説明

ジオール化合物の製造方法

【課題】スチレン等のビニル基を有するビニル化合物から変換されて生成する光学活性ジオールを高濃度で生産するための製造方法を提供する。
【解決手段】有機溶媒の存在下で、シュードモナス属に属する微生物を用いてビニル化合物を酸化して光学活性なジオール化合物を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物を利用して、ビニル化合物を酸化しジオール化合物を製造する方法に関し、特に、ビニル化合物の立体選択的な酸化反応を促すことにより光学活性ジオール化合物を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
光学活性なジオール化合物は、たとえば医薬品や農業化学品の合成中間体として、あるいは触媒の配位子として重要な化合物である。たとえば、フェニルエタンジオールは化学的に酸化することによりマンデル酸に変換し、βラクタム系抗生物質の原料として有用である。
【0003】
光学活性ジオール化合物の製造方法として、化学触媒を用いた反応や生化学的な反応を利用する製造方法が知られている。たとえば、特許文献1には、化学触媒を用いたジオール化合物の製造方法が開示されている。具体的には、ジケトン化合物を原料として、不斉ジフェニルエチレンジアミン配位子を有するルテニウム触媒を用いた不斉還元法が開示されている。
【0004】
また、生化学的な反応を利用した製造方法の一例が、非特許文献1および特許文献2に報告されている。非特許文献1には、エポキシドハイドロラーゼを産生する微生物によりラセミスチレンオキシドを光学分割することで、光学活性体を生産する方法が記載されている。特許文献2には、不斉資化能を有する微生物によりラセミ1‐フェニル‐1,3‐プロパンジオールの一方の立体のみを資化させ、光学活性体を得る方法が報告されている。
【0005】
このような光学分割を用いた製造方法では、生産物の回収率が最大でも50%であることが避けられない。そのため、このような回収率に関する光学分割法の課題を解決する方法の一つが、非特許文献2に報告されている。具体的には、非特許文献2には、反応していないもう一方の立体配置の基質をラセミ化酵素によりラセミ化させながら反応を進行させ、最終的に100%の基質から光学活性体を得る方法が報告されている。また、これ以外に、R体基質からS体を生産する酵素を有する微生物とS体基質からR体を生産する酵素を有する微生物を組み合わせて使用する方法などが挙げられる。しかし、これらの方法は複数の微生物を利用するために反応の制御が困難である場合がある。
【0006】
一方、不斉炭素を有しないプロキラルな基質から目的の光学活性体を生産する生化学的方法として、特許文献3から特許文献6に記載の方法が提案されている。特許文献3には、酵母によるケトン化合物の還元反応を利用してジオール化合物を製造する方法が開示されている。特許文献4には、立体選択的に水酸基を導入する反応を用いたD‐リンゴ酸の製造方法が開示されている。特許文献5には、アルケンの二重結合に酸素を立体選択的に付加する反応が開示されている。特許文献6には、ジカルボン酸化合物を立体選択的に脱炭酸する反応が開示されている。しかし、特許文献3〜特許文献6に記載の方法では、目的とする化合物によっては、基質の合成に煩雑なステップが必要な場合があり、適切な基質と酵素反応との組み合わせを考慮する必要がある。特に、石油留分から入手が容易なスチレンを出発物質として、ジオール化合物を製造したい場合には、アルケンモノオキシゲナーゼあるいはスチレンモノオキシゲナーゼを用いて、スチレンを光学活性エポキシドに変えた後、高酸性下で物理化学的に加水分解することにより生産することが可能と考えられるが、生産ステップが2段階にわたってしまうという問題がある。
【0007】
上記問題を解決する製造方法として、スチレンを出発物質として1段階の生産ステップによるジオール化合物の製造を実現した方法が非特許文献3に報告されている。非特許文献3では、Pseudomonas NCIMB9816の生産するナフタレンジオキシゲナーゼ酵素系がスチレンから1段階でR‐フェニルエタンジオールを生産することが報告されている。具体的には、非特許文献3においては、Pseudomonas属細菌より精製したフェレドキシン、NAD(P)Hレダクターゼ、スチレンジオキシゲナーゼ混合物をスチレンあるいは重水素標識スチレンと反応させ、R‐フェニルエタンジオールを生成することが確認されている。
【特許文献1】特開2000−16954号公報(平成12年1月18日公開)
【特許文献2】特開平6−90789号公報(平成6年4月5日公開)
【特許文献3】特開平8−182499号公報(平成8年7月16日公開)
【特許文献4】特開平5−103680号公報(平成5年4月27日公開)
【特許文献5】特開平6−292571号公報(平成6年10月21日公開)
【特許文献6】特開平5−227963号公報(平成5年9月7日公開)
【非特許文献1】OrruとFaber,Curr Opin Chem Biol.,3,16‐21(1999)
【非特許文献2】L.Cao et.al,Biotechnol Bioeng.,94, 522−529(2006)
【非特許文献3】K.Lee,D.T.Gibson,J.Bacteriol.,178,3353‐3356(1996)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、非特許文献3に記載のジオール化合物の製造方法では、得られる生産物濃度は数mMが限界であり、実用的なレベルとは大きな隔たりがある。これは、芳香族化合物であるスチレンが、酵素反応に対する高い阻害を有するためと考えられる。このように、非特許文献3に記載の方法では生産量が低く、実用に耐えられる光学活性ジオールの生産方法とはなりえない。よって、生産量の向上が実現された生産方法の開発が求められている。
【0009】
本発明の目的は、スチレン等のビニル基を有するビニル化合物から変換されて生成する光学活性ジオールを高濃度で生産するための製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者等は、上記目的を達成すべく、特定の微生物を用いたビニル化合物の酸化について鋭意検討した。その結果、有機溶媒の存在下でビニル化合物の酸化反応をすすめることにより、生成物であるジオール化合物の生産量の向上を図ることができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
本発明にかかるジオール化合物の製造方法は、有機溶媒の存在下で、シュードモナス属に属する微生物を用いてビニル化合物を酸化することを特徴とする。
【0012】
なお、本発明において、「有機溶媒の存在下」とは、ビニル化合物以外の物質からなる有機溶媒が反応系中に存在していることをいう。この有機溶媒は、ビニル化合物を溶解する溶媒として反応系中に存在していてもよい。また、本発明では、有機溶媒は、ビニル化合物と共に反応系に加えてもよく、またビニル化合物と別々に反応系に加えてもよい。別々に加える場合、反応系に加える順番はいずれが先であってもよい。たとえば、有機溶媒にビニル化合物を溶解させる場合には、ビニル化合物の濃度が5ppm以上、10.000ppm以下となるように、有機溶媒の使用量が決定されることが好ましい。
【0013】
本発明にかかるジオール化合物の製造方法は、前記微生物は、シュードモナス属(Pseudomonas sp.)HKT554株(FERM AP‐21149)であることが好ましい。
【0014】
本発明にかかるジオール化合物の製造方法では、前記ビニル化合物は、ビニル基を有する環式化合物であることが好ましい。
【0015】
本発明にかかるジオール化合物の製造方法では、前記有機溶媒は、水に難溶または不溶であることが好ましい。
【0016】
本発明にかかるジオール化合物の製造方法では、前記有機溶媒は、炭素数7から16のn‐アルカン、イソアルカン、ケロシンおよび軽油からなる群より選択される少なくとも1種であることが好ましい。
【0017】
本発明にかかるジオール化合物の製造方法では、前記イソアルカンは、プリスタン、フィタン、スクアランおよびヘプタメチルノナンからなる群より選択される少なくとも1種であることが好ましい。
【0018】
本発明にかかる製造方法によれば、有機溶媒の存在下で、シュードモナス属に属する微生物を用いてビニル化合物を酸化することで、効率よく光学活性なジオール化合物を製造することができる。なお、本発明により製造される光学活性ジオール化合物はR体である。
【発明の効果】
【0019】
本発明にかかるジオール化合物の製造方法は、有機溶媒の存在下で、シュードモナス属に属する微生物を用いてビニル化合物を酸化することで、効率よくジオール化合物を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
本発明は、ジオール化合物の製造方法を提供する。本発明にかかるジオール化合物の製造方法は、有機溶媒の存在下で、シュードモナス属に属する微生物を用いてビニル化合物を酸化することを含むことを特徴としている。
【0021】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0022】
1.微生物
本発明において使用する微生物は、シュードモナス属に属する微生物である。中でも、ビニル化合物を酸化する能力を有する微生物であることが好ましい。たとえば、シュードモナス属(Pseudomonas sp.)HKT554株あるいはシュードモナス プチダ(Pseudomonas putida)NCIB9816を利用することができる。中でも、シュードモナス属(Pseudomonas sp.)HKT554株が好適に用いられる。また、実質的に同一の酵素を生産する微生物あるいは同質の酵素を生産する組換え体であればいずれの菌株も使用することができる。このシュードモナス属(Pseudomonas sp.)HKT554株は、微生物寄託機関、経済産業省産業技術総合研究所生物特許寄託センターに寄託番号FERM AP‐21149として寄託されており、入手が可能である。
【0023】
本発明において用いる微生物の培養は、微生物の通常の培養法にしたがって行われる。培養の形態は固体培養または液体培養のいずれを適用することができる。液体培養が好ましい。液体培養であれば、工業的な生産を行うことを考慮した場合に、大容量での培養を好適に行うことができる。培地の栄養源としては通常用いられているものが広く用いられる。炭素源としては利用可能な炭素化合物であればよく、たとえば、グルコール、スクロース、ラクトース、コハク酸、クエン酸、酢酸などが使用される。窒素源としては利用可能な窒素化合物であればよく、たとえば、ペプトン、ポリペプトン、肉エキス、大豆粉、カゼイン加水分解物などの有機栄養物質が使用される。そのほか、リン酸塩、炭酸塩、マグネシウム、カルシウム、カリウム、ナトリウム、鉄、マンガン、亜鉛、モリブデン、タングステン、銅、ビタミン類などが必要に応じて用いられる。培養は、微生物が生育可能である温度、pHで行われ、使用する微生物の最適培養条件で行うのが好ましい。一般的には、培地のpHを適当なpH、たとえばpH6〜8とし、また、適当な温度、たとえば約30℃にて、振盪することおよび通気条件下に曝すことの少なくとも1方法により行われる。
【0024】
2.ビニル化合物
本発明におけるビニル化合物は、ビニル基を有する化合物であり、微生物を用いた二酸素付加反応(酸化反応)により、光学活性ジオール化合物へと変換し得る化合物である。ビニル化合物としては、ビニル基を有する環式化合物であることが好ましい。ここで、環式化合物としては、脂環式化合物または芳香族化合物のいずれであってもよい。また、芳香族化合物の場合には、同素環化合物あるいは、複素環化合物であってもよい。
【0025】
本発明の製造方法におけるビニル化合物としては、スチレン、クロロスチレン、ビニルナフタレン、ビニルビフェニルなどの芳香族ビニル化合物の他、ビニルピリジンなどの複素環ビニル化合物、ビニルシクロヘキサンなどの脂環式ビニル化合物等のビニル化合物が例示される反応系における培地の含有量は、ビニル化合物に対して10重量%以上、1000重量%以下であることが好ましい。上記範囲内であれば、反応速度の低下を起こすことなく、良好に反応をすすめることができる。反応系における培地の含有量は、50重量%以上、200重量%以下であることがより好ましい。
【0026】
3.有機溶媒
本発明の製造方法では、有機溶媒の存在下にビニル化合物の酸化が行われる。ここで、「有機溶媒の存在下」とは、ビニル化合物以外の物質からなる有機溶媒が反応系中に存在していることをいう。この有機溶媒は、基質であるビニル化合物を溶解し、ビニル化合物を酸化反応(変換反応)に供することを助ける役割を果たす。そのため、有機溶媒としては、基質であるビニル化合物を溶解し得る溶媒を用いることが好ましい。また、有機溶媒は、反応に用いる微生物の酸化反応を阻害しないものであることが好ましい。さらに、詳細には、水に難溶または不溶である疎水性有機溶媒であり、使用する微生物の細胞表層脂質を溶解しない低極性有機溶媒であることが好ましい。疎水性有機溶媒を用いる場合、微生物が存在している水相に、有機溶媒が溶解し微生物に悪影響を与えることを抑制することができる。
【0027】
このような有機溶媒としては、たとえば、炭素数7から16の範囲のn‐アルカン;プリスタン、フィタン、スクアラン、ヘプタメチルノナンなどのイソアルカン;あるいはこれら有機溶媒の混合物;ケロシン;軽油などを挙げることができる。
【0028】
反応系における有機溶媒の含有量は、培地容量に対して1重量%以上、1000重量%以下の範囲で添加することができ、好ましくは10重量%以上、200重量%以下である。有機溶媒の添加量が、1重量%より小さい場合あるいは1000重量%を超える場合には、ビニル化合物の酸化反応を良好に促すことができないことがある。
【0029】
4.反応
本発明にかかる製造方法では、有機溶媒の存在下で、シュードモナス属に属する微生物を用いてビニル化合物を酸化する。具体的には、上記のような培地にビニル化合物および上記条件の有機溶媒を添加して反応を起こすこと、または上記条件の有機溶媒およびビニル化合物の存在下で上記微生物を上記条件で培養することにより行うことができる。その場合、基質であるビニル化合物の有機溶媒中の濃度が、好ましくは5ppm以上、10000ppm以下であり、より好ましくは25ppm以上、1000ppm以下となるように、有機溶媒の含有量を決定することが好ましい。基質であるビニル化合物の有機溶媒中の濃度が、5ppmより小さい場合には、良好な反応速度で反応を進めることができず、10000ppmを超える場合には、反応終了に要する時間が長期化してしまうことがある。また、有機溶媒は、ビニル化合物を溶解した後に、反応系に添加することもでき、ビニル化合物とは別々に反応系に添加してもよい。中でも、基質であるビニル化合物が微生物に与える悪影響を抑制するためには、有機溶媒を添加した後に、ビニル化合物を添加することが好ましい。
【0030】
また、上記微生物を上記培地中で培養した後、得られた培養物から遠心分離などの集菌操作によって得られた休止菌体をビニル化合物と接触させて行うこともできる。この休止菌体を利用する反応の場合は、たとえば以下のようにして行うことができる。
【0031】
まず、休止菌体を調製する。新鮮な培地に種菌を適当量、たとえば1〜2容量%接種する。培地としては、上記の培地を用いることができる。種菌としては、対数増殖期初期から定常期までのいずれかの状態の菌を用いればよく、好ましくは対数増殖期後期のものを用いる。種菌の量は必要に応じて増減することができる。その後、pH6〜9、約30℃にて1〜2日間往復又は回転振盪培養する。次いで、菌体を分離集菌し、洗浄することにより休止菌体が得られる。集菌は、培養菌体が対数増殖期初期から定常期までのいずれの状態にある時に行ってもよいが、対数増殖期中期から後期の状態にある時に行うのが好ましい。また、集菌は、遠心分離の他、濾過、沈降分離等のいかなる方法で行ってもよい。菌体の洗浄には、生理食塩水、リン酸緩衝液、トリス緩衝液等のいかなる緩衝液を使用してもよく、また、水を用いて菌体を洗浄することもできる。
【0032】
ついで、この休止菌体を適当な緩衝液に懸濁して調製した菌懸濁液に有機溶媒及び基質であるビニル化合物を添加して反応させることにより行う。緩衝液としては種々の緩衝液を使用できる。緩衝液のpHは特に限定されないが、pH6〜7が好適である。また、緩衝液の代わりに、水や培地等を使用することもできる。菌体懸濁液の濃度は、OD660が1〜100の間が好適であり、必要に応じて増減できる。有機溶媒中の基質の濃度は、が好適であるが、必要に応じて増減できる。さらに、基質の消費に応じて基質を追加添加してもよい。
【0033】
反応温度は、上記反応を進めることができる限り特に限定されないが、たとえば、反応は、20℃以上、50℃以下で行うことが好ましく、より好ましくは、25℃以上、40℃以下である。反応温度が、20℃より小さい場合には、良好な反応速度が得られず、50℃を超える場合には、関連酵素の失活のために反応が短時間で停止してしまうことがある。反応時間は、1〜2時間が好適である。必要に応じて、基質(ビニル化合物)を添加する前に反応温度と同じ温度に反応液を予備加熱してもよい。
【0034】
反応後、ビニル化合物がジオール化合物に変換したことの確認は、ガスクロマトグラフィー、ガスクロマトグラフィー/質量スペクトル分析などを使用して行うことができる。また、必要に応じて他の分析方法を併せて利用してもよい。
【0035】
本発明にかかる製造方法によれば、有機溶媒の存在下で、シュードモナス属に属する微生物を用いてビニル化合物を酸化することで、効率よく光学活性なジオール化合物を製造することができる。なお、本発明により得られるジオール化合物はR体である。
【実施例】
【0036】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例の範囲に限定されるものではない。
【0037】
[実施例1]
500ml容三角フラスコ内に入ったLB培地(酵母エキス0.5%,食塩1%,トリプトン1%)100mlを121℃で15分間滅菌した後、冷却し、次いで、Pseudomonas sp.HKT554菌株を一白金耳量添加し、30℃、2日間培養した。得られた培養液を10,000rpm、5分間遠心分離し、沈殿菌体を滅菌水20mlに懸濁し、10,000rpm、5分間遠心分離することにより、菌体を洗浄した。沈殿菌体を1/15Mリン酸緩衝液(pH7.0)に懸濁し、10,000rpm、5分間遠心分離した。次に、得られた沈殿菌体を660nmでの吸光度が10になるように1/15Mリン酸緩衝液(pH7.0)に懸濁することにより、休止菌体懸濁液を調製した。
【0038】
休止菌体懸濁液1mlにn‐ヘキサデカン1mlおよびスチレン50μlを添加した後、1分間に150往復の条件で、好気的に30℃で24時間振盪した。得られた反応液を10,000rpm、5分間遠心分離し、水相部分をHPLC分析に供した。HPLC分析は、島津製作所社製LC‐10Aに島津製作所社製カラムShim‐pack VP‐ODS(4.6mm×150mm)を装着し、紫外線検出器(UV)にて254nm、溶出液メタノール:脱イオン水=3:1、1ml/minの条件で分析した。
【0039】
その結果、保持時間3分に生成物と考えられるピークが得られた。得られたピークはラセミフェニルエタンジオール(東京化成社)の保持時間と一致した。また、ラセミフェニルエタンジオールを用いて作成した検量線より生成物ピークの濃度を計算した結果、2.3g/lであった。比較として、休止菌体懸濁液にn‐ヘキサデカンを添加しない以外は上記と同様に反応させた場合の精製物ピークの濃度は0.2g/lであった。次に、Waters社製固相抽出カラムOasisを用いて、HPLCに供した試料の水溶性成分をメタノール溶液に置き換えた。得られたメタノール溶液を島津製作所社製ガスクロマトグラフィー質量分析装置にて分析したところ、生産物の質量スペクトルは、市販フェニルエタンジオールと一致した。
【0040】
さらに上記メタノール溶液を光学分割用HPLCカラムキラルセルOB(ダイセル化学社製)を装着した島津製作所社製LC‐10Aにて、254nm、溶出液 n‐ヘキサン:2‐プロパノール=76:24、0.5ml/minの条件で分析したところ、保持時間10.3分と11.3分にピークが観察された。これらのピークは、ラセミフェニルエタンジオール(東京化成社製)を分析した場合のピークとそれぞれ一致し、前者ピークと後者ピークの面積は、それぞれ、341884、75957であった。その結果、(R)‐フェニルエタンジオールが81.8%の割合で得られたことが確認された。
【0041】
[実施例2]
シリコ栓を装着した内径16mm試験管中のLB培地1mlを、121℃で15分間滅菌し、次いで冷却した。一白金耳量のPseudomonas sp. HKT554株、n‐ヘキサデカン1mlおよびスチレン50μlを、この試験管に添加し、次いで、1分間に150往復の条件で振盪させながら、好気的に30℃で1週間培養した。得られた培養液を10,000rpm、5分間遠心分離し、水相部分を実施例1と同様にHPLC分析に供した。その結果、2.6g/lのフェニルエタンジオールが得られた。
【0042】
[比較例]
n‐ヘキサデカンを添加しなかった以外は、実施例2と同様にして培養を行った結果、フェニルエタンジオール生成量は100mg/l以下であった。この比較例の結果より、有機溶媒を添加しない場合の生産性がきわめて低いことがわかった。
【0043】
[実施例3]
n‐ヘキサデカンの代わりに下記表1に示す有機溶媒を用いた以外は、実施例1と同様にしてフェニルエタンジオールを製造した。各種有機溶媒を使用した場合のフェニルエタンジオール生産量を表1に示す。
【0044】
【表1】

【0045】
[参考例]
Pseudomonas sp.HKT554株のナフタレンジオキシゲナーゼラージサブユニットの遺伝子破壊株HKT554M(Curr. Microbiol.46, 39-42(2003))を用いて上記実施例1と同様の方法でスチレンの変換反応を行った。その結果、HPLC分析により検出された生成物ピークは10mg/l以下だった。この結果より、本菌株の光学活性ジオール生産は、ナフタレンジオキシゲナーゼによって触媒された酸化反応であることが推定された。
【0046】
なお、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能である。すなわち、請求項に示した範囲で適宜変更した技術的手段を組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明により、医薬、農薬の合成原料として有用な光学活性ジオール化合物を製造することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機溶媒の存在下で、シュードモナス属に属する微生物を用いてビニル化合物を酸化することを特徴とするジオール化合物の製造方法。
【請求項2】
前記微生物は、シュードモナス属(Pseudomonas sp.)HKT554株(FERM AP‐21149)であることを特徴とする請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記ビニル化合物は、ビニル基を有する環式化合物であることを特徴とする請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記有機溶媒は、水に難溶または不溶であることを特徴とする請求項1から3の何れか1項に記載の製造方法。
【請求項5】
前記有機溶媒は、炭素数7から16のn‐アルカン、イソアルカン、ケロシンおよび軽油からなる群より選択される少なくとも1種であることを特徴とする請求項1から4の何れか1項に記載の製造方法。
【請求項6】
前記イソアルカンは、プリスタン、フィタン、スクアランおよびヘプタメチルノナンからなる群より選択される少なくとも1種であることを特徴とする請求項5に記載の製造方法。

【公開番号】特開2008−206424(P2008−206424A)
【公開日】平成20年9月11日(2008.9.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−44385(P2007−44385)
【出願日】平成19年2月23日(2007.2.23)
【出願人】(504145308)国立大学法人 琉球大学 (100)
【出願人】(000004628)株式会社日本触媒 (2,292)
【Fターム(参考)】