。
【0057】
また、後述する凝固液浸漬工程での凝固液の濃度変化による影響を受けにくくする観点から、凝固液塗布工程における接触時間を長くすることが好ましい。接触時間は、0.1〜3秒が好ましく、0.2〜1.5秒がより好ましく、0.5〜1.2秒が特に好ましい。接触時間は、基材Bの搬送速度、傾斜角度αを設けた搬送長さLによって決定される。
【0058】
本発明では、凝固液による相分離をより完全に行うために、凝固液塗布工程の後に、形成された微多孔性層を凝固液に浸漬する凝固液浸漬工程を設けてもよい。
【0059】
図3及び図4に示す装置を用いる場合、微多孔性層が形成された多孔性基材Bは、搬送により、凝固液を所定の温度で保存した凝固液槽13に浸漬され、複数のロール12を経て凝固液から引き上げられる。このときの凝固液槽の凝固液は、前記液膜落下方式の凝固液と異なっていてもよい。例えば、この凝固液槽の凝固液に製膜溶液に用いた溶媒やこれに類似の特性を有する溶剤を低濃度で溶解しておくと、凝固液の内容状態の経時変化に伴って、微多孔性層の形成状態や性能が変化することを抑制することができるため好ましい。これによって、長時間一定レベルの分離膜を得ることができる。
【0060】
溶媒除去工程は、凝固した微多孔性層から溶媒を除去する工程である。この工程により、微多孔性層から溶媒が所定の溶媒濃度まで除去されると共に、表面に付着したポリマー微粒子などが除去される。また、溶媒除去工程は、洗浄液として凝固液を使用する場合には、2段凝固方式としての意味も生じる。
【0061】
溶媒の除去は、洗浄液へ浸漬する浸漬方式によって行うことができるが、サクションロール方式、超音波方式、スプレー噴射方式などの装置も適用できる。
【0062】
図3に示す装置を用いる場合、凝固液槽13の凝固液から引き上げられた、微多孔性層が形成された多孔性基材Bは、搬送により、洗浄液を所定の温度で保存した洗浄液槽15に浸漬され、複数のロール14を経て洗浄液から引き上げられ、巻取り装置16で巻き取られる。
【0063】
本発明のシート状分離膜の製造方法では、更に、乾燥工程、スリット工程、表面処理工程などを実施してもよい。
【実施例】
【0064】
以下に実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明はこれら実施例により何ら限定されるものではない。実施例及び比較例により評価する特性値は、以下の方法により測定した。
【0065】
(1)バブルポイント圧力の測定
JIS K3832(ASTM F316−86)に準拠してバプルポイント圧力を測定する。製膜初期の分離膜について、幅方向に略均等な5点から直径25mmの円形サンプルを打ち抜き、次いで、前記サンプルの1つずつ、分離膜面側から窒素ガスを徐々に加圧しながら裏面側に満たした水面に連続的に気泡が生じる圧力(バブルポイント圧力)を確認する。このときの試験装置例を図6に示す。このとき、最大印加圧力は1MPaとし、1MPaにおいて気泡が発生しない場合のバブルポイント圧力は、「>1[MPa]」とした。
【0066】
なお、この方法では平膜中の欠陥の有無、すなわちミクロンオーダーの孔の存在を確認することができ、孔を円筒状の孔とみなした場合、バブルポイント圧力と膜の最大孔径との関係は次式で表わされる。
BP(バブルポイント圧力 [MPa])=4・δ/d
(δ:水の表面張力≒72×10-3 [N/m]、d:最大孔径[μm])
このとき例えば、バブルポイント圧力が1MPaの時、最大孔径は約0.3μmとなる。
【0067】
(2)膜面外観の評価
製膜後の膜面の外観を目視で観察して、凝固液のハジキに起因する外観の不均一状態、不均一な相分離に起因する外観の不均一状態などを、評価した。
【0068】
(3)ポリエチレングリコール(PEG)阻止率の測定
得られたシート状分離膜より、幅方向において略均等な位置の3点(右側、中央、左側)から直径75mmで採取したサンプルを循環流通式平膜テストセルにより、下記の条件によって性能評価した。
測定条件としては、ポリエチレングリコール(和光純薬社製試薬1級、平均分子量20、000 Da)、原液濃度:0.5%、原液温度:25℃を評価物質として、圧力:0.35MPa、循環流量:10 L/min.により測定した。
【0069】
算出方法としては、上記性能評価において採取した原液及び透過液の濃度を示差屈折計により測定し、次式により阻止率を算出した。
【0070】
阻止率(%)=[(原液濃度−透過液濃度)/原液濃度]×100
この測定について、製膜開始直後を製膜時間0分とし、以後、30、60、90、120、240、360、500、750、1000分製膜した時の分離膜サンプルについて同様の測定を行い、それぞれ製膜時間0分との変化率(各製膜時間の阻止率/製膜時間0分の阻止率×100[%])を求めた結果をグラフに表した。実施例1、2および比較例1の結果を図1に示す。
【0071】
[実施例1]
ポリスルホン(ソルベイ アドバンスト ポリマーズ社製、Udel P−3500)18.3重量%をジメチルホルムアミド81.7重量%と混合し、100℃で溶解・濾過・脱泡して製膜溶液を調製した。この製膜溶液を、約25℃に保ちつつ、ライン速度60m/minで、多孔性基材であるポリエステル製不織布(坪量70g/m、厚み90um、幅280mm)に、塗布幅250mmのスロットダイコータでWet塗布厚み130μmとなるように塗布した。
【0072】
製膜溶液塗布直後に絶対湿度27g/mに調整した調湿工程を0.5秒間で通過させた。その後、塗布幅300mmのダイコータで、凝固液としての20℃の純水を、12L/minの流量で塗布面上面から15mmの位置より塗布した。この時の凝固液厚さは約0.5mmであった。
【0073】
次いで、凝固液塗布後に傾斜角度45°で下るように搬送し、凝固液膜を形成させた。その後、0.2秒後に20℃のDMF10%水溶液に浸漬させ、さらに、45℃の純水槽に浸漬させて、膜中の残存溶媒を除去後、厚さ130μmのシート状分離膜として巻きとった。
【0074】
このシート状分離膜について、前記評価を行った結果を表1、図1及び図2に示す。
【0075】
[実施例2]
実施例1において、凝固液として30℃の40%DMF水溶液を塗布した以外は実施例1と同様にして厚み130μmのシート状分離膜を得た。このシート状分離膜について、前記評価を行った結果を表1、及び図1に示す。
【0076】
[実施例3]
実施例1において、凝固液塗布後の傾斜下降角度を80°にし、保持時間が0.3secであった以外は実施例1と同様にして厚み130μmのシート状分離膜を得た。このシート状分離膜について、前記評価を行った結果を表1に示す。
【0077】
[実施例4]
実施例1において、ライン速度を30m/minとし、凝固液塗布厚みが1mmであった以外は実施例1と同様にして厚み130μmのシート状分離膜を得た。このシート状分離膜について、前記評価を行った結果を表1に示す。
【0078】
[実施例5]
実施例1において、凝固液塗布直後の傾斜下降角度を90°にした以外は実施例1と同様にして厚み130μmのシート状分離膜を得た。このシート状分離膜について評価した結果を表1に示す。
【0079】
[比較例1]
実施例1において、凝固の方法として液膜落下方式で塗布する代わりに、20℃の純水を満たした槽に浸漬させる以外は実施例1と同様にして厚み130μmのシート状分離膜を得た。このシート状分離膜について、前記評価を行った結果を表1、及び図1に示す。
【0080】
[比較例2]
実施例1において、凝固液塗布方法として、下部からスロットダイコータにて凝固液をWet厚み約0.5mmになるように塗布した以外は実施例1と同様にして厚み130μmのシート状分離膜を得た。このシート状分離膜について、前記評価を行った結果を表1、及び図2に示す。
【0081】
[比較例3]
実施例1において、製膜溶液塗布後に90°で下降するように傾斜させるとともに、横向きのスロットダイコータを用いて実施例1と同様の凝固液を接触塗布した以外は実施例1と同様にして厚み130μmのシート状分離膜を得た。このシート状分離膜について評価した結果を表1に示す。
【0082】
以上で得られたシート状分離膜の面内均一性と目視による外観評価結果、PEG阻止率の経時変化を評価した結果、表1、図1及び図2の通りとなった。
【0083】
【表1】

【0084】
表1の結果、実施例1〜5および比較例1については、バブルポイント評価および外観目視により膜面均一性は良好であった。ただし、凝固液塗布後の傾斜角度が90度である実施例5は、端部に若干のムラが見られた(端部切除などをして使うことができるため問題ない。)。
【0085】
一方、凝固液の塗布方式がボトムアップ方式である比較例2、および横向きのスロットダイコータを用いた比較例3では、全面にハジキに起因すると思われるムラが見られ、また、バブルポイント評価においても全面において圧力数値が低く、十分な微多孔層が形成されていないことがわかる。
【0086】
図1に示したPEG阻止率における経時変化においては、浸漬方式である比較例1の分離膜では、PEG阻止率の低下が大きく、製膜時間とともに膜性能が劣化することがわかる。一方で実施例1および2については製膜時間に対する膜性能の劣化が少なかった。
【符号の説明】
【0087】
1 基材の繰出装置
4 製膜溶液タンク
6 ダイコータ
7 調湿空間
9 凝固液タンク
11 ダイコータ
15 洗浄槽
A 調湿雰囲気ガス
B 基材
D1 搬送方向(調湿工程)
D2 搬送方向(凝固液塗布工程)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
多孔性基材上に微多孔性層を形成したシート状分離膜の製造方法において、ポリマーを溶媒に溶解した製膜溶液を多孔性基材上に塗布する製膜溶液塗布工程と、製膜溶液が塗布された多孔性基材に液膜落下方式により凝固液を塗布する凝固液塗布工程と、凝固した微多孔性層から溶媒を除去する溶媒除去工程とを有することを特徴とするシート状分離膜の製造方法。
【請求項2】
前記凝固液塗布工程が、下流側を低くした傾斜部として凝固液を落下させる工程である請求項1に記載のシート状分離膜の製造方法。
【請求項3】
前記傾斜部は、製膜溶液が塗布された多孔性基材が支持ロールで下方から支持されている請求項2に記載のシート状分離膜の製造方法。
【請求項4】
前記製膜溶液塗布工程と凝固液塗布工程の間に、前記製膜溶液を調湿雰囲気と接触させる調湿工程をさらに有する請求項1〜3いずれかに記載のシート状分離膜の製造方法。
【請求項5】
前記調湿工程は、製膜溶液が塗布された前記多孔性基材を調湿空間中で搬送しながら、その搬送方向に沿って逆方向に調湿雰囲気ガスを流動させるカウンターフロー方式で行われる請求項4記載のシート状分離膜の製造方法。
【請求項6】
前記製膜溶液が、ポリスルホンまたはポリフッ化ビニリデンを含む請求項1〜5いずれかに記載のシート状分離膜の製造方法。
【請求項7】
前記凝固液塗布工程における凝固液の塗布速度が、20m/min以上である請求項1〜6いずれかに記載のシート状分離膜の製造方法。




【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−110889(P2012−110889A)
【公開日】平成24年6月14日(2012.6.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−242390(P2011−242390)
【出願日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【出願人】(000003964)日東電工株式会社 (5,557)
【Fターム(参考)】