説明

ジアルキルボランアミン錯体

本発明は、新規なジアルキルボランアミン錯体、新規なジアルキルボランアミン錯体の合成方法、新規なジアルキルボランアミン錯体を含む溶液及び有機反応のための新規なジアルキルボランアミン錯体の使用方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
発明の属する分野
本発明は、新規なジアルキルボランアミン錯体、新規なジアルキルボランアミン錯体の合成方法、新規なジアルキルボランアミン錯体を含む溶液及び有機反応のための新規なジアルキルボランアミン錯体の使用方法に関する。
【0002】
発明の背景
ボラン原子がもっぱら炭素−炭素二重結合のより立体障害の少ない炭素原子に付加するため、ジアルキルボラン(RBH)は位置選択的ヒドロホウ素化反応に価値のある試薬である。更に、ジイソピノカンフェイルボラン((Ipc)BH)のような、キラルアルキル置換基を有するジアルキルボランは、ケトンの不斉還元に有効に使用できる。
【0003】
しかしながら、ジアルキルボランの適用は、時には非極性溶媒及び極性溶媒中で溶解性の低さによって妨害される。非極性溶媒中で、ジアルキルボラン化合物は一般的に水素架橋ダイマーとして存在する。残念ながら、テトラヒドロフラン(THF)のような配位性溶媒の使用でさえ常にジアルキルボランの溶解性を高めるわけではない。例えば、9−ボラビシクロ[3.3.1]ノナン(9−BBN)の溶解性はヘキサン又はTHF中で0.5Mにすぎない。ジアルキルボランの別の望ましくない特性は、単離された固体の自燃性の性質であり、この性質により化合物を大規模に扱うことが困難になる。従って、溶解性が改良され且つ取り扱いの困難さが低減されたジアルキルボラン誘導体を開発することが望ましく、該誘導体はさらに適度な安定した反応性を示す。
【0004】
立体障害のアルキル基を有するジアルキルボランは時には熱的に不安定であり且つ連続の脱水素ホウ素化−ヒドロホウ素化反応を介して異性化する傾向があり、ボラン原子がより妨害されない位置で炭素原子に結合した化合物が生じる。適切に選ばれたルイス塩基のかさばるジアルキルボランへの配位は、これらの化合物の熱安定性に有益な効果を与え得る。更に、場合によっては、ルイス塩基をジアルキルボランへ添加すると不均化が生じ、主にトリアルキルボラン及びモノアルキル−ボラン−ルイス塩基錯体が生じることが観察されたが、これも望ましくない。
【0005】
アミン類を有する多くのジアルキルボラン錯体が文献で公知である。例えば、Brownらはいくつかのピリジンとのジブチルボランアミン錯体(n−ブチル、イソブチル、s−ブチル)を記載しており、これらは原液(Brown, H. C.; Gupta, S. K. J. Am. Chem. Soc. 1971, 93, 1817)であり、またジシクロヘキシルボラン、(Ipc)BH及びジシアミルボラン(Brown, H. C. Inorg, Chem. 1979, 18, 53)のエチレンジアミン(EDA)錯体であった。EDA錯体は、窒素原子がそれぞれ別のボラン原子に配位されるように、2つのジアルキルボラン部分を含んだ。ジシクロヘキシルボラン−EDA錯体はジエチルエーテルに不溶性であるがTHFに可溶性であった。ジシアミルボラン及びジイソピノカンフェイルボランのEDA付加物をエーテル及びTHF中でそれぞれ調製したが単離されなかった。これらの化合物は30日間0℃でBrownによって観察されたが、検出可能な異性化又は再分配は認められなかった。
【0006】
残念なことに、ジアルキルボランをヒドロホウ素化に使用する前に、上述のピリジン及びEDA錯体は、ピリジン又はEDAを錯体化するために三フッ化ホウ素の添加を必要とした。三フッ化ホウ素(BF)のようなルイス酸に添加する必要性のため、他の不必要な副反応(例えば、エーテルの開裂)が生じ且つ過剰な廃棄物、例えば、EDA−BF錯体が生成し得る。
【0007】
Brownらは更に(Brown, H. C.; Kulkarni, S. U. Inorg. Chem. 1977, 16, 3090)を調製し且つアミンとしてのN−メチルピペリジン、テトラメチルエチレンジアミン、トリメチルアミン、ピリジン及び2−ピコリンとのTHF中での9−BBNアミン錯体のヒドロホウ素化速度を研究した(Brown, H. C.; Chandrasekharan, J. Gazzetta Chemica ltaliana 1987, 117, 517; Wang, K.K.; Brown, H.C. J. Am. Chem. Soc. 1982, 104, 7148)。9−BBN−トリメチルアミン錯体を除き、これらの9−BBNアミン錯体が、THF中の9−BBNよりも25℃の2−メチル−1−ペンテンに対してより反応性が高いことが分かった。予想通り、トリメチルアミンとのより強い錯体は、より遅く解離し、より遅いヒドロホウ素化反応をもたらす。この実験は0.3Mの濃度で9−BBN−アミン錯体中で行われ、この化合物は単離されなかった。Brownは9−BBNアミン化合物の溶解性について記載しなかった。Soderquistらは、種々の溶媒中での9−BBNの溶解性を調査したが、溶媒としてのアミンを試さなかった(Soderquist, J.A.; Brown, H.C. J. Org. Chem. 1981, 46, 4599)。
【0008】
Brown及びWang(Brown, H.C.; Wang, K.K. J. Org. Chem. 1980, 45, 1748)は、2−tert−ブチルピリジン及びトリエチルアミンは9−BBNに配位せず、2−エチルピリジン、2−イソプロピル−ピリジン及びジイソプロピルアミンは部分的のみ錯体化され、溶液中でこれらのアミンとの迅速な交換が起こったことを見出した。2−ピコリンはアミン交換によって安定な錯体を形成したが、ピリジン、n−プロピルアミン、イソプロピルアミン、ジエチルアミン及びキノリンは9−BBNとの安定な非交換錯体を形成した。
【0009】
ジエチルアニリンはボランとの市販の錯体(BH)を形成し、これはほとんどの他のトリアルキルアミンボラン及びピリジンボラン錯体と比べて反応性が非常に高く、反応性を高めるために三フッ化ホウ素の添加を必要としない。しかしながら、ジエチルアニリンの立体的かさ高さによって9−BBN又は更にジエチルボランとの配位が妨げられる。ジエチルトリメチルシリルアミンもまた9−BBNと配位するにはかさ高すぎる。アミンのボリナンへの類似の錯化はBrown及びPaiによって観察された(Brown, H.C.; Pai, G.G., J. Org. Chem. 1981, 46, 4713.)。
【0010】
従って、更に大規模に適用し易くするために、溶解性が改良され且つ自燃性が低減された新規なジアルキルボランアミン錯体を開発することが望ましい。同時に、新規なジアルキルボランアミン錯体は、脱錯体のためにルイス酸を使用する必要なく、ヒドロホウ素化及び還元に対して適度な反応性を有するべきである。
【0011】
発明の要約
本発明の一対象は、新規なジアルキルボランアミン錯体及びその溶液を提供することであった。本発明の別の対象は、これらの新規なジアルキルボランアミン錯体の合成方法の開発であった。本発明の更に別の対象は、新規なジアルキルボランアミン錯体の使用方法の開発であった。
【0012】
従って、式(1)
【化1】

の新規なジアルキルボランアミン錯体であって、
その際、
− RはC−C10アルキル、C−C10シクロアルキル、C−C14アリール、C−C16アラルキル、C−C16アルカリール、C−C10アルケニル、C−C10アルキニル、置換されたC−C10アルキル、CHSiMe、イソピノカンフェイルであるか、又は2つのR基はBH部と一緒になってそれらが結合されて9−ボラビシクロ[3.3.1]ノナン、ボラシクロペンタン、3−メチル−1−ボラシクロペンタン又は3,4−ジメチル−1−ボラシクロペンタンであり、そして
− アミンはキノリン、キノキサリン、又は式(2)
【化2】

の置換されたピリジンを表し、
その際、
− RはC−C10アルキル、C−Cアルコキシ、C−C−アルコキシ−C−C10アルキル、又はハロゲンであり、そして
− Rは水素又はC−C10アルキル、C−Cアルコキシ、C−C−アルコキシ−C−C10アルキル基又はハロゲンであり、これはピリジン環の6位に結合しておらず、
ただし、ジアルキルボランが9−ボラビシクロ[3.3.1]ノナンである場合、Rは水素ではなく、(1)中のアミンはキノリンではないことを条件とする、
新規なジアルキルボランアミン錯体が見出された。
【0013】
更に、ジアルキルボラン(RBHと各々のアミンとを反応させる工程を含む、式(1)の新規なジアルキルボランアミン錯体を合成するための方法が見出された。
【0014】
本発明の別の実施態様は、式(1)の少なくとも1種の新規なジアルキルボランアミン錯体と少なくとも1種の溶媒を含む溶液である。
【0015】
本発明の新規なジアルキルボランアミン錯体は多数の有機変換に利用することができる。例として官能基の還元並びにアルケン、アレン及びアルキンとのヒドロホウ素化反応が挙げられる。このようなジアルキルボランアミン錯体によって還元された官能基として、例えば、アルデヒド、ケトン、a,b−不飽和ケトン、オキシム、イミン及び酸塩化物基が挙げられる。
【0016】
発明の詳細な説明
本発明の新規なジアルキルボランアミン錯体は一般式(1)
【化3】

による化学構造を有しており、
その際、
− RはC−C10アルキル、C−C10シクロアルキル、C−C14アリール、C−C16アラルキル、C−C16アルカリール、C−C10アルケニル、C−C10アルキニル、置換されたC−C10アルキル、CHSiMe、イソピノカンフェイルであるか、又は2つのR基はBH部と一緒になってそれらが結合されて9−ボラビシクロ[3.3.1]ノナン、ボラシクロペンタン、3−メチル−1−ボラシクロペンタン又は3,4−ジメチル−1−ボラシクロペンタンであり、そして
− アミンはキノリン、キノキサリン、又は式(2)
【化4】

の置換されたピリジンを表し、
その際、
− RはC−C10アルキル、C−Cアルコキシ、C−C−アルコキシ−C−C10アルキル又はハロゲンであり、そして
− Rは水素又はC−C10アルキル、C−Cアルコキシ、C−C−アルコキシ−C−C10アルキル基又はハロゲンであり、これはピリジン環の6位に結合しておらず、
ただし、ジアルキルボランが9−ボラビシクロ[3.3.1]ノナンである場合、Rは水素ではなく、(1)中のアミンはキノリンではないことを条件とする。
【0017】
本明細書において使用される"C−C10アルキル"という用語は、1〜10個の炭素原子を含む分枝鎖状又は非分枝鎖状飽和炭化水素基を表す。例として、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、n−ブチル、イソブチル、sec−ブチル、tert−ブチル、アミル、イソアミル、sec−アミル、1,2−ジメチルプロピル、1,1−ジメチルプロピル、n−ヘキシル、4−メチルペンチル、1−メチルペンチル、2−メチルペンチル、3−メチルペンチル、1,1−ジメチルブチル、2,2−ジメチルブチル、3,3−ジメチルブチル、1,2−ジメチルブチル、1,3−ジメチルブチル、1,2,2−トリメチルプロピル、1,1,2−トリメチルプロピル、n−ヘプチル、5−メチルヘキシル、1−メチルヘキシル、2,2−ジメチルペンチル、3,3−ジメチルペンチル、4,4−ジメチルペンチル、1,2−ジメチルペンチル、1,3−ジメチルペンチル、1,4−ジメチルペンチル、1,2,3−トリメチルブチル、1,1,2−トリメチルブチル、1,1,3−トリメチルブチル、2−エチルヘキシル、n−オクチル、6−メチルヘプチル、1−メチルヘプチル、1,1,3,3−テトラメチルブチル、n−ノニル、1−、2−、3−、4−、5−、6−又は7−メチルオクチル、1−、2−、3−、4−又は5−エチルヘプチル、1−、2−又は3−プロピルヘキシル、n−デシル、1−、2−、3−、4−、5−、6−、7−及び8−メチルノニル、1−、2−、3−、4−、5−又は6−エチルオクチル、及び1−、2−、3−又は4−プロピルヘプチルが挙げられる。アルキル基は、有利にはメチル、エチル、プロピル、イソプロピル、n−ブチル、イソブチル、sec−ブチル、tert−ブチル、アミル、イソアミル、sec−アミル、1,2−ジメチルプロピル及び1,1−ジメチルプロピルであり、最も有利にはイソアミル基である。
【0018】
「イソアミル」という用語は分枝鎖状のメチルブチル基、有利には3−メチル−2−ブチルを表す。
【0019】
"C−C10シクロアルキル"という用語は、単環式又は多環式の構造部分を含む3〜10個の炭素原子を有する飽和炭化水素基を表す。例は、シクロプロピル、シクロブチル、シクロペンチル、シクロヘキシル、メチルシクロヘキシル、ジメチルシクロヘキシル、シクロヘプチル、シクロオクチル、ノルボルニル、イソピノカンフェイル、シクロノニル又はシクロデシルである。好ましくは、シクロアルキル基はシクロペンチル、シクロヘキシル、メチルシクロヘキシル及びイソピノカンフェイルである。
【0020】
「イソピノカンフェイル」という用語はa−ピネンのヒドロホウ素化によって得られた二環式炭化水素基の全ての立体異性体を表す。
【0021】
"C−C14アリール"という用語は、フェニル又はナフチルのような少なくとも1つの芳香族環系又は他の任意の芳香族環系を含む6〜14個の炭素原子を有する不飽和炭化水素基を表す。
【0022】
"C−C16アラルキル"という用語は、例えばフェニル基、ナフチル基又はアルキル置換されたフェニル基又はアルキル置換されたナフチル基又は他の任意の芳香族環系を含む7〜16個の炭素原子を有するアリール置換されたアルキル基を表す。アラルキル基の例は、ベンジル、1−又は2−フェニルエチル、1−、2−又は3−フェニルプロピル、メシチル及び2−、3−又は4−メチルベンジル基を含む。
【0023】
"C−C16アルカリール"という用語は、例えばフェニル基又はナフチル基又はアルキル置換されたフェニル基又はアルキル置換されたナフチル基又は他の任意の芳香族環系及び上記で定義されたアルキル置換基を含む7〜16個の炭素原子を有するアルキル置換されたアリール基を表す。アルカリール基の例は、2−、3−又は4−メチルフェニル、2−、3−又は4−エチルフェニル及び2−、3−、4−、5−、6−、7−又は8−メチル−1−ナフチル基である。
【0024】
"C−C10アルケニル"という用語は、少なくとも1つの炭素−炭素二重結合を含む2〜10個の炭素原子を有する直鎖又は分枝鎖状の不飽和炭化水素基を表す。例は、ビニル、アリル、1−メチルビニル、ブテニル、イソブテニル、3−メチル−2−ブテニル、1−ペンテニル、1−ヘキセニル、3−ヘキセニル、4−メチル−3−ペンテニル、1−ヘプテニル、3−ヘプテニル、1−オクテニル、2,5−ジメチルヘキサ−4−エン−3−イル、1−ノネニル、2−ノネニル、3−ノネニル、1−デセニル、3−デセニル、1,3−ブタジエニル、1,4−ペンタジエニル、1,3−ヘキサジエニル、1,4−ヘキサジエニルである。アルケニル基は、好ましくはビニル、アリル、ブテニル、イソブテニル、1,3−ブタジエニル、4−メチル−3−ペンテニル及び2,5−ジメチルヘキサ−4−エン−3−イルであり、最も好ましくは4−メチル−3−ペンテニル及び2,5−ジメチルヘキサ−4−エン−3−イルである。
【0025】
"C−C10アルキニル"という用語は、少なくとも1つの炭素−炭素三重結合を含む2〜10個の炭素原子を有する直鎖又は分枝鎖状の不飽和炭化水素基を表す。アルキニル基の例として、エチニル、2−プロピニル及び2−又は3−ブチニルが挙げられる。
【0026】
"置換されたC−C10アルキル"という用語は、少なくとも1つの水素原子がフッ素、塩素、臭素又はヨウ素のようなハロゲン化物原子により又はC−Cアルコキシ基により置換されたアルキル基を表す。
【0027】
"C−Cアルコキシ"という用語は、1〜8個の炭素原子を有する分枝鎖状又は非分枝鎖状脂肪族モノアルコールから誘導された基を表す。例はメトキシ、エトキシ、プロポキシ、イソプロポキシ、n−ブトキシ、イソブトキシ及びn−ペントキシである。
【0028】
"C−C−アルコキシ−C−C10アルキル"という用語は上記で定義されたC−C10アルキル基を表し、その際、1つの水素原子が上記で定義されたC−Cアルコキシ基によって置換されている。例はメトキシメチル(−CHOCH)、エトキシメチル(−CHOCHCH)及び2−メトキシ−エチル(−CHCHOCH)である。
【0029】
本発明の有利な実施態様において、新規なジアルキルボランアミン錯体は、一般式(1)による化学構造を有しており、その際、Rはシクロヘキシル、シクロペンチル、メチルシクロヘキシル、イソアミル、イソピノカンフェイル、4−メチル−3−ペンテニル、2,5−ジメチルヘキサ−4−エン−3−イルであるか、又は2つのR基はBH部と一緒になってそれらが結合されて9−ボラビシクロ[3.3.1]ノナン、ボラシクロペンタン、3−メチル−1−ボラシクロペンタン又は3,4−ジメチル−1−ボラシクロペンタンである。
【0030】
本発明の別の有利な実施態様において、新規なジアルキルボランアミン錯体は、一般式(1)による化学構造を有しており、その際、アミンはキノリン、キノキサリン又は式(2)による化合物であり、その際、Rは水素又はC−C−アルキルである。
【0031】
最も好ましくは本発明の実施態様において、新規なジアルキルボランアミン錯体は、一般式(1)による化学構造を有しており、その際、アミンはキノリン、キノキサリン、2−ピコリン、2,3−ルチジン、2,4−ルチジン、2,5−ルチジン又は5−エチル−2−メチルピリジンである。
【0032】
本発明によれば、式(2)の置換されたピリジンは、例えば、2−ピコリン、2,3−ルチジン、2,4−ルチジン、2,5−ルチジン、5−エチル−2−メチルピリジン、4−エチル−2−メチルピリジン、3−エチル−2−メチルピリジン、2,5−ジエチルピリジン、5−プロピル−2−メチルピリジン、4−プロピル−2−メチルピリジン、5−イソプロピル−2−メチルピリジン、5−t−ブチル−2−メチルピリジン、5−n−ヘキシル−2−メチルピリジン、4−イソブチル−2−メチルピリジン又は2,4−ジプロピルピリジンであってよい。式(2)の有利なピリジンは、2−ピコリン、2,3−ルチジン、2,4−ルチジン、2,5−ルチジン及び5−エチル−2−メチルピリジンである。
【0033】
本発明の別の実施態様は、ジアルキルボランと各々のアミンとを反応させる工程を含む、式(1)の新規なジアルキルボランアミン錯体を合成するための方法である。有利には、ジアルキルボランは少なくとも1種の溶媒の存在下において液相中で各々のアミンと接触させられる。好適な溶媒は各々のアミンと少なくとも部分的に混合性であり、新たに形成されたジアルキルボランアミン錯体、例えば、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン又は2−メチルテトラヒドロフランのようなエーテル類、ジメチルスルフィド又は1,6−チオキサンのようなスルフィド類、又はペンタン、ヘキサン類、ヘプタン類、シクロヘキサン、トルエン又はキシレン類のような炭化水素類を溶解することが可能である。本発明の方法のための有利な溶媒は、テトラヒドロフラン、2−メチルテトラヒドロフラン、ジメチルスルフィド、1,6−チオキサン、トルエン、ヘキサン類、ヘプタン類又はシクロヘキサンであり、最も有利には、テトラヒドロフラン、2−メチルテトラヒドロフラン、トルエン、ヘキサン類、ヘプタン類又はシクロヘキサンである。
【0034】
本発明の方法は一般的には−40℃から+70℃まで、有利には0℃から+35℃までの温度で実施することができる。
【0035】
本発明の方法の有利な実施態様は、テトラヒドロフラン又は2−メチルテトラヒドロフラン中のジアルキルボランの溶液にアミンを添加することを含む。
【0036】
本発明の方法の別の有利な実施態様は、テトラヒドロフラン、2−メチルテトラヒドロフラン、ジメチルスルフィド、1,6−チオキサン、トルエン、ヘキサン類、ヘプタン類又はシクロヘキサン中のスラリー状のジアルキルボランにアミンを添加することを含む。
【0037】
しかしながら、アミンはジアルキルボランと比較して過剰に存在し得る。従って、アミンはジアルキルボランの錯化剤として及び新たに形成されたジアルキルボランアミン錯体の溶媒として働き得る。もちろん、アミンよりも低いジアルキルボランへの錯体形成性を有する1種又は複数種の他の溶媒もまた存在し得る。
【0038】
本発明の別の実施態様は、従って、式(1)の少なくとも1種の新規なジアルキルボランアミン錯体と少なくとも1種の溶媒を含む溶液である。本発明の溶液のための好適な溶媒は、ジアルキルボランアミン錯体が高い溶解性を有する溶媒である。例は、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン又は2−メチルテトラヒドロフランのようなエーテル類、ジメチルスルフィド又は1,6−チオキサンのようなスルフィド類、及びペンタン、ヘキサン類、ヘプタン類、シクロヘキサン、トルエン又はキシレン類のような炭化水素類である。新規なジアルキルボランアミン錯体の溶液のための有利な溶媒は、テトラヒドロフラン、2−メチルテトラヒドロフラン、ジメチルスルフィド、1,6−チオキサン、トルエン、ヘキサン類、ヘプタン類又はシクロヘキサンであり、最も有利には、テトラヒドロフラン、2−メチルテトラヒドロフラン、トルエン、ヘキサン類、ヘプタン類又はシクロヘキサンである。
【0039】
本発明の溶液は、一般的に、0.05〜5モル/l、有利には0.5〜5モル/l、更に有利には0.75〜3モル/lの濃度で式(1)の新規なジアルキルボランアミン錯体を含有する。これらの比較的高い濃度を有する新規なジアルキルボランアミン錯体の溶液を調製できることにより、非錯体ジアルキルボランの使用と比較して多くの経済的及び環境的利点がもたらされる。
【0040】
本発明の溶液は更なる反応に直接利用できるか又はジアルキルボランアミン錯体は溶媒の蒸発によって純粋な形で単離できる。溶媒を除去するための有利な方法は、溶媒の沸点を低下させるための減圧下での蒸発である。
【0041】
式(1)のジアルキルボランアミン錯体の11B NMRスペクトルは一般的に約0ppmの化学シフト及び約80〜約100Hzの結合定数を有する二重線を示し、これは溶液中の単量体のジアルキルボランアミン錯体を示す。例えば、9−ボラビシクロ[3.3.1]ノナン−5−エチル−2−メチルピリジン錯体は、d=−1.3ppmでの11B NMR共鳴及び結合定数J(11H)=80Hzを示す。この結合は濃縮された溶液中では観察されていない。IRスペクトルは2300〜2400cm−1の領域でB−H伸縮のために強い吸収を示す。
【0042】
本発明は更に式(1)の新規なジアルキルボランアミン錯体を有機反応に使用する方法を提供する。本方法はジアルキルボランアミン錯体と基質とを反応容器中で接触させる工程を含む。
【0043】
式(1)の新規なジアルキルボランアミン錯体は本発明に従って有機反応に利用できるが、この有機反応として、特にアルケン、アレン又はアルキンとのヒドロホウ素化反応並びにアルデヒド又はケトンなどの官能基の還元が挙げられる。位置選択的ヒドロホウ素化反応は主に1種の生成物をもたらす。ジエン、エニン及びジイン基質のモノヒドロホウ素化は高い選択性によって起こる。キラル置換基Rを有するジアルキルボランアミン錯体の場合、アルケンの不斉ヒドロホウ素化反応及びケトンの不斉還元でさえも行うことができる。
【0044】
式(1)の新規なジアルキルボランアミン錯体を使用する他の方法として、第三級アミドのアルコール又はアルデヒドへの還元、高い溶解性を達成し且つアミノ酸の官能基を保護するためのアミノ酸との反応、及びボロンエノラートを得るためのa,b−不飽和ケトンの1,4−還元が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0045】
それらの平衡した反応性−安定性−パターンによって、本発明の新規なジアルキルボランアミン錯体は、脱錯体のためにルイス酸を使用する必要なく、有機反応に利用できる。良好な安定特性と望ましい反応性で結合された新規なジアルキルボランアミン錯体の高い溶解性は、これらの化合物の大規模な利用に対して著しく大きな利点である。特にジシクロヘキシルボラン、ジイソピノカンフェイルボラン及びジシアミルボランの2−ピコリン、2,3−ルチジン及び5−エチル−2−メチルピリジン錯体は、EDA又はピリジン錯体に対して反応性の利点がある。それというのは、三フッ化ホウ素はヒドロホウ素化の前にジアルキルボランを離す必要がないからである。
【0046】
次の例は、本発明を説明するものであり、本発明を限定するものではない。
【0047】
実施例
実施例1:9−BBN−5−エチル−2−メチルピリジン錯体のTHF中での調製:
5−エチル−2−メチルピリジン1.21g(0.01モル)を、0.5Mの9−BBN溶液20ml(0.01モル)へTHF中で0−5℃において15分以内に添加した。反応混合物の11B NMRスペクトルはもはや27.8ppmでの9−BBNのシグナル及びd=−1.3で二重線(80Hz)として現れる新たなシグナルを示さず、9−BBN−5−エチル−2−メチル−ピリジン錯体に割り当てられた。THFの部分は真空下で除去されて、濃縮液、約60質量%の9−BBN−5−エチル−2−メチルピリジン錯体を残した。11B NMRスペクトルは、d=−0.8でブロード一重線として生成物(98%純度)を示した。
【0048】
実施例2:9−BBN−5−エチル−2−メチルピリジン錯体のヘキサン中での調製:
5−エチル−2−メチルピリジン49.7g(0.41モル)を、0.5Mの9−BBN溶液820ml(0.41モル)へ、ヘキサン中で0−5℃において3.5時間にわたり添加した。反応混合物の11B NMRスペクトルは、d=−0.5でブロード一重線として新たなシグナルを示し、9−BBN−5−エチル−2−メチルピリジン錯体に割り当てられる(ヘキサン中のIRスペクトル:BH Str 2300−2400cm−1)。調製されたヘキサン溶液の半分から溶媒を真空下で蒸留すると琥珀色の発火液体、47.5g(収率95%)が残った。11B NMRスペクトルは、d=−1.6でブロード一重線(95%純度)を示し、生成物に割り当てられた。
【0049】
実施例3:ビス(2,5−ジメチルヘキサ−4−エン−3−イル)ボラン−2−ピコリン錯体のTHF中での調製:
2,5−ジメチル−2,4−ヘキサジエン(4.64g、40ミリモル)を、ボラン−テトラヒドロフラン錯体(20ml、1M、20ミリモルBH)に0℃で添加した。ヒドロホウ素化を完了した後、2−ピコリン(1.83g、20ミリモル)をビス(2,5−ジメチルヘキサ−4−エン−3−イル)ボランの溶液に添加した。ビス(2,5−ジメチルヘキサ−4−エン−3−イル)ボラン−2−ピコリン錯体はd=−3.2(ブロード一重線、純度85%)で11B NMRシグナルを示した。
【0050】
実施例4:2−メチルテトラ−ヒドロフラン中のジシクロヘキシルボラン−2−ピコリン錯体の調製:
ジシクロヘキシルボラン17.8g(0.1モル)を2−メチルテトラヒドロフラン50ml中でスラリー状にし、2−ピコリン9.3g(0.1モル)を0〜5℃で添加して35質量%のジシクロヘキシルボラン−2−ピコリン錯体の溶液を形成した。錯体は溶液の11B NMRスペクトルにおいてd=1.0でシグナルを示した(98.6%純度、カップリングはこの濃縮された試料で観察されなかった)。IR:2368cm−1(B−H str);13C NMR(C):d=24.4(2C),28.4(4C),29.7(4C),32.3(2C),33.7,121.6,127.2,137.8,146.6,158.4.
【0051】
実施例5:ジシクロヘキシルボラン−5−エチル−2−メチルピリジン錯体のTHF中での調製:
ジシクロヘキシルボラン17.8g(0.1モル)をテトラヒドロフラン50ml中でスラリー状にし、5−エチル−2−メチルピリジン12.1g(0.1モル)を0〜5℃で添加してジシクロヘキシルボラン−5−エチル−2−メチルピリジン錯体の溶液を形成した。錯体は溶液の11B NMRスペクトルにおいてd=−0.1でシグナルを示した(88%純度、カップリングはこの濃縮された試料で観察されなかった)。
【0052】
類似の方法で、更なるジアルキルボランアミン錯体が調製され、これを表1に列挙する:
【表1】

【0053】
実施例6〜8:ジシクロヘキシルボラン−アミン錯体の反応性
ジシクロヘキシルボラン−2−ピコリン錯体2.71g(10ミリモル)を、22℃のTHF10ml中で1−オクテン1.12g(10ミリモル)と反応させた。発熱は観察されなかった。添加の1時間後、62%のジシクロヘキシルボラン−2−ピコリンが消費されて、11B NMRスペクトルにおいて52ppmでのボロン酸エステル(27%)に加えて83ppmでジシクロヘキシルオクチルボラン(収率32%)が得られた。4時間後に反応が完了して42%のジシクロヘキシルオクチルボランとボロン酸エステル(46%)が得られた。
【0054】
ジシクロヘキシルボラン−2,3−ルチジン錯体との同じ反応は、完了させるためにわずか約1時間しか必要としなかった(80%の収率のジシクロヘキシルオクチルボランと10%の酸化生成物)。
【0055】
1−ペンチン(0.68g、10ミリモル)を、18℃のTHF(10ml)中でジシクロヘキシルボラン−2−ピコリン(2.71g、10ミリモル)に添加した。発熱は観察されなかった。添加の3時間半後、97%のジシクロヘキシルボラン−2−ピコリンが消費されて、11B NMRスペクトルにおいて51ppm及び25ppmでのボロン酸エステル及びボリン酸エステルに加えて67ppmで見られたジシクロヘキシルペンチルボラン(収率34%)が得られた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(1)
【化1】

のジアルキルボランアミン錯体であって、
その際、
− RはC−C10アルキル、C−C10シクロアルキル、C−C14アリール、C−C16アラルキル、C−C16アルカリール、C−C10アルケニル、C−C10アルキニル、置換されたC−C10アルキル、CHSiMe、イソピノカンフェイルであるか、又は2つのR基はBH部と一緒になってそれらが結合されて9−ボラビシクロ[3.3.1]ノナン、ボラシクロペンタン、3−メチル−1−ボラシクロペンタン又は3,4−ジメチル−1−ボラシクロペンタンであり、そして
− アミンはキノリン、キノキサリン、又は式(2)
【化2】

の置換されたピリジンを表し、
その際、
− RはC−C10アルキル、C−Cアルコキシ、C−C−アルコキシ−C−C10アルキル、又はハロゲンであり、そして
− Rは水素又はC−C10アルキル、C−Cアルコキシ、C−C−アルコキシ−C−C10アルキル基又はハロゲンであり、これはピリジン環の6位に結合しておらず、
ただし、ジアルキルボランが9−ボラビシクロ[3.3.1]ノナンである場合、Rは水素ではなく、(1)中のアミンはキノリンではないことを条件とする、ジアルキルボランアミン錯体。
【請求項2】
がシクロヘキシル、シクロペンチル、メチルシクロヘキシル、イソアミル、イソピノカンフェイル、4−メチル−3−ペンテニル、2,5−ジメチルヘキサ−4−エン−3−イルであるか、又は2つのR基はBH部と一緒になってそれらが結合されて9−ボラビシクロ[3.3.1]ノナン、ボラシクロペンタン、3−メチル−1−ボラシクロペンタン又は3,4−ジメチル−1−ボラシクロペンタンである、請求項1記載のジアルキルボランアミン錯体。
【請求項3】
アミンがキノリン、キノキサリン、2−ピコリン、2,3−ルチジン、2,4−ルチジン、2,5−ルチジン又は5−エチル−2−メチルピリジンである、請求項1記載のジアルキルボランアミン錯体。
【請求項4】
少なくとも1種の請求項1記載のジアルキルボランアミン錯体と少なくとも1種の溶媒を含む溶液。
【請求項5】
前記溶媒が(1)のジアルキルボランを錯化するために使用されるアミンを含む、請求項4記載の溶液。
【請求項6】
ジアルキルボランアミン錯体の濃度が0.05〜5モル/lである、請求項4記載の溶液。
【請求項7】
請求項1記載の新規なジアルキルボランアミン錯体の合成方法であって、ジアルキルボラン(RBHと各々のアミンとを反応させる工程を含む、ジアルキルボランアミン錯体の合成方法。
【請求項8】
溶媒中のスラリー状のジアルキルボランが各々のアミンと反応する、請求項7記載の方法。
【請求項9】
請求項1記載のジアルキルボランアミン錯体を有機反応に使用する方法であって、反応容器中でジアルキルボランアミン錯体と基質とを接触させる工程を含む、ジアルキルボランアミン錯体の使用方法。
【請求項10】
前記有機反応がアルケン、アレン又はアルキンとのヒドロホウ素化反応、官能基の還元、アミノ酸との反応又はα,β−不飽和ケトンの1,4−還元である、請求項9記載の方法。

【公表番号】特表2010−509269(P2010−509269A)
【公表日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−535695(P2009−535695)
【出願日】平成19年11月5日(2007.11.5)
【国際出願番号】PCT/EP2007/061859
【国際公開番号】WO2008/055859
【国際公開日】平成20年5月15日(2008.5.15)
【出願人】(508020155)ビーエーエスエフ ソシエタス・ヨーロピア (2,842)
【氏名又は名称原語表記】BASF SE
【住所又は居所原語表記】D−67056 Ludwigshafen, Germany
【Fターム(参考)】